身体全体がゆっくり光に向かって登っていく。
と、途中、グッと誰かに足を引っ張られる。
足首に目を向けると人の形をした黒い霧が私の足を両手でつかんでいた。
二つの穴が目のようにぽっかり開いている。
黒い霧はしばらく動かず、空洞の目で私を静かに見続けた。

(な、何これ………)

「ワレヲ……」
「!?」
「ワレヲ……コノバカラ……解放……」
「………!」
「フウイン……解ク……」

かすかに女の人のような声が聞こえる。
しゃがれ声で聞き取りにくいけど、確か誰かがしゃべっている。
とても息苦しそうに呻いているから、こっちまで胸の辺りが苦しくなってくる。

「……あ、あの」
「アカメノウ…マガタマヲ……」

いつのまにか私の手には緋色の勾玉が握られていた。

「これはあなたの?」

黒い人型は首をゆっくり縦に振り、うなずいた。

「確かよもつしこめさんって名前だったよね。以前も私に会いに来てくれたことがあったはず。この勾玉を私にくれたんだったよね」
「ワレノ……ナンジ……ノモノ」
「あなたのもので、私のものって事?」
「ミカド…カラノ……タイセツ、オクリ……モノ」

(みかど? 御門……冬馬先輩が渡したのかな)

「よもつしこめさん。冬馬先輩のこと知ってるの?」
「アレハ……アガモノ……」

(アガモノって冬馬先輩が命を捧げる……生贄みたいな意味だって教えてくれたよね)

「冬馬先輩は生贄になんてならない。私がさせないから」
「ナンジ……ワレ……」
「あなたは私じゃない。私は私だから」
「ソノミ……サシダセ……」

私の中で蠢く異物感。
黒い何かに常に監視されているような落ち着かない気分。
このところそれを強く感じる。

「あなた……私の中の鬼なの?」

黒い塊はゆっくりとうなずく。
ぽっかりと空いた瞳では何を思っているのかさっぱりわからない。

「私はあなたの力が欲しい。弟を取り返すために必要なの」
「…………」
「だけどあなたに私の身体をあけ渡すことは出来ない。それを分かって欲しい」
「…………」
「お願い。私の話を聞いて」

お願いに応えてくれたのか。
人の形を保てなくなっただけか。
黒い人影は私の足を放すと静かに霧散してしまった。

(私の気持ち、伝わってくれてればいいな)

包み込む光がどんどん強くなっていく。
ベッドに横たわる感覚で私はまぶたをそっと開ける。

「愛菜!」
「愛菜ちゃん」

まずは冬馬先輩の顔。
その隣に周防さんの顔。
二人共私を心配そうに覗き込んでいる。

(冬馬先輩は相変わらず無表情だけどね)

「おはようございます」
「あれから30分も経ってないんだ。だからこんばんはのままだよ」

周防さんが少し笑って応えた。

(そうだ。報告しなくちゃ)

「あの、勾玉の人には会えたんです。でも名前は最後まで名乗りませんでした」
「そうか。今まで隠し通すくらいだ。迂闊な真似はしなかったか」

周防さんは仕方がないという風に溜め息をつく。

「でも……正体は分かりました」
「どういう事だい?」
「仕草や癖が……私の友達と一緒だったんです」
「じゃあ、愛菜ちゃんの身近な人が勾玉だったって事か?」
「私の親友の香織ちゃん。長谷川香織さんが勾玉だと思います」

香織ちゃんの名前を呼んだ時、勾玉は振り向いた。
そして周りを見回していた。
まず間違いないはずだ。

「長谷川香織。愛菜と同じクラス」

今まで黙っていた冬馬先輩が口を出した。

「冬馬は知り合いか?」
「知らない。愛菜と親しそうにしている姿しかわからない」

(あっ、そういえば)

「香織ちゃんが以前、妙な事を言っていました」
「妙? って何かな」
「冬馬先輩は誤解されやすいけど、信じてあげてって言われた事があるんです。
二人は知り合いなのか尋ねると、今回はまだ知らないと言っていました」
「今回ねぇ……」
「あと封印された時、香織ちゃんの身体は小さな子供なのに言動が今と変わらない様子でした。とても大人っぽい言葉遣いで子供の発言とは違うと感じました」

周防さんはしばらく顎に手を当てて考えていた。
そして考えがまとまったのか、口を開く。

「からくりの正体は記憶の継承だったのか。勾玉はてっきり俺と同い年くらいかもっと上かと思っていたけど、そんな年下じゃ見つからない訳だ」
「記憶の継承?」
「稀に前世の記憶をそのまま受け継いで転生することがあるんだ。能力によって……鏡なんかはその記憶を駆使して戦術を組み立てる軍師的な役割を担う。だから記憶を蓄積する必要がある。でも勾玉は偶然かもな」
「本当に偶然でしょうか」
「分からん。神器は特別だから記憶を断片的にでも持ってることはあるけどな。記憶継承か……」
「ところで勾玉はどんな能力があるんですか?」

素朴な疑問。
冬馬先輩の剣は戦闘特化のようだ。鏡はさっきの説明で軍師的な役割らしい。残り
の勾玉は何なのだろう。

「勾玉は魔除けや厄除けの意味がある。だから封印や防御障壁、治癒なんかも得意かもしれないな。もしかしたら転生前になんらかの細工をして、記憶を保つ呪術を施しておいた可能性もある。だとしたら記憶の継承も意図的にされた事になるな」

(勾玉って防御特化なのかも)

「周防、愛菜を帰す時間」

冬馬先輩の一声で一斉に時計を見る。

「もうこんな時間か。冬馬と愛菜ちゃんはその友達に接触して勾玉の確認と協力出来るのか聞いてみて欲しい」
「わかった」
「とても良い子なのできっと協力してくれると思います」
「頼もしいな。冬馬、また報告してくれ」
「わかった」

簡単なあいさつで周防さんと別れる。
外が暗いからと、冬馬先輩が家まで送ってくれる事になった。

最終更新:2020年06月28日 14:45
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