※人間視点100%





    ゆっくりが嫌われるまで

               作者:古緑






俺がまだ家族と同じ家にいた頃
家族揃っての外食の為に家を開けた夜に
ゆっくりが僅かな隙間から家に入り込んでいた事があった。

このゆっくりとはいつの間にか日本に湧いた生き物だが
それまで俺の住む地域ではゆっくりなんてほとんど見る機会はなく
年に数回山の近くで迷ってるのを見るぐらいだった(それも直ぐに山に入っていってしまう)
なのにどういうワケかあの頃はゆっくりが沢山街に下りて来た。

トンガリ帽子のゆっくりの5匹から成る家族だった。
確か名前はゆっくりまりさとか言ったか。
その大きなゆっくりまりさが一匹と小さなゆっくりまりさが二匹、
短めの金髪に赤い髪飾りを乗せたゆっくり
(名前を知らないから赤カチューシャとでも呼ぶ)が大小それぞれ一匹づつ。

ゆっくり達は破いたスコッティのティッシュや新聞紙を床にバラ撒き、
テーブルクロスを引っ張ってその上にあった皿を5枚程割ってくれた。
その際落とした昼の食べ残しの焼そばと観葉植物を食べ散らかし、
俺が家族と共に家に戻った時の居間はまさに惨状。
その時俺は産まれて初めてゆっくりから声を掛けられた。
それによるとここは自分達の家だから出て行って欲しい、だそうだ。


結果から言うと摘み出すという形にはなったが、
両親も俺も最初は話し合いで解決しようとした。
というのも当時俺も家族もこの生物は言葉が通じると知ってたから
こちらの正当性を理解してくれると思っていたからだ。
(地球は皆のモノという意見が両方の間で正当性を持つなら話は別だが)
それにゆっくりがどんな牙を持っているかもしれず危険だったというのもある。
この家族が例え団地中のどこの家に入っていったとしてもきっと同じ扱いを受けた事だろう。

確かに言葉は通じた。君たちと呼べば何?と答え
出て行って欲しいと言えば、ここはまりさのお家だよと答える。
それが通じたと言えるのかは分からないが
十分近くも様々な言い方で俺等はゆっくりに出て行くよう勧告した。
だがとうとう怒った大きなゆっくりまりさが一言何か叫んだと思うと
一番下の、当時まだ小学生だった弟に体当たりし始めた。
それを見て父親は慌ててゆっくりまりさを蹴りつけた。
どうでもいい事だが、父親は車を用いてレストランまで行くよう
母にせがまれたため酒が飲めなくてイラついてた。
父は子供に悪影響を与える事無くこの問題にケリを付けるきっかけが欲しかったに違いない。

ちなみに体当たりを受けた弟は平然と立っていた。
これもまたどうでもいい話だがゆっくりが居間を汚した事で
弟は驚くより先に腹を立てた事だろう。
何故なら弟は焼きそばが好物だったし、ゲーム機があるのも居間だった。
弟は俺と数日前に買ったばかりの二人で遊べるアクション系のゲームで
早く遊びたくてうずうずしていたのだ。


弟はこの生物を無力だと判断し、持ち前の積極性から
窓を開けて小さなゆっくりまりさを二匹掴むと
まるで授業中に消しゴムのカスを同級生の後頭部に投げつけるように
気軽に外に向けて投げ捨て始めた。

それを見て父親も動き出した
蹴られて泣いている大きなゆっくりまりさの長く掴みやすい髪の毛を掴むと
弟のように投げ捨てるのは肩を痛めるかも、と思ったのか玄関まで行って放り捨てた。

母は動かなかったので俺が残った大きな赤カチューシャと
小さい赤カチューシャを捕まえて父親を追って門の外につまみ出した。
この時大きな方の赤カチューシャがゆっくり特有の言葉なのか
「いなかもの」だの「とかいはじゃない」等と連呼していたが未だに意味が分からない。


