『ゆっくりお花見しようよ』








時は春。
森は桜色に染まり、風に花びらが舞う季節。
そんな美しい森の中、一組の家族が桜の木の下でゆっくりと過ごしていた。

「ゆゆぅ~、さくらさんゆっくりしてるねぇ」

ひらひらと舞う桜に見惚れているのはお母さんれいむ。
いつも笑顔を忘れずに娘を見守る優しいお母さんだ。

「そうだね! ひっこしてきてせいかいだったね!」

母れいむに頬を擦り寄せてきたのはお母さんまりさ。
かつては各地を旅したことがあるだけに、経験豊富で頼れるお母さんだ。

「ゆっくちー!」
「おねーしゃんまってよー!」

「まっちぇね! おはなしゃんゆっくちまってね!!」
「ゅー! さくらさんゆっくちしていっちぇね!!」

「おかーしゃん! みてみて! さくらさんつかまえちゃよ!!」
「むーちゃ、むーちゃ、しあわしぇ~♪」

お母さんゆっくり達の周りで遊んでいるのは6匹の赤ちゃんゆっくりだ、
三日前に生まれたばかりの母れいむと母まりさの愛の結晶。
この桜の咲き乱れる森に二匹が引っ越してすぐに作った愛らしい娘達だ。
赤ちゃんれいむと赤ちゃんまりさが3匹ずつ。
みんな地面に舞い降りる桜の花びらを追い掛けて遊んでいた。

「みんなゆっくりしてるね!!」

れいむは幸せだった。

暖かな春の陽気。
花々の甘い香り。
見るだけでゆっくり出来る無数の綺麗な花弁。
そして…

「おかーしゃん!」
「ゆ? どうしたのおちびちゃん」
「はなびらしゃんだよ!」
「おかーさんにもあげりゅね!!」
「ゆっくちたべていっちぇね!!」

小さくて可愛い赤ちゃん達がいる。
隣にはゆっくり出来る伴侶のまりさもいる。

「ゆふふ、ゆっくりありがとね!
 でもあんまりたべちゃだめだよ」
「ゅー?」
「さくらさんはね。
 ながめてゆっくりするものだよ」
「ゅゅゅ?」

母れいむはいつか分かるよとだけ言うと、
赤ちゃんゆっくりに頬を摺り寄せて桜の木を見上げる。
れいむは幸せだった。
暖かな家族がいることが何よりの幸せだ。





「きょうはみんなでおさんぽいこうね!!」

お日様が頭の上に昇る頃まりさがそう提案した。

「おさんぽ?」
「それってゆっくりできゆの??」

赤ちゃんは始めて聞く言葉に体を傾けて頭上に「?」を浮かべる。

「ゆっくりできるよ!
 おさんぽはね、みんなでいっしょにあるくことだよ」
「ゆゆ! ゆっくちしてそう!!」
「れいみゅもおさんぽしたい!」
「まりしゃも、まりしゃも~!!」

赤ちゃん達はお散歩がゆっくり出来ると聞いて嬉しそうに飛び跳ねる。
まりさは満足そうな笑みを浮かべるとゆっくりと跳ね始める。

「おかーさんにゆっくりついてきてね!」
「ゆっくりついていくよ!!」
「まってねおかーしゃん!」

赤ちゃん達はまりさに付いて跳ねていく。
しかし何匹かはれいむに振り向くと、

「おかーしゃんはいかにゃいの??」
「いっしょにゆっくちいこうよ!!」
「だいじょうぶだよ。
 れいむはみんなのうしろをはねるからまりさおかーさんについていってね」

親二匹がいる場合のお散歩は片方が赤ちゃんの先導を行い、
もう片方が赤ちゃんを後ろから見守るのがスタンダードなフォーメーションだ。
母れいむも母まりさもそのようにお散歩に連れて行って貰っていた。



「ゆっくち、ゆっくち」

まりさに赤ちゃんゆっくり達が付いていく。
赤ちゃんの進む速度は遅いのでまりさは付いてこれるようにゆっくりと進んでいく。
数歩進むごとに振り返って赤ちゃんが疲れてないか顔色をチェックしている。

