※この物語はフィクションです
※この話は ゆっくりいじめ系2801 一家離散:姉まりさ『生餌』 の続きになります








妹れいむがいなくなり、姉まりさが買われていってから幾つかの夜を越えた。
二匹の家族を失ったあの一家はというと、以前同様とまではいかないが、着実に笑顔を取り戻しつつあった。

「ゆっゆゆん~♪ ゆゆゆ~♪」
「しゅ~り、しゅ~り、しあわせ~♪」

姉れいむは小部屋の真ん中で意気揚々と歌を歌い、妹まりさはそんな姉れいむの歌声を聴きながら親まりさへと頬を摺り寄せている。
姉れいむの歌声はゆっくりだけがリラックス出来る独特の旋律を奏で、妹まりさの頬は親まりさの頬と合わさって柔らかそうに変形していた。

「まりさ、とってもゆっくりしてるね……」
「まりさのあかちゃんたちはとってもゆっくりできてるよ……」

両親であるれいむとまりさは、そんな我が子達の様子に頬緩ませ、ゆったりとくつろいでいた。
だらしなく頬はたれさがり、その弾力さを示している。妹まりさと接触している親まりさの片頬は、もちっもちっと弾んですらいる。
妹れいむと姉まりさがいなくなってしまった日には、悲しみに暮れて泣きじゃくっていたばかりであった一家も、

「ゆゆ~ん、おかーさん、どうだった? れいむのおうた!」

今ではなんとか、立ち直りかけている。
時が解決したのだろうか。ゆっくりの寿命は人間に比べて遥かに短く、ゆっくりにとっての一日は人間にとっての一日よりも遥かに長いため、それもあるだろう。
だが、それだけではない。

今、一家の様子を店側から透明な隔たり越しに見ている女性がいる。
彼女もまたこのペットショップの店員であり、一家が立ち直るきっかけを与えた者であった。

家族から引き離される際の購入ゆっくりへの対処は、睡眠剤を用いることで解決を図ったが、残されたゆっくり達がいつまでも塞ぎこんでばかりでは、売れるものも売れない。
どうすればよいかとこの一家を売る際に接客した店員から相談をもちかけられた女性店員は、

「あの子達が泣いているのは、家族と突然離れ離れになった悲しみもあるけど、いなくなった子達がゆっくり出来ていないんじゃないかって不安もあるのよ」

だから、と女性店員はゆっくり一家に、真相を話すことにしたのだ。
ゆっくり一家達はここで売られているのであり、子達は人間に買われていったのだという、一家の状況を。
ただし、それはゆっくりにとって都合の悪い情報を一切伝えず、また一家に悪影響を与えぬよう表現をオブラートに包んだものであったが。

「おちびちゃんは、ゆっくりぷれいすにいったの?」
「そう。れいむとまりさの可愛い赤ちゃんは、とってもとってもゆっくり出来る人間さんに、とってもとってもゆっくり出来るゆっくりプレイスに連れていってもらったのよ」
「ゆゆっ、ほんとっ!?」
「えぇ、本当。だから安心なさい」

「ゆぅ、れいみゅたちもゆっくりぷれいしゅにいける?」
「えぇ、いずれ貴方達もゆっくりプレイスに行ける日が来るわ。ここにいるのはみんな、ゆっくりプレイスに行く子達ばかりなのよ」

女性店員としては嘘を伝えたつもりは無かったが、結果としてこの話は半ば嘘となった。
もっとも、女性店員も内心ろくでもない扱いを受けてるかもしれない、と思っていたし、女性店員の話が嘘だと指摘する者もいなかったのだが。

そうした女性店員のフォローにより、一家はなんとか心理状態を持ち直すことに成功した。
愛する家族と別れてしまったのは寂しいが、それでも別れた先でゆっくり出来ているのならば、それは幸いだ。
そして、自分達もいずれ同じくゆっくりプレイスに行くことが出来る。

そう、思うことが出来たからこそ、一家は家族を奪われた不幸を、なんとか乗り越えることが出来たのだ。
今はもう居ない、妹れいむと姉まりさ。もう二度と会えないという事実を思い起こせば再び心が痛くなる。
だが、離れた場所でも、自分達と一緒ではなくとも、幸せであるというのならば、せめてこの言葉を送ろう。

