とある小さな森に、ゆっくりの群れがあった。
およそ百匹程からなる群れで、ドスもいない群れではあったが、ゆっくり達はゆっくり達なりにゆっくりとした生活を営んでいた。
満ち足りてはいないが、苦しむほど貧窮もしていない。
そんなある日、ゆっくり達を訪問した者達がいた。

「…………ゆっ?」

ゆっくり達が草花や木の実を集めたり、または皆が住む巣の近くにある広場で子ゆっくり達の子守をしていた時に群れへとやって来たその訪問者達は、人間とゆっくりであった。
ゆっくりれいむを小脇に抱えたその青年は、群れのゆっくり達の視線を集めながら何気ない顔で広場の中央へと進み出ると、よく通る声でゆっくり達に呼びかけた。

「やぁ、皆。突然お邪魔してごめんね、ちょっとボクの話を聞いてもらいたいんだ」

突然の訪問者に群れ中のゆっくり達が何事かと広場に集まってきた。
「ゆっくちできる?」「おにーさんだぁれ?」などの声を浴びながら、青年は一度群れのゆっくり達を見回すと再び口を開いた。

「まず皆に紹介するね、ボクの大切な家族の、れいむだよ」

青年は自慢しているかのような口調でそう言うと、小脇に抱えていたれいむを両手で頭上へと掲げて見せた。
その掲げられたゆっくりれいむの姿を見て、群れ中のゆっくりは息を呑んだ。

とてつもなく、美ゆっくりだったのだ。
肌はもちもちして綺麗だし、髪もつややかで枝毛も無し。健康に膨らんだ丸い体に綺麗な瞳。
絶世の美ゆっくりと称して差し支えない程の、美しいゆっくりが、そこにはいた。
まだ成体とは呼べぬ、亜成体とでも称するほどの大きさの子ゆっくりではあるが、大人びた雰囲気すらも感じさせる。

群れのゆっくり達がそう感じるのも無理はなく、またれいむがゆっくり基準で美しいのもまた事実だった。
なぜなら群れのゆっくりは野生で、れいむは人間に飼われているゆっくりなのだから。ただそれだけで、ゆっくりの美貌は断然違ってくる。
飼いゆっくりは野生のゆっくりと違って人間によって用意された栄養価の高い食事を摂れるし、体を清潔に保つことも容易。
そんなれいむが野生のゆっくりとは一線を画す美貌を持っているのは当然の事だ。

青年の手で持ち上げられたれいむは自慢げに顎を少し反らせてみた。一見生意気に見えるその行動すらも、可愛らしく、美しく見える。

「ゆっくりしていってね!」
『ゆっ、ゆっくりしていってね!』

れいむの挨拶に群れ中のゆっくりが応えた。
青年はゆっくり達の視線がれいむに注がれていることを確認すると、続けてこう言った。

「このれいむはまだ一人身でね、お嫁さんを探しているんだ。それで自分こそはっ、って子がいたら是非れいむと一緒にゆっくりして欲しいんだ」

青年のその言葉を聞き、群れ中のゆっくりがざわめいた。
未だ成体とは呼べぬ、亜成体とでも言うべき大きさの子ゆっくりであるれいむであったが、こんな美しいれいむに伴侶がいないとは信じられぬ、と。

「れいむは可愛いお嫁さんをご所望でね、〝自分こそは世界で一番の美ゆっくりだ!〟って思う子は明日、森の近くにあるボクの家にまで来て欲しいんだ。分かるよね?」

幸いにも群れのゆっくりは青年の家の事を知っていた。
森を出てすぐにある家に人間が住んでいる事は群れのゆっくり皆が知っていることだったのだ。
だが人間に近づくとゆっくり出来ないと本能的に察しているのか、はたまた自分達の世界だけで完結していたのか、青年の家に行った者は居なかったのだが。

しかしそれでも、場所は分かっている。
青年はその事を確認すると、来た時と同じ道を辿ってれいむを連れて帰っていったのだった。
















群れのゆっくりの一匹であるまりさは、れいむと同じ年の頃の、亜成体程の子ゆっくりである。
そんなまりさは、れいむを見た瞬間に体中に電撃が走ったかのような感覚を覚えた。
とてつもなく美しいゆっくりであるれいむ。これまで見たこともない程、可愛いゆっくりだった。
群れの中で一番美しいと言われるありすと初めて会った時でさえ感じなかった感情を、今まりさは感じている。