「ゅゅ! あれなーに? ゆっくりしてそう!!」
「ゆ、だめだよ。まりさおかーさんについていこうね」
「ゆっくちりかいしたよ!」

赤ちゃんが変な方向に進まないようにチェックするのがれいむの役目だ。
産まれたばかりの赤ちゃんは好奇心旺盛で常に目を向けていないと見失ってしまうこともある。
だから道草を食おうものなら注意をするし、それでも行きたいと言うなら目的地を変えるだけだ。




「ゆ?」

30分ほどかけて約50m進んだ所でまりさが何かを見つけたようだ。
少し遅れて赤ちゃん達がまりさに追いついて「ゆぅ、ちゅかれたよ」と息を整える。
赤ちゃん達に休憩させたかったのかなとれいむは思った。
でもまりさは遠くを眺めていた。

「どうしたのまりさ?」

れいむもまりさの横に並び、まりさの視線の先に目を向ける。
その先にはたくさんの桜。でも桜なら周りにいくらでもある。
しかしれいむが注目したのはその根元。
複数人の人間が楽しそうに騒いでいた。
何かを食べて飲んで大声で笑い合っている。

「にんげんさんがいるね」
「そうだね。たのしそう。ゆっくりしてるね」

れいむは人間を見るのは初めてだった。
対してまりさは何度か話したことがあると言う。
ちなみに話したといっても挨拶を交わした程度だったりするのだが、
挨拶の返事を貰えたのでまりさは人間がゆっくりしていると認識していた。

「ゅゅ? ゆっくち?」
「ゆー、まりしゃもゆっくちしちゃい!」
「それじゃあいっしょにゆっくりしにいこうね!!」

だからこそまりさは何の迷いもなくそう言い放った。
赤ちゃん達が自分もゆっくりしたいと主張するのも一因だ。
でも何よりもまず、まりさ自身もあの楽しげな宴に混ざりたかったのだ。

「いいよねれいむ?
 にんげんさんといっしょにゆっくりしようよ!!」
「ゆ、そうだね!
 いっしょにゆっくりしてこようね!!」

そしてれいむもまた同じ気持ちだった。
いや多少の不安はあった。
でもれいむはまりさの信じる人間を信じることにした。

そうだよね。
人間さんはゆっくり出来るんだよね…と。





れいむとまりさは赤ちゃんを連れて人間さん達の集まる桜の下へと跳ねていく。
近づくほどの人間さんの声が明瞭に聞こえてくる。
それに加えて美味しそうなご飯の匂いも漂ってくる。

「ゅ! おいちそうなにおい!」
「おかーしゃん、れいみゅおなかしゅいたー!」
「にんげんさんとなかよくなってごはんもらおうね!」
「ゆー! にんげんさんとおともだちになりゅよ!」
「ゆーん! たのしみー!!」

近づけば近づくほどに楽しみな気持ちが増してくる。
一緒にゆっくり遊びたいな。
美味しそうなご飯をちょっとだけでも分けて欲しいな。

そんな期待を膨らませて人間さんへの下へとたどり着いた。

「にんげんさん、にんげんさん!」
「まりさたちもまぜてね!!」
「いっちょにゆっくりちていってね!!」

れいむとまりさが両端に、その間に赤ちゃん達が並んで人間さんに声をかける。
声をかけられて人間さん達は一人、また一人とれいむ達の方向へ振り向く。
数秒の静寂の後にようやく返事をくれた。

「あん? …なんだ、ゆっくりかよ」
「この辺りで見るなんて珍しいな」
「混ぜてね、だってさ」
「食べ物に釣られて出て来たんだろうよ」

人間さん達は4人いた。
近くで見るとまりさから聞いて想像していたよりも大きかった。
ちょっと怖かった。
それにあまり歓迎されてないように感じた。
しかしまりさはそう感じていないらしく、笑顔のまま次の言葉を続ける。

「まりさたちといっしょにゆっくりしようね!!
 かわいいあかちゃんともあそんであげてね!!」
「いっしょにあしょぼーね!!」
「おにいちゃんいっしょにゆっくちしよーよ!!」
「おなかしゅいたよ! ゅー、あれたべちゃい!!」

さらには赤ちゃん達が人間の傍まで跳ねていく。
れいむは反射的に赤ちゃんを呼び止めようと考えたがやめた。
人間さんはゆっくり出来るらしいし、楽しそうな赤ちゃん達を止めるのも気が引けた。

