ザー ザー

ハァ、ハァ

降りしきる雨の中、空気に溶けていく呼吸音が一つ。
主は勝次。アーカードの依頼を引き受けて以降、彼はひたすらに町の中を歩き続けてた。

「ホギャア...ホギャアア...」
「くっ、この赤子泣き止まねえェ」

勝次の左腕に生えている赤子は依然泣き止まず、その声に勝次の苛立ちが募っていく。

雨に打たれ、赤子の泣き声に苛まれ。
こうなれば心身共に疲弊するのは当然だ。

(ちょっと休むか)

アーカードの依頼にしても、帆高の情報にしても、どちらにせよ手がかりが無いため、今は闇雲に歩いている状態だ。
ならば少し落ち着いてこれからの進路を決めるのもいいだろう。
傍にあった東屋に避難し、ひとまず雨だけは凌ぐ。

(...明)

この会場に連れて来られているもう一人の連れ合いの姿を思い返す。
宮本明。共に蟲の王の体内に侵入し、殿を務め怪物バッタの軍勢を引き受けてくれた友。
明がやられたとは思えないが、しかし、こんな状況下では流石に心配になってしまう。

「こっちに連れて来られたのは俺と明だけか」

蟲の王との戦いは、内側から勝次と明、外側から鮫島率いる仲間たちが攻める段取りだった。
自分たちがいなくなった今、彼らは無事だろうか。
せめて逃げきれてくれているといいのだが。
そんな心配と共に思考は落ち着いていき、ふと気づく。

「あれ?赤んぼが泣き止んでる」


先ほどまで煩わしいほどに泣いていた赤子が、東屋に避難してからというもの、すっかり大人しくなっていた。

「ひょっとして雨か?」

勝次は雨に打たれた程度ではさしてへこたれはしない。
しかしまだ生まれたばかりの赤子はどうだろうか。通常の赤ん坊よりは頑丈だとはいえ、生後間もなくで冷気に晒されればたまったものではないだろう。
だから泣いて訴えていた。雨に濡れずに済む休息の時間を欲しいと。

「赤んぼは喋れねェから泣くしかねェってことか。なんか悪いことしちまったな」

勝次が赤子の頭を軽く撫でると、気分を良くしたかのようにきゃっきゃっと笑みを零した。

「ヘヘッ、なんか可愛げがあるじゃねェか」

自分に害を加えず、意外にも愛嬌があることから、勝次が抱いていた赤子への嫌悪感はすっかり成りを潜めていた。

「...母ちゃんたちも、こんな感じだったのかな」

今は亡き両親たちへの想いを馳せる。
自分が赤子の時は、彼らもこうして泣いている自分をあやして、撫でて、愛でていたのだろうか。

「母ちゃん...」

時刻はすっかり深夜帯だ。ふと寂しくなった勝次は星を見上げようとする。
が、いまは生憎の雨であり雨雲のせいで星は見えない。

「クッ、あのクソババアふざけやがって」

ギリッ、と歯を食いしばり怒りを露わにする。
晴れ間が差し込まないのは帆高のせいかもしれないが、しかし怒りの矛先は間違えない。
勝次が連れて来られる前はしっかりと星が見えていたのだ。ならば元凶は間違いなく神子柴である。

「待ってやがれクソババア。てめェの企みは俺と明がぶっ潰してやる」

「その宣言、わたし達も乗らせてもらっていいかしら?」

突然の声に勝次は慌てて振り返る。

「誰だ!?」

勝次の目線の先に佇むのは、赤の長髪の女と青のショートカットが特徴的な、OLを思わせる服装の女だった。


「どう思う?」
「どう思うって、ねえ」

デパートで調達した傘の下、神子柴の追加放送で配られた名簿を見て、文香と悠奈は共に「ハァ」とため息を吐く。
二人が共に巻き込まれた時のシークレットゲームでは、参加者同士にそれなりの因縁がある者を中心に呼ばれていた。
その為、何人かは自分たちの知る者、特に悠奈と文香が共通して知る者がいるかもしれないという覚悟はしていた。

そして名簿に記載されていた男の名に、ある種、落胆の意を見せたのだ。

「なんでよりにもよって伊藤くんなのよ...」

伊藤大祐。それが名簿に記載されていた唯一の知己。

ここに呼ばれたのが修平や司ならば。その冷静な判断力と推理力で最適な解を導き出せたかもしれない。
結衣や琴美ならば。その場を和ませる優しさで余計なトラブルを抑え込めたかもしれない。
技術力のある充ならば。先駆けてこの首輪の解除の目途を立てられたかもしれない。
サバイバル経験の豊富なはるなならば。より多くの参加者を生還させる立ち回りを思いついたかもしれない。
演技力のある初音ならば。集団同士がぶつかった時に相手の懐から情報を抜き取ることができるかもしれない。
戦闘力の高い黒河や真島、玲に瞳であれば、多少の荒事も問答無用で鎮圧できたかもしれない。

