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「あれが春樹くんのいる研究所ね」
「うん。そうだよ」

車窓から香織ちゃんが指さした研究所は山間に隠れるように建てられた3階建のビルだった。
小雨の降る夜のせいで霞の中に唐突にくり抜かれた四角い影の様に見える。
夜目がきく私には外観までよくわかる。蔦が絡まったすすけた外壁が研究所というよりも山の一部になった廃屋のようにも見えた。
最初に見たときは小さくて意外に思ったけど、今回は二回目のせいでやっとここまで来たという気持ちしかない。
美波さんが車を止めて私達に振り向く。

「車はここまでしか進めません。これからは徒歩で向かって下さい」
「あの、美波さんはどうしますか?」

(美波さんは私と同じ治癒だから戦闘向きの能力じゃないよね)

「私が行っても足手まといになるので、結界の張られたこの車に残ります。もし怪我をしたらここに戻ってきて下さい」
「お願いします。よし。行くぞ」

一郎くんの言葉にうなずいて私達は車を降りる。
建物の入り口までまだ200m以上距離がある。

「おや、やっぱ敵さんに囲まれてるねぇ」

修二くんが呑気な口調で辺りを見回す。
私には何も感じないけど鏡の二人には手に取るように分かるのだろう。

「この数は……剣に任せた方が早いな。ただし殺すな、絶対にだ」
「鏡に言われずとも誰も殺したりしない」
「敵は把握できているのか」
「ここまで殺気立っていれば気配で分かる。数……52」
「よし、頼むぞ」

冬馬先輩が目を瞑る。
意識を集中させているのだろう。
1分、2分、3分と経った頃に冬馬先輩が目を開けた。

ドサッとドサッっとあちこちから重い物が落ちたような音がしだす。

「何? 何が起こったの?」

香織ちゃんがキョロキョロと木に覆われた暗い道を見ている。
能力が戻ったばかりだから、今の私と同じくらいの感知しかないのかもしれない。

「冬馬先輩が雨の水を使って敵を窒息させたんだよ」
「窒息……?」
「簡単に言うと陸に居ながら溺れさせたんだよ。昨日学校で香織ちゃんが私と隆に色々教えてくれてた時にみんなで打ち合わせで決めたって、前回教えてもらったんだ」
「俺が提案した。少しの水分で敵を殲滅するには一番効率がいいからな」
「強い目眩や吐き気、気絶させる程度の時間しか気道を塞がなかった。なるべく急いだ方がいいです」

私達は走って入り口に向かう。

「怖っ、この敵さんよっぽど苦しかったのか首の引っ掻き傷がすごいよ」

泡を吹いて倒れている30代ほどの男性に懐中電灯を向けて修二くんが言った。
よほど苦しかったのか、首の所に無数に引っ掻いた跡が残っている。

「よく見るとこの人、顔が青いね……」
「チアノーゼだな。これは後遺症がでるかもしれん」

一郎くんが明日の天気でも言うように平然と言った。

「そんな」
「特に脳は酸素を多く必要とする臓器なので悪影響を受けやすいのです。チアノーゼは血中酸素濃度が80%を下回ると現れると記憶しています」

冬馬先輩が補足するように教えてくれた。

「血中酸素濃度って?」
「身体の中の赤血球が運んでいる酸素量です。飽和状態が100ですが通常は大体98%ほどの酸素濃度だと言われています」
「80%以下なら緊急事態って訳だね」

(なんとかしたいな)

前回ではまだこの時間は車を無くしたから山中にいた。
今回は未来を変えるためにみんな一緒に行動することができる。
これが私の夢なのだとしたら尚更、思うまま行動したい。

「大堂、何をするつもりだ」
「ごめん。すぐ終わるから」

私は倒れた人の傍らにしゃがみ込んで手のひらをかざす。
流れる気を集めて回復するイメージを強く描く。
すると青い顔色に赤みが戻っていく。

「余計なことを」

一郎くんはため息を吐くようにつぶやく。

「愛菜ちゃん、敵に情けなんてかける必要がないって。さっきまで俺たちを殺ろうとしてた連中じゃん」

(二人の言うことは正しい。だけど放っておけない)

「愛菜、立てますか?」

しゃがんでいる私に先輩は手を差し伸べてくれる。

「ありがとう」

私はその手を取り、ゆっくり立ち上がった。

「せっかく冬馬先輩がやっつけたのに助けちゃった。ごめんね」
「構いません」
「でも、またこの敵が起き上がって邪魔しにくるかもしれないよ」
「神託の巫女が望んだのなら、僕には何の異論もないです」
「神託の巫女……」

(私はもう鬼で神託の巫女だったっけ)

「愛菜、なぜそんな悲しい顔をするのですか?」
「私、悲しそうな顔してた?」
「はい」
「冬馬先輩には巫女って呼ばれたくないからかも。なんだか自分じゃないみたいだから」
「わかりました。もう言いません」
「いつもみたいに名前で呼んで欲しいな。わがままなお願いだって分かってるんだけどね」
「いいのです。これからもどんどん愛菜のわがままを聞かせてください」
「本当に?」
「悲しい顔より、笑っていて欲しいですから」

(冬馬先輩……)

「あのー、いつまで手を繋いだままイチャついてんのよ」

背後からする香織ちゃんの声で私は慌てて手を離す。

「ご、ごめん」
「鏡達はもう入り口の前よ。私達も急ぎましょう」

春樹を助けるため、私達は急いで夜道を駆け出したのだった。


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最終更新:2020年10月03日 13:36