前編から

「きゃっ!?」

メイド長のナイフを引き抜き、門番を縛っている縄を切る。
支える物を失った門番は、重力に引かれて地面に落ちた。

「………!? あ、ありがとう…」

門番が落ち着くのを待ってから話を切り出した。

「……………」
「な、何よ…?」
「………っ!!!」
「えっ、えっ、え…っ!!?」

俺の姿が突然消えて門番はうろたえている。
俺がどこに姿を消したのかと言うと…。
門番の足元だ。

「頼む、俺を弟子にしてくれっ!!」
「えええええええええっ!!?」



「え~と…、つまり私の技を教えて欲しいのね?」
「ああ、頼む!」
「そもそも、何でドスまりさに勝ちたいの?」
「……………。 あいつは俺が倒さなきゃいけない…、気がする。
だが、今のままでは勝てないんだ…」
「ふ~ん? 何があったのか知らないけど、随分真剣なのね」
「奴を倒す為には、今までの様に唯殴りかかるだけじゃ駄目だ。
あんたの動きとよく似た、奴の舌を使った拘束を回避しないと…!」
「でも私はドスまりさと戦った事なんて無いわよ?」
「だが、あんたの動きの流れがドスのそれと同じだったぞ?」
「変ねぇ…。 れみりゃとだったらよく戦うんだけど…」
「………! それだ、それだよ!」
「えっ、何!?」
「自分なりに敗因を考えていたんだが、どうやら奴の動きのリズムに何かあるらしい。
恐らく奴のゆっくりとした動きのテンポに合わせられなくて捕まれていたんだよ!」
「それと私にどんな関係が?」
「俺はゆっくり相手に格闘する事は無いが、あんたは頻繁にれみりゃを虐めてないか?
あんたにはゆっくりのゆっくりとした動きが身に付いているんだ!」
「失礼ね! あれは“虐め”じゃなくて“可愛がり”よ!」
「ともかく、あんたと戦う事で、あんたの技と奴等のテンポを会得したい!
頼む、俺に出来る事なら何でもするから、俺と戦ってくれ!」
「そこまで言うなら…。 でも、報酬は高くつくわよ?」
「任せろ、何だったら彼女に強引に買わされた宝石とか鞄を質に入れても良い!」
「それはどうかと思うけど…」

どんな条件を提示するか門番は考え込む。

「……………! そうね、あなた加工所職員だったわよね?」
「ああ。 何だ、徳用甘味セットでも持って来ようか?」
「そうじゃなくて、ゆっくりが欲しいのよ」
「ゆっくりが? どんな種類のゆっくりだ?
レアな種類でも探して持ってくるぞ!」
「じゃあ、ゆっくりさくやをお願いするわ」
「さくや種を?」
「見ての通り、ここ紅魔館には胴付きゆっくりれみりゃが住み着いているわ。
咲夜さんがどこからか連れてきた一匹が、繁殖したり仲間を呼んだものなんだけど、
残念ながら付き人(ゆっくり)がいないの。
折角“おぜうさま”として生まれたんだから、“めいど”も用意してあげたいのよ」
「……………」

何となく、門番の真意は別にある様な気がした。
まさかとは思うが、メイド長に怒られた鬱憤を、さくや種で晴らそうと言うのでは…。



「分かった。 加工所で余っている奴がいないか調べてくる。
もしいなかったら捕まえてくる事になるがそれでも構わないか?」
「それで良いわよ」
「よし、交渉成立だな」
「…で、いつから特訓を始めるの? 今からでも良いけど、
人間のあなたがいつまでも紅魔館の近くにいるのはお勧め出来ないわよ?」
「もう日が暮れてしまうし、今日は帰る事にするよ。
まず加工所に戻ったら在庫を確認して、それから報告に来るから、その時からで頼む」
「分かったわ。 なるべく元気の良い奴を選んでね」

俺達はお互いの予定を調整し、門の前で別れた。
心なしか足取りも軽くなった気がする。
空になった運搬用の台車を引きながら俺は加工所へと急いだ。

「ん? 今、箱が動いた様な…?」

空箱の中に何か入っていたのだろうか?
道の起伏で揺れただけだろうと判断して、俺は忘れる事にした。



俺が加工所に帰り着いた時、辺りは夜になっていた。
当然加工所の営業は既に終了しており、流石に彼女も帰っているだろう。
俺は倉庫に台車を戻す為に、受付の警備員に帰還を報告する。

