まえがき
かなりぬるい。
多分にネタに走った感じ。
天国と地獄を分ける程度の能力
「あ~、うぜぇ。」
最近覚えた煙草を咥えながら俺は道を歩いている。
「ゆっくりしていってねっ!!!」
「うぉっ!!吃驚した……ってゆっくりか。」
「おにいさんはゆっくりできるひと?
できないひとならまりさがゆっくりさせてあげるんだぜっ!!!」
急に現れたふてぶてしい顔饅頭。
通称ゆっくり。
「ゆっくりしていってねっ!!!」という特有の泣き声からそう呼ばれている。
「ゆっくりできるわけねーだろ。あほかっつーの。」
なぜなら……俺は死んでいるから。
死者。
それが現時点での俺の社会的地位。
まぁ死後の世界に「社会」……って奴があったらの話だがな。
死んでみると人生は劇的に変わった。
学生んときのような、部活行って、授業寝て、バイトして、休日に彼女とデートして。
……そんなゆるい生活とはおさらばせざるを得なくなった。
腹いせに軽く小突いてやった。
「ゆゆっ!?やめるんだぜっ!いたいのはいやなんだぜっ!」
「うっせ。俺はゆっくりできねーんだよ。」
「ゆゆっ!?じゃあまりさがゆっくりさせてあげるんだぜっ!!」
「……ほほぅ?面白い。やってみろ。」
正直、今は気分が悪くてむしゃくしゃしてる。
それはそうだろう。
死んだのだから、気持ちいいはずがあるまい。
何ら未練を残さず、大往生した年寄りならいざ知らず、俺はまだまだ若いんだから。
このゆっくりと呼ばれる饅頭、詳しい生態もほとんど分からないが一つはっきりし
ていることがある。
……こいつらはその鳴き声の通り、ほかの生物をゆっくりさせることを生き甲斐にしている。
どうやら、ほかの生物がゆっくりすることで、こいつ等は幸せになれるようだ。
食事を取るようだし、繁殖活動も行なう様だが、最近の学説の主流的な見解としては、
こいつらは「概念の存在」らしい。
難しく言ったが、要は幽霊の類と変わらん。
強い恨みを残して死んだ人間が幽霊として存在するとき、恨みを晴らすことで消える。
それは、自身の存在意義を失うからだ。
「ゆっくりさせること」がその存在意義である。とすれば、こいつらは何かを心ゆくまで
ゆっくりさせたら消えるのだろうか?……学会での調査事項らしい。
しかし、そんなことをいいながら、死んでいる俺はどうなるのだろうか?
死因は良く覚えていない。なのに、死んだことだけは自覚できる。
なんだろう、この不思議な気持ち。
「ゆ~!まりさがおうたをうたってあげるんだぜっ!!」
「いらん。昨日さんざんカラオケしてきたから。」
そういえば、死ぬ前日は彼女とカラオケでふぃーばーしてた。
隠れオタの彼女が電波ソングを歌うのをじつとたへる。
きけどもきけどもわがせいかついつこうによくならす。
「ゆ~ん……それじゃおいしいきのみをあげるんだぜっ!!」
「たべねーよ。流石に木の実は。」
「ゆぐっ!!そ、それじゃまりさのゆっくりぷれいすにあんないしてあげるんだぜっ!!」
「いや歩いてるのわかるだろだから。」“ゆっくりぷれいす”とはこいつの巣のことだろうか?
こいつ等がしつこく人間に絡むには訳がある。
前述の通り、こいつ等はほかの生物をゆっくりさせることを生き甲斐にしている。
だが、「ゆっくりする」という言葉は実に多義的だ。
「お腹一杯食べる」、「子供と戯れる」、「気持ちよく寝る」などのいずれでもあり、
いずれでもない。
明確な命題ではないため、言葉のコミュニケーションが取れない一般の動物がゆっくりしている
のかどうかはこいつ等には分かり得ない。
その点、人間ならば言葉が通じる。「ゆっくりしているか?」と確認できるのだ。
そんなわけで、コイツはせっかく見つけたカモである俺を黙って帰す気はないらしい。
「ゆゆ……じゃあ、“てんごく”へのいきかたをおしえてやるんだぜっ。」
実に仕方なさそうに答える黒大福。
「……なんだと?」
こいつ等、神の使いか?
「おい、おまえ。」
「ゆっ?まりさはまりさだぜっ!!」
先程からへこんでいたコイツに声をかける。
……「まりさはまりさ」ってなんだよ。トートロジーじゃねーか。
「天国への行き方。教えてくれ」
「いいよっ!ただし、くいずにこたえられたらねっ!」
いつの間にか現れた紅白饅頭。
んん?
道が……二つに分岐している?
さっきまでは間違いなく一本道だったのに?
