ふわふわと壊れゆく家族
作者:白兎

※虐待成分少なめ。
※虐待お兄さん、お姉さんは登場しません。
※善良なゆっくりが死にます。
※独自設定。
※うんうん、ぺにぺに描写あり。



ある都会の片隅に、まりさとれいむのつがいがいた。
2匹は、ゴルフ場建設で住処を追い出されたゆっくりたちの生き残りである。
他の山で暮らしていた別の群れは、難ゆんの彼らを受け入れてくれなかったので、
こうしてわざわざ町まで降りて来たのだった。
同じように上京した仲間たちの多くは、人間に迷惑をかけて潰されたか、
あるいは、不健康な生活に耐えられずに病死してしまった。
この2匹は、比較的真面目な性格が幸いし、たまたま見つけた廃アパートで、
先住の野良ゆっくりたちと一緒に、何とか命を繋げることができたのである。

「ゆふん!きょうもゆっくりかりにいくよ!」
「ゆん!ゆっくりいってらっしゃい!」

まりさは、廃アパートの中庭に構えた段ボールハウスで、れいむにいつもの挨拶をする。
これが最後の会話になるかもしれない。
そう思うと、こんなありきたりな言葉にすら、どこか鬼気迫るものが感じられた。

「おとうしゃんぎゃんばっちぇね!」
「ゆっくち!ゆっくち!」

れいむの横でぴょんぴょんと跳ねているのは、この町で生んだ赤ゆっくり2匹だ。
他の野良たちにいろいろと教えてもらい、都会の生活にも慣れてきたので、
思い切って子作りに踏み切ったまりさとれいむ。
だが、そんなまりさとれいむは、子どもたちを見る度に、少しだけ心が痛んだ。
本当は5匹いたはずなのだから。
まりさとれいむがすっきりしてから3日後、廃アパートの大家を務めているありすが、
夫婦の段ボールを見舞いにきた。
そして、れいむに宿った茎を見て、こう言った。

「5ひきもそだてるなんてとかいはじゃないわ。まびきなさい。」

夫婦は、ありすの言葉に怒った。
だが、ありすは、もし間引かないならここを追い出すとだけ言い残し、その場を去った。
その夜、まりさとれいむは、1番大きな実れいむと1番大きな実まりさだけを残し、
嗚咽しながら他の実ゆっくりを我が手で潰したのである。
ありすがゲスだったのではない。心を鬼にしたアドバイスだった。
大勢の赤ゆっくりを育てられるほど、都会は甘くない。

「おちびちゃんたちはおかーさんのいうことをゆっくりきいてね。」
「りぇいむおかーしゃんとゆっくちちゅるよ!」
「ゆっくち!ゆっくち!」

まりさは、段ボールハウスから顔を出し、カラスさんがいないことを確認すると、
ゆっくりと建物を後にした。
向かうのは、ここから100mほど離れたゴミ捨て場である。

たかが100m

だが、それは野良ゆっくりにとって、気の遠くなるような距離だ。
まりさも、山に住んでいるときは、こんな距離など毎日のように歩いていた。
やんちゃな友だちと一緒に、隣の山まで冒険に行ったことすらある。
後で父親のまりさにこっぴどく叱られたのは、今となっては良い思い出だった。

しかし、都会では事情が違う。
天敵と会わずに100mを走破しなければならない。
天敵というのは、何も人間だけではないのだ。
野良犬、野良猫、カラス、ネズミ、鋼鉄のスィー、とにかく数えきれないほどいる。
まりさは、ごくりと唾を呑み、覚悟を決めると、さっと路地を走り抜けた。

