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ちぐはぐアフター (或いは 「バス停ひまわり アナザー・ケース」)

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 初夏、或いは晩春。
 桜はとうに散り終わり、梅雨の足音もまだ遠い、そんな季節。
 だいぶ長持ちするようになった太陽が、それでも傾き始めている夕刻。
 私立陵桜学園校門前のバス停のベンチに、私、高良みゆきは一人腰を下ろしていました。
「すっかり遅くなってしまいましたね……」
 独り言がこぼれます。
 委員会の仕事が予想以上に長引いてしまいました。
 本当はもっと早く終わるはずだったのですが、そう思って他の方たちを先に帰したところ、折り悪く
 先生から追加の仕事を頼まれてしまったのです。
 ちらりと腕時計に目を落とし、時間を確認します。
 ……普通に帰っても、お夕飯の時間にぎりぎり間に合うかどうか、といったところですか。
 風邪でお休みになっているかがみさんのお見舞いに寄りたかったのですが、断念せざるを得ませんね。
 こんな時間ではご家族の皆さんにも迷惑になるでしょうし。
「はぁ……」
 ため息がこぼれます。
 学級委員長という役職やその仕事に不満があるわけではありません。
 むしろ普段は誇りと遣り甲斐を感じています。
 しかしながら、このように間が悪いとどうにも遣り切れなさを覚えてしまいます。
 やはり格好などつけずに皆さんにも残っていただくべきでした。
 ……かがみさんなら、自分から残ると言ってくださったでしょうね。責任感の強い方ですから。
 そして彼女の申し出になら、私のほうも比較的素直に頷けたかも知れません。
 そうすればもっと早くに仕事が終えられて、かがみさんのお見舞いに伺う時間も……って。
 何を言っているのでしょう、私は。そのかがみさんが来ていれば、という仮定の上での話じゃないですか。
「……駄目ですね、もっとしっかりしないと」
 思わずもれる苦笑いと独り言。そこに、

「――何が?」

 声。
 応える形で声がありました。なんとなく、どこかで聞いた憶えのある声です。
「えっ?」
 振り返ると、いつの間に現れたのか、一人の女生徒がベンチのすぐ脇に佇んでいました。
 通学カバンの他に大きめのスポーツバッグを肩から下げています。
 健康的に日に焼けた手足はすらりと引き締まり、肩に届く長さの髪はお風呂上りのように湿っています。
 恐らくは実際にシャワーを浴びたばかりなのでしょう。見るからに運動部所属といった立ち姿から、
 そのように想像できます。
 そして、その顔には、声と同様、やはり見覚えがありました。
「あ……確か、あなたは――」
 ええと……
「ん? あ、なんだ。ちびっ子んトコの委員長じゃん」
 あと一歩のところで途切れていた記憶の糸が、相手のその一言で繋がりました。
「――あ、はい。ええと……」
 そう。確か隣の三年C組の、かがみさんのクラスメイトだったはず。
 ご一緒してらっしゃるところを何度かお見かけしたことがあります。名前は――
「――峰岸さん、でしたっけ」
「ちげーよ」
「え? あ、あら?」
 ぶっつん。
 一瞬で不機嫌なものに切り替わってしまったその表情に、繋がったはずの糸が再び切れる音が
 はっきりと聞こえた気がしました。
「日下部だよ。日下部みさお」