「ゆっくりしていってね……」

一家は女性店員から話を聞いた日から、夜、寝る前に。
そう、呟いて寝ることにしているのだった。


と、一見、一家はもう失意の念から乗り越えたように見える。
だが、

「……ゆっ?」

音を立て、“おうち”の壁の一面が開け、店員の腕が垣間見えたその瞬間、

「ゆ゛っ、ゆ゛ゆ゛ゆ゛ぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」

恐慌に顔を歪めて、店員の腕から逃れるように小部屋の隅に逃げ惑うゆっくり一家の様子が現す通り、

「やめてねっ! ばりざのあがぢゃんだぢつれでいがないでねっ!!」

過去二回の家族との別離は、

「やぢゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!! おがぁざんとゆっぐりじだいぃぃぃ!!」

ゆっくり一家の餡子に、消えぬ傷跡を作ってしまっていた。

ゆっくり一家達は“おうち”の隅に四匹仲良く固まり、眦に雫をためてガタガタ震えて寄り添っている。
恐怖に捕らわれ家族を奪われまいとする防衛行動だ。
もはやゆっくり一家は、“おうち”の中に入ってくる人間の腕そのものに恐怖を抱くようになってしまった。
たった二回の家族強奪が、このゆっくり一家の中枢に、それまでの不快傷を負わせたのだ。

しかし、一家が見つめる先の店員の腕は、そんなゆっくり達の恐怖をよそに淡々と、

『ゆ……?』

ゆっくり達用の小皿に安価のゆっくりフードを盛っていった。
なんてことはない。ただ、食事の時間だっただけのことだった。
それでも一家は店員の、ひいては人間の腕そのものが既にトラウマの対象なのか、エサを盛り終えて腕が小部屋から消えるまで、“おうち”の隅から動こうとはしなかった。

そうして四匹分のエサが盛り終わり、店員の腕が引っ込んで数秒。
再び腕が入ったこないようだと確認すると、一家はのそりと遅い歩調で小部屋の隅から動き、それぞれの食事を始めた。

「むーちゃ、むーちゃ……」

だが、先ほどの極限に近いまでのストレス状態と安価で美味でもないエサでの食事では、しあわせ~、になれるはずもなく。
結局一家は義務のように夕食を終え、先ほどの出来事から妹れいむと姉まりさがいないという事実を想起しないように、家族寄り添って眠りについたのだった。

















そんな日の翌日のことだった。
その男が店にやってきたのは。

閉店間際、店に残った店員達が店を閉める用意を少しずつ進めていた時。
他の客は店内に無く、ただショップ内のペットと店員達がいる空間に足を踏み入れたその男は、見るからに精気がなかった。

スーツ姿のその男は、おそらく勤務後の帰宅途中なのだろう。
着ているスーツはややくたびれており、背もやや猫背気味。目元にも覇気はなく、顔色も良いとは言い切れるものではなかった。

入店した男はぼんやりと店内を見回しながら、ゆっくりとその歩をゆっくりのコーナーへと進めていく。
展示されているゆっくり達へと視線を向けるが、それも一秒も経たないうちに外される。
一瞬だけ目があったゆっくり達が揃ってがっかりした表情を浮かべていく中、

「…………あっ」
「ゆっ?」

ふと、男はとある一点で視線を止めた。
止まった視線の先にあるのは、家族を二匹失った、ゆっくり一家の姿だった。
ゆっくり一家は外からは見えにくくなるようにと、その体を奥隅の方へと寄せていた。
しかし、それでも家族全てが隠れきれるわけもなく(そもそも正面から見れば誰も隠れきれていない)、一家のうち親れいむが男の視線にしっかりと捕らえられている。

男はそれまで幽鬼のようだった足取りを、うってかわってシャンとして一家が展示されている小部屋の真ん前まで移動した。
視線は真っ直ぐ、親れいむを射抜いている。

「ゆぅ……? なぁに?」

親れいむは外の人間に見つかったらまた家族と連れていかれると思い、なるべく外の人間から見つけづらくなるようにとしていたのだが、流石に男の視線は無視しきれずに首を傾げた。
男は親れいむの言葉に何も反応を示さない。若干の防音効果があるとはいえ、真正面までくればしっかりと中にいるゆっくりの声は聞こえているはずなのにだ。

