プチ制裁




一日の疲れを癒すための睡眠は、俺にとっては無くてはならない儀式のようなもの。
ところが今日はそれを妨げる、不快極まりない異音が耳に入ってきた。
無視して睡眠の続きをしたかったのだが、まぶた越しにうっすらと差し込む光と止まぬ異音がそれを妨げる。
日の強さから察するに、もう一二時間もすれば朝の支度をするにふさわしい時間だろう。
予定の睡眠時間を削らざるを得ない事態になってしまったか。
だがその一時間の睡眠が、一日の活動に与える影響は計り知れない。
この一時間のために集中力を欠いて、取り返しの付かない惨事を巻き起こす可能性も十分にある。
今日一日は仕方が無いにしても、これが何度も続くかもしれないと思うとぞっとする。
今後のためにもこの不快な音を止めさせる必要がある。
眠り足りないとダダをこねる体に鞭を打って、その原因を探しにいくことにした。

草履を履いて、朝もや漂う静寂の中、一つ溶け込まない異音をたどり、家の裏手へ向かっていく。

ここは丁度寝室のある辺り。
騒音の主は未だその音を発し続けているので発見するにはありがたい。
しかし裏に回りきったところで音はすれども姿は見えず。
ここで異音の方向をしっかりと聞き分けると、家の方からかすかに聞こえる。
「・・・ゆっ・・・してい・・・て・・・」
ああこの言葉は聴き覚えがある。
俺は土下座をし、首を90度にひねって床下を覗き込む。
するとそこには「ゆっくり」と呼ばれる饅頭が鎮座していた。
「ゆっくりしていってね!」
こいつは丁度俺の寝床の真下から、この騒々しい鳴き声(?)を上げていたのだ。
「ゆ!ここはれいむのゆっくりぷれいすだよ!」
この言葉は、巣にやって来たよそ者へとかけられるお決まりの言葉だったな。
俺の家の床下はこいつのゆっくりプレイスになったということか。
しかしこいつがゆっくりしていると、俺がゆっくり出来なくなるのでご退散願おう。
「おい、そこは俺の家なんだ、ゆっくりしないで出て行ってくれ」
無駄とは思うが一応言葉をかける。これで出て行ってくれれば万々歳ということで。
「ゆゆっ!うそつかないでね!ここはれいむのおうちだよ!」
無駄でした。
確かに埃まみれ土まみれの床下に、住んでいないし住む気も無い。
空間認知能力の低い生物に、床下含めて人の家だと分かり様も無いということか。
「そこの真上が俺の家なんだ」
「ゆゆっ!そうなんだ、ゆっくりよろしくね!」
完全にお隣さん扱いになってしまった。
まあお隣さんならご近所づきあいというものを分かってもらわないと。
「きみは朝から大声を出していたね?そうすると俺が困るんだ」
「あさのゆっくりしていってね!はゆっくりできるよ!」
自己中ここに極まれり。
その挨拶が人の眠りを妨げているとは気付いていないのか?
「君が大声出す所為で私は眠れないんだ。朝は静かにしてくれないか?」
「ゆっくりできないのはゆっくりじゃないよ!ゆっくりできないおじさんのほうこそでてってね!」
人が下手に出てるとおもって調子に乗るなよ饅頭が。
仕方が無い、実力行使に出るとするか。
庭に敷いてある砂利をいくつか摘み、再び床下を覗き込む。
「またきたの?れいむがゆっくりできないよ!」
これからもっとゆっくり出来なくさせてやるんだがね。
礫をひょひょいとゆっくりにぶつける。
「ゆ!?いたいよ!やめてよね!ゆっくりできないよ!」
体が凹む位の強さでぶつけてやりたかったが、体勢が悪いのでそこまで強くは投げられないのが口惜しい。
「もうやだ!おうちかえる!」
いまさっきまでここを自分のお家と言っていたのに、おうちかえるとはこれいかに。
小刻みにぴょんぴょん飛び跳ねて、反対側から表へ出て行ってくれたようだ。
これで明日から煩わしい騒音に悩まされること無く、ぐっすりと眠れるものである。