「遠くまで配達ご苦労様でした。
警備室で鍵を管理していますので、付いて来てもらえますか」
「分かりました」

話しながら、俺は以前忍び込んだ時に出会った相手だと気付いた。
以前の泥棒騒ぎで加工所の警備体制が強化され、
今は常に二人一組で警備員を配置している。
よく見れば、受付に残る方も以前警備室で出会っていた。

「以前の泥棒騒ぎ、大変でしたでしょうね」
「そうですねぇ…。 でも、お恥ずかしながら、僕は居眠りしていたみたいで…。
泥棒の仕業という事になってお咎めは無かったんですが、
大事な本もその騒ぎでどこかにいってしまったんですよね…」
「そうですか…。 それは災難でしたね」
「まぁ、居眠りの罰として諦めるしかないんでしょうね…」

受付に残った奴が持ってるんじゃないかと思いながら、
俺は警備員に付いて行った。 犯人は俺なので何となく気が咎める。
警備員に倉庫の扉を開けてもらい、台車を空箱ごと適当に放り込む。
整理等の細かい作業は明日出勤してからやれば良いだろう。

「それじゃあ俺は帰りますね。 ご苦労様でした」
「お気をつけて」

俺は疲れた体を休める為に一路自宅へと向かった…。



一夜明けて…。
俺は目の前の光景に頭を悩ませていた。

「な、何があったんだっ!!?」

朝少し早めに出勤した俺は、昨日の後始末の為に真っ先に倉庫に向かった。
台車等の道具を保管する倉庫の為、元々大した物は置いていないのだが、
それでも積んである物を崩せば酷い事になる。
そして、それを招いたであろう容疑者が俺の足元で騒いでいる。

「うあ~、おなかすいたどぅ~! はやくぷっでぃんをもってくるんだどぉ~!!」
「な、何でこんな所に胴付きれみりゃがいるんだ!?」

確かにここは加工所だから、逃げ出した奴が紛れ込んだのかもしれないが、
閉鎖状態だった倉庫に忍び込む事は不可能に近い。
第一昨日台車を戻した時には何もいなかった筈だが…?
とりあえず、このれみりゃから情報を聞きだすとしよう。
泣き叫んでばかりで埒が明かないので、廃棄予定の不良品を与えて黙らせる。

「あまあまおいしいどぅ~! でもれみりゃはぷっでぃんがたべたいどぅ~!」
「質問に答えたら、考えてやらなくも無いぞ」
「う~、やくそくだどぅ~! ぷっでぃん、ぷっでぃんだどぅ~!
れみりゃはこうまかんのおぜうさまだから、
うそついたりしたらさくやがだまってないどぅ~!」

何と言うか、この上なくウザイ。 その上とても読み難い。
漢字表記だけどひらがなで喋っている事にしようかと思うくらい難解である。
ついつい潰したくなってしまうが、情報の為にここは我慢だ。

「それで、お前は何でこんな所にいるんだ?」
「う~、わかんないんだどぅ~! おしえてほしいんだどぉ~」

まさかの質問返し! 聞きたいのはこっちの方だ!

「じゃあ、お前はどこから来たんだ?」
「れみりゃは“こうまかん”にすんでるんだどぉ~」
「………?」

何となく引っ掛かる話だ。
れみりゃ種は自らの住処を“こうまかん”と呼ぶのだ。
こいつも自分の巣の事を言っているのかもしれない。

「なぁ、お前の巣はどこにあるんだ?」
「“す”じゃないんだどぉ~! “こうまかん”だどぉ~!!」
「分かった、分かった! …で、その“こうまかん”とやらはどこにあるんだ?」
「おっきなみずうみのなかのしまにあるんだどぉ~!」

それはまた、ご大層な場所に作ったものだ。
これによって、こいつが加工所から逃げ出したものではなくなった。

「まっかなおやしきで、まっかなみちがあるんだどぅ~!」
「ふぅん…、ゆっくりのくせに中々立派な巣だな」

少し…、いやかなりセンスを疑うがな。

「やしきには、さくやもいるんだどぅ~!」
「ふむふむ、それは良い事を聞いた」

そいつを捕まえれば、門番への手土産に丁度良いだろう。

「ほかにもれみりあやめいりんもいるんだどぉ~!」

同種やめーりん種まで一緒に住んでいるのか。
意外と大きな巣なのかもしれないな…。

「良く分かった。 じゃあお前は、そこからどうやってここまで来たんだ?」
「わかんないんだぉ~! きがついたらここにいたんだどぉ~!
ここはくらくてせまくてつめたくてしめっててちらかっててほこりっぽいんだどぉ~!
うぁ~~~ん、ざぐやぁあ~~~!!」
「あぁ、もう! 響いて煩いから静かにしてろっ!!」

散らかっていて埃っぽいのはこいつのせいもあると思うのだが…。

「なら聞くが、お前はここに来る前は何をしていたんだ?」
「う~? う~! たしかめいりんとけんかしていたんだどぉ~!」

喧嘩? すると仲間割れでもして逃げて来たのか?

