ゆっくりケロちゃんの特徴に大きな帽子が上げられる。

 通常、各ゆっくりはそれぞれ特徴的な帽子やリボンをつけているが、その中でもケロちゃんの帽子は大きく、また異形だ。ゆっくりは他の生物と比べてもかなり特徴的な生物だが、ケロちゃんはその帽子のため、さらに目立つ存在であり、人々にもかなり知れ渡っている。

 しかしケロちゃんが生まれる際、頭に帽子を被っていないのはあまり知られていなかった。




「ケロ、ケロケロ!」

 ケロちゃんが川辺を歩いている。ケロケロと鳴きながら顔は笑顔。元気いっぱいな姿を可愛いという人も多い。頭には他のケロちゃんと変わりなく、特徴的な帽子を被っていた。

「ケロケロ……ケロッ!」

 川辺を歩いているケロちゃんの目に、野花とその上に乗っているトンボの姿が映った。
 ケロちゃんの目が変わる。朝から何も食べていないケロちゃんにとって、トンボはまたとないごちそうだ。是非捕まえて食べてしまいたい。

「ケロ……ケロ……」

 鳴き声を小さくし、少しづつ近づいていくケロちゃん。早く食べたいと焦る気持ちを必死に押さえつける。
 次第に、飛びかかれば届く距離になる。

「ケロぉぉおぉおぉぉぉおっ!」

 押さえつけた気持ちを解放し、ケロちゃんはトンボに飛びかかる。
 しかしそれに気づいたトンボは、焦ることなく野花の上から飛び去り、ケロちゃんはトンボのいない野花へとダイブした。

「……! ……!」

 地面に突っ伏したまま、なかなか起き上がれないケロちゃん。
 どうにか体を起こした時には、既にトンボは遠くに逃げてしまっていた。
 ケロちゃんの目に涙が滲む。

「あーうー……」

 いくら泣いても、お腹は膨れてくれなかった。

 それからしばらく川辺にのこり、やって来るトンボを捕まえようとするが1匹も捕まえられない。
 歩く速度も普通。動きも普通。
 ただゆっくりの中でも、ケロちゃんはかなり鈍くさかった。

「あーうー!」

 日が暮れて来てもトンボ1匹捕まえられない。何か食べたいと高まってくる欲求にケロちゃんは大きく叫んだ。

 ふと、帽子の中で何かが動いた。

「あうっ!」

 瞬間、身を硬直させるケロちゃん。上を見上げるが帽子のつばしか見えない。
 帽子の中では、1本のドリルがケロちゃんの頭に刺さろうとしていた。

「あ゛ぎゃぁあ゛ぁぁぁあ゛あ゛お゛あ゛ぁっ!」

 頭に走った激痛にケロちゃんは叫び声を上げる。瞳孔と口は開き、目は血走っているが、端からは何が起こっているのかわからない。

 帽子の中からケロちゃんへ伸びたドリルは、その大きさ10センチほどを頭の中に埋め込むと、そのまま動くのを止めた。

「あ、あああぁああぁぁ……」

 軽くなった痛みに自然と声が小さくなるケロちゃん。
 ドリルは花を咲かせるように体を開き、あけた穴を広げながらケロちゃんの中身をえぐり取った。

「ぎゃあ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁあ゛っ!」

 大きさ10センチが、半径10センチに変わったドリルは、ケロちゃんの固まりをつけたまま上へと戻っていく。
 ぽっかりと大きな穴がケロちゃんの頭に開いたが、外から見ると何も変わっていないようにしか見えない。

 完全に白目を向き、ケロちゃんは痙攣しながら俯せに転がっている。

 ケロちゃんにはわかっていた。

 この帽子が攻撃してくるのは、エサが獲れない時だとわかっていた。




 次の日、ケロちゃんは草むらにいた。

「ケロケロケロ!」

 頭の傷はまだ完全に治っていない。その部分だけ水分が多く、まだ火の通っていない生菓子の生地のように色も変わっている。
 あれからまだエサを獲れていない。空腹なままのケロちゃんはしかし今日こそはと意気込んでエサを探していた。

