紅魔館×ゆっくり系10 わたしのペットはよいれみりゃ 中編




朝。
レミリア・スカーレットが棺桶に籠り眠りにつくと、咲夜は自室に戻ってきた。着替えるためだ。
紅魔館の職務を一手に担っている彼女は、それでも身嗜みに気を使う。
毎日朝、昼、晩と仕事服を着替えているのだ。
パーフェクトメイドが汗の臭いを撒き散らして窓拭きをしてはいけない。
洗濯物入れに汚れた服をいれ、エプロンドレスを着替え、ホワイトブリムを頭につける。
同じデザインの服が並んでいるクローゼットを閉じ、姿見の前で服装に乱れが無いかを入念に確かめる。
いつものフレンチメイドスタイルは、型にはめたように、ぴしりと咲夜にきまっていた。

部屋を出る前に檻を覗くと、ゆっくりれみりゃが安らかな寝息を立てていた。
優しげな微笑みで、咲夜はゆっくりれみりゃの頬をぶにぶにと突っつく。
その様子には、どこまでも愛玩動物に対するものではあったが、確かな慈愛が見てとれた。
「う、う~」
「朝よ、起きなさい」
「う~~、むにゃむにゃ♪うあ~!さくやっ!さくやぁ!!」
飛び起きるゆっくりれみりゃ。1日ぶりの咲夜に喜びをこれでもかとあらわにする。
「そんなに呼ばなくても聞こえてるわよ。どうしたの?」
檻の中から両腕を伸ばすゆっくりれみりゃに、赤ん坊をあやす様に手をやって安心させる咲夜。
ゆっくりれみりゃは伸ばされた咲夜の手、その白く綺麗な指を二度と離すまいと両手でしっかりと握り締めていた。
「さぐやぁっ!いっしょにいて!ずっといて!」
「駄目よ」
即座に返ってくるにべも無い返答。
「あー!あーー!どうじでぇっ!れみりゃさびじいよぉ~~」
「私には仕事があるの、貴方だけにかまっていられる暇なんか無いの」
「う~~う~~~う~~~~」
「それじゃぁ朝ごはんね」
またも、何処から取り出したのかぺろぺろキャンディーが出された。
それを渡そうとするが、
「うー!いらない!れみりゃのゆーこときかないさくりゃなんていりゃない!ぽいするもんっ!ぽいぽい!!」
と、手を振って弾き飛ばした。
それが絨毯に触れる前に受け止める咲夜。
「そう」
とだけ言い、キャンディーを油紙に包み、檻の前に置いた。
そこは、ゆっくりれみりゃが身体ごと腕を最大限に伸ばしても、取れるか取れないかという程よい位置だ。
「じゃぁ、私は仕事にいくわね。ご飯を食べたくなったらそこに置いてあるから」
立ち上がり、しゃなりと扉へ向かう。
「まっでぇえぇぇ~~!おいでがないでぇ!れみりゃもづれでっでぇ!おぞどでだいぃ~~!!」
無視。
「おぞど~!!れみりゃのゆぅこときかないと、たべちゃうぞぉ~~~!ぎゃおーー!がぁおぉ~~~!!」
泣き叫びながら鉄格子を揺らすゆっくりれみりゃへの返答は、扉の閉まる乾いた音だった。
「あ゛~~~~~~~~っ!!!」

