ゆっくりいじめ系2706 死ぬことと見つけたり3

「行ってくるんだどー」
「はい、気を付けて」
 翌日、仇が住んでいるという森を前に、れみりゃは咲夜と美鈴に見送られていた。
「はい、これ」
 咲夜からプレゼントを貰った。一振りのナイフと、円形の筒である。
「あなたなら大丈夫。あなたなら」
 鬼より怖いと思っていた美鈴が、なぜか急に優しくなって、れみりゃの頭を撫でながら言った。
「うー、大丈夫だど」
 それに、嬉しくなって、れみりゃは久しぶりに笑った。
 しかし、すぐに顔を引き締める。
「御武運を」
 奇しくも、二人の声が重なった。
 れみりゃは警戒しつつ、森に入っていった。足運びは到底れみりゃ種とも思えぬ動きである。飛ぶと体力を消費してしまうために、まずは歩いて行く。飛ぶのは危ない時に緊急避難する場合などだ。
(あまあまの臭いがするどー)
 特訓の中には、実戦形式ということで捕獲してきたれいむ種やまりさ種との戦闘もあった。五対一までは経験したが、勝負はどれも難なく勝った。そして、その時に臭いを覚えさせられたのだ。捕食種としての本能も手伝ってか、ゆっくりたちの臭いはすぐに覚えることができた。
「ゆっきゅち、ゆっきゅち!」
 小さな、ピンポン玉サイズの赤ちゃんまりさが飛び跳ねていた。
「ゆぅ、おねーしゃんどきょにいるにょ」
 どうやら一緒に遊びに来た姉とはぐれてしまったらしい。普通ならば、このサイズの赤ちゃんがこうして孤立してしまえば恐怖で泣き叫んでもおかしくはないのだが、この赤まりさは、迷子になったのを困ってはいたが、それほどに切迫した様子ではなかった。
 なにしろ、赤まりさの所属する群れでは、滅多に死ゆっくりなど出ないので、死というものが身近に感じられない。そして、外敵が現れてもすぐに強くてカッコいい、ちゃんぴおんの赤バッチをつけた長やその長女のまりさが助けてくれる。
「うー、まりさの赤んぼだどー」
 不意に、れみりゃが現れた。
「ゆ゛う゛っ゛」
 いかに長たちに全幅の信頼を置いているとはいえ、捕食種を見れば思わず悲鳴を上げてしまうのは、先祖から連綿と受け継ぐ本能だ。
 だが、すぐに赤まりさは気を取り直した。大声を上げて助けを求めよう。れみりゃが一匹ぐらいなんてことはない。長とその軍団は、れみりゃとふらんの群れでさえ追い払ったことがあるのだ。
「ゆゆっ、れみりゃはゆっくちちぬんだよ!」
 恐れる色も無く、勝ち誇った顔でれみりゃを見る。勝てるとわかっている戦いだ。恐れることはない、そうなると、憧れの長まりさたちの戦いぶりを間近で見れるということが楽しみにすらなってくる。
 ――れみりゃがきちゃよぉ! みんにゃきちぇ!
 そう、みんなを呼ぼうとして果たせなかった。れみりゃが、凄い速さで突進してきて持っていた木の棒を突き出して、その先っちょを赤まりさの口に突き入れたからだ。
「ゆ゛ぎぃ」
 まともな声が出ずに、割れた声が口から飛び出す。
 口から、棒が抜かれた。激痛が口中に広がっている。叫ぼうとする。
 ――い゛だい゛い゛だい゛よ゛
 だが、それは果たされず、赤まりさは振り下ろされた木剣によって叩き潰されて絶命した。
「うー、できるだけ騒がれたくないんだどぉ」
 咲夜に言われた。出来るだけ気付かれないように数を減らしていくべきだと。
 れみりゃの物腰には油断は無い。実際、少しでも油断していれば、赤まりさが助けを呼ぶのを許してしまっただろう。だが、れみりゃは既に死んでいた。今日、起きた時に一度頭の中で死んだし、先ほど赤まりさと相対した時にも死んだ。何をどう考えても負けるはずのない赤まりさにすら殺されることを想像し、れみりゃは死んでいたのだ。油断など、無い。
「おちびちゃーん、どこにいるのー!」
「ゆっくりへんじをしてね! ゆっくりむかえに行くよ!」
「どきょー、まりしゃー」
 近付いてくる声に、れみりゃはすぐに身を隠した。あの赤まりさの姉妹たちが、迷子を探しにやってきたのだ。
 テニスボールサイズの子れいむと子まりさが一匹ずつに、ピンポン玉サイズの赤まりさ一匹の三匹、バレーボールサイズの成体はいない。
(うー、こいつらもやれるどー)
 れみりゃはその構成を見て、自信を持って心中に呟いた。
 茂みに伏せて隠れていると、その茂みに三匹が無警戒に近付いてくる。なにしろ、ここは偉大なるちゃんぴおんの長まりさが治める群れの縄張りなのだ。どうしても警戒感が乏しくなってしまう。
 二匹の姉をやり過ごした。狙いは一番後ろの赤まりさだ。姉妹を探そうと周囲を見回しているために、却って足元などはお留守もいいところだ。
「ゆっ」
 その声は、すぐ前を跳ねている姉たちにも聞こえないぐらいの小さな声だった。
 口を押さえるように右手で掴んだ赤まりさを素早く引き寄せて左手の指を赤まりさの頭に突き刺す。声も上げられぬまま、赤まりさは体内の餡子をかき混ぜられた。そこまでやれば、中枢の餡子が完全に機能を破壊されてしまい意識が無くなる。その後に、口を押さえていた右手を口の中に突っ込み、上顎を掴み、左手で下顎を掴んで、上下に引き裂く。これでもし万が一生きていたとしても、赤まりさは声を出すことなどできない。