「れみりゃはぐんぐにるでめいりんをつきさそうとしたんだどぉ~!
でも、めいりんはぐんぐにるにあたってくれなかったんだどぉ~!」
「そりゃまぁ、幾らゆっくりでも自分から刺さりに行く馬鹿はいないだろうな」

しかしまぁ何だ…、“当たってくれない”とは凄い言い様だな…。

「れみりゃはがんばったんだけど、つかれてしまったんだどぉ~!
それできにぶつかってめいよのふしょうをおったんだどぉ~!」
「そうか、良く頑張ったな」

一般的にそういうのを自爆と呼ぶ。

「めからほしがでたんだどぉ~!
それでじめんにたおれこんでしまったんだどぉ~!」
「よっぽど打ち所が悪かったんだな」

そんなので、よく今まで生き残れてきたものだ。

「きがついたらゆうがただったんだどぉ~!
おなかがすいていたからごはんをさがしたんだどぉ~!
そしたらちかくからいいにおいがただよってきたんだどぉ~!
れみりゃはそのにおいのするはこにはいったんだぉ~!
はこにはあまあまがはいっていたどぉ~!
おなかいっぱいたべたら、なんだかねむくなってきて、
そのままはこのなかでねむってしまったんだどぉ~!」
「………? ちょっと待てよ…?」
「ぐっすりねむって、めがさめたらここにいたんだどぉ~!」
「おい…、それって…!?」
「さみしくてこころぼそかったから、ついあばれてしまったんだどぉ~!」

最悪のシナリオが展開している!

「ま…、まさか俺なのか…? この惨状の原因は…!」
「おれ~、さんじょう~? いったいなんのことだどぉ~?」
「と…、とりあえず、こいつは檻にでも入れて、誰かにばれる前にここを片付けて…」

予想外の自体に、俺はどう対処するべきか迷っていた。
もしこれが彼女にでも見つかったら、俺の人生がクライマックスだ!
だが、運の悪いことにそこへ…。

「ちょっと! 何よ、これっ!?」
「ひぃいっ!!」

最悪の相手に見つかってしまった。
色々事情があったとはいえ、俺の帰りが遅くなった事と、
帰って来てから直ぐに会いに行かなかった事にも腹を立てている様だ。

「いつまで経っても顔を見せないから、何処にいるのかと探してみれば…!」
「ゆ、許してくれ! 直ぐ終わらせて会いに行くつもりだったんだ!」
「こんな所に胴付きれみりゃを連れ込んで、一体何をするつもりだったの!!?」
「そっちかよ!!?」

とんでもない誤解をされていた!

「うあ~! れみりゃ(のふくがほこりで)よごれたどぉ~!」
「なっ、何ですってぇええええええ!!?」
「お前も自体をややこしくする様な事を言うなぁあああああっ!!」

完全に彼女の怒りのメーターが振り切れた様だ!
もし、感情を目視できたとしたら、真っ赤な背景に“怒”と表示されているだろう!

「このHENTAI野朗ぉおおおおっ!!!」
「ちょっ!? くっ、苦しいっ!!」

今にもオーバーヒートしそうな位怒っている!
彼女が鳥の翼の様に両手を広げたかと思うと、俺の首を絞め始めた!

「ぐぉっ!? ………っ!!」
「このまま永遠にゆっくりしなさいっ!!!」
「お…、落ち…着け…っ! こい…つは…、プレ…ゼント…だ…っ!!」
「プレゼントッ!?」

咄嗟の思い付きだったが、彼女は思い止まってくれた。
首締めから開放されて、俺は思いっきり空気を吸い込む。

「げほっ、ごほっ! はぁっ! はぁはぁはぁ…っ!!」
「どういう事か説明しなさい! 最期のチャンスよ!!
口から出任せだったら、それが辞世の言葉になるわよ!」

まさにその通りなのだが、“最期”と言われて必死に酸素の行き届かない頭で考える。

「そいつは紅魔館に住んでいたれみりゃだ!
キメラ丸の脱走で実験が中断したから、代わりにこいつを貰ってきたんだ!
胴付きは突然変異みたいなものじゃないか!」
「えっ、ええっ!? そうっだったの!!?
わ、私はてっきり、あなたがHENTAIだったんだと…」
「そんな訳あるか!」
「そ、そうよね…。 私はあなたの恋人なんだし…」
「だったら少しは俺の事を信用してください…」

