「おともだち」(後編)



―― 5B ――


「君は、あの下等生物と友達の関係にあるのか。
 君は、向上心もプライドも捨て、“アレ”と同じになろうというのか」
「ち、ちがっ!……僕はあんなやつっ!!!」
「言い訳は無用。どうやら君は適格ではないようだ。この話、無かったものと思ってくれ」

バタンと、後部座席のドアが閉じる。
直後、エンジン音を響かせながら車が走り始めた。
反射的に振り返って、全速力で車を追い始める少年。

「待って!! 違うんです!!! これは何かの間違いなんだ!!! 僕はあんなやつなんか知らない!!!」

どんなに必死になって追いかけても、どんなに必死になって叫んでも、追いつかない、届かない。
無情にも、車はどんどん小さくなっていく。少年が走る数倍のスピードで、どんどん離れていく。

「違うっ!! あんなクズ、僕の友達じゃないッ!!! ゆっくりなんかが、友達なわけないッ!!!」

「ぜはっ……止まって!!! お願いだから……止まって……! 僕は…もう戻りたく…ない……」

「僕の話を聞いて!!! んぐっ…本当にっ…あんなやつ…! 僕はっ…もう…! 苦しいのは…嫌なんだ……!」



そして、数分走り続けたところで、車は完全に見えなくなった。



「あ……あァアァア……ガ……ギぃ…うっ……」

その場で膝をつき、少年は地面に倒れこむ。
何がおきたのか分からない。視界が歪んで、上も下も分からなくなる。
飛んでるのか、落ちてるのか、どちらでもないのか、さっぱり見当がつかない。

「ヒ……ヒア゛ァ゛ア゛……ウ゛…ゴッ…ウ…グイ゛…ア゛ァァア゛ア゛ァ……!」

奇怪な声を上げながら、咽び泣く少年。
地面が船のように大きく揺れて、気持ち悪くなっていく。
実際には何も起きていないはずなのに。まるで世界が崩れ去ったかのよう。
吐きたくても吐き出せない苦しさに耐えかねて、口をパクパクさせながら地面を這い蹲る。

脳裏に浮かぶのは、今まで以上に凄惨な光景。
父からも、“奴ら”からも逃れられず、今まで以上に惨たらしい仕打ちを受ける自分の姿。
掴みかけた天国への切符を、こうも残酷に奪われるなんて。
少年は、つい数分前まで想像すらしていなかった。
いっそ八つ裂きにしてくれたほうが楽だ。そういう世界に、少年は突き落とされたのだ。

一度でも、自分が天国にいる姿を想像してしまったから。
地獄から逃れられると、一瞬でも期待してしまったから。
もう、気丈に耐えることはできない。打ちのめされたら、立ち上がる事が出来ない。

狂う。
狂ってしまう。
昨日までと同じ生活なんて、もう考えたくない。
もう、嫌なんだ。
戻りたくない。
あの地獄には、戻りたくない。
助けて。
たすけて。
おねがいだから。
たすけて。

「ガヒッ……ゴヒュッ……ヴ……エゲエエェェエエェ!!!!」

少年は、胸を掻き毟りながら、それでも車が走り去っていった方向を見つめ続けた。



それからどれぐらい時間が経っただろうか。
数秒かもしれないし、数分かもしれない。
きっと、数時間だろう。

少年の視界を遮るように、れいむが立っていた。
口を開いたまま、涎を垂らしながられいむを凝視する少年。
そんな彼に向かって、れいむは胸を張ってこんな言葉を投げかけた。



「ゆっ!!これからはずっといっしょにゆっくりしようね!!!」



少年の目の前には、小さな悪魔が立っていた。
悪魔は、少年に微笑みかけた後、満足げにその場から立ち去っていった。
頭上に7つの悪魔の子を宿したまま。


ふひひひひ

ふひひひひっ

えへへへへ

ぐぇへへへへ

ふひっ ふひっ あひひひひひひ

ほへへへへへへへへへへへへ ふほほほほほほほほほほぶっ



―― 6 ――



翌日早朝。

れいむの巣がある河原に、少年の姿はあった。
白い大きな袋に、何かを詰め込んでいく。
口笛を吹きながら、ぴぃっとガムテープで“それら”の穴を塞ぎ、ひとつずつ袋に詰め込む。
動作が逆だったら、サンタクロースにでも見えたかもしれない。

だがその表情は、子供たちにプレゼントを配るサンタクロースとは似ても似つかなかった。
口は笑っているが、目は怒っている。
頬は弛緩しているが、眉間には深い皺。
顔の筋肉が、正常に機能していなかった。