昼。
餌やりを頼まれた妖精メイドは、檻の中から必死に手を伸ばしてキャンディーを取ろうとしているゆっくりれみりゃの姿を見た。
前日とは違う妖精メイドは訝しげにその様子を見守る。
必死の形相でうずくまり、顔を鉄格子に押し付け、そこから限界まで伸ばされた腕がぷるぷると震えているのはどこか滑稽だ。
喜劇めいた何かを感じる妖精メイドの脳裏に、それは何かの仕込みなのか?という疑問が浮かぶ。
「何やってるの?」
「うあ゛ー!それとって!れみりゃのきゃんでー!!よこせ!!」
空腹で気が立っているのか、いつもの余裕がない。
命じられた妖精メイドは嫌な顔ひとつせずにそれを拾い、丁寧に包み紙をとってからゆっくりれみりゃに渡してやった。
「どうぞ」
「うあーい!ぺろぺろ、おいち~い♪」
幸せそうな顔でキャンディーを嘗めるゆっくりれみりゃ。
「昼食がありますけど、どうしますか?」
「う?たべるぅ~♪」
メニューは、苺のサンドイッチとツナのレタス包み、デザートにはパンプキンパイだ。
やはりゆっくりには度の過ぎる餌だった。
しかしこの妖精メイドは人(妖精?)が出来ているのか、そんな食事を目にしても表情を揺らさなかった。
「どれが食べたいですか?」
「う~~~~~、それ!」
サンドイッチを指差した。
「どうぞ、召し上がれ」
「う~、あむあむ」
妖精メイドはサンドイッチを手ずから食べさせた。馬に人参をやるような感じだろうか?
しかし、一口二口と食べると、なぜかゆっくりれみりゃは顔をしかめた。
「ゔあ゙~!ずっぱい!!それいらないっ!!ぽいすりゅっ!!」
甘酸っぱい苺が混じっていたのか、激しくいやいやをするゆっくりれみりゃ。
妖精メイドの手から落ちるサンドイッチ。
運良く絨毯には落ちずに、お盆に落下した。
ゆっくりれみりゃは、口直しとばかりにキャンディーを嘗めようとする。
しかし、妖精メイドがその手を掴み取り、捻り上げた。
「う~!はなせぇっ!!きゃんでー、ぺろぺろするのぉ~。う~~~」
引っ張られた腕を必死に引っ張り返すが、びくともしない。
「どうして……」
「うー!うー!!はなせっ!きゃんでー!きゃんで~!!れみりゃのきゃんで~~~!」
「どうしておまえみたいなのに……」
妖精メイドは微塵も力を込めているようには見えないが、ゆっくりれみりゃのでっぷりとした腕は万力に締め付けられたように歪んでいく。
すでにキャンディーは手に無く、サンドイッチの上に落ちていた。