「ゆっふ…!ゆっふ…!」

あと少しでゴミ捨て場に辿り着く。
と、そのとき、3人組みの男が、近くのマンションから現れた。
まりさは、慌てて電信柱の陰に隠れる。

「あー、頭痛ぇ…。」
「馬鹿みたいに呑むからだろ。トイレで吐きやがって。」
「わりぃわりぃ…。」

まりさには理解できない会話をしながら、3人は幸運にも反対の方向へと足を向けた。
ところが、3歩と歩かないうちに、その中の1人が口を開いた。

「おい、結局これどうすんだ?持って帰るのか?」

男は、ビニール袋を差し出し、二日酔いで頭を抱えた友人の顔を覗き込む。

「あー、そこ捨てといてよ…。もう酒は当分見たくないわ…。」
「なんだよ。まだ半分以上余ってるのに。」

男は、ぶつぶつ言いながら、ゴミ捨て場へビニール袋を乱暴に置いた。

パリン

ガラスの割れる音。

「やっべ。割っちゃったよ。」
「別にいいだろ。さっさと行かねーと、ゼミ遅れちまうぞ。」

ようやく、男たちはその場を去った。

「ゆふぅ…。」

まりさは、深く息を吐き、おさげで額を拭った。
緊張と興奮で汗だくになっている。
まりさは、にんげんさんが戻って来ないのを確認し、ゴミ捨て場に飛び込んだ。

「ゆんしょ。ゆんしょ。」

手当り次第にビニール袋を漁っていく。
このマンションは、ずぼらなオーナーが経営する、ずぼらな学生たちの溜まり場であった。
ゴミ捨て場には網もなく、入居者は、曜日も時間も無視してゴミを捨てるので、
近所の野良ゆっくりたちに、良質な狩り場として知られている。
但し、人間の出入りが多いので、普通のゆっくりはあまり近付かない。
このまりさのような、狩りの名手だけが利用できる穴場なのだ。
もっとも、そのまりさですら、ここを使うのは月に1度だけ。
生活サイクルがめちゃくちゃな学生たちの行動は、ゆっくりにとって脅威であった。

食べ残しのお菓子、一人暮らしで余った食材。
選り取りみどりの食べ物を、まりさは帽子の中に詰めていく。
数少ない機会だ。穫れるだけ穫って帰ろう。まりさはそう思った。

「ゆん…のどがかわいたよ…。」

まりさは、額の汗を拭いながら、ぜいぜいと舌を出して喘いだ。
さきほどの緊張と重労働で、水分が足りなくなったのだ。
しかし、こんなところに水はない。

「ゆぅ…つぎのえものさんでさいごにするよ…。」

本当はもっと穫りたかったが、仕方がない。
まりさが歯を立てたのは、あの学生が置いて行ったビニール袋だった。

「ゆん!?」

袋が破れた瞬間、中から甘い匂いがした。
それは、瓶底から溢れた日本酒だった。

「ゆ~ん、なんだかあまあまなにおいがするよ…。」

まりさは、酒というものを知らない。
初めて嗅ぐ香りに、思わず唾液が溢れてしまう。
裂け目をさらに広げると、袋の中には、透明の液体が充満していた。

「ゆゆ!おみずさんだよ!」

喉が渇いたまりさは、早速、びちゃぴちゃと日本酒を舐め始めた。
もし彼女が生粋の街野良だったら、これほど安易に口を付けなかっただろう。
透明だからといって、それが水とは限らないのである。

「うっめ!これめっちゃうめ!」

まりさ種特有の下品な舌鼓を打ち、必要以上に日本酒を舐め回すまりさ。
もはや、喉の乾きを潤すことが目的ではなくなっている。

「ゆふー♪しあわせー♪」

お腹がぱんぱんになったところで、まりさは顔を上げた。
なぜかふらっとしたが、気分が良くなったまりさは、気にせず帽子を被り直す。
それが少し傾いていることに、まりさは気がつかない。
おぼつかない足取りで、まりさはそのまま家路についた。



「たらいま!ゆっくりきゃえっだよ!」

まりさが、おうちの前で元気よく挨拶する。

「ゆん!おかえりなさい!」
「「おとうしゃんおきゃえりなしゃい!」」

段ボールの中から、れいむと赤ゆっくり2匹が飛び出して来た。
お腹を空かせているのだろう。

「おとうしゃん!まりしゃいいきょでまってちゃよ!しゅーりしゅーりちてにぇ!」

父まりさは、ふらつきながら帽子を脱ぐと、すーりすーりを求める赤まりさを無視し、
段ボールハウスの中へ引っ込んでしまった。

「まりさ!ゆっくりみんなでおしょくじしようね!」

れいむが、少しムッとしながら、まりさを呼び戻そうとする。
家族みんなで食べるご飯は、れいむたちにとって何よりの楽しみであった。

「まりさ!ごはんさんいらないの!?れいむたちがぜんぶたべちゃうよ!」

もちろん、そんなことはしない。たまには嘘を吐いてみるのも手である。
ところが、段ボールの中から帰って来たのは、呂律の回らない夫の呟きだった。

「まりひゃはちゅかれたきゃらゆっきゅりにぇるよ…。」

まるで赤ゆのような拙い返事に、れいむはふと体を傾げた。
病気だろうか。
しかし、病気なら病気と言うはずだ。
疲れていると言っているのだから、本当に疲れているのだろう。
れいむは、そう判断した。