れいむと青年が去った後、周りの群れのゆっくり達は皆さっき青年が言った内容について騒いでいた。
あのれいむのお嫁さんになる──それはすなわち、人間の飼いゆっくりになるということ。
飼いゆっくりになれば、今とは違うとてつもなく快適でゆっくりした生活が送れる。

今までは、叶うはずのない夢物語だと思われていたそれが今、目の前に現実味を帯びてやってきた。
それで騒ぐなと言う方が無理というもの。群れのゆっくりは、これまで人間に近づくのを避けてきたが、だからと言って人間の生活に憧れていないわけではなかった。
だれがあの人間の飼いゆっくりになるか。群れの皆はその事で夢中であった。

しかし、まりさの頭の中にあるのはそんな事ではなかった。
皆、青年の言った言葉のインパクトで忘れかけているのかもしれない。あのれいむの美しさを。
まりさは青年とれいむが去った今でも、あのれいむの姿が餡子にこべりついて離れないでいたのだ。

「ゆゆ~、とってもきれいだったよ~……」

顔を赤くして夢見心地の瞳で、さきほどのれいむの姿を想起させるまりさ。
眼にした時間はほんの短い間で、見れたしぐさもほんの少しだし、声も一言しか聞いていない。
だが、それでも。

「ゆゆ~ん、あのれいむのおよめさん……」

まりさはあのれいむに、一目惚れしたのだった。














騒ぎが一旦落ち着いて、皆がそれぞれエサ集めに戻ったり巣に帰ったりした頃、まりさは森中を駆け回っていた。
なんのためにと聞かれればれいむのため。何をしているのかと問われれば花を集めているのだ。
まりさはあのれいむに、花束をプレゼントしようと思ったのだ。
森中を駆け回り、まりさが知っている限りの、これまでの生涯で知りえた美しい花達を集めて、この世で一番美しい花束を贈る。

「ゆっ、ゆっ、れいむよろこんでくれるかなっ」

そうして、そんなまりさの思いを精一杯込めた花束と共に、伝えるのだ。まりさの想いを。
あのれいむの姿を思い出し、自分がれいむに好きだと伝える場面を想像し、再び顔を赤くするまりさ。
慌てて顔を振るって気を取り直すと花を集めに再び跳ねだした。

親が教えてくれた白くて綺麗な花や友達に教えてもらった綺麗な赤い花を摘んでは帽子に入れていく。
どれも綺麗な花だし、とってもゆっくり出来るものだ。
だが中でもまりさは、タンポポの花が一番好きだった。

花の名前こそ知らないが、まりさはタンポポのその色が好きだった。自分の髪と同じ色の、黄色い花。
まりさはこの花を入れた花束をれいむにプレゼントする光景を妄想し、恥かしさに身を悶えさせながら、タンポポを引き抜いて、帽子へとしまった。
まりさの頭の中には既に、れいむと一緒に紡ぐ未来図が展開されていた。

「ゆふふ~、れいむよろこんでくれるかな~♪」

恋するまりさは頬を赤く染めながら、意気揚々と次の花を摘みに森を跳ねていった。













そうして夜。
夕食を食べるのも忘れて花を集めに集めたまりさは、巣へと帰ると姉妹や親に協力を頼んで髪を整え始めた。
手の無いゆっくりとって、髪の手入れは自力で全ては行なえないのだ。
明日れいむのお嫁さん候補に立候補するのだと聞いたまりさの家族たちは、協力を惜しまなかった。
家族がゆっくり出来るのかもしれないようにするのも、綺麗になるのにも、反対する理由は何もないのだから。

葉っぱや枝が髪に絡みついていないか。汚れはないか。
あったらそれを姉妹や親に取り除いてもらったり、ぺ~ろぺ~ろしてもらって綺麗にする。
入念に、入念に。これまで気にしたこともないぐらい細部に渡ってまりさは髪を綺麗に整えた。
恋する相手には少しでも良い自分を見てもいらいたいと思うのは、人間もゆっくりも同じであったのだ

「ゆゆ~ん、おちびちゃんとってもきれいだよ♪」
「ゆっくりありがとう、おかーさん!」

夜遅くまで協力してくれた家族達が寝静まった後も、まりさはまだ起きていた。
今度は自慢の帽子の手入れをしていたのだ。
巣の入り口まで行って、木々の隙間からわずかに差し込む月明かりを頼りに、帽子の汚れを落したり形を整えたり。

ちょっとした角度のずれやほんの小さな汚れまで。ほんの少しも妥協することなく、まりさは丹念に自慢の帽子を綺麗にする。
そうして満足のいくまで帽子の手入れをしてから、まりさがゆっくりと眠りについた時には既に丑三つ時であった。













