ゆっくりいじめ系1315 ゆっくり世紀末

 ゆっくり世紀末




 人里に程近い森の奥。
 雲雀の囀りと春風にざわめく木々の音に混じって、賑やかな住民の声が聞こえてきた。
「ゆっくりついてきてね、おちびちゃんたち!」
「ゆっきゅりついていくよ!」
 仲睦まじい声をかけあって巣穴から出てきたのは、ゆっくりたち。
 先頭に立って進むまりさと、最後方から家族を見守るれいむ。そして、両親に守られるかのように挟まれた、二匹の赤ちゃんゆっくり。
それぞれ、まりさとれいむの組み合わせだ。
 一般的なゆっくり家族に比べ、まりさたちの授かった二匹という赤ちゃんの数は少ない。
 だが、だからこそゆっくり夫婦は有り余るだけの愛情を赤ちゃんに注ぐ。
 夫婦の願いは、本当にゆっくりと子供たちが生きてくれること。
 そのために、まりさとれいむが熱中したのは教育だった。
 巣穴の中で外を歩き回れる大きさになるまで、まりさとれいむは交代で赤ちゃんたちに自分たちの知識を伝えた。
 ごはんのとり方、巣の作り方を始めとする、生きていくための知識を。
 特に口をすっぱくしていったのは、獣や捕食種の危険性と、それ以上に関係に気をつけなければいけない人間についてだった。
 森の外、ずっと野原を進むと人の暮らしているところがあるから、その周辺には絶対近づかないこと。もし間違って迷い込んだとしたら、
例えそんなにゆっくりできそうなものがあっても、すぐに出て行くこと。
 何度も繰り返す両親の顔がよっぽど真剣だったのだろう。
「わかったよ!」
 赤ちゃんたちは、疑問をはさむこともなく頷く。
 れいむはそんな赤ちゃんたちの素直さが嬉しかった。親の贔屓目ながらも、あかちゃんはまりさのように賢くて、れいむのように素直だと
感じていた。
「ゆゆーん♪ ゆっゆーん♪」
 ついつい、ゆっくりした気持ちのままに歌がこぼれる。
 その暢気な歌声に一番に反応したのは、あかちゃんれいむ。
「ゆ!? れいみゅもおうた、うたうよ~♪」
 途端に、れいむの歌声に包まれる一家。
 あかちゃんまりさはこの上なくしあわせな気持ちになりながら、先頭を行く親まりさの隣に歩を進めた。
「きょうはどこでゆっくりしゅるの?」
 あかちゃんまりさは、好奇心が強く輝く瞳で親まりさをのぞきこむ。
 親まりさは、自分に似て行動的な子供の様子に目を細めながら、今日の目的を教えてあげた。
「あかちゃんたち、今日はゆっくりするだけじゃないよ。ごはんのとり方をべんきょうするよ!」
 いつもは巣穴に持ち込まれ、親ゆっくりが食べやすく噛み砕いて食べさせるごはん。
 それが森ではどんな形で、どんなところにあるのか、まりさは今後のためにも子供たちに教えたかった。
 自分たちに何かあったとしても生きていけるようになってほしかったのだ。



