「ゆっゆっゆっ......」
「「ゆっゆっゆっ......」」
きれいに舗装されたアスファルトの上を跳ねる3匹のゆっくり。
1匹は成体のれいむ。残りはピンポン玉ほどの大きさの赤れいむが1匹、赤まりさが1匹。
どうしてこんな都会の真ん中を跳ねているのでしょうか。
答えは簡単です。彼女らはもともと森で生活していましたが、よりゆっくりした生活を手に入れるために、
そしてたくさんの物に一緒にゆっくりしてもらうために、遠路はるばるこの街へやってきたのです。
いかにもゆっくりらしく、微笑ましく、そして浅はかな考えです。
「ゆっ......ゆっくりしていってね!」
先頭を行く成体れいむが振り返り、後ろにいた赤ゆっくり達に声をかけました。
「「ゆっくちちていっちぇね!!」」
赤ゆっくり達は元気に返事をします。
成体れいむはそれを見て満足そうに笑みを浮かべると、また向き直って跳ね始めました。
もうお分かりでしょうが、この成体れいむと赤ゆっくり達は親子です。
......実は昨日この一行が街に来たときは、もう一方の親である成体まりさも一緒でした。
しかし街に着いたとき、親まりさは初めて目にしたすごいスピードで走っている車の前に飛び出して、
「ゆっくりしていってね!」
と挨拶しました。
その1秒後、親まりさは全身の至る所から餡子を猛烈な勢いで飛び散らせ、
また1秒後、車が通りすぎた後、何が何だか分からないくらいグチャグチャに潰れていました。
「ゆ゛う゛う゛う゛う゛!!ゆっぐりじでいっでねっ!!ゆっくりじでえええ!!」
「ゆっぐち!!ゆっぐぢい゛い゛い゛い゛!!」
親れいむと子ども達は突然起こった惨事に号泣しつつ、道端から親まりさだった物に向かって声をかけました。
近寄ろうにも、後から後から車がビュンビュン走ってくるので近寄れません。
次々と行き交う車に幾度となく踏みつぶされ、次第に皮や帽子の残骸は風化していき、
最後には大きな染みしか残りませんでした。
「......」
「......」
それを見た家族は向き合って、決意しました。
「ゆぅ......ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくちちていっちぇね!」」
死んでしまったものはしょうがない。
親まりさの分まで、目一杯ゆっくりしようと。
そのためにまずすべきことは、ゆっくりできるおうち探しです。
昨日親まりさが踏みつぶされた後も街を跳ね回りましたが、ゆっくりできそうな場所は見つかりませんでした。
なので昨晩は何もない道端で、寒風にさらされながら過ごしました。あんな目にはもう二度と遭いたくありません。
「ゆっ......ゆっくりしていってね!」
「「ゆっくちちていっちぇね!」」
親れいむは親まりさに代わって先頭を行くことになりました。
しばらく跳ねては振り返り、子ども達がちゃんとついてきているかを確認します。
「ゆっゆっゆっ......」
「「ゆっゆっゆっ......」」
ですが、そうしてゆっくり進んでいるうちにどんどん日が傾いてきました。
このままでは昨日の二の舞です。それどころか、昨日から何も食べていないのでそろそろ限界です。
寒空の下で、ずっとゆっくりしてしまうかもしれません。
「ゆっくり......したいよ......」
「ゆっくり......できにゃい......」
跳ねる気力もなくなった3匹は、芋虫のように這ってのろのろと進みます。
その時、一行はどこからか流れてくる甘い匂いを嗅ぎ取りました。
その匂いに引きずられて這って行ってみると、ポイ捨てされたオレンジジュースの空き缶が横たわっていました。
中身が幾分か入ったまま投げ捨てられたらしく、缶を中心にして小さな水たまりができています。
「ぺーろぺーろ......しししあわせー!」
「「ちあわちぇー!!」」
まさしく地獄に仏、渡りに船。親子は夢中でコンクリートを舐めました。
「ゆっくりできたよ!」
「「ゆっくちー!」」
完全回復した3匹。一息ついて辺りを見回してみると、前と左右の3方向に垂直な壁がありました。
「ゆゆっ?」
コの字型にそびえ立つコンクリートの壁。上の方には緑色のネットが縛られています。
ここは、とあるマンションのゴミ捨て場でした。
親れいむは考えました。ここなら寒風にさらされることもありません。
少し悪臭を感じますが、充分我慢できます。
ちゃんとしたおうちを見つける前に、今日はここに泊まっていこう、と。
「ゆっくりしていってね!!」
「「ゆっくちちていっちぇね!!」」
満面の笑みでぽよんぽよんと跳びはね、3匹は喜びを分かち合うのでした。
そして、コの字の壁の隅に何かが捨てられているのに気がつきました。
『それ』は落ちかけた陽の光に照らされ、淡い光を発しています。
「ゆっくりしていってね!!」
「「ゆっくちちていっちぇね!!」」
3匹は、『それ』に対しても元気な声で挨拶をします。返事は返ってきませんでしたが。
しかし、3匹とも『それ』の白くてつるつるしたボディに興味津々です。
「ゆっくり!ゆっくりー!」
「「ゆっくちー!」」
『それ』の周りを跳びはねてみたり、頬ずりをしてみたり。
一緒にゆっくりしてもらいたいという、3匹の目一杯の愛情表現でした。
そんな親子の願いが通じたのか、『それ』は目を覚ましました。
正確には、親れいむの体当たりによって目を覚まさせられた、と言うべきでしょうか。
親れいむの頬が、うまい具合に『それ』に付いている青いボタンに当たりました。
グオオオォオォォン......