翌朝、群れの誰よりも早く、まりさは目覚めた。
れいむに会える、れいむに自分の想いを伝える、れいむと結婚して一緒にゆっくりする。
そう思うといてもたってもいられなかったのだ。

まりさはまだ誰も起きていない早朝の群れを抜け出すと、湖まで行って、そこで水浴びをした。
ゆっくりは長い間水に触れると皮がぐしょぐしょになってしまい、最悪死ぬ恐れもある。
そんな危険性からか、野生のゆっくりが水浴びをすることはごくたまにである。

まりさはそんな危険も承知した上で、水浴びをしにきたのだ。水で体の汚れを少しでも落とし、綺麗な自分の姿をれいむに見せるため。

「ゆっ、ゆっ、ゆっくりきれいになるよ! れいむにふさわしいびゆっくりになるよ!」

命のボーダーラインを見極めつつ、丁寧に、丹念に体を綺麗にする。

「れいむ、まっててね! まりさといっしょにゆっくりしようね!」

一晩経った今でも、れいむのあの美しく可愛い姿はまりさの餡子の中で些かも劣化していなかった。
まりさはれいむの姿を思い出しては顔を赤くして、より一層体に磨きをかける。

髪を綺麗にし帽子を整え、体の汚れを落として。
そうして出来うるかぎり最大の、一世一代のおめかしを完了させたまりさは、帽子に昨日集めた花束を詰めて、他のゆっくり達と共に群れを後にした。





















まりさは確かにれいむに一目惚れをしたが、それは何も外見だけに惹かれただけでは無いのだった。
もちろん外見の美しさに惹かれた部分もあるにはあるが、それだけでここまでまりさはれいむに夢中にはならない。
僅かな時間に見せたれいむの何気ない仕草や動作、美しさに拍車をかけるあの声。

そして、理屈では説明出来ないような、実際に目にした者にしか分からぬ雰囲気とでも、オーラとでも呼ぶべきあの感覚。
そういったまりさが感じたれいむの全てが、まりさをあそこまで夢中にさせたのだ。
もし、この出会いを表現するのならば、運命の出会いとでも言うのだろうか。
ゆっくりに指は無いが、運命の赤い糸で結ばれたかのような。
まりさにとってれいむとは、そう表現できる程の存在であったのだ。



まりさは他の群れのゆっくり達と共に、森を出て青年の家へと辿り着いていた。
青年の家はごく普通の一軒家だ。
そんな青年の家の隣、庭と思わしき場所に柵で囲われた空間があった。

森にあった群れの皆が住む場所にあった広場よりなお広いその空間に、れいむと青年が待っていた。
あそこに行けば良いのかと説明されるまでもなく理解したゆっくり達はぞろぞろと柵の中へと入っていった。

「ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね! おにーさん、ありすをかってね!」

「ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね、おにーさん!」

柵の入り口脇に立つ青年は、柵の内部に入っていくゆっくり一匹一匹に声をかけていく。
ゆっくり達もそれに笑顔で応対する。れいむと一緒になって人間の家に住む幸福な未来図を想像して、その皮算用の喜びを抑えられないでいるのだ。

「ゆっくりしていってね」
「ゆっくりしていってね!! まりさはれいむといっしょにゆっくりするよ!」

そうしてあのおめかししたまりさが柵の中に入ったのを確認すると、青年は柵の入り口を閉じた。まりさが最後だったのだ。
柵の中に入ったゆっくり、すなわちれいむの伴侶候補に立候補したゆっくり数はおよそ二十。
まりさと同じような亜成体の子ゆっくりや独身の成体ゆっくり。そのどれもが顔に喜色を浮かばせていた。

「さて皆、よく集まったね」

柵を閉じ終えた青年はそう言いながらゆっくり達の前、柵の中を見渡せる場所へと移動していった。
そこには、あのれいむもいた。何故か透明な箱に入れられ、青年の腰程の高さの木の台に載せられていたが、そこにいたのは紛れも無く、まりさが恋したれいむだった。

「今日は昨日言ったとおり、れいむのお嫁さん探しとして、皆に集まってもらったわけだけど、思ったよりも多く集まってお兄さんはびっくりしているよ」

青年がゆっくり達に話をし始め、ゆっくり達もわくわく、と擬音が出そうな表情を隠しもせず青年の声に耳を傾け始めたが、まりさの眼に青年は映ってなかった。
まりさの眼に入っているのは、れいむだけであった。
まりさは再び目にしたれいむのその姿に、昨日よりも更に顔を赤くした。

