24-486「佐々木の禁酒大作戦」

「まさか自分でも驚きだよ。自分がここまで執着心が強い人間だったなんて」
その人間が観測するからこそ、世界がある。という考え方を、以前本で読んだことがある。高校時代にそれをいやというほど体験したわけだが。
世界は、涼宮ハルヒという人間を中心に作られていた。いや、彼女が作ったのかもしれない。
つまり、彼女の眼の届く世界が、すべて真に意味のあるものであり、それ以外はその土台、もしくはおまけにすぎないのだ。
なぜならそれは、彼女の願望によって簡単に作りかえられてしまうから。
彼女は、『神』なのだから。

佐々木の世界

「珍しくぼーっとして、考え事?」
はっとなって見上げると、そこにいたのは大学に入ってから知り合った女子の友人だった。彼女は心配そうな笑顔で僕を見ている。
佐々木「ごめん、なんでもないよ。ちょっと思いだしていただけ」
「ふーん…何を?」
佐々木「大したことじゃないよ。高校時代にの友人のこととかね」
そうそれは、何も知らない人から見ればただの、ありきたりで、愉快な思い出。
しかし見方を変えればそれは、この世の歴史に刻まれた、重大な1ページ。何せ神が現れ、宇宙を巻き込み、時空を捻じ曲げ、巨大な組織を動かしたのだ。
ただのきまぐれによって。
「高校時代の友人に、面白い人でもいたの?」
佐々木「うん、あの頃は私はみんな本当に愉快ですごい人ばかりだったよ(僕もそのうちの一人だったんだけど)」
超能力者、宇宙人、未来人、神。そして―――彼。
彼はこの世で唯一、神に世界の外側へ出ることを許された存在だった。
ある意味、世界は彼を中心に回っていたのかもしれない。何せあの頃、神"達"は彼の気を引くことで必至だったからね。
佐々木「さて、今日の講義はもうこれで終わりだよね。私はこれで帰ることにするよ」
私は席を立ちあがり、机に広げられたノートや文房具を片づけ始めた。
「あれ?佐々木さんいいの?」
佐々木「え、何が?」
「今日のお昼の"アレ"。行かなくていいの?」
ああ、アレか。お昼に確か同じ学年の男性から告白された。放課後に返事をしてほしいと、待ち合わせをしているんだった。
佐々木「一応行くよ。相手に失礼だしね」
「一応、ね。そんな言い方するってことは、もう答えは決まってるってことかな」
ああ、そうだよ。告白された瞬間に、いや、される前からもう答えは決まっている。
「相手の人かわいそう。これで何人目だろう?」
佐々木「そういう言い方されると、まるで私が高慢ぶっているみたいじゃない。でも、いい加減彼らもあきらめてくれればいいのに」
「またまた贅沢な悩みですなー。でも、そうやって断ってるから、あんたを落とせた人はきっと英雄扱いされるのよ。難攻不落の佐々木さん」
やれやれ、僕はゲーム扱いなのかい?まぁ恋はゲームだとは、誰かが言っていたような気もするけど。
佐々木「さすがに、そういった考え方をする人とは付き合えないわ。それに、きっと長続きしない」
「おーおーこれは何ともガードが固い。鉄壁の佐々木バリアはATフィールド並ね」
AT?ああ、そういえば最近みた映画でそんな言葉が出てきたね。たしかあれは劇中で心の壁、とか言われていたけど、的確だね。
「…もしかして、佐々木さんって、あっちの気があったり?」
あっち?
「いや、いいの!忘れて!それじゃ、がんばってね」
…まぁいいや。しかし、何を頑張ればいいのだろうか。

