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モラトリアム

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匿名ユーザー

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 私はかがみを選んだ。でも、つかさに何も言えないままだった。

 つかさの気持ちを知りながら、そんな気持ちは消えてしまうものだと勝手に思っていたのだ。
 想いの深さは知っていたはずなのに。

 つかさの様子がおかしいのには気付いていた。気付きたくなかっただけだ。

 その気持ちにもっと早く気付いていれば違う未来もあったのだろうか―――。



     ―モラトリアム―


 つかさは突然やってきた。

 「遊びに来たよ」と手土産のクッキーを持ち、いつものようで、どこか違和感のある笑顔と一緒に。

 その違和感の原因がわからないまま、とりあえず部屋にあげ、そのクッキーをいただく事にした。

 つかさはニコニコと私がクッキーを食べているのを眺めている。
 食べにくい……。見られているからだろうか。

 無言でクッキーを食べていても仕方ない。
「えーっとゲームでもする?」
 私の提案に、つかさは首を振る。
「こなちゃんやりたいのあるならやっていいよ。私見てるから」
 つかさは笑顔を崩さない。
「そ、そう、じゃあ途中のゲームあるからしようかな」
 私は無言に耐え切れずにゲームに逃げた。

 しかしゲームには集中できなかった。背中に痛いくらいに視線を感じる。

 今まで私がゲームをして、つかさが見ているなんて事よくあったことなのに、何故か今日はいつもと違う。
 それがなんなのかわからないから、余計に居心地の悪さが増していく。

 意を決して私は振り返った。

 つかさは変わらず笑顔だった。

「あのさ、何かその……用事とかあった?」
「ないよ」
 即答。表情も変えず。

「そ、そう……」
「どうしてそう思ったの?」
「え? いや……なんでかなー」

 私は曖昧にはぐらかし、再びゲームへと視線を戻す。


 雑魚との戦闘を三戦くらい終えた時だっただろうか、つかさは急にポツリと呟いた。

 「やっぱわかっちゃうか」

 振り向こうとした矢先、背筋に何かが走った。

 と同時につかさの腕が首に巻きついていた。
「っつかさ!?」

「私、こなちゃんが好き」

 耳の後ろで囁く声。デジャブを感じる。

「お姉ちゃんを選んだ事はわかってる」

 そうだ、決断を下せといったのはつかさなのだから。

「だけど……駄目なの」
 駄目。何が駄目だというんだ。

 ……私はその先を、聞きたいのだろうか。

 私の首に巻きつく腕に力がこめられ、つかさの息が首にかかる。

「生まれて初めてなんだもん、こんなに好きになったの……」
 搾り出すような声だった。

 背中に走った何かのせいなのか、私は声を奪われる。

「好きで好きでしょうがないのっ。お姉ちゃんのこと好きなのはわかってる。わかってるけど……。
わかってても、好きなんだよぅ……」

 肩に何かが浸み込んでくる。それはじわっと広がって、少しの痒みを呼び寄せる。

「何度も諦めようとおもったよ……でも……諦められないんだよぅ……。忘れようとすればするほど頭の中
から離れないの」

 つかさの鼻水をすする音が聞こえる。
 私はコントローラーを握る力を失くし、支えを失ったそれは、コトッと床に転がった。

「好きなの……」

 好きと言われて嫌な気分になる人はいないだろう。その相手が嫌いな相手じゃないならなおさらのこと。
私はつかさが好きだ。友人として。……以前私が、かがみにそう言われたように。

 それを一番否定したかったのは私自身。


 そして私以上につらい思いをしたのはつかさだ。

 結局私の独りよがりだったのだ。自分の都合のいいことしか見えてなどいなかった。
それはつかさを傷つけていたのと同じだ。

 諦められない事。それを一番わかっていたのは私だったはずじゃないか。
 それなのに、私はかがみに受け入れられたことでまわりが見えなくなっていたんだ。

 つかさの気持ちなんて見えていなかった。あの時つかさはどんな顔をしていた? 
 五感が強く訴えかける。思い出せ、思い出すんだ! と。


 かがみを選んだあの日の後、つかさに会ったのは大晦日の日だった。
 私はお父さんと二人の神社へ行った。

 その時会ったつかさはどんな顔をしていた?

