71-568「恋愛苦手な君と僕~放課後恋愛サークルSOS 想い重ねて」

 最近、私は四人で出かけることが多い。
 「もう来ていたの?」
 待ち合わせの場所には、キョンと長門さんの姿があった。
 「長門が予約していた本を引き取る用事があったので、早く出たんだ。俺たちも、ここには5分ぐらい前に
来たのさ」
 短い時間ではあるが、長門さんはキョンと二人だけの時間を過ごしたわけだ。

 「ほれ、佐々木、これ、飲めよ」
 キョンが渡してくれた、缶入りのお茶はよく冷えていた。
 プルタブを引っ張り、冷たい液体を乾きを覚えていた喉に流し込む。
 夏の暑さがいよいよ本格的に到来しそうなことを予感させる今日の気温と、長門さんを羨ましく思う気持ちで
、少し頭が熱くなっていた中で、お茶の冷たさが少し私の理性を取り戻させる。
 「あら、皆早いわね」
 「全員、待ち合わせ時間前に来たわけだな」
 ほどなくして涼宮さんもやってきて、全員集合となった。

 「天歳神社の七夕祭り?」
 「そういえば聞いたことがあるな。かなり大規模な祭りだと聞いているが、まだ行ったことはないんだよな」
 「電車で五つ駅くらい行ったところの、そんなに遠くはないよね。有名だけど、一度も行ったことはないわね」
 二週間前の月曜日。
 放課後、涼宮さんと一緒にターリーズ・カフェに寄ったら、偶然そこにキョンと長門さんが来ていて、相席に
してもらい、色々話していたのだが、その時、七月も近くなるということで、七夕の話題が出たのである。
 「このあたりじゃ最大の縁日と”市”、今じゃフリマだけど、それが立つのは興味がある。よければキョン、
一緒にいかないか?」
 涼宮さんの視線が険しくなったような気がするが、とりあえずは気づかないフリをしよう。
 「そうだな、昔母親から話は聞いたことがあるんだ。一度行くのもいいかもしれないな」

 「あたしも行くわよ!」
 間髪を入れず、涼宮さんがそう言った。
 「楽しそうなことは、みんなで行けばいいじゃない。ねえ、有希、あなたもそう思うでしょう?」
 いきなりふられて、長門さんは戸惑ったような表情を浮かべていたが、それでも小さく頷いた。
 「決まりね!みんなで七夕まつりとやらに行くわよ!」
 強引にその方向に持っていった涼宮さんに、私は苦笑いを浮かべた。
 ”抜けがけはさせないわよ”
 涼宮さんお表情がそう言っていた。

 「ところで、佐々木、お前に頼まれて持ってきた、この色紙で作った短冊、どうするんだ?」
 「決まっているじゃないか、キョン。七夕の短冊には、願い事を書くのがお約束。天歳神社の祭神に参拝後、
願い事を書いて、境内の大笹に吊るすんだよ。その後、元は同一の聖域である隣接の妙見尊星宮寺に大笹は運ばれ、
僧呂の祈りとともに、大笹は燃やされ、願いは天に届くというわけさ」
 「珍しいな、てっきり川に流すのかと思ったよ」
 「全国でもここと何箇所にしか見られない、風習だそうだよ」
 「佐々木は何でもよく知っているよな、すごいな」
 キョンに褒められて、私は気分が良くなった。



 天歳神社のある宿瀬野町の駅で、俺達四人は電車を降りて、目的地へ向かった。
 ここに来るのは初めてだが、目的地への道はすぐわかった。
 「門前町らしいね。中学時代に修学旅行で行った、九州の太宰府天満宮に似ているよ」
 宿瀬野町は、天歳神社と妙見尊星宮寺に参拝に来る信者のために整備された古い宿場の名残を残しており、
駅を降りて、整備された石畳の歩道と町並みを歩けば、天歳神社の境内に至るというわけだ。
 「へえ、結構いろいろあるのね」
 白壁の、趣のある商家や人家の立ち並ぶ参道には、お土産やお菓子、あるいは喫茶店、飲食店、造り酒屋等
が軒を連ね、観光客相手に商売をしている。それに混じって屋台等も並び、参拝客の喧騒と合わさり、活気を
生み出していた。