男の視線は真っ直ぐに親れいむへと注がれている。傍らにいる他のゆっくり達には目もくれていない。
それまで覇気の無かった目も、いつの間にか活力が満ちていた。先ほどまでとは違い、その目は妖しくギラギラとしている。
どれだけそうして親れいむを見つめていただろうか。
やがて男は親れいむから視線を外すと、その場から立ち去っていった。

「…………ゆぅ」

親れいむが洩らしたのは安堵の溜息。まるでゆっくり出来ない目で見つめられつづけ、何もしていないのに疲労したのだ。
丸い体をへたらせて、先ほどの男の視線を記憶から追い出す作業をしてみれば、そんな親を気遣うように姉れいむと妹まりさが頬を寄せてきた。
もちもちとした弾力のある頬同士が触れ合い、むにょん、とその柔らかさを互いに伝え合う。

「おかーしゃん、ゆっくりしていってね」
「おにーしゃん、こわきゃったね」

「ゆゆん……おちびちゃん……」

親れいむは自分を気遣う子に涙した。感激の涙だ。
す~りす~り、と頬を寄せ合う我が子の温もりを感じながら、親れいむはもうこれ以上家族を失わせまいと固く決意した。
こんな、こんなに可愛らしく優しい子達や、最愛のまりさと離れ離れになるなどと、そんな事、考えただけでストレスで餡子を吐きそうだ。

親れいむは我が子に触れ合いだらしなく目尻の下がった目を親まりさにも向けた。
視線を向けられた親まりさは、親れいむの意図を違うことなく汲み取り、

「ゆゆんっ、れいむぅ……」

親子のスキンシップの間に、その身を割りいれた。
親子四匹。成体と子供のゆっくり二匹ずつが、それぞれ体を寄せ合い頬をすり合わせ、今この身の幸せと家族の温もりを感じている。

「しゅ~り、しゅ~り♪」
「しゅ~り、しゅ~り♪」
「れいむ、ゆっくりしていってねぇ~」
「ゆゆん……おちびちゃん、まり─────」

しかし、

『ゆ゛っ!?』

親れいむが口を開いたその時に、一家の幸せを包んでいた“おうち”の一角が開き、

「ゆ゛ゆ゛っ……!」

ぬっ、と一家にとっての恐怖の象徴が現れた。

「ゆ゛んや゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

姉れいむが真っ先に腕から逃れるように隅へと逃げ出し、妹まりさがそんな姉に続いて跳ねだし、親まりさがそんな子達を守るように後退し、親れいむが子達を守る親まりさを支えようと傍らに移動した。
先刻までと一変。身を寄せ合うは空間の真ん中ではなく隅。身を寄せ合う理由は恐怖から逃れるため。

部屋の隅で固まってガタガタ震える一家が見つめる先、“おうち”に入ってきた腕は、

「そんなに怖がらなくていいわよ。オヤツをあげに来ただけだから」

一家に事情を説明した女性店員の者であった。
ゆっくり一家は家族を連れ去るものではなく、優しい“おねーさん”だと理解するとのそのそと隅から動こうとして、

「ゆっ、おかしっ!?」

先の言葉の中にあった語句に気づいて急激にその動きを速めた。
一気に態度を豹変させた一家はわらわらと女性店員へと群がる。その面もまた先程と違い喜色に満ちていた。

「おかちっ、おかちっ!」
「れいみゅにおかしちょうだいねっ!」

中でも妹まりさと姉れいむ達は期待をまったく隠そうともせず、その場で飛び跳ねて女性店員へと催促している。
無理もない。今や一家にとって美味しい食事とは数少ない“ゆっくり”の一つなのだから。

「はいはい、ちょっと待っててね」

女性店員はやんわりと一家をたしなめながら、いつも食事に使っている小皿に頭数分のそれを入れていった。

「わくわく、わくわく」

子ゆっくり達は擬音を口にしながら皿を覗き込む。
そこで二匹は、首を傾げることになった。その皿の中にあったのはいつも食べている“あまあま”とは違ったからだ。
小さい楕円形をしており、ぴっちりとしたその形は柔らかさなどまるで感じられず、真ん中を境界線に青と白の二色に分かれているその見た目は、まるで見たことのないものだった。