「すみませんでした。本当に……」
 バスの中ほどの席に隣り合って座り、改めて名前を間違えた件を日下部さんにお詫びします。
 日下部、みさおさん。
 憶えました。もう間違えません。
「あー、もーいーって別に。……けどまさかあやのと間違われるとはなー」
「すみません……」
「だからいーって。こっちだって高良の名前覚えてなかったし。考えてみたらあたしらだいたいいつも
一緒にいるし。そーいやあたしも品川庄司のどっちがどっちだかよく知んないし」
「はぁ……」
 品川さんと、庄司さん? C組の方でしょうか?
 いえ、それよりも今のは、フォローをしてくださったのですよね。
 気付かずに間抜けな声を挙げてしまいました。
「……すみません。ありがとうございます」
「ほえ? 何が?」
 不思議そうに首を傾げられてしまいました。
 あ、あれ?
「いえ、その……なんとなく、です」
「ふーん? まーいーや。どういたしまして」
 そして浮かべた疑問符もそのままに、小さく頭を下げてくださいます。
 なんといいますか……不思議な方ですね。
 ともかく、名前の件はもう本当に気にしていらっしゃらないようですし、なにより日下部さんご自身が
 いいと仰ってくれているのですから、この話はもう終わりにしたほうがよさそうです。
「ところで……日下部さんは、どうしてこんな時間まで残ってらしたんですか」
「ん? うん、部活だよ。陸上部」
 話題転換ついでに気になっていたことを尋ねると、概ね想像していた通りの答えが返ってきました。
 ですが、
「お一人でですか? 他の部員の方たちは……」
 他の、例えば球技などとは違い、陸上競技はほとんどが個人競技になるはずですから、一人でも
 練習ができないということはないでしょう。しかし学校のクラブ活動であるという点を考えれば
 やはり不自然さを覚えてしまいます。
「あー、もちろんみんないたけど……」
 私の質問に返事をしかけた日下部さんでしたが、途中で言葉を切ると、大きくため息をつきました。
「みんなヤル気ねーんだよなぁ~」
「……はぁ」
「物足りないからもーちょっと走りたいって言ったらさ、『じゃ、後片付けヨロシク。がんばって♪』って」
 言葉の、他の部員の方が仰ったと思しきところで声音が変化したのは、口真似なのでしょうか。
 生憎とどなたなのか存じませんので、似ているかどうかの判断はつきません。
 ともかく、事情は理解しました。
「そうでしたか」
「そーそー。……別にいーんだけどさぁ。今年は新入部員が不作、ってゆーか一人しかいないし」
 突然話が飛びました。
 が、一瞬考えて、どうにか関連性に気付きます。
「――通例なら、後片付けなどの雑用は新入部員の方たちの仕事なのですね?」
「そー。そいつ一人に毎日やらせるわけにいかねーから、月水金はじゃんけんで決めてんの。だから
残りたいって言い出したあたしがやるってのもある意味で当然な話だとは思うんだけど、さぁ……」
 どうやら当たっていたようです。
 そしてまたため息をつく日下部さん。
「そのせいもあんのかなー。士気っての? 低いってゆーか、タンパクってゆーか……」
「……大変なんですね。お疲れ様です」
「ホントにな。最後の夏も近いってのにさー。あーあ……」
 私の相槌に頷くと、日下部さんはもう一つため息をつきつつ両手を頭の後ろで組む形に動かします。
 こちらの頭に肘がぶつかりそうになって、少し驚きました。
「っと、ゴメンゴメン。あぶねーよな」
 すると、思わず肩をすくめた私に気付いたのか、日下部さんは気まずそうに腕を下ろしました。
「いえ、平気です」
「あー、あとゴメンな。なんかあたしばっか喋って。それもグチばっか」
「そんなことありませんよ? 楽しいです」
 さらにばつの悪そうな顔をする日下部さんに、微笑んで返します。
 もちろん本心です。
 確かに、ほぼ初対面ということで多少の戸惑いを覚えたりもしていますが、その分だけ新鮮な
 気持ちになれてもいるわけですから。それにクラブ活動に関するお話というのも、普段耳にする
 機会がないことだけに、興味深いです。
「そーなの?」
「はい」
「ふーん……」
 不思議そうに首をかしげる日下部さん。
 あまり良い言葉ではないことは百も承知で、男勝り、といってしまえる言動が目立つ彼女ですが、
 こうした細かな仕草をすると「女の子らしさ」が顔を覗かせ、失礼ながら可愛らしく思います。
 それに比べて私は、どうなのでしょうね。
 女性らしさという点では、まぁそれなりにないこともないと自負していますが、そこに可愛げがあるかと
 いう話になると、どうにも自信が持てません。
 固すぎる、といいますか。分かってはいるのですが、長年の癖はなかなか変えられないものです。
 クラスメイトでお友だちの泉こなたさんは「萌える」といって褒めてくださいますが、
「なんか、変わってるよな、高良って」
「そうかも知れませんね。たまに言われます」
 よくは分かりませんが、恐らくはそういった意味も含まれているのでしょう。
「ヒーラギとかだったら絶対怒ってるところだよな」
 日下部さんが前へと向き直り、独り言のように仰いました。
「柊……かがみさんですか?」
「え? ――ああ、うん。姉のほう」
「なるほど……かがみさんなら、そうかも知れませんね」
 陰口のようで少し気がとがめますが。
 責任感と思いやりの強い方ですから、容易に頭に浮かんでしまいます。
 時に人に厳しくできる、ただ甘いだけとは違う彼女の優しさには、憧れます。

