ゆっくりいじめ系2324 永夜緩居[三匹のゲス、三匹目-ゴロツキ](前編)

秘されし技、秘技、秘剣というものがある。
大抵門外不出であり、技の全貌は明かされることはなくその使い手の切り札とされる。

技の全貌を明かさないのは大抵の場合、敵対する流派や剣士にその技の対策を取らせないためだ。
が、秘する理由はそればかりとは限らない。
例えば、そもそも明かすような実態の無いただのハッタリという場合もある。

あるいは、その技の存在自体が忌避されるような技であるか。
ゆっくりようむのみょんが修めた流派の秘剣はそんな外法と呼ばれる類の技であった。

何故その技の存在さえも忌避されているのか。
その理由は簡単だ。
その技が放たれるべく想定された相手がゆっくりでも蟲でも獣でもないこと
そう、人を傷つけるための技であったからである。

ゆっくりが群社会を持つ上で、人と敵対することは致命的と言っていい。
故に人に対して理由も無く不易になることをするゆっくりは例外なく群のゆっくりから忌み嫌われる。
当然人を傷つけるために編み出された剣技など存在自体があってはならない。
人に知れれば人間は怒り、ゆっくり達を駆除することを決断する材料となりかねない。

だというのに何故このような技が編み出されたのかは定かではなく
それはこの技を編み出した流派の開祖に時を遡るかあの世にでも行って会ってきて聞いてくるしかない。


さて、それにしても如何にして少し鋭い木で出来た棒切れなぞでゆっくりが人を傷つけうることが出来るのか。
大抵の秘剣と呼ばれる技の例に違わず、この秘剣も一種の奇襲による技であった。
それはゆっくりと人の体格の違いと、ゆっくりはそうそう高く跳躍することは無いという刷り込みを利用したものだった。

まず、ゆっくりの跳ねる高さは高くても精々人間の胸程度というのが常識だ。
しかしこの常識を破る技術が存在する。
紙鞠でもなんでもいい、空気を入れて膨らます類の球を思い浮かべて欲しい。
それはどれくらい空気を入れた時、もっとも高く弾むだろうか。
言うまでも無くそれはパンパンに膨らむまで空気を入れた時である。

それを、ゆっくりの体で行う。
最初は普通に一跳ねする。
そして跳躍の高さの頂点に達した瞬間に合わせて空中で限界まで息を吸い込む。
並のゆっくりの肺活量でじっくり時間をかけて吸える分の何倍もの空気をこの一瞬で体内に取り入れることにより
空気でパンパンに膨れ上がったゆっくりが出来上がる。
この体のまま地面に降り立ち全力で跳躍することにより、ゆっくりは人の身長を越える高さへの跳躍を可能にする。
だが限界まで膨れることは、それだけでゆっくりの全身の神経を痛めつける。
さらにその状態で地面に体を叩き付けるのだからその痛みたるや想像を絶する。
大抵のゆっくりは地面にぶつかった時点で痛みの余り悲鳴を上げて息を吐いてしまう。

しかしこの自らの体を限界まで痛めつけた末に得られる肺活量と、想像を絶する痛みに耐える忍耐により
ゆっくりは直立する人の頭上まで飛ぶことが出来るのだ。

ゆっくりようむの身に着けた秘剣はこの技術を基本とする。

ただ頭上に飛び上がるだけでは人間にとって大した脅威とは言えない。
そこで、人の死角を利用する。

人はゆっくりと相対するとき、必ずと言っていいほど首を曲げて斜め下を向く。
ゆっくりと人間の身長差から言ってそれは自然なことだ。

ところで軽く俯いた状態で額のやや上程度の場所に何かを持ち上げて見て欲しい。
きっと視界に入らないだろう。
そこはゆっくりと相対する人間の視界の死角だ。

この技は人の死角を狙う。


ゆっくりと相対した人間が何かをしようと手を伸ばしたその瞬間、まず最初の一跳ねする。
この時人が思い描くゆっくりの軌道はどんなものだろうか。
そのまま着地と同時に走って足の間を抜けて逃げる気か
Uターンして背中を見せたり両端から逃げようとするかもしれない
それとも決死の覚悟で足に体当たりでもするか
はたまたもう一度跳び上がり胸か腹に突っ込んでみるか
ゆっくりを知っている人間ほど、ゆっくりの描く軌道の固定概念から抜け出せない。
ゆっくりが直接自分に致命的な危害を加え得る可能性に意識の手が回らない。
そこに意識の死角がある。