彼女は僕のことをどう思っているのだろうか?内心、僕のことを妬ましく思っているのではないか?
そんな風に人を疑い始めたのはいつからだろう。高校?中学?いや、これが僕の生まれ持った性質なんだろうね。
そんな僕が唯一、何の疑いものなく付き合うことができたのは、きっと彼だけだろう。
僕は彼を信じていた、彼も僕のことを信じてくれていた。だから、本音で付き合えた。だから、彼のそばにずっといたかった。
キョン、君は今何をしているんだい?
「ただ今戻ったのです!」
玄関から、元気のいい声が聞こえた。橘さんが帰ってきたみたいだな、もうそんな時間か。時計を見ると九時を指していた。
橘「佐々木さんただいま…ってうわ!佐々木さんまたこんなにいっぱい飲んじゃって…」
佐々木「僕はもう数月前に二十歳になったよ、別に咎められるいわれはないさ。ね、九曜さん」
九曜「―――――」
九曜さんは部屋の壁に寄りかかって携帯ゲームに夢中になっているようだ。反応はないけどきっと聞いているんだろう、それが彼女のスタイルだ。
僕は、コップに注がれた四杯目の焼酎を一気に飲み干した。
橘「でも、佐々木さんは二十歳になる前から飲んでるでしょ!そんなに飲むとアル中になっちゃいますよ!」
そうだね、僕もそれは心配だよ。といいながら、僕はコップに五杯目をついでいた。
橘「わかってないです!んんっ!もう!」
はは、橘さんは元気だな。…いけない、結構酔いがまわってきてるみたいだ。
僕は、大学に入ってから飲酒をたしなむようになった。もともと、高校時代は"そういう"ことに興味がなかったのだが、飲み会などをきっかけにはまってしまったのだ。
とくに、誰かから告白された日は、飲まずにはいられない。
ふふ、立派なアル中じゃないか。
橘「佐々木さん、何か食べますか?おつまみ買ってきましたけど」
佐々木「うん、もらうよ」
なんだかんだいって、橘さんも分かってるんだろうね、でもその優しさに甘えるべきではない。
今僕たち三人は、このマンションで共棲している。僕はここから大学へ行き、橘さんは仕事へ行く、九曜さんは…何もしてないけど、たまに色々助けてくれる。
高校卒業と同時に、僕と涼宮さんは力を失った。それに伴い超能力もなくなり、未来人は未来へ、宇宙人は、まだいるみたいだけど。
涼宮さんと長門さんは、同じ国立の名門大学へと進学していった。僕も、少し離れた国立の大学へと進学した。
橘さんは、未だ組織の仕事があるようで、いつもこの時間に帰ってくる。古泉君は、地方の大学へいったらしいけど。
そして彼は、とある地方の大学へと進学したらしい。聞いた話だと、親戚の家から通っているんだとか。
――――会いに行くには、少し遠いな。少なくとも、簡単に遊びに行ける距離じゃない。
橘「佐々木さん、チーカマでよかったですか?」
佐々木「ああ、ありがとう橘さん。九曜さんもこっちにおいでよ」
九曜「――…――」
九曜さんは、黙ってうなずき、ゲームを置いてこちらへよって来た。
九曜「――――」
佐々木「どうしたんだい?」
九曜さんが僕の手元を見つめていた。その視線を追って気づいた。
僕のコップはすでに、空になっていた。


両隣では、橘さんと九曜さんが寝息を立てている。僕はまだ眠らず、今日のことを考えていた。
大学ではまた、告白された。僕はそれをいつもどおり断る。きっと、僕のことを快く思っていない人は絶対にいるはずだ。
そしてまた、昼間の彼女に冷やかされる。家に帰る。勉強する。酒を飲むそして寝る。
これが僕の今の生活サイクル。
高校時代では想像もしなかったな。
僕はどうなってしまうのだろう。
僕はもう、一つの道しか見えなくなっていた。
それは彼とともいること。
もしも彼に会えなかったら、僕はどうすればいいのだろう。
諦められない。
恋は盲目。
自覚はある。
彼に会いたい。
結局、僕が最後に時計を確認したのは、すでに零時を回ったところだった。
佐々木「今日はなんだか調子が悪いの。頭もいたいし」
「まぁ、風邪かな?それともあの日?」
佐々木「わからないわ。多分風邪かもしれない」
理由はわかりきってる、二日酔いだ。昨日あれだけ飲んだのだ。二日酔いになってとうぜんだ。
「早退する?」
佐々木「そうなるかも」
多分早退することになるだろうな。昼までいて駄目そうなら早退しようか…。
「わかった、そしたら今度ノート写させてあげる」
佐々木「ありがと」
僕はなんて女なんだろう。男を振って、ヤケ酒を飲んで、二日酔いして友人に周りの人間に迷惑をかけてる。
僕は、もっと誠実な生き方をしていると思っていたが、いつの間にこんな風になっていたんだろう。

