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らき☆すた SEXCHANGE ~正対編~

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匿名ユーザー

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 その日曜日、鏡はメールの着信音で目を覚ました。
 目覚めは最悪だった。
 理由は夢見。内容は陳腐な悪夢。
 こなたが誰かに抱かれるのを見せつけられるという奴。
 自分以外の誰かに抱かれ、しかも悦びを露にするこなた。
 初めてではない。あの日、司とこなたが抱き合っている場所を目撃してから毎日見ている夢。
 そしてそれは、こなたと会わなくなってからと同義だ。
 あの日以来、鏡はこなたと会っていない。
 こなたのクラスに足を運ばず、こなたも鏡のクラスに来ることはない。
 同様に三行とも接触がなくなった。
 唯一、あのカルテットの中で顔を会わせるのは、同じ屋根の下で暮らしている司だけだが…
「…ぃっ」
 唇の端に痛みに軽く顔をしかめる。
 切れた唇。理由は外傷。昨日の夜、司によってつけられたものだ。
 あの日以来、鏡と司の間に会話はなくなった。鏡も、そして司も互いを意識的にさけていた。姉や両親達がからかうこともためらわれるほどの徹底ぶりだった。
 そんな冷戦の結果は、掴みあいの大喧嘩だった。直接的な切っ掛けは覚えていない。途中に掛け合った罵声の内容も覚えていない。
 覚えているのは、父親に止められて、頭を冷やせと部屋に放り込まれたという結果だけ。
「何が不満なんだよ、あいつは」
 こなたを自分のものにして、司はこれ以上何を求めているのか?
 惨めな敗残者である自分に見せつけたいのか?
 窓から差し込む朝の光にに使わない、鬱々とした感情が溢れる。
「…そう言えば、今何時だ」
 メールを確認するついでにと、携帯で確認。
 時間は9時過ぎ。規則正しい生活を心がけている鏡にはあり得ない起床時間。
 普段なら飛び起きる鏡だが、今日はそんな気になれなかった。
 大喧嘩をした手前、家族に顔を合わせづらい。増して司に対してもどう接すればいいかわからない。
 このまま今日は寝てようかな?
 そんな誘惑が眠気とともに鏡の四肢にまとわりつく。だが開いたメールの差出人の名前が、眠気の方を完全に吹き飛ばした。
 高良三行。
 のそのそと、鏡は蒲団から這い出した。


らき☆すた SEXCHANGE  ~正対編~


「二人揃って、精悍な面構えになりましたね」
 本気とも冗談ともとれる口調が神社の境内に入った鏡に投げかけられる。
 鏡は声の主の方へと目を向けて、取り繕うことなく顔をしかめて見せた。
 想像通りの2人がいたからだ。愛読しているラノベに出てくる自称超能力者風スマイルを浮かべる三行と、そして痣の浮かんだ顔を鏡に向けようともしない司だ。


 メールの内容は呼び出しだった。
 大事な用件があるから柊家の神社に来い、とのことだった。
 時間指定はなく、今日中だったらいつでもいいとのこと。
 用件の内容を想像すると気が重いかったが、しかしこのまま放置していては…三行のことだ。本当に夜まで待っている可能性がある。
 仕方がなしに着替えて部屋を出て、家族に黙って家を出ようとして…そこで、司の靴もなくなっているのに気付いた。
 ますます気が重くなり、片足だけをスニーカーに突っ込んだ状態でため息をついたが、結局もう片方の足もスニーカーを履かせた。
 いずれけりをつけなくてはならない話題だ。ならばこの機会に済ませてしまおう。
 当事者であり、しかし冷静な三行がいれば話しやすいだろうし、仮に感情的になって喧嘩になっても、正月や祭りでもない境内なら、多少感情的になっても他人に迷惑をかけることもないはずだ。
 そう思いながら、鏡は神社へと足を向けたのだ。

