すべて上手くいっている。
あの時はそう思っていた。
規格外の能力を持つ雨の日の冬馬先輩に敵はいないはずだった。
なのに……
(冬馬先輩……)
もう涙も枯れ果てた。
最後に冬馬先輩を見た時、虫の息だった。
それからが思い出せない。
亡骸に縋り付いた所で私の記憶が完全に途絶えてしまっている。
ガタッと音がして、外界との唯一の接点である小さな扉からトレーに乗せられた食事が出てくる。
「これで3回目」
日の光を取り入れる窓がないせいで、昼か夜かもわからない。
定期的に出てくる食事の3回目に印をつける。
これが毎日の日課になっていた。
(もう正って字を何度書いただろう)
20畳ほどの部屋に閉じ込められて、ノートには正が30個溜まった。
日々の日数を数えるのも、少し気持ちが落ち着いてから始めた事だ。
だから150日以上はすでに経っている事になる。
(外はきっと春なんだろうな)
ここは空調が一定で季節感もない。
広い部屋のその奥にはトイレもお風呂もある。
ベッド、机、クローゼットの中には私用にあつらえたようなサイズの合った洋服。
飲み物用の冷蔵庫、本や雑誌、教科書や参考書、音楽CD、映画のDVDプレイヤーまでが置かれていて、生活に困る事はない。
でも外界の様子がわかるテレビやラジオは無い。
軽い運動ができるようにランニングマシンまで備え付けてある。
(どうしてだろう)
この状況はおそらく、敵に軟禁されている。
だけど私に危害を加える訳でもなく、ただ軟禁され続けている。
思い通りにしたいのなら、言う事を聞く様に絶食させたり薬漬けにでもしてしまった方が手取り早いはずだ。
不自由のないように気を配られた部屋。
美味しい食事。
私の能力が欲しいだけなら、こんな回りくどい方法をとる必要は無い。
敵の目的が未だに見えてこない。
以前、下げられる食事のトレーに手紙を添えた事がある。
『軟禁して私をどうしたいのか。
春樹、香織ちゃん、一郎くんと修二くん、周防さん、美波さんはどこにいるのか。
ここから早く出して欲しい。心配している家族の元に戻りたい』そう書いておいた。
次の食事に返事が添えられていた。
『貴女に危害を加えるつもりはない』とだけパソコンの文書が印刷されていた。
あれから何度手紙を書いても、返事はあの時一回きりだった。
(数ヶ所に監視カメラがある。今も相手は私の様子を見ているのかも)
従順な様子を見せれば、この状況が少しは変わるかもしれない。
(だけど……)
食事を食べ終えると、私はいつもの訓練を始める。
ペンたての中にあるカッターナイフ取り出し、自分の左腕に傷をつける。
それを唯一私ができる治癒の能力で元に戻していく。
最初は上手くいかず、両腕はケロイドのように無数の傷が残ってしまった。
何百回と数をこなす内に、今では目を開けたままでも気を集め、短時間で治す事ができるようになった。
(もっと香織ちゃんに能力の事、習っておけば良かった)
自分自身を傷つける事をしても咎められたり、カッターナイフが取り上げられる事もない。
敵は本当に傍観することに徹している。
だから余計にどういった目的で軟禁するのか分からないまま数ヶ月が過ぎた。
今の私ができる能力といえば治癒しかない。
でも最近、この部屋に貼られている結界が少しだけ分かるようになってきた。
以前、香織ちゃんが中庭で貼ったものと同系統の強化版。
外界からの影響を打ち消すものだ。
だけど術式が複雑すぎて、まだ私には解読することも出来ない。
ここから出るにはもっと自身の能力を高める必要がある。
手段はわからないけど、手探りで見つけるしかない。
以前一郎くんとしたESPカードも自作して、毎日やり続けている。
(眠くなってきた)
私は一人には大き過ぎるベッドに横になる。
最近、食事を取るとすぐに眠くなる。
外界からの影響を受けにくい環境で能力を使っているせいかもしれない。