「……やっぱ、名前で呼ぶんだな」

 と?
「え?」
 トーンの落ちた声に向き直ると、日下部さんは前を眺めたまま、どこか浮かない面持ちに。
「ま、そりゃーそーだよな。妹さんがいるもんな、そっちには。区別する必要あるよな」
「は、はぁ……」
 訳が分からず、中途半端な返事しかできません。
 仰るとおり、かがみさんの双子の妹である柊つかささんとも親しくさせていただいでいますから、
 紛らわしくないようお二人のことは下の名前でお呼びしているのですが……
「――あぁいや、あたしら妹さんのほうとはあんま交流ないからさ」
 声の調子が戻りました。
「だから未だに名字で呼び合ってんだよ。長い付き合いだってのに。まぁ今さら変えるのも変だし、
別に不都合もないから別にいーんだけどな。はは」
 言って、日下部さんはにっこりと笑います。
 ……気のせいだったのでしょうか。今見えたような気がした、蔭りのようなものは。
「ってゆーか――そーいやさ、高良も一人だよな」
「はい?」
 そして急に話題が飛びました。
「委員会だったんだろ? 他のメンツはどーしたんだ?」
「あ、はい。それはですね――」
 なんとなく引っ掛かりましたが、さておき、質問されたのですから答えるのが先でしょう。
 ということで、この時間まで一人で残っていた事情をかいつまんで日下部さんに説明します。
「――そういった次第で、要するに日下部さんと似たような感じです」
「ふぅん……なんかぜんぜんちげぇ気もするけど……」
 話を聞き終えた日下部さんは感心したようなため息をついて、そして訝しげな声をもらします。
「けどよくやるよなー。めんどくさくねぇ? 委員会の仕事なんて」
「いいえ? 確かに時間や手間のかかることもありますけど、楽しいですし、遣り甲斐もありますよ?」
「ふぅ~ん?」
 感心、を通り越して呆れたような声。
 そのままバスの窓枠に肘を乗せて頬杖を衝き、日下部さんは仰いました。
「たいしたモンだな。ヒーラギなんかしょっちゅうグチってるけど」
 ……え?
「かがみさんが、ですか?」
「うん。誰かがすぐサボるとか、モンクばっか言うとか、字が汚いとか」
「……そうですか」
 知りませんでした。
 日下部さんの言葉は淀みなく、いかにも聞きなれたことを話しているといった様子です。
 確かに、委員会活動中のかがみさんは、例えば泉さんやつかささんたちと一緒にいるときのように
 楽しげに振舞うことありませんが、それでも他の一部の方たちのように「イヤイヤながら」といった
 様子もなく、やる気をもって臨んでいるように見えましたし、またそう思っていました。
 しかし、それが私の勘違いだったとしたら……
「負担……になっているのでしょうか……」
 だとしたら。
 にもかかわらず、ことあるごとに彼女に頼ってしまっている私もまた、ということになります。
 現に先程も、かがみさんがいてくれれば、などと。
「ん~……まぁ、フツーはそーなんじゃね?」
 よくわかんねぇけど、と、日下部さんも頷きます。
 やはり、そうなのでしょう。
「でしたら……今日、お休みになったのも……」
「へ?」
 そういった無理が祟って、と続けようとしたところ、日下部さんが驚いたような声を挙げました。
「それは関係ないんじゃねぇの?」
「……と、仰いますと?」
「ん、あいつって春先になると風邪引くんだよ、昔っから。……っていってもあたしは五年前からしか
知んねぇけど、自分で言ってた」
「そうなんですか?」
「ホントだって。去年も休んでただろ?」
 そういえば……言われてみれば、確かに。去年の今ごろ……よりももう少し早い時期でしたか。
 風邪でお休みになったかがみさんのお見舞いに行った憶えがあります。
 しかし、だからといって、彼女に負担をかけていることには変わりはありませんよね。
「てかさ、『みゆき』ってあんたのことだよな?」
「えっ?」
 物思いに沈みかけた思考が、日下部さんの唐突な問いかけに引き上げられました。
「あ、はい。私の名前です」
 頷くと、日下部さんも「うん」と頷き返し、そして口を開きます。