そんなまりさの視線に気付いたのか、青年の方に視線を向けていたれいむがふとまりさの方へと顔を向けた。
絡み合う視線。瞬間、まりさは体中の餡子が沸騰するかと思った。
それぐらい、まりさはれいむに見つめられて興奮したのだ。

「れいむは可愛いお嫁さんをご所望だ。これも昨日言ったよね」

帽子はほつれていないか、髪は乱れていないか、肌は汚れていないか。
散々おめかしをしたというのに、まりさは少しでもみっともない格好は見せたくないと慌てて自分の体を見回した。
れいむはそんな慌てた様子のまりさの姿を見て、口を綻ばせた。
まりさは、そんなれいむの顔を見れただけで、とてつもない幸福感を味わい、思わず笑顔になった。

「〝自分こそは世界で一番の美ゆっくりだ!〟。そう思う子は集まって欲しい、とボクは君たちに言った。そしてそれに応えて君たちが集まってくれた」

ゆっくり達に話を続ける青年も、青年の話を聞くゆっくり達も、既にまりさの世界の外側に存在していた。
それはれいむも同様だったようで、高い位置から透明な箱の中より、じっとまりさを見つめている。
あのれいむが自分を見てくれている。それだけで天にも昇りかねない勢いであったまりさであったが、大事な事を忘れていたといそいそと帽子を外した。

「…………それはつまり、自分の美しさに自信を持っているということだよね」

まりさは外した帽子から、花束を取り出した。昨日森中をかけずりまわって集めた、まりさの努力の集大成だ。
れいむはまりさが帽子から取り出した花束を見て驚き、そし破顔した。
喜んでくれた!
まりさは餡子の芯から全身に広がる幸せを感じて、花束を口に咥えると跳ね始めた。
台の下、れいむの傍へと行ってこの花束を渡そう、と。れいむにまりさの気持ちを伝えようと。
その姿は見る者によっては、王族の姫君に求婚を望む若き貴族の子のように見えたかもしれない。

色とりどりの花によって構成された花束を咥えたまりさは────

「〝この世で一番の美ゆっくり〟……つまりはこのれいむよりも自分の方が美しいと、そう自負しているわけだな?
 なんて、不遜な連中か。どれだけ身の程知らずの恥知らずなんだ、お前たちは。貴様等のようなゴミクズはれいむに相応しくない。






 殺してしまおう」

パサリ、と花束を落とした。






「…………ゆっ?」

まりさはようやく、青年へと視線を向けた。呆然とした、その瞳を。
それはその場にいたゆっくり全てと同じ瞳だった。
集まったゆっくり達も、もちろん、れいむも。

あまりにも突飛な話題の飛躍に、理解が追いつけないでいる。
なんでれいむの伴侶探しから、ゆっくり達を殺そうなどという結果に至るのか。
その理由を、青年が言った言葉の意味を、理解の遅い餡子脳が全てを理解する時間など、青年は与えなかった。

ゆっくりにとってはほぼノーモーションで繰り出された青年の足が、青年の目の前にいたありすを踏み潰した。
それは群れの中で、一番人間との生活に憧れていたありすであった。

一瞬で潰れる体。飛散するカスタードクリーム。壊れるカチューシャ。
一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。
数瞬、何をしたのか理解したくなかった。

一秒後、ゆっくり達の声と感情が爆発した。

「ゆ゛びゃぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!! ありずがぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「どぼじでっ! どぼじでぇ!?」
「ありずっ! ありずっ、じっがりじでっ!」
「ゆ゛っ……エレエレエレ……」

突然の事態に泣き出す者、戸惑う者、死骸に縋りつく者、スプラッタ現場に餡子を吐く者。
そのどれもがゆっくりらしい行動であり、この場においては間違っていた。
今この場においては、何よりもまず逃げ出すことを最優先とするべきだったのだ。

「ゆぶっ!?」

また一匹、野生のゆっくりれいむが潰れた。二匹の仲間が立て続けに殺されてようやく、野生のゆっくり達は逃げ出すという選択肢をとった。

「いやぢゃ、いやぢゃぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
「ごないでっ、ごっぢごないでねっ!!」
「ゆっぐりじでいっでよぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!!」

しかし、それは無駄な行動だと言わざるを得ない。
何故ならこの空間は、ゆっくりには到底越えられぬ柵によって囲まれているのだから。
ゆっくり達が逃げおおせる可能性など、万に一つも無い。

