「「個人主義」と「集産主義」 ~ ハイエク『隷従への道』読解の手引き」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る
① | 一人一人の考え方や嗜好を、例えそれが狭い範囲のものであっても、その個人の領域においては至高のものと認める立場 | であり |
② | 人はそれぞれに与えられた天性や性向を発展させることが望ましい、とする信念 | (F.A.ハイエク) |
① | 本来の「自由主義」と密接に結び付き、そのコア理念を形成してきた | 「真の個人主義(true individualism)」と |
② | 「自由主義」と対立する「全体主義」と密接に結び付いた | 「偽の個人主義(false individualism =ルソー的・原子的個人主義)」 及び「集産主義(collectivism 集団主義とも訳す)」 |
(1) | ブリタニカ・コンサイス百科事典(collectivismの項)より全文翻訳 | ||||
個々人が所属するグループ(例えば、国家・国民・民族集団・社会階級)に、中心的な重要性を帰属させるあらゆるタイプの社会的組織(social organization)。 | |||||
集産主義は、おそらく個人主義(individualism)と対照的である。 | |||||
ジャン-ジャック・ルソーは、近代において最初に集産主義を論述した思想家である(1762年(『社会契約論』))。 | |||||
カール・マルクスは、19世紀における最も強力な集産主義の唱道者であった。 | |||||
共産主義、ファシズム、社会主義は、おそらく全て集産主義的システムと呼ぶのが相応しい。 | |||||
共同体主義(communitarianism)、キブツ、モシャヴを参照の事 | |||||
(2) | オックスフォード英語事典(collectivismの項)より抜粋翻訳 | ||||
<1> | 各々の個人が所属する集団に、個人を超える優先権を付与する行為形態または原理。 | ||||
<2> | 国家(state)または人民(people)による土地(land)及び生産手段(means of production)の所有を意味する政治的原理またはシステム。 | ||||
(3) | コウビルド英語事典(collectivismの項)より全文翻訳 | ||||
集散主義とは、国家の産業とサービスは国家(state)または国家の全ての人民(all people in a country)によって所有され、管理されるべきだ、とする政治的信条である。社会主義・共産主義はともに集産主義の一形態である。 |
(1) | ブリタニカ・コンサイス百科事典(individualismの項)より全文翻訳 | ||||
個人の自由を強調する政治的・社会的哲学。 | |||||
近代個人主義は、英国でアダム・スミスとジェレミー・ベンサムの理念と共に出現し、そのコンセプトはアレクシス・ド・トックヴィルによってアメリカ人気質にとって根本的なもの(fundamental to the American temper)として描かれた。 | |||||
個人主義は、①価値体系、②人間本性に関する理論、③一定の政治的・経済的・社会的・宗教的組み合わせ(arrangements)に関する信条を包摂している。 | |||||
個人主義者によれば全ての価値は人間中心的であり、個人には至高の重要性があり、そして全ての個々人は倫理的に平等である。 | |||||
個人主義は、個人の自立独行(self-reliance)、私生活の保全(privacy)、相互尊重(mutual respect)に大きな価値を置いている。 | |||||
反対に個人主義は、権威(authority)や個人に及ぼされるあらゆる態様の統制(control)、ことに国家によって遂行される場合に否定的立場をとる。 | |||||
人間本性(human nature)に関する理論として個人主義は、普通の成人の利害関心は、本人に自己の目的と目的達成の手段を選択する自由及び責任が許容される場合に最もよく追求される、とする考えを内包する。 | |||||
個人主義の制度的具体化は、これらの原理から導かれる。 | |||||
全ての個人主義者は、政府が、①法と秩序を維持し、②個々人が他者に干渉することを防ぎ、③任意に締結された同意(契約)に強制力を付与すること、に自己の役割を厳しく限定して、個々人の生活に対する介入を最小限に保つべきである、と信じている。 | |||||