結局持たなかった。昼に九曜さんに迎えに来てもらい、一緒にマンションまで帰宅することになった。
九曜「―――大丈夫―――?」
佐々木「ありがとう、大丈夫だよ九曜さん」
大切な友人にまで心配させてしまった。本当に自分が嫌になる。
九曜「――お酒――控えたほうがいい―――」
佐々木「そう…だね、橘さんもいってたし…こんどから少しずつ減らしていくよ」
九曜「――だめ――今から―――」
佐々木「くっくっ、そうだね」
まったく、僕は駄目だな。どんどん自分を甘やかして――――
ブゥン
その時、ポケットの中に入れてあった携帯電話が震えた。誰だろう、この気分が悪いときに…。

――――着信:キョン――――

一瞬で酔いがさめたような気がした。彼からだ!!
佐々木「九曜さん、すまない」
僕はすぐに通話ボタンをおして、携帯を耳にあてた。
佐々木「…もしもし?」
「もしもし佐々木か?俺だ」
久しぶりに聞く彼の声に、僕の鼓動が早まるのを感じた。
佐々木「久しぶりだねキョン。君の方から電話するなんて珍しいじゃないか」
本当は怖かった、こちらから電話するのが。もしかしたら、キョンが向こうでもうすでに誰かと付き合っていたら――そう考えると怖くて連絡できなかった。
キョン「何してるかなと思ってさ。今大丈夫か?」
佐々木「ああ、大丈夫だよ。君は今何してるんだい?」
キョン「今食堂で飯くってるよ。連れと一緒にな」
連れ―――一瞬ドキッとした。その連れは男なのか…女なのか。
キョン「野郎ばっかでむさくるしいぜ、まったく」
電話の向こうから、「何言ってんだよ」というキョンの友人らしき声が漏れてきた。無意識に安心している自分がいるのがわかる。
佐々木「楽しくやっているようでなによりだよ」
キョン「ははは、みんななんだかんだで楽しくやってるみたいだぜ?この前ハルヒに電話したら、長門と一緒にSOS団を拡大する!とかいってたな」
ドクン―――涼宮さんの名前が出たとたん、また高鳴る鼓動。聞かなきゃ、あの事を。
佐々木「涼宮さんとは、よく連絡を取り合ってるのかい?」
キョン「いや、この間久しぶりに連絡したよ」
佐々木「そうか、それじゃあ今君の周りにはあまり女性の影がないようだね」
キョン「そうだな」
今、言うべきなのだろうか。今言わなければ、もうチャンスがないと思う。
キョン「それじゃ、そろそろ切るよ」九曜さんが僕の目を見つめている。それでいいのかと問いかけるように。
言わなきゃ、今。でないと、僕は!
佐々木「キョン好きだ!」
言ってしまった。ずっと前から、秘めていた思いをついに彼に打ち明けた。
キョン「…なんだって?」
佐々木「君のことが好きだって…言ったんだ」
沈黙の間。
キョン「…俺も、お前のことは大事に思ってる。お前ほどの親友はほかにいな「そうじゃない!そうじゃないんだ!君はどこまで鈍感なんだ!」
気づけば僕は涙を流して叫んでいた。向こうの携帯から僕の声が漏れているかもしれない。
佐々木「君の事が好きだ、ずっと前から!誰よりも愛している!」
キョン「佐々木……」
もう、鈍感なんて言い訳はさせない。僕は、このチャンスをものにする。
きっと、これが僕にあたえられた最後のチャンスだから。
キョン「……聞いてくれ佐々木」
彼の真剣な声が聞こえる。僕の気持ちは伝わったようだ。
キョン「俺は、今までお前のことを親友だと思っていた。きっと、ハルヒや、古泉や長門、朝比奈さんよりも」
駄目だったかな…いいんだ、駄目だったら素直にあきらめる。それだけの覚悟はあった。
キョン「正直、どう答えていいかわからないんだ。お前のことは大切に思ってる。だけど、この気持ちをどう解釈したらわからない」
佐々木「…」
キョン「だから、時間をくれないか?必ず答えは出す」
佐々木「うん…わかった…」
キョン「…それじゃ…」
佐々木「…うん…」
そして、電話は切れた。それと同時に、全身から力が抜けて、僕は地面に座り込んでしまった。僕は…僕はついに…。
佐々木「僕は…告白した…?」
九曜さんが、僕の前に立って、優しく抱きしめてくれた。
九曜「――がんばった―――ね――?」
佐々木「ぅう…うぁぁぁああああああ!!!」
僕は九曜さんの胸に抱きついて、そのまま、きっと今までこれほどはなかっただろうというほど、泣いた。


