【ループ48回目②】

俺達……石見国に住む高村家が密かに伝えてきた能力。
それは十種神宝だ。

沖津鏡(おきつかがみ)、辺津鏡(へつかがみ)、八握剣(やつかのつるぎ)
生玉(いくたま)、死返玉(まかるかへしのたま)、足玉(たるたま)
道返玉(ちかへしのたま)、蛇比礼(おろちのひれ)、蜂比礼(はちのひれ)
品物之比礼(くさぐさのもののひれ)

十個の宝……だから十種神宝。
鬼と交わる事で維持し続ける黄泉由来の異界の力。
高村の家に一人につき一つ、その異界の能力が授かった子供が生まれてくる。
昔の環境では大人まで育たないまま亡くなってしまうことも多く、十種が揃う事などまず不可能だった。
そのために三種で力を発揮する三種の神器に、常に後れを取ってきた。
それでも神の力を持つ宝。
特に周防さんの『辺津鏡』と兄さんの持つ『死返玉』は三種の神器にも真似できない特別な力を持っていた。

『辺津鏡』は対象の心を透視する力。
『死返玉』は死者蘇生。

どちらも優れた能力だ。
でも秋人兄さんは愛人との息子だったし、周防さんは父の姉の子供だから姓は高村だけどあくまで分家の身。
正当な後継者だった俺に能力が無かったせいで、二人のどちらかが次期後継として争うことになってしまった。
統率力のある周防さんの方が優勢だったが父のやり方に反旗を翻し、高村の名前ごと戸籍を奪われる事になる。
秋人兄さんは根っからの研究者で上に立つ器では無かった。
高村は内部で瓦解していき、急速に権力を失っていった。
旧時代のやり方が通じるほど、社会が単純では無くなったのだろう。

(兄さんも周防さんもある意味、被害者だよな)

今回、二人とも俺が殺した。
だから『辺津鏡』も『死返玉』も両方持っている。

(さあ、辺津鏡。俺を導いてくれ)

口付けた鬼の中に入り込んで、意識だけになった俺は奥へ奥へと泳いでいく。
会いたいのはもちろん黄泉醜女だ。

黄泉醜女が姉さん。
そんな荒唐無稽な事を言ってきたのは御門先輩だった。
でも俺は壱与と帝の夢を確かに見た。
もう疑う余地は無くなった。

「黄泉醜女。お願いだ、俺の前に姿を見せてくれ!」

彼女の心の中で叫んでみても、返事はなかった。

辺津鏡の能力は1ループに対して、一回が限界だ。
元々、俺の能力値はとても低い上、周防さんの能力を無理矢理奪って使用している。
この施設は霊気が届きにくいから、余計に俺の命が簡単に削られてすり減っていく。
巻き戻れば俺の命の長さも当然のように回復するからできる、強引な力技だった。

「黄泉醜女! どこにいる!」

暗い中を泳ぎまわってみても、一向に姿を現さない。

(今回は会えないのか。あまり無理したくないけど、もう少し)

限界を感じ始めた所で、耳に馴染みのある声が微かに届いた。
俺は急いで更に奥へと泳いでいった。

「姉さん!」

制服に比礼をなびかせて、キョロキョロと辺りを見回している背中に大声をかける。

「春樹! 良かった。声がしたから探してたんだよ」

ショッピングモールではぐれてしまった時のように、いつも通りの様子で俺に声を掛けてくる。
こちらは何年もかかってようやく辿り着いたのに、能天気ぶりは健在のようだ。

「本当に姉さんなんだよね」

俺は再度確認する。
この前会った時は黒い霧……ファントムにそっくりだったからだ。
すると姉さんは少しだけ困った顔を向けた。

「私は私なんだけど、胡蝶の夢で実体を失ってしまったんだ。それに同じ世界線で私が二人居るのはあり得ない事。だから……私はもう二度と愛菜とは名乗れないんだよ」

でも俺の目の前に居るのは、どう見ても姉さんそのものだった。

「でも、どう見ても姉さんだよ」
「それは春樹が私との再会を望んだからだよ。上手く説明できないけど、1500年も経ってぼんやりとした掴みどころの無いものになっちゃったんだ」

(御門先輩は概念かもと言っていたけど、本当にその通りだったな)