 が、一家の頭上に突然影が差した。
 同時に幾重にも空気を切る羽ばたきの音。
 見上げれば、一斉に飛び立った野鳥の群れだった。忙しない囀りが何か危険を呼びかけあっているようだとまりさが感じたとき、
それはやってきた。
 まず、地面がびりびりと震えるような炸裂音。
 森の向こうから規則的に響くその地鳴りは、どんどんと近づいてくる。
 まりさとれいむは視線を合わせる。
 よくわからないけど、ゆっくりできそうもない嫌な音だ。
「ゆっくりしないでかえろうね!」
 まりさが呼びかけるなり、一家はわき目も振らず、ひたすらに来た道を戻りだす。
 巣穴まで、そう離れていない。
 一目散に対比すれば間に合うはず。
 そう判断してのことだったが、爆音の主はまりさたちの予想をはるかに超えてゆっくりしていない存在だった。
 さっきまで遠くに聞こえていたはずの音が、めきめきという藪を踏みにじる音とともに鮮明になっていく。
 弾むように草むらをはねる一家へ、確実に近づく音。
 それはもはや森の静寂を切り裂く化物の咆哮に思えた。
「ゆっきゅりっ! ゆっきゅりでぎないいいっ!」
 れいむの上に飛び乗って、恐怖に震える赤ちゃんたちの悲鳴。
「ゆっぐりづかまっでねええええ!」
 れいむは、赤ちゃんにひきの命を預かって必死だった。
 一方、まりさは最後尾に下がる。
 もしものときは、自分が時間稼ぎをするために。
 まりさは冷静だった。
 だから、気がついてしまった。
 咆哮を放つ化物が一体ではないことに。
 音の主は、少なくみても三つ以上。だから、さっきからまったく咆哮が途絶えてくれない。
 それどころか、空気を震わせながら、どんどん近づいてくる。
 音の重みが、すでにまりさの真後ろまで迫ってきた。
 今にも、まりさの無防備な背中に食いつきそうなほどに。
「ゆっ、ゆっくりしていってね!」
 ひきつる声をこらえながらちらりと振り返るまりさ。
 まりさは、目前に爆音の正体を見た。
 それは、人間と奇妙な機械の群れだった。
 機械は二つの前後する車輪が地面に接し、その車輪には覆いかぶさるように金属の管や板が張り付いて、上に座る人間の体を支えていた。
管の一部は後ろへとのびて、先端から黒みがった煙を吐き出しては、ぶるんぶるんと震えながら咆哮を繰り返す。
 さらに機械の前方の部分は上へ上へとのび、二股に分かれて人間の手に握られ、一番前に突き出しているのは目を焼くような光を放つ丸い鏡。
 それが、人間たちの使うバイクという乗り物であることをまりさたちは知らない。
 ただ、まったくもってゆっくりしてないスピードで迫りる何台にも連なる化物と人間の群れに、まりさたちは絶望するだけだった。
「れいむいそいでえええっ! おいづがれるううううう!!!」
「ゆっつぐううう、もうむりいいいいい! ぐるじいいのおお!!」
 れいむの涙と鼻水でぐずぐずの顔が、どんどん蒼白になっていく。
 一方、バイクはまりさの後方5mまで一息に駆けてくる。
「ごないでぐだざいいい!!!」
 まりさの懇願は爆音にかきけされて、まったくもって無駄だった。
 先頭を行くバイクはあっという間に追いつき、一瞬だけゆっくりと併走し、次の瞬間には一家の目前に後輪を滑らせて立ちはだかる。
「ゆーっ!!!」
 あまりの早業に、ようやくゆっくり一家が反応したとき、すでにバイクの人間たちは次の行動を起こしていた。
 ゆっくり一家を中心に、円をかくように輪になって走り出す十台ほどのバイク。
 追走につらべてゆっくりとした動きだが、ゆっくり一家にとってそのスピードは目が回る。
 だからといって、逃げ出せばバイクの囲いにつかまってぺちゃんこだろう。
 進退窮まって、ゆっくり一家は子供を守るように小さく固まるしかなかった。
 全員が震えていた。
 ゆっくりを見て、ニヤニヤ笑いを張り付かせる人間たちが、たまらなく怖かった。
 人間たちは、ゆっくりを囲んだまま無言だった。
 誰かが口を開けば崩れてしまいそうな沈黙の均衡。
 あかちゃんたちも薄々察したのか、泣き出しもせずぎゅっと両親に体を押し付けて堪える。
 だが、震える一家の姿を舐めるように見つめていた男が不意に沈黙を破った。
「ヒャッハー! たまんねえええ!!」
 甲高い、愉悦に満ちた声。
 その男の姿は人間から見ても異様だった。
 筋骨隆々とした体に、直に身につけたトゲの突き出した鋲打ちの皮ベスト。そりあがった頭の中央には見事なモヒカン。
 それに続く男たちの風貌も似たり寄ったり。仮面をつけたり、刺青まみれのスキンヘッドだったりとカスタマイズはされている程度の
違いしかなかった。
 ゆっくりには男たちが、普通の人間からどれだけ乖離した存在かはわからない。
 ただ、暴力的な雰囲気をかもし出す男のたちに、まりさは思わず立ち尽くす。
 だから、れいむの動きに気がつかなかった。
「おにーざんだち! あかちゃんは、あかちゃんだけはみのがじでぐだざい!!!」
 一歩前に進み出るれいむは、続いて涙にぐちゃぐちゃの顔を地面にこすりつける。