「なあ、どうするよ」
「あー…まあちょうど甘味も欲しかったしちょうど良いんじゃね?」

一人の男が赤ちゃんれいむを摘み上げた。
れいむはぎょっとして流石に止めさせようとしたが、

「ゅー! おしょらをとんでるみちゃい!!」

結局また止めた。
何故なら赤ちゃんの楽しそうな声が聞こえたから。
れいむはほっと息をつく。安心したのだ。

(なんだ。にんげんさんはあそんでくれてるんだね。
 うたがっちゃってごめんね、にんげんさん)

れいむの目線から摘み上げられた赤ちゃんはよく見えないが声はよく聞こえる。

「しゅごいしゅご~い!
 とおくがみえるよ!! ゆっくちー!!」

「ゅー! いいな! まりしゃもそれやりたい!!」
「れいみゅも!! つぎはれいみゅにやらせちぇ!!」
「じゅるいよー! まりしゃもやりたいよー!」

赤ちゃん達はぴょんぴょんと赤ちゃんれいむを摘む男を見上げて飛び跳ねる。

「ゆゆ、おちびちゃん。
 ほかのにんげんさんにおねがいしようね!」
「おかーさんもいっしょにたのんであげるからね。
 ね、にんげんさん。ほかのおちびちゃんともあそんであげてね!」

「ははははっ」
「ゆ?」

と、突然男が笑い出した。

「くくっ、馬鹿かよ」
「遊んでね、だってさ。ぷぷっ」
「ほんと、ゆっくりしてるなこいつら。ゆっくりしすぎだ」

「そうでしょ! れいむたちゆっくりしてるよ!!」
「でもにんげんさんもゆっくりしてるね!!」

なんとなく悪口言われたかなと思ったけどゆっくりしてると褒められて嬉しかった。
それはまりさも同じようで、えっへんとお腹を張っていた。

「ま、恨むなら警戒心の無さを恨めよ。
 あーんっと」

赤ちゃんれいむを摘んで男の手が動く。
その先の赤ちゃんれいむが向かうのは男の顔、いや口。

「ゅー? びぎゅっ!?」

不思議そうな赤ちゃんれいむの声。
その後すぐに聞こえた甲高く不快な音。

「ゆ?」

何の音?
どこから聞こえた音?

「ゆ? ゆゆー?」

辺りを軽く見回すけど変わった所は無い。
もう一回赤ちゃんれいむを摘んだ男を見上げる。
そこにも変わった所は無い。
え? 本当に、無い?

「ゆ? ゆゆゆ?」

違う。
さっきとは違う。
男の手は何も摘んでいなかった。
れいむの可愛いおちびちゃんがいたはずなのに。
赤ちゃんれいむの姿は見当たらず、代わりに男の口が膨らんでもごもご動いていた。


うそでしょ


「れいむのおちびちゃんは? ねえ、おちびちゃんは? ねぇ、どこ? どこなの…?」
「おにーさん? そ、そんなあそびゆっくりできないよ。
 まちがってあかちゃんたべちゃうかもしれないよ?」

まりさは遊びと言った。
でもれいむは、いやまりさも気付いている。
可愛い可愛い赤ちゃんれいむは食べられた。
ゆっくり出来るはずの人間さんに食べられた。

「ふー、旨い。
 この大きさのが一番好みの味だわ」
「おー、俺も俺も。
 柔らかさと甘さが絶妙なんだよなぁ。
 さらに言えばこいつらの髪の毛が溶けてく食感がまた絶妙」

その隣の男は赤ちゃんまりさを持ち上げる。

「ゆ! まりしゃとゆっくちあそんでね!!」

今まで男達に相手にされず涙目だった赤ちゃんまりさの表情がぱぁっと輝いた。
なにしてあそんでもらえるかな、そんな期待を胸に赤ちゃんまりさも男の口元へと運ばれていく。

