夢を見た。
大切な人が祈りを捧げながら消えていく、悲しい夢を。
☆
「なんだよコレ...どうなってるんだよ」
振りしきる雨の中。
少年、天野凪はくしゃりとルールの説明書を握りつぶした。
あの神子柴という老婆が見せた映像。あれは間違いなく帆高と陽菜を中心にした出来事―――つまりは自分たちのこれまでの軌跡だ。
なんであんなものがある。警察に捕まった時には既に作られていた?
そんな馬鹿な。もしそうであるならば、帆高と出会った時から警察に捕捉されていたことになるが、それならばもっと早くに動くはずなのでこの線はあり得ない。
なにより衝撃的だったのは、陽菜が消えたことに神の意思が介在していたことだ。
正直、普段なら眉唾物だと笑い飛ばして相手にもしないだろう。けれどあの映画の顛末が自分たちにあまりにも酷似しており、且つあの状況で陽菜が消えること自体がまともではない。
ならば、神の意思は確かにあったのだと信じざるを得ないだろう。
(けど、これってつまり、あの婆さんは姉ちゃんをどうにかできるってことなのか?)
あの老婆はわざわざ陽菜と帆高を関連付けた殺し合いを開いている。
死者の蘇生すらこなすほどの力を持っているのだから、よほど神の領域を穢せる自信があるのだろう。
それどころか、既に陽菜を手中に収めているのかもしれない。いや、そちらの方が辻褄があう。
そして、陽菜を連れ戻すのなら、殺し合いのルールに従い、制限時間以内に主催本部へ留まる5人に収まればいい。
自分が誰かを殺さなくても願いが叶うのならば当然賛同したい。
だが、その最大の障壁が帆高だ。
願いを叶えるということは、彼を犠牲にするということになる。
無論、陽菜と帆高、どちらが大切かと問われれば陽菜だと即答する。
けれど、優先順位の優劣はあれど、それで帆高を見殺しにするのをよしと割り切れるはずもない。
「ちくしょう、どうすればいいんだよこんなの...!」
神や神にすら干渉できる力を持つ老婆が相手では、ただの小学生などあまりにも無力だ。
それがわからないほど、凪は愚かではなく純粋でもなかった。
己の無力さに打ちひしがれながらも、とにかく動こうとしたその時だった。
「え、あれ?」
動かない。まるでなにかに掴まれてるかのように足を動かせない。
「まさかこんなに簡単に見つけられるとは思わなかった」
建物の曲がり角から現れた少女がそう独り言ちた。
☆
私の世界は変わらない。
どれだけ頑張っても、いつかはルールが増えて世界が変わる。
それでも私の道は変えられない。
だからこれは運命。決して逃げられぬ運命だ。
そう言い聞かせてずっと戦ってきた。捕まえてきた。殺してきた。ずっと。ずっと。
でもダメだった。
神様が変わっても、私の世界は変わらなかった。
☆
「...結局、こうなっちゃうか」
ジーナは曇天の空を眺めながらふぅ、とため息をついた。
自分は死んだ。愛しい男に胸を撃たれ、彼の連れ合いに託し、最期の口づけと共に命果てる。そんな最高の死を迎えた。
なのにこうして生きている。いや、生き返らせられている。化粧直しも完璧に。
しかも、一つの対象を捕縛あるいは殺害しなければ大勢が死ぬという、兼ねてからの課題と同じような条件付きでだ。
お前は死んだところで逃げられない―――そんな、意地の悪い神様からの嗤い声が聞こえてくるようだった。
「はぁ、若いっていいなあ」
このゲームの開始前に見せられた映画。
彼らもまた神に運命を弄ばれた存在であった。
己の身を犠牲にしなければ二度と陽の光が差し込まない世界になると、勝手に秤にかけられ、決定権さえ彼女たち自身には存在していない。
顔も知らない大多数の為に消費される存在として同情心が湧かない筈が無かった。心情的には彼らの恋を手助けしてあげたいとも思えた。
けれど、ジーナには立場というものがある。役目というものがある。
地球に理(ルール)を追加する髪を否定する者たち、『否定者』たちの組織(ユニオン)。
席は最愛の者へと譲ったが、しかしだからといって今も戦い続ける仲間たちを放っておくことはできない。
正規メンバーでないならないなりに助力をしなければならない。
その為には、まずここから生きて帰らなければならない。それはつまり、帆高と陽菜の犠牲を意味する。
「あーあ、あの子たち殺したくないなあ」
いつものことだ。
進んで殺したいと思ったことなど殆どない。
だからこれはいつもの課題だ。自分がやらなければならないことだ。
方針を決めたジーナが歩き始めて数分、早速、建物の影に身を潜め荷物を検分している参加者を発見した。
双眼鏡を取り出し横顔を改める。
