男が仕事を家に帰ると、ドアを開ける寸前、中から何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「まさか……」

十中八九、例の奴らだろう
本当に憂鬱だ。明日は休日だというのに、部屋の片づけに終始追われるだろう。
これなら台所のアイドル・Gのほうがどれだけましかわからない。
しっかりと鍵は閉めたはずなのだが、ちょうど腐りかけていた戸板を壊し中に入ったようだ。
自分だけは被害にあわないだろうなどと言って、修理していなかった過去の浅はかな自分を折檻してやりたい。
ドアの前で何度目かのため息をついていた男だが、いつまでもここにいるわけにはいかないと、家のドアを開けて中に入った。

「ゆゆっ!! ここはまりさたちのおうちだよ!! しらないおじさんはとっととでていってね!!」

案の上、お決まりの口上を述べる饅頭まりさ。
その後ろではミニチュア饅頭が、それに続いて「でていってね!!」だとか「さっさとたべるものをもってきてね!!」だとか、口々に言ってくる。

どうやらこの連中は家族のようだ。
先ほど最初に俺に出て行けといったまりさは、大きさからして一家の父親役だろう。
それより一回りほど小さいぱちゅりーが隣でゆっくり本を読んでいる。どうやら母親役らしい。
子供はまりさが6匹、ぱちゅりーも6匹とちょうど半々。
それぞれの種族特性は部屋の惨状を見れば一目瞭然で、まりさは部屋中の物をいう物を持ち前のバイタリティーで破壊し、ぱちゅりーは親のまねをして、読めもしない本の前でインテリぶっている。
想像通り、明日は休日返上だ。

男は言うだけ無駄かと思ったが、一応、ゆっくりに話しかける。

「ここはお兄さんの家だから、君たちは早く出て行きなさい」

虐待好きの人間なら、これを好機にとことんゆっくりを苛め抜くだろうが、あいにく男にはそんな趣味はない。
これを受け入れて出て行くならそれでよし、出ていかないなら踏みつぶして殺すまでだ。
別に殺さずとも強制的に追い出せばいいかと思うかもしれないが、下手に追い出したら徒党を組んで復讐に来たという話を聞いたことがある。そんなのはごめんだ。
しかし、ゆっくりたちは案の定というか男の予想通りというか、男の言葉に耳を貸す気はないらしい。

「ゆゆ!? きこえなかったの? ここはまりさたちのおうちだっていたでしょ!! ばかなおじさんはゆっくりしね!!」

虐待の趣味はないが、饅頭にバカ呼ばわりされるのは癪である。
男は交渉は済んだとばかりに、ゆっくりたちを殺すべく、足を上げた。

が、その時、男の頭に試してみたいことが思い浮かんだ。
虐待の趣味はないが、ゆっくり自体に興味がないわけではない。
男は足を下ろし、ゆっくりに話しかける。

「なるほど、ここは君たちの家なんだね?」
「さっきからそういっているでしょ。ばかなおじさんはごはんをもってきたらとっととでていってね!!」
「隣のぱちゅりーもまりさと同じ意見かい?」
「むきゅー!! あたりまえでしょ。ここはぱちゅりーたちのかぞくのおうちよ」
「そうか。だがね、本当にこの家はおじさんの家なんだよ」
「うそつかないでね。うそつきのおじさんはゆっくりしね!!」
「嘘じゃないさ。証拠もあるよ」
「しょうこ?」
「こちらに来なさい」

男はそう言うとまりさとぱちゅりーを抱きかかえ、家の玄関に向かう。
その後ろからは、子ゆっくりたちが、羨ましそうに男の後を付いてくる。
どうやら、抱きかかえられた両親が羨ましいらしい。
まりさとぱちゅりーも「おそらをとんでるみたい!!」とはしゃぎ様だ。

男は玄関から出ると、その場にまりさとぱちゅりーを置く。
そして、玄関にかかった表札をさして、二匹に説明した。

「いいかい、これは表札と言ってその家の持ち主の名前が書いてあるんだ」
「ゆゆっ!! それがどうしたの?」
「これにはね、こう書かれてある。『おじさんの家』とね」
「ゆゆっ!!!」

まりさが驚き声を上げる。
無論、おじさんの家なんて書かれているわけはなく、ここには男の名が刻まれている。
しかし、名前という概念をもたないゆっくり種に説明したところで、分かるわけがない。
それにどうせ字が読めるわけはないのだ、嘘を言っても気づきはしない

「でたらめいわないでね!!」
「でたらめなんかじゃないさ。その証拠にぱちゅりーに聞いてみるといい。
なあ、ぱちゅりー。ここには『おじさんの家』と書かれてあるのが、ぱちゅりーには分かるだろ。
なにしろぱちゅりーと言えば、幻想郷一の識者だ。これが読めないなんてことはまさかないだろう?」

男の言い回しに、言葉を詰まらせるぱちゅりー。
ぱちゅりーはゆっくりの中では最高の頭脳を持っているが、あくまでも効率のいい狩りの仕方や巣の作り方、外敵に襲われた時の対処法といった、ゆっくりが生きる上で必要な知識が他のゆっくりより高いだけで、人間の文字が読めるような者はいない。
本を欲しがり「むきゅー!! きょうみぶかいわ」などと読んでいる姿をよく目撃するが、それはインテリぶったぱちゅりー種が読めもしない本をただただ眺めて、適当なことを言っているにすぎない。
本じゃなくても紙でできていれば、広告やチラシでもぱちゅりーの頭の中には大冒険スペクタクルな内容に変換される。
結局、ぱちゅりーもゆっくりということである。