「まりざもどうなっでもいいがら、あかちゃんだけはおねがいしますううう!!!」
 れいむだけを犠牲にできなかった。
 慌ててれいむに並んで頭をこすりつけると、それが功を奏したのか、もっとも体格のいい男がバイクを降りた。
 そのまま、無言で近づいてく男。
「どうするんだい、アニキ?」
「決まっているじゃねえか」
 どうやらリーダーらしき男は、地面で頭をつけて震えるゆっくり夫婦の目前で膝をつく。
 そして、にいと口の端を歪めて笑った。
「みんな、まとめて可愛がってやりなあっ!!!」
「っ!!! どうじでぞんなごどいうのおおおおおおおおっ!?」
「ヒャッハーっ!!!」
 夫婦の絶望に満ちた絶叫は、男たちが次々に上げる歓声に瞬く間にかき消されていく。
「がまんできねえっ、イクぜえええええ!!!」
 次々と乗り捨てるようにバイクを飛び降りて、一家の元へ殺到していく男たちの群れ。
 その獣のような動きに、まりさたちの体はショックで硬直していた。なんで、ごんなことするの、まりざだちはなにもしてないのに。
その言葉も、憤りと悲しさに胸が塞がれて声にならない。
 不意に、まりさをとらえた浮遊感。
 自失の間に、まりさは、男たちのリーダーに持ち上げられていた。
「ゆううう! あかちゃあああああん!!」
 離れていく子供たちの体温。先ほど震えながらまりさに勇気をくれた子供たちの温もりは、もうまりさの傍にはない。
 まりさを包み込むのは、まるで岩を砕いて手の形にしたような男の手の感触だけ。
 視界の端ではれいむが、あかちゃんれいむが、あかちゃんまりさが、相次いで男たちの手に奪われていくのが見えた。
 だが、男の手首は強靭そのものでまりさは身じろぎすらできない。
「おねがいいいい、たいせつな、たいせつなまりざのあがちゃんなんでずううう!!!」
「わかっているって、念入りにやってやるぜえ!」
「ぞんなごど、だのんでないいいいいゆぐっ!!!」
 まりさの絶叫は唐突に遮られた。
 まりさを持ち上げていたリーダーが、いきなりまりさをぎゅうと自らの胸と腕で締め上げだしたのだ。
 ふっくらさのかけらもない鉄板のような胸部の圧迫に、まりさは悲鳴すら上げられなかった。
「だが、まずはてめえら親たちからだぜ?」
 リーダーの言葉は、まりさにとって死刑を意味した。
 なんで、こんなことになったんだろう。まりさの頬を涙がこぼれる。人間と関わらず、境界を守ってゆっくり暮らしたかっただけなのに。
 だが、まりさの運命を握る男たちは着々と準備を進めていく。
「用意はできましたぜ、アニキぃ!」
 男の一人がバイクの荷台から降ろしたのは大きな金だらい。
 だが、まりさの目を引いたのは、たらいからほくほくと立ち上る湯気だった。
「あ゛あ゛あ゛あっ、あづいの、あづいのいやあああああ!!!」
「ヒャッハー! はじめるぜえ!!!」
 まりさの絶叫は男たちの行動を止めることとはまったく逆方向に突き動かした。
「ゆっ、ゆぐうううううう!?」
 男の手で、湯気が立ちのぼるたらいに押し付けられるまりさ。
 予想した痛みに、思わずこわばるまりさの体。
 が、焼け付く痛みはまりさの体を襲うことはなかった。
 予想外に、そこは少し肌がちりちりする程度の熱湯。ただ、お湯はゆっくりの体を水よりも早く溶かす。
 きっと、そっちが目的なのだとまりさは瞬時に理解した。
 が、まりさの心に芽生えた危機感は、次の男たちの行動で瞬く間に吹き飛ぶ。
「きたねえ帽子は消毒だア!!!」
 頭が軽くなる感覚。
 間違えようがなかった。まりさにとって、一番大切な帽子が取り上げられる、おぞましい感覚だった。
「がえっ……ごぼっ、ごぼおっ!!!」
 もがこうとして、お湯を飲み込んでむせるまりさ。
 もう、男たちの手にわたった帽子がどんな運命をたどるか、見届けることもできない。
 だが、男たちはそれで終わらせようとはしなかった。
 微動だにしないリーダーの男の腕に変わり、たくさんの手がまりさへとのびる。
「ゆびゃあああ!?」
 そのうち、一つの手から感じたぬるりとした粘着質の感触に、まりさの悲鳴がほとばしっていた。
 なに、なに、まりさのからだ、なにをぬられたのおお!?
 不安と嫌悪に戸惑うまりさの疑問は、次の男たちの行動でパニックに変わった。
 まりさに添えられた男たちの手が、まりさの肌をちぎるとるように一斉に蠢き、執拗に揉みまくられていた。
「むぎゅっ、むぎゅっ、むぎゅうう! や、やべで、むぎゅうう!!!」
 激しく掴みあげられ、時には小刻みに動き、まりさの肌を存分に蹂躙していく。
「ぞっ、ぞこはらめだよおおおっ!!!」
「ん!? まちがったかなア?」
 ついにはまりさの一番恥かしいところまで進入する男たちの指。すでに余すとこなく、まりさをぬるぬるとした感触が覆い尽くしていた。
「やべでぐだざいいい!!!」
「俺たちはまだまだギンギンだぜ! YOUはショック!!!」
「な゛に゛を、い゛って゛るのかっ、わ゛か゛んないいいいいっ!!!」
 そのおぞましさに、まるで赤ちゃんのように泣き叫ぶまりさ。
