雨が降り注ぐ新宿の街、窓ガラス越しに建物の中から映る景色は移り変わる事もない雨雲特有の薄暗さに包まれている
建物越しでも聞こえてくる雨音は、店員もその客もいない静寂の中で唯一の音として響き渡っている
本来ならば大勢の人でごった返すその場所は、ただただ部屋に灯る照明と、沈黙したままの調理器具や装置が置かれたまま。冷蔵庫には上げる前の冷凍ポテトやらパンズや肉や野菜やらが来訪者を待ち望んでいるかのように鎮座している
ここはマクドナルド西武新宿駅前店。かの映画において、森島帆高と天野陽奈が初めてであった場所である
そんな場所の窓際の席に座る、今の雨曇の空のごとく表情が浮かばない少女が一人

「……どう、しよう」

福丸小糸――283プロ所属のアイドル。そしてアイドルユニット『noctchill』のメンバーの一人
『noctchill』は、言ってしまえば幼馴染4人で構成されたユニット。最も、小糸がアイドルになった経緯は幼馴染たちと一緒に居たいという個人的な願いからではあるが
然し、天才肌であった他の三人とは違い、小糸自身は他の三人においていかれないように、二度と離れ離れにならないようにと焦燥感を抱いていた
そんな彼女も、最初こそはそんな不安にかられ、自己評価も低かったのだが、プロデューサーやファンのみんなに支えられ、最終的にW.I.N.Gに優勝し――アイドルとしての一つの答えを得たのだ

だが、答えを得たばかりの少女に待っていたのは、輝かしい未来の舞台でも、絶望の奈落でもなく、この歪なる殺し合いの舞台だ
会場に飛ばされ、飛ばされた先が豪雨真っ只中尚の道の上。勿論髪も服装もずぶ濡れで、慌てて駆け込んだ建物がこのマクドナルド西武新宿駅前店
支給品にも暖房の類はなかったが、幸いにも店内には暖房が効いていたので時間が経てば体は乾くだけまし
水に濡れ未だ雫を地面に落とす白を基調としたブレザー制服、豪雨の圧で形が崩れ水滴が付着した髪は、まさに彼女の不安そのものが形作っているようにもみえた

プロデューサーも、事務担当も、社長も、スタッフやファンのみんなも、幼馴染の4人も居ない。知っている人間は誰も居ない
―――静寂、ただの静寂。雨音と、照明の輝きのみが在る、孤独な空間

今にも孤独への恐怖から思わず吐いてしまってもおかしくない程に気分が優れなかった。だが、そんな状況でもそこまで酷くなかったのは、ここに来る前に見せられた映画の事がまだ脳裏に過ぎっていたからだ

「……帆高くんと、陽奈ちゃん」

見るものの殆どを魅了したボーイ・ミーツ・ガールの物語
家出少年と、晴れ女であるヒロイン、その二人の物語

小糸は思う。天野陽奈の事。家族の為にと曖昧な目標のまま生きてきた彼女は、一人の青年との出会いから生きる意味を手に入れた
小糸自身もまた、一人になりたくないという思いから、アイドルという世界に曖昧なまま突入し、様々な苦難がありながらも自分なりのアイドルとしての望むべき道を掴んだ
どちらも、一人の男性の出会いから、自分の意義を見つけたのだ。曖昧だった色彩が、ピースが嵌め込まれた事で完成したのだ
あの神子柴という老婆の説明通りなら、森嶋帆高は必ず天野陽奈と出会いに行くだろう。もし再開したのなら、二人のハッピーエンドの代償としてこの街も、私達も水の藻屑となる
だからといって生存のために森嶋帆高を妨害したならば、天野陽奈は人柱として天に還り、森嶋帆高はひとり取り残されたまま死亡する

「……選べるわけ、ないよ」

弱音が、吐き出る。彼女にはどちらを取るという選択なんて出来ない
死にたくないのは心の底からの本音だ。まだ自分の進むべき道をやっと見つけたというのに、こんな訳のわからないことで死ぬのは嫌だ
だからといってそのために誰かを犠牲にすることなんでしたくない。あの映画を見せられ、二人のことを理解してしまったのならば尚更だ

二人の幸せを奪ってでも生きるという選択を、福丸小糸が選べるはずもないのだ
元より、そんな覚悟を、彼女が持ち合わせているわけもないのだ

「……どうすれば、いいの、私は」

寂しさや不安、死への恐怖からか、弱気に呟きながらその瞳からが大粒の涙が流れ落ちる
こんな所で死にたくない。こんな所で終わりたくない。ようやく始められたのに、ようやく自分にとってのアイドルとしてやりたいことが出来たのに
また会いたい、ノクチルのみんなに、プロデューサーに。でも生き残る為には二人が出会うことを妨害しなければならない。でもそんな事出来ない、誰かを犠牲にすることなんで出来ない。したくない。そんな選択をとったら、もう二度と戻れない気がするから

「わたし、は――」

思わず本音を大声で溢しそうになった、その途端であった
ジュゥゥゥゥ、という何かが揚げられている音が、キッチンらしき方から聞こえてきたのが

(―――!?)