 この間、二秒。姉たちは気付かないでぽよんぽよんと跳ねて行く。
 少しすると、さすがに後ろからの声が全く聞こえないのに気付いた。
「ゆゆっ、妹がまた迷子だよ!」
「まりさはこういうのしってるんだぜ、にじゅーそーなん、っていうんだぜ、すごくゆっくりできなんだぜ」
「ゆゆぅ、ゆっくりしないでおとなたちを呼んでくるんだよ」
「まりさもそう思うぜ」
 二匹の迷子を二匹で探すのには無理があると判断した子ゆっくりたちは、群れの中心部に戻って大人たちに助けを求めることにした。
 元来た道を引き返す二匹だが、その時、視界の端に黒い、よく見慣れたものを見つけた。
「ゆゆっ、あれはおちびのお帽子なんだぜ」
「ゆっ、ほんとうだ! お帽子無くして困ってるよ! 拾っておいてあげよう!」
 まさか既に妹が死んでいるとは思わない姉たちは、お帽子を拾って上げようと、そちらへと駆け付けた。また、お帽子のある方に妹がいるのではないかとの期待もあった。
「もう、お帽子無くしちゃだめだよ、っておかーさんいつもいってるのにねえ」
 苦笑しながら、れいむが小さな黒い帽子を口にくわえる。まりさの帽子に入れておいて貰おうと、横を向こうとした瞬間、ぱん、と音がして何かがれいむの顔に当たった。
 餡子が飛んできたのだ。
 そして、こんな森の中で餡子の出所など、一つしかない。
「ゆっ……」
 ゆっくりは根本的に肉体的にも精神的にも衝撃には弱い。特に精神的衝撃は、受けると少しの間、完全に行動不能に陥ってしまうことが多い。
 れみりゃはそれに付け込んだ。れいむが、まりさが叩き潰されて死んだのだと理解する前に姉妹の後を追わせてやった。
「うー、うー、うー」
 手際よくゆっくりたちを始末できて、れみりゃはほくそ笑む。久しぶりの笑顔。だが、先ほど美鈴に見せた無垢なそれではなく、それは捕食種の笑みだった。

「ゆっ! おねえさんは腑抜けたのぜ!」
「その通りなのぜ。あの時おとうさんとれみりゃに立ち向かったおねえさんじゃないのぜ!」
 群れの集会場では、ゆっくりたちが三つに分かれて言い争っていた。
 今、姉を罵ったのは、さらなる勢力拡大を画策し、人間の村にも攻め入ろうとする派。
 対して妹に罵倒された、あの長女まりさのいるのが、不拡大方針派である。
 もう一つは、要するにどっちにも付かずに、おろおろとしている中立派だ。
「人間さんはゆっくりできないよ! れみりゃやふらん、犬さんたちに勝てても、人間さんには勝てないよ!」
 長女まりさは、必死に説得する。だが、この群れは順風満帆に行き過ぎていた。なにしろ、れみりゃもふらんも、それよりも恐ろしい野犬たちも、自分たちとはろくに戦わずに逃げていくぐらいなのだ。もうそうなるとゆっくりたちの脳味噌においては、もはや人間も恐るるに足らず、ということになってしまっていた。
 その派には、かつてれみりゃを打ち倒した長まりさの子供たちが一匹を除いて全員属していた。そう、長女まりさ以外のまりさ九匹、子れいむ八匹の計十七匹が全てである。長女まりさは、姉妹を相手に孤軍を強いられていた。
 長である母まりさはどうしているかというと、中立派と同じところにいて、オロオロと左右に視線をやっている。これまで、長女の補佐を受けて立派に長を勤めてきた。れみりゃを倒したちゃんぴおんであることが長になった条件だけに、体は鍛えていて今でも強かったが、長としての統率力には疑問があった。いや、というよりも、今まで食べ物は無くなりそうになれば都合よく人間さんが置いて行ったと思われる御馳走を苦も無く手に入れられたし、外敵も長たちが駆けつけて一発二発体当たりすれば逃げ出してしまう。
 餓死者は出ない、外敵に殺される者もいない、そんなこの群れは文句なくゆっくりできていた。
 みんながみんな、最低限の労働だけで後はゆっくりできる。それだけで長の評価はうなぎ登り。だから、別に特に何か決断を迫られるような状況にならなかったのである。
 しかし、今や群れの内部抗争が本格化し始めていた。しかも娘たちが争っているとなると、長まりさは、母まりさ以外の何者でもなくなり、長としての振る舞いも忘れていた。
 いつもは誇らしげに輝く赤いちゃんぴおんの証も、今日ばかりはなんだか色褪せて見えるようだ。
「ゆゆぅ、みんな喧嘩は止めてね……」
 力なくぼそぼそと呟くような制止の声は、どちらにも届かない。最初に、双方の間を走り回って調停しようとしたにはしたのだが成功せず、中立派のところへやってきて後は見ているだけになった。
 言っていることの内容は、長女まりさが正しいと思っていた。その辺り、母まりさはここまで強い強いと祭り上げられながらも、冷静に物事を見ていたと言える。
 ――さすがに人間さんには勝てないよ。