「ヒーラギさ、いつも言ってるぜ? 『みゆきがいてくれて助かる』って」

「え……」
 思いもかけない言葉に、思わず日下部さんの顔を凝視してしまいます。日下部さんは、そんな
 私の視線を平然と受け止めながら、軽い調子で、しかしはっきりと頷きました。
「ホントだって。言われたことねーの?」
「い、いいえ。ないです……」
 何かを手伝ったときなどにお礼を言われたことぐらいならありますが、そのような「普段から」
 といったニュアンスの言葉は、少なくとも憶えている限りではいただいたことはありません。
「そっか」
 前に向き直る日下部さん。
「まぁ確かに、ヒーラギって面と向かって人を褒めたりはしないヤツだよな」
「……それは、確かにありますけど……」
「だろ? でもホントだから。――だからさ、高良がそんな顔する必要は、たぶんねーよ」
 そしてまたこちらを振り返り、少し困ったように、笑いました。
「顔、ですか?」
「うん。なんてゆーか……『ごめんなさい』みたいな顔してたぜ?」
「あ……」
 とっさに、隠すように頬の辺りを手で覆ってしまいます。
「す、すみません」
「だから、謝んなくていーって」
「はい……」
 そうですね。
 ここは――今度こそは、謝罪ではなく。
「ありがとうございます、日下部さん」
「どーいたしまして」
 にっこりと、歯茎を見せて笑う日下部さんの笑顔は、それはそれは素敵な笑顔で。
 夕陽を背負って逆光になっていてなお、輝いて見えるほどでした。


「そーいやさ」
 バスから降りて、糟日部駅の改札までの短い道のりを歩く途中、日下部さんが思い出したように
 口を開きます。
「高良って委員会やってんだよな? てコトは下級生にも知り合いいるだろ?」
「え? ええ」
「だったらさー、訊いてみてくんないかなー? 特に一年に、陸上部入ってくれそうな知り合いとか
いないかどーか」
 ああ……そういえば、仰ってましたね。
 今年の陸上部には新入部員が一人しかいないと。
「ええ、構いませんよ。私でよければ、協力させてください」
 親しいといえるほどの人は多くはありませんが、その程度のことを聞けるぐらいの知り合いなら、
 何人か心当たりがあります。
「そっか! ありがと!」
「いえ。私などでお役に立てるのなら、喜んで」
 頷くと、早くも肩の荷が降りたとばかりに、日下部さんもニコニコ顔で頷き返してくださいました。
 そのまま二人、並んで改札をくぐります。
 とりあえず誰から当たってみましょうか。
 と、考えながらプラットホームに至る階段を昇りきったところで、
「……あ」
 ふ、と。
 一人の人物の顔が脳裏に浮かびました。
 そうです。
 委員会の方たちに伺うまでもなく。
「ん? なに?」
「あ、はい。一人、心当たりがありました」
「え、いんの? 入ってくれそーなヤツ」
「はい。はっきりそうとは言えませんが、私の小さい頃からの知り合いで、ちょうど今年、陵桜に入った
ばかりの一年生がいるんです。名前は――」


