『運が悪かったんだよ』








初夏の草原。涼しい朝。
眩しい日差しが降り注ぐ草原を元気に動くものがいた。
ゆっくり霊夢が一匹、ぴょんぴょんと草原を跳ねていた。

「ゆっくりしていってね!!
 ゆっくりしていってね!!!」

彼女はゆっくり。
『ゆっくり』を好む暢気な妖精だ。
草原を駆けてはいるが目的地がある訳じゃない。
いつもと同じで気の向くままに跳ねていた。

綺麗な花を見つけては「ゆっくりしていってね」と挨拶し、風に揺れる花を愛でる。
蟻の行列を見かけては「ゆっくりしていってね」と応援し、邪魔にならないようにその場を去る。
そしてまた仲間を見つけては「ゆっくりしていってね」と呼び合う。

今日一番に出会った仲間は黒いとんがり帽子を被った子だった。
この帽子を被った仲間は不思議と気が合う。
二匹一緒の挨拶だって綺麗にハモる。

「「ゆっくりしていってね!!!」」

黒い帽子の子と向き合って挨拶をする。
するともう二匹はお友達だった。

「ゆっくりしていってね!!」

その後は頬を擦り合わせて親愛を深める。
今日はこの子と一緒にゆっくりしよう。
れいむはそう思った。
それは黒い帽子の子も同じだったようだ。

「ゆっくりしていってね!!!」

ぴょんと一歩跳ね、れいむに振り返って呼んでくる。
付いて来て。
一緒に跳ねようよ、と誘っているのだ。

「ゆっくりしていってね!!!」

れいむは快諾し、黒い帽子の子の隣に跳ね寄った。
そしてお互いに微笑み合うと共に跳ねだした。
もちろん目的地は無い。
でもそれがいい。
新しいお友達と一緒に草原を駆け抜けることが楽しいのだ。

見ればあっちにもこっちにも同じようにゆっくりしている仲間達がいた。
向こうの木陰にはカチューシャの子と黒い帽子の子が身を寄せ合ってうたた寝してる。
他にも草原の中央では数匹の仲間達が跳ね回って遊んでいる。鬼ごっこだろうか。
少し離れた砂場では紫髪の子達が枝を使ってお絵描きしているようだった。

どれも面白そうと思ったれいむだったが今は黒い帽子の子と遊んでいる。
また今度混ぜてもらおうと考えて視線を前に戻す。
一緒に跳ね始めたのに黒い帽子の子はれいむの一歩前を跳ねていた。
あの子の方がれいむより速かった。
すごいなぁ、なんて思いながら黒い帽子の子に付いていく。
向かってる先はどうやら森のようだった。
あの小さな森を越えた先には人間さんの集落があり、森の中では人間さんと会うこともある。

れいむも何度か人間さんと森の中で会ったことがある。
挨拶をしたら頭を撫でて貰った。
枝拾いをお手伝いしたらお礼に遊んで貰えた。
森の中で休んでいる人間さんの隣に座って一緒にゆっくりしたこともある。

黒い帽子の子も人間さんにゆっくりさせて貰ったことがあるのだろう。
だから人間さんに会いに行ってるんだとれいむは気が付いた。
れいむの推察通り、黒い帽子の子は森に入り、森を駆け抜け、森の道を見つけ、道に沿って森を越えた。
れいむは何も言わずにずっと黒い帽子の子に付いていった。

人間さんと遊ぶのが楽しみだった。
それに自分から人間さんを遊びに誘うのは初めてで、何だかドキドキしていた。
何して遊んでもらおうかな。
追いかけっことか枝の引っ張り合いがいいかな。
でもやっぱり一緒にゆっくりしたいな。



「ゆっくりしていってね!!!」

黒い帽子の子が振り返ってれいむを呼んだ。
その声にハッと我に帰ると人間さんの集落入口に着いていた。

「ゆっくりしていってね!!!」
「ゆっくりしていってね!!!」

ようやく着いたね。
疲れたけどゆっくり出来るね。
そんな意味合いで鳴き合う二匹。
その後しばらく集落の入り口で休憩し、それから集落へと入っていった。




人間さんの集落は普段見ることの出来ない珍しいものが溢れていた。
そして森でも稀にしか会えない人間さんがたくさんいた。

「「ゆっくりしていってね!!!」」

「おや、ゆっくりか。
 こんにちは」
「森の向こうから来たのかな。
 何も無いところだけどゆっくりしていきな」
「あら可愛い。ゆっくりしてね」

「ゆっくりしていってね!!」
「ゆっくりしていってね!!」

挨拶をすると皆にこやかに返してくれた。
やっぱり人間さんはゆっくり出来る。
れいむは嬉しくなってニコニコと人間さん達を見上げた。
このまま遊んでくれるかなと期待したが、人間さん達は去ってしまった。

