「結構集まったわね」
そして、その後すぐに蟲達に収拾をかけてから一週間が経ち、例の魔法の森の奥に広がる平原に蟲達は集合した。
一応、自由参加ということで呼びかけたのだが予想外にたくさん集まった。
各種の蟲達がリグルの居る小さな平原を埋め尽くしていた。
リグルは満足して頷きながらもさてどうやって強い蟲達を選抜しようかと悩んだ。
「ま、いいわ
今日はとりあえず顔合わせってことで、明日からぼちぼち行動を起こしていきましょ」
一晩じっくり考えようと思ってリグルはその場は解散することにした。
蟲達も適当に散らばっていき、明日同じ時間に集まるということになった。

そしてリグルの考えていたのとは全く違った形で強い蟲達は選抜されることになった。


リグルが次の日その平原に降り立つと、どこもかしこもゆっくりが跋扈していた。

「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」
「ゆ?ここはおいしいむしさんがいっぱいいてすごくゆっくりできるよ!」
「いっぱいたべてゆっくりするよ!」
「うっめ!これめっちゃうっめ!」

たった一日で、その平原はゆっくり達の餌場となっていた。

リグルにこの場所を教えたれいむは、群に戻るとすぐに群のみんなにリグルがこの場所に蟲達が集まることを伝えた。
最近縄張りの食料が減り、困っていたそのゆっくりの群にとってそれは渡りに船だった。
それから群をあげて一週間かけて協力しあいながら険しい天然の障害に挑んだ末に、遂にこの場所へとたどり着いたのだ。

そしてたった一日でその小さな平原はこのゆっくりの群に占拠された。

「ゆ?、とれないよぉ?ちょうちょさんゆっぐりぢでいっでぇ??!」
一匹のゆっくりまりさが蝶を追いかけるが
蝶はひらりひらりと華麗にまりさを交わして中々追いつけそうに無い。
「ゆっ!」
ぱくり、とゆっくりれいむが颯爽と飛び上がり蝶を口に咥えた。
「むーしゃ、むーしゃ、ちゅっ」
「むちゅ……むしゃ……ぷはぁ」
面倒見のいいゆっくりれいむは優しく子まりさに口付けして咀嚼した蝶を分け与えた。
まりさは突然の出来事に顔を真っ赤にしたがれいむに力強く舌を絡められながら、押し入れられた蝶の体を受け入れた。
口を離すと舌と舌の間に細い糸が引いて光が反射してきらめいた。
まりさは息を荒くしながら口移しで貰った蝶を咀嚼しながら恥ずかしそうにれいむに言った。
「ゆ……きょうのれいむ……ちょっとだいたんだよ……でも、ありがと……」
「ゆ?、もう、まりさったらゆっくりたべてね!」
ぷにぷにとやわらかい頬をまりさに押し付けて、ゆっくりれいむは照れ隠しをした。
やわらかい饅頭皮と饅頭皮が押し合ってやわらかくへこみあう。
まりさはさらに顔を赤らめてもうほとんどまっかっかだったが
嫌がりはせずにむしろ積極的にゆっくりれいむの愛撫を受け入れた。

大胆といわれて、ゆっくりれいむ自身もそう言われて思い当たるところはあった。
ゆっくりれいむもこの平原に蟲達が集まるという情報を掴むという大手柄で大分気が大きくなってるのを自覚している。
幸せそうに蟲を追う群のみんなの様子を見てゆっくりれいむは笑みをこぼした。



「嘘……昨日は全然ゆっくりは愚か他の生き物なんて全然居なかったじゃない……」
次の日寝坊して遅れてやって来たリグルは、ゆっくり達が闊歩するその平原の様子を呆然と眺めていた。
リグルが思っていたより遥かにゆっくり達は幻想郷を埋め尽くしていたのだ。