跳ぶのは、人の意識と視界の外。
だから最初の一回目は目では追えない。
手は地上を這うはずのゆっくりに向かって伸びている。
だから最初の一回目は防げない。
そしてゆっくりは人の頭上に飛ぶ。



狙うのは頭では無い。
視界から消えて呆然としているその瞳。
跳びあがる際につけた回転のままに口に咥えた刀、とゆっくりの間で呼ばれる鋭い木の枝を振り下ろす。
一度振り下ろせばたとえ目を瞑ろうとも瞼ごと人の片目から光を奪う。
だがもう片目が残っている。
だからもう一回転する、勢いのまま空中で。
痛みに怯え、怒り狂う人間の顔が再び目に映るだろう。
この時には顔との距離は離れいくら刀を振り回しても人の目には届かない。
だから体に溜めた空気を使う。
全身に蓄えられた空気を一気に噴出して口に咥えた刀を放つのだ。
もはや剣術と言うよりは含み針の類に近い技だ。
手が無く口に獲物を咥えるしかないゆっくりだからこそ発達した技だった。
それで瞼ごと人の目を貫く。

そしてこの秘技が放たれた跡、相対する人は光を失う。



それがこの外法と忌み嫌われた秘剣の全容である。

あるゆっくりの下で修行に励んでいたみょんは
この技も何度も何度もがむしゃらに修練して習得した。

この技自体に対して何か習得すべき理由があったわけではない。
学んで覚えられる技ならなんだってよかった。
みょんはがむしゃらにその流派の技を習得して行った。

理由はただ一つ、強くなりたかったから。
強くなって何かをなしたいのではなく、ただただ強くなりたかった。
両親には何度も止められた。
ゆっくりの身で強さなんて求めて何になる。
どんなに修行したって木の枝を振り回して人間が倒せるわけで無し。
この幻想郷にはそんな人間が手も足も出ないような恐ろしい妖怪だって居るのだ。
それなのに強さだけ追い求めて何になる。
ゆっくりにはゆっくりの身の丈に合ったゆっくりした幸せがあるというのにと
両親は嘆きながらみょんに説いた。

だがみょんは取り合いもしなかった。
別に両親と特別仲が悪かったなんてことは無い。
それでもみょんは強くなる道を選んだ。

やがて、免許皆伝となりさらなる修行に励んでいたみょんにあるゆっくりが言った。
「そんなきのえだふりまわすよりたいあたりしたほうがつよいよ!」
みょんはそのゆっくりに対して自分の修めた剣の理を説いて説得しようとした。
しかし元々弁論に長けていたわけでもなく
ひたすら剣の修行に励んできたみょんにはそのゆっくりを説得することが出来なかった。

だから仕方なしに、みょんはそのゆっくりを斬り捨てた。

わざとそのゆっくりを煽り立て、酷い暴言を吐いて向うから突っかかってくるように仕向け
そして体当たりで向かってきたそのゆっくりを額から、木の枝とそいつが呼んでいた木剣で引き裂いた。
襲われて仕方なく、という形をとっておけばこの群では早々咎められることは無い。
「ゆべ……っ?」
木剣は簡単にそのまりさの額を切り裂いた。
堰を失った餡子が中からだくだくと流れ落ちて木剣を伝いみょんの舌にまで流れ落ちた。
舌が痺れるほどの甘さになんて美味なのだろうとみょんは身震いした。
「どぼっ、どぼぢっ……ばりざばあ゛ぢだれ゛い゛む゛どいっじょに゛でーど……でーど……」
「さんずのかわのほとりでやれみょん」
未練がましく呻くまりさに小声で耳打ちする。
驚愕の表情を浮かべ切り裂かれた顔面の皮から餡子を垂れ流して絶命したそのゆっくりを見てみょんは満足し確信した。

自分の歩んできた道は間違っていなかった、と。

思えば練習の際に試合をしてお互い怪我をすることはあっても、こうして本当にゆっくりを殺したことは初めてだった。
たった一つのその経験だけでみょんはこれまでの何倍も大きく、強くなったような気になった。