翌日早朝
「・・・・・・・・・・!」
「…!?」
突然人の声がした事で俺は眠りを中断してしまう。
「ゆ・・・し・い・・・!」
耳を澄ましているとかすかに聞こえるこの声は、聞き覚えのある声だ。
それに人ではない。
着替えをして表に出ると、夜の間に冷やされた庭石が、草履を伝わって足の裏を冷やしてくる。
この季節、日によっては早朝はまだ肌寒い。
薄着をした事に少し後悔をしながら、寝室のある部屋側から床下を覗き込む。
「ゆっくりして…ゆっくりしていないおじさんだ!」
前科一犯の騒音饅頭だ。
「ああ、どうしてお前はそう五月蝿いんだ」
「ゆっくりできないおじさんはでていけ!」
こっちの言う事に耳を貸すつもりは無いらしい。
もういい、今度は燻り出してやる。
後で野焼きするつもりで集めておいた、選定した果樹の枝を家のそばに少し積む。
後は火をつけ煙を床下へ送り込むのだ。

ばたばたばたばた…

「…ゆんゆゆん ゆんゆんゆ~ん じゃまなおじさんでていった~♪」
のんきに歌っておりますね。
得意になっているのも今のうちだぞ。

ばたばたばたばた…

「ゆん…ゆげっ!?げほげほ…なにこれ!?」
おお、効いてる効いてる。
「ゆべっ!えぼっ!けむりさんはどっかいけ!」
煙にいぶされてもまだ居座るつもりですか。
「煙さんはどんどん来るぞ~」
「ゆ!?ゆっくりできないおじさんのしわざなの!?ゆごっ!えごっ!」
「煙が嫌ならとっとと出ていけ」
「ゆごっほ!えぼお!もうやら!おうちかえる!」
やっと出て行ったか燻製饅頭。
これに懲りて二度と来るんじゃないぞ。
それにしても燻し出しはこりごりだな。
俺にも煙のにおいが染み付いてしまった。



「ぃやぁろおおおお!ぶっころしてやらぁ!」
仏の顔も三度まで。
俺は仏じゃねえからもう駄目だ。
警告無しに実力行使で追い出してやる!
奴らの一番の弱点は良く知っているんだ。
今までの攻撃がどれだけ情が有ったものか、これでよく分かるだろうよ。
井戸へ行って水を汲んだら家の裏まで駆けて行く。
床下にいるかどうかの確認する必要は無い、柄杓の水をばっしゃばっしゃと撒いてやる。
「去ね!去ね!もう手前ら馬鹿饅頭に付き合ってられんのじゃ!」
「ゆっわああああ!?おみずがあああああ!」
家は床下に水が流れないように基礎が一段高くなってるからな、
それがゆっくりには都合良かったんだろうが、この俺がそうはさせん。
「ゆっぴゃあ!もうやだあああ!」
けっ、もう音を上げるのか。根性の無い奴め。
だが俺の怒りはこれでは収まらん。
奴が逃げるよりも先に反対側へ回りこんでやる。
「ゆ、ゆう、あんなひどいじじいはゆっくりしぬべきだよ!」
「そのじじいがここにおりますが?」
「ゆ?ゆわあああああああ!?」
「お前が先に死ね!」
本気で殺すつもりは無いので死ねと言ったが口先だけだ。
それでもゆっくりには非常にきつい一撃を食らわしてやった。
「ゆわあぁあぁあぁ!ひどいよお!どぼちてぇ?!ゆっくりしていただけなのにぃ!」
ぴょいんぴょいんと跳ねてどこかへ行ってしまった。
その独り善がりなゆっくりが、俺の逆鱗に触れたことに気がつかぬままに。
まあこれで家に来ることは無いだろう、結果オーライって奴だ。