天井のシーリングライトに自身の両手をかざしてみる。
右手の甲にある契約の印は消えてなくなった。
他の印はまだ残っている。
香織ちゃんと一郎くん、修二くんはまだどこかで生きている。
春樹は敵が身内なんだし酷いことはされないはず。
周防さんと美波さんも器用な大人なんだしきっと大丈夫。
隆は心配しながら私の帰りを待っているに違いない。
いつかみんなに会えるはず。
それを糧にしてこの単調な日々を過ごしてきた。
でも……
「冬馬先輩はもういない」
首に掛かったロケットを取り出し、抱えるように握り締める。
ずっと冬馬先輩が身に付けていた物だ。
(会いたい。お母さんも私に力を貸して)
ロケットで微笑むお母さんにお願いをする。
せめて夢の中で会える事を祈って、私は静かに閉じた。
「……菜、愛菜」
目を開けると、至近距離で私を覗き込む冬馬先輩と目が合った。
「わ! びっくりした」
「すみません。愛菜がずっとぼんやりしていたので」
とっさに離れようとする冬馬先輩の顔を思わず両手で挟み込む。
「やっと会えた!」
「あ、あの愛菜……」
困った顔を向けられて私はパッと手を離す。
「ご、ごめん」
「いいえ。それよりも眠ったお義母様をお部屋に運んだ方がいいでしょうか」
「う、うん。お願い」
私はダイニングに座っている。
対面には机に突っ伏したお義母さん。
キッチンにはアップルティーの良い香りが漂っていた。
冬馬先輩はぐったりとしたお義母さんの身体を軽々持ち上げ、部屋を出て行く。
(これは……出発の少し前と同じ光景だ)
冬馬先輩がお世話になっているお礼だと買ってきたアップルティーをお義母さんと一緒に飲んでいた。
美波さんが用意したという睡眠薬をお義母さんのカップに入れたのは、紅茶を出した私だった。
(夢で起こった事の追体験してるのかな)
自分の腕を見てみると、傷ひとつついていない。
現実は相変わらず軟禁されていて、これもただの夢なのか。
それとも私の能力が発動したのか判断に迷う所だ。
寝室のベッドにお義母さんを寝かせた冬馬先輩が戻ってくる。
その手には紙袋が下がっている。
「これは万一のための防弾ベストです。少し重いですが我慢して着てください」
「うん。わかった」
私は素直に受け取り、ブレザーを脱いで重い服に手を通した。
でも現実の行く前の私は「冬馬先輩は着ないの?」と尋ねていた。
後から、先輩に防弾チョッキなんて必要ないとすぐにわかる。
夕方から降り出した雨のお陰で先輩は無双の強さを発揮した。
どうして化け物と皆から恐れられいたのか、これから理解できてしまう。
(だけど冬馬先輩は死んでしまった)
死の真相が知りたい。
この夢で死を回避できたら、現実も変わるかもしれない。
(とにかく慎重に行動しないと)
「冬馬先輩。もう一度、私の治癒を受けてくれないかな」
「しかし先ほど受けたばかりです」
「次こそちゃんとできる気がするんだ」
香織ちゃんに教えてもらった治癒を紅茶を飲む前、私の部屋で試していた。
痛々しい傷口になんの変化もなく、冬馬先輩に治せなかった事を謝った。
自分が作った傷なのに治せないのがとにかく悔しかった。
少しでも変化があるのなら、ただの追体験の夢ではないと証明できる糸口になるはずだ。
「……わかりました」
冬馬先輩は私のお願い通り上半身を脱いでいった。
肩、腕、背中にガーゼが貼られている。
自己再生があるとはいえ、すぐにパッと治る訳じゃない。
もっとも鬼の私がもっと自重してくれれば良いのに、しっかり食べるから再生が間に合わないのもある。
居た堪れない気持ちで一番新しい背中のガーゼを剥がしていった。
(噛み傷は深いのに、血がほとんど出てないよね)
「冬馬先輩、傷の割に血があんまり出てないのも能力を使ってるから?」
「そうです」
「そっか。血も液体だもんね」
「適度に止血しないと服が汚れてしまいます」
「本当にすごい能力だね」