「まりさ!ありがとう!ゆっくりおやすみしてね!」
「「おやちゅみちてね!」」

れいむは、待ちきれないように体をくねらせる子どもたちの前で、食事の支度を始めた。
普通の野良ゆならば、そんな面倒なことはせず、帽子の中身に直接口をつけるところだ。

森で育ったれいむは、子どもたちにも、ゆっくりとしたテーブルマナーを教えていた。
意外なことかもしれないが、街中で育った野良ゆっくりよりも、
野生で育ったゆっくりの方が、お行儀が良いのである。
その理由は単純で、街中の殺伐とした生活環境では、何もかもがゆっくりできず、
食べ物を横取りされないように貪る習性が身に付いてしまうからだ。

「みんなでなかよくわけようね!」
「「ゆっくちー♪」」

れいむは、パン屑を半分に割ると、長女のれいむと次女のまりさに、それぞれ分け与えた。
自分の分はない。
それに気付いた赤れいむが、目の前に置かれたパン屑を、母親に差し出す。

「おきゃーしゃんもむーちゃむーちゃちてね!」

姉の様子を見て、赤まりさも同じ仕草をする。

「まりちゃのもあげりゅよ!むーちゃむーちゃちてね!」

そんな子どもたちの優しさに、思わずほろりとしてしまうれいむ。
もみあげで涙の雫を拭うと、にっこりと笑ってみせた。

「おかあさんはおなかすいてないよ!おちびちゃんたちがたべてね!」

もちろん嘘である。
だが、大人ゆっくりよりも、赤ゆっくりの方が大量のエネルギーを必要とする。
万が一発育不良にでもなれば、生き残れる可能性は0に等しい。

れいむは、帽子の中に野菜屑を見つけると、これを刻んでサラダにした。
最後に、バターピーナッツを3粒添えて完成だ。
それを葉っぱのお皿に盛りつけると、みんなでもみあげとおさげを合わせる。

「ゆっくりいただきます!」
「「いちゃぢゃきまちゅ!」」

合掌を済ませるや否や、パン屑にかぶりつく赤れいむと赤まりさ。

「むーちゃむーちゃ♪ちあわちぇー♪」
「うんみぇ!きょれめっちゃうみぇ!」
「ぱんさんはにげないからゆっくりたべようね!」

楽しい時間だから、もっとゆっくり食事をしたい。
そんなれいむの願いは、まだ当分叶えられそうになかった。
パン屑は、あっと言う間に、飢えた子どもたちの腹の中へと消えた。

「おやさいさんもあるよ!ゆっくりむーしゃむーしゃしてね!」

自分はまだ何も手をつけていなかったが、れいむは葉っぱのお皿を子どもたちに差し出した。
そして、段ボールの方を心配げに振り返る。

「ゆえ…もっどのみだがっだよ…。」

独り言が聞こえる。
しかも、段ボールの中は薄暗くてよく見えないが、涎を垂らしているようだ。
れいむは、ふふっと笑みを浮かべた。
なんだ、お腹が空いているなら、我慢しなければいいのに。
そう勝手に解釈する。

「まりさ!まりさもゆっくりおしょくじしようね!」

返事がない。

「ゆゆ!まりさ!がまんしなくていいんだよ!ゆっくりごはんさんたべようね!」

れいむは、段ボールに入り、まりさを引っ張り出そうとした。

「…ゆげ?」

ところが、そのまりさは、今まで見たことのない、気持ちの悪い表情を浮かべていた。
目は虚ろになり、口からはだらしなく涎が垂れ、ゆひゆひと声が漏れる。

「どぼぢじゃったのおおお!?」

急性アルコール中毒。
但し、その仕組みは人間とは異なる。
人間が急性アルコール中毒になるのは、血中のアルコール濃度が上昇し、
脳が一時的に麻痺してしまうからだ。
この場合、体内のアルコールを分解して排出するまで、酔いが続くことになる。