 「あれ、面白そうね」
 「こっちも面白そう」
 長門とハルヒが、いろいろな店や屋台を覗き込んでは、手に取り、お気に召せばお買い上げ――その荷物は
全部俺がもつハメになった――ということを繰り返し、ちっとも先に進まない。
 そんな二人の様子を見て、佐々木がおかしそうに、それでも楽しいというような表情で、笑っていた。

 ようやく天歳神社の境内に入ったのだが、結構広い敷地には大勢の人が来ていて、短冊を手に取り、四隅に
飾られた太い竹に、それを紙よりで結びつけていた。
 「願い事を書かないと」
 境内に設けられた記帳所のようなところに、筆と墨が置いてあり、持参した短冊に願いをしたため、こより
を通して、4本の竹の内のどれかに吊り下げる。どれに吊り下げるかは、神社が用意した占い板みたいなモノに
記載された数字を組み合わせ、それに従い、どの竹に結びつけるかを決めるのだ。

 「で、なんで皆一緒の竹なんだ?」
 「数字に従ったまでなんだけどね。何故か四人ともその範囲に収まったらしい」
 「なによ、キョン。あんた不服なわけ?」
 「私はみんなと一緒で嬉しいけど……」
 四人全員、何故か同じ竹に吊るすハメになった。

 「それにしても、いろんな願い事が書いてあるな」
 大勢の参拝客が結びつけるわけだから、当然短冊も山のように結びつけてある。
 大人から子供まで、願い事は様々。勉強出来ますように、サッカ-選手になれますように、お菓子屋さんに
なりたい、おもちゃ欲しいとか。
 あるいは、家族の幸せを願ったり、世の中が平和でありますようにとか。
 人々のささやかな、あるいは切実な、様々な思いと願いを短冊にしたため、そして祈る。
 ここが建立された頃から繰り返されてきた、七夕の祭り。
 そんなことを考えながら、俺は自分が書いた文面を思い出して、かなり俗物的なことを書いたことを思い出し、
思わず苦笑いを浮かべた。


 「ところでさ、キョン。アンタ、どんな願い事を書いたのよ?」
 「ん、大したことじゃない。俺の未来における、ささやかな小市民の願い事を書いただけだ」
 「ふ~ん。まあ、多分『庭付き一戸建ての家が建てられますようにとか』、『宝くじで大金当たりますように
とかじゃないの?」
 ・・・・・・こいつ、俺の書くところを見ていたんじゃなかろうな?
 「キョン、その家に一人で住むわけではないよね?」
 佐々木が笑いながら、俺にそう言う。
 「もちろん。可愛い嫁さんと、最初は女の子、次が男の子の、家族四人で住む予定だ」
 くっくっくっと、佐々木は愉快そうに声を立てて笑った。
 「根拠はなさそうだけど、妙に現実的に感じる将来の夢だね。君の理想の家庭というわけか」
 「でも、佐々木。そこにたどり着くまでは結構苦労すると思うんだがな。まず相手を見つける、そして両思い
になり、結婚にこぎつけ、そして子供が生まれ、その成長を見守りながら、家庭を維持するのは大変だと思うん
だ。口で言うのは簡単だけど、現実には苦労することも多いんだろうな」

 キョンの言葉に、私は我が家のことを思い出した。
 中学に入る前に離婚した私の両親。恋愛結婚で、小さい頃はとても仲が良かった、父と母。
 だけど、いつしか二人のあいだに溝ができ、心は離れ、そして別々の道を歩むことになった。
 今、父は別の女性と再婚して、新しい家庭を持っている。
 一度父の家を見に行ったことがある。
 『吉村』と書かれた、かつての私の苗字。再婚相手とその連れ子らしい女の子と談笑する父の姿。
 父が望んだ家庭の姿を見せつけられたような気持ちになり、私はその場から逃げ出すように走り出した。
 異性と話すのが苦手な私。恋愛が苦手な私。その心の奥底には、あの日の景色がやきついている。