「なんなのさこれ!?昨日は……一週間前も全然居なかったのに!
なんで今更!なんで!?ちょっと前まで居なかったでしょ!あんたたちなんでいるのよ!?
どこから来たの!?帰れ!帰りなさいよ!」
リグルは我ながら無茶苦茶言っているとは思いながらも叫ばずにはいられなかった。
無論責任はすべてリグルにある。
もっとリグル自身が慎重に考えて行動すべきだったのだ。
それがリグルが彼等の指導者としての最低限すべきことであった。
この惨状はリグル自身の失態に違いなかった。

「ゆ!ここはれいむ達が見つけたゆっくりぷれいすだよ!」
「ゆーまりさがみつけたゆっくりぷれいすにしっとしてるんだぜ
おおこわいこわい」
「ごはんがいっぱいあるからおねえさんもゆっくりしてね!」
ゆっくり達は、闖入者の登場に怒ったり歓迎したり様々な反応を見せた。


「ゆ?おねえさんがいっぱいむしさんたちをつれてきてくれたからみんなゆっくりできるよ!
ほんとうにありがとうおねえさん!ゆっくりしていってね!
そうだ!いっぱいむしさんたちをくれたおねえさんにはまたおれいしなくちゃいけないね!
うーんなにがいいかなぁ?あ、じつはれいむこんどまりさにぷろぽーずしちゃおうとおもうんだけど
れいむたちがけっこんしてかわいいあかちゃんができたらいちばんにおねえさんにみせてあげるね!

だからいまはれいむがつかまえたこのちょうちょさんでがまんしてね!」

あのゆっくりれいむが力なくもがく蝶を咥えて差し出した。
お姉さんは何やら泣き喚いているが、きっとおなかがすいてイライラしているだけだろうとれいむは思った。
おなかがいっぱいになればきっといっしょにゆっくりできるとゆっくりれいむは信じていた。
おなかがいっぱいになったらみんなで御礼を言ってゆっくりしてもらおうとれいむは考えた。
そしてれいむの素敵な家族や大好きなまりさをお姉さんに紹介してあげようとおもっていた。

しかしまず機嫌を直してもらおうと思って差し出したこの蝶が、皮肉なことにこの群の命運を決してしまった。

「蠢符……「リトルバグ」!」
リグルが懐から一枚の紙切れを出し振りかざした。

その紙に群がるかのようにリグルの指先に生き残った蟲達が集う。
ある蟲は隠れていた枯れ葉の下から
ある蟲は追われていたゆっくりにきびすを返して突っ込みながら
ある蟲は最後の力を振り払ってゆっくりの口の中から
羽音をあげて様々な蟲達が一つの群となってリグルの片腕を蟲達が覆い隠した。
ゆっくり達はその姿を見て目を丸くした。

「おねえさん!まりさたちのごはんをひとりじめするなんてひどいんだぜ!」
「ゆっくりごはんかえしてね!」
「むしさんゆっくりしていってよー!」
「れいむのごはんがああああああああああ!」

「そんなにおなかを空かせてるんなら……」
リグルは蟲達を指先に集わせて天高くかざした。

「お、おねえさんどうしたの?ゆっくりしてね!?」
れいむが、リグルのただならぬ形相に何かおかしいと思い話しかけようと口を開き
咥えていた蝶がぽとりと地面に落ちた。

「好きなだけ食べていけ!」

リグルが力強く腕を振り下ろすと同時に
腕の周りを飛び交う蟲達がまるでつぼみが花開くかのような形で爆ぜた。
「ゆびっ!?」
「ゆぎゃ!?」
「ゆぐぇ!?」
弾幕となりて弾けるように飛んでいく蟲達がゆっくりの饅頭皮を切り裂き、突き刺さる度にゆっくり達は悲鳴を上げた。
飛び散る餡子が草原を黒く塗りたくっていく。
目玉が、喉が、頬が、髪飾りごと頭が、曲線を描き交差する蟲の弾丸が通っていくたびに砕け弾けた。
訳もわからずに圧倒的な暴力に曝されたゆっくり達はただただ悲鳴を上げて逃げ出そうとするしかなかった。
だが疾駆する蟲弾から逃れるにはゆっくり達はあまりにもゆっくりしすぎていた。
一分とかからずにその小さな草原は餡子を撒き散らした惨たらしいゆっくりの死体で埋め尽くされた。