一方、ゆっくりは、そのような分解酵素を持たない。血液もない。
では、どうなるのか。そこでは、極めて饅頭らしい現象が発生する。
餡とアルコールが混ざることにより、酒糟入り饅頭のような状態になるのだ。
通常、ゆっくりは、非常に低濃度のアルコールを含むふわふわさんのみを食すので、
極僅かなアルコールが蓄積するよりも先に、廃棄餡として中身を入れ替えることができる。
要するに、うんうんとして出すのである。

ところが、このまりさは、高濃度のアルコールを、短時間で摂取してしまった。
今や、まりさの中身は、中枢餡までアルコールに侵されている。
中枢餡は、うんうんにならない。

「ゆべべ…まりざゆっぐりじでるよぉ…。じずがにじでね…。」
「ほんど?ほんどにゆっぐりじでるの?」
「ゆっぐりぃ…。」

涙を流すれいむを他所に、まりさは目を閉じて寝てしまった。

「おきゃあしゃん!これかちゃくてたべりぇにゃいよ!」
「ゆっくちきゃみきゃみちてね!」

れいむは気が気でなかったが、外で大切な子どもたちが呼んでいる。
それに、まりさは大丈夫だと言った。
れいむはそう自分に言い聞かせて、子どもたちのところへ戻った。

「おかーさんがかみかみしてあげるからゆっくりたべようね!」
「「ゆっくち~♪」」

バターピーナッツを咀嚼しているときも、れいむはまりさのことが頭から離れなかった。
子どもたちが満足したら、もう一度様子を見よう。
そんなことを考えながら、れいむは、子どもたちの世話を続けた。



結局、日が暮れるまで、まりさは一度も起きて来なかった。
連日の狩りで疲れているのだろうと自分を納得させ、
食事の後も、れいむは子どもたちの遊び相手になってやった。
普段なら、赤まりさの世話は夫に任せ、自分は赤れいむにおうたを教えてやるのが日課だが、
この日ばかりはそうもいかない。
赤まりさは、おうたを歌っているだけでは退屈なのである。

「たいようさんがゆっくりばいばいしてるよ!」
「ちゃいようしゃんびゃいびゃい!ゆっきゅりおやしゅみしちぇにぇ!」
「びゃいびゃい!まちゃあちたもはれちぇね!」

暗くなり始めたので、れいむはいつものように太陽を見送った後、
寝床の支度をするため段ボールハウスへと戻った。

すると、中からまりさの声が聞こえた。
何事かと思い、中の様子を伺う。

「まりざなにじでるのおおお!?」

視界に飛び込んだのは、涎を垂らし、明後日の方を見ながら一本の木の枝に股がる夫の姿。
しかもその枝は、うんうんを捨てる穴を掘るために、庭で拾ってきたものだ。

「ゆへへ…。でいぶぅ…。まりざおぞらをどんでるよぉん…。びゅんびゅ~ん…。」

目が完全にイッてしまっている。
れいむは、まりさから慌てて枝を取り上げ、額にもみあげを当てた。
熱はないようだ。
しかし、まりさの行動は、もはや尋常ではない。

「まりさはきっとおびょうきなんだよ!ゆっくりやすもうね!」
「ゆえ…。まりざびょうぎじゃにゃいよ…。どでもゆっぐりじでるよ…。」

ゆへへと笑う夫の横で、れいむがボロ切れの布団を敷こうとすると、
タイミング悪く赤まりさが顔を覗かせた。

「おとうしゃんゆっくりあしょびょ!」

昼間の遊びに満足できなかったのだろう。
父親のもとに駆け寄り、頬を摺り合わせる。

「おとうしゃんしゅーり♪しゅーり♪」

しかし、父はすーりすーりし返してくれないどころか、急に身を震わせ始めた。

「おほお!でいぶずっぎりじだいんだね!いいよ!ひざびざにずっぎりじようね!」

まりさは穴という穴から体液をまき散らし、ぺにぺにを大きくさせる。
れいむは、突然の出来事に動転し、何もできなくなってしまった。

「まりざのべにべにおっぎいでじょ!ごれもでいぶがいげないんだよおおお!」

子どもの目の前で、夫婦の営みを強要する父まりさ。
さすがの赤まりさも、父親の様子がおかしいことに気付き、泣き喚いた。

「ゆえーん!おとうしゃんきょわいよー!ゆっぐぢー!」
「どうちたにょ?」

そこへ現れたのは、妹の泣き声を聞きつけた赤れいむである。
赤れいむも、父まりさの狂態を見るや否や、恐怖に襲われ、その場で涙を流した。

「まりさ!やめてね!おちびちゃんたちがみてるよ!ないてるよ!ゆっくりできないよ!」
「でいぶううう!あのひみだいにおもいっぎりずっぎりじようねえええ!」
「おとうしゃんへんだよぉ…。」
「ゆえーん!おきゃあしゃんいじみぇないでー!」
「でいぶううう!おほっ!?」