「ゆぅ~?」

親れいむと親まりさも首をかしげている。果たしてこれがおかしなのだろうか、と。

「さぁさ、遠慮しないでみんなで食べなさい」

けれども、女性店員が優しく微笑みながらそう促してみれば、そんな一家の疑念も露と消えた。
これだけ笑顔で薦めるのだから、きっと美味しいのだろう。これまで食べたことの無い新しいおかしなのだろう。
そう、思って、信じて一家はそのカプセル状の錠剤を口に含み、食べ、飲み下した。

「む~しゃ、む~しゃ…………?」

あれ、と四匹は一斉に疑問を感じた。
美味しくない、甘くない。むしろ美味しくない、苦い。
これは一体どうしたことなのだろうか。これはおねーさんがくれた甘いおかしのはず。
そう思い親れいむが、

「ゆゆっ、おねーさん、これあまく────」

口を開いたところで、四匹の、親れいむの意識は、まるで底なし沼に引きずりこまれるかのようにすぶずぶと、しかし一気に沈み込んでいった。
こてん、と同時に転がる四つの饅頭体。
女性店員が去った時、四つは三つになっていた。残されたその三つは、揃って「ゆぴ~」と、間抜けな寝顔を晒している。








唐突に、だが心地よくまどろみに包まれ沈んでいった親れいむの意識は、

全身を貫く衝撃によって、強制的に覚醒させられた。

















右足で親れいむの感触と重みを実感した男は、ゆっくりと振りぬいた足を床へと下ろした。
全力の六割ほどで放たれたのキックは、足の甲で的確に親れいむの顔面を捉えたもの。男は選手時代のシュートの感覚を、思い出していた。
しかし、蹴ったのはボールではなく、ゆっくりだ。先ほどペットショップで買ってきたばかりの、成体れいむ種。
わずか六百円で買った命である。
その六百円の命は今、男に蹴られ壁に激突した後の結果として、床にうずくまっている。

既に起きているはずだ。
あの蹴りで起きないゆっくりは、いないだろう。
それでも顔を下にしたまま俯いているのは、寝ているところからの突然の痛みによる混乱と、激痛で苦しんでいるから。

だが、それでは男がこの親れいむを買った意味がない。
男は親れいむへと近寄ると、爪先で親れいむの頭を蹴り上げた。
「ゆびっ」と鈍い声とともに、親れいむの苦痛で歪んだ顔が男の視界に入る。

「ゆ゛っ、ゆ゛ぅ…………いぢゃいよ……」

男は、今にも泣き出しそうにぐずっている親れいむの顔を見下ろしながら、自身の中に生じた感覚を理解しようとする。
果たして、この高揚感はなんなのだろうかと。
いや、問うまでもない。既に自分は知っている。
自分には、適正があった、と。これが、自分の中にあるものを吐き出すための、最良の方法なのだと。
そう、理解することが出来た。

「ゆゆぅ……ゆっくりしていってね」

ようやく痛みがおさまったのか、親れいむは底部を下にした通常の姿勢になると、男を見上げてゆっくりの特徴の挨拶を放った。
挨拶をされた男は、しかし答えない。静かに親れいむを見下ろしている。
親れいむは返ってこない返事に疑問に思い首を傾げ、

「ゆっ? まりさは? おちびちゃんは?」

ようやく、自分以外の家族がこの場にいないことに気づいた。
親れいむはキョロキョロと自分の周りを見回す。そこは男が住んでいるアパートの一室であり、親れいむがこれまで住んできたあの場所とは広さが段違いだ。
これまで踏んだことも見たこともないフローリングの床の上で、親れいむは家族を探した。
つい先ほどまで一緒にいたはずの、まりさを、我が子を。

「ここどこなの? れいむはおうちにかえりたいよっ!」

見たことも無く、家族もいないこの場所は自分が居た場所ではないと理解したのか、それとも親れいむの言う“おうち”とは家族が居る場所を指すのか。
どちらにせよ、男はそんな親れいむの願望を聞き届ける義務もなければ理由も、意思も無かった。

「今日からここが、お前の家だ」

だから男は、ただ淡白に、そう告げた。
親れいむは告げられた言葉をしばし理解できず、きょとんとしていた。
しかし、十秒程経った後にようやく言葉の意味を理解し、口を開いた。