「ど、ど、どぼぢ……どぼぢでごんなごどずるのおおおお!?
れ゛い゛む゛のおがあざんがあああ!おねえぢゃあああん!!ま゛り゛ざああああああああ!!!!
うあああおねえざんのばがあああああああ!ゆっぐりぢねええええええ!!
どぼぢでえええええ!?どぼぢでえええええええええ!?!?」

蝶をリグルにあげようとして彼女の足元に居て、偶然弾幕の射線から逃れて生き残ったゆっくりれいむが叫んだ。
そしてれいむはリグルの足に向かって何度も何度も体当たりを繰り返した。
そのゆっくりれいむの横でひくひくと痙攣する蝶を見ながらリグルは言った。

リグルは我に返って足元のれいむをじっと見た。
「……これだけ仲間がやられて黙ってられる訳ないでしょ、今のあなただってそうじゃない」
今の自分の行為は自分の不始末への八つ当たり
そう自覚しながらもリグルはれいむに対して悪態を突かずにはいられなかった。
理詰めで理解できる部分とは別の、感情的な部分に置いてはれいむに裏切られた、そんな風にさえ感じてしまっていた。
リグルはそっと地面に落ちた蝶を拾って手のひらに乗せた。

「ぢねえええええ!よ゛ぐも゛み゛ん゛な゛を゛!お゛ばえ゛なんがゆっぐぢぢねええええ!!
う゛あ゛あ゛あ!み゛ん゛な゛がああ!!ま゛り゛ざああああああ!!ま゛り゛ざああああ!!
う゛う゛う゛……!れ゛い゛む゛がごんなどごにみ゛ん゛な゛をづれでごなげればあ゛あ゛あ゛!
ゆ゛う゛うう゛!ゆ゛ぐう゛う゛う゛う゛!!」

まりさの躯に縋り付いて泣き叫ぶゆっくりれいむを置いて
リグルは生き残った蟲達を率いて飛び去っていった。
言うまでも無いが、リグルはこれから打倒しようとする相手の言葉を信じた自分の愚かさを呪った。
あのゆっくりたちは別に悪いことをした訳ではない。
ただちょっとしたコミュニケーションの失敗があっただけだ。
本当に悪いことをしてしまったとは思う、だが謝る気にはなれなかった。


それから数日、ゆっくり達の間で群が一つ忽然と姿を消したことが噂となった。
その群はゆっくりプレイスを見つけて旅立ったと聞いたゆっくりの言葉が様々な憶測を呼び
いつごろからか、その群が姿を消した場所の周りは元より険しい場所だったこともあってゆっくり達から避けられ
そのうちに禁断の地と呼ばれ一部のゆっくりの間で伝承されることとなる。
そしてゆっくりの手の加えられなくなったその場所は長い年月をかけてゆっくりにとっての険しさを増していった。

リグルが向かった先は妖怪の山のふもとだった。
この山は強力な妖怪達が住まう故に命知らずのゆっくり達もその麓にさえ中々手を出すことができない場所だった。
最初は、流石に予定している規模の蟲達をここで放して住まわせれば山の妖怪が黙っていないだろうと思って選択肢から外していたが
皮肉にも、あのゆっくり達に蟲達が襲われて数が大きく減り、掘っ立て小屋の一つも建てればなんとかなりそうだった。
ゆっくりが来ない様にかなり山側に寄っている場所なので、あまり勝手なことをすると山の妖怪達に目を付けられてしまい
リグル自身も危険なのだがよほどのことがない限りは大丈夫である。
それこそ蟲を放し飼いする程度のことならなんら問題ない。