翌日、正当防衛を周りに認めさせた後すぐに剣の修行を始めた。
また前と全く同じように剣の修行に勤しんだ。

そのさらに翌日、剣の修行をしているみょんを見た師匠から破門が言い渡された。


ゆっくりを忘れたゆっくりに剣の道を行く資格無しと告げられ
茫然自失のみょんは我に返るとすぐに住んでいた群から逃げ出した。

みょんのやったことが師匠に見抜かれたことはすぐにわかった。
そしてそれを咎め、みょんに破門を言い渡したことも。

しかしみょんはそんなことよりも、破門の際に行われる断舌の儀のことの方が問題だった。
ゆっくりは剣と言わずものを持つ際は舌を器用に使う。
断舌の儀は、そのゆっくりがもう二度と剣を握れないように舌の腱を傷つけてしまう、破門されたゆっくりに対する慣わしだ。
昔は本当に舌ごと断ち切ったらしい。

罪の意識などより、いやそもそも罪の意識など殆ど感じていない。
剣の道を行けなくなる、それがみょんにとって何よりも優先する一大事だった。

だからみょんはその流派の門下の手の及ばないところまで逃げた。

そして、遠くのゆっくりの群に辿りつき
ろくに狩の仕方も知らずに剣ばかり振り回してきたみょんは
ゲスゆっくり達の用心棒のようなことをして食いつないだ。

ゲス達が自分の前で自分の力を笠に着て何をしても別に心は痛まなかった。
それよりもみょんにとっては自分が思う存分剣の修行をするために食いつなぐ事の方がよほど大事だった。
ゲス達は用心棒のみょんに強くなることを求めその代価に食べ物を貰う生活はみょんにとって中々悪くなかった。

だがその内にそれでは物足りなくなった。
修練を積むことは強くなるための大前提である。
だがそれだけでは伸びない。
みょんは自分の技を実践する場を欲するようになった。
それはゲス達がする弱いもの虐めに駆り出される程度ではとても満たされなかった。

みょんは用心棒だけではなくゲス達の依頼を聞いてキナ臭い仕事をするようになった。
危険な仕事とその過程で不可避となる命の獲り合いの中で自分の剣技が磨かれていくことにみょんは心から歓喜を覚えた。

だが、危険な仕事をこなすことはそれだけ敵を多くする。
顔も知れて仕事もやりづらくなる。
別にみょんはそれでも困らなかったがそれまでみょんの事を使っていた連中は急にみょんに仕事を渡すのを控え始めた。
そちらの方がみょんには堪えた。
仕事が減れば食い扶持が無くなりその分剣の修行に費やしていた時間を生きるために費やさなければならない。
それにみょんの使う木剣は消耗品だ。
使っていれば当然折れる。
みょんは常に二本以上携帯するようにしているが、これが結構値が張る。
木の枝や木片を砥石で丁寧に丁寧に削って行ってやっと一本出来上がる。
作るのに一本一月ほど、長いときは二、三ヶ月はかかる。
当然いいものほど時間はかかるしその分値も上がる。
ゆっくり同士の取引なので基本的に食べ物でやり取りがなされる。
なので食い扶持が減ることはみょんにとって死活問題だった。


そんなみょんの想いとは裏腹に依頼はどんどん減っていった。
みょんは仕方無しにこれまでの生活を諦めて
何か別の手立ては無いかと今までの依頼主から情報を集めて突破口を探した。
みょん自身もよくあっさりとこれまでのやり方を捨てて別のやり方を選んだものだと思った。
恐らくそれまでの依頼で得られていたスリルに飽きたのだと思った。
もう少しマシな相手が欲しいといい加減思い始めていた。


そうしてに聞いたのが
永夜緩居と、そして伝説のれいむの弟子の子孫で群の長をやっているゆっくりゆかりんの黒い噂だ。



ある時から、ゆっくりの間でこんな噂が広まった。
『魔法の森の奥深くに
 おいしい花が美しく咲き乱れ
 太陽は燦燦と降り注ぎ
 小川はその光を照り返してやさしくせせらぐ
 緑に溢れ夜もやさしい空気が安らかな眠りに誘う
 そこには争う者はおらず誰であろうともゆっくりできる
 そんなゆっくりプレイスがあるという
 その場所の名は
 何度夜が来てもずっとゆっくりしていられる
 という意味を込めて
 永夜緩居(えいやゆるい)
 と呼ばれていた』