ぴくりと動きを止めたかと思うと、父まりさはその場に崩れ落ちた。
それまで怯えていた3匹は、慌ててまりさの様子を見に駆け寄る。

「ゆぐぅ…ゆぐぅ…。」

まりさは、いびきをかいていた。
どうやら、眠ってしまったようだ。

「おとうしゃんおこっちぇるの…?」

赤まりさが、恐る恐る尋ねた。
自分が寝る前に遊びをねだったので、怒ったと勘違いしたのだ。

「ちがうよ。おとうさんはおびょうきなんだよ。だからゆっくりさせてあげてね。」

病気としか考えられない。
そんなれいむの予感は、半分は当たっていたが、半分は間違っていた。
当たっていたのは、まりさが実際に病気だったこと。
間違っていたのは、ゆっくりすればそれが治ると思ったこと。

「ゆっきゅりりかいちたよ…。」
「おとうしゃんはやきゅよくなっちぇね…。ぺーろぺーろ…。」

その夜、一家は不安に苛まされながら、ゆっくりできない一夜を過ごした。



翌朝、大家のありすが、段ボールハウスを訪れた。
まりさが昨晩大声を出したので、注意しに来たのだ。
大半の人間は、野良ゆっくりになどほとんど興味を示さない。
だが、夜中に騒音を発したら、話は別だ。
保健所か加工所に連絡され、廃アパートの住ゆん全員が駆除されてしまうかもしれない。

「よなかにおおごえであえぐなんてとかいはじゃないわ。でていってもらうわよ。」
「ごめんなざい!あやばりまず!だがられいむだぢをおいだざないでぐだざい!
まりざはおびょうぎなんでず!ぢゃんどがんびょうじまず!ほんどでず!」

れいむが必死に謝ったおかげで、大家ありすは事情を理解してくれた。
それどころか、中庭の隅にある共用の花壇が、れいむ一家のために開放された。
そこには、薬用の珍しい花が咲き乱れている。
廃アパートの住ゆたちが、交代で水やりや草取りをし、ここまで育て上げたのだ。
夫まりさが狩りに出られない以上、れいむは、他の住ゆに頼るほかなかった。

「ありがどうございまず!このごおんはゆっぐりわずれまぜん!」

れいむは、泥に塗れながら花びらを集め、それを煎じてまりさに飲ませた。

「まりさ、ゆっくりよくなってね。きっとなおるよ。」
「ゆべべ…。」

口の端から出汁をこぼすまりさ。それに語りかけるれいむ。
彼女の願いはただひとつ。それは、理想のゆっくりぷれいすでもなければ、
ほっぺたが落ちるようなあまあまさんでもない。
まりさが元気になり、また家族みんなでゆっくりと暮らすこと。それだけだった。



そんなれいむの願いも虚しく、まりさの容態は、日に日に悪化していった。

「おほおおお!!!べにべにおっぎしぢゃううう!!!」
「まりさ!おちびちゃんがみてるよ!ぺにぺにおっきくしないでね!おねがいだよ!」
「おながずいだよおおお!!!まりざにもっどごはんざんぢょうだあああい!!!」
「まりさはさっきたべたよ!これはおちびちゃんたちのぶんだよ!」

昼夜を問わず奇声を上げ続けるまりさ。
最近は、れいむの手で、段ボールハウスに半ば監禁状態となっているが、
すっきりのときに劣らぬその大声は、外部からも丸聞こえである。

「うちのおちびちゃんがこわがってるよー。わからないよー。」
「そのうちにんげんさんがきちゃうのぜ。ゆっくりできなくなるのぜ。」

まりさは、次第にゆっくりできないゆっくりと認識され始めていた。
病気だと言っているが、嘘ではないのか。
本当は頭がおかしくなってしまったのではないか。
近所付き合いも失われ、とうとう、花壇の利用も禁止されてしまった。
無理もない。れいむだけで、既に花壇の半分近い花を使っていたのだ。
これを元通りにするには、大変な労力がかかる。