どこかで見たことのあるその顔に、ジーナは、ああ、とポンと手を打つ。
(確かほだかちんとひなちんと一緒に逃げてた子)
帆高がセンパイと称し、陽菜とは仲良し姉弟だった少年、名前は確か凪だったか。
彼らの関係者まで巻き込む性根の悪さには呆れるが、しかしこれはある意味好機だ。帆高の身内である彼を確保すれば、帆高も下手な抵抗はしないかもしれない。
(...今さら、手段を選べる立場でもないよね)
相手はこちらに気づいていない。ならば拘束は容易だ。
ジーナの能力『不変(アンチェンジ)』があれば。
手をかざし、能力を発動させようとして気が付く。普段よりも能力の精度と強度が落ちていることに。
「ふぅん、そういうこと」
ジーナの不変の防御力は驚異的だ。それも、その気になれば殺し合いなど破綻してしまう程に。
彼女は空気の変化を『否定』することで空気の壁を作ることが出来る。
この空気の壁は本来ならば、たとえ隕石程の衝撃があったとしても壊すことが出来ない程強固だ。
当然、そんな中に引きこもられれば絶対防御が完成し殺し合いが成立しなくなってしまう。
この弱体化はそれを防ぐための措置だろう。いまのジーナの空気の壁は、耐えられる上弦が定められている。
それでも人智を超えた力が損なわれるわけではない。
伸ばした空気の手は凪が気づく前に到達しあっさりと捕縛してしまった。
現れたジーナの、陽菜と同い年くらいのその姿に凪は目を丸くする。
「あなた、あの映画に出てた凪くんだよね」
「な、なんだよあんた...これあんたがやったのかよ」
「質問に答えて」
「...そ、そうだよ」
可憐な外見とは裏腹の鋭い目つきとドスの効いた声音に、凪は下手に刺激すべきではないと察し素直に答える。
「時間も無いし先に言っておくね。あなたを帆高との交渉役に使わせてもらうから」
「交渉?」
「仲のいいあなたが傍にいればあの子も妙な抵抗はしないでしょ」
「なっ」
いきなり現れて拘束され、しかも告げられた内容は身内を害するものときた。
当然、感情のままに怒りたくなる衝動に駆られるも、しかしジーナの放つ殺気がそれを押し留めさせる。
「わかるでしょ。ルールに則れば、彼が死ななければ皆死んじゃうの。貴方も私も、みんな」
「それは...」
「神子柴に従ってもなにも変わらないかもしれない。でも、こんな滅茶苦茶なことをしておいて、ルールに書かれてることすら無視するとは思えない」
「......」
反論の芽すら許さぬジーナの威圧に凪は口を噤む。
彼もわかっている。神子柴が約束を守るにせよ守らないにせよ、帆高が死ななければ自分含めた参加者は生きて帰ることはできない。
それに、あの映画で見せられた部分では、姉が消えたのも自分たちの自業自得だと思う人も少なくないだろう。
「...勝手なこと、言うなよ」
尤も、それが納得できるかどうかはまるで別問題である。
それを看過できるほど、凪は大人ではなかった。
「みんな勝手すぎるんだよ、姉ちゃんも、帆高も、神様って奴も。何にも知らない俺の気持ちなんて全然知りやしないんだ」
感情のままに噛みつく。
自己犠牲に。元凶に。理不尽に。
「だからッ...放せよ...ぐ、がああああ!!」
空気の手による拘束から逃れようともがくもビクともしない。
例え主催からの制限をかけられていても、一般人からすれば十分すぎるほどの硬度だ。
いくら子供が頑張ったところで抜け出す術などない。
「下手に抵抗すると身体を痛めるよ」
「知るかよ、こんなところで止まってる暇はないんだ」
歯を食いしばり、どれだけ必死にもがいても抜け出せない。
空気の手は少年の意思を『否定』する。
それでも。
それでも―――凪は叫ぶ。ジーナの言葉を『否定』する。
助けたいから。押し付けたくないから。死なせたくないから。
「帆高じゃない...姉ちゃんは俺が助けるんだ!!」
「言うじゃねえかボウズ」
上空より声が飛来した。
凪でもジーナでもない、第三者の声が。
「その"反逆"―――俺が引き受けた!!」
☆
突如連れて来られた謎空間。踊り狂うカメラとポップコーン。映画。巻かれた爆弾首輪。謎のババア。湧いてくる大量の化け物。死んだ奴の蘇生。
馬鹿な俺でもわかる。
今の状況は、あの荒野で腐るほど戦ってきた経験ですらぬるま湯浸かってたと思えるほどヤバイってことは。
『だったら―――どうする?』
頭の中で声が問いかけてくる。
俺が兄貴として尊敬し憧れた、イキでイナセなあの男、ストレイト・クーガーの声が。
『この掛け値なしの異常事態だ。お前自身を含む大勢の参加者の身を護るなら帆高を殺すのが最適解だが』
ノゥ!!