低いうなりをあげて、動き出す『それ』。
体から伸ばしているホースの口から、空気を吸い込み始めました。
「ゆゆゆっ?」
偶然ホースの先にいた子まりさ。突然の引っ張られるような感覚に、その方向とは逆に跳ねようとします。が――
「ゆゆーっ!!ゆっくち!ゆっくちちていっちぇね!」
頭に載せていた帽子がふわりと浮いて、ホースの中に吸い込まれていきました。
急いで帽子を追って、子まりさはホースの中に飛び込みました。
「ゆうーーっ?ゆうううぅぅ!!」
吸われるがままに、ホースの中をころころと転がっていきます。
「ゆぶふっ!ゆふっ、ゆげほっ!ゆ......ゆっくちできにゃいよ!」
そして、辿り着いた『それ』の本体の中心から、ゆっくりできない悲鳴をあげました。
『それ』とは、コードレスのハンドクリーナーです。
内蔵の充電池で動く小型の掃除機で、独り暮らしの男性の嫁......否、友として全国で活躍しています。
本来ならホースの先端に付いている、床を広範囲で吸い込むためのT字型のブラシ。
あの部分が壊れてしまったために、この白い掃除機は捨てられてしまったのでした。
しかし、中の充電池は力を残していました。
親れいむが電源を入れたことで、掃除機は最後の仕事を始めました。
「ゆげほっ!げほっ!ゆっぐ、ぢ、ざじぇで......げほっ!」
集塵袋の中でもだえ苦しむ子まりさ。もうもうと立ちこめる塵が目と口を容赦なく襲います。
涙を流しても、その涙にたちまち塵が貼り付いて、目とまぶたの隙間に入り込みます。
げほげほと咳き込んでも、そのあとに大きく息を吸ってしまうので、再び喉の奥に塵が舞い込みます。
「ゆがっ......! ひゅはっ......ゆっぐほっ......! じっ......!」
「ゆううううぅぅっ!!ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってねっ!!」
「ゆっくち!ゆっくちちてぇ!」
れいむ親子は、子まりさが吸い込まれる一部始終をしっかり見ていました。
なぜこの物体が突然子まりさを飲み込んだのかはわかりません。
でも物体の腹の中から聞こえる子まりさの悲鳴から、ゆっくりできない物であることは理解しました。
「ゆっくりさせてね!」
親れいむは掃除機に本気で体当たりをしかけます。
古い掃除機はその度に苦しそうなうなりを上げますが、吸い込みを止めようとはしません。
「ゆっくちぃ!ゆっくちちていっちぇねええぇ!!」
子れいむはホースの口をのぞき込み、子まりさにエールを送ります。
れいむ種の飾りは頭に結びつけてあるリボンなので、帽子ほど簡単には飛んでいきません。
あまりホースに近付きすぎずに、思いっきり踏ん張れば吸い込まれることもありませんでした。
「ゆっくり!させてねっ!」
親れいむが、掃除機に付いている赤いボタンを押さなければ......の話でしたが。
グオオオオオオオオオオオ!!