「…で、話ってなんだよ」
 近くに自販機がある石のベンチ。鏡は自販機に寄りかかりながら言う。
 三行は石のベンチに並んで座っている。司はその隣、ただし三行は右端、司は左端。実際の三人の距離は、それぞれ等しかった。
 前置きもなく、三行は切り出した。
「こなたさんが、あの日から学校を休んでいます」
「――っそれが、どうした」
 あげそうになった驚きの声を、鏡は抑えるのに成功した。けれどもそれはあくまで表面上のことであり、内心は荒れる。
 こなたが学校を休む。
 以前五月病を理由に欠席したような奴だ。普段ならまた自堕落な理由で学校をさぼってると考えることだろうが、今の彼女の精神状態と、彼女が置かれた状況は、『普段』ではない。
 やはり、自分のせいなのか?
 自分のあの日の態度が、こなたの心を傷つけたのか?
 その事に罪悪感を抱くと同時に、鏡の心の暗い部分が、逆の感情を発露する。
 いい気味だ、と。自分を振って、嘘泣きしてまで騙して、自分を傷つけた罰だ、と。
 そんなネガティブな喜びと、そんなことを僅かでも思ってしまう自分への嫌悪感。
 そして、既にこなたには自分より近い存在―――恋人である司がいる以上、こなたを慰められるのは司だけだという敗北感と寂寥感。
 それらが複雑に混ざり合い、鏡に意地っ張りな態度をとらせる。

 ただ一言のみで後は口をふさぐ鏡。その心中をまるで見透かしているように三行は小さくため息を吐いた。
「…いろいろ話す前に、まずは誤解を一つといておくべきでしょうね」
「誤解?」
 三行は答えるのは自分ではないという風に、無言のままで視線を鏡から司に移す。水を向けられた司だが、しかし司は拗ねたように目を逸らす。
 三行は口にして促すようなことはせず、ただ黙って司の言葉を待つ。
 一人状況の分からない鏡の視線が、二人の間を何往復かした時だった。ぽつりと、司が呟いた。
「…振られたよ」
「……え?」
 その言葉に、鏡は自分の聞き損じを考えた。
 今、司が『振られた』と言うことが示す意味はたった一つであり、それを示す状況は、全く鏡が想定していた現実と乖離していたからだ。
 鏡は司の答えを待つが、司は不機嫌そうな顔で視線をそらしたまま。
 はっきりとした文章の形で鏡が問いなおす直前、三行の柔らかな口調が割って入った。
「こなたさんは、司さんの告白を正式に断られたんですよ。あの日、こなたさんが学校を休まれるようになる直の日に」
 司の言った「振られた」は、鏡の聞き損じではなかったようだった。だが、だからこそわからなくなった。
「……なんだよ、それ?」
「何、とは?」
 何とか絞り出した声に対して被せられたのは、まるで今、自分達が扱っている話題が大したことではないとでも言うような、穏やかな声。
 その余裕が、鏡には癪に障った。
「全部だよ!いったいどういうことだよ!」
 鏡は座ったままの三行と、そしてだんまりを続ける司に問い詰める。
 もしも二人が言っていることが本当だとしたら、ここ数日の懊悩は徒労であり、その徒労に左右され続けた自分は愚かな道化だ。
「お前ら!人が誤解しているのを見て、笑ってたのかよ!」
 怒りの熱を込めた鏡に、司が冷たく言い返した。
「…そんなの、お兄ちゃんが逃げてたからじゃない」
「なんだよ、それ!」
「だってそうでしょ?もしも少しでもこなちゃんや僕達に話を聞こうとすれば、すぐ分かることじゃないか」

「…っ!あんな…あんなの見せられて、何食わない顔で会いに行けるわけないだろ」
 反論は弱くならざるを得なかった。司が言うことは、あまりにも真実だったからだ。
 その真実を背景に、司の追及は続く。司は逸らした目を鏡に向ける。目に浮かんでいるのは先ほど鏡が司に向けたのと同じ感情――怒りだった。
 しかし、鏡の激情とは正反対の、軽蔑や嫌悪や憎悪、そんな底冷えのする感情が込められた冷たい怒り。
「またそうやって逃げる」
「…逃げてない」
「逃げてるじゃないか」
「逃げてない」
「逃げてるじゃないか!」
「逃げてない!」
「鏡君、落ち着いてください!司君も、そんなことを言うために来たわけじゃないでしょう!」
 一触即発、あわや昨晩の続きとなりそうになったところで、立ち上がろうとした司の肩を、三行が掴んで止めた。
 司に詰め寄ろうとしていた鏡は、小さく息を吐いてもう一度自販機に寄りかかる。
 少し落ち着くと、ついさっきの叫んだ自分の子供っぽさに嫌気がさし、自己嫌悪で必要以上に気分が沈む。
 司が言うのは事実だ。
 自分が無駄な悪夢や苦悩にさらされたのは、結局のところ自分の勘違いのせいであり、その勘違いは(誤解ではあったが)こなたが自分以外の誰かのものになってしまったということを再確認し、打ちのめされるのを忌避した自分のせいだ。
(自分の気持ちどころか、今度は現実からも逃げてやんの)
 情けない気持ちになりながら司を見ると、司の方も怒りが幾分収まったのか、再び拗ねたような表情でそっぽを向いていた。
 気分が沈み、自分が勘違いしていたことに対しての苛立ちが収まると、次に浮かんだのは最初の疑問、こなたのことだ。
 あの時の、踊り場での光景の意味はわからない。
 だが、少なくともあの時のことで、非があるのは鏡――自分側だ。こなたは不当な理由で向けられた言葉で傷つけられたことになる。
 それも親友の――そうであり続けると約束したはずの相手の言葉で。
 二人は、その罪について自分を責めるために、そしてこなたと関係を修復させるために自分を呼び出したのか?
「鏡君」