 「佐々木?」
 キョンに声をかけられて、私は我に返った。
 「どうした?ボ-ッとして」
 「あ、いや、なんでもないんだ。ちょっと暑くてね」
 「そういや、大分日差しも強くなってきたからな。アイスでも食べるか?奢るぞ」
 「あー!ちょっと、キョン。佐々木さんだけはずるいわよ。ここは公平に私にも奢りなさいよ!」
 「心配しなくても、お前にも長門にも奢るさ」
 「それでこそ、男よ、キョン。ならば、サッサと行くわよ!」
 キョンの手を取り、涼宮さんはさらうように、その場から駆け出そうとする。
 「ちょっと、待て!こんなに人が多いのに走るやつがあるか!アイスは逃げはしないぞ」
 キョンの言葉に、私と長門さんは思わず笑ってしまった。

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 『彼と仲良くなれますように』
 短冊に書いた、私の小さな願い。
 友達と呼べる、数少ない男の子。
 いつも気を使ってくれる、優しい彼。
 彼に対する気持ちは、少しだけあやふや。トモダチ,カレシ、コイビト、キョーダイ、エトセトラ。
 純粋さと、少しずるさが混じる私のキモチ。
 彼の、小市民的なと言う彼の未来の幸せを、彼とともに作り出す女性。

 彼の願いを書いた短冊の側に、私の短冊を吊るしてみた。


 『無添加低温殺菌ジャージ牛乳100%、天然果汁のアイスクリン。参拝の後はこれだね!』
 店の前に並べられた、やたらと大きくアピールする幟は、客を惹きつけるのは充分な効果があるようだ。
 暑ささのせいもあって、客は多く並んでいたが、店員の手際が良いのか、次々とさばけていき、俺たちの順番になった。
 「どのアイスにする?」
 「旬の果物のアイスがいいね。僕は白桃のアイスを」
 「じゃあ、あたしはさくらんぼね」
 「私は木苺にしようかな」
 各自気に入ったアイスを選び(俺はブルーベリ―にした)、少し歩いて、参道沿いにある公園の芝生に腰を下ろ
した。
 その芝生のすぐ側に、相当な樹齢と推測される梛の木があって、それが木陰を生み出し、そよ風もあり、歩いて
いる時よりはいくらか涼しさを感じる。

 「美味しいアイスだね。想像していたより甘さ控えめで、さっぱりしているね」
 「大げさに宣伝しているから、逆に期待していなかったけど、いいじゃない」
 「とても美味しい」
 三人共、気に入ってくれたようで、奢った甲斐があったというものだ。

 アイスを食べたあと、しばらく俺達は芝生に座ったまま、ボーッとして、人の流れを見ていた。
 参拝客は途切れずに続いている。夜に短冊を燃やす七夕祭りのクライマックスまで、この流れは続くのだろう。
 ”そういえば、皆どんな願い事を書いたのかな?”
 俺の小市民的な願いみたいなことは、何となく三人とも書かないような気がするのだが。
 ”いずれにしろ、皆の願いが叶うといいな”

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 短冊に願い事を書いてみた。こういうことをするのは久しぶりだ。
 キョン。
 少しづつ彼と私の距離は近づいていく。ゆっくりと、それでも確実に。
 ”キョンと親友になれますように”
 とりあえずは、まずここが目標。もっとキョンと話したい、遊びたい、いろいろ学びたい。
 楽しい気持ちにさせてくれる、キョンといられる時間をもっと増やしたい。それが、今の私の願い。

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 さっき、参道で、思わずキョンの手を握ってしまったのだけど、大きくて、力強さを感じる”男の子”の手だった。
 身長は結構あるし、体もほどよく引き締まっているのは見れば分かるのだけど、思いがけない力強さに少し驚く。
 この年になれば、異性に関して、ある程度の知識はある。”恋愛は精神病”なんて言っていた、ガキみたいな頃とは
違う。異性に対する、本能的な部分から来る感情。
 ”キョンは男の子”
 当たり前だけど、それは当たり前ではない。
 異性を意識する。言葉ではなく、本能であたしはそれを理解したのだ。

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最終更新:2013年09月04日 23:41
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