 瞼の裏に蘇るつかさの表情。


 笑っていた……。笑っていたんだ。

 でもその時の私はその下に隠されたモノに気付かなかった。

 気付かなかったんだ……その深い悲しみと絶望に。


 いつの間にか首から離れていた手は必死に私の背中にすがりついていた。

 振り向くのが怖かった。
 でも私は振り向かなくてはいけない。向き合わなくてはいけない。逃げちゃいけない。

 私は振り返ってつかさを見た。

 泣き崩れたその顔は、今まで見てきたつかさのイメージの、どれとも符合しない。
 床についた二本の腕さえ、か細く見えた。

「こなちゃんがお姉ちゃんのこと好きでもいい。そんなこと初めからわかってたことだもん。だから、二番
目でいい。時々私も見てくれればそれでいい」

「そんなこと……」
 できない。と続けようとした声にかぶるように、
「どうして? 一番に好きなのはおねえちゃんで良いんだよ。お姉ちゃんには言わないから……」
 そういう問題じゃない。でも私自身的確な答えを見つけられないでいた。
「私のこと嫌い?」
 嫌いなわけない。好きだからこそ悩んだんだ。
「……嫌いになんてならないよ」
「じゃあ、いいよね」

 こんなに想ってくれるつかさを拒否するなんて私にはできなかった……。

 何かを発しようとした私の口はつかさによって塞がれた。

 媚薬でも入っているんだろうか。口の中を舌でかき混ぜられているうちに頭の中の理性がどこかへいって
しまいそうになる。

 唇を離したつかさは、笑っていた。いや泣いているのか。

 初めての表情に、それを上手く理解できない。

 ただ、一つわかった事は、壊れそうだってこと。
 この時のつかさの表情は手を離したら崩れてしまいそうな怖さがあった。

 そして――私はつかさを受け入れた。





  ***


 次の日、私はいつもより少し早めに家を出た。

 駅を出て、いつもの待ち合わせ場所に着く。当然二人の姿はまだない。

 私の心臓は心なしか脈が速いように感じる。

「おはよー」

 その声にその心臓はビクンと大きく脈打った。

「おはよう」
「おっす」

 かがみはいつものように微笑んでいた。そしてつかさも。

 何も変わりの無い日常が、そこにあった。

 なのに何故だろう、自分自身を後ろから眺めているような錯覚に陥る。

「あんたにしてはめずらしく早いじゃない」
「たまにはねー」
「いつもそうだといいんだけどねー。あっ今日は一つ前のバスに乗れそうね」

 かがみの視線を追うと、丁度バスが停まっていた。

 私達はいつもより一つ早いそのバスに乗る事が出来た。しかしいつもの私達の席である最後尾の席は既
に他の生徒によって使用されていた。

「私、前にのるから二人でそこすわりなよ」
 それを見てつかさが真っ先に言った。

 私達が答える前につかさは一人少し前の席に座った。

 かがみはつかさが言った席に座る。続けて私もその隣に座った。

「なんかバスが一つ違うだけでいつもと違う顔ぶれでなんだか新鮮ね」
「そだねー」
 私は答えながらも、つかさの後頭部に目を向けていた。
 つかさは外を見る角度から顔を動かさず、ただ外を見ていた。

 やがてバスは走り出す。

 学校に着くまでの時間が、いつもなら短く感じるのに今日は妙に長く感じた。そしてつかさの後頭部が
やけに鮮やかに頭に焼き付いていた。

 学校に着いてからもその錯覚からは抜けられず、いつもだって頭になんて入ってないけど、今日はさら
に授業が頭に入らなかった。

「今日は一つ早めのバスで来たんですか?」
 三時限目が終わった時だっただろうか、不意に後ろから声をかけられる。振り向くと、声の主はみゆきさ
んだった。
「うん、なんだか早くに目が覚めてね」
「今朝、寒かったですしね」
 言われてから気づいた。私は今朝寒いだとかそういうことを一度も頭の中で考えなかった、と。

「ねぇ、みゆきさん、自分を後ろから見ている感覚って感じたことある?」
「後ろから見てる感覚……ですか?」
 みゆきさんはオウム返しをして指を顎に添える。
「うん、もう一人私がいるみたいな。とはいっても今もこうやって話してるのは私なんだけど」
「夢……のような感じでしょうか?」
 ああ、そうか、そうなんだ夢だ。
「うん、そう夢みたいなそんな風に思ったことある?」
「どうでしょう、それを感じたらやっぱり夢だったってことはありますけど……」
「みゆきさん、私のほっぺたつねって」
「え!?」
「お願い」
「でも…………わかりました」
 みゆきさんは何かの答えに行き当たったのか、納得したように答えた。


「いつっ――」
「あっごめんなさいっ大丈夫ですか!?」
「あはは、だいじょぶだいじょぶ。ありがと」

 みゆきさんにつねられた頬は痛かった。やはり夢ではないようだ。でもそのおかげなのか、さっきのよう
な感覚がいつのまにかなくなっていた。


  ***


 それから数日が経ち、私はかがみの部屋にいた。
 かがみと恋人同士になってからは何度も泊まりに来たこの部屋。
 恋人同士なのだから、何もおかしいことはない。ただ……。
「つかさいるんだよね、隣に」
「そうだけど? どうかした?」
「いや、別に。聞いただけ」
 今までは気にも留めなかったことが、気になりだすと止まらない。

