チャック付きビニル袋に、白い粉が入っている。
俺はそれを握ると、近所の森を目指して歩き始めた。



「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」

森に行く途中の農道で、2匹のゆっくりがゆっくりしていた。
ゆっくり霊夢とゆっくり魔理沙。
どちらも成体サイズのバレーボールほど。

ちょうどいいので、コイツらで遊ぶことにする。

「凄くゆっくりできる粉をあげるよ」

ゆっくりできるという言葉に、れいむとまりさの目が輝く。
俺はポケットから、ビニル袋を取り出した。

「ゆ!それがゆっくりできるものなの?」
「ゆゆ!まっしろでとってもゆっくりしてるね!」

袋のチャックを開け、中の粉を皿に移す。
刺身の時に醤油を入れる皿なので、あまり大きくない皿だ。

「残念だけど、今日は1匹分しか持ってきてないんだ。どっちがゆっくりしたい?」

「ゆ・・・!」
「まりさはれいむといっしょにゆっくりしたいよ!」

仲の良い固体らしく、2匹はどうしても一緒にゆっくりしたいと言い張った。
俺はかたくなにそれを拒み、選択を迫る。

「ゆ・・・じゃあ、まりさはがまんするよ!れいむがゆっくりしていってね!」
「ゆゆ。まりさありがとう。れいむ、ゆっくりするね!」

4時間に及ぶ議論の末、れいむが粉でゆっくりすることに決まった。
俺はさっそく、れいむの目の前に皿を置く。

「よーし、れいむ。じゃあそれをゆっくりと吸うんだ」

「ゆっくりりかいしたよ!」
「れいむ!まりさのぶんもゆっくりしてね!」

ハァハァと音を立てながら、れいむが息を吸ったり吐いたりを繰り返す。
それにあわせ、皿の上の粉が吸い込まれていく。

サラサラと、白い砂丘がれいむの口内へと消えていく。
まりさはその光景を、羨ましそうに眺めていた。

変化が現れたのは、れいむが白い粉を吸い始めて1分ほどした頃だった。

「ゆっ!!ゆふぅっ!!すっ!すごいよぉっ!!すごくゆっくりしてきたよおぉお!!!」

小刻みに震えるれいむ。
目は血走り、息はどんどん荒くなってくる。
もはやまりさのことなど忘れたかのように、一心不乱に皿に盛られた粉を凝視していた。

「れいむはすごくゆっくりしてるね!」

れいむの激しい呼吸を見て、まりさも満足そうな顔をする。
どうやら元気いっぱいという意味でも「ゆっくり」という言葉は使われるらしい。

「ああ、そうだ。凄くゆっくりしてるだろう?」

2匹に言ったつもりだったのだが、返事をしたのはまりさだけであった。



皿から粉が完全になくなるのに、5分もかからなかった。
れいむは粉が吸えなくなると、皿まで舐めまわした。
相当な熱中っぷりである。

「ゆっふぅ・・・!!ゆっふぅうううううう!!!ゆっくりいぃぃい!!ゆっくりりいいいぃいいぃっ!!!!!」

そのれいむは今、あちこちを飛び回ってはゆっくりゆっくりと叫んでいる。
パワーが有り余ってしょうがないようだ。

「れいむ、どうだ?ゆっくりしてるか?気持ちよかっただろ?」

少し離れたところにいたれいむは、俺の声に気がつくとクルリと振り返って跳ね寄って来た。

「おにいざああん!!すごいよぉお!!すごくゆっぐりじでるよぉおお!!!!」

狂ったレイパーありすのように身を震わせ、涎を垂れ流す姿は実に不気味だ。
つい蹴り殺したくなったが、俺は我慢する。

「そうかそうか。れいむが喜んでくれて、俺も嬉しいよ」

れいむの頭をなでると、ネットリとした嫌な水気を感じた。
とても気持ち悪い。

息の荒いれいむと、対応に困ったまりさを放置して、俺は家に帰った。



翌日。
農道を歩いていると、予想通りれいむとまりさがゆっくりしていた。

「ゆっ!きのうのおにいさんだよ!」
「ゆゆー!!すごくゆっくりしたおにいさんだね!」

ぽよんぽよんと跳ね寄って来る2匹。
特にれいむが嬉しそうな顔をしている。

「やあやあ、今日もゆっくりした粉を持ってきたよ。どっちがゆっくりするんだい?」

「れいむがゆっくりするよっ!!」
