撮影が終わり、室内に残ったのは二人だけになったその瞬間、あきらは机に突っ伏した。
もう一秒とカメラに向かっていられない。
冷えたテーブルに熱を持った額を押し付ける。
冷たくて気持ちいい。体内に籠った熱が吸い取られていくようだ。
「あきら様、大丈夫ですか? あきら様!」
みのるの声が脳味噌に直接打撃を与える。
あきらは机に触れている部分を額から左の頬にずらした。
あきらの直ぐ横で机に両手を置き、それに顎を乗せてみのるがこちらを覗き込んでいた。
みのるの目許に怠さにぼんやりとしたあきらの目線がぶつかる。
「あの、あきら様、こんな所で寝たら余計風邪が悪化するかと……」
真面目な声を出すな息を吹き掛けるな顔が近いんだよ気色悪い、
と本編でテレカになっていた人物のように言いたかったが、
マスクの下の口は酷い有様で機能停止も同然だった。
本編。なんて嫌な響きなんだろう。
全く情けない。始めの頃あんなに偉そうにアイドルの心得を説いたというのに、
体調管理すらまともに出来ず、後輩一人に番組を任せるなんてアイドル失格もいいところだ。
「そんなに気を落とさないで下さい……次がありますよ」
みのるに悪気が無いのは解っているし、
他の関係者が全て出て行っても一向に動こうとしないあきらを心配して残ってくれているのも承知しているが、
そう慰められてしまうと自分の失態とそれに依る不利益をまざまざと見せつけられているように感じてしまう。
一言もまともに喋っていないどころか、咳き込んでいただけのあきらが言いたいことを正しく理解し、
代弁してくれたみのるには助けられたが、それとこれとは話が別だ。身勝手な考えではあるが。
あきらは一層強く咳込むと、たっぷり余った袖の下の手を机に這わせ、
みのるの手を鈍い動きで上から押さえた。
「……あきら様?」
意図が読めないあきらの行動に、みのるははてなマークを頭上に浮かべて首を傾げる。
それに構わずあきらは、やはりゆっくりとした動作でみのるの手を掴み、
手の平が上になるようにひっくり返した。
そこに人差し指で『の』の字を書く。
「の?」
次にあきらは、やはりのろのろと『ど』を書いた。
再びみのるは書かれた一文字をはてなマーク付きで口にする。
「ど?」
『あ』
「あ…」
『め』
「め……ああ!」
あきらの言いたいことがやっと解り、みのるは彼女に向かって勢い良く頷いた。
「解りました、のどあめですね。近くに薬局があるんで、一っ走りして買ってきます!」
みのるとは対照的なスピードであきらは彼の手から指を離した。
「直ぐ帰ってくるんで、ちょっと待ってて下さいね」
椅子から立上がるみのるに、あきらは重たい頭を一回だけ横に振った。
一旦席を外して欲しくてお使いを頼んだのだ。
のどあめ位で調子が良くなるとは思えないし、むしろ遅くなってくれた方が有り難い。
机を巡回してあきらの目の前までやって来たみのるは、
彼女が首を横に振ったのを見ていた筈だというのに、
目線を合わせる為に机に手を置いて顔の位置を下げた。
「だって、体調の悪い時は誰でもいいから側に人がいた方が安心するもんですから」
元気付ける為に底抜けに明るく笑って去るみのるの背中に、
あんたは五月蠅過ぎんのよ、とあきらは毒を吐こうにも喉の痛みが邪魔をして吐けなかった。
「………」
が、しかし。
みのるが退室してからものの数分であきらは、病からか妙に独りでいるのが心細くなっていた。
認めたくないが、閉じた扉が向こう側から開かれるのをさっきからずっと待っている。
認めたくない、認めたくはないが、事実だ。
あきらは一つ大きく溜息をついた。
認めたくないだなんて、何を意固地になっているのだろう。
病気なのだし、その上今は一人きりだ。
強気な自分とは暫しの間おさらばしよう。
人が来れば平気な演技をすれば良い。
大丈夫、出来る。女優なのだから。今回はちょっとうっかりしてしまっただけだ。
と自分に言い聞かせるあきらの頭の中を、みのるの言葉が反復する。
もう一秒とカメラに向かっていられない。
冷えたテーブルに熱を持った額を押し付ける。
冷たくて気持ちいい。体内に籠った熱が吸い取られていくようだ。