個人主義者はまた、各人または各家庭は所有物を獲得したり、それを彼らの思うままに管理し処分する便宜を最大限に享受する所有システムを含意している。 | |||||
経済面での個人主義と、民主制(democracy)という形式の政治面での個人主義は、しばらくの間歩を揃えて前進したが、19世紀の成り行きの中で、新たに選挙権を付与された投票者が経済過程に対する政府の介入を要求するに及んで遂に、その二つは不適合であることが判明した。 | |||||
個人主義は19世紀末から20世紀初めにかけて、大規模な社会的組織の勃興と、個人主義に反対する政治理念-特に、共産主義とファシズム-の出現によってその地歩を喪失した。 | |||||
個人主義は20世紀後半に、ファシズムの敗北、ソ連と東欧の共産主義の崩壊、そして代議制民主制の世界規模の拡大によって再浮上した。 | |||||
自由至上主義(libertarianism)を参照の事。 | |||||
(2) | オックスフォード英語事典(individualismの項)より抜粋翻訳 | ||||
<1> | 自立(independent)・独立独行(self-reliance)的である習性または原理。 自己中心的(self-centred)な感情または行為、利己主義(egoism) | ||||
<2> | 集団的または国家による統制(collective or state control)よりも、個々人の行為の自由(freedom of action for individuals)を選好する社会理論。 | ||||
(3) | コウビルド英語事典(individualismの項)より全文翻訳 | ||||
<1> | 他者を模倣するよりも自分独自で物事を考えたり行動したりする事を好む人の振る舞いに対して「個人主義」という言葉が使用される。 | ||||
<2> | 「個人主義」とは、経済や政治は政府によって統制されるべきではない、とする信条である。 |
(1) | K.R.ポパー(オーストリア出身でナチス支配期に英国に帰化した科学哲学者)『開かれた社会とその敵』(1945) | |||
「個人主義(individualism)」という言葉は(『オックスフォード辞典』によれば)二つの異なった仕方で用いることができる。 | ||||
<1> | 即ち(a)集団主義(collectivism)の反意語として | |||
<2> | また(b)利他主義(altruism 博愛主義)の反意語として | |||
前者の意味を表す他の言葉はないが、後者の意味での同意語は幾つかあり、例えば「利己主義egoism」「自分本位selfishness」などがそうである。 私はこれ以降「個人主義」という言葉を専ら(a)の意味で用い、もし(b)の意味を表わしたときには「利己主義」や「自分本位」を用いることにする。 | ||||
・・・プラトンは個人主義を利己主義と同一視することによって集団主義擁護と個人主義攻撃のための強力な武器を手にすることになる。 集団主義を弁護する際には、彼は自分本位を排するという我々の人道主義的感情に訴えることが出来、攻撃の際には、全ての個人主義者を自分本位で自分以外の何者に対しても献身できない人というレッテルを貼り付けることが出来る。 | ||||
(2) | F.A.ハイエク(オーストリア出身・イギリスに帰化した経済学者・政治/法思想家)『市場・経済・自由』所収「真の個人主義と偽の個人主義」(1945) | |||
個人主義の意味について世に流布している混乱を次の事実ほどよく示す例はないと私は思う。 即ち、私には真の個人主義の最高の代表者のひとりと思われるエドマンド・バークが、ルソーのいわゆる「個人主義」の主たる敵だと通常は(そしてそれは正しいと)考えられている。 バークはルソーの理論が国家を急速に解体して「バラバラの個人の粉末にしてしまう」ことを恐れたのである。 | ||||
・・・バークは、最初はルソーをその極端な「個人主義」のゆえに攻撃し、後にはその極端な集団主義のゆえに攻撃したのだが、バークが首尾一貫しなかったのでは決してなくて、ルソーの場合にも他の全ての者の場合においても同じように、彼らの説いた合理主義的個人主義が不可避的に集団主義に到った結果に過ぎなかった。 | ||||
(3) | M.オークショット(イギリスの政治思想家)『政治における合理主義』所収「自由の政治経済学」(1949) | |||
集団主義といえば管理社会を意味するし、その別な名義は共産主義であり、国家社会主義、社会主義、経済民主主義であり、中央計画である、といった具合である。 | ||||