「やめてぇぇぇぇ!! まりさをかえしてぇぇぇ!!」
「ゆっくりできないよぉぉ!! やめてあげてぇぇ!!!」

れいむとまりさは同時に叫んだ。
このままではまた食べられてしまう。
これ以上可愛い娘を食べられたくない。
その一心でやめてと叫ぶ。

でも手遅れだった。
叫んだときにはもうすでに、赤ちゃんまりさは男の歯の間。

「ゅゅ、こっちはゆっくちできにゃぎびゅびゅっ」

不快な音。
小さく甲高い断末魔。

「あ、ああ…ぁぁぁああああっ!!!」
「ひどいよ…ゆっくりできないよぉぉ!!!」

滝のような涙を流し、人間達に向かって泣き叫ぶ。
何でこんなことするのか分からない。
こんな可愛い赤ちゃん達なのに。
一緒にゆっくりしたかっただけなのに。

でももう分かった。
人間さんはゆっくり出来ない。
れみりゃと同じでれいむ達を食べる怖い存在なんだ。
そういう考えに至ったれいむとまりさがやる事は一つだった。

「おちびちゃん! こっちきてね!!」
「にんげんさんゆっくりできないよ!
 だからゆっくりしないですぐにきてね!!」

おちびちゃんを自分の下へと呼び寄せる。
とにかく早く人間さんから離れないと危ない。
だがおちびちゃんは言うことを聞かなかった。

「ゆー? なにいっちぇるの?
 つぎはれいみゅのばんなんだよ。そのあとにしちぇね!」
「まりしゃもにんげんさんとあしょんでもらうんだよ!」

そう、姉妹が食べられたことに全く気付いてなかったのだ。
何で母親がそんな事を言ったのか分かっていない。
なので聞く耳を持たない。

「おにーちゃん、ゆっくちあしょんでね!!」
「ゅー! ゆっくちしないでまりしゃとあしょんでー!!」

捕食者に向かって笑顔で遊んでとせがみ続ける。
泣いているれいむとまりさに対しても「どうちてないてるの?」程度のものだ。

「いいからはやくきてね!! ゆっくりしちゃだめえええ!!」
「おかーさんのいうこときいてね!! たべられちゃうよ!!!」

「煩いな」
「ああ。
 邪魔されても困るし椅子にしよう」
「そりゃいいや。
 俺はこっち貰うわ」

人間が近づいてきた。
自分達を食べる人間が近付いてきた。

「こ、こないでね」

思わず後ずさりするれいむだったが赤ちゃんを見て踏み止まった。
ここで逃げたら赤ちゃんが食べられてしまう。

しかし踏み止まったのは間違いだった。
止まってしまっては椅子にしてくれと言ってるようなものだった。

「ゆぎゅ」

動きを止めたれいむは容易く男に捕まり椅子にされた。
数十kgもある男が頭上に圧し掛かってくる。
重い。痛い。苦しい。

「じゃ、俺はこっちな」
「ゆぐ」
「おまっ、ずりーぞ」
「はん、早いもの先だ」

まりさも捕まって椅子にされた。
もう赤ちゃんを助ける存在はいない。

「ゆゆっ! おかーしゃんくるしそうだよ!」
「おかーしゃんをいじめないでね!!」

でもやっと赤ちゃんも気付いてくれたみたいだ。
人間はゆっくりしてない存在だって。
これならまだ希望はある。

(だからはやくにげてね、おちびちゃん)

逃げ延びてくれるっていう希望が。

「おかーしゃんをはなしてあげちぇね!」
「それだとゆっくちできないよ!!」

「…!!」
(なにやってるの! にげてね! おちびちゃんにげて!!)

赤ちゃん達は逃げるところか人間にれいむ達を放すよう訴えかけていた。
一見勇敢にも見えるが今の状況では無謀でしかない。

(だめだよ! にげてえぇ!)

重い人間さんが乗っかって喋れない。
だから赤ちゃんに逃げるように言えない。
れいむからは赤ちゃんの姿が見えない。
だから目で逃げてと訴えることすら出来ない。

「さ、食べようぜ」
「残り4匹か。ちょうどいい数だな」
「さっきの2匹を計算に入れろよ。ずりーぞ」
「ははっ、細かいこたぁ気にするなって。
 それより早く食わないと逃げちゃうぞ」

(そうだよ! にげて! たべられちゃうよ!!)