「おにいさん、れいむをゆっくりさせてあげてね」

意外な事に、今日もれいむが粉を吸うという結論が出ていた。
俺はまりさに視線を移す。

「いいのか、まりさ?昨日、れいむは凄くゆっくりしてたじゃないか。お前もゆっくりしたいだろ?」

少し困った顔を見せた後、まりさは満面の笑みで答える。

「いいんだよ!れいむがゆっくりしてくれると、まりさもゆっくりできるんだよ!」
「ゆゆーん・・・まりさぁ・・・」

バカップルっぷりを見せ付けられてしまった。
大きさ的にそうではないかと思っていたが、やはりつがいだったようだ。



「ゆっほぉおおおっ!!ゆっくりりぃぃいっ!!!ゆっぐりじでるよぉおお!!!」

ゴロゴロと農道を転げまわるれいむを、俺とまりさが見ていた。

「ゆふぅうっ!!ゆっふほぉお!!ゆっぐりぃぃん!!」

れいむが転がると、土が黒くなる。
全身(全頭)から謎の体液が流れているのだ。
ほんのりと甘い匂いがして、なんとも気分が悪い。

「れ・・・れいむ。ゆっくりしてないよ。もっとゆっくりしようよ!」

さすがにまりさもその異常性に気がついたのか、転がり続けるヌルヌル饅頭に声をかけた。
しかし、れいむは止まらない。

「な゙にい゙っでるのぉお゙おっ!?!?れ゙いむはずっごくゆっぐりじでる゙よぉおお!!!ゆっほぉぉお゙!!!」

今にも噛み付きそうな勢いで、れいむがまりさに迫る。
俺は小さく笑いをこぼした。

「まさかここまでとはなあ、俺もビックリだよ」

れいむに嗅がせた粉。
別に所持しているだけで罪になるような、アレな粉ではない。
ただの小麦粉である。

饅頭生命ゆっくりは、基本的に皮と餡子でできている。
皮は当然、小麦粉から作られるので、ゆっくりにとても深い関わりがあるのだ。

俺の友人は、皮ツヤが良くなるかと思ってペットのゆっくりに小麦粉を与えたらしい。
それが見事に小麦粉中毒になってしまったというのだから、なんとも哀れな話だ。

「ゆひぃひぃいん!!れいぶはどっでもゆっくりじでるよぉおお゙!!ゆふがぁっ!!ゆふぅゔ!!」

今日もまたれいむは小麦粉の魅力に溺れていく。
俺はまた2匹を放置して、帰路についた。



さらに翌日。
農道にやってきた俺を迎えたのは、眉をへの字にしたまりさだった。

「おにいさん、れいむにあのサラサラをあげないでほしいよ。あれはゆっくりできないものだよ」

狂気のれいむに怯えたのか、まりさはそんなことを言ってきた。
れいむはまりさの後方で不満げな顔をしている。

「れいむ、これはゆっくりできない粉だったか?」

ためしに聞くと、れいむはフルフルと体を左右に振った。

「ゆ・・・そのサラサラはとてもゆっくりできたよ・・・」

しかし、まりさがすぐに反論する。

「れいむ!あれはゆっくりできないものだよ!!あんなのはほんとうのゆっくりじゃないよっ!!」

更にまりさの苦言が続く。
近所のありすが人間にケーキをもらった結果、野生の食事に満足できずに死んだ事。
いつかきっと、れいむもそうなってしまうと。

「・・・だからだめだよ!もうにんげんさんにサラサラはもらっちゃだめだよ!!」

なんとも優秀なまりさだ。
しかし所詮はゆっくり。なんとでもなるものだ。

「でも、れいむは別に草や虫が食べられなくなったワケじゃないだろ?」

「ゆ・・・!そういえばそうだよ!きょうもバッタさんをたべたよ!!」
「ゆっ!でも、サラサラはもうダメだよ!」

食料として摂取したわけではないので、特に舌が肥えることもなかったようだ。

「それにね、これは止めようと思えばいつだって止められるんだよ?」

「ゆっ!」
「ゆゆ・・・!」

もちろん嘘だ。
友人のペットのゆっくりは小麦粉中毒が原因で死んだらしい。
ついでとばかりに、もう一つ嘘を重ねよう。

「一度にいっぱい吸わなければ安全なんだよ。ちゃんと量を守ればゆっくりできるんだから」

「ゆゆ・・・!すごくゆっくりしてるんだね!れいむ、サラサラがほしいよ!」
「れいむ!だめだよっ!!サラサラはゆっくりできないんだよっ!?」