喚く五匹を外に捨てて玄関をしめ、居間に戻ると
真っ赤な顔をした母が箒とチリトリを持って階段から降りて来たところだった。
昔から母の顔が赤いのは爆発寸前の合図だった。
ゆっくりばかり見ていたから忘れていたが
母は弟とは比べ物にならないぐらい腹を立てている。
楽しみにしている九時からのドラマが始まってもう二十分も過ぎていたのに
グダグダと下らない問答を続けていたからだ。そもそも車の中で既にイライラしていた。
それにも関わらず掃除を手伝う気が無さそうに
冷蔵庫からビールを取り出す父に限界を迎えつつあるのだろう。
この時弟はゲーム機の電源をつけた。


俺は母の機嫌を取るためにも手伝うと告げて箒を一つ貸して貰った。
二人でやればこのぐらいすぐだ。
その時
バン!バン!と外からけたたましくプラスチック製の門が鳴るのが聞こえた。
私達の家の門がこんな音を立てた事は今までで二度だけだった。
酔っ払った父が門の前で派手に転んだ時が一度目、
家の前で俺とサッカーボールで遊んでいた弟が誤って
門の方にボールを蹴り飛ばした時が二度目、
記念すべき三度目がゆっくりの体当たり。

まずいと思った。
窓からそれを見た母はヒステリックに床を踏み鳴らしながら
箒を持ったまま外に飛び出して行った。
門が開く音とほとんど同時にさっき聞いたのと同じ類の悲鳴が門の方から聞こえた。
母はあいつ等を殺すかも知れない。
いつか酔っ払った父と口論になった母が同じようにヒステリーを起こして
座っている父の頭に向かって4kgぐらいあるパーティー用のサラダ皿を
振り降ろそうとしたのを止めた時を思い出した。
母を止めるために慌てて外に出た俺が目にしたモノは
眼球のあった場所に箒の柄を突き立てられ転げ回るゆっくりまりさの姿だった。

俺はゆっくりが可哀想と言う感想を述べるより先に
こんな夜中に団地中に響きわたりそうな悲鳴を出させているのが
自分の母親だと言うことが問題だと思った。
このままでは近所でよろしくない噂が立つ事だろう。
母に団地での立場を無くさないでほしい。
そう思って母を羽交い締めにして家へと戻そうとしたが手遅れだった。

騒ぎを聞きつけた向かいの○○さん家の奥さんが玄関から出て来たのだ。
目をカッと見開き口に手を当てて驚いている。
母を急いで家に戻したが○○さんはしっかり見ただろう。
どうせ母は話せる状態じゃないだろうし、俺が出来る限りの言い訳をするしかない。
何しろ小動物の眼球を箒で掃除するのを見られたのだ。
半端な言い訳じゃ通じないとは分かっていた。

だが結局俺は話も嘘も下手くそだったのでほとんど本当の事を話してしまった。
(ちなみにこの時ゆっくり達はどこかへ跳ねていった)


○○さんは母の加入している仲良し主婦連盟の一員であり
主婦の多くが噂好きなのと同様に誰かの噂話が大好きな中年女性だ。
この手の中年女性の中には大抵聞いた話にプラスαを加えてから広める癖を持ち
どこかの夫婦が喧嘩した事実が離婚したかもという話に変わっていたら
影でこのタイプの女性が動いていると考えて良い。

だが不幸中の幸いだったのは○○さんは噂好きだったが
そのプラスαタイプの女性じゃなかった事。
幸運な事に少なくとも母の周りには事実は改竄される事無く伝わった。
(勿論伝わらない方が良かったに決まっているが)
そして母は仲良し連盟から『異常なレベルのゆっくり嫌い』と認識された。
でもそれは間違っている。母はドラマを見るのを邪魔する生物が大嫌いなだけだ。

それから仲良し主婦連盟の内の一人は母の『嫌い』の範囲は犬にまで及ぶと思ったのか
犬の散歩の際に母と会った時は母から犬を出来る限り距離を置かせ警戒していた。
当然かも知れない。例え偶然刺さったとしても
小動物の目をエグるような人間は問題有りと見なされる。
この頃は母が友達の家に行く機会は減ったし、友達が家に来るのも減ったように思えた。