「ゆゆっ? ちがうよっ、れいむのおうちはまりさと────」

言葉半ばで男は親れいむを蹴り飛ばした。先ほどよりも強力な蹴りは、過たず親れいむの顔面を強襲し、親れいむの身を宙へと飛ばした。
飛翔し、脳天から部屋の壁に激突する親れいむ。その身に骨があったのならば、さぞかし鈍い音が響いた事であろう。
ボトリ、と床に落ちる親れいむの顔面は上に、後頭部は下に。
数瞬、後に。

「ゆ゛びゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!! いだいよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!! ゆっぐりでぎない゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!!」

爆発。
親れいむは遠慮など微塵も無く泣き叫んだ。
感情を思うがままに吐露するゆっくり。男は事前にその事を知っていたはずだった。
だが、知っているのと実際に見るのとは違う。その事を再確認しながら男は親れいむに近づき、

「やぢゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!! でいぶのがみのげひっばらないでぇぇぇぇ!!」

前髪を鷲づかみにして親れいむを持ち上げると、

「ゆ゛がっ────!!」

全力で、親れいむを殴り落とした。
綺麗に親れいむの頬に叩き込まれた男の右拳は、親れいむを床へと叩きつけ、親れいむの柔らかい頬に、クッキリとその形を残していた。
ピクピク、と半分白目を向いて痙攣する親れいむ。倒れたその身は激痛に悶絶して、声すら出せぬ状況だ。

男は先と同様に親れいむの前髪を掴み、自分の目線まで持ち上げた。
男の視線の先、親れいむは未だに頬に男の拳の形を残して、目からは珠のような雫を零し、「ゆ゛っ、ゆ゛っ」と痙攣している。
そんな親れいむの両歩を、男はたたいた。ベチベチと数回程ビンタを施すと、親れいむは「ゆっ!」となんとか覚醒をする。

「ゆ゛っ……どぼじでごんなごどず────」

再度、言葉を言い終える前に親れいむを床へと叩き落した。
全力で床にぶつけられた親れいむは顔面からビタン、と激突。炸裂する痛みから泣き叫ぶ──その前に男は親れいむを更に蹴り飛ばした。
反対側の壁へと床を転がりながら飛んでいく親れいむ。縦回転のかかったその身体は床を数度バウンドした後、壁に激突し跳ね返った。

度重なる暴行で身体が少しは慣れたのか、親れいむは跳ね返ってようやく勢いの止まった身を、ゆっくりと起き上がらせた。
そうして、顔を男の方へと向ける。目には涙がウルウルと溜まっており、わずかに揺らすだけで零れそうだ。

「や゛っ……やべでね……でいぶ、ゆっぐりでぎないよ……ゆっぐりじだいよ……」

ずり、ずり、と顔は男の方へと向けたまま、跳ねずに後ずさった。
しかし、すぐに後頭部が壁へとたどり着いてしまう。それでも親れいむは男から逃れたい一心で、体を後ろへと持っていこうとするが、虚しく底部が床を滑るだけだった。
男は親れいむへと近づいていく。親れいむはそれでパニックを起こし、イヤイヤと顔を振って涙を床へと撒き散らすはめになる。

「やべでねっ! ごないでねっ!! でいぶもういだいのやだよっ! でいぶおうじにがえりだいよ゛っ!! ごごどごぉ!?
 ばりざぁぁぁぁ!! おぢびぢゃぁぁぁぁぁん!!」

それは現実を見ずに逃避をする駄々っ子のよう。目を閉じて嫌な事を見ないようにして、ただ泣き喚く稚児の有様だった。
男は、そんな親れいむの姿を見て、先ほどからも見てきた、親れいむが泣いて苦しむ様を見続けて、

「あぁ……」

自分の中にあった、ドス黒かったものが吐き出されていく実感を得た。
その代わりに生じたのは、これまで感じたこともない高揚感だ。
もっとゆっくりを甚振りたい、もっと泣かせたい。

男はそんな思いに突き動かされ、ひょい、と親れいむを抱えあげた。
手の中に収まる親れいむはじたじた、と暴れて逃げようとしている。無駄だ。まったくもって、無駄な行為だ。
男は、そんな無駄な行為を終わらせようと、左拳を振り上げ、