 それを頭から拭い去るように私は首を振った。
 隣に座ってテレビを見ていたかがみは、私の様子に少し驚いたように顔を向け、
「なにしてんの?」
 呆れたように言って笑った。
「いやー眠気覚ましだよ」
 本当は全然眠くなんてないんだけど。咄嗟の言い訳がそれしか思いつかなかった。
「眠かったら寝ていいわよ」
「せっかく泊まりに来てるんだし、もったいないじゃん」

 何もしてなくても、ただかがみとこうやって一緒にいれるだけでよかった。その時間が私は好きだった。

「まーそうだけど」
「あー寝顔とか見るつもり?」
 私は、ニヤけ顔で訊いた。たぶん自分の気持ちも変えたかったから。
「はぁ? バーカそんなのもう見飽きてるわよ」
 思わず顔が熱くなる。
「……そんな返しが返ってくるとは……」
「ちょっと、そんな反応されたらこっちが照れるじゃない」
「私あんまりかがみの寝顔見た記憶ないんだけど……」
「いつも先に寝るくせに先に起きないからでしょ」
「はい、そうです。すいません」
「別にいいけどねー。寝顔見るの嫌いじゃないし」
 嫌いじゃないって。かがみらしい言い方。ま、そんな素直じゃないところがかわいいんだけど。

 私はかがみの肩に頭をのせた。

「どうしたー? やっぱ眠い?」
「ううん、ねぇ、かがみキスしよ」
「ちょっあんた、何よ突然」
かがみが突然肩を引いたせいで、私の頭はカクンと落ちた。
「いいじゃん。したい気分なんだよ」

 少し呆れた顔はしていたが、かがみは何も言わずに、首をまげ、私もそれにあわせるようにキスをした。
 こういう時、かがみも私を好きになってくれたんだと実感する。
 普段は見れないかがみが見れる時間。私だけのかがみ……。
 かがみと唇が触れ合う。舌を割り入れて、歯茎に舌を沿わすように舐めまわす。

 つかさと同じ味がした。

 離れた口で「かがみ、愛してるよ」と口走る。

「どうしたの?」
「なんか言いたくなったから」

「変なこなた」
 かがみは細い眉をハの字にして、呆れたように笑った。

「うん、私変だね」
「でも、嬉しいよ」
 かがみは微笑む。その笑顔の分だけ私の心は痛んだ。

 その言葉に嘘はない。気持ちにだって嘘はない。だけど……。

 私は考えるのを無理やり中断する為に、自分からまたかがみの口を塞いだ。

 ベッドの上に押し倒し、かがみの服に手をかける。ボタンを一つ一つ外していく時間すらもどかしい。
 早くかがみと触れ合いたかった。早くかがみと一つになりたかった。

 気持ちが焦る。何故気持ちが焦っていたのか、この時の私にはわからなかった。

 ボタンをはずし終わり、鎖骨から胸にかけてキスをした。
 その時、かがみの口から艶のある声が吐き出される。

 その声を頼りに私はキスする場所を変えていく。

 キスをしながら邪魔なものを排除する。物理的なものと、心理的なものを。

 露わになったかがみの胸を吸い付くように舐めあげる。
 しかし、何故かいつものようにはならない。私の気持ちが。心理的なものを排除しすぎたのだろうか。

「こなた……」

 かがみは切なそうな目を私に向け、手を差し伸べる。その手に頬を乗せ、私は微笑んで見せた。
 それに応えるようにかがみも微笑み返してくれる。また胸が痛んだ。

 私はその手をゆっくりとおろすと、かがみの膝から太ももへと舌を這わした。

 声を出しかけたかがみはそばにあった枕を顔に押し付ける。

 そのまま中心部まで這わして、そこで水分を補給するように吸い上げる。

 かがみの顔を覆う枕から防ぎきれない声が漏れる。

 同時に閉じようとするかがみの太ももを両手で押さえつけ、犬みたいに舐め上げた。

 それを味わうように喉を鳴らした。それが喉にまとわりつく。

 唾を発生させ、一緒に体内に流し込んだ。ゴクリと聞こえそうなほど喉がうねったのがわかる。


 舐めれば舐めるほど、次第に水分は増していき、かがみは絶頂に達した。

 顔にかかる体液。

 指先でそれを拭い取り、一本一本舐め取った。

 心臓は苦しいくらいに脈打っていた。

 しかし、それが何から来るものなのか、それを――

「こなた……」

「ん?」

「好き」

 その言葉は針のように胸を刺す。



 モラトリアムはいつかは終焉を迎える。そんなことは初めからわかっていた。だから私は焦っていたんだ。
いつかやってくるその未来に。この微笑みを失う事に。

 でも私はそのわかりきった未来を知っていながら、その渦の中に自ら身を投げたのだ。


 私はかがみに微笑みを返す。


 いつか来る終焉に恐怖しながらも、私は心のどこかでそれを待ち望んでいた――。


fin ~モラトリアム~













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コメント:
  • GJ! -- 名無しさん (2022-12-29 23:01:17)
  • 見入りました、いやはや凄いですね、続編期待してます。 -- 名無しさん (2007-10-01 21:46:21)

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