「まずは材料集めか」
落ち込んでばかりも居られない。
リグルは平原での失敗を気にしてばかりいては先に進まないと必死に自分に言い聞かせる。
それでも自分のミスに関する仲間への罪悪感や悔いはなくなりはしないが行動する気概だけは取り戻した。
リグルは色々と準備をするために連れて来た蟲達をその場に放す。
この辺りで危険なのは妖怪くらいなもので、蟲を襲う妖怪というのは早々居ない。
妖鳥のミスティア辺りなら蟲も食べるかもしれないが彼女はそう大食いでもないしこの辺りにはあまりこない。
気持ちを切り替えて、早速リグルは空を飛んで小屋の材料集めに向かった。


一月ほどかけて、雨漏りの酷い掘っ立て小屋が完成した。
蟲達もそれぞれ勝手に餌場や住処を見つけてリグル抜きで日々を過ごしていた。
「あとはこいつさえあれば……」
ドン、と掘っ立て小屋の中にある棚に擦りガラスのような素材でできた箱を置いた。
中には小さな子ゆっくりが一匹住んでいた。
「安かったから生きが悪いけど、まあ最初はこんなところよね」
リグルが人里のゆっくり屋で買ったソレはぼーっと虚空を眺めていた。

普通のゆっくりでは勝てないのは身に滲みてわかっていたのでまずは子ゆっくり辺りから始めようとリグルは考えた。
しかし赤ちゃんゆっくりを捕まえるのは大変だし、捕獲用の箱や飼育用の道具がなかった。
そこで赤ちゃんゆっくりと飼育セットを店で買おうと財布を持って行ったのだが
赤ちゃんゆっくりはかわいく人気があるので非常に高い。
他にも色々と買いたいものがあったのでこれから先も買い続ける必要のあるゆっくりに関してはなるべくコストを抑えたかった。
そこで店主に頼み込んだところ、形が悪く売り物にならないので
倉庫にしまいっぱなしになっていた在庫を格安で譲ってもらったのだ。
生きが悪いというか目が死んでいるのだがそこは値段も安いので譲歩した。

「集合?」

リグルが人差し指を振り上げて空を指すと、辺りに居た蟲達がそこらかしこから集まった。
数が減ったとはいえ蟲嫌いの人が見たら卒倒して一生忘れられなくなるであろう数の蟲達が集まりリグルの周りで蠢いた。

「さてと……」
蟲達を集め、リグルは一匹一匹を見回しながら考えた。
流石にいきなり蟲とゆっくりを戦わせるのは無謀通り越して単なる餌やりである。
とりあえずそれぞれの蟲がゆっくりに対してどういった戦いが可能かを考え、対策を立てるところからやっていくことにした。


「あんた達はまあ兎にも角にも鎌よね」
リグルはまず蟷螂達を集めた。
そしてしゃがみ込んでその中の一匹の鎌をそっと指で撫でながら言った。
「饅頭の皮くらいならスパッと切れないの?」
リグルの問いに蟷螂は困ったように首を傾げた。
「まあ無理か……獲物取り押えるのに使うものだし当たり前か」
蟷螂は済まなそうに頭を垂れた。
「でもまあそんだけ棘付いてるんだし饅頭に押し付ければ結構効くわよ、多分
よし次!」

次にリグルが呼び寄せたのは百足達だった。
「兎にも角にも毒、毒よ」
それなりの長さの百足を一匹、手に絡ませながら力を込めて言った。
「でもゆっくりに毒って効くのかな……?」
餡子と饅頭皮でできたゆっくりの体を思い浮かべて眉根をしかめた。
百足とリグルのにらめっこが数瞬続く。
「あ、効いたことあるの?なら大丈夫ね
次、次!」
アイコンタクトで会話出来たようで、リグルは元気良く次の蟲達を呼んだ。

次はひらひらと空を舞う蝶達だった。
「まあ攻めるのは無理でも食べられないように毒とか頑張って身につければ……」
武闘派ではない蟲に対してはアドバイスも大体こんな感じに終わった。
お互いあまり釈然としない気分を拭えないながらも次へと進んでいく。

