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夕食も済んで、私の部屋に冬馬先輩を誘った。
一緒に暮らす話を、まだお義母さんには内緒にしておきたかったからだった。

小さな折りたたみの机に不動産屋さんでもらった物件のコピーを並べてみる。

「花沢さん、とっても親身になってくれたね」
「少しも良くないです。今度会ったらキツく言っておきます」
「いいよ。私は気にしてないし」

冬馬先輩に案内されたのは駅前の昔からありそうな『花沢不動産』だった。
気の良さそうな恰幅のいいおじさんが出迎えてくれた。
冬馬先輩に対して、その人はすごく丁寧な話し方をした。

「神器って、すごいんだね。それだけで待遇が良いんだもん。家賃が要らないって言われた時にはびっくりしたよ」
「僕は愛菜が口を滑らさないか、ずっとハラハラしていました」
「私が巫女である事は黙っておくようにって言われた時は、なんで?って思ったけど、あの人の様子を見ているとその意味が分かったよ」

とにかく冬馬先輩に対して腰が低かった。
そして早く巫女様を一刻も早く探し出して欲しいとお願いしていた。
巫女様が降臨されたら一度そのご尊顔を拝んでみたい。でも美し過ぎて後光がさしているはずだから直視できない……そんな大袈裟な事も言っていた。

「私が巫女って事、知らないんだね」
「愛菜の存在を知る者は上層のほんの一握りです。そうでないと大騒動になってしまいますから」
「本当に。なんだか神様とか教祖様みたいって思っちった」
「実際、近いものがあります」
「そうだよね。ちょっと怖かったもん」
「施設出身者は大なり小なりあんな風に巫女を信奉しています。ですから、自分が神託の巫女である事は絶対に口外しないでください」
「分かったよ」

(施設出身者……冬馬先輩もそうだよね)

「冬馬先輩も施設にいたんだよね」
「はい。生まれた時から居ました」
「でも……冬馬先輩はあんな風じゃなかったよね」
「愛菜のお母様から巫女は一般の子だから普通に仲良くなって欲しいとお願いされていました。ですが僕には『普通』が一番難しく、今思うとかなり突飛な行動をしてしまっていたと思います」

(病院でいきなり服を脱ぎ出したっけ)

「公共の場で服を脱いでいたね」
「あれは巫女の尊い頼みを叶えるための義務感でしたことです」

(そういう事か……)

施設出身者の冬馬先輩は「どうして病院に居たのか教えて」という私の質問に対して怪我を見せるために上半身を脱いだ。神様みたいな人から言われれば仕方なかったのかもしれない。

「軽々しく僕から話しかけるのも憚られ、かなり無口になっていたと思います」

確かにこちらから質問すれば、時には饒舌に説明してくれていた。でもたわいない話になるとほとんど何も話さなくなる。
だから余計に冬馬先輩は感情が無い人だと思ってしまっていた。

目の前に色々な物件のコピーが並べてある。
一緒に暮らすための新居探し。
あの時からそんなに時間は経ってないのに、すごい変化だ。

「花沢さん。神器の冬馬先輩が女の人を連れて来るなんて言うから、もしかして巫女かもって思ったんだろうね」
「しかしあの態度、今でも許せません」

冬馬先輩の怒っている理由は花沢さんがとった私に対する態度だった。
まず私の顔を見てあからさまに落胆された。
『連れてきた女、こんなのは巫女様じゃない』と顔に書いてあった。

冬馬先輩が「この人と一緒に暮らすため、今までより広い物件を探している」という説明した時、「まさか恋人さんじゃないですよね」っ言ってきた。
もっといい娘がいるでしょ、的なニュアンスだった。

「彼にも微弱ですが能力があり、能力者の多くは選民意識があります。一般の女性と紹介したので愛菜は格下に見られたのでしょう」
「反対に冬馬先輩は神器の一人で能力もすごく高い。だから腰が低かったんだね」

冬馬先輩が言うには、こういう能力者がこの街には沢山いるという。縦、横に繋がっていてコミュニティを作っているらしい。
ひと昔前までは高村の一族に貢献するのが目的だったけど、今はそれぞれの価値観で動いていると話してくれた。

