チッ、チッ、チッ、チッ。
自分の心拍数に応じて聞こえるのは無機質な機械音。
鳴り止む気配すら無い雨の中、広々とした道路で一人歩く女性――雪ノ下雪乃。傘を差した様子も無く衣服がずぶ濡れになりながらも、ふらふらと重い足取りを運んでいた。
彼女の首に首輪が装着され、また肩に別の黒い円形状の物も張り付かれている。
「……お願い、早く出て」
恐怖で震えていた雪ノ下が、手持ちの携帯電話で向こうの相手に掛けていく。彼女の声に焦りが滲み出ていた。
「貴方の言われた通りに着いたわよ、解除して! もうタイマーが!」
「よし、待ってろ。今すぐ解除する」
「そう、良かっ――」
コール中に出たのは渋い声が特徴の男性。彼は落ち着かせるように意味深な言葉を掛けていく。ようやく安心した雪ノ下が言い切ろうとした瞬間、
「バァーカ、守るわきゃねーだろ」
「嘘つき……由比ヶ浜さん、比企谷君」
悪意で煮詰まった否定に遮られてしまう。上の空へ見上げる雪ノ下の頬に一筋の涙が流れた途端、彼女は火に包まれて爆散する。突如の爆発で数人の悲鳴が上がる。
【雪ノ下雪乃@やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。死亡】
「ほぉ……これも問題無く作動したな。さてさて、これでいい宣伝になってくれればいいな」
道路の真ん中で焼き焦げた雪ノ下の死体を、眼鏡の男が傘を差しながら物陰に潜んで眺めている。奇妙な事に爆発の直後で彼の耳に当てていた電話が不通となった。それを無雑作にゴミ箱の中へ投げ捨てる。
爆発させた元凶がこの男であり、
彼の名はゲンスルー。グリードアイランドのプレイヤーであり、人々を爆死させてきた爆弾魔(ボマー)だ。
一握りの火薬(リトルフラワー)、命の音(カウントダウン)は問題無く扱えるだろう。これはゲンスルーがたった今、他の参加者達に試したからこそ確証を済ませている。だが欠点は遊戯に仲間のサブとバラが居ない事だ。
(本当なら面倒な事もせず、さっさと解放で殺していたがな)
本来、参加者達にゲンスルーは先程の公開処刑でボマーの存在知らしめて、『爆弾魔に気を付けろよ』、『ボマーがまた出たらしい』と口にして接触しながら命の音の条件を満たしていき、最後に能力の説明で爆弾を設置させる。そして備品の役割を果たすサブとバラの連携により『解放(リリース)』で自分達以外の全員を爆死させていく。グリードアイランドで使った手口と同じだ。この方法でゲンスルーは優勝を狙おうとしていたが、
上記の通り制限が掛けられている為にカウンター式でしか発動しない。それに一人生き残る事が大前提の優勝では仲間を殺さなくてはいけない。
『ルールは簡単。天野陽菜を連れ戻そうとする森嶋帆高を制限時間まで食い止めよ。森嶋帆高の生死は問わん。如何な手段をもってしても森嶋帆高を食い止めればそれでこのゲームは終わりじゃ』
だからこそゲンスルーは胸を撫で下ろしていたが、この時に老婆が余計なルールさえ追加しなければ後悔してなかった。
「ブック――チッ、駄目か……」
雪ノ下の死体現場に多数の参加者が集まってきたので、反射的に何かを唱えていたゲンスルーは不機嫌ながらも、その場から去る。
(こっちも立て込んでいるのに急に呼び出しやがって、糞ババアが)
随分前にゲンスルーは別の遊戯で無理やり連れて来られた。この先、東京で森嶋帆高と天野陽菜が二人して巡る茶番劇へと巻き込まれていく形で。
ゲンスルーは彼らを知っていた。それもゲーム開始前、彼が無理強いに見せられたのは、とある映画だ。それはボーイミーツガールというジャンルで壮大な映像美と派手さの音楽が飾る。
取り敢えず頭の中で整理しながら茫然と眺めていた。気だるげなゲンスルーの目に留まるのは――祈願で天気を晴れさせる天野陽菜、そして彼女と共にする森嶋帆高。
(あの小娘、まず念能力者かと思ったが)
ゲンスルーの見立てによれば奇跡を引き起こす天野陽菜は念能力者だろう。すかさず凝でオーラの状態を確認する。仮にオーラもしくは生命エネルギーを、彼女が隠で隠していたとしても彼の凝なら直ぐに見破られる。そう思っていたが、
(……違っていたな、たまげたよ。対して、アイツは銃でしか脅せない只の一般人だ)