 ――こなたさんに謝ってください。 そんな風に続くであろうと予想していた鏡にとって、続いた言葉は衝撃的だった。
「僕は――こなたさんのことを諦めようと思います
「それは…!いい加減じゃないのか?」
 怒鳴りそうになって、しかしこれ以上の醜態をさらすまいと、鏡は声を抑える
 自分のことを棚に上げるようだが、それはこなたに対する逃げだ。
 こなたがあそこまで深く傷つき悩むことになった発端は、三行と司の想いのせいだ
 もしそんな簡単にあきらめられるような感情が原因なのだとしたら、こなた、こなたを本気で好きになった司も報われなさすぎる。
 返答次第ではただで置かないという意思を込めて、鏡は三行を睨む。
 その視線を、みゆきは困ったように見返しなが
「それはですね、鏡君。あなただからですよ」
「何がだよ?」
「こなたさんが髪を切った理由も、司君が振られ、例え告白しても僕も振られるであろう理由も、今のこなたさんを助けられるのも鏡君だけだからです」
「だから、なんでだよ」
 少しだけ、痛みを堪えるように目を閉じてから、少しだけ高いトーンで、三行は言った。
「そして――こなたさんが想いを寄せている相手が、あなただからです」


 あの日、南とゆたかに声をかけられた後、三行は昼休みの人気のない図書館に二人を連れて言った。そしてそこでゆたかからこなたが髪を切る直前のやり取りについて話を聞いた。
 泣きながら語られる言葉は、ゆたかの不安定な精神状態を反映して支離滅裂だったが、しかし十分な情報量を持っていた。
 ゆたかが、こなたが鏡を好きだと指摘した後の変調と、そしてその直後の断髪。
 長い髪を女性の象徴として考え、とある推論が成立した。
 そして昼休みの後、学校から姿を消したこなたと、思いつめたような様子の司を見て、推測は確信に変わり―――

「―――今日、ついさっき、司君から話を聞いて確定しました。
 こなたさんが性別の壁によって親友を失ったということと、それを髪を切る前に鏡君に打ち明け、親友であり続けてほしいと言ったこと。
 性別を捨てる意味合いがありながらも、しかしそれにしては髪が幾分長いこと。
 これらの条件を踏まえると、こなたさんは小早川さんの言葉で鏡君への自分の思慕に気づき、しかしそれを否定するために髪を切ろうとして、
 しかし完全に捨てきれなかった、と推測できます」