『ならば帆高を陽菜に合わせて自分(テメェ)は大人しく水の底に沈むとするか?』
絶対にノゥ!!!
『ならばどうする』
をいをいをいをい...決まってんだろうがそんなことはよ。
このゲーム自体も、女生贄にしてご満悦の神様も、ソイツを利用してこんなクソゲームを開くババアもなんもかんもが気に入らねえ。
ああそうさ。こんな理不尽、気に入るはずもねえ。
だったらやることはひとつだろうが。
『どうやって!?』
この拳で!
『だったら―――やれ!!!』
言われるまでもねえ!!
さあ―――反逆だ!!!
☆
「ウラアアアアアア!!!」
雄たけびと共に、ジーナと凪の間に落下する影が一つ。
その影は地面に着地すると同時、轟音を立てて地盤を砕き砂塵を巻き上げる。
空気の壁によりダメージこそはないものの、その破壊規模にジーナは思わず目を見開く。
全貌を確認できた訳ではないが、乱入者は殆どが生身の男だった。
唯一右腕だけが金属のようなものに覆われていたがそれだけだ。
ジーナの知る中で、それだけの装備でこれほどの破壊力を有する存在は二つ。一つは性別や病気のような概念を司るUMA。もう一つは
「『否定者』!?」
「否定者だぁ?いいや違うね」
砂塵が雨にかき消され、乱入者の全貌が明らかになる。
立っていたのは、男。右腕に金属の装甲を纏い、逆立つ頭髪からギラついた双眸を覗かせる男。
男は獰猛な笑みを携え声高々に叫んだ。
「『反逆者(トリーズナー)』だ!!」
曰く、全てを断罪する能力者(アルター)。曰く、ソイツに目をつけられたら未来はない(ノーフューチャー)。
反逆者―――反逆者『カズマ』、いまここに反逆を宣戦する!!
【カズマ@スクライド(漫画版)】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~3
[行動方針]
基本方針:この殺し合いに反逆する
0:手始めに目の前の女に反逆する。
※参戦時期は『s.CRY.ed』を刻まれた後です。
【天野凪@天気の子】
[状態]疲労(小)、空気の手で拘束されている
[装備]なし
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~3
[行動方針]
基本方針:姉ちゃん(天野陽菜)を助ける。
0:帆高や姉ちゃんを助けに行きたい。
1:なんだこの兄ちゃん!?
※参戦時期は逮捕されて以降です。
【ジーナ@アンデッドアンラック】
[状態]健康、精神的疲労(中)
[装備]なし
[道具]基本支給品、ランダム支給品1~2、双眼鏡@現実
[行動方針]
基本方針:帆高を止めてゲームを終わらせて帰還する(可能ならば願いを叶えて仲間たちの戦いを終わらせる)。
0:凪を手に入れて効率よく帆高を仕留める。
1:反逆者...!?
※参戦時期は死亡後です。
※『不変』の能力は制限により精度や硬度が弱体化しています。
最終更新:2021年01月27日 21:03