……なるほどね。
只では行かせてくれないわけか。
正直、こいつ等が本当に天国への生き方を知っているかどうかは疑わしい。
だが、現状では他に方法も無い。
とりあえず、今は話を聞こう。
「このさきのみちはてんごくいきかじごくいきだよっ!」
れいむが言う。
「ただしいみちをえらべばてんごくにいけるよっ!」
続けるれいむ。
「ほほぅ~?」
良く御伽噺にあるようなことだ。
正解がどっちか、あてろというのだろうか。
「よくきくんだぜっ!れいむとまりさのかたほうはほんとうのことしかいわないゆっくり、
もうかたほうはうそしかいわないゆっくりだぜっ!」
ぶてぶてしい顔でのたまわる黒大福。
「れいむとまりさはただしいみちをしってるよっ。おにーさんのしつもんにいっこだけ
こたえるねっ。よくかんがえてねっ。まちがえたらゆっくりできなくなるよっ!!」
「れいむはほんとうのことしかいわないゆっくりだよっ!」
「れいむはうそしかいわないゆっくりだぜっ!」
「さあ、おききなさい!!!」
「さあ、おききなさい!!!」
成る程ね。
論理パズルみたいなもんか。
しかし、いいのかね~?こんなんで天国地獄決めちゃって。
無知は罪とでも言いたげだな。
「良しわかった。じゃあ聞こう。」
「そんなにゆっくりしないでいいの?」
「ああ、いたって構わん。」
「さあ、おききなさい!!!」
「さあ、おききなさい!!!」
「天国へ行く正しい道を教えてくれ。
答えは①左の道②右の道③この中には無い④わからないから選んでくれ」
れいむとまりさはあっけに取られたようだ。
それはそうだろう。この手の論理パズルでこんなみえみえのトラップにかかる馬鹿な質問
はそうはない。
実に哀れむような目でれいむとまりさは答える。
かわいそうだけど、このにんげんさんはじごくいきだね。だぜ。
「ひだりのみちだよっ!!」
「ひだりのみちだぜっ!!」
俺はその質問に目もくれず、まりさの髪に手をかけてもう一度聞く。
「天国へ行く正しい道を教えてくれ。
答えは①左の道②右の道③この中には無い④わからないから選んでくれ」
れいむとまりさは困惑していた。
それはそうだろう。質問は一個と事前に言ったし、全く同じ質問をされても
同じ答えを出すしかない。
しかし、質問は「一個」までと言われたが、「一回」とは言われていない。
俺は何度でも同じ質問をすることが出来る。
まぁ、とはいっても、全く同じ質問をされたら同じ答えを出すしかないんだけどね。
「ひだりのみちだよっ!!」
「ひだりのみちだぜっ!!」
ぶちっ。
「やめるんだぜっ! ゆっくりはなすんだぜっ!」
例えるなら、布が釘に引っかかったときのような音。
まりさの輝かしい髪は根元から削げ落ちた。
「ひだりのみちだよっ!!」
「ひ、ひだりのみちだぜっ!!」
俺は、まりさの髪に手をかけてもう一度聞く。
「天国へ行く正しい道を教えてくれ。
答えは①左の道②右の道③この中には無い④わからないから選んでくれ」
ぶちぶちっ。
「いだいいい゙い゙んだぜぇぇ! いだいいい゙い゙い゙!! や゙め゙で!!! ゆっぐりじでねぇ!!!」
さっきよりもより大量に髪をむしった。
そして聞く。
「天国へ行く正しい道を教えてくれ。
答えは①左の道②右の道③この中には無い④わからないから選んでくれ」
「ひだりのみちだよっ!!」
「ゆひ~、ひ、ひだりのみちだぜっ!」
抜く。
聞く。
抜く。
聞く。
10回ばかり繰り返したとき、まりさはもはや只のはげ饅頭になっていた。
「ぎゅいっ!! や、やめ……でね。いた…いの…どう……じ……で……」
「天国へ行く正しい道を教えてくれ。
答えは①左の道②右の道③この中には無い④わからないから選んでくれ」
「ま、まりさ~!!!どじでごんなごどに……ひ、ひだりのみちだよっ!!」
「ないでず!ごのながにばないでず!!」
「どぼじでぼんどのごどいっじゃうの~!!?」
なるほど、ね。
「おいれいむ。」
びくっ!