本当ならまりさ同様、「嘘だ!!」と男に叫びたいが、表札が読めないので男が本当のことを言っているのか、嘘を言っているのか分からない。
もし嘘ならいいが、本当だったら、識者(笑)としての沽券に関わってくる。
いい答えを見つけることが出来ず、「むきゅーむきゅー」と知恵熱を出している。
男は埒が明かないと、後ろについてきていた、子ぱちゅりーにも聞いてみた。

「君たちも頭のいいぱちゅりーなら分かるだろ。ここに『おじさんの家』って書いてあるのが」

子ぱちゅりーも書いてあることが分からなかったが、子供特有の浅はかさなのか、それともぱちゅりーとしてのプライドか、はたまた頭がいいといわれて嬉しかったのか、一匹の子ぱちゅりーが男の言葉を肯定してしまった。

「たしかに『おじさんのいえ』ってかいてあるよ!!」

それに満足した男はポケットに入っていた飴をその子ぱちゅりーに与えて、「よく読めたね」と褒めてあげた。
それを見た他の子ぱちゅりーも口々に男の言葉を肯定していく。さらには子ぱちゅりーに限らず、子まりさまでもがここは男の家であることを認めてしまった。
お菓子効果は絶大である。
飴玉効果か、それとも子供に分かって自分に分からないなんてあってはならないと思ったのか、親ぱちゅりーも自信無さげに口を開く。

「む、むきゅ~……たしかに『おじさんのいえ』ってかいてあるわ……」

男はぱちゅりーの頭を撫でて、飴をくれてやった。

しかし、このぱちゅりーの言葉に納得できないのは、親まりさである。
子供たち同様、飴玉は欲しいが、この家にはそれよりおいしい物がたくさんある。
さっきまで砂糖や蜂蜜、ケーキといった今まで口にしたことのない物を精一杯食べてきたのだ。
ここにいれば、まだまだそんなおいしいものが食べられる。しかし、ここが男の家ではそれも出来ない。

「ぱちゅりー、うそをいわないでね。ここはまりさたちのおうちだよ。おじさんのいえじゃないよ」
「む、むきゅ~……そうだけど、そうじゃなくて、ここはぱちゅりーたちのおうちだけど、おじさんのおうちでもあって、でもここにはおじさんのおうちってかいて……」

支離滅裂で自分の言っていることも分からなくなったぱちゅりー。
まりさは認めさせるわけにはいかないと、ぱちゅりーを否定にかかる。

「ぱちゅりーもほんとはよめないくせにうそいわないでね!!」
「むきゅー!! うそじゃないわ!!」

まさしくその通りだが、人というものは本当のことを言われるのが一番痛い。それは饅頭であろうと変わらないらしい。
知識はぱちゅりー種にとってのアイデンティティに等しい。
嘘つき呼ばわりされたぱちゅりーは意固地に反論する。

「だいたいまりさはじもよめないくせに、えらそうなこといわないでね!!」
「ゆゆっ!! そういうぱちゅりーだって、えさとってこないでいつもうちでゆっくりしてるくせに、えらそうなことばかりゆうなだぜ!!」
「ぱちゅりーはいんてりだから、にくたいろうどうはしないのよ。
それにゆっくりしてるんじゃなくて、こどもにごほんをよんであげてるのよ」
「そんなことばっかしてるから、こどもたちがひよわなんだぜ!! そんなんじゃこのさき、いっしょにゆっくりできないんだぜ!!」
「まりさがこんなにばかだとはしらなかったわ。いんてりとすっきり!! すればよかったわ!!」
「それはこっちのせりふだぜ!! ひよわでうそつきなぱちゅりーはゆっくりしね!!」

まりさがぱちゅりーに体当たりをくらわせる。
元々、皮の薄いぱちゅりーは地面に落ちた瞬間、致死量の餡を放出し、しばらくピクピクしていたが、すぐに動かなくなった。
これで騒いだのは子供たちである。
目の前で親が親に殺されたのだ。口々にまりさを非難していく。

「うるさいよ!! おまえたちもぱちゅりーとおなじくうそつきでひよわだぜ!! ゆっくりしね!!」

男の玄関先は、ゆっくり家族による阿鼻叫喚の殺戮が繰り広げられていた。
まだ小さい子ゆっくりが親に勝てるはずもなく、どんどん数を減らしていく。そして、とうとうすべての子ゆっくりがまりさに殺された。

まりさは家族を皆殺しにすると、これでこの家を男の物だという者が居なくなったせいか、男に最後通告を送る。

「おじさん、まりさのおうちからはやくでていってね!! じゃないと、おじさんもぱちゅりーたちみたいにやっつけるよ!!」

そんなまりさに、男は足を上げると、持てる限りの体重をこめて、まりさの脳天を踏みつけた。




明日を考えると憂鬱だ。


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最終更新:2022年05月03日 18:39