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こいの争い うヴぁい合い

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 こなたとみさおの間に暗雲が垂れ込めているらしい。
 「決闘、ですか……?」
 確認を求めるみゆきの目が、丸眼鏡の奥で丸くなる。つかさの訴えはそれに値するだけの、驚きと深刻さがあった。
 「その事で、お姉ちゃん参ってるらしいの」
 すっぱいものでも噛み締めたかのような顔で、つかさが何度も肯く。
 「泉さんと、日下部さんが、かがみさんを巡って、決闘」
 外国人相手に道を教える時のように、ゆっくりと文節を区切って強く発音し、みゆきが繰り返す。が、そうしたところで、不穏な事実(事実だとして)であることには変わりない。
 本当なのでしょうかと思うより先に、あの二人ならやりかねないという考えが心に浮かんだ。それを振り払って冷静になろうとするのだが、その努力を嘲笑うかのように廊下から声が聞こえてきた。
 「ちょ、お前ら! トイレにまでついて来る気か!」
 かがみの声である。教室の後ろのドアから前のドアのある方向へ、まるでフィルムの二コマのように、逃げていくかがみの姿が見えた。
 「かがみ様~」
 「柊~」
 つづいて追いかけるこなたとみさおの二コマも。
 どうやら真実らしい。
 「……放っておくわけにはいかないようですね」
 つかさは今一度、すっぱいものを噛み締めて肯いた。




 方角からして、こなたとみさおとかがみの三人は公園を目指しているようだった。途中でスーパーに寄り何か買い求めたようであるが、被発見を避けるために、尾行するみゆきとつかさは中には入らなかった。まさか長期戦に備え、食糧を買い求めたのだろうか?
 それにしても決闘者とその係争品(!?)が、仲良く並んで決闘場まで向かうというのは奇妙な光景である。それらを尾行する者が二人もいるという事が、その奇妙さに拍車をかける。
 ……とは、更なる尾行者、つまり三人ではなく五人の後をつけていた六人目から見た感想であって……。
 「お二人さん」
 後ろから声をかけられたみゆきとつかさは、びっくりして飛び上がる。振り向いたそこに居たのは……。
 「峰岸さん……?」
 栗色の髪を白いカチューシャで上げ、どこか大人びた余裕と落ち着きを絶やさない笑顔で、峰岸あやのが立っていた。
 「二人もみさちゃんたちの決闘を見に来たの?」
 「見に来たのではなく、止めに来たのですが……」
 常人なら不機嫌になってもいいところだが、そうならないのはみゆきの人徳の致すところかも知れない。だがあやのの態度は、それ以上の裏があることを感じさせた。
 「無駄だと思うけど」
 「残念ながら、同感です」
 みゆきは苦々しく肯く。言って分かるようなら、そもそも決闘という挙には及ばないだろう。あるいはあやのは、止めようとするのを止めに来たのだろうか?
 「峰岸さんはどうするつもりなの?」
 警戒感を隠そうともせずに、つかさが尋ねる。
 あやのは飽くまで穏やかな口調で、穏やかならざる意思を表明した。
 「柊ちゃんの横取り、かな」
 そう言って掲げた手には、なぜか同じスーパーの袋が握られていた。