「ずっとこの街に住んでるのに全然知らなかったよ」
「愛菜はこういった事とは無縁で育ってきたので知らなくて当然です」

花沢さんは冬馬先輩のために選りすぐりの物件ばかり用意してくれた。
二人で住むには広すぎるものもある。
住所が一番学校に近いものを手に取る。

「これ学校から近いし素敵だよね」
「ですが家族向けで広すぎる気がします」
「そっか。これじゃ、神器のみんなと住めちゃうね」

香織ちゃんがいて、一郎くんと修二くんが居る。
賑やかですごく楽しそうだ。

「みんなとシェアするのも面白そうだよね」
「愛菜、本来の目的を忘れてはいけません」

(そうだ。私は冬馬先輩を食べているんだった)

浮かれてしまっていたけど、冬馬先輩の犠牲なしに私は私でいる事すらできない。
それが申し訳なくてたまらない。

「何も覚えてないけど、痛い思いさせてるよね。本当にごめんなさい」

私は謝ることしかできない。
一体、いつになったら私が巫女らしくなって先輩を解放させてあげられるか見当もつかない。

「愛菜を独占できる。この特権だけで十分過ぎる程です」

冬馬先輩の右手が伸び、私の頬を優しく撫でる。
私はその手を両手でギュッと包み込んだ。





次の日になり、教室で私は文化祭で使う小道具を作っていた。
私の他にもクラスメイトが各々の仕事をしている。

「愛菜、順調に進んでる?」
「うん、これ見て」

円形に切り取ったダンボールの絵を香織ちゃんに見せた。

「えっとそれは……目玉ね。愛菜、すごく怖そうよ」
「香織ちゃん、やっぱりそれ、お皿に見えないよね……」
「あ、言われればそうね。目玉じゃなくお皿にしか見えないわ」

そんなやりとりをしていると、隆が「おっす」と言いながら教室に入ってきた。

「アンタ、実行委員なのにまた遅刻?」
「悪い、つい夜更かししてさ」

隆が軽い調子で言うと、香織ちゃんがずいっと一歩前に出て言う。

「明日の文化祭、愛菜も私も来られないかもしれないんだからしっかりしてよ」
「えっ、お前ら出ないの?」

香織ちゃんの言葉に隆は面食らったみたいだ。

「隆、今日の夜に私達で春樹を助け出す事になったんだよ」

私は補足するために口を挟む。

「御門先輩、委員長や修二くんも一緒よ」
「なんで長谷川が?」

隆は何も知らないから、当然の質問だろう。

「だって私も神器だもの。勾玉として愛菜を助けるのは当然でしょ?」
「ふーん、って……えぇっ!マ、マジでか?」
「大マジよ。もし助け出すのに手間取ったら、帰ってくるのにも時間が掛かる場所なの。そうなった時、実行委員としてクラスをまとめるのよ」
「長谷川が……勾玉」

まだ隆は信じられないという顔をしている。

「まだ力が戻ったばかりであまり戦力にはならないでしょうけど」
「え? そうなの香織ちゃん」
「使いこなすには日々ちゃんと訓練しなくちゃ。今は2,3割の力を出せたらいい方かも」

能力とは一体何なのだろう。
パッと簡単に出せるものでもないようだ。

「長谷川、今までよくも隠していたな。俺たちずっと勾玉を探してたんだぞ」
「まぁ愛菜を守るには必要だったのよ」
「ところで他の神器たちはどうしたんだ? 宗像兄の姿も無いしな」

教室をぐるっと見回して、隆は言った。

「今日の打ち合わせよ。内情に詳しくない私達が居ても仕方ないからこうして学校に来てるって訳」
「早い話、戦力外って事だな」
「うるさいわね。代わりに私は愛菜の能力開発を頼まれたのよ」

(私の能力開発……)

「作業もほとんど終わったし、片付けが終わったら中庭に集合よ」
「頑張れよ、愛菜」
「うん、頑張る」

隆の言葉に、私は大きくうなずいた。

「何言ってんのよ、隆。アンタも一緒に来るのよ」
「え? 俺、助けに行かないんだろ?」
「助けには行かないけど、愛菜と一緒に来なさい。レクチャーしてあげるから」



全ての作業が終わって、私達は中庭にやってきた。

「ここは模擬店のテントも無いし広くていいね」

校庭には模擬店のテントがひしめき合っている。
校庭だけじゃなく、文化祭前日だけあって校舎も学校中が荷物や準備でごちゃごちゃしている。
お祭り前の高揚感で、全員どこかそわそわしていた。