「ケロォー!」

 朝からひたすら探していたおかげか、喜んでいるケロちゃんの目の前には芋虫が3匹ほど動いていた。
 ケロちゃんにとって芋虫はそれほど好物ではないが、お腹が空いている今、贅沢は言っていられない。早速食べようと、ケロちゃんは舌を伸ばし始めた。

「ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりー!」
「ケロ?」

 突然、後ろから声をかけられる。
 そこには草をかき分けて近づいていくゆっくり魔理沙とゆっくりれいむの姿があった。

「ケロー♪」

 思わぬ仲間の登場に喜ぶケロちゃん。ゆっくりの中でも鈍くさいケロちゃんにとって他のゆっくり達は、困っている時に助けてくれる大切な仲間だ。エサのことも忘れて近づいていく。

 近づいてくるケロちゃんを笑顔で迎え入れるゆっくり達。

 しかしその後ろで動く芋虫を見つけた途端、目の色が変わった。

「ゆっくり!」
「ゆっくりゆっくり!」
「ケ、ケロっ!?」

 向かってくるケロちゃんを放っておいて、芋虫に向かう。

「ハフ、ハフハフッ!」
「うめぇ! うめぇぇっ!」
「ケ、ケロッ! ケロッ!!」

 自分の獲ってきたエサを食べられるのに気づくと、急いでケロちゃんも引き返すが、既に芋虫はゆっくり達の腹の中に収まっていた。

「げっぷぅううぅううぅうっ……」
「いっぱいー!」
「あーうー……」

 朝からずっと探し続けた成果のなれの果てに、自然と涙が溢れ出していく。

「ゆっくりしていってね!」
「またゆっくりしに来るね!」

 泣いているケロちゃんをまるで気にせず、ゆっくり達はそのまま帰路へ就いた。
 風で草の揺れる中、ケロちゃんの泣き声だけが響き渡る。
 帽子の中で、何かが動く気配がした。

「あ゛あ゛っ!」

 叫びながら体を横に振り、抵抗するケロちゃん。しかし帽子はしっかりと頭に食いつき、まるで取れそうにない。
 帽子の中ではドリルの時のように何かが伸びてきて、ケロちゃんの頭に乗った。

「……」

 そのまま何も起きない。

「……あーうー?」

 不思議に思い、自然とケロちゃんが声を出した瞬間、乗っていた何がが動き出す。
 それは平べったく、まるで布のような感触だったが、表面の目の粗さは石や砂で出来た荒れ地のようだ。

 世間的には紙ヤスリと例えられそうなものが、ケロちゃんの頭に乗っていた。

「あ゛ががあ゛ぁぁあ゛ががぁぁあ゛あ゛っ!」

 生菓子の生地のようだった色違いの皮膚を、紙ヤスリがガリガリと削っていく。

「い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛っ!!」

 丸かったケロちゃんの頭は、ヤスリで擦られていくごとにどんどん四角く変形していく。

「……あ゛……あ゛が……う゛……っ」

 ケロちゃんの声が擦れ、まともに声が出なくなった時、ヤスリは動きを止めていた。頭はほとんど平らになり、帽子の中では大漁の削りカスが山をつくっている。

「……あ……う゛……」

 朦朧とする意識の中でケロちゃんの頭に浮かんでいたのは、先ほどエサを奪っていったゆっくり達の姿だった。




 ケロちゃんは必死だった。
 これ以上、帽子から虐待を受けたくない。でもエサは手に入らない。
 悩んだ末に、ケロちゃんは一つ、捕まえられそうなエサの存在に気がついた。

