〝相撲〟

土俵上で廻しのみを身につけ戦う日本古来の武道であり

数少ない『無差別級』の格闘技

ゆえに「大きく」「重く」ある者が絶対優位――


高校相撲においても体重100kgを優に超える巨漢がひしめく中、横綱という頂を目指さんとする彼の体はあまりに―


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何度も何度も繰り返してきた。

何度も何度も失敗してきた。

何度も何度も大切な人が死ぬのを見届けてきた。

何度も、何度も―――

...その度に思い知らされる。

お前に彼女を救うことなど出来はしないのだと。
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ザァザァと雨が降り続く。
黒髪の少女、暁美ほむらは傘も差さずにただ黄昏ていた。

「......」

足元の水たまりをぼんやりと眺める。

『鹿目さん...どうして...死んじゃうってわかってたのに...!』

その目に映るのは、かつての記憶。
全ての始まりにして幾度も見てきた敗北の証。

いつもそうだった。
降りしきる雨の中、亡骸を抱えて泣きじゃくって。
救いたいと願ってはまた打ちのめされて。
多くの運命を狂わせてきたというのに、結局、なにを為すこともできなくて。
挙句の果てには救いたかった人に全てを押し付けるハメになった。

「......」

スクリーンに映し出された少年のことを想う。
彼もまた想い人を救う為に奔走していた。大人たちを敵にまわして。
傷ついて。泥にまみれて。
それでも届かなかった。人の身でありながら神に抗うなど烏滸がましいとでも示すかのように。
駄目な奴がどれだけ頑張っても駄目だという現実を突きつけるように。
結局、彼は、私のように多くの人間に迷惑をかけただけだった。

「...どうしろって言うのよ」

ふと、そう口をついて出る。
帆高に対してもいまこの状況に置かれている自分に対しても。
どうすればいいかが皆目見当もつかない。

あの老婆を倒して殺し合いを止める?そんなことをしてもまどかは戻らないのに。
ルールに則り、帆高を殺して見滝原市へ帰る?まどかはもういないのに。
ならば提示されたお題をこなしまどかを連れ戻す?あの老婆にそんなことが出来るはずもないのに。なによりまどか自身が円環の理であることを望んだのに。

戦いとは心の持ちようひとつでいくらでも変わる。それは同郷の魔法少女である巴マミがなにより証明している。
いまのほむらにはその心を乗せようがない。できるのは、ただ途方に暮れることだけだ。

―――ダンッ

音が聞こえた。なにかを踏みしめるような音が。一定の間隔を置き、ほどなくして同じ音が聞こえた。
戦いが始まったのだろうか。いや、それにしては静かだ。銃声も聞こえなければ叫び声も聞こえない。
距離からして遠くはない。これからどうするにせよ、他の参加者がどういった者かくらいは把握しなくてはならない。
なるべく足音を殺しながら、音のする方へと向かう。

石段を昇った先の神社。音の主はそこにいた。

「120...121...」

こちらに背を向けた少年がいた。傍目から見ても目を引く、凄まじいほどの傷跡に筋肉で太った身体。
そして身を包むのは下半身の廻しのみ。ほむらの目には彼が『相撲取り』だと映ったが、しかし力士としてはその身体はあまりにも―――小さかった。

「123...124...」

少年はほむらに気づいていないのか、淡々と四股を踏み続けている。
雨の中、それもこの異常事態にも構わず、その脚は高々と、天に向かって突き上げるように振り上げられ、鎚のように力強く振り下ろされる。

ほむらは相撲になど興味はない。病弱で入院していた時も、相撲を食い入るように見た覚えはない。
けれど、なぜかこの時においては、彼女は少年の四股を踏む姿から目を離すことが出来なかった。

少年はただ四股を踏み続け。ほむらはそれをジッと見つめ続け。
三百回の四股を踏み終えたその時、ようやく少年はほむらに気づくのだった。

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ほむらと少年は雨を凌げる本殿へと避難し、簡潔な情報交換の場を設けた。

「ワシは潮火ノ丸じゃ」
「...暁美ほむらよ」
「それでお前さんはその...この殺し合いにはどう臨むんじゃ?」

遠慮がちに少年―――火ノ丸はほむらに尋ねる。
気が引けるのも当然だ。なんせいまは命を握られている状況、目的が食い違えばいまこの場で殺し合いが始まるかもしれないからだ。