きっとお仕事があるのだろう。
森で会った人間さんと遊んだ時もそんな事を言っていた。
初めは理解できずもっと遊びたいと付いて回ったが、
「また今度な。仕事があるからあんまり遊べないんだ」と説明してくれた。
遊べないのは残念だけどお仕事があるなら仕方が無かった。

「ゆっくりしていってね!!」

しかし黒い帽子の子はその辺りを分かってないようだった。
去る人間をぴょんぴょん追いかけていた。

「ゆっくりしていってね!!!」

そんなお友達をれいむは諌めた。
お仕事の邪魔をしたら人間さんがゆっくり出来ない。
だからお仕事してない人間さんを探してゆっくりしよう、と。

黒い帽子の子はれいむの声に立ち止まった。
人間さんを見送ってから残念そうに俯きながらすごすごとれいむの元へと戻ってきた。
しかし何度かスリスリすると黒い帽子の子はすぐに立ち直って笑顔になった。
そしてれいむと一緒に遊んでくれる人間さんを探しに出掛けた。



だが遊んでくれる人間さんは中々いなかった。
みんな何かのお仕事をして忙しそうだった。
ゆっくりして欲しかったけど人間さんのお仕事は後々ゆっくりするためにしているらしい。
だから邪魔したらゆっくり出来なくなってしまう。
相手の嫌がることをするのは結果的に自分も相手もゆっくり出来なくなってしまうのだ。



慣れない場所をあちこち跳ね回って疲れた二匹は畑の脇の木陰で休んでいた。
畑では人間さんが何やらお仕事していた。
汗水垂らして地面に向かって何かをしている。
それを何気なく眺めていたれいむ達だったがふと目線を他に向けると一軒の小屋があった。
そこには小屋の前の腰掛に座ってれいむ達を見つめる男がいた。

何となく、遊んでくれそうな気がした。



「「ゆっくりしていってね!!!」」
「ん、ゆっくりしていってね」

れいむは黒い帽子の子と一緒にその男の下へと駆け寄って挨拶した。
人間さん、この男の人はれいむ達が跳ね寄ってくるのをずっと見つめていた。
挨拶されると男は口の端を吊り上げ、それから挨拶を返してくれた。

「ゆっくりしていってね!!」

交互にぴょんぴょんと垂直に跳ねながら男に呼びかける。

ゆっくりしてる?
良かったら一緒にゆっくりしようね。

そんなれいむ達の心を読んだのか男は立ち上がり小屋の戸を開いた。
小屋は男のおうちだったのだ。

「さあ入りなよ。中はゆっくり出来るよ」
「ゆっくりしていってね!!!」

男の後に続いてれいむ達は男のおうちに入っていく。
人間さんと一緒にゆっくり出来ると喜んで入っていく。

人間さんのおうちは広かった。
地面、つまり床は平らで硬いけどつるつるで綺麗だった。
他にも気になる物がたくさん置いてある。
人間さん、すごい。
れいむは目をキラキラさせて部屋を見渡す。

「ほら、こっちだよ」
「ゆっくりしていってね!!!」

男は手招きしてれいむ達を奥の部屋へと誘う。
黒い帽子の子は元気良くその部屋へと跳ねた。
れいむも置いていかれたくないと後に続く。

れいむが部屋に入ったところで襖がぴしゃりと閉められた。
人間の家の事を知らないれいむからすれば、壁じゃなかった場所が急に壁になったように感じた。
理解できないその現象に驚いたが、人間さんはすごいと考えると全部納得できた。



「「ゆっくりしていってね!!!」」
「そうだな。うん、ゆっくりしような。
 久しぶりに…へへ、ゆっくり出来る」

男は心底嬉しそうにニヤけていた。
濁った瞳でれいむ達を見下ろし、下卑た笑顔を浮かべている。
普通の人間であれば気色悪いこの笑みに不安や恐怖を覚えるだろう。
だがれいむ達はゆっくり。悪意には鈍感だった。
だから男が笑えば笑みの種類のよらず善意に受け取った。

それにようやく一緒にゆっくりしてくれる人間さんと出会えたのだ。
自分の望みが適うということはやはり嬉しいものだ。
何度も「ゆっくりしていってね」と鳴きながら男の周りを跳ね回る。

黒い帽子の子も嬉しそうで、男の足に体を擦り付けてすらいた。
れいむもやりたいと男の足に近づいたそのとき、黒い帽子の子が宙を飛んだ。

「ゆっぐ!!?」

宙に浮いていたのはほんの一瞬。
すぐに壁へと叩きつけられていた。

れいむは壁から落ちるお友達と男の振り上がった脚を交互に見やる。
どう考えても黒い帽子の子が男に蹴られたとしか思えない。
でも何で?

