雨の日だった。
男は自分の家の前でぶるぶると震えているゆっくりを発見した。
それは別に珍しくもなんともない。
実際に男も幾度もなく目にして、そしてその度に無視してきたものだ。
一度は国の政策として野良はほぼ全滅しかけたもの、その後も無責任な人間たちが逃がした、あるいは捨てたゆっくりたちによって増える傾向にある。
そして国はもう一度野良を撲滅する気らしい。
そのせいもあってか、産まれて初めてゆっくりに同情を感じるようになった。
今の野良はほとんどが元飼いゆっくりかあるいはその子孫である。
それが今では人間たちの無責任な行動のせいで生ゴミを貪るようになってしまった。
さらには子供連れだったこともそれを助けていた。
ゆっくりたちは親まりさ、親れいむ、そして7匹の子供は3匹がれいむで残りがまりさだった。
男は善人ではなかったか、悪人というわけではなかった。
「大丈夫かい?」
ゆっくりたちは見た目からかなり状態がひどかった。
栄養不足のせいだろう、髪の毛はぼさぼさで、皮にもあんまり弾力があるにはとても見えない。
さらには帽子やリボンも虫に食われていたりして大変汚かった。
子供たちは特有の活力さえ見ずにただ黙っているだけだった。
「ゆ、おにいさんはだれ?ゆっくりできるひと?」
途方にくれてた親まりさが男に聞く。
「おにいさんはゆっくりできる人だよ。それより大丈夫かい?ちょっと雨に濡れているようだけど」
男は質問に質問で返す無礼さもあんまり気にしないことにした。
人間でも追いつめられれば礼儀を忘れることはしばしばある。
それが動物ならばなおさらだ。
ゆっくりは言葉がしゃべれても動物である。
常識人である男はそんなことで怒りを感じることはなかった。
「ゆゆ。ぜんぜんだいじょうぶじゃないよ。さむくてしにそうだよ」
男は納得した。
ゆっくりたちが力がないのは寒いかららしい。
「じゃ、俺の家で休んでいくか?」
「ゆ!いいの!?」
親まりさの瞳に光が戻る。
無関心だった親れいむたちや子供も目を輝かせていた。
「いいとも。ただし、勝手に中にあるものに触っちゃいけないよ?」
「ゆ!ありがとうね、おにいさん!せわになるよ!」
男はゆっくり家族を自分の家に入れた。
それがどんな結果になるかが明らかだったにもかかわらず。
赤ゆっくりたちは産まれて初めて経験する床の感触が珍しいのか元気よく跳ね回っていた。
親のほうは飼いゆっくりだったのかそんなことはせず、ただじっとしているだけだった。
だがやっぱり嬉しいのか顔には満面に笑顔が浮かんでいる。
親たちのその落ち着きが男に好感を持たせる。
「ところで君たちはどうしてあんなところにいたんだ?」
男が聞く。
さすがに男でも完全に無防備というわけではいかない。
場合によっては追い出すことも考えていた。
男の言葉に親たちが顔を合わせる。
そしてまりさのほうが口をあけた。
「ゆっ!まりさたちはもとはかいゆっくりだったんだよ。でもあかちゃんが産まれてからすてられたんだよ」
お金を惜しんで避妊をしなかったわけで。
男も知っている。
ゆっくりの生態はどちらかといえば犬や猫よりは虫に近いものがあった。
異常な生命力と繁殖力もそのうちである。
世代交代が速い上に本能が強いゆっくりにとっては教育も血統も大した意味はない。
だから手頃なペットとして愛されてはいたか、逆によく捨てられるのだ。
「そうか。残念だったね。それじゃ失礼」
「ゆ?」
男はまりさをもちあげた。
男を信頼し切った、というよりは他人が自分に危害を加えることが想像できないまりさは無防備にも持ち上げられる。
「終わったよ」
「なにをしたの?」
「ああ、気にしなくてもいいよ。ところで浴室の使い方はわかるね?お兄さんはご飯用意するからゆっくり子供たちを洗って来たらいいよ」
「ゆ!ゆゆゆ!お兄さんありがとう!」
洗うのは3ヶ月ぶりだったまりさは実に嬉しそうだった。
ゆっくりは水に浮かばない。
餡子の比重のせいだ。
だから洗うと言っても水を浴び、外面の穢れを落とすだけである。
親ゆっくりはバケツの水を舐めてみる。
手がない異常、水温を確かめる方法は限られているからだ。
水がほどいい温度であることを確認したまりさはれいむと協力して水をトレイに注ぐ。
力持ちのまりさがバケツを押し、れいむがそれを支えた。
「かわいいれいむのあかちゃんたち。そのみずにはいってゆっくりあらおうね!」
「ゆ!」
「ゆゆ!」
最初は親がなにをするのか見ていた赤ゆっくりたちが跳ね飛びトレイの中に入る。
「あたたきゃいー!」
「きもちいいよ、おきゃあさん!」
「おきゃあしゃんたちもゆっくりはいってね!」
トレイは十分なサイズがあった。
親たちも子供を踏まないに注意してトレイの水に身体をぬらす。
そして口で水をお互いに吹き、身体をすり合わせ、久しぶりにゆっくり過ごした。
そのせいだったのだろうか。
気がつかぬうちに眠ってしまった親れいむが不意に目覚めた。
「ゆぁあああああああああ!」
「おきゃあしゃんたすけちぇ!」
泣き騒ぐ赤ゆっくりたちの姿が目に入ったれいむが慌て始める。
「どうしたの!?あかちゃんたち!」
「おきゃあさん、れいむのあじがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!いちゃい!いちゃいよおおおおおおおお!たしゅけてええええええええええ!!!」
そう悲鳴を上げ、痛みのせいなのか白目を剥け、口からは涎を垂れ流しているのは最後に産まれた妹れいむだ。
妊娠していたれいむは栄養を取れずそのせいで病弱だった妹れいむはその後も身体が弱かった。
しかしどうして今?