 他のゆっくりの存在である。

「……ケロ」

 他のゆっくり達を食べた事はある、だがケロちゃんは自分から捕まえようとしたことはない。せいぜい死んだばかりのゆっくりを食べている際に、ご相伴に預かったぐらいだ。

 しかし向こうはケロちゃんの事を無害とわかっているので、初めてあった時からすぐに気を許して近づいてくる。これを利用しない手はない。

 ケロちゃんはいつものように鳴きながら、他のゆっくり達を探し始めた。




「ま、まりさっ!」
「れいむ、れいむれいれれれれれれれっ!」

 ある洞穴の中で。
 ゆっくりれいむとまりさのつがいが交尾をしていた。

「すっきりー」

 上になっていたまりさが晴れやかな顔で呟く。しばらくすればれいむの体から茎が伸び、子供が生まれ、れいむの体が大きくなり、このつがい達も親子連れになるのだろう。

「……ゆっくりしていてね!」

 魔理沙はゆっくりしているれいむの姿を見守っていたが、出産後に何か食べさせてあげたいと思い、外へ出かけていった。

 ちょうど魔理沙と入れ違いになりながら、ケロちゃんは洞穴へやって来た。

「……ケロ」

 洞穴の入り口から、ケロちゃんは中の様子を探る。中にいるのがれいむ1匹だけだと確認すると、そのまま静かに洞穴へ入っていく。

「……」

 れいむはケロちゃんの存在に気づいたが、出産を間近に控えた身、声を上げることなく静かにケロちゃんを迎え入れた。

 ようやく獲物を見つけたと、れいむに近づいていくケロちゃん。しかし側まで来た時、そのれいむが出産間近だと気がついた。

「……あーうー……」

 子供を産もうとしているれいむを食べていいのか、ケロちゃんの中で葛藤が生まれる。
 無事に子供を産んで欲しい、でももうずっとご飯を食べていない……。
 れいむの目の前で「あーうー」と良いながらウロウロと動き、悩むケロちゃん。

 そんな時、帽子の中から音が聞こえた。

「ゲロッ!」

 悩んでいる暇はない、もう虐待されるのは嫌だ!
 目の前にいるれいむに思いっきり噛みついた。

「あ゛あ゛ぁあ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛ぁあ゛ぁぁぁっ!」

 思わずれいむは目を見開いた。敵じゃないと思っていたものからの攻撃に驚きと痛みの悲鳴を上げる。
 ケロちゃんは久しぶりの食事の感触に、もはや完全に理性を失い、ただひたすらに噛み砕いていく。

「ゲロ、ゲロゲロッ!!」
「や゛め゛でぇぇえ゛え゛ぇぇぇえ゛え゛ぇっ! だべな゛い゛でぇえ゛え゛え゛ぇっ!」

 前に食べた死んでいるゆっくりと比較にならないその旨さに、ケロちゃんは思わず泣きながら食べていた。

 突然、横からの衝撃に、ケロちゃんは吹き飛ばされる。

「ゲロ゛ッ!?」

 驚くも、どうにか倒れずに踏ん張る。
 慌てて振り返ると、そこには飛びかかってくる魔理沙の姿があった。

「ゆっくりしね!」
「ゲロ゛っ!!」

 ゆっくりの全体重を受けるケロちゃん。強く食い込んでいる帽子がさらに奥へと食い込んでくる。
 魔理沙の怒りはそれだけでは収まらず、帽子の上で何度も何度も飛び跳ねた。

「ゆっくりしねっ! ゆっくりしねっ! しねぇっ!」
「ゲロ゛ッ! ゲロ゛ゲロ゛ッ!」

 どんどん帽子が埋め込まれていく。このままでは体全てを帽子の中に埋め込まれてしまう。

「ゲロォォオオォオオっ!」

 身の危険を感じたケロちゃんは、魔理沙が飛び跳ねた瞬間、洞穴の入り口目指して走り始めた。

「ケロ、ケロゲロッ!」
「ゆっくり出て行ってね! 二度と来ないでね!」

 逃げていくケロちゃん。走り去っていく際にれいむの姿が映る。

「……ゆっ、ゆ゛っぐり゛……」

 れいむはぐったりと横たわり、目は虚ろになっている。このまま出産すれば、その負担で死んでしまうだろう。
 頬が欠けたチーズのように抉られ、中身のあんこが見える体。
 その体は、ケロちゃんのお腹の中に収まっている。