可哀想なくらい震えるれいむ。
「ま、まりさがちゃんとこたえたんだよっ!れいむのいのちはッ!このれいむのいのちだけはたすけてくれますよねェェェェ~~ッ」
「…………ワンモアセッ!!」
はげ饅頭二匹はもう「ない」と繰り返すだけのレコーダーに成り下がった。
ふん。
「おい!この先に天国に続く道はない。これが正解だろ?」
「なぜ分かった?」
何処からとも無く、聞こえる声。
男にしては、高い。
戯れに答えてやる。
「問題がおかしかったからだ。」
「あの黒大福は相方が嘘つきだと言った。
この言葉が本当ならばでまりさが嘘つきであることはありえない。
なぜなら、れいむが嘘つきであることが真ならば、残り者のまりさは正直者であるからな。
これはあり得るかもしれない。
だが、仮にまりさが嘘つきなら、れいむが正直者になる。」
「それは何か問題があるのかい?」
「ああ、あるね。
確かに、まりさが嘘つきでれいむが正直者であるということは命題からすれば、問題なさそうだ。
だが、まりさが嘘つきならば、命題の前提が狂ってしまう。」
「ふむ?」
「れいむとまりさのかたほうはほんとうのことしかいわないゆっくり、
もうかたほうはうそしかいわないゆっくり」とまりさは言った。
要するに、れいむとまりさはどちらかが正直者で、どちらかが嘘つきだといいたいのだ。
「つまり、まりさが嘘つきならば、どちらかが正直者でどちらかが嘘つきであるという前提条件の
真偽の確認ができない。二匹とも嘘つきかもしれない。
また、まりさが嘘つきであることが真だったとしても、れいむが嘘つきであることの逆はれいむが
正直者であることを意味しなくなってしまう。
“必ず”嘘を言うわけではないだけで、本当のことと嘘のことを両方しゃべる可能性があるからな。」
「なるほどなるほど」
「つまり、この命題自体が判断できない。
だから、俺の質問には意味が無い。奴等がどう答えようと、その真偽を確かめようが無いからな。
論理パズルとの違いはここにある。パズルの場合、“絶対に嘘を言わない”トレイラーがまず命題
の前提を教えてくれるのに対して、今回はまさにその登場人物が自分たちのことを紹介した。
質問に意味が無いのならば、考えることは一つ。」
「なんだい?」
「拷問だ。
日本国憲法や刑事訴訟法でなぜあれだけ五月蝿く自白を禁じていると思う?
自白は証拠の女王だからだ。有罪認定の最も有力で最も危険な証拠なんだ。
嘘をついている可能性のある奴等を相手にするのに拷問が有効なのは古今東西老若男女変わらないさ。」
「……あんた、本当に人間なのかい?考えがエグイぞ。」
「元、人間だな。死んでるから。
それに、この問題には、二重のトラップが貼ってあるしな。」
「……なんのことだ?」
「このさきのみちはてんごくいきかじごくいきだよ」
「ただしいみちをえらべばてんごくにいけるよ」
れいむが言った言葉。
「奴等は、この先の道が天国か地獄に続く道であって、正しい道を選べば天国へいけるといった。
だが、この先の道に“正しい道”があるかどうかについては一切触れていない。
仮にまりさが嘘つきだとすれば、さっきの通り。
仮にまりさが正直者だとすれば、れいむのこの発言は嘘になる。
つまり、天国か地獄に続く道であると言う言葉が偽ならば、この先に続く道は、どちらも、天国にも地獄にも続かない道だ。
いずれにしろ、俺には天国へ行く道が分からない。」
「お見事。」
「そして、ゆっくり。
この手の仕事は本来お前等のような冥府の住民がやるべき仕事であるはずだ。霊体のお前等ならば、
俺には拷問の仕様が無い。以下にアンフェアな質問だろうと論理性で解決するしかないんだ。
だが、なぜか俺にも触れることが出来る、脆弱な饅頭が審査官だ。多少頭が働く人間ならば、
わざわざ質問に律儀に答える必要が無いことに気付く。」
「Exactly(その通りでございます)」
「じゃあ、俺の質問に答えてくれ。
この茶番の意味はなんだ。天国か地獄か。それを裁くのは閻魔の仕事と聞く。
その基準は生前の罪だ。ならば、こんなところで知恵比べをしたところで審査の結果が
変わるわけあるまい。」
「ッはははは……面白い人間だね。
その通り。これは捌裁きじゃないよ。ちなみに、その先の道を間違えて行ったとしても特に不利益は無いぞ。
ただ、閻魔様のところに着くまで3倍距離が遠のくだけだ。」
「おいおい……こっちは命がけなのに楽しそうだなオイ」
正直、ちょっとピキピキきてた。
「死んだ人間にベット出来る命があるとも思えんがねぇ。(笑)
まぁまぁ怒るな怒るな。あたいたちも人手不足なんでね。あんたたち死人から死神候補をリクルートしてんのさ。
どうだい?あんた死神になってみない?最初は三途の渡しなどから下積みが始まるけど、昼寝も出来るし小銭も溜まるよん?
公務員だから、生活も安定してるしね。
まぁしばらくはゆっくりのあいてをしてもらうと思うけどね。」
死神か……どうせ死んでから他にやることもなさそうだしな。
良いだろう。
俺の戦いは始まったばかりだ。
オワリ
あとがき
思いついたからやってみた。
ゆっくりでなくても良いのは確か。
でもゆっくりでやってはいけないわけでもないのも確か。
かいたもの
幸せはいつだってゼロサムゲーム
およめにしなさい
甘い話には裏がある
史上最弱が最も恐ろしい
ぽーにょぽーにょぽーにょ
最終更新:2022年05月19日 12:48