 一人や二人ならば、勝てるかもしれない――それも思い上がりなのだが――でも、人間さんはまともにやって勝てないとなると、ゆっくりたちには思いもよらないことを考えて攻めてくるだろう。多彩な道具類も恐ろしい。
 しかし、妹たちの方は……なんといっても数が多かった。それだけかよ! と言われるかもしれないが、それだけなのである。
 さっきも、長女まりさの方へ行って懇々と人間と戦うことの不利を説かれて納得し、妹たちの方へ行って、おかあさんは、おねえさんを取って自分たちを捨てるのか、と十七匹に感情論をぶつけられて、長女まりさの方へと戻って、納得はできないだろうけど、あなたはおねえさんなんだから引いてやったらどうか、と長の権威などまるで無いおかんの説得術を試みてあえなく拒否され、何度かオロオロと両者の間を往復して調停を諦めたのだ。
「こうなったらたすうけつで決めるのぜ、数が多いほうがせいぎなのぜ!」
 埒が開かぬと見て、拡大方針派のまりさが言った。彼女は、その強さを買われて軍隊の長になっていた。戦闘訓練を受けた兵隊ゆっくりたちはほとんど彼女を支持している。
「ゆっ、それは……」
 長女まりさが口ごもる。多数決を取れば、きっと拡大派が勝ってしまう。既に述べたように、この群れは恵まれすぎた。長女まりさとその支持者たちは決して多数派ではなかった。人間さんと戦いになっても、なんとかなると思っているのが多数派だ。今までもなんとかなっていたのと、やはり自分たちの強さを完全に勘違いしているからである。
「ゆ゛っ゛ ゆ゛っ゛ ゆ゛ーっ゛!」
 そこへ、一匹の子れいむが駆け込んできた。その顔は顔面蒼白、つまりは全身蒼白、恐怖によって色が変わっていた。
「なんなのぜ! どうしたのぜ!」
「ていうか、遅刻なのぜ! お前たち一家は群れの話し合いに遅刻なのぜ!」
 咎める声に、必死に言い訳をするれいむ。曰く、赤ちゃんがいなくなってしまったので、家族総出で探していたのだ、と。
「それで、その赤ちゃんは見つかったの? 見つかってないならみんなでさがさないと」
 沈黙していた母まりさが、赤ちゃんがいなくなったと聞いて前に出てきた。
「ゆ゛ーっ゛ ゆ゛ーっ゛」
「何があったの? ちゃんと話してね! そうしないとなにもして上げられないからね。ゆっくりでいいから話してね!」
「ゆ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ」
「うーん、おとうさんとおかあさんはどこにいるの?」
 まともに話ができぬと思った母まりさは、両親から話を聞こうとした。
「ゆ゛びぃ゛、おどうざん、おがあざん!」
 さすがに尋常な事態でないのはわかるのだが、とにかく何が起こったのかはっきりしないとどうにもできない。困り果てた群れの仲間たちを見て、ようやく気持ちを少し落ち着けたのか、子れいむは搾り出すように言った。
「おどうざんも、おがあざんも、おねえざんも、いぼうども……ごろざれぢゃっだー!」
「ゆゆゆーーーっっっ!」
 一斉に色めきたった。当然である。事故死や、老衰による自然死、その二つの死以外の死、殺害されての死など、この群れには無縁のものだったのだから。
「ゆっ、ことばはゆっくりよく選ばないとだめだよ? かぞくのみんなは殺されたの? 事故とかで死んだんじゃないの?」
 長女まりさが念を押す。皆、そうであってくれと思った。殺された、というのは言い間違いで、なにか不幸な事故で死んだのであってくれ、と。
「ぢがうよ、れ゛み゛り゛ゃ゛だよ! あ゛いづに、ごろざれだんだよぉぉぉぉ!」
「ゆっ! れみりゃ!」
 色々あって、外敵と想定されるものの中でも、れみりゃに対する敵愾心が長の一家には強いので、皆、表情が一気に張り詰めた。
「みんな、れみりゃが出たからには群れの話し合いはやめだよ、れみりゃをやっつけるよ!」
「ゆーっ!」
「ゆーっ!」
「ゆーっ!」
 長の言葉に皆が皆、賛意を示す。
「それじゃあ、戦えるゆっくりはゆっくりしないではやく準備して集合だよ! 子供たちはここに残ってるんだよ! 子供たちを守るために何人か残るんだよ!」
「ゆゆっ、よし、お前の部隊は残るんだぜ!」
 すぐに、軍隊長まりさが、ゆっくりみょんの率いる十匹の部隊を指名する。
「ちーんぼ!」
 任せておけ、とみょんが応える。
「よーし、みんないくよ! ゆっくりしないでね! れみりゃをやっつけたらたっぷりゆっくりしようね!」
「ゆーっ!」
 これぞ長の威厳というものか、少し前までオロオロとしていた母まりさの言葉に皆が従う。
 いがみ合っていた長女まりさと姉妹たちも、それを忘れてしまったかのようだ。
 これで、れみりゃを一緒に倒せば、みんなあの時のことを思い出して仲直りをしくれるかもしれない、と母まりさは淡い希望を持った。
「ゆゆぅ、これじゃゆっくりできないよ」
「ひどいことするのぜ、やっぱりれみりゃはクズなのぜ」
「生かしておいちゃいけないのぜ」
 子れいむの家へとやってきた一同はそこで惨殺された両親の死骸を見て、悲しみ、怒り、これをやったれみりゃへの敵意を沸き立たせた。