それから、ずっと悩んでいた。
もしかしたら、彼との関係を壊してしまったかもしれない。
もしも彼が断わっても、またもとの関係に戻れるとは限らない。
それに、涼宮さんも。
考え始めたら切りがない。
橘さんは、「きっと大丈夫なのです!」といってくれた。
九曜さんは、相変わらず何も言わなかったけど、彼女の応援する気持ちはとても伝わってきた。
ついに、このきまぐれな神の歴史に終止符を打つ。
僕は、その日お酒を飲まなかった。
あれから三日が過ぎた。彼からの連絡はまだ来てない。
「佐々木さん、風邪は治った?」
佐々木「ええ、今日は調子いいみたい。あ、ノートありがと」
「どういたしまして」
本当に助かった。あの日は午後の講義はまるまる出てなかったから。
でも、今はそんなことよりも。
「だめよ?体に気をつけないと。青い顔してたら、美人が台無しよ」
佐々木「ふふ、ありがとう。お世辞でもうれしいよ」
彼のことで頭がいっぱいで。
「じゃ、そろそろ帰ろっか。今日はこのあとのご予定は?」
佐々木「今日は何もないよ。だから、一緒に帰れる」
「そう、じゃあ行きましょ」

二人で広いキャンパスを、門へ向かって歩く。門の前の広場は、帰宅する学生達でにぎわっていた。
「どこか寄ってく?」
佐々木「そうだね、本屋に行きたいな、ちょうど欲しい参考書が―――」
そこで僕は言葉を切った。友人がどうしたの?と顔をのぞいてくる。僕は、門の所に立っている人と見つめあっていた。
佐々木「九曜さん?」
九曜さんは、僕のところまできて、こう告げた。
九曜「―――がんばって―――」
そして九曜さんが、門の方を指した。その先にいたのは―――
佐々木「―――キョン」
彼だった。
キョン「よう」
彼が僕のほうに挨拶しながら向かってくる。
キョン「駅についたらな、九曜と橘がいてな」
キョンの影から橘さんがひょこっとあらわれた。
橘「佐々木さん、つれてきましたよ!さぁ!」
佐々木「ああ…」
またも沈黙。見つめる友人達。そして周りの学生たちも気になっているのか、ちらちらとこちらに視線を送っている。
キョン「あのな、佐々木、俺は正直な気持ちをお前に話すよ」
ついに、きた…。
キョン「俺は、前にも言ったとおり、お前のことを一番の親友だと思ってた。だから、お前のことが大切だし、話していると落ち着く。って、これも前に言ったな」
佐々木「…うん」
キョン「でも、お前に告白されて、俺は考え直したよ。俺にとって佐々木は何なのかってな、そしてこう考えた」
キョンは一拍置いて、また語り始めた。
キョン「たまにな、何となくお前に会いたくなることがるんだ。急に、お前と話したいって思うんだ。俺は無意識のうちに、お前を求めていたのかもしれない」
佐々木「…」
キョン「だけどな、何時しか、俺はそれを独占したいと感じ始めていたんだ。俺以外の誰にも、お前を渡したくないって。そう思うようになった」
佐々木「…それじゃあ!!」
キョン「ああ、待たせて悪かった、今なら分かる。俺はお前が好きなんだ。きっと」

――――気づけば僕は、キョンに抱きしめられていた。

キョン「ごめんな…本当に…泣くほどさみしい思いさせて…今まで気づかなくて…」
キョンは泣いていた。
佐々木「キョン」
―――僕はキョンにキスをした。
キョン「!?…おま、みんな見て…「かまわないよ、みんなに見せつけてやろう、僕はキョンのものだってね」
友人が困っている。橘さんが「見世物じゃないです!!」と、人払いをしている。九曜さんが優しく微笑んでいる。僕たちは抱きしめあっている。
たった今、世界は僕と、キョンの二人を中心に回り始めた。
その日、僕の禁酒が大成功した瞬間でもあった。

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最終更新:2007年11月11日 10:53
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