ゆっくりまりさは浅い眠りについていた。意識がぼんやりしていた。暗くて何もみえなかった。なにより動けなかった。だから他にすることがなく、眠るしかなかった。
 モザイクがかかったような意識の中でまりさは、かすかに餡子や皮に残っていた過去の記憶に思いをはせる。とても大きい空間。緑色や青色、黄色…色鮮やかな世界。そこで誰かと一緒に健やかにゆっくりしていた、そんなあいまいな思い出。

 ブーッ。
 不意に鳴り出したブザーで、ゆっくりまりさの夢の旅は突然に終わった。空間が明るくなり、音と光がゆっくりまりさを現実へと引き戻す。
 ゆっくりまりさはゆっくり1体より少々大きい程度の、狭い箱状の空間に詰められていた。餡子を殆ど抜かれて皮がたるみ、足も焼かれている。そして最も異質な点として、口とあんよにパイプが刺さっていた。
 相変わらず朦朧としている頭でゆっくりまりさは、さっきまで見ていた鮮やかな世界は幻であったことだけを理解した。

 ブーッ。
 2度目のブザーが鳴った。
 よく覚えていないが、何かが来る気がする。ゆっくりまりさは身体が本能的にその何かを待っていることを感じ、生理的行動に身を任せ、身構えた。
 しばらくすると、口に刺さっているパイプから何かが一気に流し込まれた。ズババババババババ…と汚い音を出しながら、すっぱいもの、にがいもの、あまいもの、からいもの、かたいもの、ぐちゃぐちゃなもの、あじのしないもの…様々なもののミクスチャーが口から流れ込んでくる。
 まずい。何をもってまずいとしているのかはもう覚えていないが、少なくとも「むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪」なんてフレーズの出る類のものではない。しかしゆっくりまりさはそれを拒否することはできないことをかすかな意識の中で理解していたし、そもそも動くことは叶わない。だから、苦しくても辛くても、涙を流してでも甘んじて受けるしかなかった。
 パイプからは暫くの間混合物が流れ続け、それをゆっくりまりさは余すことなく受け止めることとなった。

 パイプから注がれた混合物が身体を満たし餡子に変化されるに従い、ゆっくりまりさの思考能力はにわかに回復してきた。ゆっくりまりさはかすかに残された記憶を、はっきりした意識でもう一度掘り出しはじめる。
 ゆっくりまりさはここではないどこか、漠然というなら「外」の世界にいた。そこは青い空、緑色の広々とした場所、あでやかな色彩をもった何かが広がる、明るい世界だった。そうげんとか、はなとか、もりとか…そう呼んでいた気がする。
 そこで明るくなったら外に出て、もう覚えていないが仲間?や家族?といっしょに…いっしょに走ったり…むーしゃ、むーしゃ、しあわせー♪したり、おうたをうたったり…あと、なにかをした。とにかくゆっくりしていたはずだ。
 そうだ、赤い飾りをつけた子とはとってもゆっくりできたはずだ。あとおぼうしがとってもすてきな、自分の年下の家族もいたはずだ。会いたい。でもどこにいるんだろう?どうやって会えるんだろう?今は分からない。
 とにかく、少なくともここよりは遥かにすてきでゆっくりできる世界に、ゆっくりまりさはいた。 あるとき、自分達より遥かに大きい誰かが来た。仲間がにんげんさん?と言っていた気がする。にんげんさんは、その仲間を…ああ!その仲間を、家族を、片っ端から捕まえていた!そして自分も一緒に捕まったのだ!!
 そういえば自分が捕まる直前、誰かが守ってくれた気がする。大きくてゆっくりした身体、ゆっくりしたおぼうし…お母さんたち!そうだ、お母さんたちが自分を庇ってにんげんさんに立ち向かって…そして…ああああああ!!!!!!そうだ、お母さんはつb

 ブーッ。
 3度目のブザーが鳴ったと同時に、ゆっくりまりさはまたしても現実に戻された。…なにか、思い出せてたのに。
 正体不明のブザーに不満を抱いていると、下のほうから何か稼動音がし、あんよの部分に違和感を感じる。そうだ!これはゆっくりできないものだ!いやだ!
 …直後、身体に凄まじい苦痛が走る。足の方に刺さったパイプから、体の中の餡子が吸い出され始めたのだった。ブィーーーンという鈍い稼動音とともに、自分の身体をどんどん剥ぎ取られる痛みと、意識と記憶にモザイクをかけられる喪失感が一度に襲い掛かる。
 ゆっくりまりさは心の中で慟哭した。やめて!抜かないで!こんなにいたいのはイヤだよ!またぼんやりしたくないよ!わすれたくないよ!いたいよ!やめて!ぬかないで!まりさをとらないで!!いたいよ!あのことかあのことかおかあさんとか…おかあさん?おかあさんって?!またわすれてる!!!やだ!いたいよ!わすれたくないよ!もうやめて!!やめてやめてやめてやめてやめてやめ…

 ブーッ。
 ブザーが鳴り、吸引作業が終わった。致死量スレスレまで身体の餡子を抜かれたゆっくりまりさは、またうつろな目に戻りぼんやりとしていた。箱の中の明かりが消え、ゆっくりまりさの世界は再び暗闇の中に落ちた。



 ゆっくり加工場は、ゆっくりの「いかなるものも餡子に出来る」という能力に着目し、餡子変換プラントなるものを作り上げた。生ゴミ燃えるゴミ燃えないゴミ、その他なんでも片っ端から集めては、ゆっくりに食わせて餡子に変換してしまうという工場だ。
 ゆっくりの口とあんよにパイプをつなげて固定する。あとは口からゴミを注ぎ込み、しかるべき変換時間を置いた後に、餡子を致死量スレスレまで吸引するだけというシンプルな仕組み。これに組み込まれたゆっくりは単なる工業部品として扱われ、ひたすらゴミを食わされては餡子を抜かれ続ける。そして”使用限界”がくれば、代わりの”部品”に差し替えられ、廃棄される。
 ”部品”の供給は、変換効率や品質を改良した専用ゆっくりを開発する動きもあるようだが、もとから餡子コンバータとしての機能は十分であることから、もっぱら野良ゆっくりを捕獲することで賄われている。なにしろその辺にうんざりするほど転がっているうえ、ちょっとすり合わせればあっという間に数を増やせるので、在庫切れの心配も無い。
 かくして餡子変換プラントは抜群の稼動効率と安定性を誇り、近隣住民の甘味需要と廃棄物問題に貢献し続けているのだった。



 ゆっくりまりさは浅い眠りについていた。意識がぼんやりしていた。暗くて何もみえなかった。なにより動けなかった。だから他にすることがなく、眠るしかなかった。
 モザイクがかかったような意識の中でまりさは、かすかに餡子や皮に残っていた過去の記憶に思いをはせる。とても大きい空間。緑色や青色、黄色…色鮮やかな世界。そこで誰かと一緒に健やかにゆっくりしていた、そんなあいまいな思い出。


おわり

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最終更新:2022年05月21日 22:59