この物語は永夜緩居を目指したゆっくりしてないゆっくり三匹の物語である。




永夜緩居、伝説のゆっくりプレイスの噂はみょんも聞いていたが
ここで聞いた情報は一般に出回っている物とは少し違った。

永夜緩居は伝説のゆっくりプレイスなんかではなくもっと別の
ゆっくりを喰らう恐ろしい何かではないのかという噂。

誰にもはっきりした場所はわからず、だがぽんとどこかの誰かがわかったと言っては森の闇に消えていく。

誰も戻ってきたことはないのだからそこまでは誰でも考える。
だがゲス達の間で流れる噂にはその先があった。
裏で伝説のゆっくりプレイスという噂の絵を描いているのはそのゆっくりゆかりんではないのかというのだ。


彼等ゲスな私腹を肥やしているゆっくり達は周りを出し抜くために情報収集には余念が無い。
その彼等が言うには、永夜緩居は過去何度か噂になったことがあるらしい。


最初に噂になったのがいつごろだったかは
他のゆっくりを手足の様にこき使いながら生きながらえて
五つの冬を越えるほどと言われるくらい老いたゆっくりである彼等が生まれるさらに前のことで詳しくはわからない。


だが噂が流れるのは決まってゆかりんの群にゆっくりが増えすぎて
群が立ち行かなくなりそうな時だったと彼等は言う。
そんな時にゆかりんが噂を流して群のものを間引いているのではないか。
現に、永夜緩居から帰って来たというゆっくりは少なくともそのゲス情報網には存在しない。
居ても、裏を調べてみれば老い先短いゆっくりを買収してたなんてものが殆どだ。
買収先まで辿ることは出来なかったがその買収したゆっくりはゆかりんではないかと言われている。

単に群が行き詰った分そういう浮いた噂が流れやすく
それに食いつくゆっくりもたくさん出るようになっただけとも考えられる。
だが違うかもしれない。
確証は無い。


しかしみょんは自分の勘でソレを胡散臭いと思った。
そしてもし今まで訪れたゆっくりを全て逃さずに喰らってしまうような
そんな恐ろしい場所があるのならば一度見てみたかった。
恐ろしい人間の里の中心部さえ行って帰って来たというゆっくりはたくさん居る。
なのに永夜緩居は一匹たりとも逃したことは無いというのだ。
そしてそんな恐ろしい場所から初めて生還したゆっくりになってみたい。
そしてそれがもし未知の何かによるものではなく、ゆっくりの手によるものならば
出来れば自分の剣技で打ち倒してみたかった。
それは好奇心か名誉欲か向上心か、はたまたもっと別のものか。
とにかくそんな理由でみょんは永夜緩居を目指すことにした。

とは言うもののそもそも場所が分からない。
流れのゆっくりという立場は情報を集めやすくはあるが
逆に群のゆっくりから倦厭されて深く情報を集めづらいという弱点もある。

なのでみょんは直接ゆかりんに近づくことにした。

とは言うもののいきなり群の長のゆかりんに流れのゆっくりのみょんは近づくことが出来なかった。
なので今までの伝手をフルに活用してゆかりんから仕事を受けた。
碌な仕事は貰えずこれまでから考えれば酷くきつく儲けも少ない仕事ばかりだったが
それでもみょんは喜んで仕事をこなした。
目的があるとなんとかなるものだなとみょんは人事みたいに思った。


その内に、前より稼ぎは悪いものの
多少の信頼を得たのかゆかりんの暗部とも言える様な面を垣間見れるようになった。
ゆかりんの表向きの周りに慕われている面とは裏腹の
その上っ面を支える他の群や弱い立場にあるゆっくりを踏みつけ、食い物にする醜い一面。
だがそれほどの嫌悪感は覚えなかった。
より狡猾に隠匿されているとは感じるが
ゲスさに置いてはこれまでみょんが仕事を請け負ってきたゲス達のものとそう大きな大差は無い。
要は上っ面の違いだ。
それにみょんはゆかりんを糾弾できるほど清く正しくゆっくりと生きてきた訳では決して無いし
それをするメリットも別に思いつかなかった。
デメリットならいくらでも浮かぶ。
まずあのゆかりんを中心に、というかほぼゆかりん一人で群としての体裁を保ち運営されているあの群は
ゆかりんを失えば瞬く間に崩壊してしまうことだろう。
そもそも分が悪い。
無理矢理暗殺できなくも無いが後が続かない。
報復により殺されるだろう。
そしてこれが最大の問題点。
ゆかりんを殺してしまっては永夜緩居への道が閉ざされる。

