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『冬馬先輩』

私はホールに入ってすぐ、手を握って冬馬先輩に心の中で声を掛けた。
どれだけ離れていたとしても、心の一部が繋がっているおかげで私達は声に出さなくても会話ができる。
それでも先輩の手を離したくなくて、ギュッと握った。

『どうかしましたか』

頭に直接、先輩の声が響いた。
冬馬先輩は私の手を握り返し、歩みを止める。
ただの気のせいならいい。
でも胸の中にある不安がなかなか消えない。

『ごめん。少し不安になっただけ』
『大丈夫です』

冬馬先輩は子供をあやすように、私の頭を撫でる。

(先輩はやっぱり優しい。でも……)

半年前、私は数え切れないほどの敵の山とうめき声を聞いた。
それはおそらく冬馬先輩がやったこと。
多くの爪あとしか見ていないけど、その残酷な強さを知るには十分だった。
きっと現実の冬馬先輩は純粋に自分の前の敵を掃討していったのだろう。
春樹を救いたいと言う私の願いを叶えるために。

(現実と比べると、夢の中は……)

まず私達に襲ってくる敵の数が圧倒的に少ない。
その事が現実と夢の中で一番違う事だった。

『敵が……現実よりすごく少ないのが気になるんだ』
『たしかに少人数すぎる事、僕もずっと気になっていました』

敵の数の把握くらい、打合せの時に当然していただろう。
襲ってきた敵が手薄な事に違和感があったのかもしれない。

『これは愛菜の夢だからだと思っていましたが、違うのでしょうか』
『分からないよ』
『ですが愛菜の身に起こった現実は違った、という事ですね』
『敵の数がもっと、ずっと多かったんだ』

(私の記憶も断片的だし、ハッキリはしていないけど)

『僕達の行動が変わったように、敵の動きも変わっているのかもしれません』
『そうだね』
『現実と夢とが食い違ってきている、という事なのでしょうか』
『きっとね。現実では一郎くんたちと一緒だったけど、手強い敵と戦ったよ』
『愛菜が見た現実はどんな状況だったのでしょうか。僕に教えてもらえませんか』
『わかった。えっとね……』

現状、敵地のど真ん中にいる私は手短に説明をする。
自分が当時置かれた状況だけ、抜粋して話をした。

『この建物に入る前に多くの敵兵と交戦になったのですね』
『うん。冬馬先輩が応戦した部隊とは別だったみたい』
『苦戦を強いられている中、秋人と水野に遭遇。鏡が共に倒されそうになった、と』
『うん。一郎くんと修二くんを殺さないっていう交換条件で、私は秋人さん達の命令を聞くことにしたんだ』
『それはどんな命令ですか?』
『ついてくるように言われてね。この建物内へ入っていったんだ』
『その案内された先で、死ぬ寸前の僕を見つけたのでしょうか』
『そうだよ』
『そこで愛菜は囚われの身となり軟禁されることになったのですね』
『多分……ね』

春樹のお兄さんだけあって、秋人さんはすごく春樹に似ていた。
メガネをかけて春樹よりも冷たい印象だったのはよく覚えている。
その秋人さんにも水野先生にも、夢の中ではまだ会えてはいない。

『僕を殺したのはやはり秋人でしょうか』
『違うと思う』
『どうしてそう思うのですか』
『秋人さんは無傷だった。それに……』
『それに? 何でしょうか』
『秋人さんは「よくやった」って犯人を労う言葉を掛けていた気がするんだ』

気が動転していたけれど、おぼろげな記憶は確かにある。
あの場所に冬馬先輩を傷つけた人物も居た。
そうでなければ労ったりしないだろう。

『そうですか。僕は高村当主の秋人に殺されたのだとばかり思っていました』
『別の誰かだよ。秋人さんは私と一緒にいたから無理だと思う』

(それにしても……)

『この建物、人の気配がほとんど無いよ。あれだけいた敵は一体、どこに行ったんだろう』
『わかりません』
『現実と違いすぎている以上、もう私の記憶はあてに出来ないね』
『そうですね』
『結局、春樹の居場所は分からないままだし……』

部屋を一つずつ見て回るなんて非効率だ。
微かに気配はあるけど、建物全体に張られた結界のせいで特定できない。
この静けさが逆に不気味だった。

『ではとりあえず、僕が死んだという部屋に行きましょう』
『えっ!?』
『春樹さんを救うのならば、どのみちその敵を叩いておく必要があります』
『でも……』
『僕は化け物じみた力を持っていると自負しています。物理攻撃なら、誰にも負けないはずです』
『そうだね』
『消耗していたとはいえ、僕は負けた。……もしかしたら犯人は神宝なのかもしれません』
『でも春樹は……』
『その敵を叩いてから、改めて春樹さんを探しましょう。闇雲に探すよりいいでしょう』

確かに時間を掛ければ、相手に覚られてしまう可能性も高くなる。

『わかったよ』
『愛菜。場所は覚えていますか?』
『確か、最上階の東角だった気がする。案内するよ』

私達は気配と息を殺しながら、前に進む。
夜目が効く私が連れ立って、階段を上がり廊下をぬける。
そして東の角部屋の扉の前に立った。

『扉に罠などは無いようです。僕が確認するので、少し離れていてください』
『うん』

先輩はゆっくりドアノブに手を掛けると、中を覗き見る。
部屋には明かりがついているのか、眩しいほどの細い光りが漏れてきていた。

『あれは……春樹さんです。愛菜、春樹さんを見つけました』
『本当に?』
『椅子に座っています。手足が縛られているようです』
『よかった。早く助けよう』
『待ってください。中には春樹さん以外、誰も人が居ないようです』
『春樹を囮にした罠かな』
『それは……分かりません』
『せっかくここまで来たんだから、早く助けよう』
『愛菜。焦りは禁物です』
『一郎くん達を待っていても何時になるかは分からないんだよ!』
『ですが……』

判断に迷っている冬馬先輩。
そんな様子をもどかしく感じてしまう。

『先輩、変わって。私が見る』

冬馬先輩を押しのけるようにして、ドアの隙間からそっと中を覗き見た。
すると、春樹がぐったりした様子で椅子に座らされていた。

「春樹!!」

反射的に私は叫んでいた。
その声に反応したように、春樹がゆっくり顔を上げる。

「ねえ……さん……?」

(……やっと会えた)

無事で居てくれた安堵と高揚で、私は目の前が滲んでいくのを感じていていた。

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最終更新:2021年06月12日 14:57