溢しそうになった声を無理やり抑え、机の下へ咄嗟に潜り込む
震える小糸には、店内に響き渡る何かが揚げられている音が怖く感じていた
数十分程経ち、軽快な音楽が流れる。この音はマクドナルドでフライドポテトが揚げ終わった時になるアラーム音。つまり誰かがフライドポテトを揚げていたということだ

だが、その主がどうしてここにいるのか、未だ机の下で震えている小糸にとっては未知の恐怖として彼女を蝕んでいる。もしかして自分を探しにきて、殺しに来たのかと
焦燥と恐怖で脳内が染まる。逃げようとして動こうとするも運悪く頭をぶつけてしまう。ぶつけた拍子に机が揺れ、灰皿が地面に落ちてカラーンと音を立てる

「――ぁ」

足音が近づいてくる。一歩ずつ、一歩ずつこちら側に
この場から早く逃げたいのに、頭をぶつけたせいなのか、うまく動けない。それどころか足がすくんで思うように立ち上がれない
動いてほしいのに動けない。必死に動かそうとしているに、それでも動いてくれない。そうしている内に足音は近づいてくる

「……嫌だよぉ……死にたくないよぉ」

アイドルとして、目指すべき自分自身が曖昧だった自分が、プロデューサーに助けられて、アイドルとしての'自分なりの答え'という名の翼をやっと掴んで、羽ばたいていこうとしたのに
こんな所で終わるなんて嫌だ。こんな殺し合いで、孤独なまま、ただ一人死んでいくなんて嫌だ

「―――死にたくないよぉ!!」

もう近くまで足音の主がいるのにも関わらず、叫んだ。普通だった、努力家な福丸小糸の涙の叫びを


「ちょっちょっと、落ち着いてください。少なくとも私は殺し合いに乗っていませんし、乗るつもりもないですよ」
「……ぴゃっ!?」

そんな小糸の叫びが天に通じたのか、足音の主は未だ動けない彼女に声をかけていた
足音の主は黒髪と赤い瞳が特徴的な、幼さの残る黒セーラーの少女。まるで日本人形を連想させるようなその容姿
それ以上に、彼女がかけてくれた言葉に、小糸はキョトンとしながらもその少女を見つめていた

「ですので、心配しないでください。……あ、これ食べますか?」

そんな小糸に、少女は諭しながらも、その手に持ったフライドポテトを摘み食いながら話しかけるのであった


○ ○ ○


「……落ち着きましたか?」
「……は、はい……」

数分後、落ち着いた福丸小糸は先程の少女と共に座席に座っていた。少女は未だに揚げたてであろうポテトを食べながら小糸を見つめてる

「ですけれど、あんな大声を出すのは余り良くないです。近くにいたのが私だったからいいにしても、もしやってきたのが殺し合いに乗っている危険な連中だったら小糸は間違いなく死んでいました」
「……うう……」
「ですがもう安心してください。この私がいればもう安全です! あなたの事は私が必ず守ってあげますから!」
「は、はぁ……」

などと大言壮語を言い切る少女に、小糸は呆れながらもその少女が頼もしく思えたのだ。なにせ自分を「守ってくれる」と言ってくれたのだ。この場所初めて会ったばかりの少女だけど、その赤い瞳の奥には決意にも信念にも似た何かを感じていた
ただし、フライドポテトを食べながら、というのを除けばもう少し威厳があったのだろうけど
最も、彼女に誘われ腹ごしらえとばかりにポテトを食べている彼女自身も人に言えた立場ではないが

「……コホン。そういえば自己紹介がまだでしたね。私は蒔岡玲といいます。あなたは?」
「わ、私は福丸小糸って言います……! そ、それで玲ちゃんはどうしてここに」
「いえ、私がここにいたのは偶然です。というよりも最初に飛ばされた場所がここの近くだったんですよ。……言っておきますけど、別にファーストフードの誘惑につられてここに来たわけじゃないです! 誰かいないか探しに来ただけです!」
(……どう考えてもポテト食べながら言うセリフじゃないかな……)

口ではそう言いながらも美味しそうにポテトを食べていく玲を、内心そう思いながらも何かしら言ったら怒られそうということで口には出さない事にしている小糸
但し視線ではそう思われたことに内心察したのか、「私は腹ペコキャラじゃないですよ!」と言わんばかりに小糸を見つめているのである