ゆっくりれみりゃは、とうとう痛みに耐えられなくなったのか、顔を真っ赤にして涙を流してうなっている。
自由な左手で鉄格子を掴み、離れようと体ごと引っ張るが、妖精メイドは身じろぎもしない。
さらに掴む力が強まっていく。それにつれて泣き声も大きくなる。
「うわぁぁああ!はなぜぇっ!!」
「どうして!咲夜さまはお前みたいなブタなんかにっ、そのご寵愛を与えているのッ!?首輪までしてもらって!!!」
「れみりゃはぶたじゃないぃ~~!きゃぅ~~!?」
「うるさいっ!なんでお前ばっかりィ!!お前なんか!お前なんかぁっ!!」
「うぎゃ~~!!はなじでぇっ!!れみりゃのごっどはんどがちぎれぢゃうぅ~~っ!!」
ゆっくりれみりゃの右腕は、その言葉と同時にウィンナーのようにぽっきりと折れた。
皮一枚で繋がっていたが、それも後ろに倒れたせいで千切れてしまっていた。
「あ゙~~~~!れみりゃのごっどはんどがぁあ゙あ゙ぁ~~~~っ!!!」
痛みに転がるゆっくりれみりゃは見た。
恍惚とした妖精メイドが、千切れた自分の右腕の指先を口に含み、べろべろと嘗め回しているのを。
さらに空いた手をスカートに忍ばせ、何かを弄り回している。妖精メイドの頬が染まり、息が荒くなる。
「ああっ!咲夜さまぁ。咲夜さまはこの手に自らのしなやかな手を絡めさせたりしたのでしょうか?」
「ゔ~~!れみりゃはたべものじゃないぃいいぃ~~~っ!!」
「誰がお前などを食べるものかッ!!」
「ひぃっ」
指を嘗めしゃぶっていたときの艶めいた表情から一転、憤怒の形相で雷鳴のような怒号。
「ゔ、ゔ~~!おまえ、しゃくやにいいづげでやるぅ~~!!しかられちゃうんだぞぉ~!いいきみだっ!だどぉ~~♪」
「…………」
「うっう~うあうあ~♪あゔっ!」
妖精メイドは無言で、千切れた右腕を、踊るゆっくりれみりゃの顔面めがけて投げつけた。
「ぶわー!ぶわ~~~!!しゃくやぁあああ!しゃくやぁあぁぁ~~~!」
泣きながら檻の中に返ってきた右腕を拾い、くっつける。そのまま震えていると元に戻った。
「おまえがれみりゃにひどいことしたっで、さくやにいっでやる!あやまったっておっそいんだぞぉ~♪」
「……そう」
妖精メイドの抑えられた声。その変化を、ゆっくりれみりゃは怯えているからだと判断した。
昨日の妖精メイドもひどい事をしたが、咲夜の名前を出したら最後にはご飯をよこした。
だから、そこで調子に乗るゆっくりれみりゃ。
「でもぉ、あんまいものをもっできだらぁ、ゆるしてあ・げ・るゅぅ~☆れみりゃはこころがひっろいんだどぉ~♪」
「ふぅ、何が欲しいの?」
「ん~~~?ぷっでぃん!にっぱ~」
「お昼ご飯を食べ終わったら、いくらでも持ってきて上げます」
先ほどまでの嵐が嘘のように静まっている。
同僚の妖精メイドであれば、この静けさに恐れをなすが、ゆっくりれみりゃはわからない。
ただ、自分の言うことを聞くようになったとしか思わない。
「い~らない!それよりぷっでぃんいっぱいもってきて!おなかいっぱいたべるぅ~♪」
「駄目です。これを食べないと咲夜さまに言いつけますよ?」
自分の常套句を聞かされても、う~?と首をひねることしかしない。
「さくやはれみりゃのみかただもん♪おまえのゆーことなんかきかないもんっ♪」
「馬鹿な肉まん。咲夜さまがお前の言うことを聞くだなんて、本当に思っているの?」
「う」
朝、ずっと一緒にいて欲しいという自分の嘆願を無視した咲夜が、ゆっくりれみりゃの脳裏をよぎる。
この妖精メイドにその不安を見透かされたような気がした。
「うゔ~~、きぐもんっ!じゃくやはれみりゃのゆーごどぢゃんどぎぐもんっ!!」
「他の妖精メイドたちは恐れているけど、私には通用しない!誰よりも咲夜さまを敬愛している私にだけはっ!!」
「うあ~!いいづけでやる゛!!ぜっだい、いいづげでや゛る゛ぅ~~!」
「うるさいっ!咲夜さまはお前の言うことなど聞かない!!聞くわけがないんだっ!!!」
その言葉がゆっくりれみりゃの心を刺す。
妖精メイドはゆっくりれみりゃの顔を、中身がはみ出そうなほど力強く掴んだ。


「う゛ぎゅぅ~~っ!」
そのまま無理やり口をあけて、ぐいぐいと食べ物を詰め込んでいく。

「咲夜さまはね?私に、餌やりを頼むわねって仰ったのっ!その信頼をっ裏切るわけにはいかないのよッ!!」
「あがぁ~~~!あがぁあがぁぁぁぁ~~ッ!!」
「ほらっ!ちゃんと食べなさい!!これも!これも!これも全部!!」
「ぎゃはっ!げはっ!んがぐぐッ!!」
サンドイッチはもちろん、レタス包みも満足に噛むことすら許されず、そのまま喉奥に突っ込まれていく。
さらには、落としたキャンディーも棒ごと突っ込まれた。
「ああ、この咲夜さま手製のデザートだけは私が食べてあげます。あなたにはもったいなさ過ぎる」
苦しみのたうち回るゆっくりれみりゃの前で、幸せそうにパンプキンパイをむさぼる妖精メイド。
ゆっくりれみりゃは嗚咽をあげながら、ただ震えていた。

