「ゆいしょ、ゆいしょ」
汗を垂らしながら頬を普段の倍は膨らませてゆっくりゆうかは野原を進んでいった。
その先には小さなかわいらしい花畑が広がっていた。
それを見てゆうかはニコリと笑うと思い切り口から水を噴出した。
「ゆぴゅー!」
花々はゆうかから水しぶきを浴びて気持ちよさそうに揺れた。
「おはなさん!ゆっくりしていってね!」
満面の笑みを浮かべてゆうかは花々に口付けした。
誰が見ても心が暖かくなるような幸せな光景だった。


そしてそれから一週間後、イナゴの群が通り過ぎてゆうかの小さなかわいらしい花畑は全滅した。


「……」
見る影も無い食い荒らされた花畑の跡地で
一週間前の溌剌とした笑顔は花達同様影も形も無く
ゆうかは死んだ魚のような瞳で虚空を眺めていた。
辺りの花を食べつくされて行き場を亡くした紋白蝶が、ふわふわとゆうかの周りを舞った。
「ごめんねちょうちょさん…もうおはなはないんだよ…」
俯いて、すまなそうな顔でゆうかは呻いた。

奇跡的に命だけは助かったもののイナゴの群に辺りの食べ物はすべて食い尽くされて
生き残ったゆっくり達も一か八かこのイナゴの群にやられた一帯から出て他の住処を探すか
さもなくば飢えて死ぬのを待つばかりだった。
イナゴによる被害は余りに広く、ゆっくりの足ではとてもイナゴの被害を受けなかった場所まで
食べ物も無しに行くのは難しい。
一帯のゆっくり達を絶望感が包み込んでいた。
みんながみんなこの世の終わりのような表情をしていた。

無論ゆうかもその例外ではない。
だがそんな絶望的な状況でゆうかの心を傷つけたのは
食べ物のことや死がそこまで迫っていることではなく
大好きな花がもう見られないであろうことだった。
「おはなさん…あいたいよ…」
ゆうかは力ない視線を虚空の中で泳がせながらそう呻いた。


「へえ、ゆっくりゆうかってはじめてみたよ」
そんな何も無い平原に、場違いな靴と土が擦れ合う音がしたと思うと
腕組みをした男がゆうかの後ろに立っていた。
男は物珍しそうに顎を撫でながらゆうかに尋ねた。
「君も何か畑を持っているのかい?
ゆっくりゆうかは畑を作る習性があるらしいけど」
ゆうかは怪訝に思いながらも男に対して力なく首を横に振った。
「ごめんね、ゆうかのおはなばたけはむしさんにぜんぶたべられちゃったから
おにいさんにみせてあげるおはなさんはないんだよ…」
そうして自分の育て上げた愛しい花畑を思い出してゆうかはぽろぽろと涙を流した。
「ゆう…ゆうかの…ゆうかのおはなばたけ…」
「また畑を作る気は無いのかい?」
自分の世界に入り込んで一人泣き始めたゆうかに男は問いかけた。
男の問いにゆうかは答えた。
「みんなむしさんにみんなたべられちゃって
どこにいったってたべものもおはなのたねもないのにもうむりだよ…」
ゆうかは嘆息してまた花畑の跡を悲しそうに見つめた。

「じゃあさ、僕が手伝ったらどうかな?
それでも無理?」
「ゆ?」
ゆうかはその言葉に驚いて振り返り男を見上げた。

「ゆっくりの足で無理でも僕が抱えて行けばイナゴの被害を受けなかった場所まで行くのも簡単さ
そこまで行けば君もまた花畑を作れるんじゃないかい?」
予想だにしていなかった申し出にゆうかは目を見開いた。
ゆうかにとってまさにふって湧いたようなありがたい話だった。
また花を育てることが出来るかもしれないという思いで今まで鉛の様に重くなっていた胸が高鳴る。
「い、いいの?おにいさんほんとにいいの?」
しどろもどろになりながらゆうかは男に尋ねた。
「もちろん僕も見返りは求めるよ
僕が君をイナゴの被害が無かった場所まで運ぶ代わりに
君には僕の持ってる花の種を育てて欲しいんだ

それで花の咲いた後に取れる蜜を譲って欲しい
もちろんまた次の年も花畑を作れるだけの種は君のもとに残るよう配慮する
それさえ譲ってくれれば、君が生活していけるだけの食料を譲ってあげてもいい
そうすれば君も花を育てるのに専念できるから僕としてもそのほうがありがたい