普通考えれば親たちがゆっくり寝ている間に身体が弱い、つまり皮も薄い妹れいむの皮が溶け始めたことに気付くだろうが、悲しいことにゆっくりにそこまでの知能はない。
「ゆっ!まりさ!まりさ!ゆっくりおきてね!たいへんだよ!」
れいむがまりさを揺らがす。
「ゆっ!どうしたの?まりさはいまゆっくりねむってたんだよ。つまらないようじならあとにしてね」
どうやらまりさには子供の悲鳴は聞こえないらしい。
さすがにその無神経な態度に怒りを感じたれいむが叫んだ。
「たいへんだよ!かわいいれいむのあかちゃんたちがいまけがをしたんだよ!」
「ゆっ!ほんとう!?」
正確に怪我かどうかをれいむは確認してないが、とりあえずいい加減なことを言ってしまうのがゆっくりだった。
自分の子供が怪我をしたという言葉にさすがにまりさを目を開ける。
「どうしたの?かわいいまりさのこどもたち!」
「ゆええええええ!れいみゅのいもうとがぁぁぁぁぁぁ!」
「ゆっくりはやくたしゅけてにぇ!おきゃあしゃん!」
まりさが悲鳴をあげている赤れいむを見つけそろりと近付く。
だがまりさには自分たちが水に溶けるという考えはできなかった。
虫が自分の死を自覚して火に飛び込むだろうか。
それは違う。
ゆっくりたちにも中身を保存するために水分は必須であり、そのせいもあって水への本能的な恐怖は感じない。
そして飼いゆっくりであるまりさとれいむはゆっくりが水に溶けるものという知識を得る機会もなかった。
もっともその機会があったら今頃ここにいることも出来なかったはずだが。
だからまりさは自分の子供がどうして悲鳴を上げるかまではわからなかったか、とにかく足を痛がっていることは明確だった。
まりさは帽子を器用に使い、妹れいむを転がす。
底部を見るためであったか、これがいけなかった。
ほどいい水温の水に濡れ、弱くなるまで弱くなった妹れいむの底部は妹れいむ自身の自重のせいで抑えられ原型を保っていたか、それがなくなることで裂け目が広がり、一気に餡子が流れ出したのだ。
丁度よく水を飲んでいたことで餡子自身も水分を豊富に含めていたか、これが致命的な結果を産んだ。
水分が増えたせいで餡子が出る速度が速まったのだ。
こうなればもはや経験も知識もない若いつがいでは手が出せない。
ただ自分の子が痛みを訴える姿におろおろしているだけだった。
ここで男の存在を思い出して助けを求めていたらあるいは妹れいむは助かったかもしれない。
だがそこまでは考えが届かなかった。
所詮ゆっくりなのである。
「ゆゆ!あんこさんながれないでゆっくりとまってね!」
なきながらまりさが叫ぶ。
だがもちろん、餡子は止まらない。
そればかりか、まりさを嘲笑うように妹れいむの裂け目が一気に広がった。
元から弱い妹れいむの皮はもう限界に達していたのだ。
「かわいいれいみゅのあかちゃんがああああああ!」
「ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」
「かわいいれいみゅのいもうちょがあああああああ!」
「あんこさんながれないでね!ながれないでね!」
「ゆぴいいいいいいいいいいい!」
もう浴室は阿鼻叫喚に地獄であった。
「いちゃい!いちゃい!いちゃい!たしゅけて!たしゅけて!おきゃあしゃん!おきゃあしゃん!れいみゅまだじにたくないよぉぉぉぉぉぉぉぉ!もっとゆっくりしたいよ!おきゃあしゃんどうちてたしゅけちぇくりぇないのおおおおおおおおおお!」
「ご、ごめんね!ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」
「たすけてあげられなくてごめんね!」
まりさとれいむはあいかわらずおろおろしているだけだった。
そして遂に妹れいむのあんこが完全に溶けてしまった。
「もっちょゆっくりしたかっちゃよおおおおおおお!」
その言葉を残した妹れいむは完全に中身を失い、皮が水に浮かんでいた。
生きていたなら水に浮かぶことを喜んでいただろうが皮肉にもゆっくりたちが水に浮かべるのは中身を無くなってからである。
そのまま呆然としているゆっくり一家だったか、それはとても危険な行動だった。
妹れいむが死んだのは一番弱かったからだ。