「ゅゅ! れいみゅおこりゅよ!!」
「怒るだってさ。怖いねぇ、ははっ」
「ゅ、おしょらをとんでるみちゃい!!」

赤ちゃんれいむの声が聞こえる。
お空を飛んでるみたいと嬉しそうな声をあげている。
ということは…

「しゅごーい! とおくがすっごくみえるよ!!
 おにーちゃんありがちょー!!」

(おちびちゃん!! おちびちゃん!!!)

「ゆゆ? 次はどこにつれていっちぇくれるの?
 ゆ? ゆゆ? ゅ? びゅぐ」

(ああああああ!!!)

れいむは体が自由ならば叫び、人間さんに暴力を振るってでも赤ちゃんを助けてあげたかった。
でも人間さんはれいむには重すぎた。
僅かに膨れるぐらいしか抵抗らしい抵抗が出来ない。



「俺もいただきまーすっと」
「まりしゃとあそんでくれりゅの~?」

間延びした声は末っ子の赤ちゃんまりさだ。
他の子もそうだが、特にこの子は今の状況を理解できていないらしい。

「しっかし柔らかいなこいつは」
「ゅゅ~? ほっぺをぐにぐにちないでね」

(れいむのあかちゃんになにしてるの? やめてあげて…)

「ゆー、くしゅぐったいよぉ♪」
「うーむ、ちょっとだけゆっくりを可愛がる気持ち分かるかも知れん」
「おいおい、本気かよ」
「お前少女趣味あるもんなあ」
「ちょ、違うって。可愛いものが好きなだけなんだって」
「はいはい」
「あーもう違うんだってば。まったく…」

「おにーちゃん、ゆっくちしていっちぇね」
「おぉ…食べちゃいてぇ」
「やっぱりな」
「そ、そういう意味じゃないっての。あーもう食べる、俺は食うぞ」

「ゆ? あしょんでくれりゅの?
 ゅ?」
「レロレロレロ」
「ゆぅぅぅ、にゃんだか…きもちわりゅいよぉぉ」

(なにしてるの! れいむのあかちゃんをけがさないでぇぇぇ!!)

「レロレロレロ」
「ゆ、ゆぶ…みずさんきょわいよ。おにーちゃんだしゅげでぇぇぇ」

れいむからは見えないが、末っ子の赤ちゃんまりさはしばらく男の口内で舐め回された。
そして唾液でふやけた皮が破れた頃にようやく噛まれて死ぬことが出来た。

「ゅぶぶ…」

(おちびちゃん…ごめんね。やくたたずのおかーさんでごめんねぇぇぇ!!)



「帽子が邪魔だな」
「ゅ!? なにすりゅの!! まりしゃのおぼうしかえしてね!!」
「ゆっくりって何でこう煩いかねぇ。
 黙れば家で飼ってもいいのにな」
「どーせ家畜にするだけだろ。お前の場合はよ」
「うっせーよ」「ゆぎゅ」

今度はまりさの悲鳴が聞こえた。

「いぢゃい! ゆびぃ! だじゅげでっ! おーがーじゃっ…」

どういう食べ方をしたのか、そのまりさの悲鳴は続いてすぐ止んだ。


「ゅ!? いまのこえゆっくちできないよ!!
 なにがあっちゃの?」
「ああん? 何でも無いよ」
「ゆ、しょーなんだ! ゆっくちびっくりしたよ!!」
「ま、知ったところでどうせお前食われるし」
「ゆーん?」

(ああぁぁ…だれかたすけてね。
 だれでもいいよ。だれかたすけて、たすけて、たすけて)

「ゆびぃっ!!!」
「おぉ、甘い」
「だろ? 病み付きになるんだよな、この味」

「ゆ゛! ゆ゛! ゆ゛!」
「ひゃは、面白い声だな」
「ゆ゛! ゆ゛! ゆ゛!」

(おちびちゃん! どうしたの!?)

「そんな風に食うから変な声出るんだよ」
「ゆ! どうちたの!? まりしゃだいじょうぶ!?」
「お前は黙ってろ饅頭」
「ゅゅ? れいみゅにわるぐちいわないでね!」

もう一人の、最後のおちびちゃんの声が聞こえる。
赤ちゃんれいむだ。
でももう捕まってる?