袋の中の“それら”が動くたびに、膝で蹴りを入れる。
中身がおとなしくなると、少年は再び袋詰めの作業を開始した。

誰もが眠っている時間。
周囲に生息するゆっくりも、熟睡している。
だから、止められないし………逃れられない。



1時間後、霧の濃い河原を横切り、少年はれいむの巣の前で腰を下ろす。
すでに朝日が昇り、周囲のゆっくりも活動を開始する時間である。
しかし、異様な静けさを破るゆっくりの大声は、聞こえてこない。
起床直後に叫ぶあの声が、届いてこない。

少年は両手で顔の筋肉をほぐし、統率の取れた笑みを浮かべる。
しかし、理性を伴わない、狂気の微笑み。何もかもが破綻した、崩壊を象徴させる笑みだった。

「れいむ。出ておいで」

いつもと同じ調子の声で、巣の中のれいむに呼びかける。
すると、眠そうに目をぱちくりさせながら、れいむがゆっくりと巣穴から出てきた。

「ゆゆ?おにーさん!!ゆっくりしていってね!!!」
「あぁ、ゆっくりしていくよ。れいむ、君に朝ごはんを持ってきてあげたよ」

背負っている白い袋を指差す少年。
れいむは一切不信感を抱かず、パァッと表情を明るくし、背後の巣穴に向かって呼びかけた。

「ゆゆっ!!あさごはんだって!!おちびちゃんたち!!!ゆっくりでてきてねっ!!」
「ゆっくち!!!」「あしゃごはんっ!!!」「むーちゃむーちゃするよ!!」

れいむの背後から出てくるのは、れいむ種3匹とありす種4匹の、合計7匹のぷりぷりっとした赤ちゃんゆっくり。
どうやら昨晩のうちに出産を終えたらしい。
もともとは強姦によって孕んだ望まぬ子供だったが、以前失った子供の代わりに育てることにしたのだろう。

赤ん坊達は母れいむに頬ずりしながら、『すーりすーり』と嬉しそうな声を上げている。
れいむは幸せを噛み締めながら、少年を見上げた。

「ゆゆん!!とってもゆっくりしたあかちゃんだよ!!!おにーさんもいっしょにゆっくりしてあげてね!!!」
「うん、そうするよ。さて、君たちに朝ごはんの“あまあま”をあげるよ」

少年の言葉を聞いて、目を輝かせるゆっくり一家。
特に赤ん坊達は涎を垂らしながら、物欲しそうな視線を少年に向けている。
生まれて初めて食べるあまあまである。楽しみでないわけがない。

「さーて、どれにしようかな。よし、まずはこれにしようか」

そう言って少年が取り出したのは、1匹のゆっくりまりさだった。
口はガムテープで塞がれていて、どんなに叫ぼうとしても声を発する事が出来ずにいる。
壊れた水道みたいに目から涙を溢れさせ、れいむ一家に視線で助けを求めようとしていた。

「ゆゆっ!?それはれいむのともだちだよっ!!!あまあまさんじゃないよ!!!」
「ゆっくちぃ!?」「まりさおねーしゃんくるしそうだよ!!」「おにーさん!たちゅけてあげてね!!!」

どうやら、れいむの知り合いだったらしい。
まぁどうでもいいや。少年は一家の叫び声を無視して、“それ”を千切り始めた。

「食べやすいように千切ってあげるから、ちょっと待っててね」

ゆっくりまりさの後頭部を、一口大に手で千切っていく。
その度に激痛に身を震わせるまりさ。暴れないように、少年は左手で力強く上から押さえつけた。

「やめちぇあげてね!!!やめてあげてにぇ!!!」
「こんなのゆっくちできないよ!!!ゆっくりちないでやめてよぉ!!!」
「おねがいだよ!!!やめてあげて!!!まりさがかわいそうだよ!!!いたがってるよおぉぉぉおぉ!!!」

一家の懇願は受け入れられず、地面には8つのまりさの欠片が並んだ。
本体の方はというと、身体を半分失ってビクビクと痙攣している。
少年は一言『いただきます』というと、そのまりさの断面に勢いよく齧りついた。

「ん! うまい! ほらほら、みんなも遠慮しないで食べなよ。冷めると不味くなっちゃうよ」

にっこり微笑む少年は、口の端についた餡子を指で取って、舐め取った。
一方、目の前の饅頭の欠片に、一家は口をつけようとしない。
少年は苦笑いしながら、次々と“あまあま”を取り出していく。