だが、ほかの赤ゆっくりたちの底部も確実に溶けていた。
ただそれが餡子まで届かなかっただけである。
もう死はそこまでゆっくりたちを追いつめていたか、そこで男が死神を追い払った。
ゆっくりたちがなかなか浴室から出てこないのをおかしく思った男が浴室に入ったのである。
「おーい。はやく出てこないと溶けちゃうぞー」
「ゆっ!わかったよおにいさん!ゆっくりみずからでるね!」
男の言葉から妹を溶かしたのが水であることに気付いたわけではなかったか、妹を目の前で失ったことで死への警戒心が生まれていたゆっくりたちは慌てて男の言葉に従った。
「ゆっ!これはどういうこと?!」
男は非難されていた。
先の件はまったく親の責任だったか、子供の死を自分たちのせいだと思いたくないゆっくりたちはあっさりとその責任を男に転嫁したのだ。
それだけに済まずに死への恐怖から子供の残骸を放置して来たことも忘れている。
「なにいってるんだ、お前ら?」
「おにいさんがちゃんとみてくれなかったせいでかわいいれいむのあかちゃんがゆっくりできなくなったんだよ!ゆっくりはんせいしてね!」
男は悪人ではないが善人でもなかったので怒りを感じなかったといえば嘘になるが、それでもすぐに暴力を振ろうとは思わなかった。
だが不愉快に思うことは仕方ない。
「いやいやいや、それはお前らのせいだろ。そもそも親はお前らだろうが。いったい親が一緒にいながら子供が溶けるまで何していたんだ?」
「ゆっ!まりさはゆっくりしていたよ!にんげんのおにいさんはゆっくりしないでかわいいまりさのあかちゃんをたすけるべきでしょ!のろまなおにいさんとはゆっくりできないよ!」
抗議しているまりさの隣には赤ゆっくりたちも一緒になにやら騒いでいた。
それが男を決心させた。
「そうかね?じゃ出でけよ」
「ゆ゛っ゛!!!」
外ではまだ雨が降っている。
その勢いは先より強く、まだ風も酷くなっていた。
今外に出て行くということはゆっくりにとっては自殺行為に過ぎない。
「そ、そんなこと言わずにゆっくりしていってね!」
赤ゆっくりたちは何も知らずにしょーだしょーだとまりさに同意している。
何も考えていないこと赤ゆっくりと自分の都合ですぐに態度を変えるまりさ、その迂闊な姿に自分の同情心が冷め切ったことを感じた男が冷たい目でまりさを睨む。
あっさりと怯んだまりさは身体を震えた。
「ゆっくりしていってねって、お前、ここは俺の家だろうが」
「ゆ、ゆっ。ご、ごめんなさい」
「わかればいいんだ」
男はそれっきり黙ってしまった。
機嫌を悪くした男は準備していたゆっくりの餌を全部流し台にぶちまけた。
「ゆっ!おにいさん、まりさのごはんになにするの!」
だが男はそれを無視する。
処理が終わってから男がニコニコと笑いながらまりさに話かけた。
「ん?どうしたんだ?」
「まりさたちのごはんを捨てた理由をゆっくり説明してね!!!」
怒りが有頂天という感じに怒っているまりさだが、男はまったく気にしてなかった。
「ああ?だって、赤ちゃんが死んじゃったから悲しくて食べられないと思ってね。それともまりさって自分の責任で子供が死んだのにご飯が食べられるの?ゲスなの?ゲスは潰さなくてはね?どうなの?」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛っ!ごべんなさいぃぃぃぃぃぃぃ!」
涙を流しながら逃げ出すまりさを見た男がため息を吐く。
なにも自分は本当にまりさを潰す気はないのだ。
しかしその一方でゆっくり特有の傲慢で無責任な行動に嫌悪感を感じているのも事実だった。
犬や猫でも子供が死ねば悲しむ。
だがゆっくりはその場では悲しむようにみえるが実のところはあっさり忘れるわけだ。
噂では聞いていたかまさか本当にそうだとは思わなかっただけ失望も大きかった。
それでもまりさにも言い訳の余地はある。
そうなのはそもそもゆっくりという種の特性なのだ。
それをまりさの責任というものは間違いともいえる。
そもそもゆっくりはそういう生き物なんだからまりさを非難することは人間が空を飛べないことを非難するようなことだ。
しかしこの一件が男のゆっくりへの認識を決定したことだけは確かだった。
だがそれを知らないまりさたちはまたしても愚かな選択をしてしまった。