「ゆ゛っ!?」

脅えた眼差しで自分を見る親れいむを見ながら、前に殴った頬とは逆の頬へ、拳を叩き込んだ。














男は部屋の片隅に置かれた饅頭を見る。それは男に殴られ失神した親れいむだ。
両頬に男の拳の跡がついているが、ゆっくりの弾力性をもってすれば明日には綺麗さっぱり無くなっているだろう。
男は冷蔵庫に入れておいた“ただの砂糖水”と書かれたラベルのペットボトル飲料を飲みながら、想起した。
そして思う。買って良かった、と。

男が親れいむを買った理由、それは『ストレス解消』でしかなかった。
社会人となって数年。日々重なる仕事や対人関係からのストレス。
それは大人ならば、多かれ少なかれ誰でも持つ問題だ。

問題へと対処法は人によって様々だ。酒を飲んだり、趣味に没頭したり。とにかく、別の事で嫌な事を忘れるというのが多いだろう。
だが、男はストレスとの向き合い方が下手な人間だった。
酒はあまり飲めず、趣味と言える趣味も持ったことはなく、誰かに愚痴を零すこともなく、ただ己の内にストレスを溜め込んでいくだけだった。

日々己の中に沈殿していくストレスに、男は日々苛まされた。
どうにかして、この自分の中にある黒いものをなんとかしなくては。
そう自分でも思った男は、日々ストレス対処法を調べては、実践してきた。
だが、今まではどれも駄目だった。

そんな折りに出会ったのが、『ゆっくり虐待』だったのだ。
ネットサーフィンでふとしたきっかけで見つけたそのアングラな趣味。
ゆっくりを虐めた後の画像や、動画サイトにアップロードされていた実際の虐待光景や、都会で暮らして苦しむゆっくりのドキュメンタリー映像等。
どんな状況であれ、ゆっくりが泣き、苦しみ、ゆっくりしていない様に、男は気づけば見入っていた。

時間が経過するのも忘れてそれらネット情報を漁り、ふと我に返ってみて思ったのだ。
自分の中にあった、陰鬱をしたものが減っていたのだ。
まさか、と思い、もしかしたら、と思い直す。これならば、自分でもストレス発散出来るのではないか、と。

数年前に現れたゆっくりの事は、男も知っていた。
だが存在は知っていてもその詳細は知らなかった。他の一般人と同様に。
ゆっくりの現在の扱いは、法律上や学問的には動物ではなく(生物にカテゴライズされてはいるが、どれは動物界でも植物界でもなく、ゆっくり専用の分類だった)
人からの印象は気持ち悪い生首の形や胎生出産の気味悪さから、かなりの人間から忌避されていた。

だから、知らなかった。
ゆっくりが苦しみ、泣く姿を見ることが、こんなに爽快だなんて。

気づけば男は“ストレス解消にもどうぞ”と紹介されていたゆっくり虐待に手を染めることを決意していた。
それが、昨日のことだ。
まずは野良でも捕まえようかと考えた矢先に見かけたペットショップ、そこでゆっくりを買ったら幾らぐらいするのか、そんな興味本位で覗いた先に、あの親れいむがいた。

運命だと思った。手に入れたいと思った矢先に見つけたあの格安の値段。
現代社会で荒みかけていた自分の心を癒させるために、神がこの出会いをくれたのでは、と。

男は迷わず親れいむを購入した。他にケージにいた家族のゆっくりには目もくれず。
店員は家族を引き離す際に泣き叫ばないように、一家全員に睡眠薬を飲ませて、親れいむを“おうち”から連れ出したのだった。












翌朝、親れいむは悪夢にうなされながらも、いつものように目を覚ました。
悪夢の内容は家族が怖い人間に惨殺され、自分も拷問にかけられ苦しむものだ。
だから、親れいむは目覚めて、あれは嫌な夢だったのだと安堵して、

「…………ゆっ」

昨晩甚振られた場所と全く同じ場所で、周りに家族もいない光景を見て、落胆した。
自分は、家族を引き離されたのだと。妹れいむや、姉まりさと同じように。

だが、そこで親れいむは気づいた。
あれ、と。これが、今の自分の状況が、妹れいむや姉まりさと同じだと言うのならば。

「ゆゆっ! ここはゆっくりぷれいすだね!」

おねーさんが言っていた。二人はゆっくりぷれいすに行ったのだと。
家族から離れた者は、ゆっくりぷれいすに行くのだと。
ならば、自分だってそうなのだ。不本意であるとはいえ、家族と引き離されて、知らない場所にいる。
だから、ここはゆっくりぷれいすであるはずなのだ。