「うー、バレたんだどぉー、仕方ないどぉー」
 そのれみりゃは樹上にいた。そこから殺した一家の家を見下ろせるのだ。やってきた兵隊ゆっくりたちを見て、それほど厄介そうな相手はいなさそうだ、とれみりゃは安心していた。
「れみりゃを見つけたらすぐに報せてね!」
「ぜったい油断しないでね!」
 れみりゃ捜索のために、部隊が分かれた。兵隊ゆっくりは約四十匹。子供たちの護衛に残ったものを合わせて、全てで五十匹ということになる。
「ゆーっ! 出でごい、れみりゃー!」
 姉妹の中でも一番気の強い軍隊長まりさが一際怒りの声を上げて部隊の先頭を行く。
「うー、げんきのいい奴なんだどぉ」
 れみりゃは樹上からその部隊へと狙いを定めた。
 標的は最後尾のまりさ。時々後ろを向くのだが、その際に他の仲間から離れてしまい、急いで追いかける、という動作をしていたのに目をつけたのだ。
「ゆっ、うしろにはいないね!」
 そしてまた、後方確認して、ゆっこらせ、と前を向く。
「ゆゆっ、待ってね、待ってね」
 仲間たちに追いつこうと走ろうとしたその時、ぶん、と何かが空を切る音を聞いた。
「ゆ゛ぎゃあ゛あ゛あ゛!」
 だが、そんなものはその後に来た衝撃によって完全に頭から吹っ飛ぶ。思い切り木剣で横から叩かれたまりさは右の頬が完全に裂け、亀裂は頭部にまで達していた。腕の力だけでなく、飛翔したエネルギーも乗せた一撃だ。
「ゆーっ! れみりゃだね! だれかれみりゃを見たのぜ!?」
「ゆぅぅぅ」
 軍隊長まりさの問いに、他のゆっくりは力なく顔……つまりは全身を横に振った。
 なんといっても、れみりゃが通常種のゆっくりたちに対して持つ最大のアドバンテージは飛行能力である。他にも胴つきならば手足の有無などもあるが、なんといっても空を飛べることにより生じる優勢は大きなものがある。
「ゆゆっ、まんまるになるのぜ!」
 軍隊長まりさの号令によって、残った九匹のゆっくりたちは顔を外に向けて円陣を組んだ。これならばどこから来てもわかる。
 軍隊長まりさは、母や姉と同じく、ゆっくり種としては十分に優秀な個体だ。しかし、それでも所詮ゆっくりと言ってやっては酷であろうか。相手が空を飛べるということをわかっていながら、それを考慮しなかった。
 ふわり、とれみりゃは上から現れた。円陣の真ん中に降り立つ。
「ゆゆっ!?」
 その背後の気配にいち早く気付いた軍隊長まりさが後ろを向くのと同時に、
「ゆべっっっ!」
 れみりゃの振り下ろした木剣がその顔を両断した。
「ゆっ! ゆべ!」
「ゆゆぅ! ゆぎゃあ!」
「ゆゆ、べえっ!」
 それからも後ろを振り向く奴から順番に叩き潰した。残り三匹というところで、
「ゆっぐりでぎない゛よお゛!」
「ま゛りさはにげるのぜ、じがたないのぜ!」
「でいぶがんばっだよ゛、でもぶりだよ、でみりゃには勝でないよ゛ぉぉぉぉ!」
 まりさ種が二匹にれいむ種が一匹。振り返らずに前方に向けて逃げ出した。
「うー、待つんだどぉー」
 最初から、九匹が同時にそれをやっていれば何匹かは他の仲間の部隊の所へ逃げられたかもしれないが、三匹程度ではれみりゃに次々に捕まってしまう。
「ゆ゛ぅぅぅ、れ゛み゛り゛ゃ゛ぁ゛」
 全部殺すか動けないほどの大怪我を負わせたので、再び飛び上がって樹上に身を隠そうとしたれみりゃに、あの軍隊長まりさが、割れた顔もなんのその、恐ろしい形相で飛び掛った。
 顔が割れているのだ。もちろんまともに飛べずにれみりゃには届かなかった。
「ごろじでや゛るぅ゛」
「うー、たいしたもんだどぉー」
 半端じゃない根性であることはれみりゃも認めざるを得なかった。
「おおけがした奴はどーせそのままでも死ぬじ、なかまの足手まどいになるがら、そのままにするづもりだったけど、お前はなんか怖いからすぐ殺すんだどぉー」
 実際は、そんな割れたまりさなど生きていても、執念深く怨嗟の声を吐くばかりでれみりゃの行動を阻むものにはなりはしない。それでも、れみりゃはその執念を恐れた。
「らいおんは、ミジンコを殺すにもふるぱわーなんだどぉ、らいおんさんすごいどぉー」
 咲夜の教えにあった、獅子は兎を仕留める時にも全力を出す、という話の兎がいつどこでミジンコになったのかは不明だが、れみりゃはそう言うと全力で木剣を振った。
「おがあざんと、おね゛えざんが、おばえをごろず。ふだりとも、づよ゛いんだ!」
 そう言った直後に、軍隊長まりさはトドメの一撃を貰い、完全に二つになった。
「うー、ゆっくりするんだどぉ」
 優しい顔で、れみりゃは言った。そう、彼女にとってゆっくりを殺すのは、ゆっくりさせてやることなのだ。
「あっちでこえがしたよ! みんなゆっくりしないでいそいでね!」
「こりゃゆっくりしてるばあいじゃないよ!」
「ゆーっ、まりさ、へんじをしてー!」
 声があっちからこっちから近付いてくる。さすがに悲鳴が聞こえてしまったのだろう。散った仲間たちが集まってくる。
