美波さんの運転する大きなSUVの4駆に乗って暗い山道をひた走っている。
雨足はだいぶ弱くなってきたのか、ワイパーがゆっくり左右に振られている。
夜中には雨は上がるらしい。
皆の口数も少なく、緊張しているような重苦しい雰囲気が車内を包んでいた。

(もうそろそろ言った方がいいかな。冬馬先輩は伝えるべきだって言ってたし)

私は先輩にめくばせをする。
冬馬先輩は黙ったまま頷いた。

「あの……少しお話ししてもいいですか?」
「なんだい、愛菜ちゃん」

助手席に座っていた周防さんが振り向いて言った。

「この後、30分後くらいに敵がこの車を襲うんです。このまま乗っていると危ないので、もう少ししたら一旦車を降りて歩いて進みませんか?」

私はこれから起こる事を皆に伝える。

「大堂、それは未来予知か」

一郎くんが私に尋ねる。

「違うよ。私、一回経験したから分かるんだ」
「経験? 愛菜、どういう事なのよ?」

すぐ隣に座っている香織ちゃんが首を傾げる。

「今ここにいる愛菜は約150日後の愛菜だそうです。僕達はこのままでは作戦に失敗し、僕は死んで愛菜は敵に軟禁されてしまう。皆さんも生きているようですが、どうなってしまったのかは分からない。そう僕に教えてくれました」

冬馬先輩が私の代わりに簡潔な言葉で説明してくれる。

「お人形さん、頭でも打った?」

修二くんが茶化す様に笑う。

「修二くん、冬馬先輩が言っている事は本当なんだよ」
「150日後?って。愛菜ちゃん、うたた寝して夢でも見てたんじゃないの?」
「確かに寝てるんだけど……でも」
「でしょ。SF映画でも今時そんなの無いよ。大体、俺と兄貴で千里眼使って確認してるんだから、敵の気配は分かるはずじゃん」
「修二くん信じて。確か襲ってきたのは熊谷さんって人とその仲間だった。巧妙な結界を張って悟られないように奇襲をかけてきたんだよ。そこで時間を取られてしまって……」
「熊谷だって? ハザード出して一旦止めてくれ」

私達の会話を聞いていた周防さんが驚いた声を出す。

「分かりました。車を止めます」

美波さんは脇道に車を止めた。

「愛菜ちゃん、どうして熊谷を知ってるんだい。もしかして本当に君は未来から来たのか?」
「正確には未来から来たんじゃないです。今の本当の私は軟禁されたまま眠っています」

みんな呆気に取られた顔をしている。

「大堂。まさか胡蝶の夢か」

遠い過去を知る一郎くんが、確認する様に私に問いかけてきた。

「分からない。でも可能性はあると思う」
「愛菜は治癒が使えるようになっています。だから高度な治癒を使って集合時間の前に僕の傷を癒してくれました」

補足するように冬馬先輩が口を挟む。

「嘘、待ってよ。私、今日の昼ごろ愛菜に初めて治癒を教えたのよ。数時間前まで能力の事何なんて全然知らなかったんだから。なんとなく要領は分かったみたいだったけど、癒すのはまだまだだったのよ」
「香織ちゃんに教えてもらったやり方を軟禁されてた半年近く、ひたすら訓練し続けてたんだよ」
「愛菜……本当なの?」
「うん。何かしてないと頭がおかしくなりそうだったから」
「ずいぶん辛い目にあってたのね」
「長谷川。感傷的になるのも結構だが大堂達の話が本当なら、このままではこの作戦は失敗するんだ。まず対策を立て直すのが先だろう」
「それもそうね」
「大堂。覚えている限り、全て教えてくれ」

私は覚えている限り、全て話した。
曖昧な部分も多かったけれど、みんな真剣に聞いてくれた。

「本来ならこれから熊谷に襲われて、俺と長谷川さんが怪我を負い、美波が治療にあたるのか。そこで足である車を失い戦力と時間を取られてしまう。そういう事でいいかな、愛菜ちゃん」
「周防さんの言う通りです。雨が上がる前に終わらせたい関係上、作戦通り冬馬先輩がとりあえず先に研究所に向ったんです」
「そこで何者かにお人形さんが殺されるのか。まずは熊谷をボコるのが先決だね」
「ねえ、委員長はどうすればいいと思う?」

さっきから黙っている一郎くんに香織ちゃんは尋ねる。

「逆に先手でこちらから奇襲をかければいい。研究所まで剣の体力は温存しておきたい。熊谷を一番良く知っている周防さんと千里眼の俺と修二で山に入る。怪しまれないように後から運転する美波さん達が車に乗って近づく。相手が奇襲をかける寸前、背後から仕掛けて一気に敵を倒す」
「えー! 俺も山の中入るの?」
「当たり前だ。ほら、行くぞ」
「一郎くん、待って。鬼になってからすごく夜目がきくから私も行くよ」

私は手を上げ名乗り出る。

「大堂は制服だろう。山の中は無理だ」
「こんな事もあるかと思って中にジャージ着てるんだ。少し待ってて」

私はブレザーとスカートを脱いだ。
折り曲げた裾をくるぶしまで伸ばしていく。
荷物にまとめて用意されていた長ぐつと雨がっぱを着た。

「愛菜、気を付けてください」
「うん。行ってくるね」

私は車内に残った冬馬先輩達に手を振る。
ドアを閉めると、用意の済んだ周防さんと一郎くんが待っていた。

「お待たせ」

(私はこの夢で未来を変えてみせるんだ)