おねーさんの言葉が、本当ならば。

「ゆゆ~ん、れいむのゆっくりぷれいす~♪」

昨晩は理不尽な恐怖によって全く見れなかったが、よく見ればここは前の“おうち”とは比べようもないほどに大きく、またゆっくり出来そうなものが一杯ある。
ここは、かなりゆっくり出来るのではなかろうか。いや、出来るのだろう。出来るはずだ。
なぜならここは、ゆっくりプレイスなのだから。
昨日のことは何かの間違いなのだろう。

「ここをれいむのあたらしいおうちにするよっ!」

実に切り替え早く、親れいむはそう宣言した。
直後、男の蹴りが親れいむの後頭部に繰り出された。
昨夜よりかは弱い力であったが、それでも親れいむを蹴飛ばし、床を転がすには十分な威力。
親れいむは不意打ち気味のその攻撃に、昨夜の恐怖を思い出し、震えた。

「ゆっ……ゆっ……」

ガクガク震えながら振り返る先、男が無表情で親れいむを見下ろしている。
しかし、その内心は実に晴れ渡っていた。こうして、親れいむを甚振り、泣き顔を見るたびに、自分の中から嫌なものが一つ消えていくようで。

親れいむは、この男は敵だと認識した。
けれども、親れいむは、この男を頼らざるを得ないこともまた、認識していた。
なぜならば、

「ゆっ、おっ、おにいさん……れいむに、ごはんをちょーだい」

親れいむは、生まれてから今日まで、人間から貰った食事しか口にしたことがなく、食事は他者から与えられるものだという常識が構築されていたからだ。
その認識は間違いではない。少なくとも、親れいむのゆん生においては。
男は、親れいむの脅えながらの要求を、無視した。
代わりに、机の上にあった雑誌をなげつけていた。
勢い良く親れいむの頭に当たる週間雑誌。親れいむは男の突然の攻撃に慌てふためき、部屋中を逃げ回った。

「ゆ゛っ! ゆ゛っ! ゆっぐじでぎないよ゛っ! ゆっぐりじだいよっ!」

泣きじゃくりながら部屋を右往左往して、なんとか隠れる場所を見つけた親れいむは、テレビ台の影に隠れるように身を潜めた。
男は親れいむの滑稽な様子を見ながら、仕事に行く準備をし、

「行ってくる」

親れいむがテレビ台の影に頭を突っ込んで隠れ、ガタガタ震える頃に家を出ていた。
親れいむには当然、食事は用意していない。
















親れいむは、もう一度会いたかった。家族に。最愛のまりさに。最愛の我が子に。

「ゆ゛っ……おにいざん、れいむみんなにあいだいよ……」

愛する家族への思いから、怖いのを我慢し、勇気を振り絞って何度も男にそう懇願した。
しかし、それに対して男は無視をするか、

「ぼうやべでっ! ごべんなざいっ、もういわないがらぁぁぁぁ!!」

暴行をくわえるかしか、反応を返さなかった。


親れいむは新しい家では特に行動制限はされていなかった。最初のうちは。
どこかに収納されることも、監禁されることもなく、自由に家の中を歩き回ることを許可されていた。
ただし、ただしだ。

「ゆゆ~ん、テレビさんはおもしろいね~」

テレビを見たいがために寝転がって男の視線を遮るような事があれば、テレビを見ている間中ずっと抱えられたまま殴られて。

「ふかふか~♪ れいむきょうはここでゆっくりするよ!」

男が敷いた布団で寝ようとしようものなら、しこたま殴られて身動きを封じられた上で男の枕にされて。

「ゆぐっ……ばりざぁ……おぢびぢゃぁん……」

部屋の隅で家族との思い出に馳せていようものならば、無理やり引きずりだされて熱したフライパンの上でダンスを強要されて。

「おにいざん……れいむもっとおいしいものたべだいよ……」

男が自炊した時だけに出る少量に生ゴミに、お情け程度にスティックシュガーがかけられた程度の食事に不平を申そうものならば、三日間リボンを没収された。

男は基本的には親れいむをペットのように放置して飼い、気が向いた時や何かイライラした事がある時に親れいむを甚振るという生活をしていた。
最初はそれで何も問題が無かった。
しかし、気づいた。