夕方。
ただぼけっと、窓から流れていく雲と、色が移り変わる空を見上げているゆっくりれみりゃ。
黒から白、さらに青を経て茜色に染まる空は、自分がいなくとも世界は巡ると見せつけられているようで、ゆっくりれみりゃは心がへし折れそうだった。
前日と同じように、いくら泣き叫んでも咲夜は来てくれなかった。
それが「諦める」ことに抵抗する力を弱くしていく。
扉が開かれる。
さっと振り返るゆっくりれみりゃ。その目元は赤々としており、ややふやけている。
咲夜だ。
翳りのある顔が、とたんに明るくなる。しかし、再び暗いものになった。恐れていると言っていい。
昼の妖精メイドが続いて入ってきたからだ。
泣き出し、妖精メイドを指差しながら、
「さぐやぁ!ざぐやぁあ!わるいのがいるぅ!!そいつをめってしで!!」
と一生懸命にうったえる。
普段であれば、虐められたことなどとうに忘れているのだが、檻に閉じ込められてからは何もすることが無い。
凪のような平坦な日々だから、ほんの少しの出来事が嵐のように感じられ、記憶に残りやすくなっていた。
ゆっくりれみりゃの脳裏には、腕を千切られ、殴られ、無理やり口に突っ込まれたことが鮮明に映る。
その中でも、もっともその心を抉り取った信じがたい一言は思い出したくもないほどだった。きっとそれは忘れることは出来ないだろう。
だから、泣いた。だから、咲夜に罰を訴えた。
「どうかしたんですか?」
二人の背後から、もう一人現れる。美鈴だ。
「ゆっくりゃが泣き出しただけよ。あなた、なにかしたの?」
咲夜が傍らに控える妖精メイドに問いかける。それに対して妖精メイドは
「餌やりの際に、多少我が侭を言ったので、乱暴に扱ってしまったかもしれません。お怒りであれば、謹んで罰を受けましょう」
何故か頬が桜色に染まっている。
「……餌は食べさせたの?」
「はい。しっかりと」
「ならいいわ。明日からも頼むわね」
「! はい♪」
「ゔ~~!ゔ~~~~!!だめぇっ!めっでぢで!!めっでずるのぉっ!!!」
咲夜が言うことを聞かない。それを恐れているのか、がしゃがしゃとやる。
咲夜は屈み、そんなゆっくりれみりゃと目を合わせ、にっこりと微笑む。
「う?れみ☆りゃ★う~☆にっぱ~~~」
「わがまま言わないの」
額にでこぴん。
「うぎゃっ」
ゆっくりれみりゃは、何をされたのかわからず目を白黒させておろおろしていた。
「明日から、昼はずっとこの妖精メイドが餌を持ってくるのだから、態度を改めなさい。誰も嫌がるところを立候補してくれたのよ」
「!?」
「よろしくお願いしますね♪」
「う、うあ゙っ!うわ゙ぁあ゙ぁあ゙~~ん!い゙や゙ぁあ゙ぁ~っ!!」
「あなたは戻っていいわよ」
「はい。失礼します」
顔合わせが終わったので、妖精メイドは退室する。
「美鈴」
「何をすればいいんです?」
「ゆっくりゃが外に出たいってうるさいから、連れてってやって」
「え~っと、じゃぁ檻から出してくださいよ。一休さんじゃないんですから」
しかし咲夜は檻を開けるそぶりを見せず、
「このままでいいわよ」
などと、しれっと言う。
「おそと!だして!ここからだして!!」
歓喜に沸くゆっくりれみりゃ。
「えっと……檻ごと持って行けと?」
「軽いもんでしょ?」
「100kgくらいはあるんですけど」
「この部屋に入れたときも軽く持ってたじゃないの」
「くぅ~~」
「だいたい、この館でそんな重いものを持てるのは、お嬢様方とあなたくらいなんだから、力仕事が回ってくるのは当然でしょう」
「まぁ、そうなんですけどね」
渋々と檻を持ち上げる。しかし、まるで重さを感じさせない所作は流石というべきだろうか。
「ぶぎゃっ」
ゆっくりれみりゃがバランスを崩し、鉄格子に顔面をぶつける。
「うわっ!なんで!!だじでっ!!ざぐやぁ!!だざないど、だべぢゃうぞーーー!!!」
二人はそれを意に介さず、そのまま咲夜の部屋を出て、玄関ホールへ向かう。
「で、どこらへんに置けばいいんです?」
「適当に、あなたの目の届く場所でいいわ」
「ぎゃおーーーっ!!!だぜええええ!!れみりゃをごごがらだぢでぇえええ!!」
「はぁ。檻から出さなくても?」
「目を離さないように言っても無駄でしょう?」
「あはは」
ジト目で見つめる咲夜に、笑ってごまかす美鈴。
「お嬢様もそろそろお目覚めになる頃だし、よろしく頼むわね」
「はい」
「じゃぁ、私はお嬢様のお食事の用意をするから。ゆっくりゃには何か適当に与えて頂戴、あなたの夕食はあとで妖精メイドに持っていかせるわね」
玄関ホールで咲夜は消える。時間を止めて移動したのだろう、今頃は調理場で食材の腑分けをしているのかもしれない。