「...少なくとも、いきなり森嶋帆高をどうこうするつもりはないわ」
「そうか。ならあんたといざこざが起きることはなさそうじゃな」

一安心、と気が抜けたような表情を浮かべる潮にほむらは思う。
こうして話していると、言葉は不思議な方言が混じっているものの、気さくで人のいい普通の学生に思える。

「...どうして四股なんて踏んでいたの?」

ならばあの。異常事態にも構わず高々と踏まれた四股は。背中越しからも窺えた異様な熱気はなんなのか。

「あんな音を出せば周りに響く。森嶋帆高じゃなくても、なにが起きるかわからないのはあなたもわかっているのでしょう?」

聞きたかった。聞かずにはいられなかった。
なぜこの少年があんな無謀な真似をしていたのか。

「...邪魔されたくなかったんじゃ。ワシにはこんなもんに時間をとられてる暇はねえからな」

火ノ丸の声音が先ほどまでとは一転して低くなる。

「今まで腐るほど言われてきた。『チビのお前にその相撲は向いてねえ』『その背で横綱なんてなれるわけがない』。それでも諦めねえ、心は折れねえとここまで相撲をとってきた。
けど、このナリでも横綱を目指してやると、そんな意地を支えてくれる人たちに出会えた。皆に支えられてようやく活路が開けたと思った矢先にこの殺し合い―――ふざけんのも大概にしやがれ」

今度の言葉には怒気と殺気が込められていた。
何度も死線を潜ってきたはずのほむらでさえ背筋に寒気が走るほどの気が。

「相撲の神様がワシのことを嫌いなのは構わねえ。才能だとか運命だとかをワシから抜くのも構わねえ。だからってここまでしやがるか。あの帆高って奴を見せつけてまでワシの心を折らせたいか」


ミシミシと音を立て筋が走る両腕を見てほむらは思う。
そうか。あの帆高の姿は、彼にとっても自分と同じ『神様に嫌われた者』なのだと。

「帆高を殺せば願いを叶えられる?横綱に相応しい身体でもくれるってか―――知ったことかよ。ワシは逃げんぞ。かーちゃんから貰ったこの身体で、ワシが好きなこの相撲で横綱になる。それがワシの生き方じゃ。
神様がなにを仕掛けてこようが関係ねえ。神子柴もこの殺し合いも『神様』ってやつも―――纏めてワシがぶん投げてやる」

火ノ丸の宣戦にほむらは息を呑む。
この殺し合いどころか神様さえぶん投げるという大胆な発言。
もしもこれを言ったのがただの一般人ならば内心で嘲っただろう。魔女の存在すら知らないあなたがなにを言うのだと。
けれど火ノ丸の目は真剣だった。怒りも殺意も微塵も揺らがぬほどに真っすぐだった。
「...とりあえず、着替えてもらっていいかしら。その恰好だと、その...悪目立ちするわ」
「む、そうじゃな...ちょっくら着替えてくるわ」

流石にこの場で着替え始めるほど常識知らずではなかった火ノ丸は、そそくさと別の部屋へと移動した。

「......」


一人残されたほむらは唇を噛み締める。
何も言えなかった。呆れたわけじゃない。非難するわけじゃない。
相撲と大切な人の存在と。戦場が違うだけで彼もまた命を賭けて戦う戦士だ。
だからこそその真っすぐすぎる姿が眩しく、同時に疎ましかった。

彼と違い、既に願いに対して折れかかっているのを自覚していたから。
何度厳しい現実に打ちのめされても諦めぬ姿にかつて抱いていた理想を見出してしまったから。

心が乱れているのは自覚している。ならば火ノ丸を置いてどこかに去ってしまえばいいというのにそれが出来ない。
まどかが願うであろう、人々を護るために戦う魔法少女としての自分を捨てたくないのか、あるいは彼からなにかを掴もうとしているのか。

「...ッ」

気が付けばほむらは立ち上がっていた。膝に両手を添え、片足を挙げる。火ノ丸とは違う、あまりにも不格好な四股踏みだ。
一見大したことのない運動だが、しかし、素人では回数を重ねる度に足が言うことを聞かなくなるほどの筋力トレーニングである。
もとは病弱な彼女の足がすぐに震えだしたのは言うまでもないことだった。



【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]:健康、火ノ丸への羨望と苛立ち。
[装備]:不明
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:己が為すべきことを見出す。
0:火ノ丸と共に行動する。

※参戦時期はまどかが円環の理と化した直後です。
※魔法は時間停止の盾です。

【潮火ノ丸@火ノ丸相撲】
[状態]:健康
[装備]:学ラン
[道具]:基本支給品、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:このバトルロワイアルも神子柴も神様もぶん投げる。
0:ほむらと共に行動する。

※参戦時期は高校編、全国大会出場前です。
最終更新:2021年01月17日 00:30