それでも彼らが一家を追い出さなかったのは、ゆっくりの情けといったところか。
だが、れいむには、そんな他のゆっくりたちの気持ちを察する余裕がなかった。
深刻な食糧難に陥っていたからである。

「おきゃあしゃん…おなかちゅいたよ…。」
「まりちゃもだよ…。きょうはにゃんにもちゃべちぇないよ…。」
「そうだね!おかあさんといっしょにゆっくりかりにいこうね!」

元来、れいむ種は狩りに向いていない。
だからこそ、彼女たちは、まりさ種やありす種などとつがいになり、
家事を分担することで、自己の存在意義を保っている。
けれども、肝心の夫は、もはや狩りのできる状態にないのだ。

「まりさ!れいむかりにいってくるからね!ゆっくりまっててね!」
「ゆへへ…。ゆっぐりじでいっでね…。」

焦点の合わない目で妻を見送るまりさ。
赤れいむと赤まりさは、怯えたように母親の後ろに隠れている。

「おちびちゃんたちもおとうさんにごあいさつしてね!」

れいむは、もみあげで子どもたちの頭を撫で、父親への挨拶を促す。
どれほど様子がおかしくても、まりさはれいむにとって一家の大黒柱なのだ。
子どもたちにも、そのことを忘れて欲しくなかった。

「おとうしゃんゆっきゅりいっちぇきまちゅ。」
「おとうしゃんあちょでゆっきゅりあしょぼーにぇ。」
「ゆへへ…。ゆっぎゅりいっちぇらっぢゃい…。」

段ボールハウスを出て、廃アパートの門に向かうれいむと子どもたち。
事情を知らぬものが見たら、ただのお散歩にしか映らないはずだ。

そもそも、なぜ赤ゆっくりを連れて行く必要があるのだろうか。
その答えは簡単だ。
子どもたちをまりさと一緒にさせておくのが、余りにも危険だからである。
もしまりさが自分の娘ですっきりしてしまったら、あるいは食べてしまったら、
そんなお飾りもよだつような光景を、れいむは決して見たくなかった。

れいむは門を出るとすぐに立ち止まり、子どもたちの方を振り向いた。
そして、笑顔でこう言う。

「さあ!ゆっくりごはんをさがそうね!」

そう、れいむの狩り場は、門を出て1mも進まぬところにある小さな空き地。
雑草がぼうぼうと生えているだけで、めぼしい食べ物は何もない。
虫もちらほら隠れているが、れいむには素早くて捕まえられず、
狩りを教わっていない子どもたちも、それを追いかけては取り逃がしてしまうばかり。
だから、れいむたちにやれることはただひとつ。
雑草を一本づつ引き抜き、それを口の中に収めることだけだった。

「むーちゃむーちゃ…ふちあわちぇー…。」
「にぎゃいよー…。」
「すききらいせずにゆっくりたべようね!おかあさんとのおやくそくだよ!」

七草粥があるように、人間も野草を食すことがある。
けれども、それは、野草ならば何でも食べられることを意味しない。
それは、ゆっくりたちとて同じである。
しかし、今はそんなことを言っている場合ではなかった。

「ゆぷぅ…。もうおなきゃいっぴゃい…。」
「まりちゃも…。」

口に合わないため、中枢餡が、胃袋の状態とは無関係に、満腹感を覚えてしまう。

「だめだよ!もっとたくさんたべないとゆっくりできないよ!」

れいむは、子どもたちに、自分が引き抜いた雑草を差し出してやった。
しかし、赤れいむも赤まりさも、体を揺らしてそれを拒んだ。

「おねがいだからたくさんたべてね!そうしないとゆっくりおとなになれないよ!」

れいむは、別に子どもを虐待しているわけではない。
赤れいむも赤まりさも、見るからに頬が痩せこけ、目は異様にくぼんでいる。
しかも、体のところどころに、人間でいう目の隈のような、黒ずみが現れていた。
これは、栄養失調で皮が薄くなり、中の餡が透けてしまっているのだ。
体の大きさも、他のゆっくりの子どもたちより、一回り小さかった。