「ちょっと待ってて。結界張るから」

香織ちゃんが手で印を作り、小声で何かを唱えている。
そして手の平で地面を触ると円形の模様が一瞬浮かび上がってすぐに消えた。

「長谷川、お前ってすげーな」

隆は興奮して香織ちゃんを褒めている。

「印と詠唱が必要なんて私がまだまだって証拠。この程度なら他の神器なら詠唱無しで作れるでしょうね」
「香織ちゃん、どんな結界を張ったの?」
「ここで暴れてもいいようにね。この場所にいる限り周りの人には見えないし、音も聞こえないわ」

私と隆はベンチに強引に座らされ、香織ちゃんの講義が始まった。

「はい隆、まず能力って何か分かる?」
「えぇ、まず俺からかよ」
「いいから答えなさい」
「なんか不思議な力、的な何か」
「はい、ダメ」

香織ちゃんは隆にダメ出しをすると私の方を向いた。

「愛菜は分かる?」
「えっと……前に聞いた話だと、自然の気みたいなのに働きかけて出すって言ってたよ。それが少ないと自分の命を削る事になるって」
「まぁ30点ってところね。能力とは自然現象、雷とか雨とか風とかそういうどこにでもある力を応用して術者が繰り出す現象、それが能力よ。五行っていう要素があるの。私は土、委員長達は金、御門先輩は水の属性よ。他に火と木があるわ」
「土、金、水、火、木で5つだから五行なんだね」
「さすが愛菜、物分かりがいいわね」

(やった。褒められた)

「長谷川、俺の属性は何だ?」
「アンタは木ね。でも精霊使いだから使役する精霊で属性は変わる。無属性と言ってもいいかもしれないわ」
「無属性、いいな。RPGでも精霊使いなんて上級職でしか使えないやつだし」
「RPG? ゲームの話なら他所でしてよ」
「怒るなって。で、どういう能力なんだよ」
「アンタが使う黒いもの、あれは精霊よ。言ってみれば自然現象が集まった塊ね。それが強大な力を持てば神にもなるわ」
「神さまの赤ちゃんってこと?」
「愛菜の言う通り、そう捉えて構わないわ」

(もしかして隆ってすごいんじゃ)

「今度は愛菜ね」
「お願いします」
「愛菜は神様みたいなものだから属性には縛られていないわ。それより『胡蝶の夢』っていう思想がそのまま能力になっているみたいなの」
「胡蝶の夢?」

初めて聞く言葉だ。響きはすごく綺麗だけど一体何なのだろう。

「夢の中に蝶が飛んでいました。起きてみて考えます。これは私の見た夢か。それとも私自身が蝶が見ている夢なのか、どちらかは誰にもわからないし、わかりようがないって思想よ」
「本当だ。私の夢と一緒だね」
「愛菜の夢が現実か。それとも現実が愛菜の夢か。愛菜の心持ち一つでどちらにでも転ぶ。こんな便利なことは無いし、最も強い能力。使い方一つで何でもできるから血眼で巫女様を狙うのよ」

(胡蝶の夢か)

私の能力。それに名前まであるなんてちょっと驚きだ。 
そう考えている内に、話は隆に移っていた。

「隆、その木の下に木霊がいるの分かる?」
「ああ、ミストだろ」
「ミスト? アンタ、木霊に妙な名前つけているのね」
「黒くてザラザラした目に見えない奴を全部そう呼んできた。悪いミストも居るし、良いミストも居る」
「木霊も悪霊もファントムもみんな一緒に見えてるのね。せっかく全属性の精霊が使える特権があるのに宝の持ち腐れもいいところだわ」
「ファントムなら私と春樹が襲われた事があるよ。その時は一郎くんと修二くんに助けてもらったんだ」