仲間達が涙を振りまき、声を荒げて逃げ惑う一方で、まりさはれいむの下へと向かっていた。
一度落とした花束を再び咥えて、れいむが居る台の下へと。

「れいむっ、れいむっ!」

木の台にまで辿り着いてからぴょんぴょんとまりさは跳ねたが、まりさの跳躍力では台に乗ってれいむの傍へと行くことは出来なかった。
それでも、そのまりさの必死な様子からまりさの想いを感じたれいむは、まりさへと言葉を返した。

「まりさ、ゆっくりしていってね!」

今この状況において、それは場違いなセリフであっただろう。
しかし、まりさにとってそれは何よりも望んだ言葉であった。れいむがまりさ個人に対して向けてくれた言葉なのだ。
嬉しくない、はずがない。

まりさは目尻にじわり、と涙を浮かべた。
れいむは透明な箱に入れられて動けない。まりさは台の上には乗れない。触れ合うことは出来ない。
けれども、まりさの想いを伝えることは出来る。

まりさには他のゆっくり達の悲鳴などまるで耳に入っていなかった。
まりさの世界にはただ、れいむだけがいた。
まりさは自分の顔がまたも真っ赤になっているであろうことを自覚しながらも、花束をれいむに差し出すように持ち上げて、

「れいむっ! まりさねっ、まりさねっ! れいむのことが────」

踏み潰された。
グチャリ、と勢いよく振り下ろされた青年の足が、まりさの体を潰した。
だが僅かに狙いを外したのか、即死ではない。即死ではないが、致命傷だ。

まりさは体の右半分を原型を残さぬほどに潰されていた。まるでミンチ肉のようにグチャグチャになったまりさの姿を見て、れいむは絶句した。

「ゆ゛っ……れ゛い、む゛……」
蚊の羽音の如く小さなその声を、れいむは聞き逃さなかった。
一度は伏せた顔を、再びまりさへと向ける。まりさは、体の半分を潰されてもなお、残った口で花束を決して話さず、意識を保っていた。

「ばり、ざ……れいむ゛のごどが……」

────すきだよ。
















その言葉は永遠にれいむに届くことはなかった。
情けも無く容赦も無く。無慈悲に振り下ろされた青年の足がまりさの残った体をただの餡子塊に変えたのだ。
まりさの体を、その身に込められていた想いと共に足蹴にした青年は、残った野生のゆっくりを屠殺すべく足を動かす。
れいむは透明な箱の中、呆然とまりさだったものを見つめていた。






















全てが終わった。
柵の中の空間に残った生者は青年とれいむだけとなった。
結構な時間がかかったのか、既に最初の方に潰されたゆっくりの死骸には蟻がたかっている。

青年は最後のトドメとばかりに既に死んでいるゆっくりありすの死骸を更に細かく踏み潰すと、透明な箱かられいむを取り出した。
そして、まるで飼いゆっくりとは思えぬ扱いで乱暴にれいむを地面へと投げ捨てた。
そこはこの地獄の真っ只中。死骸と餡子が溢れる死海の中である。

顔面から落ちたれいむは痛みをこらえつつも身を上げて、

「………ゅ」

それを見た。かつて、まりさだったものを。
れいむに会うためおめかしして、れいむにプレゼントするはずだった花束を容易して、初々しい仕草でれいむに想いを伝えようとした、まりさの死骸を。
この世に残ったまりさの面影は、帽子だけだった。

「まり、ざ…………」

れいむは目の前のモノを見つめる。アリの行列が次々と巣へと運んで行っている、れいむへの想いを抱いていたモノを。
もしかしたら、友達になれたかもしれない。もしかしたら、愛し合って幸せな家庭を築いていたかもしれない。
そんな、相手を。笑顔を見た時かられいむも気になっていたまりさであった存在を。

そんな虚ろな目で世界を見る、絶望の色に染まった表情をしているれいむの頭にポン、と青年の手が置かれた。
青年はれいむの体に顔を近づけると、そっと囁いたのだった。



「これで分かっただろ? もう可愛いお嫁さんが欲しいだなんてワガママは言わないでね」








おわり

────────────────────

あとがきのようなもの

元ネタ:小説版コードギアスR2最終巻

ゆっくりのワガママを黙らせるのにトラウマを植えつける手法は有効です
少なくとも、このSSにおいては

関係ないけどベーコンごはんうめぇ


byキノコ馬

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最終更新:2022年04月16日 23:53