男が後始末のために浴室に入ったときだった。
「おかあしゃん、おにゃかしゅいちゃよー」
「ゆっきゅりごひゃんもってきちぇね!」
騒ぎ出す赤ゆっくりに囲まれたまりさは困っていた。
だが困っていたとしても人間みたいに顔に筋肉があるわけでもないゆっくりは普段の醜い笑顔をしている。
笑顔といっても前記した通りに別に笑っているわけじゃない。
ただ元からそんな顔立ちなのだ。
「ゆっ!まりさはゆっくりしないでごはんをとってきてね!かわいいれいむのあかちゃんたちがおなかをすかしているよ」
まりさだってお腹は空かしている。
だがそれでも何とかしようとしないのはここが男の家だということを理解しているからだ。
しかし元から野良であるれいむはそれを理解できない。
そもそも事がこうなったのもすべてれいむのせいだとまりさは思っていた。
家の中でゆっくりと飼いゆっくりとして育てられたまりさはお兄さんと初めて行った花見でれいむと出会った。
生まれて初めて他のゆっくりと会ったまりさがれいむに惹かれたのも無理ではなく、自然な流れとしてまりさとれいむはすっきりに至った。
だがそれがいけなかった。
最初はまりさの番ということ、そして何よりれいむがまりさの子供を妊娠していたこともあってれいむを渋々と家に入れたお兄さんだったか、野良れいむに飼いゆっくりとして生活することは不可能だった。
家のあっちこっちに排泄し、さらに人間の食べ物を盗み、夜にもうるさい声を出すなどの行動でお兄さんを追いつめたれいむは自分が悪いことをしたとは理解しようともしなかった。
そもそも野良に人間のルールを教えることは不可能なのだ。
まだ幼い頃ならそれでも可能性はあったか、れいむはもう成体だった。
そもそも飼いゆっくりは飼いやすいように服従心があり、攻撃的成功が少ないように改良された品種だ。
子供が産まれると今度は更なる試練がお兄さんを待っていた。
騒音の苦情や、ゆっくり嫌いの人たちからの非難、経済的な負担などがそれだった。
そこまで我慢できたお兄さんにも限界が迫っていた。
飼いゆっくりにもかかわらずお兄さんをことを遠慮もせずにれいむに肩入れるまりさのことを最初はお兄さんも理解した。
初めての番、初めての子供、家族を持てばそれはそうなるのも当然だ。
だが、まりさがれいむに2回目の妊娠をさせたことにはさすがにお兄さんも愛想が尽いた。
普通のゆっくりなら子供がゆっくり出来るようにある程度の成長を待ってからすっきりするのだが、外敵もなく、叫び声一回で餌をもらえるまりさとれいむにはその必要はなかったわけである。
しかしれいむと子供を飼いゆっくりとして保護してもらえるように書類を提出したり、病院で予防接種を受けさせたりすることでお兄さんの財政状態は破綻していた。
それだけに済みずに、お兄さんに追い討ちをかけるようにお兄さんの恋人が別れを宣言した。
理由はもちろんまりさだった。
ペットショップで買った飼いゆっくりならいざ知らず野良まで拾ってきたお兄さんに見切りを切ったのだ。
もはやゆっくりに憎しみしか感じなくなったお兄さんはまりさやれいむを捨てた。
殺さなかったのはせめての情けだった。
"自分のおうち”から追い出されたれいむと子ゆっくりまで成長した子供たちは抗議したが、それがまたいけなかった。
怒りに身を任せたお兄さんはあっという間に子ゆっくり13匹を潰した。
まりさはそうやって野良になったのである。
「ゆ!そんなこといわないでね!ここはおにいさんのおうちだよ!かってにたべものをとったらだめだよ!」
「ゆっ!なにいってるのまりさ!まりさはかわいいれいむのためにゆっくりはやくごはんをとってきてね!」
聞く耳なしというわけだ。
さすがにまりさもれいむのこういった発言には苛立ちを感じていた。
だが相手は自分の番だ、そもそも飼いゆっくりとして温和な性格を植えつけられたまりさは怒ることもれいむのわがままを拒否することもできない。
結局どっちも選べずに困っているだけだった。
「おにゃきゃしゅいたよー」
「おかあしゃんははやくごひゃんとってきてね!」
だが人間の恐ろしさを知っているまりさに迂闊なことはできない。
何よりもあのやさしかったお兄さんがあっさりと子ゆっくりを12匹も殺したのである。