男はゆっくりを甚振ることによってストレスを発散出来るが、ゆっくりが好きではない、ということに。
親れいむに自由を許し、自分の部屋で好き勝手動き回る姿を見ることで、新たにストレスが溜まるということに。

それに男が気づいてから、親れいむの生活は、完全なる『道具』と化した。










ガチャッ、と冷蔵庫を開けて、男は透明な箱を中から取り出す。中に入っているのは親れいむだ。
男はあの事実に気づいてから、必要な時、つまり虐待する時だけ冷蔵庫から取り出し、後は冷蔵庫に親れいむを仕舞うというスタイルをとっていた。
親れいむは今やここに来た時とは違い、頬はやせこけて肌から柔らかさが失われかけていた。
それでも、虐待によって返す反応に衰えは見られていない。

男は透明な箱から親れいむを出す。親れいむは男の手の中でガチガチ震えて歯を鳴らしている。

「おっ、おっ、おにーざん、でいぶ、ざ────」

いつものごとく、何も喋らせずに殴る。
叩きつけて、蹴り飛ばす。跳ね返ってきたところを、踏み潰す。
それらは全て、殺すのではなく痛めつける攻撃だ。何日かに一度は生ゴミと砂糖を与えているためそう簡単に衰弱死することもない。
饅頭程度に六百円“も”出したのだ。そう簡単には殺さない。

「ゆぶっ! ゆびっ! ゆがっ!」

殴る度に、いい音が漏れる。
一旦虐待の手を緩めれば、いい顔をして逃げ惑う。それが、たまらなく快感だ。

男は最初、実際に殴ったら抵抗感があるのではないかと思えた。
いくら動物と認められておらず、どれだけ甚振ってもなんの法律にも問われないとはいえ、ゆっくりは動くし、喋る。
物も食べるし子も産む。

細胞分裂もしないし排泄もしない。決定的に動物とはされないとはいえ、それ以外は動物そっくりだ。
そんなものを甚振るだなんて、と懸念もした。
だけど、そんなものは些細な問題だとすぐに理解した。少なくとも、自分にとっては。
だって、

「ゆ゛っ……!! …………エレエレエレエレ」

饅頭なのだから。
今目の前で親れいむが口から吐いているものは、どう見たって餡子だ。血でも肉でもない。

ゆっくりを殴って骨が折れる感触がしたり、血が出たりしようものならば、男はここまでゆっくり虐待に没頭しなかっただろう。
カフッ、カハッとえづいている親れいむに、何の抵抗もなく追撃の足蹴りを見舞うことが出来るのも、これが最大の要因だ。
どんなに動物に似ていようとも、どんなに動物らしくても。

ゆっくりは、饅頭だ。動物じゃない。
決定的に、違うのだ。
そして、その決定的な違いが、ゆっくりを虐待出来るか否に大きく関わってくる。

どんなに殴ろうとも、どんなに苦しめようとも、血ではなく餡子を吐き出すゆっくり。
それが、男を含めたゆっくり虐待者の中から、最後の抵抗感を奪う。
それは、理屈ではない。どう感じるか否かなのだ。

そう、ゆっくりは動物じゃない。
けれど、

「ゆ゛ぶっ……えぐっ、ばっ、ばりざっ……、ゆぶっ! お、おぢびぢゃ……ゆびっ!?」

ゆっくりに家族がいることもまた、事実ではある。
だが当然、そんな事男にとってはどうでもいいことである。
男にとって親れいむは、ただの道具。ストレスの捌け口でしかない。

親れいむは、生ある限り、もしくは男が満足する反応を示すうちは、そうある事を強要されるだろう。
仕方が無い。親れいむはもう、買われて、男の所有物なのだから。


だから、仕方が無いから。
せめて、せめてもの思いとして、親れいむは、残った三匹の家族を思い出して、その家族の幸いを願うのだった。
幸せになれなかった、自分に代わって。

「やべでっ、おにーざん、もうでいぶ……じんじゃ……でいぶ、じんじゃ……」

快音。





つづく

────────────────────────────────────
あとがきのようなもの

遅れてごめんなさい
今更ながらに「戦場の絆」にハマっちゃったんだ!
お金と時間泥棒なのぜ

※連邦です




byキノコ馬

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最終更新:2022年05月03日 20:14