(やぁぁ…やだよぅ。
 ゆっくりしたいよぉ)

れいむはもう絶望する他なかった。
自分もまりさも動けない。
赤ちゃんは四人食べられた。
残った二人のうち赤ちゃんまりさはもう駄目だ。
そして赤ちゃんれいむも命を握られている。

完全に詰みだった。


「ゆ゛…ゅ゛…」
「ありゃ? 何か勢い落ちてきたな」
「放っとくと死ぬぞ?
 俺的には死ぬ寸前に食うことをお勧めする」
「悪趣味な奴め。まあ旨いならいいか」
「ゅ…ぶ」

赤ちゃんまりさは一口目は顔半分を残して噛み千切られていた。
そして今、残る顔半分を食べられて死んだ。

「ま、まりしゃ…?」

最後の赤ちゃんれいむは見てしまった。
姉妹が食べられる瞬間を。
そしてやっと気付いたのだ。
自分を掴んでる存在が恐ろしい捕食者であることに。

「ゆ、ゆやあぁぁ…」
「ん? どうした?」
「た、たべにゃいで! れいみゅをたべないでぇぇぇぇ!!!」
「うん、それ無理」
「やだぁぁ!! れいみゅゆっくりするの!! はなしてね!! はなちてえぇぇ!!」

赤ちゃんれいむが必死に逃げようとしているのを感じる。
助けたい。自分はどうなっても良いからおちびちゃんを助けてあげたい。

(どいてね! にんげんさんどいて!!
 どいてよぉぉぉぉぉ!!!)

しかし魂を賭けたぷくーっは自分に乗った男を僅かに押し上げるだけだった。
れいむはこれほどまでに自分の無力を呪ったことは無かった。
体は全く動かないのに悔し涙だけは止め処も無く流れていく。

「さて、さっさと食べて酒でも飲むかな」
「やだ! そっちはゆっくちできない!!
 れいみゅゆっくちできないのやだ! そんなのやだぁ!
 ゆっくちさせてよぉぉぉ!!!」
「あーんっと」
「おかーしゃん! どこなの!! だしゅけでぇぇ!!
 ゆんやぁぁぁぁあ!!!
 あ゛」

赤ちゃんれいむの痛ましいほどの悲鳴がピタリと止んだ。

(おちびちゃんが、おちびちゃん達が…)

れいむとまりさの愛の結晶。
おかーしゃん、おかーしゃんとよくスリスリしてきた可愛い娘たち。
いっぱい一緒にゆっくりしていくはずだったのに。
今日も良い思い出を作りに来ただけなのに。

ゆっくり出来るはずの人間さんは自分達をゆっくりさせてくれなかった。
一生ゆっくり出来なくさせた。






「さて、こいつらはどうする?」

その後すぐにれいむとまりさの上から人間は退いた。
人間に憎しみをぶつけようと思った。
でも出来なかった。
数分程度とは言え、自分より数倍重い人間が自分に乗っていたのだ。
足が痺れて跳ねようにも動けず、口も痺れて一の字から口が開けない。
出来るのは睨み付けるだけ。
涙で視界が歪んでよく見えないが憎い人間をじっと睨み付ける。

「こいつらも食うか?」
「でもこれだけ大きいと不味いぞ」
「ん~、放っておくとまたうるさくなるからなぁ。
 あ、そうだ」
「ん?」
「これ、飲ませようぜ。お礼代わりに、な」

男が取り出したのはお酒だった。
花見のために持ってきた数本ある日本酒のうちの一本だ。

「あー、まあどうせ余るだろうし別にいいか」
「そんじゃ早速」

「ゆっぐ!?」

隣にいるまりさが何かを飲まされている。
口を無理やり開けられて、お酒を流し込まれてる。
最もれいむはお酒を知らないので水を飲まされているようにしか見えないが。

「やめて、やめてあげてね。
 まりさにひどいこと、しないで」

痺れの治ってきた口で何とかそれだけ人間に伝える。
だが人間は聴く耳一つ持っていなかった。

「とと、これ以上は流石に勿体無いな。もう一匹いるし」
「ゆっくり、こないで…もうやめて」
「ほら、美味しいお酒だぞ~っと」
「ゆぐっ」

れいむも口を無理やり開かれてお酒を流し込まれた。

「…!!」

辛い。痛い。
ぜんぜん美味しくない。
これ毒入ってる。

ゆっくりにとって辛味は毒。
辛口で喉が焼けるような日本酒は毒でしかなかった。

「旨くて感涙ってとこか」
「おいおい、その辺にしとけって。
 それ以上はいくらなんでも饅頭には勿体無い」
「んだな」

れいむは開放された。
同時に地面に突っ伏した。

「ゆ? ゆ…?」

頭がふわふわする。
何か細かいことがどうでも良くなる。
赤ちゃんが食べられたことはすごい悲しいしゆっくり出来ないけどそこで思考が停止してしまう。
憎い人間が目の前で再び宴を始めたけど恨みを晴らす気にならなかった。