不思議な事に天野陽菜の体からオーラが見えなかった。雨雲に日が差した瞬間から凝で見続けた為、見逃しは無い筈だ。見当もつかない彼女の正体はさておき、今回のターゲットとして指名された森嶋帆高は見る限りだと恐らく只の人間だろう。
(いかれたガキが派手な行動を起こしがちだからこそ、プレイヤーに見つかるのもそう遠くもない)
遊戯へと巻き込まれた天野陽菜と森嶋帆高に同情はしない。二人の意を汲み取ってまで自分が爆死になるのは御免こうむる。
(どんな結末だろうとオレは知らねェよ。糞ったれのゲームでやるべき事は)
薄らと笑みを浮かべていたゲンスルーは森嶋帆高を殺害するつもりだ。いずれ彼を巡って殺害に関しての反対派と賛成派が衝突するだろう。その隙にどさくさに紛れ、森嶋帆高を暗殺する。先程、命の音で雪ノ下雪乃を殺したのも彼女も含めて反対派だったから。
老婆が説明した全てをゲンスルーが、参加者に打ち明かした事で一つの収穫を得る。
(ババアなぞ最初から信用してないが、どうやらオレだけではなくプレイヤー全員に話を通しているらしいな)
現状、天野陽菜しか見えていない森嶋帆高を生かすのにデメリットしかない。命を懸けてまで彼を庇う事自体が、ゲンスルーにとって理解し難く愚かな行為だ。
(それにしても、あの説明がどうにも引っ掛かる)
『天野陽菜を連れ戻そうとする森嶋帆高を制限時間まで食い止めよ。森嶋帆高の生死は問わん。如何な手段をもってしても森嶋帆高を食い止めればそれでこのゲームは終わりじゃ』
【ゲームの終了方法】
①森嶋帆高が天野陽菜と出会えず制限時間が過ぎた場合、太陽光が会場中にくまなく差し込みゲーム終了。一時間後に森嶋帆高の首輪の爆破を合図に全員退去。
ゲンスルーが老婆の口頭説明を思い出しながらデイバックからタブレットを取り出し、説明文と照らし合わせる。どれも矛盾は無く、同じ内容だった。
(オレとした事が聞き逃し、見逃す所だったな。どれも終了条件に必ずしも殺害しろと説明されていない。そして、やたらと制限時間の終了を強調している)
しかし修羅場を潜ってきたゲンスルーが、小さな違和感を逃す筈も無い。確かに老婆から森嶋帆高を食い止めるのに生死は問わないと言われたが、何も終了条件として彼を殺害しろと言われていない。ルールについて記載された文面も同じだ。眉を顰めるゲンスルーは、あの老婆が言質を与えない事に気付く。
(制限時間の終了と共に殺さない事が終了条件だと仮定しよう。問題はこの3だ、これがネックになっているな)
ゲンスルーがまじまじと見張る内容とは帆高が死滅した場合、その時点でゲームは終了。残った者は帰還できる。
ルールの1と違い、3は明白に帆高の死と書かれている。一番に解せないのは、
(死滅と言った妙な書き方だ。普通は死亡だろうが、何はともあれ隠している事は明白)
死滅という言葉を使っている点について。通常なら『帆高が死亡した』で説明するべきだと誰しもが思うだろう。まるで単数に向けられた言葉ではないと物語っている様だ。
(いいだろう、乗ってやるよ。制限時間内に森嶋帆高とやらを殺して暴いてやる)
口角を上げるゲンスルーが、派手な水飛沫と共に水溜りを踏み抜いた上で歩いていく。この瞬間にリスキーダイスを振るうように腹を括るしか選択肢が無かった。鬼が出るか蛇が出るか、激しい雨音と共に胸騒ぎがおさまる事はなかった。
【ゲンスルー@HUNTER×HUNTER】
[状態]:健康
[装備]:傘
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:生還する為に何がなんでも利用する。
1: とにかく森嶋帆高を殺害してみない事には何も始まらない。
2:自身の駒つまり協力者と接触、そして手を組む。もし断り自身の障害になり得るのならば爆死、利用価値があれば命の音で脅し駒を増やす。
3:先程の爆死でボマーの存在を知らしめ、正体を隠した上でキーワードの『爆弾魔(ボマー)』と共に参加者達へと接触する。あくまで保険として賛成、反対問わず全員に仕掛ける。
※参戦時期はグリードアイランドで解放(リリース)をした後になります。
※傘と携帯電話は現地から持ち出した物です。
最終更新:2021年01月21日 21:03