「ゆっくりしていってね!!」

れいむは不安げな顔で男を見上げ、そう叫んだ。
良く分からないけどゆっくりして欲しい。
そんな意味を込めて叫ぶ。

だがそんなれいむに返ってきたのはお友達と同じ蹴りだった。
男の脛がれいむの柔らかい顔に減り込む。
そして痛みを感じるよりも前に後頭部に平たい壁がぶつかっていた。
それから重力に引っ張られて落ち、黒い帽子の子の傍に体を沈めた。

「ゆ、ゆっくりしていってね」

黒い帽子の子が苦しそうな声でれいむに呼びかける。
れいむは返事をしようにも出来なかった。
全身に感じる鈍い苦しみ。
蹴られた顔面と壁にぶつかった後頭部への鋭い痛み。
苦痛で声が出せなかった。

「ゆっくりしていってね…!」
「ゆ、ゆっぐり、じで、いっでね」

二度目の呼びかけには何とか答えられた。
お互いに身を摺り寄せ、突然の暴力に怯えた。

ズシ

男の足音が聞こえた。
近づいてくる。
れいむ達は震え上がった。
怖くて男を見ることが出来ない。

「一回蹴っただけなのになぁ。
 その怯え方たまんねぇ」

ズシ

また一歩。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってねぇぇ!!」

れいむ達は大粒の涙を流しながら壁に体を押し付ける。
もちろん男との距離が開くわけも無い。

ズシ

重い足音がまた響くとれいむ達はそれぞれ逆方向に這って逃げた。
この男が怖かった。
何故暴力を振るわれるのか分からない事がまた怖かった。
悪い事をした覚えは無い。
人間さんはれいむ達の挨拶に笑顔で返してくれた。

なのにどうして。

「ゆ、ゆっくりしていってね!!」

れいむは振り返ってもう一度男に向かってそう鳴いた。
ゆっくりして欲しい。
人間さんはゆっくり出来るんだってまだ信じていたから。

男がれいむと視線を合わせた。
その顔は笑っていた。
笑顔はゆっくりしているときの顔だ。

「ゆっくりしてるとも。
 俺はね。お前らを虐めるとゆっくり出来るんだよ」

男は確かにゆっくり出来ていた。
だがそのためにはれいむ達が犠牲となる。

れいむはゆっくり。
ゆっくりを好み、不特定多数の相手をゆっくりさせようとする妖精。

でも…そのために自分が痛くて苦しいのは嫌だった。怖い。
自身がゆっくりするために自分達を傷つけるこの男が怖かった。

「お前らの鳴き声、泣き顔、無力っぷりがたまんねぇんだよ。
 興奮する。興奮するんだよ」

男は息を荒くして叫びながら右手を掲げた。
れいむはその手に握られた物を見て顔を真っ青にして硬直した。

「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってねぇぇぇ!!!」

黒い帽子の子が捕まっていた。
帽子は床に落ちたのか被ってない。
金髪のお友達が男の手に握られ、イヤイヤと体を捩って泣き叫んでいた。

「まずはお前。
 ふへへ、何してやろうかなぁ~」
「ゆっくりしていってね! ゆっぐ…!! ……!!」

金髪の子が床に押し付けられた。
硬い床と男の右手に挟まれ、その柔らかい体が楕円形に潰れてしまっている。
れいむからは金髪の子の涙を流す大きな瞳が2つだけ見えた。
とても苦しそうだった。

「ゆっくりしていってね! ゆっくりしていってね!!」

止めてあげてとれいむは涙をボロボロ流しながら訴える。
だが男は聞く耳を持たなかった。
れいむには見向きもせず、笑みを浮かべたままどこからともなく大きな金属の針を取り出した。
その針を逆手に持ち、さらに金髪の子を仰向けに寝かせた。
金髪の子の涙でぐしゃぐしゃの瞳に男のニヤケ面と鋭い針が映る。