で、どうだい?頼まれてくれるかな?」

「ゆ!もちろんだよおにいさん!ゆうかもういちどおはなさんそだてられるならなんだってするよ!」
願っても見なかった素晴らしい申し出にゆうかは一も二もなく頷いた。
その顔には久しく見なかった生気が戻り興奮で赤みが差していた。

「交渉成立ってわけだね
じゃあもたもたせずにこんな何も無いところからは早く去ろうか
おにぎりでも食べるかい?」
男に抱えられたゆうかは、懐から取り出されたおにぎりを見て目を輝かせながらバクンと喰い付くと
むしゃむしゃと口を動かしてあっというまに平らげた。
それを見て男はクスクスと笑いながらゆうかと一緒に平原を歩いていった。



男がゆうかを連れて行ったのは森の奥にある開けた野原だった。
そこで男はゆうかに持っていた種を渡して言った。
「これを育てて欲しいんだ
白くて綺麗な花が春の終わりから夏の初めくらいに咲くから頑張って育ててあげてね」
男の手のひらに乗っている種をまざまざと見つめた。
そして顔を上げて子供の様に目を輝かせながら笑顔を抑えきれずに言った。
「うん!もちろんだよ!
とってもゆっくりしたおはなさんにそだてるからきたいしててね!」
それを聞いて嬉しそうに男は笑った。
「それはよかった
それじゃあとりあえず明日には当分の食料を持ってくるよ」
そう言って立ち去る男への見送りもそこそこにゆうかは興奮しながら花を育てる支度を始めた。
雑草を口に咥えてむしって行き、木の枝に下を巻きつけて咥えて土を掘り
種を植えて土をかぶせて近くの川に水を汲みに行った。
「ゆう…おはなさん、ゆうかはゆっくりまってるからゆっくりしていってね!」
もう二度と花を育てられないと思っていたのに
こんなにも早く花畑を作ることが出来てゆうかは嬉しくて嬉しくて
出来上がった畑を見回して大粒の涙を目からぽろぽろ溢した。


次の日、男は言ったとおりにゆうかの所にやってきて食べ物を置いていった。
そして食べ物がなくなりそうな時期にまた様子を見にやってくると行って森を出て行った。
ゆうかは男の言うとおりに畑仕事に専念した。
不満は何一つ無かったと言えば嘘になる。
その場所には周りに全然花の咲いていないその場所は少々ゆうかにとって寂しかった。
だがこれまでと違い他の雑事に煩わされずに何よりも好きな花を育てることに専念できるこの環境は
ゆうかにとってまるで天国のようだった。

「おにいさんありがとう!ゆっくりしていってね!
おはなさんもゆっくりそだってるよ!」
ゆうかはこの素敵な現状を与えてくれた男に心の底から感謝して
男が様子を見に来るたびにお礼を言った。
男もゆうかが真面目に花を育てていることにお礼を言った。
男とゆうかの仲がよくなるにつれて、花もすくすくと育っていくように見えた。

やがて、春の終わりが近づいた頃
ゆうかの花畑は見事な白い花々を咲かせた。
まるで子どもをあやす母親のように茎を抱く緑色のギザギザの葉
細いながら力強い伸びを見せる茎

そしてその先に咲いた美しい白い花。

中心には優しい黄緑色のめしべ
そしてその周りを囲うように先に黄色い粒をつけたおしべ達。
花びらは滑らかさはなくむしろ皺を帯びていて
薔薇のような鮮烈な美しさは無い。
だが潔癖ささえ感じさせる純白さと、ゆったりした皺を帯びた花びらが
まるで母のような優しさと落ち着きを感じさせて
ゆうかはそれをとてもゆっくりしていて美しいと感じた。

「おはなさん…また…あえたね…」
初めて男に貰った花が咲いたので、ゆうかはまるで生き別れた恋人にでも会ったかのように静かに微笑んだ。
そしてずっとずっとその白い花を見上げていた。