みょんはこっそりと永夜緩居について調べつつ
淡々と汚れ仕事をこなしていった。


そんな日々がいくらばかりか続いた頃。
遂に、ゆかりんから永夜緩居へ向かうゆっくりの暗殺という仕事が与えられた。
永夜緩居へ向かうそいつのことを消して、そいつが持っている地図を回収しろという司令。

結局最後まで顔を合わせる事は無かったが
その程度の仕事を任されるくらいにはゆかりんの信頼を勝ち取り目的を達することが出来そうだった。
「みょん……」
いや、そうではないかもしれない、とみょんは思い直す。
ひょっとしたら永夜緩居のことを探ろうとして色々知りすぎたみょんへの体のいい厄介払いだ。
そうだとすれば恐らくみょんがそいつについて永夜緩居を目指すことはお見通しだろう。

そいつ自身も邪魔なのか、それとも体の良い生贄なのかはわからないがとにかくそういうことだろう。
まあそれでいいとみょんは思った。
どちらにせよみょんの当面の目的は達せられる。
後はそこで何を成せるかだ。

そうだ、ゆかりんを陥れてもメリットが無いと言ったがいけ好かないのには変わりは無い。
もし永夜緩居がゆかりんの手による何か恐ろしいものならばそれをばらして失墜させてやるのは
まあ敵は増えるものの意外と面白いかもしれない。
その時のゆかりんの顔を想像すると、と言ってもあったことは無いのだが。
みょんは顔がにやけてしょうがなかった。

みょんは長い間かけてかき集めた薬草の類や
蓄えの食料などかなりの代価を払った取って置きの木剣を二本ほど持って指定の場所へと向かった。


情報の場所に居たのはゆっくりありすとゆっくりまりさ。
ありすの方は容姿端麗、とはとても言えないどころかふきできものに腫れぼったいまぶたと誰が見ても醜い容姿だった。
しかしそれ以上に酷いのがまりさだった。
顔は醜い火傷の跡やうっすらと残る痣、髪も手入れはしているようだが地が悪いのかそれほど綺麗ではない。
あの傷はありすがやったのだろうか、と考えて違うと判断する。
火を扱えるゆっくりというのは早々居ない。
ありすは恐らく違うだろう。

それにしてもみょんが何より醜いと感じたのがそのおどおどして覇気の無い立ち振る舞いだった。
卑屈さがにじみ出ていて見ているだけでイライラする。
とりあえずゆっくりありすの方がまりさを休ませて一人で動いた時点でこちらも行動を開始した。



「こんなところでなにかようかしら、いなかものさん?」
ありすの前に姿を見せると、ありすはすぐに敵愾心を露にこちらを睨みつけて後ずさった。
距離を取り、警戒気味に話しかけてきたありすの様子を見てみょんはこいつは最低限の警戒心は持っているなとある意味安心した。
永夜緩居のあんな与太話を信じて来る輩なのだからよっぽど頭の中がお花畑かと思ったが。
思ったより利用価値がある相手かもしれない。
口先三寸は苦手ではあるが、本腰を入れて交渉してみる価値はありそうだとみょんはありすを値踏みした。
「まあだいだいわかってるみたいだからかくさずにいうみょんが……いのちがおしければちずをわたすみょん」
「そのちずならかくしておいたわ、わたしをころしたらもうどこにあるかわからなく……」
なるほど、最低限の警戒はしているし頭もそこまで悪くないようだ。
だがその程度で向うに主導権を渡すわけには行かない。
「それはそれでかまわない、っていったらどうするみょん?」
「……ゆっ!?」
「どうせあれのいみがわかるゆっくりなんてそんなにいないみょん
だったらここでありすをころしちゃえば、ゆかりんにとってなんのもんだいもないみょん」
なるべく冷酷に見えるように気を使ってそう言った。
するとありすは体を強張らせて、今にもこちらに襲い掛からんとした瞳で構えた。
なるほど、いざという時の度胸もあるようだ。