「うー」
 れみりゃはすぐに飛び上がった。
「ゆゆっ! れみりゃがいたよ! あの木に登ったよ!」
 しかし、ちょっと飛び立つのが遅かったようで、駆けつけてきたゆっくりたちの何匹かに樹上へ隠れるところを目撃されてしまった。
「ゆゆっ、ここだね!」
「どこにいるかさえわかればもう怖くないよ!」
「ゆっくりしね! れみりゃはゆっくりしね!」
 元々、真っ向からやり合えばれみりゃには負けないと思っているので、強気になっている。
「うー、そっちにはもういないんだどぉ」
 小さく呟いたれみりゃ、既にゆっくりたちが取り囲んでいる木にはいない。一度真上に抜けて、別の木に移ったのだ。
 それをわからぬ、言っちゃ酷だが所詮餡子脳、木に登ろうと頑丈で体力のあるものを下にして積み上がっていった。
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛」
 一番下の、この中では一番大きいまりさは必死に耐えている。他のゆっくりが心配して声をかけるが、
「だいじょうぶだよ、ゆ゛ゆ゛ゆ゛」
 と、耐えていた。
「もう少しで枝に届くよ!」
 ゆっくりが十匹積み上がると、一番低い枝に届きそうになる。
 これならば、十一匹目で届くだろう、とゆっくりたちは目を輝かせる。
「よし、いくよ!」
 十一匹目に選ばれたれいむが張り切って飛び上がる。彼女は、一番下のまりさとは逆にこの中では最も体が小さいれいむだった。
「ゆっゆっゆっ」
「がんばれー、がんばれー」
 十個積み上がった横に八個、隣に六個、といった具合に階段状にゆっくりたちが積み上がっている。そこをどんどん登っていくれいむ。
 そして、遂に頂上へ到達した。
「ゆゆーっ、たかーい、おそらをとんでるみたいー」
「やったね、れいむ、とってもたかいね!」
「おそらをとんでるみたいだなんて、それはゆっくりできそうだね!」
 ゆっくりたちが口々に喜びの声を上げる。そもそもなんのために積み上がってたんだよ、という話なのだが、ちょっと忘れているようだ。
「れみりゃはいる?」
 長女まりさは、さすがに当初の目的を覚えていたので、頂上のれいむに声をかける。
「ゆっ! そうだったね、れみりゃー、ゆっくり出てきてね! びっくりするから早く出てこないでね!」
 れいむが枝に飛び乗ろうとした瞬間。
「うーーーーーっ!」
 れみりゃが降って来た。空から。
「ゆぎぃ」
 頂上のれいむは加速のついたれみりゃの持った木剣を喰らってあえなく真っ二つ。
「ゆぎゃ!」
「ゆびぃ!」
「ぶび!」
 木剣はどんどん下方へ向けて進む。
「うー、六匹だけしか割れなかったどぉー」
 頂上にいたれいむを一匹目として、上から六匹目までのゆっくりが、完全に二つにされてしまっていた。外の世界の武術やら何やらの本を見せられたが、その中に積み上げた瓦を拳や肘で粉砕する絵があり、れみりゃはそれを真似てみたのだ。
「どぼちてそっぢがらぐるのぉぉぉぉぉ!」
 ゆっくりたちはパニック状態だ。
「だじゅげでえええええ!」
「れいむおうぢがえるぅぅぅぅ!」
「まりざを置いて逃げるなんてひどいぜ、まりさが置いて逃げるべきなんだぜ!」
 常日頃の自信もあっけなく崩壊し、捕食種をひたすら恐れるゆっくりたちがそこにいるだけだ。
「うー、うー、うー」
 れみりゃは、それに追いすがり、叩き潰していく。
「みんなおちついて! ゆっくりおちついて!」
 長の声に皆がハッを気を取り直す。
「ゆぅぅ、たしかに一対一ならばれみりゃには勝てないよ、でもみんなの力を合わせれば、勝てるよ!」
 長女まりさがそれに被せるように言うと、実際にかつて力を合わせてれみりゃを倒したものたちの言葉ということもあってか、取り乱していたゆっくりたちは戦意を取り戻してきた。
「はんげきかいしだよ! ゆっくりできないれみりゃはゆっくりしんでね!」
「ゆおおおおお!」
「ゆぅぅぅっ!」
 口にくわえた武器を振り上げながら、ゆっくりたちが突撃してくる。一つの部隊を全滅させ、今また六匹葬り、逃げるところを追撃して何匹が潰したが、まだ三十匹近い数が残っている。
「うー、逃げるんだどぉー」
「待てぇぇぇぇ!」
「ゆっくりしね! ゆっくりしねえ!」
「みんなのがたきぃ! ゆっくりさせないよ!」
 今度は立場が逆になり、逃げるれみりゃをゆっくりたちが追いかける。しかし、れみりゃが全速力で飛べば、ゆっくりたちには追いつけるものではなく、徐々に離されて行く。
 れみりゃは飛びながら、乏しい知恵をしぼって考えた。乏しいとはいっても、咲夜によって散々に鍛えられたので、戦闘に関しては少しは知恵が回るようになっている。
「ちびのあまあまがいないんだどぉー」
 さっきから気になっていたのはそれであった。きっと、大きな大人ゆっくりたちだけが来ていて、子供はおうちの方にいるのだ、という結論にゆっくりと辿りついた。
「うーーーー、うー!」
 無い知恵絞って作戦らしきものが浮かんだれみりゃは、空中で尻を振ってダンスを踊る。