れいむ。まりさ。ありす。みょん。ぱちぇ。ちぇん。らん。
ゆかりんは、あまあまではないらしいのでその場で潰して捨ててきた。

すべて、周辺に住んでいたゆっくりたちである。
一様に口にはガムテープが貼られており、目で訴えかけることしか許されない。
次々と取り出しては、千切って、取り出しては千切って、一家の目の前に並べていく。
そして、食べては捨て、食べては捨て、を繰り返す。ゆっくりだったモノの山が出来ていく。

狂気。
れいむたちには理解できない所業。
一緒にゆっくりした友達も、自分を虐めてきた嫌な奴も、分け隔てなく食べ物として並べられていく。
いつもすりすりした友達が。一緒に狩りに出かけた友達が。自分に噛み付いてきたゆっくり出来ないやつが。
みんな、みんな、バラバラに解体されて、目の前に並べられていくのだ。
恐ろしくて、恐ろしくて、動くことも瞬きも出来ない。

少年は首をかしげながら、疑問を口にした。

「あれ? もしかしてこういうの好みじゃないの? それとも今はお腹空いてないのかな?」

「びゃあ゛あ゛ぁぁあ゛ぁ゛あぁぁぁぁあぁ!!!ゆっぐぢでぎないい゛い゛いぃい゛いぃぃぃいいいぃ!!!」

その直後、堰を切ったように1匹の赤ちゃんありすが泣き始めた。
空気を震わす絶叫。耳を塞ぎたくなるような騒音だ。

「わがまま言っちゃ駄目だろぉ? 仕方ないな、お兄さんが食べさせてあげるよ」
「はがっ!?あがあああぁああ?!あっあああぁぁっ!!!」

少年は、赤ちゃんありすの5倍はあろうゆっくりの残骸を手に掴み、もう片方の手で強引に赤ちゃんありすの口を開く。
必死に底部を動かし、顎に力を込めて逃れようとするが、少年の力に敵うはずがない。

「ほら、たぁんと食べな」
「ん゛え゛ェっ!?!?」

みちみちと口を引き裂きながら、ゆっくりの残骸が赤ちゃんありすの中へと侵入していく。
数秒もかからなかった。突っ込まれた“あまあま”もろとも、赤ちゃんありすは無残に爆ぜて散った。

ぱらぱらと、少年の両手からカスタード饅の欠片が落ちていく。
手についたクリームを舐め取ると、彼はにっこり微笑んだ。

「あははは。やっぱりあまあまは美味しいなぁ。あれ? ありす? どこに行っちゃったの?」

状況を把握していない少年。
それに対し、残された7匹のゆっくりは、今起こったことを正確に認識してしまっていた。
飛び散る黄色い欠片。白と黒の寒天。千切れた赤いカチューシャ。その意味するものを、理解してしまった。
6匹の赤ちゃんゆっくりたちは、ぶくぶくと薄茶色の泡を吹きながらコテッと気を失った。

「どうしで……どうじでごんなごどずるのおおおおおぉぉおおぉぉぉっ!?!?!?」

怒りを込めて問いをぶつけるれいむ。
どうしてこんなにも楽しそうに、笑いながら自分たちを殺してしまう事が出来るのか。
どうして自分たちが、こんなにも酷い目に遭わなければならないのか。
自分たちが何をしたというのだ。ただゆっくりして、ゆっくりして、ゆっくりしていただけなのに。
怒りと疑問を、少年にぶつける。

「どうしてって…朝だから朝ごはん食べなきゃ。じゃないと一日が始まらないよ?」

当然だという風に、少年は答える。
『どうしてそんな当たり前なことを聞くの?』とでも言いたげな顔だ。

分からなかった。全く分からなかった。
少年の返答が、目の前の惨状と繋がらなかった。
朝ごはんを食べることと、ゆっくりたちをバラバラに引き裂く事が、どうしても繋がらなかった。

「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛…ゆ゛っぐり゛り゛り゛り゛り゛り゛り゛り゛り゛……????」

分からない。分からない。分からなくて、怖い。怖くて、分からない。
がちがちと歯を鳴らしながら身震いするれいむ。目の前の人間が、分からない。

「さて、お腹いっぱいになったところで、皆で遊ぼうか。何して遊ぶ?」
「ゆっ!?」

“朝ごはん”が終わる。
れいむはそれを、惨劇の終わりだと短絡的に認識した。
途端に頬がだらしなく緩む。
全身の緊張が解けて、生まれつきのふてぶてしい笑みが戻ってくる。
だが、誤解だった。“朝ごはん”が惨劇なのではない。

