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ほんとのきもち

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匿名ユーザー

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 夜中に部屋で一人書きつづった文章というのは、朝になって読み返すと顔から火が出るほど恥ずかしいということがよくある。手紙にしろ何にしろ。文章とも限らないかもしれない。
 とかく、夜というのは人の心を惑わせる。

「な……なんじゃこりゃあー!?」
 軽やかな小鳥の声がどこからともなく響き、清々しい空気が染み渡る朝、ひよりは松田優作ばりの叫びを上げた。
 昨夜は久々に脳内麻薬ビンビンで、通常の三倍の速度で原稿執筆が進んだ。が、あまりにナチュラルハイだったためか、どういう内容を描いていたのか、大半の記憶が抜け落ちている。
 記憶がなくても、出来上がった原稿は今手元にあるから問題は無いのだが。
「大ありっスよ!」
 ひよりは原稿を震える手で持ちながら再度叫ぶ。
「なんなんスかこのあり得ないカップリングは!?」
 どうやらカップリングに難ありらしい。どんな内容かちょっと覗いてみよう。

    +   +   +

 茜色の光がじんわりと差し込んでいる、放課後の教室。グラウンドに練習を終えた運動部員の姿がちらほらと見られるぐらいで、校舎に人気は無い。
 じきに下校時刻を告げるチャイムが鳴る。夕暮れ特有のアンニュイな空気が漂う中、小早川ゆたかは微妙に困惑した表情で立っていた。
「あの……大事な話って、何かな?」
 問われて、窓の傍、夕日を背にして立つ生徒――田村ひよりは、ゆっくりとゆたかに向かって歩を進める。
 眼鏡の下の表情は真剣そのものだ。ゆたかが気押されたように身を引きかけると、ひよりはその肩を掴んで止めた。
「小早川さん……いきなりこんなこと言って、怒るかもしれない。岩崎さんにも、悪いと思ってる」
 いつものひよりらしからぬ切迫した声音は、抜き身の刃を突きつけられたような錯覚すらゆたかに感じさせた。
「田村さん……?」
「小早川さん……あなたが、好き」
 その言葉と同時に、ひよりはゆたかの体を引き寄せ、抱きしめた。小さな体は力を込めれば壊れそうに華奢で、それでいて柔らかくしなやかな感触がした。
「! あっ、あのっ……」
 有無を言わさず拒否されるかもしれないと、ひよりはそう覚悟もしていた。だがゆたかは拒否するよりもまず、驚き、戸惑っていた。ひよりに抱きしめられながら、本気で困っている。
 まだ何も知らない少女のようにあどけなく、うぶな反応。こんな純心さが、ひよりには何よりも愛しい。
 ひよりは本気だった。本気でゆたかに告白して、今、本気でゆたかを抱きしめている。
「た、田村さん……っ!」
 ようやく事態の緊急性が飲み込めてきたのだろう。顔を真っ赤にしたゆたかは微かに震える体をよじり、逃れようとする。ひよりはすんなり腕を緩め、解放した。
「あの……田村さん、私は……――っ!?」
 言葉を継ごうとしていたゆたかの唇を、ひよりのそれが塞いでいた。
 強引で、卑怯でもあった。後悔も、するかもしれない。
 だけど我慢は出来なかった。無理矢理に唇を重ねたまま、ひよりはもう一度ゆたかの肩を引き寄せた――






「何で小早川さんと私なんだよ何で小早川さんと私なんだよ!?」
 何で二回言うんだよ何で二回言うんだよ。
「ここは岩崎さん入れてみな×ゆたで決まりでしょうが! 夕焼けに映える放課後の教室! 雰囲気満点なロケーション! それが何で――……馬鹿か私はーっ!」
 朝からテンション高く絶叫するひよりだが、防音は割としっかりしてあるので近所迷惑にはならない、はず。家族は迷惑だろうが、末っ子の奇行にはある程度理解があるというか、慣れている。
 ゆたかやみなみに限らず、身近な人間をモデル(あくまでモデル)に漫画のネタを作るのは今まで何度もやってきた。
 しかしガチ百合で自分×ゆたかのカップリングというのはもう、想定の範囲外もいいところだ。素面では絶対に描けない。
 それを描いてしまった。悪魔の囁きとでも言うべきか、無意識だったとはいえ、己のペンで己とゆたかの情事を。恥ずかしさで言えば中学時代に設定だけ作ったファンタジー(黒歴史)に匹敵する。
「しかも手前味噌だけどクオリティ高ぇーっ!」
 デッサンなどの基本的な所から、表情の描き分け、コマ割、全体の構成なども今まで描いてきた自作品の中でトップクラスと自負していい出来映えだ。ビバ脳内麻薬。凄いぞひよりん。
「褒められても嬉しくないっス! こんなの人に見せられないしーっ!」
 喚きながら頭を抱え、ひよりはベッドに突っ伏し、枕に顔を埋めた。