あの時は黒い砂みたいなのが突然襲ってきて、春樹と私で家中で逃げまわった。
一郎くんと修二くんに助けてもらえてホッとしたのを思い出す。

「ファントムは術者の操る思念体の事よ。上級の能力者なら誰でも使えるわ。斥候を任せたり、簡単な敵を倒したり。遠隔操作できるから便利なのよね」

私と香織ちゃんが話している間に、隆は木霊を手に乗せて帰ってきた。

「こいつが木霊だろ」
「やっ、か、可愛い……。隆、木霊を手乗りにできるなんて羨まし過ぎる」
「可愛いか? ザラザラの真っ黒だろ」
「違うわ。白くてふわふわしてるじゃない。あっ、私を見てくれた」

可愛い物が大好きな香織ちゃんが目を輝かせている。
私にも黒い塊にしか見えないから、ひどい温度差を感じる。
香織ちゃんは「ゴホン」と咳払いすると、先生の顔に戻った。

「ほら、あの組み立て作業している男子。生霊、まぁ悪い思念体にとりつかれてるわ。あれをやっつけてみて」
「どっちがだ?」
「アンタに決まってるでしょ。愛菜はまだ何もできないんだから」
「分かった、任しとけ」

隆は歩いて作業中の男子に少しだけ近づく。
次に木霊に何かを囁く。
そして敵に向かって指をさした。
すると木霊は男子に一直線に飛んでいき、思念体と一緒に跡形もなく消えた。

「木霊、死んじゃったの?」

消えて無くなった木霊が心配になって私は尋ねた。

「違うわ。塊だった物が散り散りになっただけ。また世界を覆う気に戻ったのよ」
「良かった」

私達が話していると、隆が戻ってくる。

「どうだった? 俺、RPGの精霊使いみたいだったろ?」
「ゲームの話はいらないの。隆、アンタ詠唱もせずにどうやって精霊に命令したの?」
「話しただけだ」
「話すって、さっきの精霊と?」
「ああ、もしかして……何かまずかったか?」

神妙な顔でたずねる香織ちゃんを見て、隆は急に不安になったみたいだ。

「隆、アンタ本当は何者?」
「何者もなにも隆さまだけど?」
「茶化さないで。低級な精霊と話をするなんて聞いたこともないわ。ましてや会話が成り立つなんて」
「え? そうなのか? 半分以上意味も分からないけど、あいつら、いつも何か俺に話しかけてくるぞ」
「普通の精霊使いは使役できる特定の言葉を詠唱し、力を借りる。後日、供物なんかで使役した精霊に恩を返すの。まぁ、物物交換みたいなものよね」
「それなら会話しなくても良さそうだけど……隆、うちのテディベアのチハルも呼び出してたよ」

私は隆とチハルについて話す。
子供の頃、誕生日プレゼントでぬいぐるみを貰った事。
それを隆が動かした事。
精霊として突然チハルが現れたこと。
それがぬいぐるみから抜け出し、人間にも姿を変えられる事を話した。

「香織ちゃん、大丈夫?」

混乱している香織ちゃんに心配になって話しかける。
香織ちゃんは考え込むようにブツブツ独り言をつぶやいている。

「愛菜の仕業? でもあの時の愛菜にまだそんな力は無かったわよね」
「長谷川、どうしたんだ?」
「精霊のイタズラ? 人間の姿にもなれるってもう低級霊の域を超えてるわ」
「香織ちゃん、どうしたの?」
「無機物に生命を与えた? まさか、神でもなし、ありえない」
「おい! 長谷川!」

隆の大きな声で香織ちゃんは我に返った。

「隆、アンタの能力開発はちょっと保留にさせて」
「何だよ、これからが本番だったのに」
「ちょっと私の手に負える問題じゃないかもしれないから」
「は? せっかくいいところだったのになぁ」

不完全燃焼で隆は不満そうだ。
私も気になったけど、追及するほど知識を持ち合わせていない。

(訳あり……武くんの件もあるし隆には何かあるのかも)

「さて、次は愛菜だけど……愛菜に属性はないの。だから自分で得意分野を決める事もできるわ。愛菜は何がしたい?」

(私は……)