そういった風に、対策というよりは長所を見直すような感じでリグルと蟲達の対話は進んで行き
遂にゆっくりと実際に戦ってみる段へと移った。
リグルは志願という形で戦う蟲を決めようと思っていた。
「それじゃあ……戦ってみたい子は、居る?」
志願すれば相手は子ゆっくり、赤ちゃんゆっくりといえど死ぬ確立はかなり高い。
恐る恐るリグルは蟲達に尋ねた。


その場に集まる全ての蟲達が一歩前へと出た。

蟲達に迷いは無い。
彼等もゆっくりによる脅威を目の当たりにして自分達のリーダーであるリグル・ナイトバグに全てを賭け、付いてきているのだ。
彼女が戦えというなら同属の勝利を信じて喜んでその身を投げ出すことになんら迷いは無かった。
ひょっとしたら辺りに漂っているかもしれないゆっくりにやられた無念の幽霊達が彼等の心に呼びかけているのかもしれない。

何にせよ、リグルはその様子を見てごくりと息を呑んだ。
その表情には軽い驚きと、高揚感を隠し切れない笑みが
拳は握ったまま武者震いをしていた。
「上等!」
パン、と手のひらに拳を叩き付ける。
「それでこそ私の誇り高き眷属達ね!
じゃあまずは一番の期待株の蟷螂集合!」
力強いリグルの呼び声に従い羽を広げ、数十からなる蟷螂達がリグルの足元に降り立った。

「それじゃ生きの良さそうなあんたとあんたとあんた!
付いてきなさい!」
きびきびと指差しで指名してリグルは数匹の蟷螂を連れてゆっくりの待つ小屋へと入っていった。

リグルの顔にはさっきまでの失敗を気にしすぎて腰が引けた様子は無い。
仲間達の覚悟を見てやっと、とことんまでやってやるという覚悟が座ったのだった。




「…………」

三日後、リグルは陰鬱そうに小屋の壁にもたれかかって座り込んでいた。
あれからゆっくりを相手に戦わせて行った。
結果は予想以上に悪かった。
最初だったので弱そうで小さなゆっくりを選りすぐって戦わせて行ったにも関わらず
ゆっくり自身が連戦により怪我をしているような場合を除いて大半の蟲達が敗退した。
「はあ……」
リグルは予想以上に高かった蟲とゆっくりの壁を目の当たりにして溜息をついた。
「無謀なのかなぁ……」
膝の間に頭を埋めてリグルはつぶやいた。
暗闇の中に居るとゆっくりに喰われていった蟲達の姿が思い浮かぶ。
ゆっくりと戦っていくことによる淘汰から来る種族の強化を目的としている以上
敗北した蟲を助けることはできない。
助けてしまえば他の蟲達の覚悟も薄らぐ。
そして何よりリグル自身の覚悟が。
暗闇の中でリグルは志半ばで散っていった仲間達に謝らずにはいられなかった。
「ごめんね、私がこんなところで弱音吐いてる場合じゃないよね」
頭をあげ、壁にもたれかかるのをやめてすっと立ち上がる。
きっと蟲達に戦うかを問うた時に決めた覚悟がなければこのまま座り込んでいたことだろう。
意識して顔の筋肉に力を入れて口をきっちりと閉めて泣きそうで情けなく歪んでいた顔を正す。
ゆっくりに勝てる力を蟲達が手に入れる為に戦うことを心中で言い聞かせてリグルは掘っ立て小屋に入っていった。

何度目の冬を越したころだろうか。
場所が近かったので駄目で元々、妖怪の山に住む河童に一応理由は伏せて役立ちそうなものを作れないか頼んでみたところ
手痛い出費と様々な雑用を手伝うことにより小屋にはライトやら防寒装置やらが取り付けられてそれを利用することにより
冬の間も無理矢理活動させることでこれまで以上の蟲達の成長スピードを手に入れることに成功していた。
無論、それだけでは無理が出るのでリグルの『蟲を操る程度の能力』を使った調整も欠かせない。
それでも無理が出ることには変わりないがなんとか破綻せずに交配を続けることが出来た。
小屋の中はあまり広くは無かったが、ゆっくりと戦わせることで春から秋にかけて数は激減してしまうのでなんとかなっていた。
リグルもこの方法は自然の摂理の中で生きることを否定するようで若干気は咎めたが贅沢は言っていられなかった。
いや、実際にやってることは相当に贅沢だったが。
何にせよ淘汰・交配による世代交代のスピードも飛躍的に上がった。