それからの暫くの間、家では母の気に障る事を恐れて
テレビでゆっくりが出たらさりげなくチャンネルを回していたし
新聞記事にゆっくりが出ても話題には上げなかった。
父もそうしていたし勿論俺だってそうしていた。弟は知らない。
だが、母の友人が置いた距離はそれからの数週間でまた元通り縮まった。



ゆっくりまりさ達が俺達の家から追い出された次の日の夕方
中学校から帰る途中に小学生が3、4人輪になってしゃがんでるのが見えた。
輪の中心から「まりしゃはまりしゃだよ」と声が聞こえてきてから分かった事だが
輪の中にあの忌々しいゆっくりまりさがいるのだろう。
俺はゆっくりに対していいイメージを持てなかったが(なにしろ第一印象がアレだ)
人によっては可愛く見えるのだろう。例え生首のような姿でも。
その小さなゆっくりまりさは俺を見ると口を結んで膨らんだように見えた。
俺はその時初めてこのゆっくりまりさが昨晩のゆっくりと同じだと分かった。
後で友人に教えてもらった事だが膨らむのは家を追い出した俺への威嚇だったらしい。
ここにいたらコイツは俺が家族の目をエグった等と変な誤解を招くような事を言いかねない。
俺は足早にその場所を立ち去った。


その後家の近くで母の仲良し連盟の一員であるお婆さんが俺に話しかけて来た。
この若い人間と喋るのが大好きなお婆さんと三分程お話をしたところ
やはり話の中にゆっくりに関する話が出て来た。
俺の家で起きた事件については残念ながらお話し出来なかったが、
突然町に住み始めたゆっくり達は退屈な団地でのいい話題となる。

お婆さんは昼間の間赤いリボンのゆっくりが庭の花を食べていたのを見たが
特に手入れをしてる庭でもないので放っておいたと言う。
俺はお婆さんにそいつはその内家に入ってきて
お爺さんの位牌にお供えした焼そばを食い散らかしますよ、
と言いたかったが適当な所で話を切り上げて家に帰った。


ゆっくり達を町で見かけるようになってから暫くはいつもと変わりなかった。
さっきの小学生のように面白がって学校の帰りに鞄に隠していた飴を上げる子もいたし
庭で草を食べていても大抵放っておかれてた。
暫くの間はゆっくり達にとってこの辺は楽園だったに違いない。


それから二週間程経ってゆっくり達を見る頻度はまた少し多くなった。
また山から下りて来たのかと思ったが、
小さなゆっくりが多い事から恐らく子供を産んだのだろう。
ゆっくり達はもうこの辺には慣れたというように
道の隅で這うように歩いていたゆっくり達は道の真ん中を跳ね出し、
小学校の通学路に数匹で飴を貰うために集まっているのを毎日見かけた。


だがゆっくり達はここに住む上で守るべき人間のルールを理解する程賢くなかった。
ある日母親が自治会館での集会から帰って来て言う事には
ゆっくりが○○さんの庭にある草花を食べた事が問題になったらしい。
彼女はゆっくりが草花を好んで食べる事を知らなかったのだ。
それを聞いた時俺は庭の草花を食べられるぐらいで問題になったの?と疑問に思ったが
○○さんと言えばガーデニングを趣味に持つオバさんと言う事を思い出して納得した。
おそらく泣きそうになりながら戸締まりに注意するよう皆に呼びかけたのだろう。
庭の無い俺の家には関係無い事だけど
通学路から見られるあの小さくも綺麗な庭から花が消えたのを想像すると
俺はゆっくりの事がまた少し憎くなった。


翌朝俺は登校中に○○さんの庭の様子を見たが(この家には塀も門もなく庭はむき出しだ)
少し高い所にある花は前と変わらなかったが地面の草花はもう全然無かった。
その代わりに庭では赤いカチューシャが二匹寄り添って寝ていた。
○○さんは一人暮らしだし気が弱くて誰かさんみたいに
小動物の眼球をエグれそうな人じゃない。追い出せなかったのかもしれない。
でも追い出してもゆっくりまりさ家族のように戻ってくるんだろうな。
この前に家に来た赤カチューシャと似てるけど俺にはゆっくりの顔の区別はつかない。
いつまでも見てて遅刻するのも嫌なので放っておいた。