「……ゲロ゛ォォオオォオオォっ!」

 ケロちゃんは滝のような涙を流しながら、その場を走り去っていった。
 その日、帽子からの攻撃は来なかった。




 雨が降っていた。

「……」

 雨を口で受け止めるようにケロちゃんは横たわっている。いつからそうしていたのか、ケロちゃんにはもう覚えがない。

 れいむを食べたおかげで多少元気になったものの、その事が尾を引き、ケロちゃんは他のゆっくり達を食べられなくなっていた。

 元々の鈍くささにどんどん衰弱していく体。

 次第に動くこともままならなくなったケロちゃんは、こうして倒れたまま動かなくなっていた。

 ぽたぽたと、乾いた口に入ってくる水が気持ちいい。死にかけたケロちゃんの中で、雨の感触だけが苦痛を和らげている。

 ふと、ケロちゃんの耳に何かの音が聞こえてきた。何の音だろう。
 それは帽子の中から聞こえてくる音だったが、普段とは音が違っていたために、ケロちゃんはまるで気づけない。

 帽子から何か光るものが生えて来た。
 端から見ていれば、それは光沢のある金属製の歯だとわかる。
 その歯1本1本が、ケロちゃんの頭に突き刺さった。

「あ゛ぐっ」

 頭に走る痛みに恐怖するケロちゃん。しかし体はまるで動かない。
 ギザギザに生えた歯は全体で円を描くように回転し始め、ケロちゃんの頭を細かく削り始めた。

「あ゛がげがごがあ゛がががっっ!! あ゛ががぁがぼがっ!!」

 ケロちゃんの頭がミンチとなっていく。
 時間が進むごとに帽子は下へと降りていき、既にケロちゃんの目は帽子によって隠れていた。

 ヤスリの時とは感触の違う削られ方にケロちゃんの悲鳴はより大きくなる。既に頭の5分の1はなくなっているが、帽子で見えないケロちゃんにそれを知るすべはない。

「ゆ゛ゆっぐり゛ざぜでっ! ゆ゛っぐり゛ざぜでえ゛ぇぇえ゛ぇえ゛ぇえ゛え゛ぇっ!」

 ケロちゃんの一生分の悲鳴が響く。
 生まれてからずっと、ケロちゃんがゆっくり出来なかった原因。

 この帽子は、帽子だが帽子ではない。ちゃんとした生き物だ。

 帽子は生まれて間もなく、生きているケロちゃんに寄生する。そしてケロちゃんの体を通して栄養を手に入れ、徐々に成長していくのだ。
 ケロちゃんがエサを見つけられなければ自分にも栄養が回ってこない。ケロちゃんが必死にエサを探すようにと虐待しながら、足りない栄養を削れたケロちゃんの体で補っていく。

 そしてケロちゃんが衰弱し、エサを探せなくなれば、その体を喰らい尽くしてしまう。

 この生態を知った時、人はこの帽子の事を畜生帽と名付けた。

 ケロちゃんの大きな愛らしい目がミキサーにかけられる。涙混じりのそれは体よりもさらにミンチにしやすく、あっという間に粉々になっていく。

 ケロちゃんの口からは息が漏れているが、もはや声になっていない。

 帽子のふちが地面についた時、ケロちゃんの体はもうどこにも存在しなかった。

「……げっぷっ」

 帽子の中でゲップをすると、中から足を伸ばし歩き始める畜生帽。

 雨の中、次のケロちゃんを捜しに旅立っていった。




by 762



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最終更新:2020年09月21日 13:13