 帽子を奪われ、体の自由を奪われ、子供も妻も奪われて、まりさは親として振舞うことすらできなくなっていた。
 が、その狂乱のときもようやく最後を迎える。
「てめら! そろそろこいつをシメてやりな!」
「待ってたぜええ!! ひゃっはー!!」
 男たちの掛け声に合わせて、まりさに次々と叩きつけるようにお湯がかけられはじめる。
 まりさはその間髪入れないしぶきに、もう悲鳴も上げられなかった。
 全身のぬめぬめがとれていくことだけが、唯一の救いだった。
 お湯の襲撃がようやく終わる頃、すでにまりさは全身に力が入らなくなっていた。
 ひどく疲れて、眠ってしまいたい。
 自分をも持ち上げる男の手から逃れる気力を失い、されるがままに草の上に運ばれる。
 まりさの朦朧とした意識は、いつしかまるで初夏の陽だまりのような、ぽかぽかの空気に包まれていた。
 なんだろう、このゆっくりできる暖かさは。
 うっすらと目を開くまりさの前に、屹立する黒い三角錐。見間違えるはずもなかった。それは、まりさの大切な帽子。
「おぼうしさんっ!」
 駆け寄るまりさ。
 夢ではないかと目を凝らすが、やはり奪われたはずの帽子に間違いない。
 傷やほつれだって一つもない。むしろ、奪われたときよりも綺麗になっているほどだ。
 ……どうして、きれいなっているの? いぶかしみながらも、まりさはあわてて帽子を被り、思い出す。
 そういえば、人間たちは?
 まりさの大切なあかちゃんとれいむは?
 気がつけば、森は静寂に包まれている。
 バイクの轟音も、人間たちの高笑いも、子供たちの悲鳴も聞こえない。
 何もかも夢だったのだろうかと、まりさが困惑しきったときだった。
「まりさ!!!」
 背後から、不意をつくような大声。
 振り向くと、愛しのれいむがいた。
 いつもと変わらぬ姿、人間たちに切り刻まれた様子もなく駆け寄る姿に、まりさの心に薄く安堵が広がっていく。
「れいむ、ぶじだったんね! ……ゆ?」
 駆け寄ろうとして、まりさは違和感に固まった。
 いや、違和感の正体はまりさははっきり認識している。
 れいむが、びっくりするぐらいに美しくなっていたことだ。
 狩りと洞窟での生活で茶色く汚れ、べたべただった髪の毛が、まるで鴉の濡れた羽のように艶やかになっていた。
 りぼんも本来の鮮烈な紅色を取り戻し、髪に崩れることなく結び付けられてまるでセット仕立てのようだった。
 また、その肌も土汚れ一つない美白。
 いつも顔を合わせていたはずなのに、その輝くほどの美れいむぶりにまりさの心はトキメキを隠せない。
「れ、れいむ、なんでそんなにきれいなの? すごくゆっくりしているよ!?」
「ゆ、ゆふう……ありがとう、まりさ。でも、まりさもすごくゆっくりしているよ!」
 れいむが照れ隠しに返した言葉の通りだった。
 まりさもまた、その軽くウエーブのかかった蜂蜜の色の髪の毛は輝きを放つほどに毛先までふわふわで、汚れ一つない帽子の黒と
見事な対比となっている。
「ゆううう、恥かしいよれいむう……ゆ! そうだ、あかちゃんたちはっ!?」
 ストレートな謝意にテレながら、まりさはようやく一番大切な宝物のことに気づく。
「安心して、まりさ! みんな無事だよ!」
 れいむが視線を向けた先、そこにはこんもりとした何かの小山の傍らで仲良く寄り添うあかちゃん二匹。
 まん丸の体はまりさたち同様、洗い立てのすっきりした佇まい。
「よがっだあああ、あかちゃんんんっ!」
 だが、そんなことよりもなによりも、まりさはあかちゃんの無事が嬉しくてたまらない。
 子供たちの傍へ声も上げる暇も惜しんでかけよると、あかちゃんたちは自分たちに差した大きな影に気づき、振り返る。
「おかーさんだっ!」
「おかーさんも、ゆっくりしているね!!」
 口々に喜びの声をあげるあかちゃんまりさたち。
 しかし、まりさは喜ぶよりも早く、二匹の周囲を取り囲む小山の正体に気づいていた。
「おちびちゃんたち、どうしたの? これは、人間さんのお菓子だよ?」
 はるか昔口にしたことがある、とびっきりおいしくてその味がずっと忘れられなかった人間のお菓子。様々な種類のお菓子が、
カラフルな山肌を見せていた。
 それが、親ゆっくりほどの体積ほどもうず高く積まれている。
「おかーさん、あのね、このごはん、とってもゆっくりできるんだよ」
 お菓子の小山を切り崩しながら食べる子供たちの姿はしあわせそのもの。
 だが、まりさは不安をかんじずにはいられなかった。
「人間さんのたべものとったら、怒られちゃうよ! 早くかえしてこようね!」
 まりさの焦り気味の声色に、あかちゃんれいむたちはまるで動じなかった。
「大丈夫だよ、人間さんがれいみゅたちにくれたんだよ!」
「そうだよ、すっごくゆっくりできるにんげんさんだったよ!」
「ゆゆっ!?」
 あかちゃんれいむとまりさの立て続けの言葉に、まりさは困惑のうめきをもらす。
 どういうことなのか、つがいのれいむと子供たちを見わたすまりさ。
 だが、すっかりきれいになったれいむたちは満面の笑顔をまりさに返すだけだった。