だが、呼ばれたのが大祐のみというのが悩ましい。
他者との交流に関してかなりフットワークが軽いのは強みだが、それ以上に彼という男が齎しかねないデメリットは非常に大きい。
気分屋で。人を傷つけることにも躊躇が無く。物事を理性よりも下半身で考えて。我欲を満たすのを優先とする刹那的快楽主義者。
確かにあのゲームの終焉時には彼もこちらを裏切ることはなく、最期まで共に抗い続けてはいた。
しかしそれはゲームの頓挫により主催たちが自分たちを生かして返すつもりがなくなったことと、島全土を覆う火災という時間制限と粛正部隊に追われているという逃げ場のない瀬戸際だったからだ。
この殺し合いでは『誰かが特定の一人を殺せばいい』『仮に自分が動かなくても生還することができる』というこれ見よがしな逃げ道が用意されている。
そんな中で大祐を放り込めば結果は火を見るよりも明らか。
まず間違いなく彼はその話術で人の懐に入り込み、時がくれば野獣の如く殺すなり犯すなりし始めるだろう。

「下手すれば悠奈さんも危ないわよねこれ」

大祐からして見れば、そんな欲望を発散できる場で目の上のタンコブになるのは悠奈の存在だ。
悠奈はその可憐な見た目に反して実戦経験が豊富であり、体格で勝る男にも負けぬ格闘術や銃器の扱いにも長けている。
少なくとも、黒河の拳一つであえなく沈んでしまう大祐では逆立ちしても勝てない相手だろう。
となれば、大祐のうってきそうな手段の一つとしては、悠奈の悪評を流して鉄砲玉のように仕掛けてくることだ。
流石の悠奈も、仮に一般人相手だとしても多人数では鎮圧に手間取ってしまう。

「まあ、それくらいのリスクは覚悟しておくべきよね...はぁ、なんで身内に首を絞められなくちゃいけないのやら」
「でも見捨てないのよね」
「モチよモチ。あんなのでも被害者なんだから」

しかし、それでも悠奈に大祐を切り捨てる選択肢は存在しない。
彼女は己に不殺の信念(ルール)を課している。それは己の手を汚さない、というだけではない。
手の届く範囲の殺人行為全てを防ぎ犠牲者を可能な限り減らす、というルールだ。

この殺し合いに呼ばれた以上は誰もが理不尽に虐げられる被害者だ。
ならば救わねばならない。たとえそれが己を狙う者だとしても。

「まああいつの気が変わって真っ当に脱出を目指してくれてればそれに越したことはないんだけどね」
「アハハ...まあ、あまり期待しないでおきましょう」

彼女たちの予想通り、大祐は悠奈を排除する為に悪評を振り撒こうとしているのだが、現在の彼女たちがそれを知る由はない。

「なんにせよ、当面は仲間探しね」

帆高の身柄を確保するというのが二人の目的ではあるが、しかし、彼のスタート地点であるAー8エリアに向かったところで会える保証はない。
ならばせっかく二人いるのだから、ゴール地点である鳥居を探し出し、そこから鳥居を護る役と帆高を探しに行く役とを分ければいい―――おいうのがセオリーだが、このような事態に単独行動がどれほど危険かは身に染みてわかっている。
だからこそまずは仲間を集める。目的を共にする同士を探し、そこから帆高の捜索班と鳥居の守護班をわける。
それが二人の当面の目標だった。

デパートから出て歩き始めどれほど経っただろうか。
ホギャア、ホギャア、と赤子の泣く声が耳に届いた。
二人の間に緊張が走り、共にビル群の隙間から顔を覗かせたところ、向かい側の道路を歩く少年の姿を捉えた。
文香は声をかけようとするも、その左腕から生えた異形の赤子に息を呑み、迂闊な接触を躊躇った。
悠奈の方へと顔を向ければ、悠奈も同じような気持ちになっていたようで。

「な、なんだったのよアレ」
「わからない...けど、神子柴も怪物を操っていたし、他にもああいうのがうろついているのかもしれないわね」

あの異形の少年がどういう目的で動いているかわからない。
ならばまずは探るべきだろう。幸い、彼はこちらに気づいていなかったようなので、二人は街角に身を潜めつつ、少年の後を追っていく。
幸い、雨音が二人の足音を殺していた為、尾行は想像以上に容易かった。
やがて少年は東屋で休憩を取り始めた為、二人はいつでも接触できるように、可能な限り近づき傍の街角に身を潜めた。