暫くぶりに俺は充実した睡眠をとることが出来、非常に満足していた。

ある日、家の使用していない物置のほうから人の声がするので、気になって覗いてみると、
「むーしゃむーしゃ、しあわせー」
そこに居たのは一匹のゆっくりだった。
俺が覗いた時にうっかり物音を立てたためか、こいつは俺の方を向くなり言ってきた。
「ゆ!ここはれいむのゆっくりぷれいすだよ!ゆっくりできないじじいはでていけ!」
どうやら俺の顔に見覚えがあるらしい。
ということは、やっぱりこいつはあの床下のゆっくりだった。
こいつが今住んでいるところは家の敷地内だが、俺の邪魔さえしなければどうでもいいので捨て置く。
「ゆ~ん♪はやくあかちゃんつくりたいな!」
あいつも俺に邪魔されるのは嫌だろうから、これ以上は干渉しないことにしよう。


ゆっくりによって慌しい朝を三連荘で迎えさせられたが、今までにもそういうことが無かったわけではない。
それはゆっくりの所為ではなく、家で飼っている犬のポチのことだった。
時折ポチは鎖をはずして一人で勝手にお出かけしてしまうことがあった。
ポチは体躯も小さく、性格も非常に人懐っこい上に賢い。
親馬鹿かもしれないが、家のポチが人様に迷惑をかける事はまず考えられない
とはいえ何かをやらかしてからでは遅いので、探索のために早朝から駆けずり回ることがたまにあるのだ。
今日も朝ご飯をあげようとポチの所に行ったら小屋がもぬけの殻だったのである。
まあ朝食を取らずに遠くへは行かないと思うが、それが原因でやらかすことも考えられる。
餌を縁側においてから探索に出ようとしたら、垣根から見慣れたものが這いずり出てきた。
ポチである。
しかも尻を向けながら、後ずさりするように垣根の隙間を抜け出て来たのだ。
ポチの体が抜けきると、何かを引きずっているのがわかる、
これがあるから頭から出てこなかったんだな、と思うと同時に、なにを持ってきたのか心配になった。
何か人の物を盗って来たのなら只では済まないと思い、肝を冷やしながらポチの獲物を注視する。
「やべでえ…いだいよぉ…うぐっ、ぐすっ…」
すっかり弱りきった、べそを掻いているゆっくりだった。
昔、人の飼っているゆっくりにポチを会わせた時には乱暴する素振りさえ見せなかったというのに…
人の匂いがしない野良だと、犬から見れば饅頭としか思えなかったのだろう。
それにしても一体どこから…そう思った瞬間頭の中を一匹のゆっくりの姿がよぎった。
今まで散々俺の睡眠を邪魔してきた、あのゆっくりだ。

ポチはゆっくりを狩るのが楽しくてやったのではない。
俺がこのゆっくりを追い回しているのを見ていたのだろう。

俺がゆっくりのことを見つめていると、ゆっくりも俺の存在に気がつく。
「ゆわあ…ひどいよ…ひどいよおじさん…れいむはゆっくりしていただけなんだよ?」
涙目のゆっくりは弱弱しい声で俺のことを恨んでいる。
このゆっくりは俺がけしかけてやったのだと思っているのか。
確かにあの時もひどい事をしたという自覚は少しある。
しかし口で言った時に出て行ってくれたら、という言い分がある。
それに俺の邪魔をしなくなったゆっくりに、何か悪さをしてやろうと思ったことなど一度も無い。
お互いに干渉し合う事無く、それこそゆっくりとしていれば何も問題は無かった筈なのに…

ポチは獲物を仕留めた事で褒めてもらおうと、期待の眼差しを俺に向けている。
ゆっくりは酷い事をされた憎しみで、呪詛の言葉をつぶやいている。

ゆっくりの傷は相当深い。
皮はちぎられ、中身も漏れ出していて、だんだん鳴き声も小さくなっている。
もう助からない。

俺はポチを叱ることも出来ず、褒めてやることも出来なかった。
そしてゆっくりを慰めることも、助けてやることも出来ず、今は只呆然とするしかなかった。



オワリ

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最終更新:2022年08月05日 22:35