それらの工夫や努力もあって、蟲達は目に見えて強くなっていった。
無論未だゆっくりに勝つことは非常に厳しい。
とは言うものの一部の肉食の蟲達にとって既に箱の中のゆっくりの幼態はもはや餌といっても問題なかった。

「ゆぢ……ゆ……っ……ぐち……」
そのゆっくりの赤ん坊は外の光も知らず、産まれてそう長くない命を一匹の蟷螂の鎌にその小さな体を押さえつけられて
生きたまま皮を齧りとられ中の餡子を喰われていた。
世代交代ももう二桁を超えただろうか。
一部の蟲達は恐るべき適応力を見せて主食をゆっくりへと変化させんとしていた。
「……ふぅ」
リグルはその姿を満足げに眺めるが、すぐに眉根に皺を寄せて小屋の中の椅子に座って考え事を始めた。
幼態のゆっくりに対してはある程度の成果をあげられるようになっていた。

成体のゆっくりのつがいを箱に入れて産ませては戦わせ、また産ませては戦わせ
適当なそこらの草でも木の皮でも食わせさえすればゆっくりは育つので
ゆっくりの幼態や成体まで育てて潰したものは蟲達が冬の間成長を続けるための餌代わりにもなって便利だった。

結局考えがまとまらずリグルは席を立って小屋の外に出た。
扉を開けて、小屋の外に置いておいた箱の方へと向かっていく。
さっきゆっくりの赤ん坊がやられて数が減ったので補っておこうと箱を手に取りフタをあける。

「も゛う゛いやああああああ!!ごどぼうびだぐだいいいいいいい!!」
「ま゛り゛ざああああああああああああああああ!!!がだぢがわ゛っでぼがわいいいいいいいい!!
ま゛り゛ざざえいればも゛う゛ずっどはごのながでもいいよおおおおおおおおおお!!」
「や゛だああああああああだぢでええええええええええ!だぢでええええええ!!」
箱のフタをあけると耳に付くしゃがれた叫びが飛び出してきた。
何度聞いても不快なその声にリグルは眉を顰めた。
この声が小屋の中だと響いて仕方ない。
それが嫌でリグルはわざわざ外にこの箱を置いていた。

二匹は小さな箱の中にぎゅうぎゅうに詰められて、形を四角く歪ませている。
脇目も振らずにゆっくりありすがひたすら体を揺すってゆっくりまりさとの交尾に明け暮れている。
対するゆっくりまりさはそれから逃れようと必死に逃げようと体を捩っているが逃げ場などあるはずもなく
それが逆にありすを感じさせ、さらなる行為に駆り立てていることはわかっていないのか
それともわかっていても逃げ場を探さずには居られないのか。

確認するまでも無いが一応ゆっくりまりさの大きさを見て妊娠しているのを一応確認すると
リグルはまりさの方だけをずるりと取り出した。
手に取ったときの重さから大体三匹くらい中に居るかなと当たりをつけ
何度触れても慣れない交尾中のゆっくりのぬるりとした粘液まみれの感触に心中毒づく。
「あああああ!まりさあああああ!!まりさあああああああ!!」
叫ぶありすを無視して箱のフタを閉めてまりさを抱えたまま傍にある空箱を開けて放り込む。
「お゛ね゛え゛ざん!もういいでぢょ!ま゛り゛ざをお゛う゛ぢがえ゛ぢでよおおおおおおおお!!!」
「子ども産んだらまたお嫁さんのとこに戻してあげるから我慢してよ」
「い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
それ以上言葉は交わさずにフタを閉めて箱を抱えて小屋へと入っていった。
二匹は繁殖用にこの小屋で育ったゆっくりだった。
一匹ずつ別々に育てていた頃はどちらもろくに喋りもせずぼーっとしていたのだが
二匹一緒にしたらこれだけ饒舌に喋るようになった。
しかし産まれてからずっとこの小屋、いや箱の中で育ってきたというのに
お家に帰りたいというのもおかしな話だ。
ひょっとしたらあれは言葉というよりもゆっくりの本能に根付いた鳴き声のようなものなのかもしれない。