何とか誤解を解けた様だ。

「でも…、私の為に紅魔館から貰ってきてくれるなんて…」
「少しでも慰めてやりたくてな…」

柄にも無く顔を真っ赤にして照れたりしている。
ちょっと(かなり?)厳しいけど、こういうところが可愛いんだよな…。

「でも、一つだけ間違ってるわよ。
胴付きは突然変異の一種だけど、分類は進化に近いの。
勿論最初の個体は突然変異で生まれたんでしょうけど、
より優れた能力を獲得した、ゆっくりの新たな種族として扱うべきだわ。
まだまだ勉強不足の様ね…」
「精進します…」

こういうところが無ければ良いんだけどなぁ…。



彼女との一悶着が終わったので、
それまで彼女の希薄に気圧されて黙っていたれみりゃが再び騒ぎ出した。

「うぁ~! れみりゃはおなかがすいたんだどぉ~!
ちゃんとしつもんにこたえたんだから、やくそくのぷっでぃんをよこすんだどぉ~!」
「何? そんな事を約束してたの?」
「うぁ~! ぷっでぃん、ぷっでぃん、ぷっでぃん~!!」
「おい、自称こーまかんのおぜうさま!」
「うぁ?」
「俺は“考えてやる”とは言ったが、一言も“食べさせてやる”とは言ってない」
「うっ、うぁあああああああああ! ぷっでぃいいいいいん!!」
「響いて煩いから静かにしなさい」
「うあっ!!?」

彼女の鋭いボディーブローでれみりゃは一撃で静まり返る。
もしかすると、彼女が加工所最強なのかもしれない…。



「さて、大事なあなたからのプレゼントだし、しっかり研究しないとね」
「あー、そいつに関してちょっと条件があってな…。
実はゆっくりさくや種と交換するって約束なんだ。
もし研究用の奴が余ってたら、一匹分けて欲しいんだけど…」
「大方そんな事だろうと思ってたわ…。
紅魔館のメイド長が主人以上に大事にしているって聞いた事あるもの。
ちょうど繁殖用に何体か届いたから、そこから持って行って」
「助かったよ。 もしいなかった、野山を探し回る羽目になってところだった」
「もう少し計画的に話を進めなさいよね…」



倉庫の片付けを終えてから、れみりゃを連れて彼女の研究室に向かう。
彼女は早速れみりゃの研究に取り掛かると言って、奥に引っ込んでしまった。
話し相手がいなくなってしまい、どうしたものかと考えていると、
貝殻まりさが話しかけてきた。

「ゆっ! おにいさん、おかえりなさい!」
「よぉ、貝殻まりさ。 元気にしてたか?」

以前の泥棒騒ぎ以来、こいつはずっと水槽の中にいる。
溺れたり溶けたりしてはいないが、水を吸って膨らんでいる。
暫くぶりに見たが、今では水槽の3割はこいつの体で占められているではないか。

「おにいさん、おでかけしてたっておねえさんにきいたんだけど、
いったいどこにいっていたの?」
「ああ、ちょっと紅魔館に配達にな…」
「こーまかん? なにそれ? ゆっくりおしえてほしいよ!」
「えーっと…、紅魔館ってのはな…。
大きなお邸…、いや…、お前ら風に言うと巣だ」
「ゆ! とってもおおきなすなんだね!
そこにはだれがすんでいるの?」
「邸…、巣の主人はレミリアという妖怪だ」
「ゆっ!? れみりゃはゆっくりできないよ!!」
「落ち着け、ゆっくりれみりゃ種じゃない。 吸血鬼のレミリア=スカーレットだ。
…と言っても理解できないだろうから、そう思ってても良いぞ。
お前らがれみりゃを恐れる気持ち…、俺も似た様な状況でゆっくり理解したからな…」
「ゆぅう…? れみりゃだけどれみりゃじゃないの…?
むずかしくてりかいできないけど、おにいさんもこわいおもいをしたんだね…」
「ああ、思い出すのも嫌な位のな…」
「ほかにはだれかすんでいないの?」
「多くのメイド達や居眠り門番娘に瀟洒なメイド長、病弱そうな少女もいたな…。
他にも誰かいそうな気がしたが…、よく分からん」
「いっぱいすんでいるんだね! とってもたのしそうだよ!
そのひとたちはおにいさんなの? それともおねえさん?」
「俺が会った限りでは全員女性だったな…。
よくよく考えてみれば、結構凄い所に配達に行っていたんだな…」