(絶対痛いはずなのに全然表に出さないよね)
「じゃあ、もう一度試してみるね」
私は深呼吸して手に気を集めていく。
そして治る過程をイメージしながら両手をかざす。
(気を集めた両手がぽかぽか暖かい。これは成功だ)
「愛菜……痛みが……無くなっていきます」
先輩の驚きの声を聞いてかざした両手を離す。
と、傷がだいぶ薄くなっていた。
(やっぱりただの追体験じゃない)
「これだけの治癒をたった1日で……美波でもここまでできるかどうかわかりません」
「1日じゃないよ。150日以上かかっちゃった」
「しかし勾玉から今日教わったばかりだと、さきほど愛菜は言いました」
「今日教えてもらったばかりだよ。でもね私、少し未来から来たんだ」
「未来? どういう事でしょうか」
「正確には今のこの状況は未来の私の見ている夢なんだよ」
「愛菜の夢……まさか胡蝶の夢ですか」
さすが先輩は察しがいい。
説明する手間が省けそうだ。
「これが能力で起こった夢なのか私にもまだ分からないよ」
「そうですか」
「でもこのままじゃ冬馬先輩が死んでしまう。私はずっと敵に軟禁されていたんだ」
「今日の作戦は失敗するという事ですね」
「そうだよ。ただの夢なら醒めたら終わり。だけどもし能力が起こしている夢なら、必ず現実に影響が出てくるはずだよ」
「わかりました。出来る限り愛菜に協力します」
私は治癒を終えると、脱ぎっばなしのワイシャツを先輩の肩にそっと被せる。
その体はしなやかでとても温かい。
(でもあの時、先輩は恐ろしく冷たかった)
まぶたの裏に焼きついて離れない、思い出したくも無い光景。
研究所の一角で倒れている先輩を見つけた。
慌てて駆け寄ると、私の腕の中で―――傷だらけの冬馬先輩が薄く目を開けた。
「泣か、ないで」
話をするのも辛いのか、途切れ途切れに言葉をつむぎだしていた。
「これは、きっと、罰、だから。だから、いい、んだ」
冬馬先輩は私に手を伸ばし、そっと髪に触れてくれた。
そして、その手をぎこちなくゆっくり動かしながら頬をなでた。
「ありがと。ごめ、ん」
それから、乾いた唇が僅かに動いた。
『 』
ぱたり。
手が力なく地に落ちて―――それが、最後だった。
それきり。
「どうしたのですか、愛菜」
先輩の声で我に返る。
心配そうに背を向けたまま声をかけてくれる。
いつの間にか脱いでいたワイシャツもちゃんと着ていた。
「あっ。ぼっーとしてた、ごめんね」
「どうかされたのですか?」
「あのね、亡くなる前の……最期の先輩を思い出しちゃって」
冬馬先輩は私の言葉を聞いて、息を呑むように背中を動かす。
さすがの冬馬先輩も自分の死に際は気になってしまうのかもしれない。
「僕は……死ぬ時に何か言っていましたか」
「罰だからいいって、そう言ってたよ」
「そうですか」
「罰って……子供の時の暴走の件、亡くなった修二くん達の事に対してなのかな」
「そうかもしれません。ですが明日の状況がわからないので正直なんとも言えません」
「だよね、あの時の先輩にしか分からないに決まってるよね」
「僕は誰の手で殺められたのでしょうか」
「わからない。残ってる記憶自体、曖昧で抜け落ちてる所もあるんだ」
最後に冬馬先輩は何か言っていた。
でもその言葉すら覚えていない。
(犯人の手掛かりになったはずなのに)
「とりあえず愛菜は生きている。本当によかったです」
「辛かったけど、なんとかね」
「作戦が失敗だったとはいえ、現実の僕は剣として本懐を遂げることが出来たのかもしれません」
「本懐って……」
「巫女ために力を振るう事です」
「私はそんな事望んでなかった……よ」
「愛菜……」
「せめて夢の中だけでも会いたいって何度も願った。本当に辛かった……んだよ」
告白を受け入れてくれた日、気持ちが通じ合ったと思っていた。
なのに先に逝ってしまった。
「すみません」
「どうして先輩が謝るの?」