集団主義と自由は全く二者択一的なものであって、一方を選べば他方を持つことは出来ないのである。 | ||||
集団主義的社会の政府は、その計画に対して極めて限定された反対派しか許容し得ない。実際、反対派と反逆者の厳密な区別(それは我々の自由の一要素である)は否定され、服従でない行為はサボタージュだとみなされる。 | ||||
政府以外の社会的産業的統合の手段を全く無力化してしまっているので、集団主義的政府はその発した命令を強制するか、さもなくば社会を無秩序状態に陥るままにしておくしかない。 |
真の個人主義 (→自由主義体制へ) | 偽の個人主義/集産主義 (→全体主義体制へ) | |
主な提唱者 | ソクラテス、バーク、A.スミス、ヒューム アクトン、トックヴィル、ハイエク、ポパー、オークショット |
プラトン、デカルト、百科全書派、ルソー、マルクス、ベンサム |
制度・秩序の捉え方 | 自生的秩序(spontaneous order)論 即ち、自由な人々の自然発生的な協力が個々人の知性が完全には理解できないほどの偉大な制度や秩序など社会的構築物を創り出すこと(A.スミスの所謂「神の見えざる手invisible hand」)を肯定し、そうした特定の人物・組織の設計に依存しない自生的秩序形成が正常に機能する仕組みを維持育成することに重点を置く立場 |
設計主義的合理主義(constructivist rationalism) 即ち、発見できる全ての秩序は特定の個人や組織の計画的な設計の産物であるとして、個人の理性を買いかぶり、個人の理性によって意識的に設計されたものでないもの・理性にとって完全には明瞭でないものに対しては、何であれ重視しない立場。 |
個人と国家の捉え方 | 中間団体による個人の自由の保障 本質的に自由な個々人によって自発的に結成され歴史的に継続・発展してきた種々の中間団体(例えば、宗教共同体・職能組織・地縁集団・血縁集団)の存在によって個人が保護され、権力(power)がこうした中間団体や個々人に広く分散されるために全能の中央集権的政府の出現は阻止され、個人の実質的な自由は保障される。 |
アトム化された個人の国家への隷従 ①各種の中間団体から切り離され原子化(アトム化 atomized)された裸の個人と、②全能の中央集権的政府が直接対峙し、政府(=国家)が全ての個人の生活の責任を負うという建前の下に社会的な絆を剥奪されて(ルソー的な意味で)「自由」となった個人は結果的に全体主義的政府に隷従する。 |
政治機構の捉え方 | 人間や制度の不完全性の前提 この主義の主たる関心は、①人間が最も良い時に時折成し遂げられるかも知れないことよりも、②人間が最も悪いときに害悪を及ぼす機会を出来るだけ少なくすることにある。 その体制は機能の良し悪しが、それを操作する人間を我々が見つけ得るか否かに依存しないし、全ての人間が現にあるよりも善くなることにも依存しない。 従ってこの体制は、その下にある全ての人間に自由を許容することが出来、現にあるがままの人間をその多様で複雑な姿のままで(本人が利己的な動機で動くにも関わらず)社会のために役立たせ得るシステムである。 |
社会契約論的個人主義と「自由への強制」 この主義は個人を出発点とみなし、個人が彼の特殊意思と他人の特殊意思とを形式的な契約において結合させることによって社会や国家を創ると想定する。 その体制は、プラトン「哲人王」、ルソー「立法者」、ナチス「指導者」etc.の育成/出現を前提とするが、「権力は必ず腐敗する。絶対的権力は絶対的に腐敗する」(アクトン)ことを免れない。 この体制は自由を「善良で賢明な個人」のみに許容し、その他の人々は「自由へ強制される」。 |
出現する社会 | 開かれた社会 上下にも内外にも流動性が高く、社会に常に新たな活力が導入されるために、個々人の間では所得や社会的地位や幸福度・充足度などに必然的に差異が発生しても、社会全体の経済的・文化的水準は「閉ざされた社会」に比べて圧倒的に高くなる。 |
閉ざされた社会 社会が固定的で、指導者・エリート層と一般人民の垣根が厳格に設定される(平等を謳いながらも社会がカースト化する)傾向にあり(G.オーウエル『1984年』を見よ)、かつ悪平等の弊害として自ら努力して状況を改善しようとする動機が働かないために特に経済的・文化的に停滞してしまう。 |
社会の原則 | 「人々を平等に取り扱うこと」 (=自由な社会の条件) |
「人々を平等たらしめること」 (=隷従の新しい形態(A.トックヴィル)) |