そのまま花畑の中でうっとりとしているといつの間にか眠ってしまっていたらしかった。
辺りを見回し、自分の目の前に花では無いまっすぐな何かが立っていることに気付く。
「ゆ、おにいさん!」
「やあ、ついに咲いたみたいだね」
男は足元のゆうかににこやかに手を振った。
「ゆう、これもみんなおにいさんのおかげだよ!
おれいをしたいからゆっくりきてね!」
ゆうかは感謝してもしきれないといった風に言うと
男のズボンの裾を咥えて花の方へと引っ張った。
「ははは、そんなに急かさないでおくれよ」
男は困ったように頭を掻きながらゆうかにされるがままに花のまん前へと連れてこられた。

「おにいさん!ゆうかがそだてたおはなさんだよ!ゆっくりみていってね!」

ゆうかは男が花を見てどんな反応を示すのかわくわくしながら見守った。
「へえ…こんなに綺麗に咲いたのは初めて見たよ」
男は感心しながら頷いて、その反応は概ねゆうかを満足させた。
「…うんいい匂い、ゆうかも嗅いでごらん」
そう言って男はゆうかを抱きかかえた。
「ゆっ!?」
突然のことにゆうかはびっくりして呻き、すぐ近くにある男の顔を見上げた。
大分親しくなったゆうかと男だったが、こうやって抱きかかえられるのは
あの原っぱからここまでつれてこられた時以来だった。
なんだか気恥ずかしくてゆうかは男から顔を逸らして頬を赤らめた。
ゆうかの緊張が伝わったのか男はバツが悪そうに笑いながら言った。
「あはは、びっくりしちゃったかな
でもほら、こうした方がじっくり花を見ることが出来るでしょ?」
そしてゆうかを花のすぐ目の前にかざす。
ゆうかは男が言うままにまじまじと花の姿を見てから
くんくんと鼻を動かして花の匂いを嗅いだ。
「どうだい?」
そんな様子を見ながら男はゆうかに尋ねた。
「すごくゆっくりしてあまいにおいがするよ…」
ゆうかは目をトロンとさせてうっとりしながら答えた。
そして男の腕に寄りかかるとじっと花を見つめた。
男もゆうかに気をつかってかずっとその体勢のままで立っていてくれた。

とてもゆっくりした時間が流れていった。

それから少し立って、収穫の時期が来た。
男の知り合いが何人か収穫の手伝いにゆうかの花畑にやってきた。
ゆうかは、手伝おうと言ったが男がたまには息抜きも大事だと言って一緒に森の中を散歩することになった。
あまり花の咲いていないこの森はゆうかにとっては見てもそれほど面白い場所ではなかったが
その分、いつかこの森を花でいっぱいにしたいという思いもあった。
そのことを散歩がてらに男に話すと
「じゃあ次からはもっとたくさん花の種を渡しておかないとね」
と微笑みながら言って、それから先は歩きながら花畑をどう拡大していくかの議論に始終した。
熱っぽく花畑の拡大計画を話すゆうかに男も真剣にこれからのことを考えて二人で語り合っていると
いつのまにか日が暮れていた。
「ゆうかの夢、叶うといいね」
夕日を眺めながら呟いた男にゆうかは力強く頷いた。

あれから一年近くが経ち、二度目の満開の時期を迎えていた。
花畑は前以上に大きくなり見事な花を咲かせてくれた。
ゆうかは夢に向けて確実に歩みを進めていた。

収穫も近くなり普段よりは頻繁に、といっても週に一回程度だが
ここにやってくるようになっていた男は軽く手を振りながら親しげな笑みを浮かべて言った。
「やあゆうか、調子はどうだい?」
畑仕事に精を出していたゆうかも男に気付くと振り向き元気に言おうとした。
「ゆ!じゅんちょうだよ!おにいさんゆっくりして」

「はあああああああああああ!」

それまで穏やかに流れ続けていた森の中の時間が切り裂くように鋭い声で壊された。
ゆうかはその声を聞いて空気が割れるかと思った。


ゆうかは声のした方を見た。
ゆうかの目に黒い何かを構えて窮屈そうな服を着た女が男の腕を掴んで捻り上げていた。
そしてヨレヨレの古びたコートを着て柿を齧りながら、女の少し後ろに立って様子を見ている初老の男が居た。