小屋に入って箱を棚に置くと、またリグルは椅子に座って考え事を始めた。
リグルが考えていたのは成長したゆっくりにどうやって蟲が勝つかだった。
確かに蟲達は幼態のゆっくりに勝てるほど強くなった。
だが、ある程度成長して体の大きさが人の頭ほどになったゆっくりに対しては未だに何の成果もあげることはできていないのだ。
手傷を負わせることくらいはある、しかしトドメを刺すに至るにはあの体積の差は越えがたい壁となって立ち塞がっていた。
淘汰と交配による進化としては早すぎるほどの成果を蟲達は出していたがそれでもこの壁は中々越えられそうに無かった。
蟲達が淘汰と交配によって進化していく環境はひとまず出来た以上
他にリグルができることというとどう戦えばあの体格差をなんとかして
成体のゆっくりに勝てるのかを考えることくらいだった。
考えては蟲達と話合いその戦いを見守りまたそこから考えては話し合い見守る。

それからさらに数度の冬を越す間をリグルはそのサイクルに費やした。


やがて、蟲達とリグルの努力が実る時が来る。


「やった……やった……!やったぁ!やったよ!あはは!やった!」
その日、遂に一匹の蟷螂が成体に近いサイズのゆっくりに勝利した。
本当に命がけの、ギリギリの勝利だった。
一歩間違えれば死んでいたのはきっとこの蟷螂だっただろう。
自然で生きていく上で見れば、ギリギリの勝利ほど馬鹿馬鹿しいものは無い。
狩りというのはリスクを限りなく低くした上で挑むものであって
命がけの勝負を自ら挑むなど愚か以外の何者でもない。

それでも、それはリグルと蟲達にとってかけがえの無い大きな勝利だった。
リグルは大仰に身振り手振りをまじえながら、まるで演説か何かの様にこれまでの苦難を語っていた。
小屋の中に居た蟲達も集まって、リグルの話をじっと聞いていた。


「ずっとこの日が来ると信じてたよ、私の可愛いあなた達
妖怪の私が手を出したら意味が無いから、一生懸命応援してたけどその甲斐があったわ!」
締めくくるように、リグルが集まってきた蟲達を見回して満面の笑みを浮かべて労った。


「今日は祝賀会ね、みんなを集めてあのゆっくりをたべるわよ!」
そしてぱん、と手を叩いてからさっきまで戦っていたゆっくりまりさと蟷螂の入った箱を床に下ろした。
聞こえているのかいないのか、ゆっくりまりさの体がぶるぶると震えた。
リグルはゆっくりまりさの体を箱から取り出すとぼふん、と床に置いた。
何十、何百という羽音が小屋の中で響き渡る。
ギチギチと顎を蠢かせて勝者の蟷螂を蟲達は称えた。

リグルはそれを見て嬉しそうに笑みを浮かべると指を振り上げて蟲達にゆっくりまりさを食べるように促す。
蟲達が一斉にゆっくりまりさに群がった。
「くふふ……ははは……あはははははははは!!」
その光景を見て遂にリグルは堪えきれずに大声を上げて笑い始めた。
遂に自分達の努力が実ったことをリグルは確信した。