価値多元論(批判的合理主義) | 価値一元論(設計主義的合理主義) | |||||||||||||||
古代~中世 | 無知の自覚 ・ソクラテス |
中世ゲルマン法の伝統 ・マグナ-カルタ |
キリスト教的自然法論 | 理想国家論 ・プラトン | ||||||||||||
↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ||||||||||||
16~17世紀 | モラリストの懐疑論 ・パスカル |
コモン・ロー司法官/法律家 ・コーク |
近代自然法論 ・グロチウス |
→ | 社会契約論1 (君主主権) ・ホッブズ |
← | 理性主義(一元論、決定論を含む) ・デカルト ・スピノザ | |||||||||
・モンテーニュ | ・ブラックストーン | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | |||||||||
・マンデヴィル | ・ペイリー | → | 社会契約論2 (国民主権) ・ロック |
↓ | ↓ | ↓ | ↓ | |||||||||
↓ | ・ヘイル | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ||||||||||
18世紀 | スコットランド啓蒙派 ・ヒューム ・A.スミス |
↓ | ↓ | 社会契約論3 (人民主権) ・ルソー |
フランス啓蒙派 ・ヴォルテール ・百科全書派 | |||||||||||
↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | |||||||
フランス革命以降 | 近代保守主義 ・バーク |
↓ | フェデラリスト ・ハミルトン |
↓ | 功利主義 ・ベンサム |
ドイツ観念論 ・カント |
空想的社会主義 | 無政府主義 | ||||||||
↓ | ・マジソン | ↓ | ・J.S.ミル | ・フィヒテ | ・サン-シモン | ・バクーニン | ||||||||||
19世紀 | 歴史法学派 | ↓ | ↓ | ・スペンサー | ・ヘーゲル | ・フーリエ | ・プルードン | |||||||||
・トックヴィル | ・サヴィニー | アメリカ的保守主義 | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | |||||
・メイン | ・マーシャル | ↓ | 人定法主義 | フェビアン社会主義 | 新ヘーゲル主義 (プラトン的理想主義) |
ヘーゲル右派(民族重視) | ヘーゲル左派 (唯物論重視) |
↓ | ↓ | |||||||
・ケント | ↓ | ・オースチン | ・S.ウエッブ | ・グリーン | ↓ | ↓ | ↓ | |||||||||
↓ | ・ショウ | マルクス主義 ・マルクス ・エンゲルス ・第一インター | ||||||||||||||
・アクトン | ↓ | ・ケルゼン | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | |||||||
20世紀 | ↓ | ・シュミット | リベラル社会主義(ニュー・リベラリズム) ・ホブハウス |
↓ | ナチズム ・ヒトラー ・ローゼンベルク |
マルクス-レーニン主義 ・レーニン |
西欧マルクス主義 ・グラムシ |
修正社会主義(社会民主主義) ・ベルンシュタイン | ||||||||
↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ↓ | ・ケインズ | ↓ | ・第三インター | ・ルカーチ | ・第二インター | |||||||
第二次大戦以降 | 現代保守主義 ・オークショット |
再興自由主義 ・ハイエク ・ポパー |
→ | リバタリアニズム (自由至上主義) ・ノジック |
・ベヴァリッジ | → | 平等論的リベラリズム ・ロールズ ・ドォーキン |
コミュニタリアニズム (共同体主義) ・サンデル ・ウオルツァー |
・コミンフォルム | ・フランクフルト学派 | ・コミスコ |
価値多元論(value-pluralism)⇒人々を「自由」に導く思想 | 価値一元論(value-monism)⇒人々を「隷従」に導く思想 |
個人主義(individualism) | 集産主義(collectivism:集団主義) |
歴史・伝統重視の思想 | 集産主義ではないが理性による究極的価値への到達を説く思想 |