人間との圧倒的な力の差を知っているまりさはとても人間のものを勝手に取る気にはなれなかったが、れいむは違った。
「ゆ!ゆっくりできないまりさはしね!」
「どぼじてしょんなごというのおおおおおおお!!!」
れいむの責めにあっさりとまりさが涙を流す。
娘たちは距離をおいてそれを見ているだけだった。
れいむを責めるとかまりさを慰めようとはしなかった。
基本的にゆっくりはほかの個体のことはどうでもよく、群がるのも一匹では生存率が極めて低いからだ。
熊と虎は群がらない。
いつも群がるのは弱い生き物だ。
「ゆっくりりかいしてね!れいむはいまおなかがすいているの!まりさはぐずぐずしないではやくごはんとってきてね!」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛!」
確かにまりさもお腹はすいたし、それにれいむと子供が飢えるのは望まないし、さらにはれいむと子供たちにいい格好をしたいという欲望もあった。
しかしそれ以上に人間への戸惑いが存在した。
自分を赤ちゃんの頃から育ててくれたのは親ゆっくりじゃなくて人間だ。
つまりまりさにとって親とはゆっくり種じゃなくて人間だとも言える。
その人間の食べ物を奪うということは親を裏切ること同然。
だからまりさはどうすることもできない。
そんなまりさにれいむがとうとうしびれを切らした時、男が浴室から出てきた。
「ゆっ!」
「ゆっ!」
「きたねぇなぁ」
そう呟く男の手にはビニル袋があった。
ゆっくりは水に溶けるからそのまま流してもよかったのだが一応、死体と言えるそれを浴室で処理することへの生理的な嫌悪感を感じだ男は餡子を集めて捨てることにしたのだ。
子供の残骸をみたまりさが涙を流す。
自分が甲斐性のない親だったために命を落とした子供への最悪感を感じていた。
だが親れいむは違う、興味はテーブル上の人間の食べ物にだけあった。
隙を狙いなんとかできないか、そんなことしか考えてない。
問題はそれを男が気付いていたことだ。
れいむの視線が露骨的に食事に向けていたから当然ではあるが。
だかられいむが飛んだ瞬間、男のチョップがれいむを叩き落としたのも当然の帰結だった。
「ゆべし!」
「れいぶぅううううう!」
強烈な一撃をもらったれいむの身体から右目がぶっ飛んだ。
それだけじゃない。
身体にはチョップの跡が残り、口からは餡子が漏れている。
また、床に叩き落されたことで底部も裂けかけていた。
そもそも饅頭に過ぎないゆっくりは成体になれば餡子の自重のせいでその分、もろくなる。
傷ついた番が心配になったまりさはれいむに近寄りれいむを舐め始める。
ゆっくりの中身は餡子であり、そのせいもあってゆっくりの体液は糖分が含まれる。
つまりゆっくりがほかのゆっくりを舐める行為はある程度の治療効果があることは事実だった。
だがそれも所詮は栄養を与えることに過ぎず、やらないよりはマシというレベルだった。
親がそうなったのをみて臆病なれいむ種の赤ゆっくりたちは部屋の隅っこに逃げて行ったか、逆に身の程知らずにまりさ種は男に群がって抗議しはじめた。
「ゆっ!ゆっきゅりできにゃいおにいしゃんはしね!」
「かわいいばりさのおかあしゃんになにするの!ゆっくりあやまってね!」
「おかあしゃんをいじめるやつはじね!そしてはやくごはんもってきてね!」
「ゆっきゅりせずにごはんもってきえね!」
これはほぼ最悪の選択肢だった。
切れる前まで追い込まれた男は荒い動きで足元の赤まりさたちを拾い集め、窓に近付いた。
その途中に指の力加減を間違えて一匹潰してしまうが気にも留めない。
「ゆぐっ!」
「わあい、おしょらをとんでるみちゃい!」
「ゆっきゅりできるよ!」
「ゆゆゆ!」
窓を開けた男が外に赤まりさたちを投げ捨てた。
ことがそこまでになって初めて気付いたまりさが叫ぶ。
「やべてぇえええええええええええ!ばりざのあきゃちゃんころさないでえええええええええ!」
白目を向けて泣き叫ぶまりさを無視した男は窓を閉じた。
投げられた衝撃で一匹の赤まりさが中身の餡子を地面にばら撒きながら死んだ。
そして運良くそのまりさをクッションにして生き残った赤まりさたちは自分たちの状況がわからないのかきょとんとしていた。