 「決闘って……」
 「どんだけ~」
 みゆきとつかさが呻いたのも無理はないかもしれない。
 三人が目指したのは公園の池。といっても、そこで泳ぎを競うわけではない。そうだとしたら、あやのといえども止めていただろう。決闘者のこなたとみさおは、池のほとりのかなり離れた位置にそれぞれ立った。
 「英語の宿題、そっちでも出たでしょ?」
 あやのが聞く。
 「はい、今週中に提出でしたね」
 量はともかく、質的な手強さにさすがのみゆきも辟易とした。
 「みさちゃん、柊ちゃんに助けを求めたの。泉ちゃんもね」
 「それで、取り合いになったと」
 「柊ちゃんは、二人も面倒見られないって言ってね」
 あやのはスーパー袋から食パンを取り出し、小さく千切り始めた。見るとこなたとみさおも、同じように魚のえさを準備している。
 「泉さんはともかく、日下部さんは……」
 あなたが面倒を見ればいいのでは……。みゆきが言下にそう込めたのを正確に感じ取り、あやのは寂しげに首を振った。
 「柊ちゃんと一緒が良いんだって……」
 「そう、ですか……」
 気持ちは分かる。そもそものところ、彼女らの中に漂うこなたにはかがみを、という固定観念にも似た当たり前に、反抗する意図があるのではないか。
 「準備できたよ」
 「こっちもだ。かかって来い、チビッ子!」
 騎士の時代なら剣を抜き、原始的な銃社会なら、腰のホルスターに収めた回転弾倉式の拳銃に手をかけるところだろうか。だが現代の日本は、そのどちらでもなかった。
 「はいはい、じゃあ始め」
 うんざりとした口調でかがみが合図すると、二人は千切った食パンを池の中にばら撒いた。予期せぬ天の恵みに魚……というか鯉たちが集まってくる。
 「こいの争い奪い合い」
 あやのは呟いた。例え年頃の乙女でなくとも、そこに当てはまるのは「恋」という字だと思うところだろう。だがこの場合は、どういうわけか「鯉」だった。
 「どちらのえさがより多くの鯉を集めるか、ですか……」
 一人を奪い合う二人が、えさを奪い合う鯉を奪い合うという決闘……。
 「どうしてこれを思いついたかまでは分からないけど、平和でいいじゃない」
 「そうですね……」
 口では同調するみゆきだが、内心ではそう単純なものではないと思っていた。
 というのもこの決闘には、立会人が存在しない。だからその役目はかがみが務める事になる。どちらがより多くの鯉を集めたか、かがみが数えて判定する。つまりはどちらに軍配を上げるかは、かがみのさじ加減ひとつというわけで、以てしてかがみに選ばれたという事になるわけだ。
 「かがみ、数えてー」
 「柊ー、こっちのが多いぞー」
 二人が声を上げる。
 「今ね」
 待っていましたとばかりに、あやのが飛び出す。
 「峰岸?」
 「あやの?」
 「……?」
 突然の登場に目を丸くする三人に構わず、あやのはかがみの前まで来ると、用意したえさを池の中にばら撒く。すると、こなたとみさおのえさを粗方食べつくしていた鯉たちが、そちらに殺到した。
 「勝負ありね」
 こなたとみさおの前には、もはや名残を惜しむ魚影さえなく、あやのの前の水面でびたびたと元気に奪い合っていた。
 「じゃあ柊ちゃんは私のものってことで。行きましょ」
 かがみに対してすら一方的にそう言うと、あやのはかがみの手を引いて去ろうとする。
 「ちょ、待ってよ」
 「ずりーぞ、あやの!」
 決闘者から敗者に転落した二人は、当然の事ながら追いすがる。その伸ばした手がかがみに肩を掴もうかどうかという瞬間、あやのが図ったかのように振り向いて言った。

 「往生際、悪いよ?」

 物腰も口調も春風の如く穏やかだが、二人は動けなくなった。埼玉ではまず起こりえない雪嵐(ブリザード)の中で、立ったまま凍死した遭難者のように止まってしまった。
 「勝ったのは誰?」
 「あやの……」
 「……です」
 「そうだよね」
 肩を落とした二人の顔に白旗以外の諦めの色を見て取ると、あやのは満足げに微笑み、二人の心に遠征させた冬将軍に攻勢停止を命じ、講和案を提示する。
 「じゃあ二人も一緒に来る? 宿題が片付いたら、クッキーでも焼こうかと思ってたんだけど」
 敗者たちは顔を見合わせる。悪い提案ではない、と顔に書いてあることを互いに確認する。
 「お、おう……」
 「今のでお腹空いちゃったヨ」
 「そちらのお二人さんはどうする?」
 バス停のように突っ立っていたつかさとみゆきにも、声をかける。
 「ご、ご相伴預からせていただきます……」
 「わ、私も手伝うよ」
 二人の戦勝国入りに満足すると、あやのは1284年6月26日のハーメルン市の駆除業者のように、五人を引き連れて帰宅の途に就いた。