     ☆


 みゆきさんの様子がなんだかおかしい。
 朝から妙にそわそわと落ち着かない感じで、休み時間になるたびにどこかに姿を消してしまう。
 どうしたのかと思って尋ねてみたけど返ってくるのは曖昧な言葉ばかりで、どうにも要領を得ない。
 別にはぐらかしてるとかじゃなく、どこから話せばいいのか分からないって感じ。
 ふだんあんなにも落ち着いてて理路整然としてるのに、少し慌てるととたんにアホの子みたいに
 なるよね、みゆきさんって。
 分かってるからそれは別にいいんだけど。
 ってゆーかむしろそこがいいんだけど。
 ともかく。
 そんなこんなでつかさと一緒に首を捻りながら迎えた昼休み。
 事態はさらなる混迷を極めることとなるのであった。


「……おっす」
 チャイムが鳴って少しして、いつものように、けどいつもより若干テンション低めにかがみがやってきた。
 昨日風邪で休んでたけど、まだ体調悪いのかな。
 でも朝一緒に登校したときはもうすっかり治ったって言ってたし、普通に元気そうだったよね。
 ――思っていると、
「妹ちゃん、泉ちゃん。こんにちわ」
 かがみの後ろから、長い栗色の髪をカチューシャでまとめたおっとり系のお姉さんが姿を現した。
 かがみのクラスメイトで、確か――峰岸さん、だったか。
 隣に遊びに行ったときや体育なんかの合同授業で、私もつかさも何度か顔を合わせたり軽く話したり
 したこともあるから、とりあえず顔と名前ぐらいはお互いに一致する。
 けど、かがみと一緒にこっちにくるなんて――いや、そもそも向こうから寄ってくること自体初めてだ。
 ひとまず挨拶に応えながらそんなことを考えていると。
 その後ろから、さらに二人。
「……え?」
 思わず疑問符がもれる。
 例によってどこかに行っていたみゆきさんと、かがみのもう一人の友だちの……確か、日下部さん。
 まぁ、分かる。
 みゆきさんは、むしろ戻ってこないほうがおかしいし、日下部さんも、峰岸さんとセットって印象が強い
 から片一方だけしか来ないっていうのもこれまた逆に不自然だ。
 うん。
 分かるよ?
 そこまでは分かる。――だけど。
 なんで二人が寄り添ってるの?
 どちらかと言えば快活なはずの日下部さんが見るからに落ち込んでいるのは、どうして?
 みゆきさんがその肩に手を添えて励ましているふうなのも、どうして?
「えっと……かがみ?」
「お姉ちゃん?」
 つかさと声が重なった。
 それを受けて、かがみは眉根を寄せる。困ったような苦笑いだ。
「いや、まぁ……本人たちに訊いて」