中学校への坂を上っているとまたゆっくりがいた。
今度はゆっくりまりさ、赤カチューシャ、赤リボンの三種類それぞれ一匹づつだ。
驚いた事に三匹並んで車道の真ん中を跳ねている。
この車道は交通量は大した事は無いが制限速度50kmと標識が教える危険な道路であり
あんなノロい生物が見通しの悪い頂上付近で
並んで跳ねてたら轢いてくれと言ってるのと同じだ。
「ひろくてゆっくりできるね」等と言ってる場合じゃない、
そう奴等に注意しようと小走りに近づいたその時

直管マフラーのとんでもない騒音バイクが二台坂の下から上がってくるのが聞こえた。
アレは中学に上がってからたまに見るようになった高校生達だ。
この辺じゃ最も関わり合いになりたくない類いの人間である事は
乱れた服装とバイクのステッカーから判断出来る。
珍しく朝早くからの登校なんですね等とは言えないが
このままだとあのゆっくり達に躓いて転倒しかねない。
だけど俺は声を張り上げて注意する事はしなかった。怖いから。

ゆっくり達は向かって来る赤と緑のバイクに向かって
いつかのゆっくりまりさのようにぷくーっと膨れだした。
あの状況で威嚇とは信じられない行動だがゆっくりなりの最大の防衛手段なのだろう。
高校生達もやっとゆっくりに気がついたのかスピードの乗ったバイクに
ブレーキをかけながらゆっくりを避けようとしたが
横に並んで大きく膨れるゆっくりを避ける事が出来ず
その内の一匹を轢いてバランスを崩し転倒した。
改造された赤いバイクがガリガリと音を立ててアスファルトに削られていく。
二人のうち一人は無事だったが、
転んだ方は腕を怪我したらしく血を滴らせながら呻いていた。
(この時俺は事故の現場を目撃した事よりアスファルトに花が咲くように広がった
 ゆっくりの中身を見て、あぁ、本当に餡子で出来てるんだな、とちょっと感動していた)

転んだ時にはもうそれほどのスピードは出ていなかったし大袈裟な怪我じゃない、
救急車を呼ぶなら仲間が呼ぶだろうなと思い、俺はそのまま歩き出した。
直ぐに後ろから絶叫が聴こえたので振り向いたら
緑のバイクを端に停めた太った男がゆっくりを蹴り殺していた。
そんな事より救急車を呼ぶべきですと思ったが、怖いのでやっぱり黙っていた。

当然の事ながらこの事件は直ぐに問題となった。
山から下りて来たゆっくりは交通ルールなんて知らないので狭い道と広い道があったら
当然のように後者を選ぶ。しかも迫って来る車を避けたりしない。
ブレーキが間に合えば威嚇が成功したと勘違いして車道を跳ねる事を止めず、
間に合わなければ潰れて死ぬだけだからだ。
この二点の問題からああいった事件はその後も起こった。

これからは車を運転している時にゆっくりが前にいたら必ず停車して
ゆっくりを車道から摘み出さなくてはならない、と夜に父が愚痴っていた。
父は一度その機会に遭遇した時にクラクションを鳴らすことで
ゆっくりをどけられないかと考え、実行したが
より一層大きく膨れただけだったと言う。変なところで勇敢な生物だ。
ゆっくりはこの辺一帯のドライバーを敵に回したのかも知れない。
この事件を境に段々と町のゆっくりに対する空気が変わり始めた。



翌朝庭を荒らされた○○さんの庭を通り過ぎると
昨日のヤツかは分からないけど大きな赤カチューシャと小さな赤カチューシャが
今度は通学路に飾ってある児童会の子供が植えた花を食べていた。
まだ朝早いとは言え、何人もの生徒がこの二匹を見た筈なのに
誰も止めるように話しかけなかったのだろうか?
これを止めるのはゆっくりが生きる為に草花を食うのを否定する事になるが
草花なんてここじゃなくてもその辺にある。とりあえずこの花は食べさせちゃ駄目だ。