 攻勢停止を命じたとはいえ、撤退させたわけではない。恐怖という名の占領軍が、敗者の心に腰重く駐留していた。そして、あやのの占領政策は過酷を極めた。
 実はあやの、かがみ、みゆきの三人は、すでに宿題を終えていたのだが、
 「クッキーを一緒にどう、とは聞いたけど、宿題を一緒にとは言ってないわよ」
という事実を指摘し、その戦力になりそうなかがみとみゆきが、二人を手伝うことを許さなかった。
 そしてまだだったつかさの分を、三人でよってたかって手伝って程なく片付けてしまうと、かねてからの予定通り、キッチンへと移動してクッキー作りを始めた。
 「つかさはいいの?」
 去り際にこなたが聞いた。
 「片付けないと、手伝ってもらえないでしょ」
 四苦八苦に×10で百二十苦くらいしても(あくまで個人比)、一向に終わりが見えてこない二人は、やむなく手を結ぶ事にした。
 「じゃあみさきちは、文中のvで始まる単語の意味を調べ直して」
 「任せろってヴぁ!」
 ところで二人がついたテーブルの対岸には、片付けられたばかりのつかさの宿題が無防備に置かれていたのだが、恐怖で敷き詰められた二人の心には、魔が差す隙間もなかった。もしバレたら、明日まで生きる自信がない……。
 四人の談笑する声と、クッキーの焼ける甘い匂いを行進曲に、敗者の苦難に満ちた行軍はなお続くのだった。




 とはいえ、あやのは最後には手を貸すだろう。かがみはそう見ていた。そうでなければ、みさおとあやのの関係は、とうに崩れているはずだ、と。
 「これをきっかけにして、二人が仲良くしてくれるといいんだけど」
 とは、可愛らしいデザインの純白エプロン(最近もらった彼氏からのプレゼントらしい)を着け、焼かれる前のクッキーたちの乗っかった鉄板皿をこれでよしという感じでオーブンにセットし、蓋を閉めてタイマーをスタートさせたあやのが、ふと呟いた言葉である。いや、これこそ最初から一貫して、あやのの目的だったのではなかろうか?
 「峰岸、子育てに悩む母親の顔になってる」
 テーブルに着き、頬杖をついていたかがみがからかうように言う。隣ではつかさが、みゆきを相手にクッキー作りのコツについて、要領の得ない説明に明け暮れていたが、あやのが見せたのは、二人の母であるみきが、つかさ、あるいはまつりの事で悩んでいた際に見せた表情を彷彿とさせた。自分もきっと自分の知らないところで、母にこういう顔をさせたことがあっただろう。
 「……ちがう、とは言い切れないかもね」
 苦笑、とは言い切れない微妙な表情で、あやのは笑った。
 かがみは突然、あやのの交際相手が、みさおの兄だということを思い出した。
 そうか、と思う。
 「日下部家の将来は、かかあ天下か」
 まだ見ぬあやのの彼氏氏。どんな人物か想像がつかないが(みさおとそっくりか正反対だろうとは思っていたが)、彼氏氏があやのの尻に敷かれているイメージは、なぜか鮮明に像を結んだ。
 「もう、柊ちゃん。人聞きの悪い事言わないでよ」
 あやのは赤くなる。
 「人聞きの悪い事のつもりで言ったんじゃないんだけどねー」
 そう言ってやると、あやのはさらに赤くなった。おでこでクッキーが焼けるんじゃないかというくらいに。
 隣では、つかさの説明がようやく要領を得てきたところだった。


 おわり
























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  • あやのww
    「こいの争い奪い合い」は空耳アワーが元ネタだっけ? -- 名無しさん (2008-07-15 17:17:39)

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