もちろん、他の住ゆたちに、食糧を分けて欲しいと頼んだことは何度もある。
できる限りの優しさを見せてくれる彼らも、食べ物のこととなると顔をしかめた。

「まりさのおうちにもたべものはないのぜ。じぶんでなんとかするんだぜ。」
「らくしてたべものをもらおうなんてとかいはじゃないわ。」
「たべものはじぶんでさがすんだよー。わかれよー。」

冷たいように見えるが、他のゆっくりたちの台所事情も厳しいのだ。
れいむ一家に構っている余裕などない。
だが、追いつめられたれいむは、思わず彼らに悪態をついてしまうこともあった。

「まりさはおびょうきなんだよ!なんでたすけてくれないの!ひどいよ!」

森では、群れのみんなが助け合って生きていた。
れいむが病気になったとき、近所のゆっくりたちが食事を分けてくれた。
それなのになぜ。どうして。
れいむは、野良に成り切れていなかった。

それでも、この廃アパートの住ゆたちは、れいむの態度に我慢してやった。
仲間を見捨てるのは、本当はゆっくりしていない。
餡に刻まれた本能が、彼らにそう感じさせたからだ。
だが、その忍耐も、ある事件によって、最後の関を割られた。



ある日の午後、狩りから帰って来たれいむは、段ボールハウスの中が、
妙に静かになっていることに気付いた。
覗いてみれば、案の定、まりさがいなくなっている。
れいむは、子どもたちをおうちに入れ、急いでまりさを探した。
廃アパートの反対側に回ったところで、猛スピードで走るちぇんとすれ違った。

「きちがいだよー!わからないよー!」

ちぇんの逃げて来た方向に目をやると、夫まりさが地面に顔をつけ、
何かを必死に貪っているのが見えた。
れいむの中で、むらむらと怒りが込み上げてくる。
足りないご飯さんを独り占めするなんて。

「まりさ!」

れいむは、ぷくーと膨れて怒りを露にしながら、まりさに近付いた。

「うっめ!これめっちゃうめ!」

食べることに夢中になっているまりさは、れいむの接近に気付かない。

「まりさ!どうしてごはんさんひとりでたべちゃうの!れいむとおちびちゃんにもたべさせてね!」

れいむが怒鳴ると、まりさはようやく顔を上げ、こちらを振り向いた。
まりさの口の周りには、黒いものがこびりついている。
むせ返るような、それでいて毎日嗅いでいる悪臭。
まりさが食べていたもの。それは、うんうんだった。

「までぃざなにじでるのおおお!!?」

夫の信じられない行動を目の当たりにして、思わず絶叫するれいむ。

「みでばわがるでじょ…。うんうんざんだべでるんだよぉ…。」
「うんうんざんだべだらゆっぐりでぎないでじょおおお!!?」
「ゆひっ…まりざのうんうん…ゆひっ…ずごぐゆっぐりでぎるよぉ…。」

まりさは、うんうんの欠片をくわえると、それをれいむの口元に押し付けた。
れいむは泣きながら後ずさりするが、まりさの体力に負けて押し倒されてしまう。
揉み合っているうちに、れいむの口も、うんうん塗れになっていく。

「ゆげぇ…。」

れいむは、強烈な吐き気を催した。
だが、ろくに食事をしていないれいむの中には、吐瀉するものが何もない。
れいむは、余りの悪臭と、廃棄餡に含まれたアルコールの作用により、気を失った。

目が覚めたのは、辺りがすっかり暗くなり、空にお月様が昇ってからのこと。
まりさは、何事もなかったかのように、側でいびきをかきながら寝ていた。
れいむは、口の中に残るうんうんの味に再び吐き気を覚え、そして泣いた。

「ゆっぐ…どぼじで…どぼじで…。」

翌朝、段ボールハウスを大家のありすが訪れた。
彼女は、汚い物を見るような目付きで2匹を睨み、こう告げた。

「ひとまえですかとろぷれいするなんてとかいはじゃないわ。でていってちょうだい。」

それが、住ゆたちの総意だった。



段ボールハウスを追い出されたれいむたちは、人目を避けながら街中をふらついた。
幸いなことに、まりさは気味の悪い笑みを浮かべながらも、素直について来てくれる。
赤れいむと赤まりさの姉妹も、気丈に涙をこらえていた。

「ゆーん…ゆっくりおうちをさがそうね…。」

れみりゃなどのいる森の中とは違い、野宿もそれほど危険ではない。
しかし、住む場所がなければ、いずれ人間に見つかってしまうだろう。
これまでのように食糧を貯めることもできない。