「あいたたた、抵抗しないからもうちょっと腕弛めてよ」
突然のことに呆然としているゆうかを他所に
男は痛そうに片目を瞑りながら苦笑してやれやれと首を振った。

女はそんな男の態度が気に入らないのかギリギリと歯噛みしてから吐き捨てるように言った。
「阿片の不法な栽培、製造、販売の容疑により逮捕する
これだけの阿片畑を前にしてまさか言い逃れできると思わないことね」
「まさか、この期に及んで言い逃れだなんて……」
男は毛ほども反抗の意思を見せずに女に追従した。
「しかしこんな素敵な花畑を前にして女性がそんな堅苦しい格好だなんて絵にならないな
どうせならかわいらしいワンピースに赤いハイヒールとかで尋ねて来て欲しかった」
男は残念そうに言うと、女を馬鹿にしたよな笑いを上げた。
「馬鹿ね、こんな森の奥深くにヒールなんか履いて来たらヒールが折れるに決まってるじゃない」
こめかみに青筋を浮かべた明らかに友好の意思を示すためではなく威嚇行為に分類されるであろう壮絶な笑みを浮かべながら女はそう吐き捨てた。

「全く、ケッタイな所に畑作りやがって」
そう言って前に出て懐から銀のわっかを取り出すと男の腕にガシャンとかけた。
「機材や人員の動きが全然無いから中々見つけるのに苦労したけど
まさかゆっくりに阿片の栽培を任せてたとはね、見つからないわけだわ」
女は苦々しく眉根を顰めて紅で赤く染まった唇を噛んだ。


その様子を見て、それまで呆然と様子を眺めていたゆうかも何かがおかしいと思って慌てて口を出した。
「お、おねえさん!おじさん!なにしてるの?
おにいさんをいじめるのはやめてね!」
そんな不安そうなゆうかを見て女は憎々しく、初老の男は哀れそうな表情を浮かべた。

「黙れ!!」
女は視線をゆうかに向けると鬼のような形相で咆えた。
ゆうかは竦み上がって一歩仰け反った。
「ゆ…」
何とかして男を解放してあげたいのだが喉で引っかかった言葉が出てこない。
ゆうかは目に涙をためてふるふると震えた。

そんなゆうかを見かねたのか、それとも気まぐれか
男が初老の男に向かって口を聞いた。
「それにしても一体どうやってここを見つけたんですか?
そこの彼女のバレバレの尾行は撒いたはずだと思ったんですけど」
男の言葉に女はキッと睨みつけたが男は意にも介さずに初老の男の言葉を待った。

「ガキの頃この森の奥で見つけた原っぱに秘密基地作ってダチと遊んだの思い出してな
嬢ちゃんがこの森の近くでてめぇを見失ったってーからよ
ひょっとしたらと思って先周りしてたんだ」
そう言って初老の男は食べかけの柿を丸ごと口に入れると種を吐き出してニヤリと笑った。
「まいったなぁ、先輩が居たとはね
この森、子どもは入らないようにときつく言われてたと思うけど昔は違ったんですか?」
「もちろんバレて大目玉よ
それ以来ここに来たのは今日が初めてだ」
男二人はまるで子どもの様に笑いあった。
「そういえば柿もこの森で採ったんですか?
柿の木からは場所が遠いから結構遠回りしたでしょう?」
「あ、馬鹿言うな!」
初老の男が慌てだすと同時にそれまでぶすっとしたまま二人を見ていた女が血相を変えて言った。
「ちょっと!遠回りってどういうことですか!?近道っていうからわざわざあんな険しい道を行ったのに!!
おかげでヒール両方とも折れちゃったじゃないですか!?」
そして女は自分の靴を一瞥するとギロリと初老の男を睨みつけた。
「…俺言ったろ、付いて来ない方がいいって」
「靴のことは言わなかったじゃないですか」
怒りを露に詰め寄る女に対して初老の男は困った風に目を逸らしながら言った。
「ははは、面白い人達だなぁ」
男は本当に微笑ましく思ったのか、くすくすと笑っている。
女はまた地面に這い蹲らせてる男を睨みつけて何か言おうとして初老の男に肩を叩かれて止められた。
「俺と代れ
そのまんまにしとくと戻るまでに腕の一本か二本は折っちまいそうだ」
初老の男がそう言うと女は顔を真っ赤にして、渋々捻り上げていた男の腕を初老の男に任せた。
「よいしょっと」
「いたた、警部さんお手柔らかに」


「それで、どうするんですかこのゆっくり
麻薬を栽培するようなのほっとけませんよ」
「んー、まあこいつも被害者っちゃ被害者だし、小動物を殺すのは心が痛むしなぁ」
「じゃあどうするんですか?とりあえず証拠物件として確保します?」
「ん、そうだ、おいお前
助かりたかったら舌だせ」