「赤んぼは喋れねェから泣くしかねェってことか。なんか悪いことしちまったな」

ここまで近づいてようやく声が聞こえた。
どうやら少年は腕の赤子に語り掛けているようだ。

「...母ちゃんたちも、こんな感じだったのかな。...母ちゃん」

人の温もりを欲するようなその言葉に、二人の唇は噛み締められ、こんな幼い子供を巻き込んだ老婆への怒りを募らせる。

「クッ、あのクソババアふざけやがって」

だが、少年は涙を流すどころか怒りを漏らしていた。
表情が見えずとも感じ取れるほどの、熱い怒りを。

それはかつて自分たちが抱いたものと似通っていた。
突如、殺し合いの場へと強制的に連れて来られて。
互いを信頼し合えば犠牲者は出ないというルールを信じ、ルールに従った上で一週間もの間、犠牲者を出さずに生き抜いて。
なのに肝心の主催は犠牲者なく終えさせるつもりはなく、特定の参加者に『お前が誰かを殺さなければ全員を殺す』という旨の介入を行っていたと知った時のあの怒り。
『理不尽』に絶望するのではなく、たとえこの身が尽きようとも『理不尽』に抗ってやるという揺るぎない決意。

「待ってやがれクソババア。てめェの企みは俺と明がぶっ潰してやる」

その言葉を聞いた時、確信した。彼は同じだ。
『理不尽』に虐げられ、それでも『理不尽』に抗おうとする戦士だと。

悠奈と文香は互いに顔を見合わせ、笑みと共に頷き合い物陰から姿を現す。

「その宣言、わたし達も乗らせてもらっていいかしら?」
「誰だ!?」

悠奈の言葉に慌てて振り返る少年に、文香はずい、と一歩前へ出て名乗りを上げる。

「私は陸島文香。こっちの人は藤堂悠奈さん。あなたのいう、このクソババアのクソゲームを叩き潰そうとしているお姉さんたちよ」


もぐもぐ。

雨の凌げる東屋の下、三人は情報交換を兼ねた食事を取っていた。

「助かったぜ姉ちゃんたち。こんな腕だし、吸血鬼か邪鬼と思われて撃たれてもおかしくなかったし」
「いやいや...吸血鬼ってもっとシュッとしたりマント羽織ってたりするでしょ。勝次くんのソレで吸血鬼は無理あるわよ」

吸血鬼だの邪鬼だのと引き合いに出してきた勝次の言葉を子供なりのジョークだと思った文香だが、しかしそんな彼女の言葉に勝次は眉を潜める。

「は?何言ってんだよ。姉ちゃんも知ってるだろ、あいつら放っとくとクソもほったらかしだしすぐに女をレイプするしで全然シュッとしてねェじゃねェか」
「えー...勝次くんどんな吸血鬼が出てくる漫画読んでるのよ」
「漫画じゃねェよ。姉ちゃんこそどうしちまったんだよ?まさかあの全国に蔓延ってるクソ吸血鬼共と会ったことすらねェのか?あー、でもアーカードの奴みたいに親玉が違う場合もあるのか」
「...???」

勝次の言葉にますます困惑する文香。
勝次はまるで吸血鬼を実在する存在のように語っているが、しかし文香にとっての吸血鬼は小説や映画のような創作の怪物である。

「ちょっと整理させて。勝次、あなたは日本に住んでるのよね」
「ああ。今のご時世で外国に高跳びなんてできねェよ」
「今の年号は?」
「平成...何年だっけ。たしか16とか17とかそんな感じだった気がする」
「つまり勝次の住む日本では吸血鬼がいて当たり前、と。でも、私たちはそんなものを知らない...」

悠奈は備え付けの机に、大雑把に勝次と自分たちの認識の差異を纏めていく。

「いえ、まさかそんな...でもそうでないと...」
「悠奈さん?」

ブツブツと何事かを呟き続ける悠奈。
その顔を文香と勝次は覗き込む。

「...信じられないけど、わたし達と勝次は住んでいる『世界』が違うのかもしれない」

悠奈の言葉に首を傾げる二人。

「昔、似たような状況を映画で見たことあるのよ。平衡世界―――つまり、同じ時間においても全く違う世界を生きる自分がいるってこと。ここで言うなら、吸血鬼が実在する勝次の世界と実在しない私たちの世界ね」
「そんなことあり得るの!?」
「私だって突拍子もないこと言ってると思うわよ。けど、事実、勝次の腕はただの病気では考えられない状態になってるし、神子柴だって魔法や奇跡としか言いようがない力を操っている。ならあり得ない話ではないでしょう?」
「吸血鬼のいない世界、か...」