「……すみません」
「先輩が謝る必要なんて無い。危険な事ばかりさせる私の方が謝らなくちゃいけないくらいだよ」
「愛菜は悪くないです」
「夢の中とはいえ、もう一度先輩は同じ目にあってしまうかもしれない。我侭なのは私のほうだよ」
「それでも……ごめんなさい」
「やめて、謝らないで」
「愛菜は怒っています」
「私が怒ってる?」
「それも僕のせいで怒っている。だから謝ります」
「怒ってないよ」
「もしこの夢が胡蝶の夢なら、尊い巫女の願いを取るに足らない僕のために使ってしまったことになります」
(冬馬先輩は胡蝶の夢を自分のために使った事を謝っているんだ)
伝えたい事がまた噛み合っていない。
謝られるほど、理解されていなくて惨めになっていく。
どれだけ背中を追いかけても、気持ちは一方通行のままだ。
「怒ってない。ただ悲しかったんだよ」
「悲しい……ですか」
「死に際の冬馬先輩もごめんって今みたいに謝ってた」
「そうですか」
「一人で納得して居なくないって……残された私や周防さん達の想いはどうなるの?」
「……」
「冬馬先輩は自分を大切にしなさ過ぎる」
治療したばかりの背中にそっと触れる。
先輩の犠牲がなければ私は死んでいたかもしれない。
巫女を守る剣として正しい事をしているだけなのだろう。
感情を殺して常に道具であろうとする先輩のそういう部分に危うさを感じていた。
『この身が朽ち果てるまで』と契約時に発した祝詞。
巫女の道具である剣の魂に刻まれた、抗えない呪いの言葉なのかもしれない。
(だけど私は……)
「この傷だって本当は痛いのに何も言わないよね」
「…………」
「前にも言ったけどもっと表に出しても良いんだからね」
「…………」
「一郎君だって色々あったけど協力してくれた。沢山話し合って歩み寄れば別に罪を償う方法だってあるかもしれない」
「…………」
「意見を言葉に出して、お互い分かり合わなければ何も始まらないよ」
「………」
「先輩は能力は強いかもしれない。けど、まだ決定的に足りないところがあると思う」
冬馬先輩は黙ってしまい一言も発しない。
いつも通りの無表情なままだった。
私は一息吸い込むと、半年間言いたかった事をハッキリ声に出した。
「未だに自分をただの道具だと思っているなら、私は冬馬先輩を心から信じる事はできない」
「………」
「この夢は神様が与えてくれた最後のチャンスであり、試練かもしれない」
「試練……」
「乗り越えなければ、この夢も現実の二の舞になってしまう気がする」
「…………」
「もし無理だと感じたらとりあえず逃げて。死ぬような無茶だけはしないで。これは巫女としての命令です」
「はい……」
「それでね。全部、無事に終わって夢から覚めたら一緒に文化祭回ろう。これは個人的なお願いだよ」
「……わかりました」
「絶対、約束だからね。だから指きりしよう」
冬馬先輩の背後から自分の小指を差し出した。
先輩は私の指ををただジッと見ている。
「はやくやろうよ」
「あの、指きりとは何でしょう」
「そっか。したこと無いんだ」
「はい」
「指きりって言うのは小指を絡めあって約束を守ってもらう子供のおまじないみたいなものだよ」
「よくわかりません」
「やってみる方が早いかな。先輩、こっち向いて手を出して」
背中を見せていた先輩は私に向き直ると、ゆっくり手を出した。
その右手をとって、自分の小指を先輩の小指に絡める。
先輩はされるがまま私と小指を繋げている。
「指きりげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った」
勢いよく小指を離す。
先輩は残された小指を見ながらポツリと呟く。
「針千本飲む、ですか」
「そうだよ。げんまんってのはゲンコツ一万回だからね」
「げんこつに針とは物騒です」
「前に聞いた話だと、あなただけ特別って意味もあるんだって。そう思うと少し恐くなくなるかも」