それもそうだ、自分たちは少し前まではほかほかな部屋でゆっくりしながらごはんを待っていたはずだから。
だが現実は赤ゆっくりたちを容赦しない。
まりさたちが外にいたときよりも一層激しくなった雨は一匹の赤まりさの身体を砕いた。
お風呂に入ってなかっらた一発や二発まではあるいは耐えたかもしれない。
だがそれは無意味な仮定だ。
生き残ったほうの赤まりさは男のほうに気付いてなにやら叫びながら近寄ろうとするが、あっさりと雨の直撃を受けて砕け散った。
それをみたまりさが口から泡を吹き、白目を剥いて気絶した。
男はさっさとそれとれいむをダンボールにしまった。
赤れいむたちは親がダンボールに入れられているにもかかわらず震えながら見てるだけだった。
それが男の嫌悪感を強くする。
だが男はまだ何もしてないゆっくりまでどうかしようと思うほど攻撃的ではなかった。
男は黙ってダンボールを部屋の隅に置いて食事を始める。
もちろん、その前にダンボールにテープを貼ることも忘れない。
男が食事を始めるとそれをみていた赤れいむたちがそろりそろりと男の周りに集め始まったか、男は無視する。
そもそもゆっくりたちは今すぐ追い出されても仕方ない立場であり、男がそうしないだけ感謝するべきなのだ。
男の食事が終わり、皿洗いのために男が皿をもって立ち上がったときだった。
「ゆっ!おにいちゃんかわいいれいむにもごはんあげてね!」
男はそれを無視して淡々と流し台で皿を洗い始める。
「ゆ!」
「どうちよう」
だった2匹しか残ってない赤れいむたちは相談を始めるがゆっくりたちの知能でいい答えがでるわけでもなく相談は難航した。
そのままれいむを無視した男はドアを閉まって寝ることにした。
だが赤れいむたちの相談は夜深くまで終わらない。
それはそうだ。
だって一匹のれいむが何かの提案をすればほかの一匹がそれを拒否して、そのほかの一匹が提案すれば今度は先に拒否されたれいむが拒否する。
そうやって何時間も同じことをやっているわけだから決して終わらない。
「じゃどうちようというんだよー。ゆっきゅりできないおねえちゃんはしね!」
妹に当たるれいむが体当たりする。
それを避けきれない姉が当たってよろめく。
だがそれは妹のほうも同じだった。
お互いに自分の身体を動かす体力さえ残ってないのだ。
「ゆっ!なんちぇこちょしゅるのよ!ゆっきゅりできないいもうとはじね!」
妹より少しばかりかしこいかといえばそんなことはない姉が妹に噛み付いた。
確かにこの状況では噛み付きのほうは理があるがこれはただ身体を動かすだけの力がなかったから当然の結果だ。
「ゆぎゃああああああああああ!おねえしゃん、ごべんなしゃいいいいいいい!だかられいみゅをゆっきゅりさしぇてねえええええ!」
妹れいむが悲鳴をあげる。
だが姉れいむは決して顎の力を抜かない。
「ゆぎゅうううう!ゆっきゅりできにゃいおねえちゃんはしね!しね!」
今度は妹が反撃を試す。
試すもなにも姉は妹の身体に無防備に噛み付いてるから噛み返すだけだが、もう勝ったつもりであった姉には予想できない反撃だった。
「ゆぴいいいいいいいいいいい!なんちぇこちょしゅるのよ!ゆっきゅりできにゃいいもうちょはじね!」
思いも寄らなかった苦痛にうっかりと顎を離した姉れいむだがすぐに妹れいむに噛み付く。
「ゆぎゃあああああああああああ!ゆっきゅりできにゃいおねえちゃんはしね!しね!」
そして妹も同然の行動をする。
それを3回ほど繰り返したとき、男が自分の部屋から出てきた。
その手には蝿叩きが握られている。
それが意味することは一つしかないが、それに気付かないれいむたちは叫んだ。
「おにいしゃん、ゆっきぃりしなぢぇいもうちょをごろじてね!」
「おにいしゃん、ゆっきゅりはやくおねえちゃんをこらしめてね!」
男が手をあげた。
それを見たれいむたちが自分の頼みを聞いてもらえたと思ったれいむたちが喜ぶ。
「ゆっ!おにいしゃんはゆっきゅりできゆぎゃ!」
「ぐずぐずしないぢぇはやくいもうちょをゆぎゅ!」
そして同時に潰された。
男にはもう命をうんたらする気にはなれなかった。
朝になり、熟眠できてない男もそろそろ朝食を取って出勤の準備をする時間になった。