「うー、もう逃げ切れないから隠れるどぉー! ここなら見つかりっこないどぉー!」
 わざと、追いかけてきているゆっくりたちに聞こえるような大声で叫んでから上空へと飛び上がる。
「ゆっ! れみりゃめ、隠れたみたいだよ!」
「ゆっへっへっ、とうとう追い詰めたのぜ!」
「みんな、れみりゃを探すよ!」
 兵隊ゆっくりたちがそうしている間に、れみりゃは全速力でゆっくりたちがやってきた方角へと向かう。
「うー、ちいさいあまあま見つけたどぉー」
 群れの集会場は、開けた場所になっていて上空からよく見える。そして、親たちの帰りを待つ子ゆっくりたちは、家に入らずに表に出ていた。どうしてもゆっくりの餡子脳では、飛行するものの行動予測がしにくいのだ。
「うー、ちょっと様子を見るんだどぉ」
 近くに降り立ち、偵察する。
「うー、あいつとあいつと……あいつらは少しはやりそうだどー」
 残っていたみょん隊長の部隊十匹を見て、れみりゃは即座に攻撃を仕掛けることにした。時間をかけていると、さっきの連中が戻ってくる。それに、何も今、ここにいるゆっくりを全滅させる必要は無い。少しは手強そうな兵隊ゆっくりを倒して、子ゆっくりを幾つか潰せばいいのだ。
「うーっ!」
 まずは不意打ちで、子供たちがたくさん集まっているところを守っていたれいむを叩き潰した。そして、子供たちに向けて叫ぶ。
「ぎゃおー! たーべちゃうぞー!」
 一瞬、完全に静寂になった。だが、その静寂が去れば、あとはもう阿鼻叫喚としかいいようがない地獄絵図である。
「ゆっきゅりぃぃぃぃ!」
「ちゃべないでええええ!」
「おきゃーしゃーん、ちゃすけちぇー!」
 子ゆっくりが悲鳴を上げて逃げ出し、赤ゆっくりの大半は逃げることもできずにその場で泣き叫ぶ。
「うー、ゆっくりさせてやるどー」
 れみりゃはぶんぶんと木剣を振る。軽い赤ゆっくりなどは叩いた時に木剣にへばりついてきたが、それも幾度も振っているうちにはがれて落ちた。
「ちゃすけでぇぇぇ!」
「ごろしゃにゃいでぇぇぇ!」
「みゃみゃあ、みゃみゃあぁぁぁ!」
 へたり込んで泣く赤ゆっくりたちを優先的にれみりゃは潰した。最初は木剣を振っていたが、すぐに、踏み潰した方が楽だというのに気付いた。
「ちぃぃぃんぽ!」
 惨劇に幕を引くべく最初に駆けつけたのは隊長みょんだった。その勇姿に、子ゆっくりも赤ゆっくりも、そして成体ではあるが戦闘向きではなく子供の世話のために残っていたゆっくりたちも目を輝かせる。
 隊長みょんは、兵隊ゆっくりたちの剣の指導もしている。長やその一家にも一目置かれている強い強いゆっくりなのである。
 当然、普通のゆっくりが相手ならば、みょん隊長が口で操る剣によって切り立てられてしまったであろう。みょん隊長の愛用の剣は人間が捨てていった金属の板を、石で叩いて時間をかけて作り上げた切れ味鋭い業物だ。れみりゃの持っているのは木製の剣。きっとみょん隊長の剣によって叩き折られてしまうに違いない。
 ゆっくりたちは経験によって、木よりも金属の方が堅いと思っている。実際は木にも金属にもそれぞれ色々な種類があるのだが、それほど間違った認識でもない。
 だから、ゆっくりたちは確信していた。みょんの剣とれみりゃの剣、打ち合わされればどちらが勝つか、を。
 これで勝った。もうあのれみりゃはおしまいだ。と、早くもゆっくりしているゆっくりすらいた。……さすがに脳天気すぎるが、中にはいるのである、ゆっくりなだけに。
 だが、弾き飛ばされたのはみょんの剣だった。剣ばかりでなく、みょん自身が飛ばされている。れみりゃの木剣は、特に堅い木を選んで咲夜が愛用のナイフで削って作ってくれたものである。その辺の金属板には決して引けをとらないし、なによりも、重さが違いすぎた。
 みょんの剣技は、ゆっくりみょんの中でも高いレベルにあったが、圧倒的なウエイト差の前には無力だったのだ。いや、それだけに理由を帰するわけにもいかない。れみりゃの剣技もまた、馬鹿にしたものではないからだ。
「うー、こんばくりゅうを見たか、だどぉ」
 魂魄流、と言っているつもりである。剣術には○○流とかいう分類があるらしい、と小悪魔に吹き込まれたれみりゃが、それでは自分がやっているのは何流か、と言い出したのにパチュリーが、魂魄妖夢が祖父から教わった技を習っているのだから、魂魄流だろうと適当なことを言ったためにそういうことになってしまった。たぶん、妖夢に言ったら止めてくれと言われるだろう。
「うー、でもおまえもこんばくりゅうと見たどぉ」
 ゆっくりみょんは言うまでもなく、魂魄妖夢を模したゆっくりである。それが使う剣技であるから、本家のそれと似通ったところがある、というわけではなく、れみりゃは強い剣士は全員魂魄流をやっていると思い込んでいるのである。
「ゆっくりさせてやるどぉ」
 生かしておいては厄介と踏んだれみりゃは、飛ばされて地面に落ちたみょんに追撃をかける。振り下ろした一撃を転がってかわしたのは、このみょんの高い身体能力を示していたが、既に口に武器無く、第二撃を防ぐことはできなかった。