「そうですね」
「私にとって冬馬先輩は誰よりも特別な存在。それだけは何があっても忘れないでね」
「わかりました。愛菜、あなたも僕にとって特別です」
(特別……色々な意味があるよね)
「冬馬先輩の特別は……どういう意味の特別なのか聞いてもいい?」
意地悪な質問だったかもしれない。
言葉の駆け引きなんてきっと先輩の一番苦手とするところだろう。
そのせいなのか、動きもせず考え込んでしまった。
もし神託の巫女として――と言われたら、どうしようと不安になってくる。
「触れたい人……でしょうか」
「その言葉、この前も言ってたね」
「実を言うと、僕は他人との接触がとても苦手なのです」
「そうなの?」
「以前に比べると恐怖こそ減りましたが、やはり触れるとなると強い抵抗を覚えます」
(きっと子どもの頃の事が原因だよね)
研究員だった父親にされた実験という名の虐待。
時が経っても未だに冬馬先輩を苦しめている。
「僕の意見が愛菜の思う特別と食い違っているかもしれませんが」
冬馬先輩は不安からか伏目がちに俯いてしまう。
「僕が触れて心地よいのは愛菜だけです」
「…………」
うれしい言葉だけど、どう返事をして良いものか考えてしまう。
黙った私を見て、特別の意味をはき違えたと思ったのかもしれない。
冬馬先輩はポツリポツリとぎこちなく話し出した。
「その反面、触れると、持て余すのような不思議な感覚に襲われる事もあります」
「不思議な感覚って?」
「急かされるような浮ついた衝動のようなものです」
「浮ついた……?」
「はい。苦しいような気もしますが掴みどころもありません」
「苦しい…何だろう……」
「あと、景色が綺麗に感じる事もありました。灰色の雨まで鮮やかに思えたのは愛菜と一緒だったからです」
「文化祭の準備の時だよね。私もすごく楽しかったよ」
あの日から、私は冬馬先輩を意識するようになった。
先輩が私の声に耳を傾けるようになってくれたのも、あの頃が境だったかもしれない。
「短い間ですが、振り返ると愛菜と過ごすうちに僕の内面は大きく変わったように思います」
「自分の意見も言えるようになったよね」
「はい。以前の僕だったら、この会話も不毛なものに感じていたかもしれません」
「どういう事?」
「常に合理的で簡潔であれば良かったからです」
「そういえばそうだったね」
私に伝わるように、言葉を選びながら冬馬先輩は真剣に話してくれている。
そんな所が先輩の一番変ったところかもしれない。
「しかし胸のどこかに割り切れない、小さな揺らぎもあったように思います」
「揺らぎ?」
「はい。揺らぎは的確な判断を鈍らすだけなので、切り捨てるべきだと思い込んでいました」
「その揺らぎ、もう正体は分かった?」
「僕の中の感情です。ごく小さな揺らぎが大きくなるまで気付けませんでした」
「よかったね。見つけられて」
「ずっと不要だと切り捨ててきたものは、自分の意思で行動する責任だったのかもしれません」
顔を上げて様子を伺うと、いつの間にか先輩は真っ直ぐ私を見ている。
その顔にさっきの不安は消えている。
「僕の胸を占める温かな揺らぎを名づけるなら……これが愛情なのでしょう」
「うん……」
「愛菜は守るべき巫女であり亡き恩人の大切な娘さんでもある、とても特別な人です。でも何より僕は……」
先輩は私の手を取るとギュッと包み込む。
その手はとても力強い。
「僕は一人の男として愛菜を恋い慕っています」
「ありがとう、冬馬先輩」
「指きりした約束は必ず守ります。愛菜の願いを叶える事が、僕の願いです」
(この夢で冬馬先輩の……私達の未来を絶対に変えて見せるんだ)
その時、壁掛け時計からメロディーが流れた。
「いやだ、もうこんな時間。早く集合場所に行かなくちゃ」
私達は部屋を出ると、あわてて階段を駆け下りた。
最終更新:2021年03月31日 10:30