美鈴はそのまま門前に出た。100kgを抱えているとは思えない、いつもどおりの足運びで定位置にやってくる。
美鈴はいつもこの場所で寝大仏よろしく横臥しているのだ。
ゆっくりれみりゃが周りに咲夜がいないことに騒ぎ出す。
「さぐやはぁ?ざぐやぁ~~!」
「咲夜さんはお嬢様の朝食を作りに行ったわよ」
「う?う~~!おっじょさま!れみりゃ、おっじょさまぁ~♪ご・は・ん~~☆」
お嬢様、というのが自分のことだと思ったのか、さっきまで泣き叫んでいたのが嘘のように嬉しそうな顔をする。
ゆっくりれみりゃのその様子が、その言葉が、美鈴の逆鱗に触れた。
いや、むしろ美鈴の逆鱗というより、紅魔館の従者全ての逆鱗と言ってもいいだろう。
その言葉を咲夜の前で言っていたら、一瞬後にはナイフまみれになっているに違いない。
檻を放り投げる美鈴。
どう投げたのか、それは複雑な回転をしている。
檻の中でまるでお手玉のように跳ね回ったゆっくりれみりゃ。
痛ましい悲鳴が断続的に聞こえたが、それを気にするものはここにはいない。
重厚な音を響かせて角から地面に刺さった檻を、蹴り転がしてきちんと地面に置く。
「うぎゃっ、うげぇっ!」
すでにゆっくりれみりゃはぼろぼろだ。体中がすりむけているし、身に着けているものも所々が切れている。
涙や鼻水は流しているし、回転で酔ったのか、口から何かを吐いてもいる。
恨めしい目つきで美鈴を見上げている。
その生意気な小汚い顔を目掛けて美鈴の蹴りが飛ぶ。
「ひぎゅっ!」
重い音が響き、鉄格子が折れ曲がった。それが目の前まで迫り、怯えすくむゆっくりれみりゃ。
「お前のどこがお嬢様だ!ふざけた事を言っていると湖に叩き落すぞ!?」
それを真っ向から見下ろす美鈴の目が危険な光を帯びている。殺す光だ。瞳が、まるで爬虫類のようなものに変貌している。
力の無い人間がそれを見たら、凍りついたようになり、死を受け入れるに違いない。
常に傲岸なゆっくりれみりゃも、まるでオコリが起こった様に震えている。
しかし美鈴はぎりぎりで踏みとどまっていた。
先代のペットを難癖つけて処分してから日があまり経っていないし、連続してペットが惨殺されたらさすがの咲夜も可哀想だと思ったのだ。
「そこらへんは気を使わないと……」
いろいろな意味で気を使い、怒気を鎮めていく美鈴。火山のような熱気が薄まっていく。
折れ曲がった鉄格子をまっすぐに直すと、
「ほら、お外だよ。そこでゆっくりしてなさいな」
とだけ言って、いつもの姿勢で眠りだした。
美鈴が夢の中で楽しんでいる頃、ゆっくりれみりゃもひさしぶりのお外を楽しんでいた。
あいかわらず檻からは出られないが、咲夜の部屋では感じられないさまざまなものを、肌で感じていたのだ。
そよぐ風、木々のざわめき、大地の匂い、草いきれ、小鳥たちの囀り。
流れ往く雲、色を変えていく空などは咲夜の部屋からでも見ることが出来たが、ひさしぶりに外で感じるそれらは、ゆっくりれみりゃの心に迫るものをもたらした。
「う~う~♪うあうあ~~♪」
久しぶりに満たされた気がする。
ゆっくりれみりゃは思った、あの部屋で感じた寂寥はもうない。
この体をくすぐる風が心地よい。ゆっくりれみりゃは久しぶりに感じる自然を満喫していた。