「ゆ…おにいさんにひどいことしないでね」
そう言ってゆうかはべろをぺろんと出した。
「よしよし…そら」
男はその上に吸っていたタバコを捨てると、革靴を履いた足でそのべろを踏みつけるとぐりぐりと踏みにじった。
「……~~~~~~~~っ!?」
ゆうかを刺すような熱さと鈍い痛みが同時に襲った。
ゆうかは突然の行為とあまりの痛みに目玉をむき出しにして悲鳴を上げようとしたが
べろは男の靴の下にしかれ、喉の震える無視の羽音のような音が空しく森に響き渡った。

「もう阿片も栽培出来ないしそれに関する情報を喋ることも出来ない、字は流石にかけないだろうけどな
これでしょっぴく必要ももう無いだろ?
どうせここの花も根こそぎなくしちまうしな」

「きっと先輩ってダンボールの捨て犬とかに持っていた食べ物あげるタイプなんですね」
「照れるな、そう褒めるな」

「軽蔑してるんです、そういう時は保険所に連絡してください」
頭を掻く初老の男に対して女は冷たく言い放つ。
「僕も同意見だなぁ」
「黙れ犯罪者が」
女は初老の男と同様に男の言葉を切り捨てた。

そんな会話をしながら男達は森から去っていった。
だが痛みの余り意識を失ったゆうかはそれに気付くことも出来なかった。


ゆうかが再び目を覚ました時、辺りはとても明るくて暖かかった。
口中の痛みを堪えながら体を起こす。
あれから殆ど時間がたっていないのか、それとも丸一日寝てしまっていたのかとゆうかは思った。
だが両方とも違っていた、時間は夜だった。

空を見上げてまんまるな月を見てようやくそれに気が付いた。

そして視線をおろす。
目の前でとうとうと炎が立ち上っていた。
「……?…………!?」
ゆうかはじっとその炎を見つめ、やがて目の色を変えてその火の中に飛び込んだ。

炎の中で白い花が焼かれただれていた。
焼かれ水分を奪われ萎れていく様はまるで花が踊っているようでどこか幻想的でさえあった。
ゆうかもその中へと飛び込んでいく。

炎に包まれ熱に苛まれながら少しでも火を消そうと体をじたばたと転がした。
だがそれ以上に炎の勢いは強く、ただただゆうかは身を焦がすばかり。


やがて熱に餡子を犯されてゆうかは炎の中で気を失っていた。



「…………」
ゆうかが目を覚ますと、今度こそ日が登り辺りは昼になっていた。

どうやら転げまわるうちにくぼみのような場所に落ちて、辛うじて命だけは助かったらしい。
炎は若葉のような緑の髪は爛れ、顔中に醜い火傷の跡を遺した。
それでも辛うじて生きている
ゆうかは体を起こしてくぼみから這い出した。
「…………ぁおぁああお~~~~~ッ」
辺りを見回すと、一面が焼け野原になってしまっていた。
もう無いべろを動かそうとすると傷口が傷んだ。
口の中まで焼け爛れてカラカラになっているから滲みることが無いのはちょっとした救いだろうか。
だがそれ以上に胸が張り裂けそうだった。

(ゆうかのおはなばたけ……またなくなっちゃったよ……)
絶望感が体中に満ちてく重々しいような全身の力が抜けたかのような
ゆうかは肩を落とすような仕草をして、生彩を欠いた瞳でとぼとぼと焼け野原の上を這いずり回った。

そしてちょっとした坂に差し掛かり、躓いて転がり落ちる。
もう痛いのか痛くないのかもよくわからない。
そのまま目を瞑って眠ってしまおうとゆうかは瞼を下ろしかけた。
(あ……)
そしてあるものに気付きゆうかは目を見開いた。
焼けて墨屑になった花びらの下に、小さな種が転がっていた。
ゆうかは血相を変えて花びらをどけてその種を見つめた。

瞳に力が戻っていた。

ゆうかはべろを伸ばそうとして、もう無いことに気付き
唇を使って器用にその種を咥えると、この不毛の地となった焼け野原から森の奥へと向かった。
もうさっきみたいにとぼとぼと弱弱しい足取りではない。
怪我の痛みを堪えて、力強く歩いていった。


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最終更新:2022年04月17日 01:13