「それで……今の姉さんは黄泉醜女と名乗っているの?」
「うん。黄泉醜女って私だけって訳じゃなくて……チハルに近い感じで……新天地を目指した昔の鬼達の想いのカケラが集まった……なんて言えばいいんだろう。難しいな」

言葉で表現するのが難しいのか、姉さんは考え込んでしまう。
きっと当て嵌まる語彙が見つけられないんだろう。
困り果てたように顔をあげて、俺を見た。

「春樹。こういう時、どんな言い方すれば良いと思う?」
「いや……俺が質問してる側だから」
「そうだよね。上手く説明するのってホント、難しい」

数学の問題が難しすぎると嘆いているいつもの姿と重なる。
姉さんは姉さんでは無くなってしまったみたいだけど、やっぱり姉さんのままだ。

「とにかく、今の私はね。夢を介して壱与になったりしながら、困っている別の私をサポートする側にまわっているんだ。私自身はただのボヤッとした物で力そのものは無くて……今、春樹がいる世界の私が得た大きな力を利用しているの。私自身もその能力に助けられて過去に行けたんだよ。それには春樹の協力も必要で……」

そこでフッと悲しそうな顔をする。

「どうしたのさ」
「また春樹に大変な事、全部押し付けてしまっているよね」
「構わないよ。家族……姉弟なんだから」
「うん……ありがとう」

(まとまりの無い説明だけど意味は分かった。やっぱり、予想通りだ)

「要するに、今眠っているこのループしている姉さんこそが力の源……なんだね」

ループのせいで時間の経過はしていないけど、何十年も姉さんはマナの届かない部屋で御門先輩の復活を祈りながら能力を鍛錬している。
それは長距離を走るアスリートが酸素の薄い高所で練習を積むように、命を削りながら能力の向上と技術を磨いている。
他の時間軸の姉さんでは、それを成す時間が圧倒的に足りない。
すでにこの軸の姉さんはかなりの能力を蓄えていて、黄泉醜女がサポートしながら少しずつ別の軸の姉さんに力を貸し与えている……。
そういった姉さん同士の互助関係で、他の軸でも納得できる未来を手にできている。
俺は纏まった回答を姉さんに伝えてみる。

「……って、この解釈で合ってる?」
「うん、全部間違いないよ。さすが春樹だね!」

(要領を得ない話し方も、相手を褒めて気分良くさせる術も相変わらずだ)

愛嬌程度に少し抜けているけど、決して間抜けじゃない。
いつの間にか相手の懐に入って、上手に褒めたり時には甘えたりしてくる。
優しくて穏やかで、包容力もある。
鬼が持つ美しさを備えているのに本人は並以下だと思い込み、時々自信がなさそうな発言をして庇護欲を掻き立てる。
数ある思わせぶりな態度もただの天然ボケ。
これが全部無自覚だから本当にタチが悪い。
でも一番はどんな状況に陥っても、人を信じる強さを持ち続けられる……そこに誰もが憧れを抱くのだ。

(とても魅力的な人。だから、モテないはずないんだよな)

皆が姉さんに夢中になる。
もちろん、俺も含めて。

「もう行かないと……時間が無い」
「そっか、せっかく会えたのにね」
「近い内にループしてる姉さんにも会えると思う。でも、絶対に自分が愛菜だって名乗らないでよ」

一つの軸に姉さんが二人居る。そうなれば因果律がすべての姉さんの存在を消し去るだろう。

「分かってるよ。春樹は相変わらず心配症だなぁ」
「心配症は生まれつきだから。それより、俺に手を貸してくれる?」
「いいけど….何を手伝えばいい?」
「そっちの手を貸すじゃないよ」

細く柔らかい手を掴むとそのまま跪く。

「先の契約を破棄し、新たに契約す。十種神宝、八握剣の名において貴女を守る事をここに誓う。ひとふたみよいつむゆななやここのとおふるえふるえゆらゆらふるえ」

祝詞を言い終え、立ち上がる。
その時、引っ張られるように意識が急浮上していく。
受け入れてくれていた彼女が、俺を拒絶したからだろう。
本来は石橋を叩いて渡る慎重な性格なのに、まさか自分から叩き割る選択を選ぶなんて思いもしなかった。
少しは以前の俺より強くなれているだろうか。
姉さん……黄泉醜女に聞いてみればよかったな、と小さく後悔した。


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最終更新:2022年03月23日 12:19