その“凄い”には、一部を除いて妖怪だらけという事も含まれる。
今考えても、あんな恐ろしい所からよく生きて帰って来れたものだ…。
尤も、そこに戻って武術を習おうとしているのだから、
冷静になって考えると少し後悔している。

「おにいさん、せっかくかえってきたんだから、まりさとゆっくりあそんでね!」
「いや、悪いがそんな暇は無い。
俺はこれからまた紅魔館に戻らなければならないんだ。
悪いがまた暫く帰ってこないから、彼女にでも遊んでもらえ」
「ちょっとざんねんだよ! でもまりさはゆっくりまってるよ!
かえってきたらまりさとゆっくりあそんでね!」
「ああ、考えておいてやる」

適当にあしらってその場を去る。
早く門番に技を教えてもらいに行かねば…。
あいつの技と動きを見につければ、俺はあのドスを倒す事が出来る。
その事を考えると、自然と笑みが浮かんでしまう。
俺は職員から門番との約束の繁殖用のさくやを受け取り、再び紅魔館へと向かった。



「あら? 彼はどこに行ったの?」
「おにいさんはこーまかんにいったよ!」
「ふーん…、随分慌しい出発ね」
「おにいさん、しばらくかえってこないっていってたよ!」
「あら、私にはそんな事一言も…?」
「それでね! まりさ、おにいさんにゆっくりおしえてもらったよ!
こーまかんっておねえさんがいっぱいいるんだって!」
「へ…、へぇ…」
「おにいさん、なんだかうれしそうにしていたよ!
よっぽどかわいいおねいさんたちなんだね!」
「そう…、なの…?」
「まりさ、ゆっくりりかいしたよ! こーまかんは“おんなのその”なんだね!
おにいさんはおんなのひとたちにあいにいったんだね!」
「……………」
「まりさもいろんなゆっくりとゆっくりしたいよ!
おにいさんばっかりずるいよね!」
「ええ、そうね…。 とってもずるいわね…。
ずるい子にはお仕置きが必要よね…!」
「ゆ? おねえさん、どうしたの?」
「うふふ…、何でもないわ…よ?」

加工所に戦慄が走る!
この日、加工所のゆっくりは何かに怯えてゆっくり出来ない一日を過ごした…。





~おまけ~

お兄さんが紅魔館に配達に行っている時のお話です。
その頃、お姉さんは加工所で何をしていたのでしょうか…?

「主任、遺伝子分析の結果が出ました」
「ご苦労様。 そこに置いておいてもらえる?」

実験対象のキメラ丸に逃げられてしまい、お姉さんはちょっとイライラしています。
我らが主役のお兄さんにしか辛く当たらない事に決めていますが、
やはり滲み出る怒りのオーラは隠し切れず、近づく者に恐怖を与えます。
怯えた研究員は、報告書を置くと振り返りもせずに出て行きました。

「何も逃げなくても良いじゃない…!」

その言葉の対象は、果たしてキメラ丸なのか、研究員なのか…?

「それで、どんな結果が出たのかしら…?」

お姉さんは報告書の隅から隅までじっくりと目を通します。
報告書には前回キメラ丸から採取した組織片の遺伝子の分析結果が載っています。
この世の物とは思えない奇怪な姿をした生物の遺伝子とは一体…!?

「何これ…!?」

最後まで目を通してから、一度深呼吸します。
少し気持ちを落ち着けたら…。

「ちょっと!! こっちに来て詳しく説明しなさい!!!」

少しも落ち着いていませんでした。
突然の怒声に慌てて研究室に飛び込んでくる研究員。
可哀想に、一息吐こうと入れたお茶を溢してしまった様です。

「あのね、誰が蛇や鹿の遺伝子の分析をしろと言ったの!?
私が頼んだのはキメラ丸の遺伝子の分析よ!?」
「い、いえ…、それがですね…」
「何!? 口答えするつもり!?」
「そ、そんな事は…」
「まさか、こう主張するんじゃないでしょうね?
“キメラ丸の顔面以外の部分は全て別の生物の一部でした”とか!?」
「そ、その通りなんですぅううう!!」