だがその前に処理しなければならないことがあった。
テープを剥がし、ダンボールを足で蹴る。
サッカーボールみたいな音を出して蹴られたダンボールは何回か回転して中身を吐き出した。
もちろん昨日のまりさとれいむの番だった。
「ほら。雨はもうやんだぞ」
夢から覚めてないまりさは未だ寝ぼけている状態らしく、目を半分くらい閉じたまま答える。
「ゆ?ここはどこ?おにいさんはだれ?」
「そんなことはどうでもいい。さっさとでろよ」
「ゆ゛っ!どぼじてそ゛ん゛な゛こ゛と゛い゛う゛のおおおおおお!」
ほぼ、いや確実に反射的に反応するまりさを男が足で転がる。同時に片手でまだ眠ったままらしいれいむを掴む。
ドアを開けて投げ捨てる。
「ゆぎゃ!」
「ゆぎゅ!」
仲良く投げられた番がどうなろうか気にも留めない男はさっさと出勤した。
そして気がついたれいむをまりさが心配そうにのぞく。
「ゆ!れいむだいじょうぶ!」
「ぜんぜんだいじょうぶじゃないよ!」
「どぼしてゆぎゃ!」
まりさにれいむが体当たりした。
まりさはそのまま3メートルほど転がる。
「ゆっくりできないまりさははんせいしてね!せっかくおにいさんにかってもらえるとおもったのにくずなまりさのせいでだめになったよ!」
さすがにまりさは驚きを隠せない。
だが自分もある程度期待してなかったといえば嘘になる。
「ゆっ!それはざんねんだけどしかたないことなんだよ!きっとおにいさんはまりさたちをかうよゆうがなかったんだよ!」
「ゆ!そんなことはどうでもいいよ!まりさがくずなせいでれいむまでかってもらえなかったよ!ゆっくりしないであやまってね!」
れいむがその場で怒りを抑えられないという風で何回も跳ねるとさすがにまりさも困ってきた。
視線は地面を向き、ぼそぼそと呟く。
「ご、ごめんなさい」
「きこえないよ!あやまることもちゃんとできないまりさはゆっくりしね!」
れいむが再び体当たりしてきた。
またしても転がされたまりさが悲痛に叫ぶ。
「ゆっ!ゆっくりやめてよね!ゆっくりやめてよね!れいむはまりさをきずつけないでね!まりさはれいむのつがいなんだよ!」
「ふざけるなああああああああ!おまえなんかれいむのつがいじゃないよ!」
「どぼじて゛そ゛ん゛な゛こ゛と゛い゛う゛の゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
まりさが全身を震えながら叫んだ。
人間がやったら同情でも寄せてもらえるだろうがゆっくりがやってもギャグか一発芸にしか見えない。
「そもそもれいむはにんげんにかってもらえるとおもってまりさのこをうんだのに、そのけっかがこれだよ!」
さすがにまりさでもこれは懲りたらしい。
白目を剥いて口を大きくあいて痙攣している。
「まりさがなければ、まりささえいなかったられいむはおにいさんにかってもらえたのに!ゆっくりできないまりさはゆっくりしね!」
れいむによるまりさへの一方的な暴力が始まった。
ゆっくり同士の喧嘩に決着がつく場合はほとんどない。
ゆっくりの力では相手に致命的な打撃を与えられないからだ。
だがそれを忘れたれいむはついうっかりと力を入れすぎた。
その拍子で反動を殺しきれなかったれいむはそのまま自分が転がる。
だがそれがいけない。
車道まで転がったれいむをバイクが弾いたかのように見えた。
「うお!あぶねえ!誰がこんなところにゆっくりを捨てたやつは!」
だが直前にバイクの乗り手がれいむを蹴り飛ばして大変な事故にはならなかった。
しかし手加減する余裕はなかった乗り手のケリはれいむに致命傷を与えていた。
身体真っ二つに裂かれる直前に皮が少しだけ繋いでいる状態のれいむはほぼ虫の息だった。
「れ、れいむ!だいじょうぶ?!」
正気に戻ったまりさがれいむに近寄るもそれがいけなかった。
れいむは残ったすべての力を使いまりさの身体を噛み切ったのだ。
これによりまりさの身体にも大きな穴が開いてしまう。
「ゆぴいいいいいいいい!」
「れ、れいむひとりではしなないよ、まりさもみちづれだよ。ざまあみろ……ゆ゛っ゛!」
まりさは呆然としていた。
産まれて始めに愛したゆっくりに添い遂げようとした結果がこのざまだ。