ゆっくりは体が小さい上、消化も早いため酔うのも早い。
食べたものを餡子に変換するくせに外敵や毒など自分に都合の悪いものに対してはその消化力を発揮しない。
れいむはすでに泥酔状態だった。
きっと隣でへたり込んでいるまりさも同じ状態なのだろう。

瞼がすごく重い。








れいむが目を覚ますと人間はもういなかった。
夢だと言われれば信じてしまいそうでもあった。
意識が朦朧としている。
ねぇ、まりさ。

「ゆ? ゆ…
 ゆぅぅっ!!?」

まりさは隣にいた。
口から大量の餡子を吐き出して。
それに…まりさを這い回る大量の虫、虫、虫。
まりさは捕食されていた。

「あぁぁ…ま、まりさぁぁぁ」

れいむはまりさに擦りつくことも出来ずに立ち尽くすしかなかった。
虫に集られたまりさに触るのが怖いというだけではない。

頭が、痛かった。
今までに感じたことの無い鈍い痛みだが頭を全身を巡っている。気だるい。
それに嘔吐感がズンズンと込み上げている。
動けばその勢いで吐き出してしまいそうな気持ち悪さ。
そんなこともあって動きたくないと体が訴えかけてくる。

もしかして人間に飲まされた毒のせい?

「ゆっぐ、きもぢ、わるいよ」

気持ち悪いと意識すればするほど気持ち悪くなってきた。
まりさはこの気持ち悪さに負けて中身を吐き出して息絶えたのだろう。
れいむもこのままじゃきっと…

「ゆ゛、やだよ…ゆっぐりじだい」

「あかちゃんのぶんも、まりさのぶんも…ゆっくりするよ…」

れいむはずりずりと這ってその場から動き出す。
向かう先はおうちだ。そこに帰ればゆっくり出来る。
もしかしたらまりさや赤ちゃんもそこで待ってるかもしれない。
そしたらみんな元気に幸せな生活に戻れる。

あれ、でも赤ちゃんとまりさは…
ううん、ちがうよ。あれは夢だよ。
あんなゆっくり出来ないのは嘘っ子だよ。

今のれいむは酔いのせいで思考が曖昧で半分夢の中だ。
都合のいい展開を妄想し始めていた。
夢心地なのに気持ち悪くて嘔吐しそうな感覚。

「ゆぅっ、ゆぅっ、ゆげぇぇぇ…」

れいむは結局餡子を吐き出してしまった。
でも不思議とすっきりしている。
意識の靄は晴れないけどさっきより楽になったかも。

(そろそろおうちにつくかなぁ)

さっきから一歩進んだ場所で空を見上げ、れいむはそんな事を考えていた。
まりさの体から黒い行列が伸びる。
目的地はれいむとれいむ吐き出した餡子。

(おはなさん、ゆっくりしてるね)

体に虫の顎が突き刺さり、肌を削られてもあまり痛くない。
餡子をまた吐き出しちゃったけど何だかどうでもいい。

れいむは泥酔状態の中ゆっくりと死んでいく。
幸せな気持ちのまま捕食され、
声帯を食されて狂った音を発し、
少しずつ体を崩された。


れいむは幸せだった。
亡き娘の思い出と共に生きていく苦しみを味わうこともなく、
泥酔状態のまま幸せな妄想に浸りながら死ぬことが出来たのだから。












by 赤福


久々に最後まで書き切る気力が沸いた。

それより花見の季節ですよ。
皆さんお酒の飲みすぎには注意しましょう。焼酎うめぇ

休肝日ってなぁに? ゆっくり出来るのー?

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最終更新:2022年05月21日 21:52