オイ、それを食べると人間にとってもお前等にとっても不都合なことが起きるので
お前達はあっちの雑草を食べなさい
「なにいってるのおにいさん?くさをたべるなんてとかいはじゃないわ!」
俺はあの夜の下らない問答を繰りかえす事になりそうな気がしたので
無言でこの二匹を摘まみ上げて、まず最初に重い方から道路に放り投げた。
少し痛い目に会えば家に入ったゆっくりみたいに退いてくれるだろう、そう思った次の瞬間
「ごのいながも」ブレーキの間に合わない軽自動車が赤カチューシャを轢き殺した。


俺は車に轢き殺させる為に赤カチューシャを投げたわけじゃない。
小さな方の赤カチューシャは力を無くした左手からぽろりと落ちると
轢き潰された大きな赤カチューシャにふらふらと近づいていった。
俺は車に向かってそのまま通り過ぎていってくれと願い、
足を震わせながらドクドク鳴る胸を押さえ付けていた。
しかし完全に停車し、運転席のドアが開くのを見た俺は怒られるのが怖くなり
通学路とは全く関係のない階段の道に向かって逃げ出した。
この時俺は赤カチューシャの命を奪った事の罪悪感よりも、ずっと、
大人にちょっと怒られる程度の事の恐怖を強く感じていた。
思えばこの事件を通して俺は自分がゆっくりの命について
どのように思っているか認識出来たのかもしれない。

毎日どこかで同じような悲鳴を聞いてるうちに流石に慣れたのか、
奴等が所詮饅頭であり、人ではないと分かったからなのか、
言葉は話せるが会話が成り立たない事が多々あるせいなのか、
それとも迷惑な事ばかりする癖に道でデカイ顔して膨れるのが気に食わないのか
どれでもいいがそれからと言うものの
俺は町の何処かでゆっくりの悲鳴を聞いても何とも思わなくなったし、
うっかり踏みつぶしても大して罪悪感を感じなくなった。


その日の友人達との帰り道でゆっくりの死体が転がってるのを見つけた。
友人が言うにはゆっくりに通せんぼされたドライバーの中には
ゆっくりをどける際に誰も見てなければゆっくりを殺してしまう人も出て来たらしい。
何度も邪魔されれば殺してやりたくもなるかもしれない。
なにしろ脆弱な生物である事は昨日の太った男がゆっくりを
簡単に蹴り殺したのを見てたので知ってる。
右脚を上げて全力で降ろすだけのアクションで殺す事が出来るだろう。
路上にゆっくりの死体があっても友人は驚かなかったが、最近多くて慣れたと言っていた。



家に帰ると暫く顔を見なかった母の友人が三人遊びに来ていた。
その中にはあの夜の母の醜態を見た○○さんもいたが
○○さんの家じゃゆっくりに車のボンネットの上を汚されたらしく、
ゆっくりの話で盛り上がってるようだ。主にゆっくりに対する文句で。
被害者意識を通じて(あの夜の被害者がどっちだったのかは人の判断によるが)
母が友人達とまた元通りの距離感を取り戻す事が出来たのは俺にとっても喜ばしい事だ。
どうやら話にプラスαを加えるのは母だったらしく、皿は二十枚割られた事にしていた。



そんな生活がまた暫く続いて、この町でのゆっくりの暮らしは4週間前とは随分変わり、
ゆっくりに対する人々の態度は段々と冷淡なモノになっていった。
草だけでなく花を食うと知り、庭に入って来たゆっくりを殺す人もいるそうだし、
俺の家のように家に入り込まれた人もやっぱり出て来た。
この辺はそうでもないが少し離れた所では騒音公害も問題になっている。

その上で更に町のゆっくりにとって不都合な事件が起きた。
この事件はゆっくりが絶対に敵に回してはならない子供達と、PTAを敵に回すきっかけとなった。
ゆっくりが小学生の女の子に怪我をさせた事件だ。