「……コホン。とまぁ、一旦その話はおいておきましょう。まず重要なのは今度の私達の方針です」
「……うん」
「私はそこまで頭は良くないですし、戦えることぐらいが取り柄です。策とかそういうは私は本当にダメですので。だからまずは、小糸――あなたが何をしたいか、聞きたいんです」
「――私のしたい、こと」

玲に突きつけられた、選択。自分が何をしたい事
勿論こんな殺し合いに巻き込まれた事自体が嫌なことで、早くみんなの元に戻りたい気持ちはあるけれど

「……私は、あの人を、陽奈さんと帆高さんを出会わせたい。私も、プロデューサーやみんなの所へ帰りたい、です」

福丸小糸がアイドルとして得た自分なりのあり方の一つ。自分みたいななんとなくな居場所しか無い人たちの、私も含めた居場所になりたいという気持ち
だからこそ、あの娘から居場所を引き剥がせたりなんてさせない、彼と彼女を引き剥がせたりなんかさせたくない。勿論自分も死にたくない。だからどっちも取る。自分に出来ることなんてちっぽけだけど、それでも
そんな小糸の答えを聞いた玲は小さく微笑む

「……だったら尚更、あの神子柴とかいう不届き者の思い通りになるわけには行きませんね」


○ ○ ○

未だ雨は止まず。だが今の小糸そんな雨曇の空に負けない心持ちを取り戻していた
理不尽で、どうしようもなく残酷な舞台が幕を開ける。だけどそれに負けないで、みんなの元に無事に戻る。ファンにとっての居場所であるから、その居場所を失わせたくないという気持ちも、死にたくないという自分自身の思いも一緒くたにして
自分から歩かないと何も変わらないまま。だってわたしの人生の主人公はわたしなんだから

「ええっと、その、玲さんは戦えることが取り柄って言ってました、けれど……その……」
「大丈夫です、小糸からもらったこの妖刀・村正2号がありますから! これがあれば百人力です!」
(名前、付けたんだ……)

蒔岡玲が上機嫌ながら携えるその刀は、元々は小糸の支給品。最も小糸がこんな物騒なものを扱えるはずもなく、玲自身がそれを見た瞬間に自分に渡すように嘆願してきたのもあり素直に手渡した
その刀が、本来鬼を切る為の用途として使われる『日輪刀』であることを二人とも知らないのだが

まず目指すのは地図でA-8に指定されている場所。森島帆高がいる場所。もしかしたらもう既に別のエリアに行っている可能性も無きにしもあらずであるが、向かうだけでも価値はある
幸いにも玲の支給品に傘があった。この傘自体はは実は銃が内蔵されているため、もしもの時の為の自衛道具ともなる。最も玲は銃より剣にご熱心な為、自衛道具が手持ち無沙汰な小糸に手渡した

「さて、善は急げというやつです。遅れないでくださいよ、小糸!」
「えっ、待ってください玲さん……そのままじゃ、雨に濡れちゃいます……!」

雨を気にせず勇ましく一歩駆け出す蒔岡玲と、傘を開き水しぶきを飛び散らせながらも追いかける小糸の姿は、雨雲包むこの歪で残酷な舞台に挫けず駆け出す一筋の輝きでもあった

○ ○ ○


福丸小糸は選択した。幾通りもあったであろう、その問いの答えを
それは、誰かにとっては何の変哲もない答えだったのかもしれない

だけど、この世に正解もハズレも間違いなくないとしたら
彼女はその言葉や思いを溜め込んで、遙か先を描いていく

the answer is inside of me


【福丸小糸@アイドルマスター シャイニーカラーズ】
[状態]:健康、ずぶ濡れ
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、夜兎の番傘@銀魂、ランダム支給品0~1
[思考・状況]
基本方針:大切なみんなの元へ帰りたい。それに帆高と陽奈を再開させたい
1:まずは帆高を探しにA-8へ向かう
[備考]
※参戦時期は最低でも『W.I.N.G編』優勝後


【蒔岡玲@リベリオンズ Secret Game 2nd Stage】
[状態]:健康
[装備]:日輪刀@鬼滅の刃
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~3
[思考・状況]
基本方針:殺し合いは止める
1:小糸のことは私が必ず守ります!
2:帆高を探しにA-8へ向かう

『支給品紹介』
【日輪刀@鬼滅の刃】
鬼殺隊隊員の基本装備。太陽に最も近く一年中陽の射す山と言われる「陽光山」で採掘される「猩々緋砂鉄」「猩々緋ひ鉱石」という特殊な鋼材を原料とする日本刀。但し、鬼を切れる以外は普通の日本刀と対しては変わらない

【夜兎の番傘@銀魂】
宇宙三大傭兵種族の一角でもある夜兎が、弱点である日光を防ぐために常に持ち歩いているもの。相手を殴り飛ばせるほどに頑丈な他、銃が仕込まれてもいる
最終更新:2021年01月17日 00:31