頭を手で覆って縮こまる研究員、よく見れば小さく震えている。
お姉さんはすっと右腕を振りかぶると…。

「ひぃっ!?」
「もういいわ…。 少し考えたい事があるから一人にして…」

研究室の入り口の扉を指差して出て行くように指示をしました。
お姉さんの気が変わらない内に、という風に研究員は出て行ってしまいました。

「通りで、顔面の遺伝子を素に作ったクローンが唯のきめぇ丸になる訳ね…」

お姉さんの気迫に押されて今の今まで黙っていましたが、
机の上にはきめぇ丸の入ったケースが置かれています。
小刻みに左右に高速移動していますが、実は震えているのかも知れません。

「でも、どうやって別種の生物を体にしているのかしら…?
拒否反応は起こらないのかしら…?」

お姉さんはケース内のきめぇ丸を見つめます。

「突然変異や進化では説明がつかない…、自然界ではまず起こり得ない現象…。
とすれば、誰かが或いは何かが、それを可能にした…?」

研究室の一角にある大きな冷凍庫に視線を向ける。
そこにはキメラ丸の組織片が保管されているのです。

「私達が見逃している何か…、もしかするとそこに何か秘密が隠されているかも…」



お姉さんは研究室の奥から、貝殻まりさの水槽を置いてある所まで出て来ました。

「おねえさん、おしごとおつかれさま!
けんきゅうがおわったなら、ゆっくりまりさとあそんでね!」
「……………。 ねぇ、まりさはどうしてまりさなのかしら?」
「ゆっ? なぞなぞだね!?」
「そうね…。 なぞなぞ…、かもね」
「ちょっとむずかしいけど、なんとなくりかいしたよ!
まりさはまりさにうまれたから、まりさはまりさなんだよ!」
「……………! そうね…、そうかもね…」
「どう!? せいかい!?」
「ええ、恐らくそれが正解の筈よ…」
「ゆっへん! まりさ、おりこうでしょ!?」
「そうね、とってもお利巧さんね。
ご褒美に御菓子を食べさせてあげるわ」
「ゆっ!? あまあまさんをくれるの!?」
「ええ、この餡子をお食べなさい」
「とってもおいしそうだよ! いただきま~す!!」
「全部食べるのよ」
「む~しゃ、む~しゃ! しあわせ~!!」

貝殻まりさが食べ終わるのを確認してから、お姉さんは研究室の奥へと戻った。
小さく息を吐くと、何も入っていない机の上のケースを見つめる。

「まりさに生まれたからまりさ、か…」

ゆっくりが考えたにしては良く出来た答えであるが、
余りにも単純な発想である。

「ある意味では…、それが真実かもね…」

お姉さんは、そう呟くと自嘲気味に小さく笑った。

「本当、嫌になるわね…。
本能に忠実な餡子脳の癖に、時に核心を突く様な事も言う…。
何を考えているのかさっぱり分からないわ…」

ふと、お姉さんの脳裏にある事が浮かんだ。

「そう言えば、昔加工所の研究者に、そんな感じの研究者がいたらしいわね…」

お姉さんは、過去の研究者名簿を取り出し、その人物を探す。

「見つけたわ、この人ね…」

かなり前の研究者で、今は引退して行方も分かっていない。
もしかすると、もう亡くなっているのかも知れない…。

「優れた研究者だったみたいだけど、周囲からは倦厭されていたみたいね。
この人の論文、“ゆっくりと他種の同化に関して”か…。
遺伝子研究には詳しかったみたいだし、一度読んでみようかしら…」

お姉さんは、行き詰った研究の手を休めて、お兄さんの帰りを待つ事にした。

(帰ってきたら、地下倉庫の論文を探させよう…)

だが、肝心のお兄さんは中々帰ってこないのでした。 …続く。




【冒頭のお話の主人公の敵は、ゆっくりやまめです。
土蜘蛛が木の上を飛び交うなんてとっても幻想的ですね。
毒キノコ等の毒は幻覚を発症するものではなく、瀕死に陥ったので幻覚が見えました。
お兄さんの経験した出来事ではなく、ある本のお話と言う設定です。

貝殻まりさが非常に礼儀正しかったり賢かったりしますが、
お姉さんの教育的指導の賜物だと御理解下さい。

今回原作キャラも登場し、ますます虐めから離れている感が物凄いです。
本当は“ゆっくりコンポスト”が好みなんですが…】

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最終更新:2022年05月19日 14:50