 同時刻、森を抜けて町へと向かうバイク集団があった。
 まりさたちを追い回した、ジード軍的な彼らだった。
「ヒャッハー! あいつら、さいこうにぷりちーだったぜええ!!」
 疾走するバイクのうち、一台から猛々しい声が上がる。
 続けて、ヒャッハー、ヒャッハーと応えるバイクの男たち。
 先頭を行くリーダーの男も合わせて叫ぶ。
「ヒャッハー! たまんねえ、ゆっくりは愛でだっ!!」
 その言葉に、にやりと精悍な笑いを浮かべる男たち。

 男たちは、典型的な「愛でおにーさん」だった。
 こうして休日ともなる仲間うちで野生のゆっくりを愛でにいくのが通例の、善良な市民たちである。
「今日は久しぶりに心が高ぶったわ!」
 先頭を行くリーダーは呟く。
 リーダーの心を満たしているのは、汚れたゆっくり一家を綺麗にしてあげた上に、スキンシップまでとれたことへの充足感。
 なぜなら、リーダーの吉村さんは市役所社会福祉部の生活保護課という、心労の溜まる業務をこなしている。
 心が疲れると、今日のように無垢なゆっくりとの触れ合いをたまらなく求めてしまうのだ。
 しかし、なぜ彼はつれそって十年目の奥さんではなく、ゆっくりに癒しを求めるのか。
 吉村さんは近頃、顔を会わせて話すことも少なくなった奥さんのことを思う。
 そういえば、昨日うちに届いた実に覚えのない保険の掛け金の請求書はなんだったのだろう。