 ――で。


 言われたとおりに訊いてみたところによると。
 みゆきさんと日下部さんは昨日、たまたま帰りが一緒になったらしい。
 そしてせっかくだからと駅までご一緒することになって、色々と世間話なんかをしていた中で、
 所属している陸上部の人材不足を嘆いた日下部さんに、みゆきさんが知り合いの一年生を
 紹介したのだという。
 そして今日、日下部さんが午前の休み時間をフルに利用してその相手を口説きにかかった結果、
「断られちゃった、と」
 聞くまでもないし言うまでもないことだけどね、この様子じゃ。
 全身全霊で『敗北いたしました』って感じ。
「はい」
 答えたのはみゆきさん。
「……実は昨日のうちに電話で本人に話を通しておいたんですけど、その時点で断られてしまいまして」
「だったらそう言ってくれよぉ~」
「申しわけありません……」
「いや、アンタいなかっただろ。みゆきはちゃんと言いにきてくれてたのに。私の話も聞こうとしなかったし」
 恨みがましく呻く日下部さんにみゆきさんがすまなそうに頭を下げて、そこにかがみがツッコミを入れる。
 そっか。みゆきさん、それを伝えに行ってたのか。
「でも、高良ちゃん」
「あ、はい。なんでしょう」
「だったら、その一年生の子のクラスまで行けばよかったんじゃないかしら」
「……」
 峰岸さんの言葉に、みゆきさんが静止した。
 そしてうつむいて顔を赤らめて、ひとこと。
「……思いつきませんでした」
「天然だ……」
「どんだけぇ~……」
 また声が被る。
 今日はなんかつかさとシンクロ率高いね。ってか峰岸さんももっと早く言ってあげればいいのに。
「うぅ、そっか……ごめんな、高良」
「いえ、お気になさらず」
「いや、気にしなさい。人の話を聞くクセをつけなさい、アンタは」
「まぁまぁ、柊ちゃん」
「峰岸……アンタがそうやって甘やかすから……」
 なんだか忙しそうだね、かがみ。
 ふむ、さすがのツインテールキャノンもやわらか戦車の挟み撃ちには手こずるわけか。
「……こなた、なんか失礼なこと考えてない?」
「イエ、ゼンゼン?」
 しかしその分レーダーの感度が上がってる模様。要警戒、要警戒。
 ってゆーか、なんか賑やかだねぇ。二人増えただけでこんなにも違うものなのかな。
「……なんかさー、保健委員の仕事があるから部活は無理とかでさー。一緒にいた……なんかすっげー
小っさいヤツも勧めてくれたんだけど。なんてーの? ナシノツブテ?」
 うん?
 保健委員?
 小っさいヤツ?
「ちょっと待って。えっと……みゆきさん、その子って何組?」
「一年D組ですけど、どうかしましたか?」
 D組。
 ゆーちゃんのクラスだ。ということは……
「ひょっとして、岩崎みなみちゃん?」
「え? ええ、そうですが……」
「こなた、知ってるの?」
 知ってるもなにも。
「ゆーちゃんの友だちだよっ。ほら、いつか話したでしょ? ゆーちゃんを助けてくれた人。入試のとき」
「あぁ……そうなの?」
「覚えてるよー。ハンカチの人だよね? ……え?」
 私とかがみ、そして一拍遅れて、つかさ。
 三人で揃ってみゆきさんのほうを向く。
「え? では、みなみさんがよく仰っている、『小早川さん』というのは……」
「そう! 小早川ゆーちゃん! 私のイトコ!」
「まぁ……そうだったんですか」
 目と口をまん丸にするみゆきさん。
 日下部さんと峰岸さんが話についていけないって顔しちゃってるけど、そっちはかがみに任せよう。
「みたいだね。――いやぁ、こんな偶然てあるんだねぇ」
「本当、奇遇ですね」
 うんうん、ホントホント。
 いったいどのぐらいの確率なんだろう。前につかさも言ってたけど、私たちがこうして出会えて
 仲良くなれたってだけでも十分に奇跡的なのに。
 まさに奇跡と奇跡の合わせ技……三次元も捨てたもんじゃないってことかもね。
「あ、じゃあ私、その人知ってるかも」
 お?
 さらにつかさまでそんなことを言い出した。
「そなの?」
「うん。先々週ぐらいかな? 廊下でゆたかちゃんと仲良さそうにしてるの見たよ」
「ふーん……」
「メガネをかけた、髪の長い人だよね?」
 うん?
「いや……それたぶん違うよ。田村さんって人じゃないかな、そっちは」
「あれっ? そ、そうなの?」
「うん」
 メガネでロングでゆーちゃんと仲がいいって条件なら、たぶんそうだろう。どっちにしても関係ない。
 つかさらしいっちゃらしいけどね。
「みなみちゃんはショートだよ。で、背が高いの。――こんくらい」
 手首を直角に折り曲げた腕をいっぱいまで掲げて高さを示す。
 すると今度はかがみが頷いた。
「見たことあるかも。なんかクールって感じの子だったけど」
「ソレだ! たぶん」
「ええ、その方だと思います」
「そっか。……うん、確かにやたらと背の高い子だったわね」
 三人で頷きあう。
 つかさが、なんか寂しそうってゆーか悲しそうってゆーか、になってるけど。
 うむ。
 悪いとは思いつつ、萌える。
「なんかよくわかんねぇけど……」
 と、そこに日下部さん。
「そんな言うほど高かったか? あたしとおんなじぐらいだったぞ?」
「ええっ、嘘? 5センチぐらい違わない?」
 かがみが驚いて、首を捻る。
「ねーって」
「私もそんなには違わないと思うよ。ゆーちゃんと一緒のところを見たからじゃない?」
「……なるほど」
 一瞬考えて、頷くかがみ。
 それを受けて、日下部さんはニッカリと笑った。