「ほら行くよ~まりさちゃん」

金髪の子は目を見開いて小刻みに震えた。
これから自分がどうされるのか何となく察したのだろう。
れいむもこれから起きるだろう惨劇に怯えて後ずさる。
金髪の子を助けようなど、そんな精神的余裕は無い。

金髪の子が体を横に捩らせてれいむを見つめた。
その恐怖に染まった瞳は「たすけて」と訴えかけていた。
それでもれいむは動けなかった。
金髪のお友達をじっと見つめるしか出来なかった。

れいむはお友達を助けられない。
男は無情にも腕を振り下ろす。
お友達の両目が一本の長い針で右から左に貫かれる。

「ーーっ!!!!
 ゆっぐりじでいってね!!
 ゆっぐりじでいっでね!!
 ゆっくりしでいっでね!!!」

横向きのお友達に突き刺さった針は床まで貫き、お友達を磔にした。
金髪の子は甲高く悲痛な叫びを上げ続ける。
針の貫通した両目にはミミズ腫れのような亀裂が走り、涙とは別の液が迸る。
この痛みの原因から逃げようともがいているが横向きでは底部が床に触れず動けない。
それに体を揺らしても金髪の子を貫いた針は床に深々と突き刺さって抜けやしない。
それどころか逃げようと動けば動くほど体の内部から気の遠くなりそうな痛みが襲ってくる。

痛みに反応して体が動く。
すると強烈な痛みが走る。
するとまた体が反射的に動く。

いつしか金髪の子は逃げるためではなく、痛みの反射のせいで意思とは関係なくもがいていた。

「必死に逃げようとして可愛いなぁ。
 そんなまりさちゃんにはご褒美だ」

男は針を引き抜く。
ようやく終わったのかと思ったれいむだったがその期待はすぐに裏切られる。

ザシュ
「ゆっぐ」

ザシュ
「じでっ」

ザシュ
「いって」

ザシュ
「ぬ"ぇっ」

何度も何度も男は針を突き刺す。
後頭部、頬、顎の下。
さらには金髪の子を転がして頭頂部、底部、口の中と突き刺していく。

「あはははっ
 お前らは最高の玩具だ!
 わざわざ来てくれるなんて俺は幸運だぁっ!」
「ゆぐ」
ざしゅ
「り"……」

れいむは穴だらけになっていくお友達を見ているだけしか出来なかった。
いや、途中からは見ていられず目を反らしていた。
恐怖で麻痺した頭は逃げることも思いつかず、男を制止しようという勇気も沸かない。
ただこの恐ろしい時間が終わるのを待つしかなかった。


「まりさちゃ~ん、君のお目々が潰れちゃったよぉ?」

「足もぐちゃぐちゃでもう歩けないねぇ」

「髪の毛が大分抜けちゃったね。
 中途半端なハゲが気持ち悪くてゆっくり出来ないね」

「君の口の中、ボロボロだ。
 もう喋れないね」

「あ、もしかして死んじゃった?
 久しぶりだから力加減間違えちゃったよ」

その言葉にれいむはバッと顔を上げた。
金髪の子を探したが"金髪の子"はどこにもいなかった。
もう金髪は抜け落ち、残った髪も茶色に塗れていた。
目も無い口も無い。
どにかく穴だらけでその判別が出来ない。
何も知らずに見れば仲間であることすら分からないだろう。

「ゆっくり、していってね。
 ゆっくりしていってね!!!」

れいむは泣きながらお友達に呼びかける。
しかしれいむの声に答えるものはいなかった。
お友達はピクリとも動かなかった。

「ゆっくりしていってね!!
 ゆっくりしていってね!!!
 ゆっくり、していって、ねぇぇぇぇ!!!」

れいむは泣いた。
お友達がゆっくり出来なくなった悲しみ。
助けようともしなかった情けない自分への悔しさ。
そして、

「次はれいむちゃんの番だぞぉ。
 えっへっへ、お前は長く長~く遊んであげるからね」
「ゆっぐりじでいってね!!」

この男への恐怖。
今までに感じることの無かった大きな負の感情。
免疫の無いれいむに出来るのは泣くことだけだった。
男がれいむに近づいてきても逃げもせず泣き喚くだけ。