ある所に大きなゆっくりの群があった。
その群はとてもとても大きくて年老いた長老のれいむにより
みんなが幸せに暮らせるよう治められていた。

長老れいむがどれくらい年老いているのかというと
誰一人として長老れいむが若かった頃を知らないくらいだった。
体の大きさは人間よりもずっと大きいし体の大きさに見合った強さを持っていた。
だから長老れいむの強さと蓄えた知識の豊富さを誰もが頼った。

そんなみんなから慕われる長老れいむだったが誰も長老れいむの昔のことは知らなかった。
長老れいむは自分の過去を話したがらなかった。
尋ねても自嘲するように寂しげに笑って
「馬鹿なゆっくりが一匹居た、それだけだよ」
というばかりだ。
やがて群のゆっくり達はきっと辛いことがあったのだろうと思ってそれを尋ねることをやめた。
だから誰も長老がどれだけの間生きているのかを知らなかった。
十年以上生きているのではないかという噂さえあった。
生きているのが奇跡のようなゆっくりだったがそれでもなお群を良くする為に働き続けていた。



「ここがこの辺りで一番大きいゆっくりの群?」
その緑色の髪の少女が長老れいむの群に現れたのはある昼下がりのことだった。
それへの対応は様々だった。
「ゆ!ここがおされいむのむれだよ!おねえさんもゆっくりしていってね!」
歓迎の意を示す幼く無邪気なゆっくり。
「ぎゃ、ぎゃくたいおねえさんだ!ぎゃくたいおねえさんにちがいないよ!!」
突然の来訪に完全に混乱をきたした心配性なゆっくり。
「ゆ、ゆっくりしたければおかしをちょうだいね!」
高圧的な態度に出る若い血気盛んなゆっくり。

だが一番多いのは、長老れいむに相談しようというゆっくり達だった。
側近のゆっくりゆかりんにまずこのことが伝えられてゆかりんはすぐに長老れいむに相談した。
群のゆっくり達の要請に、長老れいむは老体に鞭打ち重い腰を上げた。

真剣な面持ちをしながら長老れいむは群のみんなの言う場所へと向かった。



「あなたがこの群の代表?
随分とまあよぼよぼなのに無理させてごめんね
一応最初に言っておこうと思ったの
私の同胞達の未来のため、その第一歩にこの群を滅ぼしに来たわ」
ただひたすらに傲慢に、緑髪の少女はゆっくり達に言い放った。
その少女の顔には自信と驕りに満ち溢れていた。

その言葉にゆっくり達に動揺が走る。
「ど、どおいうことおおおおおおおお!?」
「なんでそんなこというのおおおおお!?」
突然の宣戦布告にゆっくり達は混乱し顔を見合わせる。

長老れいむだけがその宣戦布告を静かに聞いていた。

「いつか……生きていればこんな日がくるんじゃないかと思っていたよ、お姉さん……!」
長老れいむは敵意を露にしながら緑髪の少女を見て苦々しく口許を歪めた。

「お母さん、お姉ちゃん、まりさ
れいむのこと……見守っててね!!」
長老れいむはあの緑髪の少女、蛍の妖怪リグル・ナイトバグにより自分の居た群を滅ぼされたれいむは
あの時の甘さを捨て去り、あの時と変わらぬ憎しみを込めた力強い瞳で睨み付けて
今度こそ自分の愛するゆっくり達の住まう群を守るためにおよそ二十年振りにリグルと対峙した。



ある時から、ゆっくりの間でこんな噂が広まった。
『魔法の森の奥深くに
 おいしい花が美しく咲き乱れ
 太陽は燦燦と降り注ぎ
 小川はその光を照り返してやさしくせせらぐ
 緑に溢れ夜もやさしい空気が安らかな眠りに誘う
 そこには争う者はおらず誰であろうともゆっくりできる
 そんなゆっくりプレイスがあるという
 その場所の名は
 何度夜が来てもずっとゆっくりしていられる
 という意味を込めて
 永夜緩居(えいやゆるい)
 と呼ばれていた』

そんな永夜緩居を目指したゆっくり達の物語、これより開幕。

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最終更新:2022年05月18日 22:51