愛の結晶だと思っていた子供たちは自分を縛る道具に過ぎなかった。
そして愛して、愛されていると思ったれいむは自分を愛してなかった。
それだけに止まらず、自分の命まで奪おうとした。
まりさの両目から大きな涙が流れる。
「ゆっ!ゆっくりしていってね!ゆっくりしていってね!」
誰に話しかけているのか、あるいは自分自身への言葉なのかすら今のまりさにはわからなかった。
だがその瞬間まりさは思い出した。
自分は今大事なものを忘れているのではないか。
赤ちゃんだ、まりさの赤ちゃんだ。
れいむは自分のことが好きじゃなかったけどまりさの赤ちゃんなら親である自分を愛しているはず、そこまで考えが至ったまりさが男の家に向かう。
向かうといっても距離は数メートルしか離れてないのだが、今のまりさには遠すぎる距離だった。
だがそれでもあきらめずに、漏れる餡子の傷みも我慢して男の家まで辿りつく。
その根気はさすがに元飼いゆっくりというべきか。
だがそこからまたまりさは間違った選択をしてしまった。
男がすでに出勤済みだということから目を背き人間に助けてもらえるという儚い希望に自分の命をかけるべきではなかった。
まりさは穴が開かれた体で何度もドアに体当たりするがそのたびに反応したのは自分の身体だ、身体の痛みだ。
「ゆっ!おにいさん、まりさのあかちゃんたちをかえしてね!ゆっくりしないでかえしてね!」
だが男が答えるはずがなく、どんどんまりさの身体から餡子が漏れる。
「いちゃい!いちゃいよ!」
それでも体当たりはやめないが、それはもはやあかちゃんを助けるためではなくなっていた。
「いちゃい!おにいさん、はやくまりさをたすけてね!」
まりさの身体からあんこが漏れる同時にまりさそのものももれはじめた。
まりさとしての記憶、あかちゃんへの愛情、それらよりも強くまりさに残っているのはゆっくりとしての本能だ。
もはやれいむの顔も赤ゆっくりへの愛すら記憶してないまりさは自分が助かりたいだけだった。
だがそれも直に終わる。
「はやくたすけてね!」
自分の名前すら忘れたまりさはもう跳ねることすらできなくなっていた。
餡子が足りない。
ものすごく餡子が足りない。
本能的それを直感したまりさは回りから餡子を探す。
そのまりさに丁度いいものが見つかった。
だが限界を超えていたまりさは微動すら出来ない。
ナメクジのように地面を這いずり回ることすらできなくなっていたまりさは絶望した。
「ぎゅ!どぼじてえええええええええええ!あんこさんたべられてね!はやくたべられてね!まりさしんじゃううううううううう!」
叫んだせいで身体に圧力がかかり、餡子が漏れるスピードが速まる。
だがそれが奇跡を生んだ。
まりさの中一番深いところに残っていたもっとも濃い餡子が活性化されたことですべてを思い出したまりさを持っているのは更なる絶望だった。
「ゆぎゃあああああああああ!」
殺された赤ちゃん、死んだ赤ちゃんもうこの世に存在しない赤ちゃん。
まりさを捨てたれいむ、まりさを裏切ったれいむ、まりさを傷つけたれいむ。
だが一番認めたくないものは自分があんなに愛していたれいむのことをただの餌にしか認識してなかったという事実。
野生のゆっくりなら自分に都合いい思いでここまで苦しむこともなかった。
だが飼いゆっくりとして知能があげられているまりさはそれができない。
まりさは産まれて初めて人を恨んだ。
自分を飼った、自分を捨てたお兄さんを恨んだ。
だがそれは同時に未だお兄さんへの愛情をもっている自身を再発見する結果を産んだだけだ。
やがてまりさの命が尽きるときがきた。
まりさの目の前に一人の人間とゆっくりが通り過ぎる。
まりさは一目でそれが誰なのか理解した。
それは自分を飼っていたかつてのお兄さんと自分に似たまりさだった。
「ゆ……ゆ……ゆきゅり……」
もはや声をあげる力すら残ってないまりさは断末魔すら残せずに逝った。
あのお兄さんが死の直前にまりさの前に現れたのは神のいたずらかあるいは悪魔の慈悲か、それともまりさの勘違いか。
それは誰にもわからない。
だが一つ確実なのは間違いだらけのまりさの人生ももはや幕を閉じ誰もまりさを裏切ることも傷つけることもできなくなったという事実だった。
最終更新:2022年05月03日 23:33