ピピピピピピピピ

布団から腕を伸ばして目覚まし時計を叩く。

(もう朝か)

カーテンを開けて、大きく背伸びをする。
今日も天気が良くなりそうだ。

(なにも夢をみないの久しぶりだな) 

制服に着替えながらしみじみ思う。
ここ最近は色んな夢をみて自然と眠りが浅くなっていた。

(きっと疲れていたのかも)

今日はよく眠れた気がする。
体調も良いかもしれない。

階段を下りて、顔を洗う。
髪をセットしていると、いい香りがキッチンから漂ってくる。

(コーヒーの匂いだ。冬馬先輩だね)

顔をのぞかせると、キッチンに冬馬先輩が立っていた。
きっちり制服も着ている。

「おはよう冬馬先輩、起きるのはやいね」
「おはようございます、愛菜。目が覚めてしまったので、勝手にキッチン使わせてもらいました」
「好きに使っていいよ。待ってて、これから朝食作るから」

エプロンをつけて、紐を結ぶ。

「先輩は座ってて。簡単なものしかつくれないけど」
「僕も手伝います」

そう言って、冬馬先輩はすぐ横に立つ。

「いいよ。お客様だもん」
「一人暮らしなので朝食はいつも自分で作ります」
「そっか。じゃあ一緒につくろう」
「二人分作って今日はちゃんと食べましょう」
「私、食べられるかな」

あの砂のようなパンを思い出して寒気がする。

「とりあえず試してみてください」
「そうだよね。食べないと倒れちゃうかもしれないもんね」

気が重いけど、これ以上冬馬先輩を心配させちゃいけない。
私は大袈裟に腕まくりして、調理に取り掛かった。



「「いただきます」」

二人で手を合わせる。
お皿にはロールパンと冬馬先輩の作ったくずれかけのオムレツと私が焼いた黒いソーセージと千切ったレタスが乗っている。
さすが一人暮らし。
案外手際よく作っていた。

「冬馬先輩、あんまり生活感無いのに料理できるんだね」
「本当に簡単なものしかできませんし、見た目は悪いですが」
「こがさないで作れるし、十分だよ」
「コンビニばかりでは飽きるので。周防と一時期一緒に暮らした時に覚えました」
「へぇ、周防さんに教えてもらったの?」
「いいえ。周防はお坊ちゃんなので何もできませんでした。自分覚えた方が早そうなので、身に付けただけです」

(春樹も小学生低学年の頃まで車で送り迎えしてもらってたって言ってたな。周防さんも同じような感じかもね)

春樹も親が離婚してから料理を覚えたと言っていた。
家政婦さんとかメイドとかの大人たちにお世話してもらっていたのかもしれない。

「愛菜、まだ食べていませんが」
「うん……」

気が重いけど、仕方がない。
私は先輩の作ったオムレツにケチャップをかけて口の中に入れた。

(ん?)

口の中でほのかに甘い卵がトロッとほどけた。
ケチャップの酸味、控えめの塩胡椒も感じる。

「味が……」
「味覚、ありますか?」
「うん。美味しいよ、すごく」
「良かったです」

やっと味覚が戻った。

(うれしい……)

昨日、退行催眠の時に私の中の鬼に会った。
少しだけだけどお話ししたのが良かったのかもしれない。
今度会ったらお礼を言わなくちゃいけない。

私は夢中になって食べ物を口の中に入れていく。
パンもサラダも焦がしたソーセージすらおいしい。

「ごちそうさまでした」
「そんなに焦らなくてもまだ時間はあります」
「だってホントうれしくて」
「愛菜は食いしん坊ですね」
「隠してたのに、バレちゃった」
「良かったです。本当に」

満足そうに先輩はコーヒーを、私は紅茶を飲む。
ゆっくりカップを置いた冬馬先輩見ていてふと気づく。

「先輩、その首元の白いの……ガーゼ?」

制服のワイシャツからチラッと白い物が見えた。

「少し怪我をして、勝手に救急箱をお借りしました」
「それは構わないけど……大丈夫? いつ怪我したの?」
「いえ、本当に大した事ありません」

そう言って、冬馬先輩は隠すようにボタンを一番上まで留めしまう。
少し気になりつつも、また紅茶を一口飲んだ。

RRRRRRRRR

突然、椅子に掛けてあった先輩のブレザーから携帯の着信音が聞こえた。
先輩は携帯を手に取って、ボタンを押す。

「はい。御門です」
「……はい」
「はい……わかりました」

先輩は相手としばらく話して、携帯を切った。

「まだ7時だよ。こんな早くにどうしたの?」
「アパートの管理会社からでした」
「何かあったの?」
「昨日の深夜、地中の水道管が破裂したそうです。そのため、しばらく水道が使えなくなりました」
「えぇ! それは大変だね」
「至急代わりのアパートを用意してもらえるようですが、ここから二駅先になってしまうそうです」

私だったら慌てふためいてしまう所だけど、さすが冬馬先輩、冷静そのものだ。
事故だとはいえ、急に大変なことになってしまった。

(何とか助けなくちゃ)

「じゃあ、しばらくうちに泊まればいいよ」
「本当ですか?」
「守ってもらうならすぐそばがいいし、先輩の通学も大変だろうから」
「ご家族はよろしいのでしょうか」
「お義母さんに連絡しておくね。お友達が困っているんだもん、絶対良いって言うよ」
「ありがとうございます」
「実は……先輩と一緒だと嬉しいってのもあるんだ」
「愛菜……」
「えへへ、しばらくよろしくね、冬馬先輩」
「よろしくお願いします」

先輩は私に頭を下げて、怪我をしている首元を触っていた。

(怪我、まだ痛いのかな)

心配になったけど、なぜかそれを言葉にする事が出来なかった。


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最終更新:2020年07月05日 15:21