 一気に、反論や質問をはさむ隙もなく、まるで数学の証明問題の回答を読み上げるように三行は言ってから、最後にもう一度繰り返す。
「こなたさんは、鏡君のことが好きなんです」
 繰り返し言われて、しかし鏡の感情は、実感を得ることができない。
 理性では理解できる。
 三行の得た情報が全て事実なのだとしたら、そこから論理的に導き出された答えは正解のはずだ。
「こなたが…俺を…好き?」
 口に出してようやく感情が追い付く。
 こなたが…好きな人が、自分のことを好き。
 極めて単純で、ありふれている、しかし幸福な奇跡。本来なら、歓喜するべき幸運のはずだ。
 しかしこの奇跡は単純には喜ぶことのできるものではなかった。
 こなたの隣に座は一つ。こなたの胸中のリストには、自分の名前で予約が入っていて、けれどそこに二人、掛け替えのない半身と親友が座りたがっている。
 成就しない想いと言う鎖に縛られぶら下がる、業の深い奇跡。
「…わけが、分からん」
 座り込んでしまいそうな体で自動販売機に寄りかかりながら、力なく鏡が呟く。
 分からない。特に、自分の今の心境に対して付けるべき名前が分からない。
 喜びがある。こなたが自分のことを好きだということが喜ばしい。
 悲しみがある。三行と司の想いが成就しないことが悲しい。
 悔いがある。手を伸ばせばすぐそこにあったのに、それを見逃したばかりか、みんなを傷つける結果になってしまって悔しい。
「何か難しいことでもあるの?」
 顔を上げた鏡が見たのは、いつの間にか近くに寄ってきていた司だった。
 その顔はここ数日ですっかり見慣れた、固く強張った、真剣な表情だった。けれども、目に宿る光には先ほど口論になった時のような冷たさはない。思い出されたのは数日前、こなたに二人のことを相談された日―――自分の気持ちに嘘を吐いた日の夜のこと。
 白熱を帯びた鋼の様な、炎より静かで、炎より熱い意思。
「僕は――逃げなかったよ?」
 まるであの夜の再現とでも言うように、司は鏡に問いかける。
「僕は確かにこなちゃんを傷つけてしまった。こなちゃんを悲しませてしまった。
 怖ったし、そんなことしたくなかったけど、それでも僕は自分の気持ちに嘘はつかなかった。

 傷つけた分、癒せるように、悲しませた分、喜ばせてあげらるように、僕はがんばった。
 そうしたから僕は、こなちゃんと真っ直ぐ向かいあえた。自分に嘘をつかなかったから。
 だから―――僕は幸せだよ」
 司は自分が放った言葉を吟味するようにしてから、もう一度言った。
「うん。僕は、幸せだよ。
 こなちゃんと、しっかり向かい合って、しっかり傷つきあって、しっかり赦しあえたから。
 ちょっと辛いけど、ちょっと痛いけど…この痛みも辛さも、とても大切に思だって思える」
 胸を抑え、そこにある鼓動と疼きを確かめながら、司は断言した。
「だから、きっとこなちゃんも、僕とのことをそう思ってくれると思う」
「…言い切れるのかよ?」
 司のその様子は、鏡にはあまりにも眩しくて目を逸らすしかなかった。
 顔は見なかったが、鏡は司がいつもの―――そして最近は全く目にしていなかった、柔和な微笑みを浮かべたのを感じた。
「ううん。そうだったらいいな、って思ってるだけ。けど…なんでだろ?そう思ってくれるって、そんな気がするんだ」
 三行の言葉とは正反対の、論理性の全くない、主観的な、願望交じりの言葉。しかしそれは、三行の言葉よりもはるかに説得力があった。
 たしかに、もしもこんな風に、まっすぐと向かい合うことができるとしたら―――きっと、どんな辛さも、いつか大切な思い出に昇華できると思えた。
 そして、自分にはもう遅いとも、鏡は思った。
「…もう無理だろ?あんなの嘘ついて、取り繕って、逃げだして…」
「逃げないでよ」
 司は無慈悲だった。嘘も、取り繕いも、一度逃げてしまった事実も、それらのどれも、逃げて良い理由ではないと切り捨てた。
 そんな格好の悪い部分も、直視してさらけ出せと、それによって生じるいかなる痛みも受け入れろと、一欠けらの慈悲も見せずに、言う。

「僕は、逃げなかったよ、お兄ちゃん。ゆき君も、逃げないよ。だから……」
 あの夜、鏡が去った後、一人壁越しに言いかけたセリフの続きを、
「だから…お兄ちゃんも、逃げちゃだめだよ」
 今度は最後まで口にした。


 三行と司は、石のベンチに二人きりで座っていた。
 鏡の姿はない。

「サンキュ」

 一言、鏡はそれだけ残して去っていった。
 行き先も何も告げなかったが、しかし視線は前を向いていた。それで十分だ。
「よかったの、ゆき君?」
「司君こそ良かったんですか?」
 何が、とは問わない。二人とも、同じ想いを心中に宿しているのは分かっているからだ。
「僕は、ちゃんと振ってもらえたから。
 それに、もうこれ以上、こなちゃんが悲しい想いをするのは耐えられなかったし」
 司はこなたが学校に来なくなってから、鏡がこなたと向き合う覚悟を決めるのを待っていたのだ。
 けれど予想外なことに、鏡はこなたと会うために泉家に出向くどころか、こなたが学校を休んでいるのを知ろうともしない始末。
 そのままとうとう週末になり、流石に昨日の夜は頭にきて大喧嘩まで発展してしまったのだ。
「僕は、一応後で、しっかりと告白しますよ。
 結果が分かっている分、ショックは少ないでしょうが…ちょっと虚しいですね」
「そっか…」
 それだけ言って、再び無言の時間が始まる。
 司は俯きながらスニーカーのつま先を眺め、三行は流れる雲を見上げていた。
 ぼうっと空を眺める三行の耳に、司が鼻をすする音が聞こえていた。僅かにしゃくりあげる声も聞こえる。
 けれども三行は肩を抱いてやることも、慰めの言葉をかけてやることもしなかった。
 司はきっと、今の自分を見て欲しいと思っていないだろと思ったからだ。
 ちょうど、三行が頬を伝って流れる物を見て欲しくないと思っているのと同じように。