それで男が心変わりするわけもない。
助けが来るわけもない。

れいむは男に捕まえられた。

「どうやって虐めちゃおうかな~」
「ゆっくりしていってね!! ゆっくりしていってね!!」

れいむは男に掴まれた状態でガタガタ震えていた。
自分もお友達のようにされてしまう。
そう考えると怖くて気が狂いそうだった。

「そうだなぁ。ぽいっちょ」
「ゆっぐ!?」

れいむは投げ飛ばされ、ビターンと硬い床に叩きつけられた。
意識がぐらぐらする。

「ほぅら、逃げろ逃げろー」
「ゆっぐりじでっ! っで!」

男は立ち上がり、れいむを爪先で蹴ってくる。
逃げろ逃げろと言いながられいむを蹴ってくる。
れいむは逃げた。
男に背を向けて、軋む体に鞭打って必死に跳ねる。

「あはぁ、そうだよぉ。
 逃げないと痛いもんね。ほれほれ」
「ゆっぐり、じでいってね! ゆっくりしでいって、ね!!
 ゆっぐぅぅっ!!」

しかし男は簡単にれいむに追いついて背中を蹴ってくる。
蹴り飛ばされたれいむは地面に突っ伏すが、男がまた蹴りに来るのですぐに起き上がって逃げる。
男はわざとゆっくり追い掛けて逃げるれいむの姿を楽しんでいた。
れいむは少しでも痛いのを避けようとフラフラの足取りで逃げ回る。

そうして逃げ回っているうちにれいむは追い詰められた。
目の前には壁。右も左も壁。
そこは部屋の四隅の一角だった。

「おいおい、そっちは行き止まりだぞ?
 追いついちゃうぞー?」
「ゆっくりじでいっで、ね"っ!?!?」

部屋の隅に追い詰められ、恐る恐る振り返るとその顔面に爪先がめり込んだ。
れいむは蹴りの勢いで壁にぶつかり、そこから跳ね返ると男の足元へ転がっていく。
するとまた蹴り飛ばされ、壁に弾かれてまた蹴られる。

「ひへへ、蹴っても蹴っても戻ってくらぁ!
 こいつは楽しいなぁ、おらおらー!!」

痛い。
苦しい。
気持ちが悪い。
ゆっくり出来ない。

れいむの小さな体には男の足は大きすぎる。
一蹴りされる度に中身が潰れて崩れてしまいそうだった。
そんな痛みが何度も何度も繰り返された。




「ゆっくり、じで……いっで……」
「ふぅ」

どれだけ蹴られたのだろうか。
男はさっきから部屋の中央で何かを準備していた。

部屋の隅には力なく床に縮こまったれいむがいた。
顔は所々腫れて原形を残していなかった。
途中で耐え切れずに吐いた中身が辺りに撒き散らされていた。
飾りだってボロボロに千切れてた。

靄のかかった意識の中、れいむは何でこんな事になったのか考えていた。

今まで平和な草原で幸せに暮らしてきた。
ゆっくりした物に囲まれてゆっくり出来ていた。
仲間を見つけてはお友達になり一緒に遊んだ。
人間さんに遊んでもらった。
今日も黒い帽子の子とお友達になって、その後人間さんと遊ぼうとして。
遊ぼうとしたのに。

お友達は殺された。
そしてれいむも…

「よーし、れいむちゃん。
 お食事にしようか。
 今日のご飯はれいむちゃんとまりさちゃんを混ぜて作る特別製だぞー」

れいむもこれから殺される。
不思議と嫌じゃなかった。
この苦しみが続くことを思えば死んだほうがゆっくり出来るから。

男に頭を掴まれて持ち上げられる。
傍には水の入った鍋が火にくべられていた。

「まりさちゃんを鍋に投入~。
 次はれいむちゃんだよ。最後に言い残すことはあるかい?」

れいむは最後に男の顔を見上げた。
潰れかけた瞳でぼやけていたが確かに男の顔を見た。
上手く動かない口を最後の力で動かして、男に伝える。
もうこんな事をしないで。
そんな気持ちを込めて。

「ゆっくりしていってね」

それがれいむの最後の言葉になった。










れいむ達は言ってしまえば運が悪かった。
偶然声をかけた人間が、たまたま理由もなくゆっくりを虐め殺すような人間だった。
そんな人間に会いさえしなければ今頃れいむはゆっくり出来ていただろう。

れいむは何でこうなったのか何度も自身に問いかけていた。
答えらしい答えは思い付かなかったがそれは当然だ。
ただ運が悪かった。
それだけだったのだから。














by 赤福

最近似た感じの作品ばっか書いてる気が…
試しにゆっくりの語彙を極端に減らしてみたらごらんの有様ですよ。

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最終更新:2022年05月21日 21:51