 みょん隊長があっさりやられた。その衝撃をまともに受けて、部下の兵隊ゆっくりたちは逃げ出した。
「ゆっきゅりぃぃぃぃ!」
「ちゃすけてえええ、ちゃすけてえええ!」
「ゆっきゅりできないよぉぉぉ!」
「ゆゆっ! 赤ちゃんたち!」
 泣き叫ぶ赤ゆっくりの声に立ち止まった兵隊ゆっくりから、れみりゃの木剣の餌食になった。赤ゆっくりや子ゆっくりなどいつでも殺せると判断したれみりゃは標的を兵隊ゆっくりに絞ったのだ。
 なんといっても、この群れのゆっくりたちに致命的に欠けていたのは実戦経験であった。経験したといえば、長とその一家に続いて口にくわえた武器を振るって走るだけ。長一家の最初の攻撃で敵は逃げ出しており、実際に戦うことなど無かったのである。そのため、あっさりと仲間、特に頼みとしていたものが殺されると簡単にパニックになってしまう。
 先ほどは、長まりさや長女まりさがすぐに叱咤激励して立て直したが、この場にはいない。それをやるべきは、この群れに流れてくる前は方々を渡り歩いていて実戦経験もある隊長みょんであったが、それが殺されたことにより起こった恐慌なので治められるものがいない。
「だじゅげ……」
 赤ゆっくりたちの助けを求める声に背を向けて、自ら助けを求めようとしたれいむを潰して、これでこの場に残った兵隊ゆっくりは最後だった。
「うー、さっきの奴らが戻ってくるまで、できるだけ殺すんだどぉー」
 尻を振り振り謎のれみりゃダンスを踊りながら、生き残っている赤ゆっくりたちに近付く。
「ゆゆーっ! やっぱりこっちにいたよ!」
 長たちが戻ってきた。
「うー、はやいんだどぉ、もっとゆっくりしてればいいんだどぉー」
 思っていたよりも早く戻ってきたので、れみりゃは一度撤退することにした。
「うー、ちょっとあまあま持っていくんだどぉ」
 ついでに赤ゆっくりを何匹か掴んで服のポケットに突っ込んだ。そろそろ空腹であるし、しばらく休憩しようと思ったのだ。
「ゆぎぃぃぃぃぃ!」
「みゃみゃぁ! ちゃすけちぇ!」
「やめちぇね! はなちちぇね!」
 赤ゆっくりたちの声など聞こえていても聞こえないのも同然である。れみりゃは既に薄暗くなった空へと飛び立っていった。
「ゆ゛う゛う゛う゛ぅぅぅぅぅ」
「ひ、ひどいよ! ひどすぎるぅぅぅぅ!」
「あ、赤ちゃんたちがああああ!」
 それあるを覚悟してはずなのに、その惨状を見ては悲しみのあまり叫ばずにはいられなかった。
「ゆぅ、ごめんね、みんな、まりざが、ぼっとはやぐ気付いていだら」
 長女まりさが涙声で言いながら、何度も赤ゆっくりたちの死骸に謝っているのを、他のゆっくりたちが慰めた。
 れみりゃに騙されたことに一番最初に気付いたのは、やはり群れで一番賢い長女まりさであった。れみりゃはもうここにおらず、子供たちがいるおうちを襲撃するつもりかもしれない、長女まりさがそれを告げた時、ゆっくりたちはパニックを起こしかけた。皆、自分の子供がいる。兵隊ゆっくりである前に親ゆっくりなのだ。
 とにかく戻ろう、と長女まりさが言い、長も同意した。もし違ってもいい、とにかく戻ろう。とにかく子供たちの所へ戻ろう。むしろ、この予想が間違っていて子供たちが無事だった方がいいよ、まりさの予想は間違って欲しいよ、長女まりさの言葉に皆強く頷いた。そして、祈りながら、長女まりさの予想よ外れてくれ、と祈りながら全速力でゆっくりしないで戻ってきたのである。
「ゆ゛、ゆ゛るざないよ゛ぉぉぉぉ!」
 長まりさの、血涙ならぬ餡涙くだるがごとき怒りの形相。
「れ゛み゛り゛ゃ゛、ゆ゛っぐりごろじてやるぅ゛!」
 群れの皆はそれに同調して咆哮する。
「うー、こわいこわいどぉー」
 森に響き渡る怨嗟の声を聞きながら、れみりゃは言った。完全に小馬鹿にしているようで、実際しているのだが、その一方で、れみりゃは決して油断していない。あの恨みの力は恐れるべきだ。恐怖するに値する。
 れみりゃは油断しない。油断するなと教えられた。母は、油断したために殺されたのだから。
「れみりゃはゆっぐりしないんだどぉ」
 ゆっくりとは、油断だ。だから、れみりゃはゆっくりしない。
 れみりゃがゆっくりするのは、死んだ時だけだ。
「ここまで来れば大丈夫だどぉ」
 群れの集会場から、十分に離れた木の上に降りて、太い枝の上に腰掛ける。
 そろそろ、夜が近い。
「少し寝てから、こうげきさいかいだどぉ」
 本来れみりゃは夜行性だ。夜という舞台でこそ十分に実力を発揮する。
 しかし、しっかり寝ておかなければ、いくら本領発揮の夜といえども十二分に力は出せない。
「寝る前にお食事するどぉー」
 ポケットに手を入れて先ほど捕獲しておいた赤ゆっくりを取り出す。とりあえず最初に掴み出したのはれいむ種だった。
「ゆぴぃー、ゆぴぃー」