「ゆううっ?ゆっくちゆゆゆうううう!!」
“強”のボタンを押された掃除機は、“弱”とは段違いのパワーで吸い込みを始めます。
子れいむはいとも簡単に吸い込まれて、子まりさと同じように中を転がっていきました。
「ゆぶっ!ゆ......げふぉっ!ゆがっ!ゆっぐ、ぢいいい!!」
「ゆかはっ......はっ......」
当然、辿り着くのも子まりさと同じ場所です。集塵袋という名の地獄に叩き込まれました。
「ゆゆゆうううぅぅ!!ゆっくりいいぃぃ!!」
焦ったのは親れいむです。何だかよく分からないうちに、悲鳴が2匹分に増えているのです。
しかもそのうちの片方の声は、相当にか細い物になっていました。
もはや一刻のゆっくりの暇もない。そう思った親れいむは、渾身の力で体当たりを加えました。
「ゆっくり......させてねぇっ!!」
それを受けた掃除機は大きく横滑りして、コンクリートの壁に当たった後にぐるんと水平回転しました。
ホースも鞭のように波打って回転し、先端がコの字の壁の隅の、最も奥まった場所に向きました。
そこには、大量の砂利が溜まっていました。
ザリジャリジャリザリジャリ!......と、盛大な音とともに砂利が吸い込まれて――
「ゆぎゃああああああぁぁ!!」
「ゆぎいいいいいいいぃぃ!!」
勢いよく集塵袋の中に飛び込んで行き、子まりさと子れいむの全身をズタズタに引き裂きました。
「もっ......ゆっくち......ちたかった......ょ」
「ゆっ......くち」
幼い2匹は、傷だらけの全身を砂利と塵まみれにして呟きました。
その小さな最期の言葉は、掃除機のうなる音にかき消され、誰の耳に入ることもありませんでした。
親れいむは一層焦りました。ひときわ大きな悲鳴が聞こえたと思ったら、そのあとは沈黙。
何とかして、今すぐに助け出さないと。すでに手遅れだということを知らない親れいむは
眉間にしわを寄せて、それだけを考えました。
ほどなくして、名案が浮かびました。
未だに吸い込みを続けるホースの口に対して、真正面に立つ親れいむ。
キリッと吊り上がった眉から、彼女の決意がにじみ出ています。
「ゆっくり......していってねっ!!」
親れいむは大きく口を開け、ホースをパックリとくわえました。
これはいけません。よい子のみなさんは決して真似をしないで下さい。
「ゆごぶっ!!」
掃除機の吸い取る力の全てが親れいむの口内に集中します。
唇で挟み、押さえ込む力などまるで無視して、ホースの先端が親れいむの喉の奥に突き刺さりました。
「ゆげべべべれべれべべ!」
喉の奥から餡子をグイグイと吸われていきます。
親れいむは、ホースの口から子ども達を吸って取り返そうと思ったのです。
人間でも不可能なそんな芸当、できるはずがありません。
「ゆごがべべべれべ......」
親れいむの名案は一瞬で崩壊しました。
もう、これは、無理だ。
徐々に遠のいていこうとする意識の中で、親れいむは悟りました。
何とか舌をホースの口にあてがい、離脱しようと試みます。
「ゆべべ......ゆぎゅううう!?」
......しかし、ホースの中に舌が引きずり込まれ、それも失敗に終わりました。
「ゆぎゅぎゅううう!!」
舌根の一番深いところがぎりぎりと締め上げられ、ちょっとも持たずに引きちぎられました。
「ゆ゛あっ......ばばばらばあば」
そのまま、また喉の奥を吸われます。
その付近の餡子はあらかた吸われ、さらに奥にある皮まで吸い込まれ始めました。
後頭部が少しへこんでいます。
突然ですが、ちょっと想像してみてください。
まず、ビニール袋を広げます。
次に、左手の親指と人差し指で輪を作り、それをビニール袋の内の、底の中心に置きます。
最後に、右手で左手の輪の中から袋の底をつまみ、左手を固定したまま、引き上げます。
......どうなるでしょうか。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!」
親れいむの後頭部が引きずり込まれました。次いで頭頂部とえり足、さらに目とおしりの部分......
全身が口から完全に裏返り、歯があり得ない方向に開いています。
そのまま徐々に、徐々に引きこまれていきます。
「あ゛あ゛ぁ 」
親れいむの最期の叫びは、声になりませんでした。
唇の端が切れて、そこから一気に亀裂が入りました。
親れいむはぐちゃぐちゃに引き破られ、するりとホースの中に滑り込んでいきました。
シュウウウゥゥゥ......
掃除機も力を使い果たし、最後の仕事を終えました。
陽が沈みきり、辺りは静寂と暗闇に包まれました。
あとがき
なぜかですます調に......
過去作品
- ゆっくりバルーンオブジェ
- 暗闇の誕生
- ゆっくりアスパラかかし
最終更新:2011年07月28日 12:36