お風呂から上がり、部屋着に着替えて水を飲む。
すると居間のソファーに冬馬先輩が座っていた。
昨日のTシャツを用意しておいたから、先にお風呂に入っている先輩も用意した服に着替えていた。
「先輩、客間に布団を敷いておいたからね」
「ありがとうございます」
「少し時間がはやいね。まだ寝ない?」
「はい」
「私もまだ眠くないかも。少しお話ししてもいいかな」
「僕も愛菜と話したいです」
「よかった。何か飲み物持ってこようか?」
「大丈夫です」
「そっか。私も今はいいかな」
私は冬馬先輩と少し距離を置いて隣りに腰掛ける。
「私……今日ずっと考えてたんだ」
「何をですか?」
「私の能力って以前教えてもらったけど、強く願えば未来を思うように実現できるんだよね」
「封印を解けば可能だと言われています」
「冬馬先輩の時みたいに、契約すれば封印が解けるって事でいいんだよね」
「はい」
「だったら香織ちゃんや一郎くんと修二くんに契約してもらえば、私の願いが叶うって事だよね」
「そうですが……」
(だったら、うまくいくかも)
「愛菜は何か叶えたいことがあるのですか?」
「昨日までは何も無かったんだけどね。今はあるよ」
「それは……僕に関する事でしょうか」
冬馬先輩は見透かすような瞳でこちらを見る。
(私の考えなんてお見通しだよね)
「残り5年なんて短すぎるよ。だから、もしその巫女の力が備わったら一番に冬馬先輩の寿命が長くなるようお願いするつもりだよ」
(本当は冬馬先輩だってもっと色々な事がしたいはずだよ)
意気込む私とは対照的に冬馬先輩は黙ってしまう。
相変わらず無表情だけど、どこか不満があるように感じた。
「冬馬先輩は……私がそんなお願いしたら迷惑?」
「迷惑とは思いません。むしろ僕の事を考えてくれてとても嬉しいです」
「だったらいいよね」
「……気持ちは嬉しいですが」
「何か不満があるみたい」
「愛菜の願いが……あまりに私的な願いなので……」
冬馬先輩はまた黙ってしまう。
この願いの何に問題があるのだろうか。
「冬馬先輩?」
「あなたは……愛菜は……本当にそれで良いのですか?」
「も、もちろん」
冬馬先輩は下を向いて黙ってしまう。
そしてしばらくすると口を開いた。
「あなたが神託の巫女になりたいならば……もう少し思慮深くあるべきです」
「思慮って、一生懸命考えたよ」
「では言い換えます。そんな浅はかな願いを簡単に口にするべきではありません」
「そんな……」
「愛菜の力は尊いものです。より多くの者に幸あるよう願うべきではないでしょうか」
(浅はか……か)
きつい一言。
私の願いを聞いて、先輩はがっかりしたに違いない。
「また言い過ぎました。すみません」
「私、間違ってたのかな」
「愛菜の願いです。それに間違いも正解もありません」
「そっか。願いを叶えられるようになるって事は、私が神託の巫女……になるって事なんだもんね」
「愛菜は今まで普通に生きてこられた。でも他の神器と契約すれば神託の巫女となり、あなたは人でなくなってしまう。本当に後戻り出来なくなってしまいます」
「そうだったね」
私という自我が鬼に乗っ取られてしまうかもしれないと以前聞いた。
運良く自我を保てたとしても願いを叶えた後、巫女が無事でいられる保証は無い。
(でも……)
「明日、香織ちゃんには契約をお願いしてみるつもりなんだ」
「話が違います。愛菜は以前持っていた力を勾玉に開放してもらいたいと言った。だから僕は周防に退行睡眠を依頼したのです」
「騙したみたいになっちゃってごめんね。だけど小さい頃の私が出来た事なんて危機察知くらいだった。そんなのじゃ、何も変えられないんだよ」
「愛菜……」
あの頃の私はずっと悲しかった。
未来を良くしたいのに裏目にばかり出て、何一つ思い通りにならなかった。
「冬馬先輩の思い描く巫女には遠く及ばないかもしれない。だけど私が巫女の器な事にも理由がある気がするんだ」
「それを探すために契約をすると……そういう事ですか?」
「どうだろう。よくわからないけど、春樹に帰ってきてもらいたいし、冬馬先輩の笑顔をちゃんと見たい。きっと私のワガママなんだと思う」
「春樹さんの件はともかく、僕の笑顔なんて何の価値もありません。価値のない事にあなたが命をかける意味は無いはずです」
「意味……本当に無いのかな」
冬馬先輩の偶然の笑顔が見られただけですごい嬉しかった。
なんの価値も無い物ならもっと見たいなんて思わない。
わがままで浅はかかもしれないけど、私が叶えたい願いだと断言できる。
「愛菜は神器と契約をして本当に神託の巫女になりたいのですか?」
「うん。出来るなら」
「神託の巫女は神の代行者です。私的な願いに惑わされず、視野を広げて物を見てください。愛菜が命をかけるに足る本物の願いができた時、また話を聞かせてください」
そういうと先輩は立ち上がった。
「僕はもう休みます。おやすみなさい愛菜」
「うん。おやすみなさい」
先輩は客間へ行ってしまった。
(巫女……ってむずかしい)
冬馬先輩の意見はきっと正しい。
だけど多くの人の幸せなんて雲を掴むほど漠然としている。
正直、よくわからない。
私は客間の方を眺めながら深く溜め息をついた。
最終更新:2020年07月02日 20:11