目の前の人間が、惨劇なのだ。

「う~ん、赤ちゃん達が眠そうだね。よし! それじゃぁ眠気の醒める遊びをしよう!」

少年はガムテープを用いて、失神したままの赤ちゃん達の口と目を塞いでいく。
それを、空っぽになっていた白い袋に順番に詰め込んでいく。
直後、れいむの頭の中に、バラバラに引き裂かれて痙攣する赤ちゃん達の姿が浮かぶ。
そんなゆっくり出来ない行為を止めようと、れいむは必死に体当たりを繰り出した。
しかし、少年は『れいむは元気でいいねぇ』と笑うだけで、まともに取り合わない。

「ゆ゛っくり゛はがしてあげてね゛っ!!!あ゛かち゛ゃんたち゛がかわ゛い゛そう゛だよ!!!」

涙ながらにれいむは叫ぶ。
その叫びの1%でも少年に伝わって、少年が凶行を止めてくれることを願って。
しかし、笑うだけ。少年は、ただ笑ってれいむの顔を見つめるだけ。
れいむの涙の叫びは、一欠けらも伝わっていない。

「はい、それじゃあ“宝探しゲーム”を始めまーす。まずは赤ちゃんありすが“宝物”になってね」
「ん゛んん゛んん゛んん゛ん゛んンん゛っ!!??」

口と目を塞がれ、のっぺらぼう状態になっている赤ちゃんありす。
少年はそれを右手に掴むと、腰の高さまで生い茂っている草原にぽいっと放り投げた。

がさがさと音を立てながら、赤ちゃんありすは地面へと落ちる。
あっという間の出来事。大事な大事な赤ちゃんが、消えてしまった。

「ゆ゛っ!?れいむのあがぢゃんどこっ!?がわいいあがぢゃんどごおぉおぉぉっ!?」
「それを探すのが“宝探し”だよ、れいむ。お兄さんとれいむ、どっちが先に見つけるか、競争だよ!」

少年はプールに飛び込むような勢いで、草原へと飛び入る。
泣いて、叫んで、疲れ果てた身体を必死に動かし、れいむは少年に続いて飛び込んだ。

誰に言われるでもなく、れいむは感づいていた。
これは、ただの“宝探し”ゲームではない。何故なら、目の前の少年は狂気に満ちているから。
鈍感なゆっくりれいむでさえ、その狂気を読み取る事が出来た。
そんな少年が提案する遊びが、普通の遊びであるわけがない。

「ゆっぐりぃいいぃいぃ!!!おとびちゃんどこおおぉおぉ!!!ゆっくりでてぎでねえぇえぇぇぇっ!!!」

がさごそ。がさごそ。
死に物狂いで草を掻き分けて、愛しい赤ん坊を探し回るれいむ。
声を発する事が出来ない上、視界も遮られている赤ん坊が、れいむを見つけることはまず有り得ない。
だから、何としてでも親であるれいむの方から見つけなければならないのだ。

「んー? どこかなー? 宝物はどこかなー?」

れいむのすぐ隣で、両手で草を掻き分けながら赤ちゃんありすを探す少年。
彼の目は、“宝探し”という遊びを純粋に楽しんでいる男の子のそれだった。

一方のれいむは必死である。
遊びなどと悠長なことは言ってられない。
何が何でも、自分が先に見つけなければならない。
もし少年に先に見つけられてしまったら、一体何をされるか分かったものではないからだ。

草木が、れいむの皮を傷つける。
鋭い石が、れいむの足を引き裂く。
それでも弱音一つ吐かず、愛する我が子のために耐え続ける。
ゆっくり動けばそれらの損傷も少なくて済むのだが、今のれいむにゆっくりする余裕はない。

「ゆっ!ゆっ!おちびぢゃんどこなの!?……ゆゆっ!!ゆっくりみつけたよっ!!!」

数分後、れいむが喜びの声を上げた。赤ちゃんありすを発見したのだ。
喋れない恐怖、見えない恐怖に震えている赤ちゃんありすに、れいむはすりすりしてあげている。
僅かに遅れてやってきた少年は、残念そうに苦笑いを浮かべた。