 ぐっすりと寝ていた。世界一脳天気な生き物といわれる赤ゆっくりの面目躍如である。どんなに恐ろしいれみりゃに捕まっても、その姿が見えなくなってゆらゆらと揺られているとあっさりとおねむーなのである。
「いただきまーす、だどぉ」
 構わず、れみりゃは赤れいむを口に放り込んだ。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ?」
 さすがに目を覚まして状況を確認しようとしているらしいが、何が何だかわからないだろう。
「ゆぎゃっ」
 奥歯で押し潰されて、れいむは静かになった。それからほんの少しの間だけ生きてはいたようだが、すぐに完全に咀嚼されて絶命した。
「うー、もう二つあるんだどぉ、あまあまー」
 次に取り出したのは赤まりさ。これもゆぴぃー状態である。両親が見れば「とってもゆっくりしているね!」と言うに違いないゆっくりした寝顔である。
「あーん」
 しかし、一応同じゆっくり種とはいっても、捕食種は通常種とは違う美的感覚で生きているので、その寝顔をゆっくりしているともかわいらしいとも思わずに、ただの食料として口に入れた。
「ゆゆっ? きょきょはどきょ?」
 やはり、口の中で目を覚ましてまりさは、自分の置かれた状況を確認しようとするが、このまりさは先ほどのれいむよりも聡明なのか、すぐに何があったかを思い出した。
「ゆぅぅぅ、まりしゃ、れみりゃに捕まっちゃったんだ! ゆえぇぇぇん!」
 記憶力が鳥以下、特に赤ゆっくりは本当に刹那に生きていると評される生物としては、相当に頭がいいと言っていいだろう。きっとこのまま育てば、長女まりさのような賢いまりさになるだろう。だが、もう捕食種の口の中なのである。
「ゆっ、おきゃーしゃん! おきゃーしゃんがたしゅけてくれたんだね! そういえばきょきょはおきゃーしゃんのおくちのにゃかだよ!」
 もう、そう思い込むことで自我の崩壊を救っているのか、赤まりさはおきゃーしゃん、おきゃーしゃん、と嬉しそうな声を上げる。
「うー、おきゃーしゃんだどぉ」
 れみりゃ以外のなにものでもねえじゃねえか、と言うしかない言葉使いで母を名乗るれみりゃに、まりさはゆゆぅとおめめを輝かせた。
「おきゃーしゃーん! ちゃすけてくれてありがちょー!」
「うー、おきゃーしゃんはお腹空いてるからたーべちゃうぞー」
 舌で赤まりさを奥歯の上に追いやって、遠慮なく噛み潰す。
「おきゃーしゃん、にゃにするにょー! ちゃべないでえええええ!」
「うー、うるさいんだどぉ、おきゃーしゃんは疲れてあまあまが欲しいんだどぉ」
「おきゃーしゃん、にゃんでぇ、ゆ゛ぅぅぅ」
「うー、ちょっとかわいそうになってきたんだどぉ……」
「もっど、ゆっぎゅりちたがっだ……」
「うー、実はおきゃーしゃんじゃなくてれみりゃだどぉ、おきゃーしゃんは赤ちゃんを食べたりしないんだどぉ」
「ゆ゛……ぅぅぅ……」
「うー、これでおきゃーしゃんに食べられたんじゃないとわかって、ゆっくりできるどぉ。うー、いいことしてしまったどぉ」
 いいこたねえよ! と突っ込むものが誰もいないので、れみりゃはしばし自らの善行に酔っていた。
「うー、さいごの一個を食べて寝るどぉ」
 最後は、赤れいむであった。先ほどの赤まりさの断末魔によって起こされたのであろう。目を覚ましてガタガタ震えている。
「ゆ゛ー、やべちぇね。でいむおいちくにゃいよ」
 無駄とわかっていつつも、必死に懇願する。
「うー、食べ過ぎるとおなかぱんぱんになって動きがおそくなるんだどぉ」
 と、いうことを咲夜に教えられたのを今思い出した。
「少し物足りないぐらいでちょうどいいんだどぉ、こいつは食べるの止めておくべきか、悩むんだどぉ、おなかの具合はびみょーなとこなんだどぉ」
 れみりゃの独り言に一抹の希望を抱いた赤れいむは、ここぞとばかりに喚き立てる。
「にゃやむことにゃいよ! ちゃべないほうがいいよ! れいむおいちくないち、ちゃべるとおにゃかこわすかもしんにゃいよ!」
「うー、ん」
「ちゃべないほうがいいよ! ちゃべないほうがいいよ! じ、じちゅは、れいみゅのなかはうんうんなんだよ!」
 もう必死も必死、とうとう自らをクソ袋呼ばわりである。
「うー、半分だけ食べるどぉ」
 がぶりと、後頭部を齧りとって、残った部分は捨てた。
「うー、よく噛んで味わうんだどぉ」
 れみりゃが最後のあまあまを飲み込んで眠りについた頃、下の方では、奇跡的に柔らかい草がクッションになって生き延びた前半分だけのれいむが、蟻にたかられてめでたく食物連鎖の輪の一部になろうとしていた。
「や、やめちぇね、ありしゃんやめちぇね! れいむ、うんうんだよ、うんうんでできてりゅんだよ!」
 アイアムクソ、と叫びながら、赤れいむは蟻さんの餌になって死んだ。

へ続く)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年06月01日 05:07
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。