けれども、頭のおかしくなった夫と栄養失調の子どもたちを連れて、
いったいどこへ行けばよいのか、れいむには見当もつかなかった。
地理に不安なせいで、迷路のような路地裏をぐるぐる回ってしまう。
見知った河原に出たのは、既に日も暮れ掛かっている頃だった。

「ゆん!れいむここしってるよ!」

路地を抜けた瞬間、れいむの顔がぱっと輝いた。
そこは、れいむとまりさがこの街に着いたとき、初めて野宿した場所。
思い出の河原だった。
2匹は、川沿いに山を下り、ここへやって来たのだ。
仲間と離ればなれになり、何度も挫折しかけた旅だった。
こうして生きていられるのは、まりさの励ましがあったからこそ。
雨が降り、川が増水して死を覚悟したときも、食べ物がなく、ひもじい思いをしたときも、
いつも側にはまりさがいてくれた。
そのことがまるで、昨日のように思い起こされた。

れいむは、まりさに寄り添い、沈みゆく夕陽を眺めた。
子どもたちは歩き疲れたのか、少し離れた草むらで寝息を立てている。
れいむは、ふと思った。
この街に来て以来、今日ほどゆっくりできた日は、なかったのではないかと。

「おひさまさんすごくゆっくりしてるね!」
「……。」

太陽が、ビルの谷間に消えて行く。
今まで見たことのない、美しい深紅の夕焼けだった。
明日は晴れるだろう。なんとなくそんな気がした。

「あしたもみんなでゆっくりしようね!」
「……。」

れいむは、まりさのおさげと自分のもみあげを絡めて、ゆっくりと歩き出した。
ところが、もみあげはすぐにぴんと伸び切ってしまい、先へ進めなくなる。

「まりさ!ゆっくりこんやのおうちをさがそうね!」
「……。」
「ゆっくりおうちをさがそうね!」
「……。」

果たして、気付いていなかったのだろうか。
信じたくなかっただけではないのか。

「どぼじでうごいでぐれないのおおお!!!」

受け入れられない現実。
れいむを襲ったのは、安堵ではなく、悲しみだった。
狂ってしまっても、れいむにとって、まりさはまりさであった。
しかし、そのまりさは、永遠にゆっくりしてしまった。永遠に。

「まりざああぁ!!!いづもみだいにわらっでえええ!!!
べにべにっでざげんでもいいんだよおおお!うんうんざんたべでもいいんだよおおお!!!
でいぶおごらないがらあああ!!!でいぶをおいでがないでえええ!!!」

れいむは、地平線に太陽が消えるまで、泣き続けた。



「ゆ…おかあしゃん…?」

母親に起こされた赤れいむが、眠たそうに瞼を開けた。
もみあげで目元を擦り、あたりを見回す。
すっかり暗くなった河原には、虫の泣き声が響いていた。

もみあげに揺さぶられ、妹の赤まりさも目を覚ます。

「ゆ?もうあちゃにゃにょ?」
「ちがうよ!これからおうちへゆっくりかえるんだよ!」
「ゆん!まりしゃおうちきゃえりゅ!」

おうちと聞き、急に元気になる赤まりさ。
赤れいむも、子どもらしい無邪気な表情に戻った。

「おちびちゃんたちつかれたよね!おかあさんのおくちにゆっくりはいってね!
おかあさんがおうちまでゆっくりつれてってあげるよ!」
「「ゆっくちー♪」」

2匹は、喜んで母親の舌を這い上がり、口蓋の中でお互いの体を寄せ合った。

「おきゃあしゃんのおくちゆっくちできりゅね。」
「まりちゃとっちぇもらくちんだよ。」

れいむは口を閉じ、おうちとは反対の方向に歩き始める。
そして、まりさと夕陽を眺めた場所まで来ると、立ち止まって夜空を見上げた。

「ゆっふりひひぇいっひぇにぇ!」

最後にそう言うと、れいむは川岸からぴょんと跳ねた。
ぼんやりとした星々の下で、その一瞬の水音を聞いた者は、誰もいなかった。



終わり



これまで書いた作品

ダスキユのある生活(前編)
ダスキユのある生活(中編)
ダスキユのある生活(後編)
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最終更新:2022年05月03日 20:05