【ループ33回目】
施設内の2階、東角の大部屋で俺は待機していた。
一時間ほど待っていると、ゆっくり扉が開いた。
そして男は部屋の中央まで歩いて、俺の前で止まった。
「春樹さん……」
何度も繰り返し殺し、内臓まで見たことのある相手と対峙する。
お互い、一定の距離を保ったまま立っていた。
「御門先輩、お久しぶりです。確かショッピングモールでお会いした以来でしたよね。家で主流派に襲われた時も助けてくれたかな」
「愛菜が捕えられました。そして僕はこの部屋に行くよう命令され、やってきました」
「姉さんを人質にとったんでしょ? 秋人兄さんにそうするようお願いしたのは、俺だから」
「春樹さん、あなたは変わってしまった。それは能力を手にしたからですか?」
「どうしてそう思うんです?」
「以前の焦りが無い。あなたからは余裕を感じます」
(カンが良いのは相変わらずだな)
「正解だよ。これが俺の能力、八握剣さ」
フロアタイルが赤く光り、床から八握剣がせり出てくる。
そして御門先輩に向かって構えをとった。
「それは、僕との交戦を望むという意思表示でしょうか」
「交戦の意思はある。だけど、あなたに聞きたいことがあって、無傷でここまで来る様に兄さんに頼んだんだ」
「僕に、聞きたい事ですか?」
「そうだよ。帝の生まれ変わりの御門先輩でないと答えられないから」
俺は構えを解いて、八握剣を床に突き立てた。
タイルの一部が割れて、下地が剥き出しになる。
それに倣って、御門先輩も青く光る草薙剣を氷のような鞘に収めた。
「僕が……帝だったと知っているのですね」
「当たり前さ。だって俺は大和の兵を束ねる臣下の守屋なのだから」
「大連の守屋……そうか。だから初めてあなたに会った時、懐かしさを覚えたのか」
「そうだよ。俺は謀反に失敗した哀れな男なんだ」
謀反は成されず、大和王国はより揺るぎないものになっていった。
「そんな事はありません。守屋は公平な判断で義を重んじる優れた重臣でした。僕の罪が許せなかったのも、その強い正義感からだったのでしょう」
(罪、か……)
「帝の罪……冬馬先輩は行いに後悔しているんですか?」
「いいえ。世を平かにするには犠牲無しには成り立たない。無益な小競り合いの続く世を早く終わらせたかった。だから後悔はありません」
「でも.…出雲を皆殺しにする必要は無かった筈だ。女子供も居たのに、残酷すぎる」
気の良い仲間が大勢居た。
みな迷惑もかけず、慎ましく生きていた。
中つ国で暮らすために神宝によって力を封じ、爪を折り牙を抜いて本能を抑え生きていた。
それなのに仲違いさせるように陥れ、踏みにじったのは帝だった。
「後悔が唯一あるとすれば、鬼の事かもしれません。ですが、出雲を滅ぼして見せしめにする事によって、無血で投降した小国も少なく無かった……それも事実なのです」
(だから許せとでも言うつもりか?)
滅ぼすなら、黄泉からやってきた異人種だった鬼が一番遺恨を残さず済む。
過去に人も喰っていた恐ろしい国を滅ぼせば、英雄譚としても成り立つだろう。
ターゲットとしては申し分ない事は分かっていた。
「出雲を攻める際、守屋は東国に遠征中だった。帝は守屋が鬼だと気づいていたのかな?」
「知っていました。壱与の許嫁、もう一つの鬼の国……石見の王子の弓削だった事も。壱与に会いたい一心で武勲を上げ地位を築いていった事も。人ならざる強さが何よりの証明でした」
「そうか。やっぱり、あなたの手のひらで踊らされていただけだったのか」
出雲攻めも、守屋を利用していた事も。
帝の選択は国王としては、これ以上ないほどの最適解だ。
それが分かるからこそ、悔しくて恨めしい。
(でも……)
1500年近く前の事を蒸し返しても、仕方の無い話だ。
俺は大きく息を吐く。
そう。
俺はそんな昔話をする為に呼び出した訳じゃない。
「その滅ぼした国の姫。壱与について聞きたいことがあるんだ」
「壱与ですか。僕で答えられる事ならお話ししますが」
「単刀直入に聞くけど、壱与は帝を愛していたと思いますか?」
どう切り返してくる?
俺は御門先輩の様子を見守る。
「帝は愛されていたと自負しています」
その様子に躊躇はない。
本当に自信が無いと言えない言葉だ。
「でも、自分の故郷を焼いた首謀者を愛せるものなのかな。俺だったら、絶対に無理だな」
「そうですね。きっと……壱与はとても苦しんだ筈です」
そう言うと、御門先輩は遠くを見た。
きっと過去に想いを馳せているのだろう。
「出雲への侵攻は二人が出会う前……前帝の時から密かに計画されていました。その国の姫は雨を降らせたり未来を予知する不思議な力を持っている。若く即位した新帝……僕は駒としてその姫の力が欲しくなりました。出雲との和睦という形で姫を人質にしたのです」
(和睦だって?)
