66-564「ご馳走になったね、キョン」

「どうだ佐々木、一本」
「くっくっ、そんな太い物を僕に食べさせてどうする気だい?」
 食わんならいいぞ別に。
「くっくっく、もちろん冗談さ。ありがたく頂戴するよ」
 言ってコーンポタージュ味をひょいと手にとった。俺は残ったチーズ味だな。

 塾からの帰り道、スティック状の「美味い棒」を片手に俺達は歩く。
 ぴっと袋を半ばまで開いてかじりつくと、チープとも言える濃厚な味とさくさくした食感が楽しい。
 これで一本たったの10円、万年金欠の中坊にはなんとも心強い駄菓子と言えるだろう。
 佐々木も同じようにかじりついたが、齧り跡はなんとも小さかった。
 こういうとこ、やっぱ俺と育ちの違いが出てるよな。
 まあ俺は一気に食った方が美味いと思うが。

「しかし買い食い、しかも歩きながらというのは感心しないなキョン」
「買い置きを持ってきただけだぜ? 人聞きの悪い」
「くく、屁理屈も屁理屈だね」
 屁理屈と聞いて、ふと思い浮かんだ。

「チーズ味ってさ、カールのチーズ味とほぼ同じ味だよな」
 俺のサクサク音交じりの呟きを聞き、佐々木は何故か目を丸くしていた。
「ふ、くっくっく。そういう事に関しては鋭いねキミは」
「褒めてないだろそれ」
 まあいつもの事だ。

「ええと美味い棒は一本6gか、カールって一袋何gくらいだっけ」
「確か70g程度じゃなかったかな?」
 即答が返ってきた。
「何らかの限定タイプならともかく、定番のチーズ味ならそのくらいの内容量のはずだ」
「意外に詳しいな佐々木」
「くっくっ、キミの中の僕のイメージと合わなかったかな? そりゃ失礼をした」
 別に俺の中のイメージなんか実物のお前にゃ関係ないだろ。
「そうかい? 興味が無い訳じゃないがね」

「コンビニで買うなら一本10円、カール一袋120円くらいとするとだな……意外にあんま変わらんか」
「まあ内容量という事ではそうかもしれないね。けれど考えてみたまえ」
 もう一本チーズ味を開く俺を、佐々木はいつもの瞳で覗き込んでくる。

「携帯性、手軽さ、これは重要な要素だよ。その為の個別包装コストによるロスはバカにならないだろうしね。
 その点で言えば美味い棒のメーカーの方が苦労していると言えるんじゃないかな。
 勿論、落ち着いた環境でならカールの方が食べ易いとも言えるが」
「何事も一長一短だよな」
 そういやチーズが2本でコンポタ1本なら、佐々木にはチーズをやればよかったな。
 などと俺が思う間もなく佐々木理論は続いてゆく。

「そうだね。極端な話、同日中であっても時間帯によって『どちらが良いか』なんて変わってしまうさ。それにね」
 言いつつ佐々木は手にしたコーンポタージュ味の袋を指で閉じて、残った部分を粉状に揉み潰す。
 それから袋を逆さにし、さらりと舌に乗せて飲み込んだ。
「食べ方によっても味なんて変わってしまうものだしね」
 なるほど、そういう食べ方もアリっちゃアリか。
「思ったより食べなれてんだな」

「そうだね。駄菓子にも僕にも、キミの知らない一面があるかもしれないという事さ」
「まったく。お前は何でも小難しい方向に持っていくんだな」
 俺が最後の半欠けを口に押し込みながら生返事をすると

「ところでキョン、そんなにカールと味が似ているのかい? なら」
「ん?」
 不意に佐々木の顔が近づき、さくっと音がした。

「ふむ。確かに似ているね」
「おい佐々木」
 俺が言おうとするのを遮るように、いつの間にか来ていたバスが扉を開いていた。
 佐々木は、たん、たん、と軽快にステップに飛び乗ると、くるりとこちらを向いて偽悪的に微笑む。

「ご馳走になったね、いずれ礼をしよう。ではしばしの別れだよキョン」
 完璧な退場シーンで去って行く佐々木の姿を目で追いながら、俺は口の中に残ったチーズ味の残骸を飲み込んだ。
 いやチーズ味と言うかなんというか、なんとも言えない後味を感じながら自転車に飛び乗る。
 しかし佐々木よ、俺にも言っておきたい事があったんだぜ。
 せめて最後まで聞いていきやがれ。

「どんな一面があろうが、カールはカール、美味い棒は美味い棒だろ」ってな。
 夜空に呟きながら、なんとなく不完全燃焼なものを燃やし尽くすよう俺は全力で自転車を走らせたのだった。

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最終更新:2012年04月21日 00:11
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