「……と、いいたいところみょんが」
ここで少し態度を軟化させることにする。

「みょんはてきじゃないみょん、みょんも永夜緩居をめざしてるなかまだみょん」
「……はぁ?」
ありすはぽかんと口を開けていた。
まあ流石にそうなるのも仕方ないだろう。
「ゆかりんのしたについててもぜんぜんごはんはたべれないし、やるのはよごれしごとばっかりだし
それならいっそ永夜緩居をめざしたほうがましだみょん」
言い訳はこんなところで良いだろうか。
無論そんな永夜緩居の話なんて信じているわけではない。
が、利害は一致していると思わせたい。
「あなたなんなの?ばかなの?
そんなこといわれてはいそーですっていうとおもってるの?」
「みょんにとっていちばんあんぜんなのはここでありすをころしてゆかりんのとこにかえることだみょん」
ここで余り舐められるわけにも行かないので脅しをかけることにする。
流石のありすも目を丸くしている。
「……!?」
「ゆかりんのしたっぱでまんぞくするならありすをおよがせるいみなんてないみょん
ここでまとめてにひきともやっちゃうみょん
みょんならぜったいににがしたりすることはないみょん」
「……」
納得したのか、少し考え込むようにありすは俯いた。
ここで駄目押しだとみょんはさらに続ける。
「でも永夜緩居をめざすんならありすをころすめりっとなんてぜんぜんないみょん
ちからをあわせてがんばるみょん」

ありすは胡散臭そうにこちらを半眼で見つめた。
少々言葉選びを間違った気がしなくも無い。
が、まあみょんにしては悪くない交渉だった。

これで駄目なら本当に殺してゆかりんの所に戻りまたチャンスを待てば良い。
仕事を成功させれば当面の間はゆかりんの信頼も取り返せるだろう。

「……おどしってわけね、ほっんといなかものはやばんね!」
ありすは呆れたように深く溜息をついた。
交渉成功、ということだろう。
それにしても
「こころあたりがありすぎてこまるみょん」
どうにも上品な立ち振る舞いというのは苦手で、田舎物と言われてなんだか気恥ずかしくなってつい舌で辺りの草を弄ってしまう。

「わかったわよわかったわよ!はいはいなかよくゆっくりしましょうね!」
「じゃあなかよしのしるしにちずみせてほしいみょん」
まあ流石にそう簡単には行かないだろうが試しに言ってみる。
これで本当に地図を渡すような馬鹿なら斬り捨ててやればいい。

そう思っていると、ありすはこちらを馬鹿にするかのように口を開いてベロをぺろりと出した。

「……?」
「たべちゃったわ」
何かと思って呆然としていると、ありすは事も無げにそう言って舌で腹の辺りを示した。
「なるほどみょん」
中々一筋縄ではいかない相手のようだ。
まあそちらの方が道中頼りになるからこれでよし、とみょんはありすについてまりさの所へと向かった。


「ただいま」
まりさは醜い傷の残るアホ面でこちらをじっと見つめていた。
あの顔を見るとどうにもイライラする。
火傷の跡の問題ではないと思う。
多分あの自信なさ気な態度が気に喰わないのだろうとみょんは自分に説明した。
「このこはこれから永夜緩居をめざすための……なかま、でいいのかしら?」
半眼でこちらを見つめながら言うありすにみょんは快く頷いてやった。
「もちろんだみょん」
そして未だにこちらに対して困惑の表情を浮かべるまりさを安心させるように言ってやった。

「そんなにおびえなくてもいいみょん
べつにゆっくりゆゆこじゃあるまいしとってくったりしないみょん」
いきなり話しかけたのがまずかったのか、まりさは俯いて何も言わなくなってしまった。
はあ、と溜息をつきながら話を続けた。
「で、こっちのありすはもういくきまんまんみょんけど
そっちのまりさはどうなのみょんか?」
まりさの方に向き合って尋ねる。
正直ここで付いて来たくないといってくれれば楽なのだが。
こちらとしてはありす以外には余り利用価値を感じていないのだ。
「ゆ!まりさはもちろんいっしょにくるのよ!」
「ありすにはきいてないみょん」
相手に切り札を握られているとはいえど余り主導権は握らせたくないみょんはありすの言葉を突っぱねてまりさに問いただした。