「さっき愛菜ちゃんが示した地図の場所に熊谷がいるはずだな。修二、もたもたしてたら置いてくぞ」
「あいつは放っておけばいい。行きましょう」
「兄貴、置いてくなってば」

長ぐつを履き終えた修二くんが慌ててついてくる。
私達はナタと懐中電灯を持って、真っ暗な小雨の山の中へと分け入った。


ゼェゼェと息が上がる。
ぬかるんだ道なき道を進むのにこんなに体力を使うとは思わなかった。
獣道のようなわずかな隙間を縫うように進んでいく。

「もう嫌だ。俺、帰る」
「……っ、頑張ろうっ、修二くん」
「息が上がってるな。大丈夫かい? 愛菜ちゃん」
「はい。その先に倒木があるよ、足元に気を付けて一郎くん」
「分かった。あともう少しだ、頑張ろう」

先頭は一郎くんと修二くんが交代で変わっていた。
千里眼があるから暗い山道でも迷う事がないらしい。
だけど広範囲の状況把握が専門らしくて、細かい障害物まで分からない。
相手の陣近くになって懐中電灯を消した今は私の目が頼りになっていた。

「灯りが見えてきたぞ。まさか熊谷の奴も山から敵襲があるとは思っていないらしいな」

小声で周防さんが私達に合図する。
一郎くんは手元の時計を見ていた。

「予定よりも少し早く着いた。大堂が話してくれた作戦通りだと、ここで道路を隆起させるのか」
「車がひっくり返るから使えなくなるんだよ」
「なんでこった。俺の愛車はまだローンが残ってるんだぞ」
「あの車、美波さんのじゃないの?」

修二くんが周防さんに尋ねた。

「俺のだよ。美波が好んでSUVに乗るように見えるか?」
「確かに」
「アイツは根っからの走り屋だからスポーツカーにのってんのさ」
「「あー」」
私と修二くんは『わかるー』という声を上げる。

「さて、かわいい愛車を守るために、まずお兄さんが頑張っちゃおうかな」
「周防さんがですか」
「そ。敵さんは一、二……熊谷含めて12人か。なんとかなるな」
「なんとかって、何するのさ」

修二くんが興味深そうにきく。

「まあ見てのお楽しみだ」
「周防さんは……辺津鏡の力ですか」
「さすが一郎。正解だ」

(辺津鏡の力……)

初めて聞く名前だ。

「周防さん、辺津鏡って三種神器とは違うんですか?」
「俺のは十種神宝の中の一つだ。高村の血筋にだけ現れる力さ」

(冬馬先輩が話してくれた神器の対の力だったっけ)

「結界が邪魔だな。千里眼の術中で悪いが、一郎と修二で効力を一時的に弱める事は出来るか?」
「あの程度の術式なら。な、兄貴」
「任せてください」
「じゃあ頼む」

周防さんは自分の手の平を合わせて目を閉じる。

「辺津鏡の名において命ず。
かの者らを調伏せしめ給え」

周防さんの手の平から陰の気が溢れ出る。
その気をフッと強く吹くと意志を持ったように陰の気が敵に目がけてズルズルと這っていく。

最初の敵が糸が切れたように地面に倒れる。
その後、次々に倒れていく。

「すごい。どうやったんですか?」
「ただ気絶させただけだよ。容量以上の念を送ってキャパオーバーにさせたんだ」
「周防さんって心を読むのだけじゃないんですね」
「大堂。辺津鏡は心を操るスペシャリストだ。敵にまわったら最も厄介な相手の一人だろう」

一郎くんの眉間にシワが寄っている。
そんなに怖いのだろうか。

「待った。まだ倒れてない敵が居るし」

修二くんの声に一斉に振り向く。
一人だけ倒れずに残っている。
その人が大声でこちらに話しかけてきた。

「この嫌な能力は周防だな。コソコソ隠れてないで出てこい」
「やっぱりあの程度じゃやられてくれるはずないか」
「どうしましょう」
「愛菜ちゃん達は車で先に目的地に行ってくれ」
「でも……」
「帰りに拾ってくれればいいさ。しゃーない、熊谷の相手してやるかな」

やれやれという様子で周防さんが山から出て行く。

「よう、久しぶり」
「けっ、裏切り者の嫌な面みちまった」
「そういう言い方するなよ。傷つくじゃないか」
「何が傷つくだ。心臓に毛が生えているくせに」
「あっ、ばれちゃった」
「話はいい。今日こそ決着をつけてやるぜ」

熊谷さんの周りに風が巻き起こる。

(熊谷さんって風を操るんだ)

その時、美波さんが運転する車がやってくる。

「くそっ、車が」
「熊谷、よそ見する余裕なんてないぞ」

周防さんの思念体が熊谷さんをぐるっと取り囲んだ。 

「皆さん、乗ってください」

車が目の前で止まった。
美波さんの声で私達は急いで乗り込む。

(周防さん、無事でいてください)

遠ざかる周防さんの姿を見ながら、私は静かに祈った。



最終更新:2020年08月17日 15:15