やがて日も沈み、門番メイドたちが、篝火を灯し始めていく。
虫達の合唱が聞こえてくるころ、ゆっくりれみりゃは再び焦がれていた。
ひとつ環境が改善されると、もっと良くして欲しい、もっともっと良くして欲しいと、際限なく膨らむ。
ゆっくりはその傾向が異常なほど強い。
今朝、咲夜に置いていかれて、窓から見上げる空だけで満足するしかないと思っていたところを、外に出された。
一度諦めかけていたところに希望を見せられたのだ。
膨れ上がるものを止める術なんぞはもともと持ち合わせていない。
ここに置かれてから今まで、何度もそばで寝ている美鈴に、「そとにだして」とお願いした。
だが美鈴は聞こえた様子もなく、そのまま寝こけていた。
たまに通りかかる妖精メイドに言ってみても、こちらを見て笑うだけで、通り過ぎていってしまう。
伝家の宝刀を抜き放っても意味はなかった。
膨れ上がった「外に出られる」という想いががまた萎むのに、さして時間はかからなかった。
完全に夜闇が世界を包み込む頃には、そんな願いは再び冷え切っていた。
それにつれて、「もしかして」という想いが強くなった。
すぐそこにあるのに触れられない。目の前にあるのに届かない。
夜空に瞬く数多の星々を見上げ、両手で掴み取る動作をする。だが開いた手を見てもそこには何も無い。
そんな空虚な感覚がゆっくりれみりゃを支配する。
たしかに外に出られはした。だが、真に外に出られることは、もう死ぬまでないのではないだろうか?
朽ちて動かなくなるまで、この堅く冷たい檻に閉じ込められ続けるのではないだろうか?
自分の言うことを聞かない咲夜。自分にひどい事をする妖精メイド。自分を閉じ込める咲夜。自分を独り置いていく咲夜。
今までゆっくりれみりゃはこんなことを考えたりはしなかった。
だが、ここ数日の平坦な日々が記憶を留めさせ、それを消し去る術を持たないゆっくりれみりゃはそれを思い出し続ける。
漠然と、これからもこんな事が続くのだろうか?と思い始めてくる。
何かの芽生え。ほんの小さな、まだ芽ともいえないような芽生え。
それがなんなのか、どのような色彩の花を咲かせるのかは誰にも、ゆっくりれみりゃ自身ですら分からなかった。
それがいつ咲くのかも。



起承転結の転かな。
自分が納得できる展開にしようとしたら、無駄に長くなってしまった。
後編は近日公開予定!?

著:Hey!胡乱

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最終更新:2008年09月14日 18:36
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