71-699『問題児と実力者』

投球練習は、三球。
「恨むよ、涼宮さん!」
「うっさいわね!サードに打たせなさいよ、守ってあげるから!」
「上から目線かよ、バカが!」
佐々木、ハルヒ、キョン子が言い合う。橘は溜め息ながらに言った。
「喧嘩するほど仲がいいのですよね、佐々木さんに涼宮さんは。」
「――親友――」
「「そんななわけあるか(ないわ)!」」
佐々木とハルヒの二人が盛大にツッコミ、キョン子が溜め息をつく。投球練習が終わり、試合が始まる。
『一番。センター。阿万音さん。』
「…………」
左打席に立ち、スタンスは普通。イップスが知られているならば、クローズドスタンスで来るはずだ。
「(という事は、イップスは知られていない。)」
佐々木は初球にカーブを要求する。しかし、キョン子は首を横に振った。キョン子の要求は……
「ど真ん中、ストレートだ。」
ベンチでスコアを取りながらキョンが呟く。
「やはり、ですか。」
古泉も朝倉も森も頷く。わからない、といった阪中に、森が言った。
「佐々木さんがピッチャーとして戦うには、ストレートが必要となる。ライズや変化球を活かすにはストレートが不可欠なのよ。」
「大胆なリードよね。私なら初球はカーブから入るわ。」
打ち気満々の鈴羽。打ち気を削ぐには変化球が一番だが……
「復帰戦のマウンド。キョン子さんは彼女にメッセージを送ったんでしょうね。」
「ああ。『打たれても逃げるな』とな。」
イップスという地獄を彷徨っている佐々木。その地獄から引き摺り出そうというキョン子。
「(やはり、キミは僕の最高の恋女房だ。)」
佐々木の目から迷いが消える。
初球。ど真ん中のストレート。
「好球必打ってね!」
鈴羽がフルスイングし、振り抜く。サードに痛烈な当たりが飛ぶが……
「よっと!」
ハルヒが軽やかにボールを捌き、一塁へ。本職はセンターだが、内野の守備もかなりのレベルだ。
類い稀な身体能力と、優れた判断能力。天才にして天災。それが涼宮ハルヒである。
ボールが長門のグラブに収まり、アウトが宣告される。
「綺麗なプレイなのね。」
阪中が、うっとりとハルヒを見た。
「もう少し性格がまともなら、どこに出しても恥ずかしくない、最高の選手なんだけど……」
「まぁまぁ。」
森が溜め息ながらに下を見る。ハルヒの問題児っぷりは有名だ。ここまで凄い選手でありながらどこも獲得しなかったのは、性格的に扱いづらく、奇行癖があるからだ。
奇行といっても、行動には理由があるのだが。例を上げれば。
横柄な先輩からパシリを頼まれ、「あたしはあんたの命令は受けない。」と言いビンタ。
チームメイトが怪我させられた報復に、キャッチャーに殺人タックルを見舞った事も。
重戦車のように力強く、シルクのように繊細。剥き出しの神経の束のような選手だ。
北高では仲間に囲まれて安定しているが、東中時代は完全に問題児でしかなかったハルヒである。
「ワンナウトー!」
ハルヒが声を出し、俄に活気づく。
『お仕置きに納屋に閉じ込められた事は?』
『彼女のお仕置きはお断り。』


二番打者が打席に立つ。
『二番セカンド、漆原く……』
『あきら様!』
『あ!……コホン。漆原さん。』
アナウンスに、キョン子が妙な顔をした。目鼻立ちは佐々木に似ており、女性だろうが……
「(……でっけー構えだな、おい……)」
構えが違う。そして、股間にファウルカップを入れているのか、股間の膨らみが気になる。
「(一球ストライクゾーンからボールに外せ。何かヤバい予感がする。)」
「(OK。)」
キョン子のサインに、佐々木が頷く。インコースから外れるボール。ルカ子は強振し……
古泉とキョン、岡部とダル、観戦に来ていた国木田と藤原、放送席の谷口が内股になり、顔をしかめた。

自打球が跳ね上がり、股座を突き上げたのだ。
女でも痛いが、男のそれは想像を絶する。男に生理痛の辛さが理解出来ないよう、女にこの痛みの解説は出来ない。
『痛い痛い……!』
谷口の声が震える。
『またオーバーな。うざいわよ谷口。』
『わからないならわからなくていいですよ、あきら様。これは男にしか……』
その言葉にキョン子の眉が動き、タイムをかける。
「愚弟!古泉!介抱して差し上げろ!」
その言葉に、石門高校のベンチから岡部達が走る。
「これはいかん!マイフェイバリットライトアームよ、担架だ!」
慌てふためき、岡部とダルがルカ子を抱えて走り去る。選手交代として、高良みゆきを代打に告げ……キョン子は溜め息をついた。
「ちょっと、何よあれ?」
ハルヒの言葉にキョン子が言った。
「あいつ、男だ。昔、愚弟の股座を蹴飛ばした時に似たリアクションをしてな。よもやと思い、カマをかけたら……」
「……ふ、不思議過ぎてついていけない……」
ハルヒ、佐々木、橘、周防が天を仰ぎ……
「あなたの蹴りで彼が不能になっていたら、私がこの身体で治す。」
頬を赤らめた長門の爆弾発言に全員が叫んだ。
「「「「おいいい!」」」」
『ジョージ・マイケルの歌のように、石門高校は『信じて進む』のみですね。』
『あんた好みの男の歌?もういい加減にしなさいよ。』
『俺は男は嫌いです、あきら様。』
『あんたの御両親が不憫でならないわ。』
みゆき、こなたを連続三振に切って取り、佐々木は順調な滑り出しを見せた。
「ナイスピー。」
キョンがタオルと飲み物を佐々木に渡す。
「ありがとう。」
佐々木がタオルと飲み物を受け取る。何事か話そうとした佐々木だが……
「キョン!あたしも!」
「タオルと冷たいお茶を、至急要求する。」
「ああ、ったく。少し待ってろ!」
あっという間にキョンは去った。キョン子が意気消沈した佐々木の肩を叩く。その気遣いが逆に辛い。
「はい、橘さん。タオルとお茶なのね。」
「ありがとうなのです。」
橘は橘で、阪中の用意したお茶をにこやかに捨て、新しい紙コップに自分で注いだ。舌打ちをする阪中。
「(ふ、不穏だ……!)」
キョン子が古泉を見る。古泉は周防に森からの指示を伝えていたのであった。
知らぬは当人ばかりなり。チームメイトでも色恋沙汰ならば容赦しないのが、北高らしい……。試合は二回を終わり、結局無得点。
「いやらしいわね、あのピッチャー。」
凡打に終わったハルヒが毒吐く。
「(やっぱりデータは筒抜けだったか。)」
キョンが険しい顔をしつつ、回は三回に進む。

To Be continued

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最終更新:2013年09月05日 00:07
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