ある日の夕方、いつもと同じようにゆっくり達は飴を貰うため女の子を待っていた。
飴を貰えると知って待っているゆっくり達の数は7匹もいたらしい。
飴をくれるのはこの女の子しかいない為頑張って待っていたのだろう。
ゆっくり達が集まる場所の近くに住む友人が言うには
ゆっくりは女の子から飴を貰うため一時間も二時間も待ち続けていたらしい。
女の子の姿を見るとゆっくり達は一斉に女の子に集まっていった。
だが、その日女の子は飴の袋を持っていなかった。先生に見つかって没収されていたのだ。


女の子から飴を貰えないと聞いたゆっくりはガッカリしてどこかに帰っていった。
だが帰らないゆっくりがいた。
人間と同様に、ゆっくりの中にも自分中心的な性格を持つゆっくりがいる。
帰らないゆっくりは自己中心的で大きな体格を持つゆっくりまりさだった。
ごめんね、と謝って背を向けた女の子の背中に向かって
そのゆっくりまりさは体当たりをした。
前のめりになって倒れ、地面に手をついた女の子は産まれて初めて捻挫という怪我をした。
これでゆっくりは飴さえ貰えなかったもののいくらか気分よく帰れる事だろう。
だがゆっくりにとって都合の悪い事は
その女の子は優しくて可愛いクラスの人気者だった事と、
その日は三者面談で女の子は親と一緒に帰っていた事だ。

ついでに人間は人間に怪我をさせたその個体だけを危険視することは無いと言う事。



それからというものゆっくりの姿は減ったように思えた。
女の子の親が駆除申請したのかどうかは知らないが通学路のゆっくりの死体は確実に増えた。
勿論保健所は殺して放置なんてマネはしない。町の人間の仕業だ。
例えば今友人が跨いだ赤いカチューシャのゆっくりだったモノは
汚れ具合から散々蹴られた挙げ句に道の真ん中でさらし者になった事が分かる。
多分小学生だろうな、と思った。
子供達はゆっくりの事を女の子を後ろから攻撃するような生き物だと認識し、
攻撃する事の正当性を得たつもりなのかもしれない。
例えそんな汚い事をするのがあの一匹だけだったとしてもだ。

後ろから来る小学生が今度は赤いリボンのゆっくりを石蹴りの石代わりにしているが
俺も友人もそれを止める事は無かった。
何故ならそもそも俺はゆっくりが好きじゃないし
この生き物は町にとって害になる事が分かった。
自分から遊び殺す気にはならないが、
小学生がそれをするのを止める気には全くならない。
きっと友人も俺と近い考えを持っていると思う。
ゴキブリを殺すのと一緒だ あんなの、と。





ゆっくりが家に侵入してきた事件が終わってから丁度5週間経った晴れた休日の朝
ニコニコと機嫌良くコーヒーを入れてくれる母に
溜まったダンボールごみを外に出しておくように頼まれた。
父が酒に酔わず母が上機嫌、ついでに弟が大人しくしてれば家族は幸せだ。
俺はそれを承諾し、玄関にあったダンボールを紐でまとめると
両手にそれらを抱えて門を出た。
門を出てすぐに半ズボンから剥き出しになったふくらはぎに何かがぶつかるのが分かった。
金髪に赤カチューシャ。
きっと俺に親を奪われたゆっくりか、最初に家に侵入してきたゆっくりのどちらかだろう。
みゃみゃにょかちゃきーとかしきりに鳴いていたが意味が分からない。
俺はコレを母が見てあの夜を思い出してまた機嫌が悪くならないように、
スニーカーの底が汚れないように、
抱えていた片方のダンボールを赤いカチューシャに乗せてその上から足で踏み潰した。


車を運転する大人達はゆっくり達を刺し殺す為の細長い棒を
助手席に用意してから運転する人の方が多くなったし、
家の近くをうろつくゆっくりは問題を起こす前に処分される。
特に通学路付近では暫くの間子供達の安全の為、
トングと麻袋を持った父母会の会員が巡回していた。

町は人間のルールを守れなかったゆっくりに対して冷たくなり、
人はゆっくりを踏み潰しても大して心を痛めなくなった。
ゆっくりはこの町じゃ嫌われ者。それが当然になった。

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最終更新:2022年04月17日 01:15