神:人がせっかく褒めてるのにその言い草は何ですか。
ひ:あっ、妙だと思ってたら神様だったんスか。
神:神様だったんスよ。それにしてもさっきから何を騒いでいるのです。
ひ:だって……さすがにこんな、自分を主人公にした百合漫画を人目にさらすわけには……。
神:私小説と似たようなものではないですか。
ひ:いや、そういう問題じゃないっス……ああ、何で私はこんなの描いちゃったんだろ。
神:それはあなたが描きたいと思ったからです。
ひ:へ? ……いやいやいや。確かに描いたのは私っスけど、昨日は何か憑いてたみたいな状態だったから、ほとんど無意識で――
神:つまり無意識下に、あなたはこういう願望を抱いていたのですよ。表面に現れたのが、その漫画です。
ひ:……そ、それってつまり、私が……無意識に小早川さんを……?
神:そういうことですかね。ところでいいんですか?
ひ:え? 何がっスか?
神:時間。

「あ゛ーっ!?」
 時計を見ると、普段ならとっくに朝の準備を済ませている時間だった。だというのにひよりは寝間着のまま、着替えも洗顔も歯磨きも朝食も何も済ませていない。
 こんな時にこそ通常の三倍で動けるといいのだが、世の中はそう都合よく出来てはいなかった。

「セーフっ!」
 どうにか始業ベル前に教室に飛び込んだひより。肩で息をしながら自分の席へ歩いていく。
「おはよう」
「あ、岩崎さんおはよー」
 いつも通りにみなみと挨拶を交わす。続いて――
「田村さん、おはよう」
「!!」
 過剰に反応して、ひよりはうっかり椅子からずり落ちそうになる。
「あれ? どうかしたの?」
「い、いや、何でも無いから……おはよう小早川さん……」
 ひよりは視線を明後日の方向へ向けながら、ゆたかに挨拶した。
 怪訝な顔をする二人に、ひよりは平静を装おうとする。しかし内面では滅茶苦茶に焦っていた。
(うあああ、何か小早川さんの顔が真っ直ぐ見られないーっ!)
 ゆたかの顔を見ると、あの漫画の内容がフラッシュバックして、どうにもこうにも居たたまれない気持ちになってしまう。
「田村さん、どうしたの?」
「っ!」
 俯かせていた顔をゆたかに覗き込まれ、心臓が止まりそうになる。何か言おうとするが、口をパクパクするだけで言葉が出てこない。
「もしかして体調がよくないとか……」
 保健委員でもあるみなみが心配そうに声を掛ける。
「えっ、そうなの?」
「い、いやそんなことは――」
「ちょっとごめんね」
「へ……?」
 ゆたかはひよりのおでこに手の平を当てた。熱を計る、それだけのありきたりな行為なのだが、ひよりの顔はたちまち紅潮していく。
「ちょっと熱があるみたい」
「いやいや、それはほら、さっきまで遅刻しないよう走ってきたから、それでだよ! うん!」
「でも――」
 念のため保健室に……と言いかけたゆたかだが、ひよりは大丈夫だと言い張る。折良く、チャイムが鳴った。
「それじゃあ、無理しないようにね」
「うん、ありがと……」
 ひよりはどっとため息をついた。
(確かにそっち系の漫画は描くし、読みもするけどさぁ……リアルでそういう趣味は無かったはずだよね、私……?)
 頭の中を思考が渦巻く。
 確かにゆたかは可愛らしい。容姿も性格も魅力的と言っていい。だがひよりはあくまで友達として見てきた。そのはずだ。
 それがどうして、ゆたかの顔を見るだけで体が熱くなり、ひたすら狼狽してしまうという、絵に描いたような状態になっているのか。
 本当にあの漫画の内容は、自分が無意識に願望として抱いていたものなのだろうか。
(あ~……分かんないよぅ……)
 自分の気持ちが自分で分からず、ひよりは頭を抱える。悩んでいた。ひたすら悩んでいた。
 悩んでいたが、頭の片隅には、一つのプラス思考が働いていた。
 即ち、この葛藤も漫画のネタに出来るのでは、と。

 何はともあれ、この先しばらくの間、ひよりは自分が散々漫画のネタにしてきた世界と向き合い、悩むことになりそうだった。


おわり


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  • 自分をネタの生贄にできてこそ真のクリエイターなのだよ、ひよりん☆(ヌフフ -- 名無しさん (2011-04-11 23:01:31)



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