「和睦なんて言い方は相応しくない。権力にものを言わせて拉致したって言わなくちゃ」
「確かに、その言い方が的確です。そして帝はすぐに姫の美しさの虜になりました。巫女として慣れない神事や故郷を離れた心細さからか、姫も歳の近い少年の事を帝とは知らずに好きになっていったのです」
「その少年……若き帝はどうして自分の素性を明かさなかったのかな」
「これから起きる事を考えると言えなかった。すでに計画は止める事ができない所まで進行していた。そして当初の計画通り、出雲は大和によって滅びました」
まだこの時点では壱与は故郷が滅ぼされた事も、少年が帝だとも知らないままだ。
壱与はどうして知ることになったのだろう。
「じゃあ、どうやって故郷が滅びたと知ったのかな。巫女だった壱与は外界との接触を絶たれていたはずだ」
「大和の三種神器、八咫の鏡で起こった出来事を千里眼で見たのです。彼女はとても取り乱し、鏡を二つに叩き割って閉じ籠ってしまいました。食事も摂らず、何日も泣いて過ごしたのです」
一郎先輩と修二先輩。
八咫の鏡が二人で一つの能力なのは、壱与が叩き割ってしまったのが原因みたいだ。
意外な所で初めて知る事実に驚く。
「それで……壱与はどうなったの?」
「何日も籠ったままの壱与を心配した帝は、食事を用意して彼女を見舞いました。空腹から壱与は鬼の本能を曝け出し、帝を喰らおうと襲い掛かってきました。そこで……彼女は黄泉醜女に止めるよう諭されたのです」
俺が一番聞きたい事。
それは黄泉醜女の存在が何なのか、と言う事だ。
「その黄泉醜女って……」
「当初壱与は心に父の呼び掛けを聞いた、と言っていました。亡き父が鬼になった私を諭してくれたから正気に戻る事ができたと。でも、この呼び掛けは本当は亡き出雲王ではなく、黄泉醜女が私の中の鬼を封じたのだと後になって言っていました」
「黄泉醜女。それは何者なんだろう」
「壱与は鬼の始祖と言っていました。そして力の源とも。もしかしたら何らか概念のような物なのかもしれません」
「概念……か」
概念とはその物の共通認識の思考と言っていい。
例えば今の俺を表すなら『高校一年生』や『男』という共通認識がある。
『大堂春樹』を形作る沢山の特徴や分類を抽象し、まとめたものが概念だ。
ただ概念にも問題がある。
姉さんや裕也さんは俺を『優しい人』という。
でも俺は自分自身を『冷たい人間』だと思っている。
主観の入るような事柄は共通認識にはならないから、概念として言語化するのが途端に難しくなるのだ。
「周防の力を借りて色々試してみましたが、僕には黄泉醜女を認識することができませんでした。でも愛菜も会ったことがあると言っていました。もしかしたら、鬼の力を持つ者だけが感じ取ることの出来る稀有な存在なのかもしれません」
(御門先輩のカンが良いのは分析力が高いからだな。嫌いだけど……元は帝なだけあって、やっぱりすごい人だ)
「実は俺も黄泉醜女に会ったとがあるんだ」
「そうなのですか?」
御門先輩が少し驚いたように見えた。
能面のような無表情ばかりだと思っていたのに、いつからこんな表情をするようになったんだろう。
「黄泉醜女は封印を解いて欲しいと言ってきたよ」
「それは愛菜も言っていました。おそらく鬼の中に溶け込んでしまい、閉じ込められいるからでしょう」
「会った黄泉醜女は比礼を身につけていた。不思議なんだけど、実はその比礼は守屋が姉さんに渡した物なんだ」
「姉さん……愛菜ですか? どうして1500年前の守屋と現代の愛菜が会えるのですか?」
「それは姉さんが胡蝶の夢で1500年前まで時間を遡ったからだよ」
別の軸で起こった経緯を順に話していく。
姉さんが時間を遡って、能力の無い世界を望んだ顛末を話し終えた。
「俺が能力の無い世界で会った姉さんはそっくりだったけど……1500年前に遡った姉さんとは違うと感じたんだ」
「おそらく違う愛菜でしょう。愛菜は能力者。しかしその世界には能力が存在していませんから」
「矛盾だね。タイムパラドックスだ」
「春樹さんの言う通り、時間を超えた愛菜では原因と結果に齟齬が生じてしまいます。愛菜の能力で能力の無い世界を作った。当然、自分の望んだ世界では愛菜は存在できません」
「でも原因として姉さん自身は能力を捨てる事も出来ないよね。結果そのものがなくなってしまうから」
「その通りです。時間を遡った愛菜に帰る場所はどこにありません」
「じゃあ、姉さんは……どこに?」
「先程の比礼の話……愛菜が黄泉醜女という可能性もあります」
(姉さんが黄泉醜女かもしれない……か)
真相は今の所分からない。
もう少し調べていかないといけないだろう。
「それより。難解で、とても不可解な事があります」
珍しく御門先輩が首を捻っている。
御門先輩ほど頭の良い人でも、お手上げの問題なのかもしれない。
「何か問題でもあった?」
「愛菜の能力の事です」
「姉さんの能力?」
「夢とはいえ1500年前に時間を遡るなんて、神でもない限り成す事は出来ない。さらに能力の無い世界まで望んで、成就させている。その愛菜はどんな仕掛けを使ったのでしょうか」
(そうだよな。御門先輩の指摘はもっともだ)
今の姉さんは鬼の介助があったから、ループする世界を作れた。
潜在能力は神託の巫女だから当然高いけど、コントロールするのは経験やセンスが問われる。
それらを今の姉さんが持っているかと問われれば、答えはノーだ。
その時、微かに足音が聞こえた。
それらがこちらに近づいてくる。
(秋人兄さん達だな)
その足音に御門先輩は気付いていない。
腰裏のベルトに取り付けた、樹脂製のシースホルダー。
ロックを外し、ハンドルを握る。
彼は防護ベストを着ている時があり、高い治癒力も相まって致命傷になりにくい。
狙うなら脳に到達しやすい耳の後ろか、首の頸動脈だろう。
ループ中に裕也さんから学んだ格闘術を思い出しながら、ジャケットの中に隠し持っていたコンバットナイフを御門先輩めがけて突き立てた。
最終更新:2022年03月23日 12:10