「ありゃりゃ、先を越されちゃったなぁ」
「ゆゆっ!!れいむのかちだよ!!おちびちゃんのゆっくりできないものを、はがしてあげてね!!!」

ぐっと胸を張って、眉毛を45度に吊り上げて、少年に告げるれいむ。
先程までの惨状をさっぱり忘れてしまったかのような、圧倒的な上から目線。
だが、そんなれいむに対して少年は笑いながら答えた。

「くっそ~! 次は負けないぞ~!!」
「ん゛う゛う゛ぅぅぅぅぅーーーー!!!むん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛っ!!!!」

言うと同時に、むんずと赤ちゃんありすを掴み取る。
母から引き離された怖さに再び震え始める赤ちゃんありすを、少年は再び放り投げた。
赤ちゃんありすが視界から消える。どこにいるのか、分からなくなった。

純真な笑顔を浮かべる少年。
唖然とするれいむ。
クエスチョンマークがれいむの餡子脳内を満たす。
理解の範疇を超える出来事に、ぽかんと見ていることしか出来なかった。

「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛??どどどどう゛う゛う゛う゛じじじじでででででっ???」
「今度こそ僕が勝つぞー! ヒャッホウ!!」

少年は、再び赤ちゃんありすを探し始める。
れいむも、黙って見ているわけにはいかない。文句を言う暇だってない。
こうなってしまった以上、自分の目で見つける以外に、我が子を助ける方法はないのだから。

だから、探す。探して探して、探しまくる。
だがさっきと違って、赤ちゃんありすはなかなか見つからない。
それでもれいむは、息切れしながらも草を掻き分けて、赤ん坊を探し続ける。
一方少年は、ずっと姿勢を低くしていて疲れたのか、真っ直ぐ立ち上がって腰を叩きながら背伸びを……

……しようとした、その時だった。

ぐちゃ。

嫌な予感しかしない、気味の悪い音。



「あれ? 何の音?」

不審に思った少年は、靴の裏にくっついた薄っぺらの“それ”を剥がし取る。
れいむは少年が手に取ったそれを、おそるおそる見上げた。
土に紛れて零れる黄色い何か。茶色く汚れたサラサラの金髪。赤いカチューシャ。
見紛うはずがない。赤ちゃんありすだったものだ。

「ありゃー、踏んづけちった。せっかく見つけたのになー」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛わ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

もう我慢ならない。れいむはゆっくりらしからぬスピードで、少年のふくらはぎに噛み付いた。
これ以上こんなことを続けていたら、一家全員殺されてしまう!
そんな理不尽を受け入れるほど、れいむは暢気ではなかった。

「もうやだ!!こんなあ゛そびはや゛らない゛よ゛!!!れ゛いむ゛のお゛ちびちゃん゛を゛かえして!!!」
「うーん、宝探しは難しいなぁ。……あ、あんなところに犬がいる」

れいむの巣の周囲に3匹の野良犬が群がっているのを見つけ、足元に纏わりつくれいむを剥がし捨てて少年は走り出す。
おそらく、以前れいむが埋めた子供の死骸の匂いを嗅ぎつけたのだろう。
犬達の頭を撫でながら、空いている手で白い袋の中をまさぐる。

「おーよしよし、お腹空かせて可哀相だな。僕が見つけたあまあまを特別に分けてあげるよ」
「ゆっ!?!やめてね!!やめてね!!おちびちゃんはあまあまじゃないよ!!!」

少年の言葉に、れいむは危機感を露わにした。
生い茂る草を押しのけながら、少年の下へと一目散に跳ねていく。
彼の今までの言動から、次に彼が取る行動はひとつしか思い浮かばなかった。

「ほーれ、あまあまだぞー。甘い甘いお菓子だぞー」

ぽいぽいっと、鳩に餌を与えるが如く、3匹の犬に赤ちゃんゆっくりを次々と与えていく少年。
口も目も塞がれたままのゆっくりが、犬から逃れられるわけがなく……
腹を空かせた犬達は、ハッハッと息を荒げながら赤ちゃんゆっくりに喰らいついた。

叫ぶための口も、状況を把握するための目も、塞がれている。
そんな状況下で野犬に喰われるのは、単なる死より勝る極上の恐怖だろう。
でも、少年は笑っている。ケラケラ笑っている。ゆっくりたちの心の中など、お構いなし。
野犬の空腹を満たす事が出来て、『あぁ良い事をしたなぁ』としか思っていないのだろう。

暴れるゆっくり。暴れる野犬。
喰われていくうちに、べりっと口に貼られていたガムテープが剥がれた。
その瞬間、開放される悲鳴。圧縮された恐怖の叫びが、爆発する。

「お゛があぢゃあ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁあ゛あ゛ぁギャアオアアオアアボギョオアホハアオアホアッ!?!?」