「だろ?」
「うん……いや、なんかアンタってあんま大きいってイメージなくて」
「……どーゆーイミだよ」
「まぁまぁ。――でも、私も同感かな」
「えぇー? あやのまでそんなコトゆーのかよ」
「だってみさちゃんて可愛くて元気だから、そっちが目立って背の高さにはあまり目が行かないのよ。
あと、小学校ぐらいまでは私のほうが高かったっていうのもし」
「むぅ……」
「ごめんね? 怒った?」
「いや、いーけどよ……ってか身長っていや、そーいやなんかガイジンがいたぜ。背だけじゃなくて
あっちこっちでっかいの」
「変なジェスチャーすんなっ」
「ああ、それはきっと、パトリシア=マーティンさんですね」
「ん? 高良、知ってんの?」
「ええ。みなみさんから聞きました。アメリカからの交換留学生がクラスにいると」
「ほぉー、アレがリューガクセーか。初めて見た」
「あっ! それなら私も知ってるよっ。こなちゃんと同じお店でバイトしてる子だよね?」
「うん。パティだね」
「へぇ? あんなのまで知り合いなのかよ。お前って意外と顔広いんだな」
「まぁねー」
「うん。泉ちゃんって、どんな人とでも仲良くなれそうな感じよね。でも、どっちかっていうと、アルバイト
してるってほうが意外かな。どんなお店なの?」
「ん? コスプレ喫茶だけど」
「こす……ぷれ?」
「気にしないで、峰岸。――アンタもそういう単語を堂々と出すな!」
「なんだ? まさかアヤシイ店なのか?」
「シツレイな。ちゃんとした普通の喫茶店だよ」
「アレのどこが普通だ」
「でも楽しかったよ。こなちゃんもかわいかったし。ね?」
「ええ。――喫茶店というよりは、ラウンジといったほうが近いかも知れません。それで、店員の方たちが
漫画などのキャラクターを模した仮装をしているんです。……あ」
「さすがみゆきさん、上手い説明だね。……って、どしたの?」
「いえ、その……ということは、あのときの、あの方が、パトリシアさんだったのですね……」
「? そだよ?」
「まさか、みゆき……その岩崎って子と同じクラスの子だって、気付いてなかったの?」
「……はい。校内では一度もお会いしたことがありませんし、その……」
「そう……まぁ、そういう思い違いって、あるわよね?」
「あるあるっ。でも、ゆきちゃんでもそんなことあるんだ」
「お恥ずかしい限りで……」
「いやいや、むしろみゆきさんならでは、だよ」
「かもなー。高良って知識先行って感じだし、なおさらだよな」
「みさちゃん、それフォローになってないわ」
「あれ? そなの?」
「フォローのつもりだったのかよ」

 ――賑やかだ。

 悪くないね。
 ほんのちょっと違和感みたいなのがあるけど。
 あと、みゆきさんを取られたみたいな気が、最初ちょっとだけしちゃったけど。
 それでも、悪くない。
 いつもより少し――いや、かなり賑やかなお昼休み。
 うん、悪くない。
 そして、もしかしたら。
 明日からは、これが新しい『いつもどおり』になるのかも知れない。
 そんな予感を覚えているのは、

「なにニヤニヤしてんのよ、こなた」
「別に? かがみだって笑ってんじゃん」
「……。鼻にチョコ、ついてるわよ」
「え? わっ」

 どうやら、私だけじゃないらしい。


















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  • いつもながら、それ程多くない文章量で沢山のキャラを綺麗に回されてます。
    凄いし和むし良い感じ。 -- 名無しさん (2008-08-27 20:47:36)
  • この作品好きです。なんだか新鮮でほのぼのしますね。
    敢えてつっこむなら、何故もっと早くこなたの鼻のチョコを 教えない…。 -- 無っ垢 (2008-08-22 08:02:50)
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