お互いの剣の技量を計るかのように距離を取った斬り合いが続く。

先に大きく振りかぶったのは春樹だった。
上手く遠心力を使い、重い一撃を冬馬先輩に浴びせる。
鈍い金属の爆ぜる音が響く。
と、大きな赤い剣を細身の青い剣で受けとめ、ジリジリと力で弾き返した。
低くなった体勢のまま冬馬先輩が大きく前に出て懐に入ろうとする。
それを察した春樹は、紙一重で後ろへ飛び退いた。

「俺が火で先輩は水。やっかいな相剋だな」
「厄介という割には余裕がありそうですが」
「御門先輩、やっぱり強いね」
「春樹さんの隙のない滑らかな動き。剣を扱い尽くした相当な手練れです」
「それはそうさ。大和で一番の戦士だったんだ」
「守屋の剣士としての能力をトレースできるようですね」
「まぁね。だけど身体は俺のままだから使いすぎると次の日は動けなくなるんだけど」

(二人共、どうして戦わなくちゃならないの)

冬馬先輩は私を守るために剣を振るうと言ってくれた。
春樹も私を守る力が欲しいと家を出て行った。

同じ目的なのにその二人が争っている。

大切な人達が傷付け合っている。
どちらか倒れるまでの命のやり取りをしている。
それを私は見ていることしかできない。

技量を確かめ合ったのか、剣と剣を激しくぶつけあう接近戦になっていった。
お互い一歩もゆずらない。
軽やかに動く二人はまるで剣舞でも踊っているようにさえ見える。
ぐっと二人の距離が近づいて、そのままつばぜり合いになっていく。

「御門先輩、手強いな……今までで一番生きる事に執着してる。姉さんに何か言われたね」
「ここに来る前、誰よりも特別な人だから死ぬことは許さないと言われました」
「そうなんだ。今回の強さはそのせいだな」
「今回? どう言う意味ですか?」
「俺が先輩とこうやって一対一で戦うのは今回で9回目だからね」
「9回? そんなはずありません」
「御門先輩や姉さん達はここを夢だと思っているかもしれない。だけどここは夢でも現実でも無い」
「胡蝶の夢の最中……では無いのですか?」

(胡蝶の夢、では無いの?)

戦うのは9回目だとか、おかしな事を言い出す春樹に私も冬馬先輩も困惑する。

「違うさ。ここは時の狭間なんだ」
「時の狭間……」
「そう。失敗したんだ、姉さんは。というより、鬼の片棒を担いだって言った方がいいかもしれない。文化祭の前日から188日後までの間を何度も繰り返してる」
「繰り返している……ループしているという事ですか」
「食べたら無くなるからね。でもこの閉ざされた時間にいる限りーー御門先輩という食材は何度でも手に入るだろ?」
「それは……本当なのですか?」
「もちろん。殺し合いの最中に嘘を言うほど余裕は無いから」

春樹がつばぜり合いを終わらせるために力を込めて冬馬先輩を押し出す。
冬馬先輩は一歩後退して再び構えた。

「どうしてループしてると分かるのですか?」
「唯一、俺だけが記憶してるからだよ」
「なぜ春樹さんだけが? 僕も愛菜も誰も記憶していない。あの鏡だって気づいていなかった」
「観測者……とでも言えばいいかな。俺だけは姉さんに関するあらゆる記憶を保持できるんだ。可能性も時も超えてね」
「それが春樹さん自身の能力という訳ですね」
「違うよ。これは昔、姉さんが与えてくれたんだ。全く、皮肉なものさ」
「愛菜が……」
「だから鬼にとって俺は最適の協力者なんだ。姉さんが好みの料理も作れるしね」
「春樹さんはそれでいいのですか?」
「どういう意味かな」
「力を求めすぎるあまり、一番大切なものを失ってはいませんか?」
「どうだっただろう。もう以前の俺が何を大切にしていたかなんて忘れてしまったよ。軟禁して鬼に御門先輩を食べてもらい、結果、姉さんの心を守れている。過程なんてどうだっていいのさ」

(軟禁中に先輩を……そう春樹は言ったの?)

軟禁されている時の食事が唯一の心の拠り所だった。
悲しみに暮れていた私を少しずつ元気にしてくれた。
その正体が一番大切な人そのものだったーー。
私は自分のおぞましさと無力さに打ちのめされる。

(こんな事って……)

廊下の床を拳で叩く。
何度も何度も。
さっきも冬馬先輩から頭を冷やせと言われた。
足手纏いだとも。
結局、巫女になっても何一つ変えることが出来なかった。
私は冬馬先輩に絶望を与える存在でしか無かった。

目の前が急に真っ暗になる。
息をするのさえ億劫になっていく。

『……菜……』

優しい声。
どこかで名前を呼ばれた気がした気がした。

『誰?誰か私を呼んでいるの?』
『諦めてしまうのですか? あなたの一番大切な人はまだ諦めていませんよ』

私は顔をあげる。
冬馬先輩はまだ戦っている。
疲れが見え始めてきたのか、動きに隙ができはじめて徐々に押されていた。
身体中の斬り傷が痛々しい。
それでも何度も立ち向かっていく。

『冬馬先輩が……』
『相手は鬼の力を与えられています。ですが、陰の気があちらに集中してくれたおかげで表に出る事ができました』
『表に? 一体あなたは……』
『……神器といえど人の子でありながら対等に戦う事ができるのは驚異です。あなたの大切な人が善戦してくれている。他の神器も懸命に結界を解いてくれている。皆を導く巫女が逃げていいのですか?』
『駄目……。逃げてなんかいられない……!」
『そうです。巫女は常に光でなくてはいけません。堂々と前を向いてください』
『ありがとうございます。一体、あなたは……』
『私は愛菜でもあり、壱与でもある。そして夢で何度も会っている……』
『もしかして……よもつしこめさん?』
『そうです。愛菜、目を閉じて下さい』

私は言われるまま、そっと目を閉じる。
すると瞼の裏に一人の少女が現れた。


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最終更新:2021年06月14日 09:18