 鏡は泉家には何度か来ているが、その度に悩まされるのが、泉家の父、泉宗次郎だった。
 こなたの招きで鏡達が泉家を訪れた時など、その滞在時間の大半が『娘はやらん!』と半狂乱で騒ぎ立てる宗次郎との戦いに費やされたほどだ。

 二度目以降はそれほど酷くはなくなったのだが、それでも隙さえ見せればこなたと鏡達の間にインターセプトを敢行し、その都度こなたに怒られるというパターンを展開する。娘の周囲の男に対する警戒心はハリネズミの如し、だ。
 だがそれでいて、なんだかんだで完全に締め出そうとしている風でもなく、フレンドリーに歓迎してくれるという、一見矛盾した憎めないおじさんなのだが…
「今回は、そう言うわけにもいかないよな」
 娘が髪を切り、あまつさえ不登校になったのだ。
 たとえこなたが、その原因である自分のことを宗次郎に伝えてなかったとしても、今、自分が会いに行けば感づかれる可能性もあるだろうし、そもそも訊かれたら隠すは、今の鏡にはない。
「向き合わないと、な」
 もう、自分から逃げない。
 自分の想いのせいで誰かを傷つけるという未来からも、自分の嘘のせいでこなた達を傷つけたという過去からも、逃げないと決めた。
 随分と遠回りしたし、その道筋は辛いことだらけだったが、それら全てが無駄でなかったと、大切な思い出だと言えるようになるために、逃げないと決めた。
「けど…それもこれもこなたと会えたら、なんだよな」
 娘を溺愛する宗次郎のことだ。こなたの現状を引き起こした最大の原因が鏡だと知ったら、こなたと合わせることなんて許してくれようはずもない。
「……最悪、殴られるのくらいは覚悟しないとな」
 昨晩、司に殴られた傷も癒えない頬をさすりながら、鏡はため息をつく。
 それもこれも自分が逃げた分のツケだ。夏休みの最後、青息吐息で宿題を写すこなたや司を笑っていられない。
「…取り戻さないとな」
 このまま扉の前に立ち尽くしているだけでは、そんな日々に戻ることもできない。
 鏡はインターフォンを押した。
 しばらくすると、足音が聞こえて、扉が開いた。聞こえてきた足音は軽い。ということは…
「はい、どちらさまで…」
 出てきたのは予想通りゆたかだった。そしてこれもまた予想通り、言いかけた声は後方では小さく萎んだ。
「鏡…先輩」
 鏡を見上げるゆたかの瞳は不安げだった。
 三行から聞いた話だけでは、ゆたかが鏡にどんな感情を抱いているかはわからない。ただこの少女にこんな表情をさせている理由の一部には、確実に自分がかかわっているのだ。そう思うと、鏡は胸のあたりが重くなるのを感じだ。
 鏡はゆたかに対してどんな風に話し掛けていいか分からず、結局、用件をそのまま切り出そうとして
「こなたに…」
「こなたに会いに来たんだね?」
 ゆたかの後ろから、鏡のセリフを奪った者がいた。
 わりと背が高いと自負している鏡より、さらに高い位置からかけられる声。
「おじさん……」
 そう呟いたゆたかの様子は、鏡には分からなかった。
 鏡は、宗次郎の表情を見つめていた。こなたを心配して大いにうろたえているか、原因である自分に対して激怒していると予想していた、無精ヒゲを生やしたその顔は…
「鏡君。こなたと会う前に、少し君と話をしたいんだ。いいかい?」
 その顔は頬笑みが浮かんでいると思えるほどに、穏やかなものだった。




















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  • かがみ、へたれだな -- 名無しさん (2008-06-18 18:59:33)

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