 愛ゆえに人は苦しまねばならぬ。
 愛ゆえに人は悲しまねばならぬ。
 世紀末は悪魔が微笑む時代なのだ。




「きょうはむしさんのとり方、おしえるよ!」
 巣穴に、元気な声がまりさの響く。
 色々あったけど、気を取り直して教育を再開しようと呼びかけるまりさ。
「ゆう、それよりもゆっくりしようよ」
「むしさんなんて、いらないよ。おかしさん、たべようね!」
 だが、反応は薄い。
 赤ちゃんたちは魅入られたように持ち帰ったお菓子の小山に張り付き、まりさの方を振り向こうともしない。
「だめだよ、おチビちゃんたち! むしさんと、くささんを食べようね」
 そうしないと、冬ごもりで確実に死んでしまう。
 何とか、説得しようと懸命のまりさの笑顔。
 しかし、あかちゃんたちはお菓子の甘みに心の髄まで冒されていた。
「そんなの、たべものじゃないよ」
「そんなものを食べさせようとするおかーさんは、ぜんぜんゆっくりしてないね」
「ど、どぼじでぞんなごどいうのおおお!? おがーさんは、ゆっぐりじでるよおおおお!!!」
 取り付く島も無い態度と侮蔑に戸惑うまりさ。涙ながらに訴えかけるが、返事はあかちゃんまりさたちの冷笑だった。
「はいはい、ゆっくりゆっくり」
 かつて無垢だったあかちゃんたち。
 だが先日、人間たちの蝶よ華よとひたすらに可愛がられてから、あかちゃんたちは変わってしまった。
 何より人間は親よりはるかに甘やかしてくれる上に、力持ちであまいものを沢山くれる。
 この親とは大違いだと、子供たちの心に焼き付いてしまった。
「れ、れいむ。どうしよう……」
 その急変振りに、まりさは溜まらずつがいの名前を呼んで助けを求めていた。
「まりさがなんとかしてね! れいむはでかけてくるよ!」
 それなのに、愛しのれいむのそっけない返事を残して巣穴から出て行こうとする。
「また、でかけるのお!? れいむも、手伝ってよおおお!」
 まりさの顔が悲しみに歪むが、れいむは返事もせずに巣穴から飛び出していった。
 れいむもまた人間と接触して変わってしまった。
 人間の手が加えられ、この森でも有数の美れいむとなったれいむは、一変してこの森の人気者となっていた。
「まりさよりもずっと素敵なゆっくりたちが、れいむのことを好きだっていってくれるんだよ!」
 昨日の舞いあがったれいむの言葉が、まりさの心に突き刺さる楔となって今もじくじくとまりさを痛めつける。
 どうして、こんなことになったんだろう。
「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」
 呆然とするまりさの耳朶を打つ、あかちゃんたちの至福の声。
 あかちゃんたちはしあわせだという。
 れいむも今が最高にたのしくてゆっくりできるという。
 人間たちには驚かされたけで、すごく親切だったという。
 なのに、なんでまりさはこんなに悲しいの。
 まりさが、おかしいの?
 わからないよ。まりさも、しあわせになりたいよ……
 まりさは悄然とした足取りでお菓子の小山に向かう。
「おかーさん、これはまりさの……ゆべっ!」
「ど、どぼじでごんな……ぶぎっ!!」
 まとわりつく子供たちを跳ね除け、その色とりどりのお菓子を口に含む。
 甘い。
 心が蕩けそうに甘い。
 もう、このことしか考えられないほどに。

 まりさは、傍らであんこを噴出す子供たちを顧みることなく、お菓子の小山に頭をつっこんでいた。
 すると、そこは甘さだけの世界。
 苦しみも悲しみもない世界。
 まりさは幼子のように微笑む。
 ああ、しあわせってこんなにゆっくりできて、からっぽなんだね。


 まりさは、ゆっくりとしあわせの世界に沈みこむ。


 そうして、二度と戻ってくることはなかった。


(終わり)



(あとがき)
 どうも、小山田です。
 ふと、脳みそをあまり使わないで何か書いてみたくなりました。

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最終更新:2008年11月05日 23:14
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