「怪我をしている人を早く治すことってできる?」
「治癒ね。性格が適性に左右される事もあるから良い選択かも」

今朝の冬馬先輩は腕を食べられていた。
絶対に見せてくれないけど、傷は深そうだった。

「香織ちゃん。私、なるべく早く使えるようになりたい。最短で学べる方法ない?」
「じゃ、実戦で行くしかないわね。隆、今すぐ怪我してちょうだい」
「無茶言うなよ」
「せっかくいいところ、だったんでしょ。まだ動き足りないわよね」

香織ちゃんは素早く印を切り、詠唱する。
すると土がむくむくと隆起して私と同じくらいの人の形になり、隆に殴りかかってきた。

「わっと!」

隆はすんでの所でなんとかかわした。

「あぶねー。てかこれゴーレムかよ。俺、ゴーレムと戦うのか?」
「土人形。隆を痛めつけちゃって」

(香織ちゃん、ぜったい隆を殺る気だ)

土人形は怠慢な動きだったけど、一撃は重そうだ。
もし攻撃を受けたら本当に怪我をしてしまう。

「この周囲だけで戦いなさいよ。逃げてばかりじゃ、土人形が見世物になっちゃうわ」

直径10メートルほどの小さな円。
ほとんど逃げ場は無い。

「こいつ、いい加減にしろ」

隆は土人形の隙をついて蹴りを土人形にくらわせる。

「痛ってー! 長谷川こいつ固すぎ」
「精霊使いなら、そのように戦わないと病院行きになっちゃうわよ」
「くそっ」

隆は素早く土人形の反対側に逃げ、地面に触れて何かを念じる。
すると黒い小さな塊が地面から湧き出し、土人形を覆ってしまった。

「香織ちゃん、人形の動きが止まったよ」
「我流にしては結構やるわね」

黒い塊が消えると、土人形がに植物がびっしり生えて緑人形になっていた。

「隆、すごい!」
「そうだろう。もっと尊敬して良いぞ、愛菜」
「調子に乗るんじゃないわよ」

香織ちゃんがそういうと、緑人形の腕が動いて隆をぶっ飛ばしてまった。

「イテテ……、愛菜さっきからなんも変わってないぜ」
「うん。香織ちゃんに言われたようにやってるんだけど」

手のひらを擦りむいた隆の治癒をしているものの、何の変化もない。

「香織ちゃん、本当に手をかざして念じるだけでいいの?」
「治っていく過程をイメージするのよ。疑いの気持ちがあると成功しないわ」
「そんな事言われても……」
「愛菜にはその力が備わってる。もう一度、自然の中にある流れ、気を感じてみて」

私は目を閉じる。
学校だからおしゃべりや笑い声が大きな渦のように聞こえてくる。
歌声、楽器、手を叩く音、木を切る音、金属が擦れる音、道路の車の音。

「愛菜の普段感じる生活音のもっと上、もっと下に霊気の道があるわ。川みたいに常に流れているの、とても大きな川よ」

心を落ち着かせて、深く呼吸する。
真っ暗い瞼の奥に金色の広大な川が二本現れた。
川のようでもあり、木の根のようでもある。
川から枝分かれして、その金色の水は世界の隅々まで行き渡っていた。

「分かった、見えたよ。これをどうするの?」
「少しだけ分けてもらうの。自分の手のひらに気を集めるのよ」

金色の水がひたひたと自分の手のひらに集まっていく。
淡く光ってホタルみたいだ。

「綺麗。集まったらどうするの?」
「薄皮が張って治っていくイメージをそのまま傷に転写するのよ。その手のひらの気を使ってね」
「おっ! 少し痛みが和らいだ気がするぜ」

目を開けてみると、傷には何の変化も無かった。

「いい感じだと思ったんだけど、駄目なんだ」
「いいえ。成功はしていたけど、気を集める量が少なかったのね。治す事は出来なかったけど、早く良くなっていくはずよ」
「香織ちゃんの言ってる意味がやっと分かったよ。あの川が気なんだね」
「そうよ。エーテルなんて呼ばれ方もされているわね。今は慣れていないから目を閉じてやっと感じる事ができる程度でも、何度もやっていれば目をあけていても常に感じる事ができるわ」

能力の事が少しだけ理解できた。
そしてちょっとだけど使う事もできた。
これは私にとって大きな一歩だった。

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最終更新:2020年07月21日 21:59