その叫びも、野犬に飲み込まれることによって収束する。
赤いリボンとガムテープが、ぱさっと地面に落ちた。

「おぢびぢゃああぁぁぁあん!!!おがーざんがだづげるがらね゛ぇぇえぇ!!!」

草に遮られて、何が起きているのか見えない。
でも、何が起きているのか想像がつく。
思い出されるのは、数日前―――まともに抗うことも出来ず、野犬に赤ん坊を連れ去られた悔しさ。
もう二度と繰り返さない。繰り返してなるものか。
確固たる決意と共に、れいむは草木を押しのけ続ける。

「もうずぐっ!!!もうづぐだがらね!!!それまでがんばっでねぇえぇぇえぇ!!!」

何としても助け出す! そして、もう一度皆でゆっくりするんだ!
すりすりして、お歌を歌って、ご飯を食べて、皆でゆっくりするんだ!!
希望を実現するため、れいむは強く地面を蹴り、草原を飛び出して……





「よーしよしよし、そんなに美味しかったかー。今度はちゃんと自分でご飯探すんだぞー」

れいむが少年の足元に到達した頃には……野犬はそこにはいなかった。
遠く離れていく野犬の姿を目で追って、少年は手を振っている。
その足元には、赤いカチューシャと赤いリボン。そして、空っぽになった白い袋。
食べられるところを全て食べつくした結果である。




「れ……れれれれいむの……おっおおおおちびぢゃん……ゆっぐり…でぎなぐなっぢゃっだ???」

目の前の状況をゆっくりと理解するれいむ。
周囲を見回しても、何もないし、誰も答えない。
それらが物語るのは、7匹の赤ん坊の全滅という、ただひとつの事実。

強姦され、孕まされ、望まずに産んだ赤ん坊。
それでも愛情を注ぎ、一人前のゆっくりに育てると決めたのが、昨日の夜。
その決意も、無駄となった。

「どうぢでぇぇぇっ!!!どうぢでゆっぐじざぜでぐれないのおおおおぉおおぉぉぉ!!!!
 れいぶだぢゆっぐりぢでだだげだよおおおおおおぉ!!!なにもわるいごどぢでないよおおおぉおおおぉぉ!!??」

怒りを、憎しみを、悲しみを、叫びに乗せる。
少年は女神のような笑みを浮かべて、それに応じた。

「だって、犬をゆっくりさせてあげたかったから。お腹を空かせてたら、ゆっくりできないよね?」
「ぞ…んな………れ゛い゛む゛だぢだっで、ゆっぐりじだいんだよぉ……!?」
「そんなことは知ってる。でも、犬だってゆっくりしたいんだよ?」

仮に、『幸せになる』ということを『ゆっくりする』に置き換えれば、みんなきっとゆっくりしたいに決まってる。
犬もゆっくりも人間も、みんなゆっくりしたくて……ただ今回は、犬がゆっくりするという結果に終わっただけのこと。

「でも!!でもぉ!!れいぶだぢもゆっぐりっ―――
「犬も同じだよ? 犬だって君たちと同じで、ゆっくりしたいんだ」

誰もが、幸せになりたい。誰もが、ゆっくりしたい。
ゆっくりがゆっくりすると、犬が幸せになれない。
犬が幸せになると、ゆっくりがゆっくり出来ない。
じゃぁ、どっちを選ぶ? どっちが正しい? それを誰が決める?

「やだやだっ!!!ゆっぐりしだいの!!!れいむはゆっぐりするううぅっ!!!ゆっぐりざぜでよおおおぉおぉぉ!!!」

ゆっくりしたい? 幸せになりたい?
そうだよね。れいむはゆっくりだもの。当たり前だよね。
誰だってそうなんだ。誰だってゆっくりしたい。幸せになりたい。れいむだって知ってることだよね?

じゃぁ、どうして僕の幸せを奪ったんだ?
唯一の、最大の、奇跡と言ってもいい、幸せを掴み取るチャンスを、お前はどうして笑顔で踏み潰したんだ?
僕を泥沼に突き落としておいて、どうしてお前だけ幸せになろうとする?