ポツリと呟かれた勝次の言葉に、悠奈は失言だったかと自省する。
あの口ぶりからして、勝次は吸血鬼にはそうとうの恨みつらみがあるのだろう。
ならば、吸血鬼のいない世界の存在を知った彼が、神子柴に従い吸血鬼を消す願いを叶える為に帆高を殺しに行く可能性もある。
そんな可能性を考慮し、悠奈はひそかに勝次を拘束する手段をシュミレートする。

「良かったな姉ちゃんたち。あんな奴らと関わらなくて済むならそれが一番だぜ」

だが、予想に反しての勝次の満面の笑顔に、悠奈と文香は息を呑んだ。
吸血鬼に危機に晒され。腕を変異させられ。殺し合いに巻き込まれて。それでも勝次は荒んでいない。
どころか、未だに他者を思い遣る心を保持している。
言葉にすれば簡単だが、それを実践するのはどれほど難しいことだろうか。

「...強いのね、勝次は」
「よせやい照れるだろ」

悠奈が帽子の上から勝次の頭を撫でると、勝次と腕の赤子が照れくさそうに頬を赤くした。

「ふふっ、思ったよりも表情豊かねその子」
「ああ。そのせいでなんか愛着湧いてきちまって」

まるでここが殺し合いの場だというのが嘘であるかのように和やかな雰囲気で談笑する三人。
そんな空気を、文香と悠奈は『結衣や琴美と話してる時はこんな感じだったっけ』と懐かしんでいた。

「あっ、そういや姉ちゃんたちは車とかもってねェかな。最悪、傘でもいいんだけど」
「傘ならさっきデパートで調達してきた分があるけど...車?」
「いやさ、さっき会ったアーカードって吸血鬼が車を欲しがってんだよ。なんかあいつの種族は箱みたいなのがないと川とかを渡れないんだってさ。...ああ、吸血鬼とはいえそいつは信用できると思うぜ。俺の知ってる吸血鬼と違って上品だし、インテグラって人がいないなら俺に従うって約束してくれたし」
「また吸血鬼ってほんとになんでもありな世界ね...残念ながら、わたし達の支給品にもデパートにもないわよ」
「そっか。なら仕方ねェ、とりあえず傘で我慢してもらうか...ご馳走様っと」

食事を終えた三人は、休息を切り上げ立ち上がる。

「それじゃ、その吸血鬼さんのところに案内してもらおうかしら...改めてよろしくね、勝次くん」

文香より伸ばされた手を、勝次は笑顔で握り返す。

彼岸島より生まれし悪意に蝕まれた日本で暮らす勝次。
下衆な欲望に運命を翻弄され続けてきた文香と悠奈。

謂れなき理不尽に晒され続けてきた少年少女は、それでも揺るぎない決意を胸に抗い続ける。



【C-6/黎明/一日目】


【陸島文香@シークレットゲーム -KILLER QUEEN-】
[状態]:健康
[装備]:スタンガン@現実
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2(確認済み)
[思考・状況]
基本方針:この殺し合いを止める
0:勝次と共にアーカードなる吸血鬼のもとへと向かう。
1:森嶋帆高の保護
2:首輪解除及び脱出手段の確立
[補足]
※参戦時期はDルート終了後

【藤堂悠奈@リベリオンズ Secret Game 2nd stage】
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~3
[思考・状況]
基本方針:この殺し合いを止める
0:勝次と共にアーカードなる吸血鬼のもとへと向かう。
1:森嶋帆高の保護
2:首輪解除及び脱出手段の確立
[補足]
※参戦時期はDルート死亡後

【山本勝次@彼岸島 48日後…】
[状態]:健康、左腕変異
[装備]:拳銃@彼岸島
[道具]:基本支給品、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:糞ゲームを潰す
0:悠奈と文香と共にアーカードのところへと戻る。
1:明を探す。
2:アーカードのかわりに周辺を散策する。
3:傘や車があれば確保する
[備考]
※蟲の王戦で意識を失った後からの参戦です。

61:だから、一緒にいてほしい 投下順 63:弟妹
時系列順
前話 名前 次話
15:揺るぎなき信念 陸島文香
藤堂悠奈
24:紅茶 山本勝次
最終更新:2021年08月18日 15:32