俺は皿に、いつもより少し多く小麦粉を盛った。
まりさがれいむを止めようとしていたが、結局れいむに押し切られてしまう。

「ゆゆー!!ゆっくりしたサラサラだよ!」
「ゆゆぅ・・・れいむぅ・・・」

地面に置かれた皿に、れいむの口が近づく。
荒くなる息。

「ゆっほぉぉお゙お゙っ!!!ゆっぐりぃぃっ!!!!」

今日もれいむは溺れていく。



それからというもの、俺は毎日れいむに小麦粉を与えた。
れいむはすっかり小麦粉の魅力に取り込まれた。

まりさは心底れいむに惚れ込んでいるようで、何度も小麦粉を止めさせようとしたが結局無駄に終わった。

1週間もすると、小麦粉を摂取していないときでもれいむに異常性が確認できるようになった。
俺はそれに気がつき、小麦粉を与える時間外も監視を続けた。

最初に確認できたのは、れいむの慢性的なイライラ。
狩りのときや、巣でゆっくりしているとき、何かにつけてれいむは怒るようになった。
まりさはそのたびに、必死でれいむをなだめていたが、れいむを煽るだけであった。
常に小麦粉を求め、俺の姿を見るだけで全身から謎の体液を撒き散らした。

続いて、知性が著しく低下した。
語彙が減り、短い言葉しか喋らないようになってしまった。

そして運動機能の麻痺。
今では満足に跳ねることもできない。
まりさはれいむの分も狩りをしているようだった。



「ゆげげ・・・!ゆげ・・・ゆぇ・・・・」

れいむとまりさの巣にやってきた俺を迎えたのは、狂った饅頭だった。

「よおまりさ。元気か?」
「ゆぅ・・・おにいさん・・・」

元気のない饅頭が、ほんの少しだけ嬉しそうな顔をして俺を見上げていた。

「また持ってきてやったぞ。ほら」

「れいむをゆっくりさせてあげてね・・・」
「ゆ゙ぎょっぎょ!!」

れいむはもう、小麦粉以外では喜ばない。
まりさのすりすりも、美味しい虫も、甘い花の蜜でさえれいむは反応を示さない。
れいむが求めるのは、小麦粉だけだった。

それをゆっくり理解したまりさは、れいむに小麦粉を与える事を望んだのだ。
せめてれいむをゆっくりさせてあげたい。
優しいパートナーだった。

「ほら、れいむ。ゆっくりできる粉だぞ。吸ってごらん」
「ゆっぎょっぴょぉおおっ!!!ゆぴょぴょーーー!!!!」

「ゆぐ・・・れいむぅ・・・ゆぅう・・・!」

ポロポロと、まりさの目から涙がこぼれた。
しかしその涙はれいむから溢れる謎の体液と混じって、すぐにわからなくなってしまった。



れいむが死んだのは、それから数日後のことだった。
俺が巣に行くと、動かなくなった饅頭の傍らでまりさが号泣していた。

死因を調べるため、れいむの体を真っ二つに切断した俺は驚愕した。

れいむの中には餡子が無かった。
全てが皮で構成されていたのだ。
ゆっくりの命の源である餡子は、きれいサッパリ消えていた。

餡子がなくなったことが死因であることがわかった。
ではなぜ餡子がなくなったのか。

それは恐らく、小麦粉の摂取が原因だ。
通常、ゆっくりは何を食べても餡子にしてしまう。
だが小麦粉だけは餡子にできなかったのではないか。
そう俺は考えた。

摂取した小麦粉は皮になる。
餡子と違い、エネルギーとして消費できないので溜まる一方だ。
それを繰り返していくうちに、餡子の領域を皮が侵食し始める。
知性が下がったのは、餡子が減ったためだろう。
ゆっくりの知能は餡子が大きく関係してくる。
また、運動能力が低下したのは、底部の皮が分厚くなったからに違いない。

そして最後に残された餡子が無くなり、皮れいむの屍が完成するのだ。


「ゆぅうぅう!!れい゙むぅうゔうっ!!!でいむ゙ぅゔぅっ!!!!」

泣き叫ぶまりさ。
俺はそっと皿を差し出した。

「まりさ、これをゆっくりと吸ってごらん。心が落ち着いて、とてもゆっくりできるから」





おわり。

作:ユユー

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最終更新:2022年04月17日 00:13