「ま、ま、ま……まりさは、その……まりさはい……!
まりさは……い、いやじゃないです
ありすといっしょにゆるいにいきたいですようむさん」

「しかたないみょん、そこまでいうならみょんがむこうまでごえいするみょん」

まりさのまどろっこしい言葉回しと卑屈で煮え切らない態度と欲していたものと違う答えに心底イライラしながらも
嘆息一つでなんとかそれを抑えきった自分を褒める。
このやたらとはっきりしない人の顔色を伺おうとして余計に相手をイラつかせる態度はありすが原因だろうか
とみょんはあたりをつけた。
どうにもさっきからちらちらとありすの方を見てはその顔色を伺っているのがそう思った理由だ。
恐らく日ごろから酷い扱いを受けているのだろう。
まったく、どうしようもない奴と酷い奴の組み合わせとはついていないとみょんは思った。

そしてみょんは当初の予定通り二匹の護衛をすることを渋々承諾した。

その後は、やたらと無駄の多いありす達の荷物の整理をしてから
何故か最悪な状態にまで機嫌が悪くなったありすを宥めつつ永夜緩居へと歩みを進めた。

きっとありすはこちらを出し抜こうとしてくるだろう、余り気は緩められない。

「ちょっと!いそぎなさいよまりさ!」
ほぼ最初に立てた予想通りに、まりさは本当にグズで役立たずで足を引っ張ってくれた。
ありすの怒りも無理は無かろう。
どうにも単に体力が無いだけではなく、怪我の後遺症で体が動かないカタワのようだった。
急いで欲しいのはありす同様みょんも同じだった。
だが急がせたとして、こいつの体力がもつとはとても思えない。
どうせ急いでも急がなくても遅れる道中だ。
それならせめてペースは崩さずに行きたい。

「べつにむりにいそぐひつようはないみょん
すたみなぎれでへたられたらぎゃくにあしでまといになるみょん」

「わたしたちがふぉろーすればいいのよ!」
すかさずありすの怒号が飛ぶ。
それが嫌だから急がなくていいとわざわざ言っているのだ。

「これからはまりさのぺーすにあわせてあるくからむりしないでいくみょん」
「あ、ありがとうねみょん……でも、……その……」
傍によって直接言ってやると、まりさの醜い火傷跡が目に入る。

「まりさのそばに、たたないでほしいよ」
こちらから願い下げだこのグズ。
そう胸中で吐き捨てる。
まあ気には障ったがわざわざことを荒立てて相手の士気を削ぐ必要は無い。
ここは大人な態度で我慢だ。
それにしても本当にこのまりさは歯切れの悪いことしか言わないな、と心中で愚痴る。

「すまなかったみょん、みょんはまりさのすこしまえをあるくことにするみょん」
それで適当に話を打ち切って、どうせ遅れるのならと自分のペースを落とすことで調整することにした。

その後、日が傾いた辺りで辿りついた木の洞で
今後の方針をまとめつつ盛り突いたありす達を嗜めて眠りについた。
それなりに疲れていたのと、夜風が気持ちよくてぐっすりと眠ることが出来た。

道中、食料が尽きかけるとありすはその場で狩の準備をし始めた。
あのカタワを切り捨ててしまえば最初の食料で充分永夜緩居まで足りたはずなのに
というのは言っても仕方が無いので胸のうちにしまっておく。
正直ただでさえ危険な永夜緩居への道のりでの狩りは不安要素が多かった。
だが腹が減っては戦はできぬ。
精々お互い怪我でもしないようになんとかやるしかない。

陰鬱な気持ちでみょんは狩りに取り掛かった。

「みょーん……」
また狙っていた虫に逃げられて、みょんは溜息をついた。
どうにも戦意の無い向かってこない敵を相手にするのは苦手だ。
面と向かってやりあえば負けるはずは無いのだが逃げられてはどうにもならない。
大した食料は得られなかった。
手元にあるのはなんとか食べられるといったレベルの雑草ばかりだ。
木の実は愚か小さな花さえ見つからない。
そしてもうそろそろ出発の時間だ。
あのありすの成果もどうせ期待は出来まい。
陰鬱な気持ちでみょんはまりさの待つ集合場所に戻った。



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最終更新:2009年03月17日 01:15
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