少年は、静かにれいむへ近づいて、頭を鷲づかみした。

「ゆ゛ゆ゛っ!?ゆ゛っくりや゛めてね!!ゆっくり゛したい゛!!!ゆ゛っくりさせてね゛!!!」
「大丈夫。ゆっくりさせてあげるよ。僕たちは“お友達”だろ?」
「ゆゆ!!ゆっくりおともだち!!!おにーさんはおともだちだよ!!!」

少年の“お友達”という言葉に気を良くしたれいむ。
ぶらぶらと身を揺らして、喜びを身体で表現している。
まるで、失われた7匹の赤ん坊のことなど、もう忘れてしまったかのようだ。
実際は忘れてしまったわけではない。惨たらしい現実から、逃避しているだけである。

「よしよし。向こうでゆっくりしようね」
「ゆーっくりー♪ゆゆゆん♪ゆーっくりぃ♪」

今までの苦痛の反動か、歌まで歌い始めた。
少年は気にせずに、緩やかに流れる川のすぐ傍へとれいむを連れて行く。

「れいむ? ゆっくりしてるかい?」
「ゆゆーん♪ とてもゆっくりしているよ!!」

澄んだ水が、朝日を反射して輝いている。
じゃりっじゃりっと小気味よい音を立てて、少年はあと一歩進めば水に入るというところまでやってきた。

「そうか。僕もゆっくりさせて欲しいんだけど……駄目?」
「いいよ!!おにーさんをゆっくりさせてあげるよ!!!」




「ありがとう。じゃあ、死んでくれる?」
「………ゆっ?」




ボシャン!!

少年の手から落ち、着水するれいむ。
ズズズっと、れいむの皮が水を吸い込んでいく。
体内に異物が入り込む感覚を感じ、れいむは川底を蹴って地上へと飛び出した。
川底が浅かった事が、幸いしたようである。

「ゆ゛っ!!なにするのっ!!!れいむがゆっくりできなくなっちゃうよ!!」
「うん。そうだね。れいむがゆっくり出来なくなれば、僕はゆっくり出来るようになるんだ。
 だから、さ。早く死んで」

川から這い上がってきたれいむを、少年は押し返す。
笑いながら。一切の罪悪感を感じず。狂った目でれいむを見ながら。
れいむは少年の手に抵抗し、再び地上に這い上がる。

「なぁ? 友達だろう? 友達である僕をゆっくりさせてくれるんだろう?」
「ゆ……そうだよ!おにーさんはおともだちだよ!ゆっくりさせてあげるよ!!」
「だったら、今すぐ死んでよ。僕をゆっくりさせてよ。
 死ねるよなー? だって友達だもんなー? 友達だって言うのが本当だったら………れいむは、死んでくれるよね?」

少年は笑った。目だけ。
口は怒りに満ちていた。
ぴくぴくと痙攣している、頬の筋肉。
完全に破綻した人間の、完全に破綻した表情だった。

「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛っ!?!?!」

れいむの、体の震えが止まらない。
何を言ってるのか分からない。分からないけど、分かってしまう。だから、怖い。
怖いのは嫌だ。怖いのは。怖いのだけは。怖いのは一番ゆっくりできない。

ただただ、怖いものから逃れたい一心で、理解不能のそれから離れたい一心で、れいむは後ずさる。
自発的な入水。ぱしゃりと、優しい水音がした。

「さすがれいむ。れいむなら友達のために死んでくれると思ってたよ。持つべきものは、友達だねー。ケケケ」
「やだ…やだよ……ゆ、ゆっくりしたいよ…いっしょにゆっくりしようよ……」

哀願するれいむ。その間も、れいむの身体は水を吸い上げていく。
このままでは、れいむの身体は水分過多で崩壊してしまう。
でも、川から這い上がれば、怖いものに近づいてしまうことになる。

「そうそうその調子。ずーっとそうしていれば、死ねるよ。れいむありがとう。おかげでゆっくり出来るよ。フヒヒ」
「ゆゆゆゆ……れいむ゛も……れいむもゆっぐり……ゆっくり゛したい……」

少年は、両手で顔をほぐして均整のとれた笑みを浮かべる。
やはり怖い。れいむの中の恐怖は揺らがない。
しかし、死にたくないという気持ちは、いかなる恐怖よりも強かった。

「ゆゆぅっ!!!やっぱり゛や゛だ!!!れいむ゛しにたくな゛い゛っ!!!ゆっぐり゛じだいい゛い゛ぃいぃ!!!」

強く川底を蹴って、飛び上がろうとするれいむ。

だが、手遅れだった。



「ゆんしょっ!!ゆんしょっ!!ゆ゛ゆ゛うう゛ぅうぅぅ!?!?う゛ごげな゛い゛いいいぃいいぃぃ!!!」

れいむの身体は、既に致命的な量の水を吸い込んでいた。
特に底部。ゆっくりの運動を司るそこは、真っ先に水の餌食となっていた。

「たづげでぇっ!!!おにぃざんんっ!!!おねがいだがらぁぁっ!!!ゆっぐりざででええぇぇっ!!!」
「嫌だよー。れいむを助けたら、僕がゆっくり出来なくなる。だから、助けないよ」

