闇のなか

虐めどころかゆっくりですら無いと感じるかもしれません

もし収録していただけるなら投棄場へ、判断に困りましたらスルーしてください






闇のなか


「まいったな・・・」

穴の中で一人ごちる。
外は大雨、槍のような雨粒が地面を穿っていく。
山の天気は変わりやすいというが、之ほどの物とは思わなかった。
力なく胡坐をかいて空を睨む。
もっとも俺なんかが睨んだところで痛くも痒くも無いのだろう。
どうもそれが機嫌を損ねたか、雨足は次第に強くなって行った。
そして日が暮れ事件は起こった。

「んむおっ!!?」

ガラガラと山肌が削られ、大小様々な石ツブテが濁流となって迫り来る。
間一髪 逃げおおせたものの、出口は閉じられ、辺りは一面の闇に包まれた。

ぴちゃり、ぴちゃり

雫の跳ねる音だけが光の無い世界に響く。
あれからどれだけたったのだろう。
脳まで泥水に浸ったのか。もはや何も判らなく、考えられなくなっていた。
やがて雨は止み、音さえも彼の世界から消えていった。
何も無い世界は本当に恐ろしい。
時間がわからない程度ならいい。
やがて手足の感覚が無くなり、全身から痛みが消え、熱を感じなくなっていく。
寝ているのか覚めているのか、そもそも自分は生きているのか。
上も下もわからない中、ただただ延々と心が削られていく。

そんな彼が朽ち掛ける頃、その耳に懐かしい人の声を聞いた。

「こんにちは」
「誰だ!? そこに誰かいるのか!!?」

驚いて声を張る。
意識した訳ではないが耳が麻痺し、もはや音の大小すら判別つかなかった。

「おおきいこえださないでね、びっくりするでしょう?」
「あ、ああ!! すまない!! あんたはどこに居るんだ!!?」

謝罪をしても興奮は冷めず、男はさらにがなり立てた。

「あなたのうしろにいるよ。そう、そっちのほうだよ」
「あんたは俺が見えるのか!!?」

見えないけど馴れてるから、その人はそう男に答えた。
男は戸惑っていた。こいつはどこから現れたのか。そして何故今になって声をかけるのか。
様々な疑問が脳裏をよぎる。されどそれは些細なことでしかなかった。
この闇の牢獄で俺の相手になってくれるなら、妖怪だろうが死神だろうが誰でも構わなかった。
そうして2人の奇妙な日々が始まった。

「あんた・・・女かい?」
「そーなの、かな?」
「はっきりしねぇな・・・名前は?」
「よばれたことが ないから、わからないよ」
「どういうこった?」
「みんな、わたしをみると こわがって にげちゃうんだよ」
「そいつは難儀だな」
「だから、その・・・あなたみたいに はなしてくれるひと はじめてかも」

闇の中、その姿とやらを思い浮かべる。
大の大人が逃げ出すとは余程恐ろしい形相か、あるいは見るも無残な醜い面なのか。
ただその柔らかい声を聞いていると、どうにもそんな想像は出来なかった。
結局イメージが固まらず、ついと話題を変える。

「そういや どうしてここに? あんたも雨宿りかい?」
「みんなが こわがるから、おひさまが たかいうちは ここにいるの」
「すると ここはあんたの家だったのかい。こりゃすまなかったな」
「ううん。いまとてもたのしいから」

生き埋めになって楽しいとは肝の太いことだ。
そのことを男が囃すとあんたは照れて、2人して笑い転げた。
それからは矢のように時間は過ぎていった。
あんたとの会話は楽しく、眠ることさえ忘れるほどだった。



「あー・・・死ぬかも」

ぐぅ、と男の腹の虫が泣き声をあげる。
空腹はとうに限界を越え、穴が開かんばかりの鈍痛が日増しに重くなっていた。

「だいじょうぶ?」
「あんたに拾われた命だが・・・もう危ないかもな」

無理やり笑うも力が入らない。
そんな男を、あんたは ただ静かに見つめていた。
それからまた時間が流れ、男もいよいよ覚悟を決めた頃、彼女は重い口を開いた。

「ねぇ、わたしたち・・・ともだちよね?」
「今更何を・・・あんたは俺の最高の親友だ・・・」
「そう・・・ありがとう。じつはあなたに あやまりたいことがあるの」
「何だ・・・? 実は死神ですってか・・・?」

いっそそうなら、もっと楽だったかもしれない。

「じつは、おまんじゅうが ひとつあるの」
「なん、だって・・・」
「それを・・・あなたに、たべてほしいの」
「あんたは・・・いいのか?」
「わたしは・・・むねがいっぱいだから。」

あなと居ると、いっぱいになっちゃった。

薄れ行く意識の中、あんたの声が遠くなっていく。

「わたしは、すこし、ねむるわ。あなたも、たべたら、やすんでね」
「ああ・・・すまん」

さあ、おたべなさい。
優しく儚いその声は、ひどく耳にこびり付いた。
腕の中に抱かれた饅頭はとても温かく、少ししょっぱかった。
久々に腹の満たされた男は、そのまま深い眠りについた。
まどろみに落ちる刹那、一人の少女の笑顔が見えた。



「大丈夫ですか? しっかりしてください」

忙しない騒音と、全身を揺する振動で目覚める。
そうして開いた瞳には、痛いばかりの太陽と、多くの人々の顔が映った。
10日ぶりに掘り出された男は、衰弱こそしていたものの命に別状はなかった。
男は熱病にかかった様、もう一人、もう一人と訴え続けた。
だが結局、猫の子一匹見つかることはなかった。



あれから随分と立つが、あいつが何だったのかは判らない。
妖怪か、死神か。ただそれは幻ではなく、あいつと過ごした時間は本物だ。
またいつか会えた日には、きちんと礼を言おう。
そしてその顔とやらを拝見させて貰うのだ。
そうして今日も、未だ顔見ぬ親友に、一人静かに思いを馳せる。
赤いリボンを机に置き、男はうんっと背伸びをした。


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最終更新:2009年03月05日 00:57
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