「あきら様、大丈夫ですか? あきら様!」
みのるの声が脳味噌に直接打撃を与える。
あきらは机に触れている部分を額から左の頬にずらした。
あきらの直ぐ横で机に両手を置き、それに顎を乗せてみのるがこちらを覗き込んでいた。
みのるの目許に怠さにぼんやりとしたあきらの目線がぶつかる。
「あの、あきら様、こんな所で寝たら余計風邪が悪化するかと……」
真面目な声を出すな息を吹き掛けるな顔が近いんだよ気色悪い、
と本編でテレカになっていた人物のように言いたかったが、
マスクの下の口は酷い有様で機能停止も同然だった。
本編。なんて嫌な響きなんだろう。
全く情けない。始めの頃あんなに偉そうにアイドルの心得を説いたというのに、
体調管理すらまともに出来ず、後輩一人に番組を任せるなんてアイドル失格もいいところだ。
「そんなに気を落とさないで下さい……次がありますよ」
みのるに悪気が無いのは解っているし、
他の関係者が全て出て行っても一向に動こうとしないあきらを心配して残ってくれているのも承知しているが、
そう慰められてしまうと自分の失態とそれに依る不利益をまざまざと見せつけられているように感じてしまう。
一言もまともに喋っていないどころか、咳き込んでいただけのあきらが言いたいことを正しく理解し、
代弁してくれたみのるには助けられたが、それとこれとは話が別だ。身勝手な考えではあるが。
あきらは一層強く咳込むと、たっぷり余った袖の下の手を机に這わせ、
みのるの手を鈍い動きで上から押さえた。
「……あきら様?」
意図が読めないあきらの行動に、みのるははてなマークを頭上に浮かべて首を傾げる。
それに構わずあきらは、やはりゆっくりとした動作でみのるの手を掴み、
手の平が上になるようにひっくり返した。
そこに人差し指で『の』の字を書く。
「の?」
次にあきらは、やはりのろのろと『ど』を書いた。
再びみのるは書かれた一文字をはてなマーク付きで口にする。
「ど?」
『あ』
「あ…」
『め』
「め……ああ!」
あきらの言いたいことがやっと解り、みのるは彼女に向かって勢い良く頷いた。
「解りました、のどあめですね。近くに薬局があるんで、一っ走りして買ってきます!」
みのるとは対照的なスピードであきらは彼の手から指を離した。
「直ぐ帰ってくるんで、ちょっと待ってて下さいね」
椅子から立上がるみのるに、あきらは重たい頭を一回だけ横に振った。
一旦席を外して欲しくてお使いを頼んだのだ。
のどあめ位で調子が良くなるとは思えないし、むしろ遅くなってくれた方が有り難い。
机を巡回してあきらの目の前までやって来たみのるは、
彼女が首を横に振ったのを見ていた筈だというのに、
目線を合わせる為に机に手を置いて顔の位置を下げた。
「だって、体調の悪い時は誰でもいいから側に人がいた方が安心するもんですから」
元気付ける為に底抜けに明るく笑って去るみのるの背中に、
あんたは五月蠅過ぎんのよ、とあきらは毒を吐こうにも喉の痛みが邪魔をして吐けなかった。
「………」
が、しかし。
みのるが退室してからものの数分であきらは、病からか妙に独りでいるのが心細くなっていた。
認めたくないが、閉じた扉が向こう側から開かれるのをさっきからずっと待っている。
認めたくない、認めたくはないが、事実だ。
あきらは一つ大きく溜息をついた。
認めたくないだなんて、何を意固地になっているのだろう。
病気なのだし、その上今は一人きりだ。
強気な自分とは暫しの間おさらばしよう。
人が来れば平気な演技をすれば良い。
大丈夫、出来る。女優なのだから。今回はちょっとうっかりしてしまっただけだ。
と自分に言い聞かせるあきらの頭の中を、みのるの言葉が反復する。
誰でもいいから側にいて欲しい。本当に誰でもいい。
誰でもいいのだけれど、その人が薬局のビニール袋に入ったのどあめを持って来るのだったら、
少しだけ、ほんの少しだけ余分に安心出来そうだ。
誰でもいいのだけれど、その人が薬局のビニール袋に入ったのどあめを持って来るのだったら、
少しだけ、ほんの少しだけ余分に安心出来そうだ。
早く帰ってこないかな。
おしまい