ずぶずぶ。れいむの体が、崩壊を始める。
まずは川底に触れている底部。脆くなった底部を、緩やかな水流が削っていく。

「ともだぢでしょお゛お゛お゛おおぉぉ!?どぼだぢならだずげでよ゛お゛お゛おおぉおおおぉぉ!!!!」
「そうだ、友達だとも。友達なら、僕のために死んでくれるよね? れいむは、僕の、友達、だもんなぁ? クヒヒヒ」
「やぢゃああぁぁぁあぁ!!!ゆっぐりざぜであげるがら!!!ゆっぐりざじぇであげるがらだじゅげでぇえぇえぇぇぇ!!!!」

次に水が侵すのは、口の周り。
ドロドロに溶けつつある口を動かせば動かすほど、崩壊は加速していく。
亀裂の入った皮から、大切な餡子が漏れ出していく。

想像を絶する苦しみ。
死に瀕する苦しみを、長きに渡って味わわされる苦しみ。
れいむの表情が、苦痛に歪む。

「ヒヒヒ、僕をゆっくりさせてくれるの? だったら、早く死んでね。それが僕をゆっくりさせる、唯一の方法だよ」
「いぎっ……いびひっ……おねがぃ……じにだぐなぃ……し…しにだく…なぁ…い……!!」

次は、目だ。
目の周囲の皮が眼球の重さを支えられなくなり、白黒の眼球がこぼれ落ちる。
内圧に押されて、体内の餡子がぴゅーっと噴水のように吹き出され始めた。

『おめめがぁ、おめめがぁ』と叫ぶれいむを眺めて、少年は恍惚の笑みを浮かべる。
耐え切れぬ快感に、両手で自分の身体を抱きしめる。
それでも抑えきれぬ笑い声が、周囲に響き渡った。

「イッヒャハヤヒャヒャヒャヒャヒャ!!!! アッハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

れいむの身体は、もはや再起不能。
口などごく一部を除いて、自分の意思で動かせなくなった。
あとは、水の流れによって殺されるのを、ゆっくりと待つだけ。
襲い来る死の恐怖から逃れる術を、れいむは失ったのだ。

「フヒッ! フヒヒッ!! ヒィーッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッヒッ!!!」

少年の狂った笑み。
それは、れいむの知る限り、もっとも醜い笑顔だった。
もはや笑顔とも言えない、何とも例えられない歪み。

れいむは、かつての穏やかな日々を思い出し、反芻する。
そこには少年がいてくれて、一緒にゆっくりしてくれた。
一緒に見た夕日がとても綺麗だったのを、今でもよく覚えてる。
いつも最後はどこかに行ってしまうけど、毎日やってきてゆっくりしてくれた。

それだけで、幸せだった。幸せだったのに……

どうして、こうなってしまったんだろう?
お兄さんは、どうしておかしくなってしまったんだろう?
れいむはただ、お兄さんに一緒にゆっくりして欲しかっただけなのに。
どうして? どうして? 何が悪かったの? 何がいけなかったの?
れいむ直すよ。悪いことは直すよ。いけないことはもうしないよ。

だから、ゆっくりしようよ。一緒にゆっくりしようよ。

お願いだから、一緒にゆっくりして…



その願いすら叶わぬと知ったれいむは―――

「ゆっ…ぐり……じでいっで………ね…」

―――と言い残して、崩壊した。

自分では叶えられぬ願いを、少年に託して。








―― 7 ――



その後、少年は奇声を上げながら…

そして涙を流しながら、橋の上から飛び降りて…

二度と、浮かんでくることはなかった。



その瞬間を目撃した者は、誰もいなかった。


(終)




あとがき:
書いてて楽しかったけど、読んでもあまり楽しくないだろうなぁ、これは。
心情の変化とか、自分で書いててわけ分からなくなる。
慣れないことはするもんじゃない、と思いました。全部読んでくれた方、ごめんなさいね。

にんげんざんいじめでごめんなざいいいいぃいいいぃぃいぃ!!!!


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最終更新:2022年05月03日 16:11